2013年05月10日

海賊戦隊ゴーカイジャー妄想物語その15


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さて、「赤き海賊団」との戦いで重傷を負って入院してしまったジョーですが、命に関わるような傷というわけではなく、足の怪我が重いのでしばらく兵士として戦うことは出来ないが、ちゃんと安静にして適正なリハビリを続ければ元通りに特殊部隊に復帰できると聞き、ジョーはひとまず安堵しました。
しかし入院生活を送っているうちにジョーは次第に焦ってきました。「赤き海賊団」に完敗してしまったジョーは自分がまだまだ未熟であることを思い知らされていました。それにお咎め無しとはいえ、戦いに敗れて入院する羽目となった自分の軍内での評価は下がったはずです。このままでは自分の夢、すなわち帝国の平和を守る立派な戦士となるという夢の実現は遠のく。まだ自分は特殊部隊内でも一人前として認められていないのに、今回の任務失敗でますます半人前の烙印を押されてしまったのではないだろうかとジョーは不安に駆られました。
早く訓練に復帰して自分を鍛え直して、まずは帝国最大の敵という「赤き海賊団」にリベンジして戦士としての誇りを取り戻したい。それが焦りだということはジョーも分かっていたのですが、これまでこんな長期の入院生活を経験したことのないジョーは病室で1人じっとしていると焦りを抑えることが出来ませんでした。それでとにかく焦りを少しでも解消して安心するためにジョーはそれまで日課としていた筋力トレーニングをやろうと思い、ベッドの上で無理をして身体を動かしていました。
ところがそれを担当の看護婦に見つかってしまい、看護婦は驚いてジョーに無茶をしないよう注意してきました。その看護婦はジョーと同じ年頃の異星人の若い女で、それまでは無愛想に黙っていることの多かったジョーのことを怖がって避けているような素振りであったのですが、ジョーが馬鹿なことをしているのを見て思わず声をかけたのでした。ジョーは看護婦に叱られたので素直に謝り、1人で病室でじっとしていると不安になって仕方ないのだと弱気な心情を吐露しました。普段は弱音など吐くことのないジョーでしたが、実戦での初めての完全なる敗北で負傷して、焦りもあって気が弱くなっていたのでした。

このジョーの入院している病院はザンギャック軍の専用病院であって医師はみんな軍医でありましたが看護婦は必ずしも全員が軍所属というわけではないようで、この若い看護婦も軍所属ではなく普段は一般病院で務めている者が人手不足で一時的にこの病院で働かされていました。それゆえ軍人に慣れておらず、ザンギャック本星人ではない彼女から見ればザンギャックの軍人は怖い存在でした。特に自分の担当するジョーのことは猛者揃いの特殊部隊の精鋭だと聞いており、実際入院してきたジョーはいつも陰気に黙り込んで鋭い目をギラギラさせており、彼女は声をかけるのも恐ろしいと感じていました。
そのジョーがいきなり素直に1人で不安なのだと告白したので、彼女はそういえば1度軍の役人みたいな人が来た以外、誰1人ジョーの見舞いに来ていないことに気付き、鬼のようなザンギャック軍人でも怪我や病気をすればやはり人並みに不安なんだなと思い至り、これまで冷たい態度をとってしまっていたことを反省しました。それでちゃんと親身に接しようと思い、何か気がまぎれるようなことがあれば一緒にやりましょうと看護婦はジョーに提案しました。
言った後で、彼女は素行の悪い者が多いザンギャック軍人にそんなことを迂闊に言って変なことを要求されたらどうしようと不安になりましたが、ジョーがならばトランプをしようと言ったので意外な展開に面食らいました。ジョーの唯一の娯楽は兵士養成所で覚えたトランプだけであり、特にポーカーは引きの強さが自慢でありました。ジョーがヒマを持て余している時に気を紛らわせるためにやることといえば、これまでの人生では筋トレとトランプだけであったのです。
それで看護婦はジョーとポーカーをする羽目となりましたが、実は彼女はポーカーのルールをあまりよく知らないほどで、全くの素人でした。それで勝負はジョーの圧勝となったのですが、素人相手に全力でポーカーの勝負をするジョーを見ていると看護婦は何だか子供みたいに思えて可笑しくなってきて、ジョーに対して当初持っていた恐怖心が無くなり、親近感を覚えました。それで、結局あまりに相手に歯応えが無いのでつまらなそうな顔をしているジョーに向かって、看護婦は今度は自分の得意なことを教えると言いました。むしろジョーにとって未知の面白いことを教えた方がジョーは退屈しないのだろうということに気付いたのです。
その看護婦の得意なことというのはケーキ作りでした。無骨一辺倒の人生を送ってきたジョーにとってケーキ作りというのは全く縁の無い世界であり、ハッキリ言って全く興味の無い分野でありましたが、だからこそむしろ今は軍の仕事のことを忘れて治療に取り組むために良い気晴らしになるのではないかと思い、ジョーも看護婦にケーキ作りを教えてもらうことにしました。
その病院には厨房もあり、そこにはケーキ作りに必要なオーブンや調理具なども揃っており、材料やレシピの本は看護婦が用意しました。ジョーはリハビリがてら松葉杖で厨房に行き、看護婦のケーキ作りを手伝いながらその作り方を学ぶことになりました。周囲の職員たちもだいたい軍の職員であったので、特殊部隊の隊員であるジョーがケーキを作っているのを奇異なものを見るようにしていましたが、ハッキリ言って特殊部隊の不愛想な兵士であるジョーは皆に怖がられていたので、ジョーがこれはリハビリなのだと強弁すると、みんなジョーに言い返すこともなく、あまり関わり合いになろうともしませんでした。
お蔭で静かな環境でケーキ作りに没頭することになったジョーは、それが武術などとはまた違った意味でなかなか奥深い世界であることを知り、予想以上にのめり込んでいきました。その結果、ジョーは早く軍務に復帰しなければいけないと焦る気持ちを忘れて、落ち着いた気分で治療とリハビリに専念することが出来ました。

0155.jpgしかし看護婦からケーキ作りを学んだ効用はジョーにとってそれだけではありませんでした。それまでジョーはほとんど軍の人間としか接したことがなく、一般人の知り合いなど1人もいませんでした。それはよく考えたら不自然なことでした。ジョーは一般の人々を脅威から守るために兵士になろうとしてこれまで頑張ってきたのですが、そのジョーが自分の守る対象である一般の人々のことをほとんど知らなかったのです。
これまでのジョーはただ単に自分のことを「人々の平和を守る兵士」だという抽象的イメージで捉えていただけであり、実質的には単に軍や帝国政府の命令に忠実に従っていただけでした。もちろん帝国の命令に従って戦うことが帝国の一般の人々の平和を維持することに繋がるのだということはジョーも理解はしていましたが、あくまで人々のために戦いたいと考えて兵士となったジョーにとっては、その守るべき人々のイメージが自分の中で確固としていなかったのは1つの欠陥であったということに今回ジョーは気づくことになったのです。
どうしてそんなことに気付いたのかというと、ケーキ作りを教わりながら看護婦と接して、看護婦の娘の屈託のない笑顔を見ているうちに、ジョーはその看護婦の娘に自分の守るべき普通の人々のイメージを初めてハッキリと感じたからです。初めてそれを感じ取ったことによって、ジョーは今までの自分がそれを知らなかった、単なる上官の命令に従うだけの戦闘マシーンのようなものだったということを自覚したのです。
守るべき相手のことを人間として知ることによって自分は戦闘マシーンではなく人間の戦士として成長することが出来るのではないだろうかと思ったジョーは、看護婦にもっと彼女自身のことを教えてもらいたいと思い、ケーキを作りながら会話をして、彼女の生活のことや故郷の話などを聞きました。

それによると、彼女はもともと故郷の小さな星で見習い看護婦をやっていたが、正式な看護婦となるためにこの星の学校に入学することになり、そこを卒業して一旦一通りの実習をこなすためにこの星の総合病院で働いていたところ、今回急遽この軍の病院に助っ人で来ることになったのだという。そして、おそらくジョーが退院すると彼女もこの病院から元の病院に戻り、その頃ちょうど実習期間も終わるので故郷の星に戻ることになるだろうとのことでした。
故郷に戻れば彼女はもともと見習いで働いていた小児科の病院に戻ることになるそうで、それが彼女のずっと目指してきた夢なのだという。子供好きな彼女は自分の星の子供たちを可愛がっており、その子供たちの命を救う仕事をしたいと思ってきたのです。今回、正式な看護婦となり実地の経験もしっかり積んだ彼女はこれから故郷に戻ってバリバリ子供たちのために働くのが楽しみだというのです。実はケーキ作りも故郷で病院の子供たちに食べさせるためにお菓子作りを始めたのがきっかけで特技となったのだそうです。
そうした彼女の話を聞いて、ジョーは彼女や彼女の周りでケーキを美味しそうに食べる多くの子供たちの居る温かい情景を思い浮かべ、それこそが自分の守るべき人々のイメージなのだと強く実感しました。思えば自分も幼い自分を救ってくれたザンギャック兵達に憧れて、子供を守るヒーローになりたいなどと思って兵士になったはずなのに、そんな温かい子供の居る情景のイメージなどこれまで全く持ってこなかった。しかしよく考えたら無理もない。自分はこれまで自分よりも小さな子供たちと平和でのどかな時間など過ごしたことはないのだと、ジョーは自嘲しました。
ジョーは看護婦の娘の話から思い浮かべた情景こそが自分の目指してきた戦士の守るべき者達の具体的なイメージなのだと実感し、それを肌で知っている彼女を羨ましく思いました。それで彼女の故郷の生活をしきりに羨ましがり、自分もその子供たちに会ってみたいものだとジョーが何となく言うと、看護婦はそれならば怪我が良くなったら一緒に行けばいいと言い出したのでした。ジョーは軍務に縛られている自分にそんな自由が許されるはずはないと思っていたので、看護婦の言葉に驚いて、そんなことが出来るのかと尋ねました。
すると彼女は、自分の星にもリハビリの施設もあるので、退院間近にリハビリ名目で自分も一緒であれば自分の故郷の星にちょっと行くぐらいのことは可能だろうと言いました。確かにそれならば何とかなりそうだとジョーにも思えました。逆に退院してしまえばおそらく軍務の縛りが厳しくて、当分はそのような自由な時間は作れそうにない。これは千載一遇のチャンスではないかとジョーは思いました。
看護婦の故郷の星に行って子供たちと穏やかな時間を過ごせば自分の中で戦う意味がより確固としたイメージを持つような気がしました。そうなれば今のような迷いや焦りもあまり感じなくなり、自分はより強くなれるのではないか。それが「赤き海賊団」に今度こそ打ち勝つことにも繋がり、自分の夢の実現にもつながる。きっとそうに違いないと思い、ジョーは是非行きたいと看護婦に伝えました。それを聞いて看護婦は、ならばその日を迎えるために今はリハビリを頑張りましょうとジョーを励ますのでした。
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2013年04月21日

海賊戦隊ゴーカイジャー妄想物語その14


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さて、アカレッドがナビィと共に1人と1羽だけの「赤き海賊団」を立ち上げて、改めてレンジャーキー探しの旅を開始した頃、ザンギャック帝国の支配下のとある惑星では、マーベラスという名の若い宇宙海賊が喧嘩三昧の生活を送っていました。
このマーベラスという男、かつて7年前に貨物船で密航しようとして宇宙空間でザンギャック軍の襲撃に遭遇して命を落としかけていたところを、たまたま通りかかった宇宙刑事ギャバンに救われた、あの浮浪児の成長した姿でした。あの時12歳だった浮浪児は、あの事件の後、それまでの名前を捨てて、自分でつけた新しい名前「マーベラス」を名乗るようになり、宇宙海賊になりました。ギャバンが自分の正体を明かさずにその場を去ったので、浮浪児は自分を助けてくれた男が宇宙刑事だったとは気付かず、宇宙海賊であったと勘違いしていました。
0153.jpg生まれてすぐに故郷の星をザンギャックに滅ぼされて家族も失い自分が何者であるのかも知らなかった浮浪児の少年は反逆星の生き残りとして酷い迫害を受け、このザンギャックに支配された宇宙で生きる希望を失っていました。そんな少年の心にギャバンの「素晴らしい未来を掴み取ろうとすれば人は勇気を持つことが出来る」という趣旨の励ましの言葉が響き、少年は生きる希望を再び持つことが出来ました。
それはザンギャック軍に立ち向かって自分を助けてくれたその男のように勇気ある宇宙海賊となることであり、その勇気を持つためには自分にも掴み取るべき「素晴らしい未来」が必要だと思った少年は、宇宙海賊の誰もが掴み取ることを夢見る素晴らしいお宝があると聞き、自分はそのお宝を掴み取る宇宙海賊になろうと心に決めました。そのお宝が、海賊なら誰もが手に入れたいと思いながら今まで誰も手に入れたことがないという「宇宙最大のお宝」であり、その素晴らしいお宝を手に入れるという決意の証として、少年は「素晴らしい」という意味を持つ「マーベラス」という名を名乗ることにしたのでした。

そうしてマーベラス少年はまずは海賊になるためには海賊団に入れてもらおうと思い、それなりの規模の海賊団を見つけて入団を願い出て、その海賊団は下働きでこき使えると思ってマーベラスを仲間に入れてやりました。マーベラスはまだ子供だったのでその海賊団ではひとまず戦闘要員としては扱われず、もっぱら炊事洗濯料理などの雑用の下働きをさせられました。
だが宇宙最大の宝を狙う宇宙一番の海賊を目指すマーベラスがそんな雑用係で満足するはずもなく、さすがに大人と対等に戦うのは今はまだ無理だと思ったマーベラスは、まずは航海技術を修得しようと決め、雑用の合間を縫って操舵室に何度も押し掛けて先輩海賊たちに頼み込んで教えてもらい、海賊船の操縦法を着々と修得していきました。3年はそのように操船術の習得に励み、15歳となったマーベラスはもともとスジが良かったのか、若くして一流の操船術を身に着けるようになっていました。
だがマーベラスは航海士に専念した方がいいという先輩海賊たちの意見に反して、そろそろ背も伸びて身体も大人並みになったので他の海賊たちと一緒に武器を持って船の外に戦いに出たいと希望しました。マーベラスは別に単なる航海士で終わるつもりなど無く、宇宙一番の海賊になるためには操船術だけでなく腕っぷしも一番でなければいけないと考えており、3年間みっちりと大人に混じって海賊式の戦闘術の訓練は積んでいました。それでも身体が小さいうちは足手まといになるので実戦には連れていってもらえていなかったのですが、成長期に入って急速に身体が大きくなってきたのでマーベラスは強く実戦参加を願い出て、遂に許可を得て初陣を飾ることとなりました。
マーベラスとしてはいよいよ自分の最強伝説の幕開けだと浮かれていましたが、初陣は拍子抜けするものでした。マーベラスを含んだ海賊団の部隊が武器を持って襲ったのは普通の商家や民家であり、やったことといえば一般人を縛り上げて恫喝して金品を奪う略奪行為でした。マーベラスは道徳的な教育を受けたことはないので、窃盗や殺人などの悪事に抵抗があるわけではない。だが、弱い一般人を苛めるような行為は、かつて自分が小さい頃にザンギャックや他の人々に苛められていたのを思い出してあまり良い気分はしなかった。それに何よりも、強敵と戦って腕を磨くことを期待していたマーベラスにとっては、この単なる弱い者イジメのような戦いは非常に期待外れなものでした。
その後もそうした略奪作戦が続き、不満を燻らせて参加していたマーベラスは、何度目かの略奪の際にザンギャックの官憲がやって来たので遂にまともな戦いが始まると期待しましたが、仲間たちがさっさと撤退するので驚きました。それでも1人残って戦おうとしたマーベラスでしたが、仲間たちに無理矢理連れて行かれて、結局逃げる羽目になってしまいました。

その後、マーベラスが戦えなかったことを不服がると、仲間たちは余計な戦いなどせずに奪うものを奪えば逃げればいいのだと言い、マーベラスもそれは確かに一理あるとは思ったものの、こんな手ぬるいことばかりしていて「宇宙最大のお宝」が手に入るのだろうかと不安になりました。それでマーベラスが仲間たちに向かって、つまらない略奪よりも「宇宙最大のお宝」を早く探しに行かなくていいのかと質問したところ、仲間たちは大笑いして「宇宙最大のお宝」などタダの伝説に決まっている、本当にあるわけがないだろうと言うのでした。
マーベラスは驚いて、伝説などではない、きっと在るはずだと言い張りますが、仲間たちは今までどんな海賊も「宇宙最大のお宝」など見たこともないし、それが何処にあるのか、どんな姿形をしているのか、どうすれば手に入れることが出来るのか、何も知らなかったのだからそんなものは単なる伝説としか考えられないと言い、逆にマーベラスに向かって、じゃあお前は「宇宙最大のお宝」について何か知っているのかと質問してきました。
マーベラスは確かに「宇宙最大のお宝」について何も知らない。てっきり仲間の誰かが何か手がかりを知っているものだと思っていたので目算は外れていました。だから返答に窮してしまい、仲間たちはそんなマーベラスを見て、その単細胞ぶりを嘲笑い、そんな在りもしない物を追いかける海賊は何処にもいないんだよと教えました。そして、目の前にぶら下がった手に入りそうな物を欲望に任せて奪い取るのが現実の本当の海賊だと仲間や先輩たちはマーベラスに言いました。
しかしマーベラスは「宇宙最大のお宝」を手に入れるために海賊になった。いや、正確には「宇宙最大のお宝」を掴み取ろうとすることによって湧き上がってくる勇気を持つ海賊になることがマーベラスの生きる意義そのものとなっていました。だから「宇宙最大のお宝」を諦めるというのはマーベラスにとって自分の人生を否定するに等しい。だからマーベラスはあくまで「宇宙最大のお宝」を諦めませんでした。
マーベラスは仲間や先輩たちに向かって、欲しいものを自分の手で奪い取るのが海賊だというのなら自分が海賊として「宇宙最大のお宝」を奪い取る生き方を選ぶのは当然だと言い、「宇宙最大のお宝」を追いかけないこの一味には用は無いと告げ、脱退して今後は1人でお宝を探すと宣言しました。
突然のマーベラスの脱退宣言に仲間たちは驚きました。アウトロー集団である海賊一味は簡単に脱退が許されるようなものではない。勝手に抜けるなどと言っても五体満足で抜けさせてくれるはずもない。それでもあくまで抜けるというマーベラスは殺気立った仲間たちに取り囲まれましたが、マーベラスは大立ち回りの末、襲ってきた一味の強者たちをぶちのめして小型艇を強奪し、そのまま強引に一味を飛び出していったのでした。

その後、その海賊団はザンギャック官憲の手入れを受けて壊滅したので、幸いマーベラスにしつこく追手が差し向けられるようなこともなく、マーベラスは弱冠15歳にして一匹狼の海賊として生きていくことになりました。その生計を支えるためにマーベラスはもともと居た海賊団で磨いた操船術を駆使して旅先であちこちの海賊団に話をつけて臨時の航海士を務めることとしました。
そうして日雇いの金を稼いで生活費や旅の費用に充てていましたが、マーベラスはそれら旅先で仕事を請け負った数々の海賊団の戦闘には参加しませんでした。それは、それらの海賊団の戦闘といっても以前の海賊団同様、弱者からの略奪ばかりであったからでした。まず基本的にマーベラスはかつて自分自身がザンギャックや世間に虐げられていた立場だったため、弱い者を苛めるような行為が好きではなかった。それにそんな弱者苛めのようなことばかりしていても「宇宙最大のお宝」を手に入れるに相応しい強い海賊になれそうにない。だからマーベラスは海賊団の戦闘には参加せず、操船の仕事だけしていました。
その代わり、マーベラスは強い海賊となるために武者修行を兼ねて喧嘩三昧の生活を送ることにしたのでした。実際、宇宙を旅しながら海賊の助っ人航海士の仕事をするといっても、絶え間なく仕事にありつけるわけでもない。操船の腕を見込まれて杯を交わして正式な団員になるよう求められることも多く、そうした方が食いっぱぐれがないのも確かでしたが、どの海賊団も「宇宙最大のお宝」の存在を本気で信じて手に入れようとしていなかったのでマーベラスは団員になる気にはなれませんでした。そんな一味の仲間になってしまったら自由にお宝探しを出来なくなってしまうからです。
だから臨時の日雇い仕事しかありつけないマーベラスは旅先で仕事にありつけずヒマな時も多く、収入も不安定でした。そこでマーベラスはそうしたヒマな時期には手当たり次第に気に入らない相手に喧嘩を吹っ掛けて回ることにしたのです。憂さ晴らしという意味合いもありましたが、喧嘩をすることで実戦訓練を兼ねていたのでした。
マーベラスは弱い者苛めが嫌いでしたので、マーベラスが気に入らない相手は大抵は弱者を苛めているような連中が多く、そういう連中というのは大抵はそこそこ強い連中だったので、武者修行の相手にはほど良い相手であったのです。またそういう連中は大抵は卑怯者であったので、そういう連中に喧嘩を売ることでマーベラスは大勢による騙し討ちのような不利な局面での戦いの経験も多く積むことが出来ました。それにマーベラスのぶっとばしたいほどに気に入らない相手には基本的に弱い者は含まれていなかったので、気に入らない相手に喧嘩を売っている限り、マーベラスは自分の嫌いな弱者苛めをしないで済みました。だからとにかくマーベラスにとっては、気に入らない相手に手当たり次第に喧嘩を吹っ掛けて損をすることはなかった。

そしてマーベラスが喧嘩を売ってやっつける相手というのは誰かを虐げて酷い目に遭わせていたような場合が多かったので、結果的にマーベラスのお蔭で助かる人というのも結構多かったのですが、そうした人々は別にマーベラスに感謝することというのはほとんどありませんでした。何故ならマーベラスは喧嘩をしてやっつけた相手から当然のように戦利品として金品を奪っていたからです。
マーベラス自身、単に気に入らない相手をぶっ飛ばしていただけであり、人助けや善行をしているという意識は全く無かった。決して育ちが良いわけでもなく海賊根性が染みついているマーベラスには喧嘩で負かした相手から戦利品をいただくのは当たり前の権利だという感覚があり、実際のところ収入が不安定であったので喧嘩相手から巻き上げる金というのもマーベラスの生活費の中で欠かすことの出来ない収入源でもありました。
ただ、金品目当てに相手を襲っているわけではなく、あくまで喧嘩することが目的であり、勝てばその場で持ち金を巻き上げるだけのことであったので、結局はマーベラスが悪者を喧嘩でやっつけても、その悪者にそれまで酷い目に遭わされていた人達は奪われた金品が戻ってくるわけでもない。その場で悪者に殺されかけていた人が命拾いするぐらいのことです。マーベラスはそれ以上の正義の行使は決してしないし、そのささやかな正義の行為も、喧嘩の後でマーベラスが相手から金を奪う行為を見ることによって人々の心の中で帳消しになってしまいます。
だから人々は結果的にマーベラスの行動によって助かった場合でも大抵はマーベラスに感謝などしませんでした。単にキレやすい無法者だと見なして恐れ、毛嫌いしただけでした。マーベラスは弱者苛めはしない主義であったのですが、そんな自分の主義をいちいち説明などしませんから、人々は今度はマーベラスが自分達を暴力で支配して収奪しようとするのではないかと誤解して恐れるのは当然でした。
マーベラス自身、自分が正義であるなどという意識は全く無く、そもそも正義とは何なのかすら全く知らないのですから、海賊である自分が一般の人々から嫌われ恐れられるのは当たり前のことだと思い、人々が自分に冷たい視線を向けることは一向に気にしていませんでした。マーベラスはただひたすら強くなるため、そして生活費の小銭を稼ぐために旅先でいつも気に入らない相手に喧嘩を吹っ掛けまくり、何処に行っても人々からは乱暴者として忌み嫌われていったのでした。
そんなマーベラスを嫌ったのは一般の人々だけではなく、当然のことながら喧嘩相手からも恨まれていきました。特にマーベラスが気に入らないと感じる相手は弱い者をいたぶるような卑怯者なのですから、そこには当然ながら宇宙各地で横暴や腐敗を極めていたザンギャックの官憲や軍の関係者も多く、すっかり気に入らない相手には誰かれ構わず喧嘩を売るクセのついたマーベラスは、さすがにザンギャック軍の正規戦闘部隊に1人で正面切って戦いを挑むようなことはしませんでしたが、それでも駐屯地の官憲や警備兵ぐらいのゴーミン相手ならば平気で喧嘩を売っていきました。そうして次第にマーベラスはザンギャックの官憲からも恨まれマークされるようになり、いっぱしの賞金首のお尋ね者となっていきました。
また、マーベラスは気に入らない相手と感じれば同業者である海賊にも平気で喧嘩を売りまくっていたので、次第に海賊業界でも鼻つまみ者となっていき、臨時の航海士の仕事も減っていき、そうなるとマーベラスとしても旅を続けていくために必要な金は喧嘩相手から巻き上げる金に依存していく度合いが更に上がっていくことになりました。
元来はマーベラスは自分の感情をコントロール出来ないほど短慮な男ではなく、意外に思慮深く繊細であり、喧嘩っ早いのも強くなるためという計算があっての行動であったのですが、こうして貧してくると何時しかマーベラスの喧嘩の目的も相手から金目のものを奪うことの方が主となっていき、一応は強い相手と戦うという原則は維持しつつも、内実はかなり荒んだものとなっていきました。

0141.jpgそうして殺伐とした生活を3年以上も過ごして、地球暦で2012年にあたるこの年が明けて、自分の誕生日も知らないマーベラスは元旦に年齢を加算することにしていましたので19歳となりましたが、背も更に伸びて顔も眼光鋭いチンピラ風情となり、もはやかつてギャバンと出会った頃の少年の面影は消え去っていました。
マーベラスがここまで荒んだ風情となってしまった原因は喧嘩三昧の殺伐とした生活や世間の冷たい風当たりなどももちろんありますが、それらはもともと「宇宙最大のお宝」という夢を掴むために自ら進んで突き進んだ道であったはずです。だから、夢に向かって着実な成果さえ上がっていればマーベラスの心がそれほど荒むはずもない。最大の問題はその「宇宙最大のお宝」探しが全く成果が上がっていなかったことでした。
何処に行って誰に聞いても、誰も「宇宙最大のお宝」について何も知りませんでした。それどころかマーベラスが「宇宙最大のお宝」の存在を本気で信じて手に入れようとしていると知ると、誰もが冷笑し、バカにしました。そうして3年以上の年月を過ごし、マーベラスは全く孤立した状態で遂に先の見えない壁にぶち当たり、彼自身が「宇宙最大のお宝」というものが本当に存在するのかどうか疑問を感じるようになってきてしまいました。
これだけ探しても手掛かりさえ見つからないということは、やはり他の海賊たちが言うように「宇宙最大のお宝」はタダの伝説に過ぎなかったのではないかとマーベラスの心は揺らぎ、結局自分は実在もしない伝説を追いかけているうちに世界中から嫌われる孤独なはみ出し者になって、自分で自分の人生を台無しにしていただけなのではないかと焦る気持ちが湧き上がってきました。そうして、その疑念を否定しようとする想いとその疑念とが葛藤し、マーベラスの心を苛立たせていっそう彼の表情を険しいものとしていたのでした。

0144.jpgそうした時、マーベラスの前にキアイドーという賞金稼ぎが現れました。マーベラスはキアイドーとは初対面でしたが、その名は当然知っていました。キアイドーは宇宙一の賞金稼ぎとして名を馳せており、賞金首となっている者でその恐ろしい名を知らない者はほとんどいなかったからです。キアイドーはマーベラスの前に突然現れて金と戦いこそが退屈を解消する薬だなどとキザな言葉を投げかけてきましたが、要するにどうやらそろそろいっぱしの賞金首となった自分を倒して賞金を稼ぐためにやって来たようだとマーベラスは解釈しました。強い奴らと戦う経験を散々積んできたマーベラスにはキアイドーが自分よりも格上の相手であることは一目で分かりましたが、そういう相手と戦うことで自分を鍛えてきたマーベラスはむしろ戦いは望むところだと思い、いきなり襲ってきたキアイドーと戦い始めました。
これまでにもマーベラスは格上の相手とも何度も戦ってきており、当然いつも勝っていたわけでもありませんでした。強い相手と戦った結果、敗走することもしばしばあった。キアイドー以前にも凄腕の賞金稼ぎとやり合って負けて逃げたこともありました。だからマーベラスはキアイドーに負ける可能性があることも十分承知していましたが、敗北を恐れてなどいませんでした。
これまでにも強敵に敗北したこと自体を糧にして自分は更に強くなってきて、最終的にはその強敵を撃ち破ってきたことも多かった。自分を強くするためには勝ち目の薄い相手とも戦って、時には負けることも必要だということはマーベラスには分かっていました。負けても生きる意思を失わずしぶとく生き延びればいいのであり、敗北の悔しさをバネにして不屈の闘志を維持すれば必ず強くなってリベンジは可能となる。もし万が一負けて死ぬのであれば、自分はそこまでの男だっただけのことであり、到底「宇宙最大のお宝」を掴む器量の男ではなかったというだけのことだとマーベラスは割り切っていました。つまり、「宇宙最大のお宝」という夢へ向かう強い意思がマーベラスに敗北すら恐れさせない勇気を与えていたといえます。
これまでもそのようにして強敵と戦ってきたので今回もマーベラスは怯むことなくキアイドーに立ち向かっていきましたが、やはり予想通りキアイドーは恐ろしく強く、マーベラスは絶体絶命の窮地に追い込まれてしまいました。ただ、これまでならばこれぐらいの窮地でマーベラスの心はまだ折れませんでした。勝ち目が無いと判断すればマーベラスはまずはその場を逃れてリベンジに備えようと思い、何とかして相手の隙を見出してやろうとしていました。ところがこの時はマーベラスは武器を弾き飛ばされて尻もちをつきキアイドーに剣を突きつけられると身が竦んで動けなくなってしまったのです。
そして、今まで強敵に追い詰められた時には生じたことのないこうした自分の心身の異常事態にマーベラスが混乱していると、目の前でキアイドーがそれ以上の異常な行動に出ました。へたり込んでしまったマーベラスを見てつまらなそうにしたキアイドーはいきなり自分自身の胸に剣を突き立てて傷を負わせ、フラつきながら、これで自分に弱点が出来たのだから勝負が面白くなってきたと高笑いし、マーベラスに向かって自分と戦うよう迫ってきたのでした。
それを見てマーベラスはキアイドーが狂っていると悟りました。つまり、最初に嘯いていたように、キアイドーは金と戦いの快楽を得るためだけに戦い続けているのであり、それ以外に退屈な人生を生きる意味を見出せない歪んだ心の持ち主であったのです。戦いに勝って生き残り、その命を使って何かを成し遂げようなどというマトモな夢や目的など持っていないので、わざわざ自分に傷を負わせてまで戦いのスリルを楽しもうとする異常人格者がキアイドーの本質でした。それは夢のために戦い続けてきた自分とは正反対の生き方であると、それまでのマーベラスだったら感じたはずです。
だが、その時マーベラスは戦いの快楽に溺れて狂ったように喚き続けるキアイドーの姿を見て、自分も実はキアイドーと大差ないのではないかと思えました。自分も実際はただ強敵との戦いの快楽と生活の糧である金品強奪のためだけに戦っているのではないか。キアイドーの狂気に歪んだ姿を見てそんなふうに感じてしまったマーベラスは、それは自分が何時の間にか自分の夢を信じられなくなっていたからだと気付きました。「宇宙最大のお宝」など実在しない伝説に過ぎないと思うようになってしまっていたからこそ、自分の戦う意義をそんなふうに卑下して見てしまったのだと気付いたマーベラスは、だからさっき自分はキアイドーに追い詰められて身が竦んでしまったのだと理解しました。
自分は素晴らしい夢を掴む意思を持つことによって勇気を得てきた。だから夢を信じられなくなった自分にはもう勇気は湧いてこない。戦いの快楽に突き動かされて狂ったように戦い始めてみたものの、圧倒的実力差で追い詰められた時、それを撥ね返す勇気を持たなくなっていた自分は無様に恐怖心に支配されてしまったのだ。そうした自分の情けない真実に気付いたマーベラスは、キアイドーを前にして恐怖のあまり腰を抜かしてしまったのでした。

0143.jpgガクガク震えてその場を逃げ出すことすら出来なくなってしまったマーベラスの命運はもはや尽きたと思われましたが、何故かキアイドーはうわ言のように戦いの快楽に浸って喚き散らした後、マーベラスに手を出さずにその場を去っていきました。
キアイドーは最初はマーベラスとの戦いの継続を望んでいたようですが、マーベラスが戦意を喪失してしまったのを見て興醒めしました。通常ならばそのまま相手にトドメを刺して戦いを終えるところでしたが、キアイドーはマーベラスと戦ってみた結果、マーベラスの潜在能力がまだまだ底知れないことを見抜いていました。だからこそ、もっとスリリングな戦いが楽しめると思ってマーベラスに戦いを続けるよう迫ったのですが、マーベラスが戦意を喪失したのを見て、キアイドーはマーベラスの潜在能力の開花には時間がかかるのだと悟り、今回は見逃しておいて、いずれもっと強くなったマーベラスと再戦して、極上の戦いの快楽を貪りたいと考えたのでした。おそらくその頃には今よりももっと大物犯罪者となったマーベラスの賞金額も跳ね上がっているはずであろうから、その時を待ってマーベラスを倒した方が金銭的にも得だという考えもキアイドーにはあったようです。
しかし、そんなキアイドーの歪み切った考えなどマーベラスに想像も出来るわけもなく、キアイドーの立ち去った場所で腰を抜かしたまま取り残されたマーベラスは、どうして自分が見逃して貰えたのか理由が分からず戸惑いました。だが、そんな戸惑いも霞んでしまうほどにマーベラスの心にはもっと大きな困惑が広がっていきました。自分は何時の間にか勇気を失ってしまった。いや、その勇気の源である夢を信じられなくなってしまっていた。そのことを自覚したマーベラスは、夢を見失った自分はこれから先、何のために生きていけばいいのか、全く分からなくなってしまい途方に暮れるのでした。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 10:44 | Comment(2) | 海賊戦隊ゴーカイジャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月11日

海賊戦隊ゴーカイジャー妄想物語その13


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さて、レジェンド大戦終了直後に戻って、今度はザンギャック側の動向を見ていきます。

ザンギャック本星の総司令部では、地球に派遣している自軍の全軍が地球でしつこく抵抗を続けていたスーパー戦隊という連中を倒した上で最後にゴセイジャーを討伐するために全軍が集結し、いよいよ地球征討戦争を勝利して終えるところまでこぎつけたのだと理解していました。ところが地球でその最後の戦いにザンギャック全軍が突入した後、地球派遣軍からぷっつり連絡が途絶えてしまったので総司令官のワルズ・ギルや参謀総長のダマラスをはじめ、幕僚たちはみんな不審に思いました。
月面に前線基地はあり、全軍が総攻撃のために地球方面に出払っていて、月面基地には少数の警備兵と数隻の戦艦、あとは整備班などの非戦闘要員しか残っていませんでしたが、ワルズ・ギルが月面基地に状況を問い質したところ、どうやら全軍が突如激しい戦闘に巻き込まれた様子で、月面基地でもあまり状況は把握出来ていないようでした。
そうこうしているうちに地球で戦っているザンギャック軍を検知する反応が月面基地のレーダー上から見る見る減っていき、遂にはそれが全部消えてしまったので、信じがたいことだが自軍は全滅したようだと月面基地では結論を出すしかなく、その旨をザンギャック本星の総司令部に報告してきました。
0107.jpgワルズ・ギルは自分の指揮する作戦で配下の軍が全滅したなどという不名誉を現実として受け入れることが出来ず、何度も月面基地に事実確認をするよう繰り返し指示しましたが、月面基地は様々なデータを示して、どういう事情によってなのかは不明ながらとにかく地球派遣軍が月面基地の僅かな数の留守番部隊を残して全滅したのは間違いないと伝えます。それでもワルズ・ギルは信じようとはせずに月面基地の兵と押し問答を続けていましたが、参謀総長のダマラスはこれは一大事だと思い、すぐに司令室を出て皇帝アクドス・ギルに拝謁し、事の次第を報告しました。するとその話を聞いたアクドス・ギルはすぐにダマラスを伴って司令室にやって来て、緊急事態だと言ってワルズ・ギルから指揮権を取り上げて事態の収拾にあたることにしました。
アクドス・ギルは息子ワルズ・ギルが困った失態をやらかしてくれたものだと思いましたが、それでも帝国の後継者であるワルズ・ギルに非があるという形にするわけにはいかなかった。息子個人のためならばむしろ厳しく叱責する方が良いのでしょうが、アクドス・ギルが重視したのはあくまで自らの築き上げた帝国の安定であり、そのためにはただでさえあまり評価の高くない皇太子ワルズ・ギルの責任を追及するようなことは出来ません。
ワルズ・ギルは何ら欠点の無い無謬の総司令官でなければならず、それは別に虚像でも構わないというのがアクドス・ギルの考え方でした。だからこそ司令室でこれ以上息子が醜態を晒すことがないように一旦指揮権を取り上げてワルズ・ギルを退室させたのですが、ワルズ・ギルの方は指揮権をいきなり奪われて、父が怒っているのだと思い怖くなり、父に告げ口をしたダマラスを不快に思い、更に自分は父とダマラスに恥をかかされたのだと考えて腹立たしく思いました。

一方、司令室に残ったアクドス・ギルとダマラス以下の幕僚たちの許には月面基地から思わぬ報告が寄せられました。それは地球で全滅した軍の生き残りが月面基地に戻ってきたという報告でした。戻ってきたのは例のシドの上官の特殊部隊の隊長ただ1人でした。その隊長の報告は以下の通りでした。
彼の乗っていた戦艦がゴセイジャー討伐のために所定の目的地で戦闘に従事していたところ、突然背後から攻撃を受けました。既にゴセイジャー以外のスーパー戦隊は撃破したとの報告は受けていたので一体何者による攻撃なのか分からず、ザンギャック軍は混乱状態に陥り同士討ちまで始める始末でしたが、暫くすると襲ってきた敵はスーパー戦隊らしいと判明しました。信じられないことに全く何の前触れもなくザンギャック全軍をスーパー戦隊が包囲しており、凄まじい勢いで攻撃してきていたのです。
それゆえ、スーパー戦隊はザンギャック軍が把握していた比較的少数の精鋭部隊ではなく、ザンギャック軍を圧倒するほどの質と量を誇る巨大な敵であったのだとザンギャック軍の兵達は悟り(実際は誤認だが)、自分達がまんまと罠に嵌められたのだと感じてパニックに陥った。
隊長が把握している戦闘の記憶は一旦ここで途切れています。何故なら、隊長はその直後、自分の乗っている戦艦を含む一艦隊ごと、突如割れた空に呑み込まれて奇妙な空間をしばし彷徨い、その後、元の戦場の空間に戻った時には、ザンギャック軍は自分達の艦隊を除いては全滅していたからです。だから、どうやってザンギャック軍が全滅したのかは隊長には詳細には分からなかったが、状況から考えてスーパー戦隊の大軍によって全滅させられてしまったのだろうと思えました。
そのスーパー戦隊は何処に行ったのだろうかと隊長たちが不思議に思って眼下の地上を見下ろすと、スーパー戦隊の戦士たちと思しき一団が地上に立っており、自分達の艦隊を見上げているのに隊長たちは気付きました。スーパー戦隊が実はとんでもない大軍であったと思っていた隊長たちはその200人程度の戦士たちを見て斥候であろうと考え、状況はよく分からないながらも自分達の艦隊の所在をスーパー戦隊の本軍に報告されてはマズいと思い、眼下のスーパー戦隊の戦士たちを皆殺しにしようと思い攻撃を開始した。
0109.jpgすると突然、地上のスーパー戦隊の戦士たちが巨大なエネルギー弾のようなものを発射してきて、あっという間に上空のザンギャック艦隊は全滅させられてしまった。この隊長だけはさすがに特殊部隊の指揮官だけはあって、たった1人だけ間一髪の脱出に成功し、命からがら救命ポッドで戦場を離脱して、何とか月面基地に戻ってきたのでした。

慌てて逃げ出してきたゆえ、隊長はスーパー戦隊の戦士たちが戦う力を失ったことも把握していないし、そもそも戦闘の大部分の時間を豪獣ドリルの暴走のせいで起きた時空の歪みに呑み込まれていたせいで、スーパー戦隊の勢力を途轍もなく巨大なものだと誤解したままでした。そして最後にスーパー戦隊の戦士たちの放った「大いなる力」の攻撃を目撃したため、隊長はその凄まじい威力に恐れをなし、あんな少数の戦士たちでもあれほどの破壊力のある攻撃を発することが出来るのだから、スーパー戦隊の本軍がザンギャック全軍を全滅させることが出来たのも確かに納得できると思い込みました。
そうして隊長は「地球にはザンギャックの常識を超えた強大な力を持つスーパー戦隊という戦士たちが居り、それによってザンギャック軍は全滅した」と、月面基地から皇帝アクドス・ギルに報告しました。もちろんそれは内密な報告で、報告を聞いたのはアクドス・ギルとダマラスだけであり、月面基地でも隊長はそのことを他の誰にも喋っていませんでした。この宇宙にザンギャック軍よりも強大な力を持つ者が存在するなど決して知られてはいけないことであることぐらいは隊長ももちろん分かっていたのです。
ただ、そうは言っても、スーパー戦隊が途轍もない力を持っているという事実は隠蔽することが出来るとしても、ザンギャック軍が地球で全滅したという事実に関しては、既に月面基地でも本星の総司令部の幕僚たちの間でも周知のこととなってしまいました。これをどのように隠蔽して帝国の宇宙統治に動揺をきたさないようにするかが問題です。
ただでさえ帝国の中央軍をそのまま連れていった地球派遣軍が全滅したとなれば、本星の防衛も含む帝国中央部の軍備が手薄になり、その補充のために全宇宙のザンギャック軍の編成をだいぶ弄らないといけなくなり、それは帝国内の軍事バランスを混乱させることになり、帝国の統治力は低下します。そこにザンギャック軍の弱さなどが流言されると反乱なども誘発する可能性がある。そうならないようになんとか引き締めていかねばならない。そのあたりアクドス・ギルはしばし熟慮して方針を決定しました。

0108.jpgまず、もちろんスーパー戦隊が強大な力を持っていることやザンギャック軍を打ち破ったということはアクドス・ギルとダマラスと特殊部隊隊長だけの秘密として他には伝えないことにしました。ただ、もちろん地球でザンギャック軍がスーパー戦隊と戦っていたことや、その戦いの末にザンギャック軍が全滅したということは月面基地でも総司令部の幕僚たちの間でも周知の事実であったので、ザンギャック軍が地球で全滅した理由をスーパー戦隊以外に何かでっち上げる必要がありました。
かといって普通に戦って作戦の失敗で負けただけとするわけにもいきません。そうなれば総司令官であり次期皇帝であるワルズ・ギルの権威に疵がついてしまいます。また、もし普通に戦って負けたとなれば当然ザンギャック帝国としては雪辱戦をしなければならないが、地球に測り知れない力を持つスーパー戦隊が存在すると分かった以上、無計画に攻めるのは危険でした。下手したら敗北を重ねることになり、いっそう帝国の権威が地に堕ちる危険もあります。だから、地球を攻めるにしてももう少しスーパー戦隊について秘かに情報を収集してからでなければいけない。その間の時間稼ぎが何か必要でした。
そこでアクドス・ギルは現地軍の内部に裏切り者がいたのだということにしました。それもかなり大規模な帝国への反逆組織の策謀によるものだとして、まずはその反乱分子の討伐を先に行わねばならないのだということにしたのです。そうすれば当面は地球を攻撃しなくて済むので、反乱分子との戦いの間にスーパー戦隊について情報を集めればいい。現地軍に裏切り者がいたのならザンギャック軍の敗北はスーパー戦隊の謎の力無しでも説明はつきますし、作戦ミスというわけでもないので本星で指揮をとっていた総司令官のワルズ・ギルの経歴に疵もつかない。
だが実際はそんな裏切り者や反乱分子などは実在しないので、誰かをスケープゴートにしなければならない。そこでアクドス・ギルは月面基地に残っていた非戦闘員のスタッフの中に帝国への反逆組織のスパイが大量に潜入していたのだとデッチ上げることにしました。いずれにしてもザンギャック軍がスーパー戦隊と戦った上で大敗北したことを知ってしまった月面基地の者たちは生かして帰すわけにはいかない。どうせ口封じのために殺さねばならないのだから、ついでに反逆の罪を被せてしまえばいいのだとアクドス・ギルは考えました。

ただ、月面基地の者たちを皆殺しにして一件落着としてしまうわけにもいかない。それでは地球のスーパー戦隊について調べる時間稼ぎが出来ないし、ザンギャック軍の敗北やスーパー戦隊の存在を知るもう一方の存在である本星の幕僚たちの口を封じることは出来ないからです。さすがに本星の総司令部の幕僚たちを皆殺しにしたり悉く投獄したりすることは出来ない。しかしザンギャック軍の大敗やワルズ・ギルの失態を知った幕僚たちの中から皇帝一族の権威を侮り、この大敗後の帝国の混乱に乗じて不穏な動きを示す者が出てこないとも限らない。彼らを黙らせ従わせるには皇帝の圧倒的な力を示して屈服させなければならない。そのためのデモンストレーションの場が必要なのだとアクドス・ギルは考えました。
今回の権威失墜の元凶たる地球を皇帝の持つ圧倒的な力で滅ぼしてしまえば最高のデモンストレーションとなるのだということはアクドス・ギルにも分かっていましたが、何やら未知の力を持っているらしいスーパー戦隊の居る地球を不用意に攻めるのは万が一のリスクがあると、あくまで慎重なアクドス・ギルは警戒しました。デモンストレーションならば確実に成功させられる相手でなければならない。そこでアクドス・ギルは月面基地のスパイ達は幾つもの星が結託した大規模な反逆組織が送り込んだ者達であるということにして、反逆者たちの本拠地である幾つもの反逆星を叩き潰すことが急務だという事実をデッチ上げて、虚偽の征討戦争を起こすことにしたのでした。
その征討戦争の中で皇帝の圧倒的な力を幕僚たちに見せつけることがアクドス・ギルの真の狙いでした。だからそれは幕僚たちの手を借りるような通常の征服戦争ではない。あくまで皇帝だけが持つ特別な力だけで圧倒的なパワーを見せつけなければならない。そうしたデモンストレーションに格好のものをアクドス・ギルは最近手に入れていました。それは帝国艦隊の新たな旗艦である皇帝専用座乗艦ギガントホースでした。
0110.jpgギガントホースに搭載した圧倒的な数のギガロリウム砲だけで実際に星を滅ぼす様を目の前で見せつければ、幕僚たちも帝国艦隊の一部を率いて反乱など起こしたところでギガントホースを保有する皇帝一族には敵うはずもないことを悟り、愚かな野望を抱くこともなくなり、帝国は丸く治まるであろう。そのためなら反逆星の汚名を被せて幾つかの星を滅ぼすぐらい仕方のないことだとアクドス・ギルは考えました。

アクドス・ギルは極秘回線を使ってそうした計画を月面基地の特殊部隊隊長に伝え、月面基地の兵達には現地の非戦闘員スタッフ達の裏切り行為によってザンギャック軍は全滅したのだということが判明したのだと説明するよう指示しました。そして、その上で残兵たちを率いて月面基地の戦艦に乗り込み、上空に浮上して月面基地を攻撃、破壊し、非戦闘員スタッフを基地ごと皆殺しにするよう指示しました。
隊長はアクドス・ギルからのそうした指示に従い、まず月面基地の兵達に現地軍の非戦闘員スタッフ達が裏切ったので敗戦したのだと虚偽の説明をし、それを聞いた兵達は激怒して非戦闘員スタッフたちを次々と捕えていきました。突然捕らわれたスタッフたちは驚いて兵達に理由を尋ね、兵達はお前達の星が手を組んで帝国に反逆してお前達をスパイとして送り込んできたことが露見したのだと罵りました。当然全く身の覚えの無いスタッフ達は事実無根だと言い返しましたが、兵達はスパイの言うことなど嘘だと決めつけて聞く耳を持たず、抵抗するスタッフ達を殺戮していきました。
ただ、基地に残っていた非戦闘員のスタッフ達は兵達よりも圧倒的に多く、慌てて逃げ出して基地内に隠れた者達も多かったので、兵達も基地内の掃討戦に深入りする不利はすぐに悟り、特殊部隊隊長の指示に従い格納庫に行き、基地に残った数隻の戦艦に分乗すると、他の脱出用の宇宙船を全て破壊して基地内のスタッフ達の逃げる手段を奪って閉じ込め、戦艦を発進させて月面基地上空からの砲撃で基地を吹き飛ばして、スタッフ達を1人残さず虐殺したのでした。

しかしその直前、月面基地から宇宙の彼方の故郷の星に向けて必死のメッセージを送った者がいました。基地内で非戦闘員への殺戮が始まった時に驚いて物陰に隠れた例のエンジニアのドッゴイヤー家の一同は、ザンギャック軍が自分達の星が帝国に反逆したと決めつけていることに驚きました。息子たちは酷い誤解だと憤りましたが、ザンギャック帝国の遣り口に詳しい父親はそうではないと思いました。
これは誤解などではなく、何らかの陰謀なのだと直感した父親は、どんなに説明して誤解を解こうとしても無駄であり、故郷の星は問答無用で滅ぼされると予想し、もはや自分達は基地から逃げ出すことも出来ず殺されるのだろうと覚悟を決め、せめてただ1人故郷に残して来た末の息子のドンをはじめ、故郷の星の人々を少しでも多く生き延びさせたいと思いました。
そこで父親は秘かに持ち込んできていた小型メッセージカプセルに大急ぎで故郷のドン宛てのメッセージを打ち込みました。自分達は反逆者の嫌疑をかけられてこれからザンギャック軍に殺されるということ、必ず自分達の星を反逆の罪でザンギャック軍が滅ぼすだろうからすぐに人々に危険を知らせて皆で脱出するようにということ、ザンギャックが甘い態度を示しても決して信用せずに必ず逃げること、これらの事項を大急ぎで打ち込むと父親は基地の外に向けてカプセルを射出し、その直後、上空の戦艦からの砲撃で月面基地は木端微塵に砕け散りました。だが、射出されたカプセルは掌サイズの小型のものだったのでザンギャック戦艦にも感知されずに無事に宇宙空間を飛んでいき、自動的に故郷の星のドッゴイヤー家を目指して宇宙空間を航行していったのでした。

0111.jpg一方、特殊部隊隊長から首尾よく月面基地を破壊して非戦闘員のスタッフ達を皆殺しにしたという報告を受けたアクドス・ギルは、すぐに残存部隊を引き連れて本星に帰還して事後処理の顛末の詳しい報告をするよう指令し、それを受け、隊長は数隻の戦艦を率いて太陽系から去り、宇宙の彼方のザンギャック本星に向かいました。
そしてアクドス・ギルは本星の総司令部の幕僚たちに向かい、まずは中央軍の地球における壊滅を極秘事項とするよう命じ、迅速かつ隠密に宇宙各方面のザンギャック軍の再編成を行い、中央軍の抜けた穴を埋めて帝国内の軍事バランスを維持するよう厳命しました。そしてその上で、アクドス・ギルは今回の地球における敗戦の原因は現地軍の中に紛れ込んだ反逆組織のスパイの攪乱工作によるものだったことが判明したと言い、軍の再編成が落ち着いたらすぐに反逆組織の根拠地となっている星々を討伐するという方針を幕僚たちに向けて表明しました。
この全く寝耳に水のような話に幕僚たちは戸惑い、誰がそのような報告をしたのかと質問したところ、アクドス・ギルは皇帝親衛隊の独自の調査網によって判明したことだと言うだけであったので、幕僚たちは内心では全く信用しませんでした。幕僚たちはワルズ・ギルの無能な司令官ぶりをずっと見てきていましたから、敗戦の責任は明らかにワルズ・ギルおよび彼の暴走を止められなかった自分達幕僚のミスにあると分かっていました。それゆえ皇帝がとにかく不肖の息子である皇太子の権威を守るためにスパイの嫌疑などをでっち上げているのだろうということは賢明な幕僚たちには察しはつきました。

それゆえ、幕僚たちはやや白けた気分で、軍の再編成には時間もかかり、暫くは反逆組織への討伐戦争に大軍を回す余裕は無いのではないかと意見しましたが、それを聞いたアクドス・ギルはそうした幕僚たちの反応を予想していたかのように、本星の防衛に他の軍を回す余裕が無いというのならば本星の防衛は自分がギガントホースに座乗して自ら行うと言い渡したので、幕僚たちは青ざめて慌てました。帝国艦隊の最大最新鋭の旗艦ギガントホースが圧倒的な戦闘力を有していることは幕僚たちは承知しており、その艦に伝説の最強皇帝アクドス・ギルが現役復帰して完全武装で乗り込み、自分達の頭上で睨みを効かせるというのですから、思わず恐怖を感じたのです。
だがアクドス・ギルは平然とした顔で更に言葉を続け、ある程度軍の再編成が進み本星の防備に新たな戦力を投入する目途が立ったなら自分がギガントホース1艦だけで反逆星の討伐に出向くので、別に大軍を出す必要など無いが、その代わり幕僚は全員ギガントホースに同乗して討伐戦争に参加するよう言い渡したのでした。これを聞いて幕僚たちはますます緊張に身を固くしました。要するに自分達は本星の防衛においても全くアテにされておらず、むしろ留守中に反乱でも起こしかねない危険分子扱いされているのだと、彼ら優秀な幕僚たちは察することが出来たのです。
ここまで圧倒的な自信と、それを裏打ちする実力を有した皇帝に猜疑の目を向けられているのは自分達が帝国のこの手痛い敗戦を知ってしまったゆえであり、今の時期に皇帝への忠誠が疑われるような行為は自殺行為となるのだと皆が思い、震え上がりました。愚かなワルズ・ギル相手ならば侮った気持ちも内心抱いていた幕僚たちも、皇帝アクドス・ギルのこの先手を打った恫喝によって震え上がり、むしろアクドス・ギルは彼らに競って忠誠の態度をとらせることに成功したのです。

これだけでもう帝国が揺らぐ可能性は低くなったといえますが、それでもあくまで慎重な皇帝アクドス・ギルは実際に皇帝一族の持つ圧倒的な力を若い幕僚たちの脳裏に刻み込むことによって、次代まで帝国の統治を安泰ならしめることが出来ると考え、ギガントホースによる反逆星の討伐はあくまで実行するつもりでした。だが、その際にギガントホースに乗って自分が本星を離れてしまうと、やはり本星の防備が手薄になる。反乱防止のために幕僚たちをギガントホースに乗せて連れていき、本星の防衛はワルズ・ギルの下に皇帝親衛隊を半分置いて当たらせるつもりでしたが、それでもどうしても本星の防衛は戦力不足でした。
0112.jpg自分がギガントホースに乗っている以上は反乱を起こそうなどという愚か者はそうはいないだろうと思っていたアクドス・ギルですが、それでも万が一に備えて手を打っておくことにしました。以前から帝国一の科学者といわれており、行動隊長の改造手術の第一人者として知られていたザイエンが艦艇に代わる新たな決戦兵器として最近熱心に提唱していた人型の搭乗巨大ロボット「決戦機」の開発配備にゴーサインを出したのです。こうしてザイエンはアクドス・ギルの前面支援を受けて、さっそく急ピッチで決戦機を増産し、アクドス・ギルは皇帝親衛隊の隊員たちにそれら決戦機を与えて操縦させて本星の防衛体制を向上させていくことにしました。

そうした動きが始まった頃、地球での戦いが終わって1ヶ月ほど経った、地球暦で言うと2012年1月の終わり頃、月面基地から引き揚げてきたザンギャック軍の戦艦数隻の残存艦隊がザンギャック本星の近くまで戻ってきました。アクドス・ギルはギガントホースを発進させてその残存艦隊を出迎え、ギガントホースの手前で停船させると、裏切り者が何をしに本星へやって来たのかと糺しました。
このあまりに意外な皇帝の言葉に驚いた残存艦隊の兵達は裏切り者とはいったい何のことなのかと抗議しましたがアクドス・ギルは聞く耳を持ちません。アクドス・ギルは最初から月面基地の残兵たちも生かしておく気は無く、ザンギャックの敗戦やスーパー戦隊の存在を知っている彼らも反逆組織の一員であったということにして葬り去るつもりで本星に呼び寄せたのです。彼らは反逆組織の一味であって本星でのテロ計画のためにやって来たのだとの虚偽情報をアクドス・ギルから聞かされていた本星防衛隊の兵達も残存艦隊を包囲して敵意を剥き出しにしています。
だがアクドス・ギルは残存艦隊の中に例の特殊部隊隊長の姿が無い様子だということに気付き、残存艦隊の兵たちに隊長はどうしたのか尋ねました。すると兵たちの言うには、隊長は皇帝からの急に指令で自分だけ先に本星に来るように言われたので戦艦に積んであった小型高速艇で出発したはずだと言います。それを聞いて、アクドス・ギルは隊長がこの展開を先読みして逃げたのだと悟りました。

隊長は皇帝アクドス・ギルがザンギャック軍の敗戦を知った残兵たちを生かしておくはずがないと読んでいたのです。特にスーパー戦隊の謎の巨大なパワーという帝国にとっての重大機密を知ることになってしまった自分を必ず口封じのために殺すであろうことは、隊長自身がこれまでにもそうした帝国のエゴのための数々の暗殺を命じられてきただけに、嫌になるほどよく分かっていました。
だから隊長は本星には戻らずに途中で逃げたのであり、普通に逃げたのではすぐに捕まってしまうので、残存艦隊に乗る他の残兵たちを囮にして逃げるため、他の残兵たちには事情は一切説明せずに本星に行かせて見殺しにして、アクドス・ギルが残存艦隊を攻撃している間に自分だけは出来るだけ遠くに逃げるというのが隊長の作戦でした。アクドス・ギルはまんまと隊長の策に嵌ってしまったことになります。そのことを悟ったアクドス・ギルはギガントホースの砲撃で残存艦隊を乗員ごと吹っ飛ばして始末すると、ただ1人逃亡した反逆者である元特殊部隊隊長を全宇宙の指名手配犯とし、その行方を探し出して殺すよう官憲に命じました。
とはいっても相手は特殊部隊のリーダーですから、並大抵の者では探し出して捕えることは出来そうもない。そこでアクドス・ギルは特殊部隊には特殊部隊をぶつければいいと考え、特殊部隊の最精鋭メンバーを裏切り者の元隊長への追手に差し向けるよう指令を下しました。その結果、地球での怪我が癒えて現場に完全復帰したばかりの特殊部隊のエースのシド・バミックにも隊長追討の命令が下されたのでした。
それだけ措置を講じておけば、何処に逃げようともいずれは隊長も始末はつくだろうと考え、アクドス・ギルはもう隊長のことなどどうでもよくなり、後は下の部局に任せることにしました。そんなことよりも、アクドス・ギルはそろそろギガントホースを使っての一大デモンストレーションの準備の方に取り掛かることの方が大事であったのです。

0113.jpgさてそれと同じ頃、ドン・ドッゴイヤーの住む星では平和な日々が続いていましたが、ある日、ドンが学校から自宅に戻ってくると郵便受けの中にカプセルが入っていて、自宅のパソコンに繋いで中身を見てみると、それはザンギャック軍の軍属として出稼ぎに出ている家族からのメッセージでした。今回は軍事作戦に同行する仕事だと聞いており、そういう場合は軍属が勝手に外部に連絡することは基本的に許可されないことになっており、実際これまでにこういう場合に家族が自宅に連絡してきたことなど無かったのでドンはこれが異常な事態だと感じました。
いや、そもそもそのメッセージの内容が極めて異常な内容でした。よほど急いで文面が打ち込まれたようで、詳細な経緯の説明などは一切無い。そもそもドンの家族たちが何処の星に行っていたのかすらメッセージには記載されていませんでした。ただとにかくそこに書いてあったのは、ドンの家族達が反逆者の嫌疑をかけられて殺されるということと、ザンギャック軍がドンの住む星も必ず滅ぼすだろうから人々に危険を知らせてみんなで逃げるようにというドン宛てへのメッセージでした。
あまりに突拍子も無い話にドンは驚愕し、最初はとても信じられませんでした。このメッセージの内容が真実ならば、いったいこのメッセージがいつ出されたものなのかは不明ながら、おそらくドンの家族は既に死んでいるのだろうと思われましたから、そんなことが真実であろうはずがないとドンは思ったのです。
しかし、このような特殊なメッセージカプセルを使う者はその星では第一人者のエンジニアであったドンの父親ぐらいしか考えられず、これは確かに自分の父親が出したメッセージであり、父親がつまらない冗談などをメッセージカプセルに入れて送ってくるはずもないことはドンにも分かっていましたから、やはり信じたくはないがこれは本当の話なのではなかろうかとドンには思えてきました。
だとすると、ザンギャック軍はもうすぐドンの住む星を滅ぼそうとしているということになる。もちろんドンの家族たちが帝国への反逆者であったはずもなく、もし家族がザンギャック軍に殺されたのだとしても、それは間違いなく誤解に基づくものでした。その誤解に基づいてザンギャック軍がドンの住む星を滅ぼそうとしているとは、あまりにムチャクチャな話であり、ちょっと信じられない話です。実際、そのような兆候があるようにはドンにも感じられませんでした。
こんな話を他の人達に知らせたところでとても信じてもらえるとは思えない。笑われるだけだと思って尻込みしたドンでしたが、それでもこのメッセージが自分の家族が命懸けで自分に託した遺言のようなものかもしれないと思うと、やはりその託された使命を果たさなければならないような気がしてきて、ドンは思い切って周囲の人達に相談してみました。予想通り、多くの人達はまともに取り合ってくれませんでしたが、学校の先生が1人、決してドンの話の内容を信じたわけではないが、一応真面目にドンの相談に乗ってくれて、ドンの父が高名なエンジニアであったこともあって、ドンはTV局の取材を受けてこのメッセージの中身についてその星の住人みんなに向けて知らせて、警告を発することが出来ました。

だがその評判は芳しいものではありませんでした。もともとドッゴイヤー家はザンギャックに媚びていると悪口を言われるほどにザンギャック寄りであり、そんな家の者たちがザンギャックから反逆者扱いされるとはとても信じられないという懐疑的意見や、逆にそんな家の者たちがザンギャックに殺されたのならいい気味だという意地悪な意見、また他には以前はザンギャックに媚びていたクセに急にザンギャック批判をするとはとんでもない変節漢だという感情的な非難など、散々は悪意に満ちた意見がドンを襲うことになったのでした。
それはもともとドンの星ではザンギャックに対して不満が燻っていたからでもあり、それでありながら、まさかザンギャックがかなりザンギャックに従順なこの星を滅ぼしたりするはずがないという安心感もあったからでありました。
仮にドンの家族がザンギャックに殺されたのが本当だとしても、彼らが反逆者だなどとは信じられないからザンギャックは誤解していることになる。いや、仮に誤解ではなく本当にドンの家族が反逆者であったとしても、それはあくまでもドンの家族だけの問題であるというのがこの星の他の人々の意見でした。自分達まで巻き添えになって滅ぼされる理由など無い。
これまでも内心不満は抱きながらも、それでもザンギャック帝国に対して忠誠を尽くしてきたという自負はこの星の人々にはありました。そんな自分達をザンギャック皇帝が問答無用で滅ぼしたりするはずはない。もしザンギャックの方から何か言ってきたとしても、きっと誠意を尽くして事情を説明すれば誤解は解けて、この星が滅ぼされるような事態にはならない。誰もがザンギャックに対して怖くて反逆の意思など持っていなかったので、自分達がザンギャックに滅ぼされるなどという事態を想像することが出来なかったのです。それで人々は自分達の身に迫る危機には思い至らず呑気にドンの話を聞き、無責任な非難を浴びせるだけでありました。
これにはドンも参ってしまい、やはりTVなどに出て余計なことを言うのではなかったと後悔しました。周囲の身近な人達もドンを非難まではしなかったものの、これ以上世間に向けて余計なことを言わない方がいいと忠告してくれて、ザンギャック軍が何も言ってこないところを見ると、あのメッセージは何かの間違いであり、きっと家族も生きて戻ってくるだろうと言って励ましてくれたので、ドンもそうかもしれないと思うようになり、静かに家族の帰りを待つ生活に戻ることにしたのでした。
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2013年03月04日

ヒロイン画像その6

1977年に「ジャッカー電撃隊」が不人気のために途中打ち切りになったということはスーパー戦隊シリーズの歴史の中で汚点のように扱われてしまっていますが、そもそも当時はスーパー戦隊シリーズという概念もブランドも無い時代であり、不人気で途中で打ち切りになる番組など掃いて捨てるほどあった時代ですから、東映側も原作者の石ノ森章太郎も「ジャッカー電撃隊」の打ち切り程度でいちいちショックなど受けていなかったようです。いや、「ジャッカー電撃隊」が打ち切りになった後の1978年というのは実は東映にとっても石ノ森にとっても大変忙しい年でありました。
0196.jpg1977年夏にアメリカで映画「スターウォーズ」が公開されてSFブームが起こり、翌1978年夏に日本でも「スターウォーズ」が公開されると決定されると日本においてもSFブームの到来が予期されるようになりました。そこでそれに便乗しようとして日本の映画会社でもSF映画を作って1978年に公開しようという動きが起こり、1977年からその準備や製作が進められていたのでした。その中で東映は1978年春公開予定の映画「宇宙からのメッセージ」の製作を総力をあげて進めており、この企画に当初から石ノ森も原案担当として名を連ねて参加していました。
この映画は南総里見八犬伝をモチーフとしたスペースオペラで、「スターウォーズ」の模倣作品のようなものであり、「会社の総力をあげて製作した」映画にありがちなパターンとして内容的には別に大した映画ではなく、実際1978年4月に公開されたが大してヒットもしなかったのですが、東映が大変な力を入れて作った映画であったので、特撮的にはこれまでにやったことが無いようなことにもチャレンジしており、巨大ロボは登場しないものの、東映における巨大メカ戦の特撮技術はこの映画で格段に進歩しました。
この特撮技術に関しては海外でも高く評価されました。いや、海外で特撮が高く評価されるであろうことは東映も最初から見越しており、最初から海外展開を考えてこの映画の採算を取ろうとしていたようです。そのためあらかじめ海外での販路を開拓しており、この映画は最終的には日本映画で初めてメジャー配給ルートに乗って全米で封切られるようになりました。

さて、こうした「宇宙からのメッセージ」絡みでの積極的な海外での活動の中で東映は本格的な海外進出を考えたのか、アメコミの出版社であるマーヴェル社との間で提携を結び、1978年から3年間、互いの会社の版権を持つキャラクターを自由に使用してもいいという契約を交わしました。東映としては自社のキャラクターをマーヴェル社の媒体を使って大いに宣伝してもらおうという思惑があり、実際この後、コン・バトラーVなどがマーヴェル社のアメコミで描かれて海外で紹介されたりしています。
一方でマーヴェル社の方も同様の思惑があったのであり、対等な契約ですから東映側もマーヴェル社のキャラクターを使った作品を作って日本で宣伝しないといけません。そこでさっそくその第一弾企画として1978年5月から放映が開始されたのが「スパイダーマン」でした。
どうしてマーヴェル社の数多くのキャラクターの中でスパイダーマンが選ばれたのかというと、単純にマーヴェル社サイドの意向でしょう。マーヴェル社のキャラクターの中で最も有名だったものがスパイダーマンとキャプテンアメリカであり、まずはスパイダーマンを日本市場に売り込むのが得策という判断が働いたと考えるのが自然です。
ただ、それはあくまでマーヴェル社側の都合であって、実際にスパイダーマンというキャラで作品を作る東映の現場は話はそう簡単ではありません。だいたいアメコミというのは当時の日本の特撮やアニメに比べて対象年齢層が高めで、オリジナルのスパイダーマンは蜘蛛に噛まれて大きな力を得てしまって苦悩する等身大の青年キャラでした。戦う相手も人間の悪人であり、しかも世間からは誤解されて嫌われているという、とても日本の子供にウケるようなヒーローではありませんでした。

0197.jpgそこで東映ではスパイダーマンのキャラだけ拝借して根本的に違うお話を作ることにして、マーヴェル側もとにかくスパイダーマンのキャラの認知度が高まればいいと考え、イメージダウンに繋がる改変でない限りは許容することとしました。その結果、東映はスパイダーマンは正義の宇宙人から戦う力を与えられた若者であり、戦う相手も侵略宇宙人の送り込む怪人ということにしました。
そしてスパイダーマンは宇宙人から譲られた宇宙船に乗っているということにして、その宇宙船が変形して巨大ロボになるということにし、敵怪人が巨大化してスパイダーマンの操縦する巨大ロボと戦うという設定としました。敵怪人が巨大化する原理は不明です。とにかくスパイダーマンが巨大ロボで戦うという設定が先にあり、それに合わせる形で敵怪人も巨大化するということになったのでしょう。
スパイダーマンが変身して敵怪人の前に現れて名乗りを上げると、ほとんど戦わないうちに敵怪人は巨大化して、スパイダーマンは自分の宇宙船マーベラーを呼び出して乗り移り、すぐにマーベラーを巨大ロボのレオパルドンに変形させて敵巨大怪人と戦い倒す。これが「スパイダーマン」という作品のバトルのフォーマットとなりました。

後にスーパー戦隊シリーズで定番となる「敵怪人の巨大化」というシステムがここで初登場しているのも注目点ですが、なんといってもここで注目すべきは巨大ロボ、それも搭乗型の巨大ロボの登場です。スパイダーマンの力の源泉を宇宙人にしてスパイダーマンを宇宙船に乗せるというところまでは分からないこともないが、そこで宇宙船が巨大ロボに変形するという飛躍はあまりに必然性が無い。これは結局は東映が「大鉄人17」でようやく実現した巨大ロボ特撮アクションの次の実験場をこの作品に求めたということでしょう。
その目標は「コン・バトラーV」や「ボルテスV」のようなスーパーロボットアニメのレベルの巨大ロボアクションを実写特撮で実現することでしたが、当然まだコン・バトラーVのような5体合体ロボまで実現する技術はありません。しかし「コン・バトラーV」の前番組に相当する「勇者ライディーン」で実施していた「巨大飛翔体から巨大ロボへの変形」ならば可能だと判断し、この作品で試みたのでしょう。
そもそもこの「スパイダーマン」に先立つ「大鉄人17」の段階で既に東映は17の通常戦闘形態、要塞形態、飛行形態、戦闘飛行形態の4形態のフォームチェンジを実現させています。既に東映の巨大ロボ特撮技術はそこまでは進んでいたのです。だからマーベラーからレオパルドンへの変形は確実に成功させる自信はあったことでしょう。

0198.jpgただ、ここでやはり最大の注目点は、17の時点では自律型ロボであったのに、レオパルドンは搭乗型ロボになっているということです。これは石ノ森章太郎の原作ではなかったからでしょう。石ノ森章太郎氏は作劇上、ロボットを人間の姿を映す鏡のようなものと捉えており、それゆえロボットは人間に近い存在でなければならないと考え、単なる意思無き乗り物として描くことを嫌いました。またロボットを人間と似た存在と捉えていた石ノ森氏はコン・バトラーVのような角ばった形態のロボットを嫌い、丸みを帯びたフォルムを好みましたが、変形や合体を前提とする限りどうしてもロボットは角ばったフォルムになります。「大鉄人17」の段階でも変形が前提となっていたので17は角ばったフォルムにするしかなく、それに対して石ノ森氏はかなり抵抗したようです。
だから石ノ森氏が原作者として作品に関わっていたのなら、きっとレオパルドンを搭乗型ロボにすることも変形ロボにすることも反対したはずです。だが「スパイダーマン」は石ノ森氏は関与していない。石ノ森氏は映画「宇宙からのメッセージ」の続編にあたるメディアミックス企画のTVドラマ「宇宙からのメッセージ・銀河大戦」の方の準備に関わっていて忙しかったというのもありますが、それ以前の問題として、そもそも石ノ森氏が「スパイダーマン」の企画に参加できるはずがないのです。
漫画家である石ノ森氏は東映の特撮ドラマに参加する時は原則として「原作者」という肩書でしか参加は出来ない。ところが「スパイダーマン」はれっきとした原作者がアメリカにいるのだから、そこに石ノ森氏が原作者として名を連ねることは出来ません。つまり、東映がマーヴェル社のキャラクターを拝借して作品を作る場合は石ノ森章太郎は企画に参加できないのです。
こうして東映は八手三郎名義で「スパイダーマン」という作品を作り、石ノ森氏の影響力から完全に自由な立場で心おきなく念願の搭乗型ロボの巨大戦アクションを描くことが出来たのでした。そしてこの「スパイダーマン」の実質的な後番組である「バトルフィーバーJ」、それに続く「電子戦隊デンジマン」「太陽戦隊サンバルカン」までが全てマーヴェル社との提携作品であり、これらの一連の作品群において東映は石ノ森氏の影響外でスーパー戦隊シリーズ初期における搭乗型巨大ロボのアクションのフォーマットを固めることが出来たのです。

0199.jpgこの「スパイダーマン」という作品におけるヒロインは、スパイダーマンに変身する主人公の山城拓也の恋人である佐久間ひとみというフリーカメラマンの女性ということになります。主人公の恋人という近しい立場のヒロインではありますが、拓也は自分がスパイダーマンとなったことは周囲に秘密にしていますから、ひとみも拓也がスパイダーマンであることは知りません。つまり第二期ウルトラシリーズによく見られたような主人公の一般人恋人ヒロインに似ているとも言えます。
だが拓也自身が一般人であり、劇中では結構頻繁に拓也とひとみの親密な様子は描かれます。しかしそれでいて、ウルトラシリーズの恋人ヒロインの場合のように主人公との間の真面目な人間ドラマが描かれるわけでもありません。「スパイダーマン」は極めてシンプルな構造のヒーロードラマであって、第二期ウルトラシリーズのように真面目に青春ドラマを描こうというような気は無いのです。
ひとみというヒロインは単に拓也の日常パートにおける「ヒーローである正体を隠さねばならない」という滑稽な描写を増幅させるために存在しているようなもので、同じように「ヒーローの正体が身近な人であることを知らない」軽めの登場人物という意味ではライダーガールズに近いが、ライダーガールズはそれでもヒーローの戦いに協力する姿勢があるのに対して、ひとみはスパイダーマンの戦いを支援するわけでもない。単に主人公の日常パートの相手役に過ぎず、これはもうヒーロードラマにおけるヒロインという定義にあてはまるかどうかも怪しいと言えます。まぁ「スパイダーマン」という極めてシンプルな作品には相応しいヒロインキャラであるとも言えるでしょう。

0200.jpgそしてもう1人、この作品にはヒロイン的な存在としては主人公の拓也の妹の山城新子も登場します。この新子もひとみと同じような立場であり、兄がスパイダーマンであることは知らず、スパイダーマンの戦いに協力するというわけでもなく、兄妹の真面目なドラマが描かれるわけでもなく、ただ単に主人公の日常パートの相手役に過ぎないキャラといえます。
まぁ主人公が一般人単独ヒーローであり自分のヒーローとしての正体を隠しているというパターンの場合、確かにこのひとみや新子のようなキャラは必要といえます。それが女性である場合に、他に目ぼしい女性キャラがいない場合は、それが作中におけるヒロインの位置を占めることになるのでしょうが、実質的には単なる脇役といえます。

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2013年03月03日

ヒロイン画像その5

1975年に放映開始して大ヒット作となった「秘密戦隊ゴレンジャー」ですが、この「ゴレンジャー」の成功が当時の東映制作サイドの目指していたものかというと、そういうわけではないと思います。「ゴレンジャー」はもともと「アマゾン」でライダーが枠移動した後の空いた枠をさしあたり埋めるために考えた企画であり、チームヒーロードラマはひとまずライダーの穴埋めのための手段であり、あくまで当時の東映が目指していたものはチームヒーロードラマではなかったのではないかと思います。
確かに「ゴレンジャー」のヒットを受けて、その後チームヒーロードラマがブームになったと言われます。しかし、それは「ゴレンジャー」の高視聴率を見てテレビ局側が二匹目のドジョウを狙ってチームヒーロードラマを求めたのであり、東映側は「ゴレンジャー」企画時に「チームヒーロードラマのブームを起こしてやろう」などと考えていたわけではないでしょう。
むしろ、ライダーには無くてゴレンジャーには存在したものが何なのか考えると、東映が真に目指していたものが何なのか見えてきます。ライダーに無くてゴレンジャーにある物というと、細かいものでは挙げればキリは無いが、最も明確なものは空飛ぶ要塞バリブルーンです。つまり巨大戦力なのです。東映が「ゴレンジャー」という作品で本当にやりたかったことはバリブルーンを使った巨大戦であったのではないでしょうか。

東映が当時見据えていたものは当時既に斜陽であった「仮面ライダーシリーズ」を超えることなどではなく、「仮面ライダーシリーズ」を斜陽に追い込んだ最大のライバルであるスーパーロボットアニメを超えることであった、そう考える方が自然であると思います。「実写でマジンガーZやゲッターロボみたいな巨大ロボアクションを見せることが出来れば、きっとスーパーロボットアニメに勝てる」と東映側が考えたとしても何ら無理はありません。ただ最初から搭乗型の巨大ロボアクションを実写で上手く魅せるのも難しいので、まずは「ゴレンジャー」ではスパイチームアクションと並行して試しに空飛ぶ移動要塞を使って巨大戦アクションにチャレンジしてみたというところでしょう。
この「ゴレンジャー」が予想以上のヒットとなったため、テレビ局からはチームヒーロードラマをもっとやって欲しいという要望が来るようになり、東映はその要望に出来るだけ応えつつ、巨大戦の経験値を積む場としてもそれらを活用していったというのが実情でしょう。
実際、「チームヒーローブーム」と言ってみても、「ゴレンジャー」の開始後3年間に新たに作られたチームヒーロードラマといえば「アクマイザー3」とその続編の「超神ビビューン」、そして「忍者キャプター」と「ジャッカー電撃隊」ぐらいです。3年で4作だから少なくもないが「ブーム」と言うほどでもない。
そもそもチームヒーロードラマは確かに人気は出ることは分かったが、何せヒーローがたくさん登場する分、出演料などのコストがかなりかかります。それに見合うだけの予算を確保出来ていなければ制作は出来ない。だから「人気のチームヒーロードラマをやりたいものの予算が無いので断念した」というケースも多かったものと思われます。

0143.jpgそんな状況の中、「ゴレンジャー」開始後半年でいち早く二匹目のドジョウを狙った企画が1975年10月から始まった「アクマイザー3」でしたが、案の定チームヒーロードラマをやるのに十分な予算を確保出来ておらず、役者に払う出演料が足りないので「最初から変身後の姿のヒーロー」、つまり着ぐるみヒーロー3人だけの体制となりました。いきなりこんな窮状を見せられれば「ゴレンジャー」の後追いでチームヒーロードラマをやろうとしても業界人たちは尻込みするのも無理はありません。
ただこの「アクマイザー3」は悪魔であるアクマ族の3人組ザビタン、イビル、ガブラが仲間を裏切って本来は敵である人間世界を守るためにアクマ族と戦うという、仮面ライダーを彷彿させるような石ノ森テイスト満載の作風で、もちろん石ノ森章太郎原作なのですが、これが非常に面白くて意外にもヒット作となりました。半年前に開始した「ゴレンジャー」の方では石ノ森テイストはかなり抑え目だったのですが、こっちでは思いっきり石ノ森テイストの設定であり、これが後半になると急にギャグ調に路線変更されるというのも仮面ライダー同様に石ノ森作品らしいところです。
この作品は設定的には巨大戦というものが必然であるとはとても思えないのですが、それでも「ゴレンジャー」同様に空飛ぶ移動要塞ザイダベック号が登場しており、やはりこの時期の東映の本音は巨大戦のスキルを積むことであったと思われます。

0144.jpgこの「アクマイザー3」に登場するヒロインは主人公3人と同じアクマ族の女性戦士のダルニアであり、最初は裏切り者のザビタン達を始末するための刺客として登場しながらもザビタンに惚れてしまい、その後は仲間になるというキャラで、かなり美味しいキャラのヒロインなのですが、アクマ族はみんな人間態の無い着ぐるみという設定のドラマなので当然ダルニアも着ぐるみキャラであるのが痛い。
いや着ぐるみでも良キャラは良キャラなのでドラマ的には何ら問題は無いのですが、単にこのブログ的に残念であるだけです。まぁアニメキャラに萌えられるのならば着ぐるみキャラにも萌えられなければおかしいのかもしれませんが、ダルニアの場合は着ぐるみという問題以前に人間態じゃないのがやはり画像的には痛いです。せっかく抜群の良キャラヒロインなので惜しいと思えます。なお、ダルニアの声を担当しているのは「ゲッターロボ」の早乙女ミチルや「魔女っ子メグちゃん」の神崎メグ役で有名な吉田理保子さんですので、外見は人間態ではないが美女ヒロインという設定であるのは間違いない。







0145.jpgまた、この作品にはもう1人、渚ジュンという雑誌社の女性カメラマンが登場してアクマイザー3の人間世界における協力者となりますが、こちらはライダーヒロインの類型となります。ただジュンの場合はかなり影が薄く、むしろ限りなくライダーガールズに近いキャラであり、物語中盤でフェードアウトしてその後は登場しなくなりました。














0146.jpg




















0147.jpgこの「アクマイザー3」がヒットした結果、翌1976年には続編となる「超神ビビューン」が後番組として制作され、世界観を一新して3人の主人公チームは全員が従来型の変身ヒーローとなりました。前作の最終話で敵ボスと相討ちで死んだザビタン達3人の魂が3人の人間の若者に受け継がれたという設定で、その3人がライダーやゴレンジャーと同じように戦闘形態のビビューン、バシャーン、ズシーンに変身して妖怪と戦うのです。なお、この作品でもベニシャークという飛行戦艦のようなものが使われています。





0148.jpgそしてこの作品におけるヒロインは明智リサという女性刑事で、ビビューン達の正体を知った上で協力する立場のヒロインですからライダーヒロイン的ですが、主人公たちと深い因縁や宿命があるというほどでもないのでライダーガールズに近い。要するに前作の渚ジュンと同じような立ち位置のヒロインといえますが、リサの場合は刑事なのでそれなりの戦闘力があり、アクション面ではかなり活躍したキャラといえます。













0149.jpg

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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 13:18 | Comment(0) | ヒロイン画像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月02日

ヒロイン画像その4

一方、ビジンダー・マリやタックル岬ユリ子と近い時期の戦うヒロインキャラであり、なおかつこの2人と同じ異形のヒロインでありながら、その持っている意味合いが全く違っていたヒロイン史における特筆すべき、極めて特殊な変身スーパーヒロインが永井豪原作の戦闘美少女アニメ「キューティーハニー」の主人公の如月ハニーでした。

0115.jpg「キカイダー01」と同じ1973年に制作された「キューティーハニー」は1966年の「魔法使いサリー」から続いていた魔法少女アニメシリーズの系譜から突然変異的に生まれた作品でした。魔法少女アニメシリーズはエブリデイマジック作品であって、基本的にはコメディであり、戦闘などが描かれることはありません。だからそこに登場する主人公ヒロインたちは、サリーであれアッコであれマコであれチャッピーであれ、みんな人知を超えた不思議な能力を持ちながら決してそれを戦いのために使うことはありません。そもそも彼女らは能力はともかくとして性格的に「戦闘」というものを想定されたキャラ設定をされていないのです。
その魔法少女アニメシリーズも作品を重ねるごとにマンネリ化してきて、新たなパターンを生み出そうという思考錯誤の中で、主人公の不思議な能力の源泉が「魔法」ではなく「科学」であるという設定で立案されたのが美少女アンドロイドを主人公とした「キューティーハニー」の企画でした。これは主人公が魔法少女でなく美少女アンドロイドになっているという点で画期的な変更のように見えますが、実際のところはアンドロイドといっても外見上は人間と何ら変わらないわけで、既存の魔法少女アニメと大差ない内容で、単に設定を変えて目新しさを演出したに過ぎません。だからこの当初案のハニーは戦闘を想定したキャラではなく、従来の魔法少女と同様、ご近所コメディの呑気な主人公でしかありませんでした。

0116.jpgところがこの「キューティーハニー」の企画は美少女サイボーグを主人公とした類似企画の「ミラクル少女リミットちゃん」の企画にコンペで敗れてしまい、魔法少女アニメの枠で採用はされず、土曜夜8時30分の枠で放送することを前提に企画を練り直すことになったのでした。この土曜夜8時台というのは当時大人気番組「8時だよ!全員集合」が裏番組として存在していた枠であり、時間帯を考えても元の魔法少女アニメそのものの内容では到底勝負できるものではありませんでしたので、アダルト層の男性をも意識した大幅な内容の変更がなされました。
その結果、アダルト層向けに当時から見て20年以上前の探偵ヒーローものの名作「多羅尾伴内」のパロディの要素なども取り入れて、美少女アンドロイドのハニーが不思議な力を使って七変化して悪の組織の刺客とお色気ハードアクションを繰り広げるという、当初案とは全く違うお話になったわけですが、問題はハニーのキャラ設定が元の魔法少女企画の時のままであったという点でした。
もともと戦闘など想定していないご近所コメディ用のユルいキャラであったハニーに悪の組織とのハードなバトルをさせるわけですから、これは無理があります。ハニーは悪の組織と戦う義務があるわけではない普通の女子高生なのです。というのも、ハニーは多彩な能力を持つアンドロイドではありますが、類似作品とは一線を画した奇妙な設定として、ハニー自身はずっと自分のことを普通の人間の少女だと思い込んできたというのがありました。

0117.jpgそもそもハニーを作った如月博士は幼くして死んだ自分の娘の代わりとしてハニーを作ったのであって、ハニーを戦闘用に作ったわけではない。ハニーにはあくまで人間の娘としての記憶を作成して移植しており、ハニーの多彩な変身能力も如月博士の死んだ娘の将来の夢を全部実現させるためにわざわざ空中元素固定装置というものを発明してハニーの身体に移植した結果の産物であり、その変身のうちの1形態が女戦士キューティーハニーであるのも、死んだ娘の将来の夢の1つが「正義の女戦士」であったからに過ぎない。
つまり如月博士はハニーのことをあくまで自分の娘だと思って愛情を注いでおり、アンドロイド戦士ではなく人間であってほしいと願っていたのです。そしてハニー本人も移植された記憶によって自分のことを普通の人間の女の子だと信じて疑わず、如月博士の実の娘だと思い込んで平和に暮らしていたのでした。
こののどかな設定は、この作品がもともとはエブリデイマジックのコメディとして構想されていた名残といえます。実際、この作品はコメディチックな側面もかなりあり、ハニーのキャラはコメディ部分にも非常に適応性が高い。もともとハニーというキャラはコメディドラマの主人公として造形されていたからです。しかしそうなると、このハニーというのどかな女の子がハードなバトル展開に馴染まないのではないかという危惧が生じます。

0118.jpgだいたい、そんなふうに親からも普通の女の子として生きることを望まれ愛情を注がれ、自身もその生き方に疑問を抱いていないような女子高生が、たとえ中身は戦闘力を有した異形のアンドロイドであったとしても、悪の組織に戦闘用に作られたようなビジンダーやタックルのようにすんなりと戦いの場にその身を投じるはずもない。
またウルトラヒロインやロボットアニメヒロインのように職業的なプロ戦士というわけでもない普通の女子高生のハニーには簡単に戦いに踏み込む必然性も無いし、だいいちウルトラヒロインなどはあくまで彼女らは戦いの主役ではなく支援要員です。ところがハニーは主人公ですから彼女が戦いの主役となるので、より過酷な戦いとなります。ウルトラヒロインやロボットアニメヒロインのようなプロ戦士でもその役目は荷が重いでしょう。そこに精神的には普通の女子高生であるハニーがそう気軽に踏み込めるものではない。
実際ハニーの能力は如月博士がハニーが出来るだけ人間に近い存在であってほしいという想いから幾分セーブして設定しており、敵組織の怪人たちに比べて決定的に優勢なものではなく、かなり苦戦を強いられることが多い、つまり実際に戦いは苛酷なのです。普通の女子高生のハニーがその戦いを継続するのは並大抵の動機では無理というものです。
ハニーが戦い始めるきっかけは父である如月博士が空中元素固定装置を狙う敵組織に殺されたことであり、そういう意味ではこれは宿命の戦いともいえる。そうなるとライダーヒロインに似ていなくもないが、ハニー自身が戦いの主役であるという点でライダーヒロインとは明確に違うし、だいいちハニーの戦いの動機は正確に言えば父の仇討ちとは少し違い、ライダーヒロイン的な宿命とは少し戦いの動機は違います。
ハニーの場合、それは本人の戦いの前の恒例の名乗り文句において自分の戦士としてのスタンスとして表明されています。それは「愛の戦士」というものです。「愛の戦士」というコンセプトこそが、戦う必然性の無い普通の美少女がハードなバトルに身を投じるという難題をクリアするために捻りだされた設定であり、この「愛の戦士」というコンセプトこそが、結果的に新たなヒロイン像への道を開くことになったのです。

0119.jpgどうしてハニーが「愛の戦士」なのかというと、これは単純明快であり、ハニーという存在そのものが如月博士の娘への愛情が作り出した愛の結晶そのものだからです。ハニーは父の死に際して自分の真実の姿を知るとともに、自分が父の愛を一身に受けて生み出された存在であるということを知りました。それはハニーが苛酷な戦いの道に進むことなど父は望んではいなかったことを知ることでもありましたが、同時にハニーは自分の体内の空中元素固定装置は父が娘の、つまり自分の夢を叶えるために愛情をもって作ったものであり、決して父がその装置を悪用されることを望んでいなかったことも知ったのでした。
ハニーは父の自分に向けた愛を感謝し、その愛の思想に共感したゆえに、父の自分への愛の結晶たる空中元素固定装置を悪用しようとして策動し人々を苦しめる邪な企みを阻止すべく、戦うことを決意したのでした。それが父の愛に報いる道だと信じたハニーは「愛の戦士」と自称して戦い始めたのです。これがハニーが「愛の戦士」たる所以です。
ハニーは確かに父を殺されたという意味で敵組織に対して宿命を感じてはいます。しかしハニーは父の仇を討つという宿命的動機だけで戦っているわけではない。また職務として戦っているわけでもなく、正義の勝利を実現したり筋を通すために戦っているわけでもありません。ただ単に父に深く愛されて生まれた自分もまた父と同じように人々を深く愛したいと思い、それゆえに、人々を苦しめる悪に屈することなく戦いたいと願っているだけなのです。
ハニーは確かにスーパーパワーを持つアンドロイドであり異形の戦士ではあるのですが、その心はあくまでも普通の人間の少女であり、この「愛の戦士」として戦うという決断は普通の人間の少女である如月ハニーの心が下したものです。この「愛深きゆえに戦う」という動機こそが、戦う義務も必然性も薄弱な普通の少女が苛酷な戦いに身を投じる動機を成立させる唯一の道となり、そしてそれが新たなヒロイン像を生み出したのでした。

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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 10:49 | Comment(2) | ヒロイン画像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月01日

ヒロイン画像その3

このように「好き!すき!!魔女先生」に出てくる月ひかる先生=アンドロ仮面は「ミニスカートの戦闘ヒロイン」の元祖としては大変重要な存在です。本来は無関係であるはずの「戦闘」と「ミニスカート(太もも露出)」を不可分の関係としたその伝統が沙織や松原真理などを経てスーパー戦隊ヒロインやメタルヒーローヒロインに引き継がれ、そしてポワトリンのような美少女ヒロインを経てセーラームーンやプリキュアにまで引き継がれていると考えれば、その元祖たるアンドロ仮面の意義は計り知れません。
だが、ミニスカート以外の要素、例えば一番肝心の「変身ヒロイン」という要素に関しては、月ひかるから直接その後の変身ヒロインへ影響を与えた要素は少ないと思います。例えば「好き!すき!!魔女先生」が終了した1972年春に始まった「ウルトラマンA」ではウルトラシリーズ初の変身ヒロインが登場していますが、これは月ひかるの影響を受けて生まれたヒロインというわけではないでしょう。

0060.jpgウルトラシリーズは1967年の「ウルトラセブン」で一旦終了していたのですが、その後の青春ドラマブームの影響を受けて、1971年に人間ドラマ重視路線で復活していました。この1971年から1975年にかけての第二期ウルトラシリーズではウルトラマンに変身する主人公の人間ドラマ、青春ドラマに焦点を当てた作劇になっており、主人公はそれぞれの所属する怪獣対策チームのメンバーよりも日常生活で一般人と触れ合う描写が重視されており、ヒロインも一般人であることが多いです。
ウルトラマンに変身する主人公には一般人の恋人がいる場合が多く、その恋人が当然ヒロインとなります。そうなるとそのヒロインは自然と、戦うヒロインからはほど遠い純粋被害者タイプのヒロインとなり、しかも主人公はその恋人にも自分の正体を隠しているので、ヒロインはあまりキャラが立たず、影は薄くなります。それに主人公の私生活を描く方針といっても、やはり主人公はウルトラマンとして戦ったり怪獣対策チームの業務などもあったりするので恋人とのドラマに割く時間はどうしても少なくなりがちで、恋人はほったらかし状態が多く、ますますヒロインの影は薄くなります。
一方で第一期ウルトラシリーズのフジ隊員やアンヌ隊員のような怪獣対策チームにおける主人公の同僚ヒロインも第二期ウルトラシリーズの各作品にも存在するのですが、何せ主人公には公認の恋人が他所にいるわけですから、フジ隊員とハヤタ、アンヌ隊員とダンの間のようなボンドガール的な大人の男と女の関係を想像させるような余地は無く、純粋に単なる職場の同僚というだけの関係になってしまっています。そういうわけで第二期ウルトラシリーズは主人公の人間ドラマがよく描かれている割には、あまり目立ったヒロインはいません。

0061.jpg1971年度の「帰ってきたウルトラマン」においては坂田アキという主人公郷秀樹の恋人ヒロインが登場しますが、さんざん怪獣の被害に巻き込まれた末、終盤になって遂に宇宙人によって殺されて退場してしまいました。まぁこれは確かに主人公の郷の人間ドラマとしては大きな意味がある展開であったのですが、アキというヒロインは結局何だか幸の薄い弱いヒロインという印象で終わってしまいました。








0062.jpg一方でMATにおける郷の同僚ヒロインとしては丘ユリ子が登場しますが、これは只の主人公の同僚という以上の存在ではありませんでした。いや、第一期のヒロインの中でも「ウルトラマン」のフジ隊員などは実際はハヤタの同僚でしかないのですが、それでも何故かボンドガール的な色気のある設定を感じさせ、その一方でこの「帰ってきたウルトラマン」の丘隊員は同僚的なムードしか感じさせない。この差は何処から来るのかというと、やはり主人公に他所に恋人がいるという設定であるかないかの差が大きい。
それに顔を見比べれば分かる。顔立ち的に作品のヒロインとしての華があるのは明らかにフジ隊員の方であり、丘隊員も美人であるのは間違いないのだが、あくまで妖艶さの無い健康的な職場の華的な存在であることは何となく顔立ちから伝わってくる。こういう顔立ちの女性はボンドガール的なヒーローとの際どい関係を連想させることはないのです。








0063.jpg




















0064.jpgまた1973年度の作品「ウルトラマンタロウ」においても主人公の東光太郎の下宿先の娘の白鳥さおりが光太郎に恋心を抱いており、さおりの場合はあくまで光太郎に片思いしているだけであり、光太郎はさおりの気持ちに気付いていないので恋人関係ではないのですが、さおりは作品におけるメインヒロインの役割を果たしています。さおりはアキのように途中で死ぬようなことはなく最後まで登場しましたが、結局は被害者型ヒロインであり、光太郎の正体にも気付くこともなく終わり、やはり影は薄かったといえます。





0065.jpg一方でZATにおける光太郎の同僚ヒロインとして森山いずみも登場し、森山隊員もどうやら光太郎に好意を持っているようなのですが、それはあくまで恋心と呼ぶには淡いものであり、大した進展も描かれてはいません。結局は森山隊員も丘隊員の場合同様、単なる職場の華的な同僚ヒロインに過ぎなかったと言っていいでしょう。
















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0067.jpg




















0068.jpgそして1974年度の作品「ウルトラマンレオ」においても主人公おおとりゲンの恋人として山口百子という一般人ヒロインが登場しており、彼女が作品のメインヒロインの役割を果たしています。この百子もだいたい「帰ってきたウルトラマン」のアキと同じような存在で、基本的に被害者型ヒロインであり、やはり終盤になって円盤生物の攻撃による被災に巻き込まれて死亡して退場してしまいました。










0069.jpg一方で「レオ」においても主人公ゲンのMACにおける同僚ヒロインとして桃井晴子、白川純子、松木晴子の3人が登場しますが、彼女たちもゲンの単なる同僚以上の存在ではなく、桃井隊員は戦闘にも参加する隊員でしたが出番は序盤のみで異動という名目で退場し、白川隊員は終盤のMAC全滅までは最初から最後まで登場しますが基地で通信担当専属に近い扱いであって地上に降りての戦闘参加はほとんど無く、結構登場しないエピソードも多い。むしろ中盤から登場した松木隊員の方が中盤以降は毎回登場し、戦闘にも参加するのでメインヒロインに近い扱いでした。
だが、いずれにしても3人とも同僚、職場の華的ヒロインの域は出ず、結局は白川隊員と松木隊員も百子が死亡した時と同0070.jpgじ終盤の円盤生物の攻撃を受けてMACがゲンを除いて全滅した際に殉職して途中退場してしまいました。










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2013年02月28日

ヒロイン画像その2

さて変身ヒーロードラマといえば1966年以降は「ウルトラマン」が代名詞のような存在となり、変身ヒーロードラマのヒロインとしてはフジ隊員やアンヌ隊員のようなグラマラスでクールビューティーなウルトラヒロインがその最先端というような感じとなっていました。しかし当のウルトラシリーズは1967年の「ウルトラセブン」以降作られなくなってしまいました。お茶の間の人気は高かったのですが、もともと目標としていた海外展開が上手くいかなかったので資金的に行き詰ってしまったのが大きな理由でした。

そうこうしている間に1960年代の終わり頃にお茶の間の人気を博していったのは青春ドラマでした。特にその中でもスポーツを題材としたいわゆる「スポ根もの」がブームとなり、お茶の間は、テレビのヒーロードラマにもより深い情念のぶつかり合いや生々しい肉体のぶつかり合いを望むようになりました。
そうなるとウルトラマンシリーズには弱点が生まれてきます。まずウルトラマンと怪獣の戦いがあまりに人間離れしすぎていて生々しさに欠けることです。そしてウルトラマンの正体を本人以外が知らないため、人間ドラマを描きにくいという点でした。特にヒロインのフジ隊員やアンヌ隊員も結局は主人公の正体を知らないまま(アンヌは最後には知るのだが)というのは、やはり人間ドラマとしては寂しいといえます。これがやはりウルトラヒロインの大きな限界であったといえます。

0024.jpgこうしたウルトラシリーズの限界を超える新たなヒーロー像を打ち立てたのが1971年に始まった「仮面ライダー」でした。これはもともと東映テレビ事業部がスポ根青春ドラマ「柔道一直線」を作る際にアクション面で協力関係を築いた大野剣友会というチャンバラ時代劇映画が廃れてきてテレビの仕事をするようになってきていたスタント集団と組んで、当時人気だった「タイガーマスク」のような「悪の組織から逃走した仮面をかぶった正義のヒーローの活躍するアクションドラマ」を作ろうとして、そこに当時「サイボーグ009」をライフワークとしていた漫画家の石ノ森章太郎が企画に加わって、「サイボーグ009」に「仮面のヒーロー」という要素を加えた「悪の組織に改造人間とされた仮面のヒーローが逃走して悪の組織と戦う変身ヒーロードラマ」という設定となり、誕生したものです。
もともとは東映が大野剣友会と組んで痛快アクション娯楽作品を作ろうとしていたわけですが、そこに石ノ森が加わることによって、深いドラマ性が付与されることになったといえます。この娯楽性とドラマ性というのは「仮面ライダー」という作品の共に重要な魅力だったのですが、同時にこの2つの特性は互いにぶつかり合うという宿命もあり、昭和の仮面ライダーシリーズの歴史はその相克の歴史そのものと言ってもいいでしょう。




0025.jpgまず「仮面ライダー」の開始当初は石ノ森のドラマ性が勝っており、悪の組織ショッカーによって改造されて普通の人間の身体を奪われて心に傷を負った主人公の本郷猛が悩み苦しみながら戦うというような重厚な物語が展開されました。ここで登場するヒロインが緑川ルリ子です。
ショッカーに利用されて教え子である本郷を改造したのが恩師の緑川博士ですが、その娘がルリ子です。緑川博士は自責の念にかられてショッカーを裏切って脳改造前の本郷を連れてショッカーを脱走して追手に殺されるのですが、この殺害現場を目撃したルリ子はそこに居合わせた本郷が父親を殺した犯人だと思い込み、本郷を憎みます。本郷は改造された身体やショッカーの粛清の魔の手という悲惨な現実と共に、このルリ子の誤解とも戦わねばならず、非常に苦悩することとなります。
結局ルリ子は第3話で本郷の正体を知り、本郷が父を殺したのではなく、むしろ父が本郷を酷い目にあわせていたことを知ります。同時に父が本郷を救ったのであり、父の仇がショッカーだということも知ります。そこでルリ子は本郷の正体やその過酷な運命を知りながら、父の罪滅ぼしと同時に父の遺志を継ぐ形で本郷を受け入れて、本郷に協力して戦うことを決意するのです。


0026.jpgこうして全く新しいヒロイン像が生まれました。「主人公変身ヒーローの異形の正体を知りながら、運命的なパートナーとして彼を受け入れて戦いに協力する普通の女性」というヒロイン像です。「異形の者とのパートナーシップ」という意味では「サイボーグ009」のフランソワーズ・アルヌールと似ていますが、フランソワーズの場合は自分自身が生身の部分は最も多いとはいえサイボーグであり異形の者であるには違いない。それに対してルリ子は完全に普通の人間であり、か弱い一般人の女性です。
もちろんルリ子はウルトラヒロインのように戦士としての訓練を受けているわけではない、むしろ旧来の被害者タイプや助手タイプのヒロインに似ているのですが、0027.jpgそういうか弱さがあるからこそ、異形のヒーローをパートナーとして受け入れ共に戦うという彼女の決断はフランソワーズよりも、ウルトラヒロインよりも更に重いものとなるのです。そしてその強いパートナーシップは人間ではなくなった者に対する禁断の愛情へと変化していきます。それは恋愛感情とハッキリ言えるようなものでもなく、あまりに運命的で重い関係であるゆえにルリ子と本郷が最終的に結ばれることもないのですが。

まぁ原作の石ノ森章太郎はそういうヒロインを描きたかったのでしょう。石ノ森は少年向けヒーローを多く生み出した人だから痛快な作風なのだろうと思う人もいるようですが、実際のところはかなり繊細な作風の人で、少女マンガも手掛けており女性キャラの描写も巧みな漫画家でした。その作風はもっぱら異形の登場人物を通して人間の本質に迫ろうというものが多く、女性キャラの多くは異形の登場人物を受け止める包容力のある優しげなヒロインが多い。「仮面ライダー」はそうした石ノ森の典型的な作風の作品であり、緑川ルリ子は石ノ森ヒロインの実写化だったのです。


0028.jpgこの緑川ルリ子が「ライダーヒロイン」の祖形となるのですが、ルリ子は「仮面ライダー」という作品の路線変更によって序盤13話で姿を消してしまいます。きっかけは本郷役の藤岡弘が撮影中のバイク事故で大怪我を負って降板してしまい、急遽、佐々木剛を2号ライダー一文字隼人役として2号ライダー篇が始まったことでした。序盤13話はドラマが重厚すぎて子供人気はイマイチだったので、もともとは痛快娯楽アクションを作りたかった東映や大野剣友会はここでテコ入れして作風を明るいものとして、変身ポーズの導入などアクション面を充実させ、一文字のキャラも本郷に比べて陽性のものとし、その周囲の人間関係も明るく賑やかなものにしていったのでした。
そうなると本郷とルリ子のようなシリアスな男女の関係などは邪魔となり、設定上ヨーロッパのショッカーを倒すために日本を旅立ったとされた本郷を追ってルリ子も日本を離れたということにして降板させ、代わりに「ライダーガールズ」という、ライダーの戦いをサポートする明るい女の子たちが登場することになります。

0029.jpgこのライダーガールズというのは基本的に助手ヒロインのタイプであって、一文字がライダーであるということは知りません。ただ仮面ライダーがショッカーと戦っているということは知っており、彼女たちは一文字をそのライダーの戦いを支援している勇気ある一般人だと認識しています。その一文字とその同志である滝和也や立花藤兵衛のアシスタント的なヒロインがライダーガールズなのです。
ヒーローの正体を知らないでその本人と共闘しているという点ではウルトラヒロインと似ていますが、ウルトラヒロインほどプロ戦士でもなく、一文字が一種のショッカー専門の私立探偵のようなものだとすれば、彼女らは探偵助手タイプのヒロインに近いといえます。ルリ子も戦いへの参加の仕方だけ見ればライダーガールズと同じようなものですが、大きく違う点はライダーの正体を知っているか知っていないか、そして、ライダーと運命的な繋がりがあるのかどうかという点だといえます。
ライダーガールズにはルリ子のようなライダーとの濃厚な関係が無いので、ドラマは非常にあっさりしたものとなり、ライダーガールズは単なる番組の華的な存在となり、その方が軽快なアクション重視の2号ライダー篇には合っていたのでした。更にこのライダーガールズから派生して少年仮面ライダー隊まで結成されるようになり、ますます子供向けにウケる要素が増幅していきます。そうして、この2号ライダー篇から仮面ライダーブームが起こり、その人気は社会現象とまでなっていきます。
そして怪我が癒えた藤岡が復帰して本郷猛の新1号ライダー篇となってからも2号ライダー篇の路線は維持され、逆に南米に去ったとされた一文字ライダーも時々帰国して登場するダブルライダー篇なども随所に盛り込み、ライダー人気はますます盛り上がっていったのでした。その一方で初期の1号ライダー篇の石ノ森テイストや緑川ルリ子のようなライダーヒロインの存在は、まるで無かったことのようにされていったのですが、この後、仮面ライダーがシリーズ化されることとなり、新たなライダーが登場するたびに石ノ森テイストは甦ることになるのです。
何故なら仮面ライダーという存在があまりにも有名になりすぎたために「仮面ライダーは改造人間である」という基本設定は不変のものとなってしまい、新たなライダーが登場するたびに、彼が改造人間となってしまうに至る重いドラマを描かないわけにはいかなくなり、序盤はどうしても重厚な人間ドラマが展開されるようになったからです。そうなると、そこに見合った、主人公と濃厚な運命的関係を持つ、緑川ルリ子のようなライダーヒロインを登場させねばならなくなります。

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2013年02月27日

ヒロイン画像その1

0001.jpg戦前の日本におけるヒーロードラマといえば「チャンバラ時代劇」の映画でした。ここにおいても、もちろんヒロイン的なキャラというものは存在していましたが、それは戦う存在ではありませんでした。むしろ女性は戦いに巻き込まないというのが一種の美学であったといえます。それは確かに美徳ではあると思いますが、おかげで戦前のチャンバラ時代劇では女性キャラは明らかに脇役で、その印象は薄かったといえます。あとは戦時中には国民を鼓舞するために戦争映画なども作られて、ここで円谷英二が政府の支援も得て世界最高水準の特撮技術を蓄積していったのですが、リアルな戦争映画ですから、当然ここでも戦うヒロインなどというものは存在しませんでした。
さて敗戦となり、アメリカ軍が日本を占領統治するようになると、チャンバラ時代劇は禁止となってしまいました。チャンバラ時代劇には敵討ちを題材としたものが多く、膨大な数の日本人を殺しまくってきたアメリカ軍にとっては都合の悪いものだったようです。また、とにかくアメリカと戦っていた従来の日本政府をはじめとした統治機構は全て悪であるかのように宣伝されたので、まず日本軍は悪者として否定され、警察なども悪者扱いされました。円谷英二などもこの頃は公職追放されたりして冷遇されていました。つまり軍人も警察官もヒーローではなく、チャンバラ時代劇のヒーロー達も否定されたヒーロー不在の時代です。
そうなると困ってしまったのは日本の映画会社や映画俳優の皆さんです。何とか仕事にありつくためにアメリカ軍に取り締まられないようなタイプの新しいヒーロー像を模索しました。その結果、「私立探偵」という新しいヒーロー像が出来上がったのです。

探偵ヒーローそのものは戦前から大衆小説の中に探偵小説というジャンルが存在し、そこで活躍する私立探偵というキャラはいました。特に少年向け小説で少年探偵団シリーズが大人気となっていました。しかし映画界はチャンバラ時代劇全盛でしたから、わざわざ探偵を主人公にした映画などあまり作られてはいませんでした。しかし敗戦後、チャンバラ時代劇が禁止となった後、この私立探偵を主人公として事件を颯爽と解決して悪者を懲らしめるヒーロー映画を作り、そこにチャンバラ時代劇に出ていたスター役者らを出演させることが多くなりました。
私立探偵なら敵討ちとも無関係であり、政府の手先でもありませんし、欧米にも類似ジャンルはありましたから、アメリカ軍の理解も得やすかったのでした。これが大人気となり、その後、占領が終了して時代劇が解禁になった後でも「探偵ヒーロー」というヒーロー像は1つの現代的ヒーロー像の典型として生き残ることとなったのです。
しかし、この探偵ヒーロードラマの場合、もともと少年向けの小説シリーズで完成されていたジャンルを流用したものだったので、女性のレギュラーキャラというものがあまりいませんでした。だが、もともと探偵ヒーローものの映画は映画俳優の救済策として作られたものですから、女優の方々にも主要な役を宛がわねばなりません。そこで少年向け小説においては少年キャラが担当していた私立探偵ヒーローの助手キャラを女性キャラに変えて、その役を女優に宛がったのでした。こうして探偵ヒーローの助手キャラとしてのヒロイン像が生まれたのでした。

0002.jpgこの探偵ヒーローというジャンルの特徴は、特に事件解決の義務や因縁を強く持たないヒーローがいきなりボランティア的に事件解決に乗り出して解決してしまうという便利な代物で、ヒーローが戦いに至るまでのストーリーを細かく作り込まなくて済むので、その後テレビ時代になって1963年の「鉄腕アトム」を皮切りにアニメや実写で数多く作られるようになった初期の1960年代半ばの子供向けSFヒーロードラマは大抵はこの探偵ヒーローのフォーマットをベースとしていました。
また公職追放が解けて復帰した円谷英二が1954年に大ヒットさせた「ゴジラ」に始まる怪獣映画シリーズでも、怪獣事件に巻き込まれる物語の進行役の主人公はこの探偵ヒーロータイプの民間人ボランティア主人公でした。

これらの作品に出てくるヒロインは、探偵型ヒーローの助手的なキャラが多かったわけです。確かにチャンバラ時代劇の頃に比べるとヒーローの戦いの場面にも参加する局面も増えて目立つようにはなっていましたが、それでももともとは少年助手キャラの発展型であるので、あくまで戦闘要員ではなく、活躍するようなキャラではなく、むしろドジやおっちょこちょいの三枚目的ポジションでヒーローの引き立て役として機能するキャラでした。つまり可愛いけど戦力外であり、お荷物的存在ですらあり、あまりヒーローから頼りにされるようなキャラではありませんでした。また、助手キャラ以外のヒロインというと、だいたいは事件に巻き込まれる被害者キャラであり、これもヒーローに守られる立場であり、ヒーローの頼りになる存在ではありませんでした。
つまりはこの頃のヒーロードラマのヒロインは可愛さと愛嬌だけが取り柄の「番組の華」的な位置づけでしかなかったといえます。まぁそもそも探偵ヒーローの「戦い」自体がかなり他愛ない代物だったので、助手の女の子も可愛さと愛嬌だけのドジっ子であっても差し支えは無かったといえます。

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2013年02月17日

特命戦隊ゴーバスターズについて考える

「特命戦隊ゴーバスターズ」という作品は「変革」を志向した作品でした。
スーパー戦隊シリーズが前年に「海賊戦隊ゴーカイジャー」という
シリーズ総決算的な作品を制作したので、
次の作品である「ゴーバスターズ」は新しいシリーズを作るぐらいの意気込みで
取り組んだ作品であるというように当初謳われていました。
だが、これは実際は単なる宣伝用の煽り文句であって、
そこまで本気の根本的な大改革を志向していたわけではないでしょう。

そもそも「ゴーカイジャー」という作品が実際は「総決算」を志向して作られたわけでもないわけで、
結果的に「ゴーカイジャー」が成功して世間の見方がそんな感じになったので
それに便乗して、「ゴーバスターズ」の制作が「総決算の後の新機軸」という
一貫した戦略のもとに行動しているかのように見せかけているだけのことです。
何かそういう言い方をすれば、さぞかし「ゴーカイジャー」の後の「ゴーバスターズ」は
凄いものになるのだろうという期待感が高まりますから、その効果を狙ったのでしょう。
実際、私も当初はかなり期待しました。

まぁ「ゴーカイジャー」が結果的に成功したので「総決算的な作品」の評価を得たのと同様に、
「ゴーバスターズ」も成功していれば「シリーズを変革した作品」という評価を得たことでしょう。
ただ、これらは全て単なる公式的な謳い文句に過ぎず、
「ゴーカイジャー」が実際はシリーズを総決算したわけではないのと同様、
「ゴーバスターズ」も実際はシリーズを変革したわけでもないというのは、
作品の成功失敗は関係無く厳然たる事実でしょう。

「ゴーバスターズ」は結果的に失敗したわけですが、
もし本当にシリーズに改革が必要なのであれば、
この一度の失敗だけで「変革」の看板を降ろすなどということは有り得ない。
然るに次作の「獣電戦隊キョウリュウジャー」は見事なまでに「王道回帰」であり、
「ゴーバスターズ」で掲げた「変革」は跡形もなく消え去っています。
これに対して「ゴーバスターズ」を嫌っていた人達の一部は
「ゴーバスターズの変革が失敗したから元の王道が復活して良かった」と喜び、
逆に「ゴーバスターズ」を好んでいた人達の一部は
「成績が不調だったせいでせっかくのゴーバスターズの変革が中止になって
退屈な従来型戦隊が復活したのは残念」と言ったりするのだが、
そもそも本気の不退転の改革であったなら
一度の失敗でいきなり180度方針転換するのは不自然であり、
もともと「改革」など存在していなかったと考えた方がしっくりきます。

上記のような「ゴーバスターズ」のファンの一部もアンチの一部も
実体の無い「改革」を看板に掲げた東映の宣伝に踊らされただけという意味では同じでしょう。
もともと「ゴーバスターズ」にスーパー戦隊シリーズを
変革しようなどというほどの志があったわけではなく、
「キョウリュウジャー」は「ゴーバスターズ」の結果がどうであれ
王道路線になっていたのでしょう。
「ゴーバスターズ」は、ただ単に「総決算の後の新機軸」という謳い文句で
盛り上げたかっただけのことだと思います。
つまり「不退転の決意でシリーズを立て直す」というほどの改革の熱意など無かった。

そもそも前作「ゴーカイジャー」は玩具売上は絶好調であったし、
記念作ということで世間で話題にもなった。
ストーリー的にも上手くまとまっていたので評価も高かった。
その前作の「ゴセイジャー」はパッとしなかったが、
その前作「シンケンジャー」は評価の高い作品であり視聴率も良かった。
このように、確かに今後長くシリーズを続けていくことを考えると
将来に向けた漠然たる不安はあるが、
今すぐどうにかしなければ大変だというほどの危機感は無いのが現状です。

視聴率はテレビ業界全体が低下傾向にはあるし、
スーパーヒーロータイムは2006年に裏番組のポケモンが放送時間枠を拡大した後、
以前よりも低水準になったのも事実です。
先行きは大して明るいとも言えません。
前作「ゴーカイジャー」の後半の視聴率がひときわ下がったのは、
子供の理解の難しい作風のせいかとも思えますが、
あるいは地デジ化の影響もあるのかもしれません。

「ゴーカイジャー」の作風が子供に親切でないのは当初から予想できたことであり、
制作側も子供人気よりも記念作としてのスタンスの貫徹を確信犯的に選んでいたフシはありますから、
それが原因で「ゴーカイジャー」後半視聴率が落ちたというのなら、
それはさほど憂慮すべき事態ではないでしょうが、
もし地デジ化のせいで視聴率が更に落ちたのならば、その傾向は今後も続くということであり、
長期的に見てやや憂慮すべき事態です。
まぁ戦隊シリーズにとって憂慮すべき事態というよりは
視聴率という指標そのものの危機ともいえますが、
まぁそれでも実際「ゴーバスターズ」の視聴率はかなり低かった。

ただ「ゴーバスターズ」の制作が開始された時点では、
まだそのような憂慮は生まれてはいなかった。
少なくともその時点ではスーパー戦隊シリーズに
さほど切迫した危機感は生じていなかったはずです。
むしろ「ゴーバスターズ」が結果的に割と切迫した危機感を生じさせてしまったといえます。

また、玩具売上に関しても、
前年の「ゴーカイジャー」は順調に玩具が売れていましたから切迫した危機感などあるはずがない。
近年の傾向としてライダーとの差が広がってしまったということが挙げられますが、
これはライダー玩具の売上が「ディケイド」以降飛躍的に伸びた結果であり、
戦隊玩具が売れなくなったわけではない。
特に「W」以降放送開始時期を9月にしたことがライダー玩具の売上の飛躍を生んでおり、
これはライダー側の戦略の勝利でしょう。
だが、それは同じ東映内での戦隊とライダーを総合した統一戦略の勝利でもあるので、
戦隊側がさほど危機感を持つほどのことではないでしょう。

このように切迫した「変革」への要望があったわけでもない状態であったのに
「変革」を高らかに謳い上げたのは、
単に「ゴーカイジャー」の次作というタイミング的に
「総決算の後の新機軸」という煽り方が有効と判断したという意味合いが強いのでしょう。
だから本気の不退転の改革の意思があったわけではない。
単にその年の戦隊が王道であれば「やはり王道が一番」だと言い、
その年の戦隊が変化球ならば「今こそ改革の時」と言うだけのことというのが
東映の商いの手法というだけのことであり、
そこには確固としたポリシーや危機感など本当は無いのです。

しかし、別に煽り文句なら他にも適当なものもあったかもしれないのに、
それでもあえて「変革」という旗印を掲げたからには、
切迫した危機感が動機ではないにせよ
何らかの新しい試みに取り組む意思自体はあったのでしょう。
いや、スーパー戦隊シリーズでこれまでに新しい試みをやらなかった作品など1つも無い。
だから当然のように「ゴーバスターズ」においても新しい試みは用意されていたのだが、
「ゴーバスターズ」の場合は、その例年通りのささやかな「新しい試み」を
「ゴーカイジャー」の次作というタイミングゆえに、
さも大きな変革であるかのように、ある意味針小棒大に喧伝したのだといえます。
そして、それが作品全体を自縄自縛に陥らせたような気がします。

この作品におけるその「新しい試み」とはロボ戦を重視するということでした。
その背景には戦隊のロボ玩具をもっと売りたいというバンダイ側の要望があったと推測できます。

実際のところ戦隊のロボ玩具が特別売れていないというわけではない。
毎年コンスタントに売れています。
もちろん作品によって売上の変動はありますが、
このタイミングでテコ入れが必然的であるような下落傾向があるわけではない。

だが近年の玩具売上が良かった戦隊において、
ロボ玩具がその好成績の原動力たりえていないのもまた事実です。
例えば「ゴーオンジャー」においてはその好成績の原動力は炎神ソウルであったし、
「ゴーカイジャー」においても同様に収集系アイテムのレンジャーキーが
その好成績の原動力となっていました。
また近年では比較的好成績であり、特にスタートダッシュはなかなかのものであった
「シンケンジャー」においてもその序盤好成績の殊勲アイテムは
なりきり系玩具のシンケンマルでした。

このように近年は戦隊ロボはコンスタントに売れてはいるものの爆発的ヒットには至らない。
コンスタントに売れているのだから全然ダメではないわけです。
こういう場合は「伸び悩んでいる」と見なされ、
だからもう一工夫すれば爆発的ヒットの可能性もあるという
「伸び代」のある状態と見なされます。

逆に収集系アイテムは「ゴーオンジャー」の後、ライダーの方で大きく開花しており、
むしろ収集系アイテムの本場はライダーにあるといえる。
戦隊で収集系アイテムをヒットさせてもどうしてもライダーの水準までは及ばない。
しかしバンダイでも当然、戦隊玩具のセクションとライダー玩具のセクションは別々ですから、
戦隊玩具のセクションはどうにかしてライダー玩具のセクションに勝ちたいと思うのが当然です。
だが収集系アイテムでは最大限頑張ってもなかなかライダーのそれを上回ることは出来ない。
ならばライダーには無いロボ玩具の伸び代に期待するのが自然な流れです。

そこで、どうして戦隊のロボ玩具の売上があまり伸びていないのか検討してみたところ、
どうもTV本編の劇中でのロボ戦の扱いが悪いせいではないかという話になったのでしょう。
実際、伝統的に戦隊の劇中でのロボ戦の扱いは良いとはいえません。

もともとスーパー戦隊シリーズは「ゴレンジャー」で人気を博した後を継いだ
「ジャッカー電撃隊」の不人気で立ち消えになっていた変身チームヒーロードラマの流れを、
ロボ玩具の販促をやるという条件で「バトルフィーバーJ」以降
シリーズ化して立ち上げたものですから、
戦いの場面が等身大戦とロボ戦との二部制になっています。
そしてロボ玩具を売るのが至上命題ですから、一番の見せ場は当然ロボ戦ということになり、
最後はロボ戦で敵にトドメを刺すという流れになっていました。
つまり「等身大戦→ロボ戦」というパターンが確立されたのです。

実は実質上のシリーズ第1作である「バトルフィーバーJ」では
まだこのパターンが確立されておらず、
レッド戦士のバトルジャパンがバトルフィーバーロボに搭乗して
ロボ戦をやっているのと同時進行で他の4人のメンバーが等身大戦をやっていたりもしました。
それが次作の「デンジマン」では「等身大戦→ロボ戦」というパターンが確立されたのは、
やはり最後は5人の共同作業のロボ戦で敵にトドメを刺す方が
視聴者の子供たちにロボの格好良さをアピールするのにより有効だと判断されたからでしょう。

実際、戦隊ロボ玩具はよく売れました。
ただ、当時は巨大ロボットアニメがブームであり、
それと同じことを実写特撮でやったことによって戦隊ロボは人気だったのであって
「等身大戦→ロボ戦」のパターンが人気の原因だったのかどうかは実はよく分かりません。
このパターン確立前のバトルフィーバーロボも玩具は非常によく売れました。
結局のところ、本当は「等身大戦→ロボ戦」というパターンの方が
製作進行がスムーズだったからという制作サイドの都合であったのではないかと思います。
また、等身大戦の敵とロボ戦の敵が同じ姿をしているのも
着ぐるみを流用できて経費節減に繋がるからでしょう。
そのため「怪人が倒された後に復活巨大化する」というパターンが生み出されました。

この「等身大戦の敵とロボ戦の敵が同じ姿」というパターン脱却を
シリーズ初期において目指したのが「バイオマン」でしたが、
ここでは経費節減のために等身大戦の敵の着ぐるみを節約する羽目になり、
等身大戦の敵は十数体のレギュラーキャラとなり、
バイオマンが等身大戦で敵を完全に倒す場面が減ってしまいました。
ロボ戦ではバイオマンは強くて毎回敵のロボを倒すのだが、
等身大戦ではいつも敵にトドメを刺せずに逃がしてしまうということになり、
これではどうもあまり良くない。
そこでやはり次作「チェンジマン」から以前と同じ復活巨大化パターンに戻りました。

ただ、この復活巨大化パターンにも問題はあります。
一度等身大戦で戦隊側が倒した敵と同じヤツがロボ戦の敵なので、
どうも戦隊側が負ける気がしないのです。
だからハラハラドキドキする感じが無くて、ロボ戦が消化試合化して、
あまり盛り上がらなくなってしまいました。
シリーズ初期はまだ飽きがなかったのですが、
シリーズが何年も続くようになってくると、これはいい加減マンネリ化してきます。

ならば「バイオマン」方式にするのも1つの手なのですが、
その場合は等身大戦が消化不良になってしまいます。
どっちもどっち、一長一短なのですが、
そうなると経費節減しつつ一応毎回等身大戦でもロボ戦でも敵を倒せる
復活巨大化パターンの方がマシという判断となります。
このパターンの方が製作進行がスムーズというのもあります。

そこで復活巨大化路線が定番となり、
そこで必然的に生じるロボ戦の消化試合感は、
2号ロボを登場させたり、スーパー合体ロボを登場させたりしてマンネリ感打破に努めました。
紆余曲折はあったものの現在に至るまで基本的にそうした方向性は継続しており、
「ロボ戦は基本的には消化試合だが見せ方の工夫で魅力を補う」というのが
戦隊におけるロボ戦の基本方針となっています。

つまり、いろいろ工夫はされているものの、
やはり等身大戦に比べるとロボ戦の扱いは悪いといえます。
いや、作っている側もロボ戦の扱いを悪くしているという意識も無いのでしょう。
総合的に考えてこの形式が一番良いと考えて、
それが戦隊というものだと当たり前のように考えていただけのことです。

しかし、そのような従来通りの思考では戦隊ロボ玩具の売上の伸び代を発掘するのは難しい。
ロボ玩具の売上を飛躍的に伸ばそうとするならば根本的な新しい発想が必要です。
そこで毎回の劇中におけるロボ戦の重要性を従来よりも大幅に上げることで
ロボの魅力を上げ、ロボ玩具の売上の伸び代を発掘しようという考えが生まれてきたのでしょう。

では何故これまではロボ戦の重要度が低かったのかというと、それは消化試合だからであり、
なぜ消化試合なのかというと、敵がロボ戦を目的として攻めてくるわけでないからです。
敵の目的はあくまで等身大戦で成し遂げられることであり、
等身大戦に敗れた時点で敵の目的は潰えており、勝負は決しています。
ロボ戦はその後で敵が最後の悪足掻きをしているに過ぎず、
もはやその戦いは残党狩りのようなもので緊張感は無い。
だから消化試合なのです。
もちろん例外的にロボ戦がメイン扱いとなる戦いもこれまでにもありましたが、
それらはあくまでイレギュラー扱いであり、
基本的には戦隊におけるロボ戦はこのような感じの消化試合なのです。

ならば消化試合感を払拭するためには
「ゴーバスターズ」においては敵が巨大ロボを使った作戦を目的として攻撃を仕掛けてきて、
それに対して戦隊側が巨大ロボで迎え撃つという形を基本形とすればいい。
そこで考え出されたのが、敵であるヴァグラスが巨大なエネルギータンクに貯蔵された
エネルギーを巨大ロボを用いて毎回奪いに来るという設定でした。
これを阻止しなければ戦隊側の勝利とはいえない。
そして敵の巨大ロボのエネルギー奪取作戦を阻止するためには
戦隊側も巨大ロボを繰り出してロボ戦で決着をつけるしかなく、
こうなればロボ戦こそが毎回エピソードのメインとなり、その重要度は増し、
これはもはや消化試合などではない。

だがこの場合問題なのは等身大戦をどう扱うかでした。
この基本設定を貫徹すれば、まるで「マジンガーZ」「ゲッターロボ」のような
スーパーロボットアニメと同じであり、等身大戦をやる必要は無い。
しかしスーパー戦隊シリーズですから等身大戦を無しにするわけにはいかない。
等身大戦とロボ戦の両方を必ずやることになります。
そして従来の戦隊のように等身大戦とロボ戦の敵の姿を同じにするとなると、
どちらかは消化試合となってしまうのだが、この作品はロボ戦は消化試合にはしない。

ならばロボ戦の後に等身大戦をやって等身大戦を消化試合とするのかというと、
そういうわけにもいかない。
それは最初に巨大な姿で現れた敵が一旦倒された後
復活小型化して再び戦うという、なんとも奇妙な展開になるからです。
こんな珍妙なものを見せるわけにもいかないのでこれもボツです。

となると、等身大戦の敵とロボ戦の敵は別の姿をしている、
あくまで別の個体ということにするしかない。
その場合、敵の主要な目的であるエネルギータンク襲撃はロボ戦の方の敵、
つまり巨大ロボの方の担当ということになりますが、
ならば等身大戦の方の敵、つまり怪人は何をしにやって来るのか、
あくまで別々の個体だけにそのあたりも考えておかねばなりません。

これについてはあくまで別個体なのですから、
結局は怪人の作戦行動と巨大ロボの作戦行動がそれぞれ別ということになり、
敵側は毎回、エネルギータンク襲撃ともう1つ怪人の作戦という、
合せて2つの作戦を進めることになります。
そうなると、何故いつも敵は2つの作戦を一緒にやろうとするのかについて
合理的な説明が必要になる。
なぜ巨大ロボだけでなく、わざわざ怪人も送り込んでくるのか、
納得のいく説明が必要なのです。

そこで「巨大ロボを送り込むためには別に怪人をマーカーとして送り込む必要がある」という
設定が生まれました。
そして、そんな特殊な条件が必要であるのは、
敵が巨大ロボを「亜空間」という現実空間とは別の空間から
特殊な方法で送り込んでくるからだという設定となったわけです。
つまり敵は巨大ロボを送り込んでエネルギータンクを襲撃することが本来の主要目的なのですが、
そのためにマーカーとして別個体である怪人を現実空間に出現させておかねばならない。
その怪人はせっかく出現させたので何か別の作戦に従事させることになる。

このような設定となっている場合、
怪人の等身大の作戦行動中に巨大ロボが出現して
エネルギータンク襲撃を開始することも当然あるわけで、
そうなると等身大戦とロボ戦が同時進行することも有り得る。
いや、むしろこの作品においてはそうした等身大戦とロボ戦の同時進行を
積極的に常態化させました。

バトルフィーバーJの頃は戦隊でロボ戦を導入した最初の作品だったので
「何でもアリ」だっただけのことで、
別に意識して積極的に等身大戦とロボ戦の同時進行を常態化させていたわけではない。
だが「ゴーバスターズ」においては、あえて意識してそれを常態化させたのです。
それは同時進行させた方が等身大戦もロボ戦も消化試合化しないと考えたからです。

等身大戦とロボ戦と、どちらかが先に終わってから残ったどちらかが開始するということにすれば、
たとえあくまで怪人と巨大ロボが別個体であったとしても、
やはり後に開始する方が消化試合のように見えがちです。
だから同時進行することにこだわった。

また、同時進行した方が等身大戦もロボ戦も長く戦っていることになります。
「等身大戦→ロボ戦」というようにくっきりと時間を分けて描写する場合も、
等身大戦とロボ戦を同時進行する場合も、
どちらも映像としての各バトルの尺は同じようなものです。

例えば放送時刻でいえば、等身大戦を7時45分に開始して、
7時50分に等身大戦が終了してロボ戦が始まり、7時55分にロボ戦が終わった場合は、
等身大戦が5分、ロボ戦が5分ということになります。
だが等身大戦もロボ戦も共に7時45分に始まって同時進行し、
映像的には場面を切り替えて二元中継のようにして映し、
等身大戦もロボ戦も共に7時55分に終わったとすると、
等身大戦とロボ戦の両方とも均等の配分で二元中継したとしたら、
映像的にはあくまで等身大戦が5分、ロボ戦が5分という尺になりますが、
視聴者は等身大戦もロボ戦も両方とも10分間戦っていたような印象を受けます。
だから、この同時進行の手法を使えば、ロボ戦も等身大戦も両方とも消化試合化せず、
むしろとても充実しているように見える。

ただ、この手法の場合、1つクリアーすべき難問がありました。
それは巨大ロボと怪人を別個体とすることによって
着ぐるみの予算が通常の倍になってしまうということでした。
そんな予算はありません。
かといって「バイオマン」のように等身大戦の敵を毎回トドメを刺せずに
逃がしてしまうというわけにもいかない。
そこで、等身大戦の敵怪人は毎回違う個体として毎回しっかり倒すことにしつつ、
巨大ロボの方はベースとなる素体を数パターン用意しておいて、
それに毎回、等身大怪人のボディのパーツの一部を流用してくっつけて
個性を出すという苦肉の策が採用されました。

こうして、なんとか等身大戦とロボ戦の同時進行のフォーマットは出来ていきましたが、
これらはあくまで敵側の方のフォーマットであり、これだけではまだ足りません。
それらを迎え撃つ戦隊側の方のフォーマットも作らないといけないのです。
ここで問題は、等身大戦とロボ戦を同時進行させるとなると、
戦隊側も戦力を二手に分けなければいけないということです。
いやこれまでの戦隊シリーズ作品でも等身大戦とロボ戦を同時進行させるために
戦隊側の戦力を二手に分けて戦ったことなど多くあります。
ただ、これらはあくまでイレギュラーなパターンという扱いになっており、
あくまでそれぞれの戦隊は「等身大戦→ロボ戦」という流れ作業をこなすことを前提に
システムが組まれていました。

すなわち、まず等身大戦では5人で変身して名乗って戦い始め、
最後は5人の合体技で怪人を倒し、
その後復活巨大化した怪人を倒すため5人が一斉に巨大メカに乗り込み、
その5つの巨大メカが合体して巨大ロボとなり、
5人が操縦する巨大ロボが敵巨大怪人を必殺技で倒して戦いが完全に終わるという王道パターンです。

しかし、「ゴーバスターズ」の場合は等身大戦とロボ戦の同時進行を前提としていますから、
それに見合った新しいフォーマットが必要となります。
まず等身大戦とロボ戦が同時進行する以上、
等身大戦にもロボ戦にも戦隊側のフルメンバーが揃うということはあまり無いということになります。
そうなると等身大戦でのフルメンバー揃っての変身や名乗りの派手な演出は出来ない。
そういうものは一部メンバーだけでやっても仕方ないので、
いっそ派手な様式美的な変身演出や名乗り演出は無しの戦隊にしようということになりました。
そうなると必然的に、陽気でハチャメチャな派手好きな戦隊ではなく、
むしろクールで落ち着いたプロフェッショナル風な戦隊ということになります。
その方が変に派手な変身ポーズや名乗り口上などが無いことが自然に見えるからです。

また、等身大戦でフルメンバーが揃わないのならば、全員の力を合わせた合体必殺技、
たとえば合体バズーカ系の派手な決め技演出が出来ません。
合体技が出来ないのならば、個人の技や武器で敵怪人を倒せるということにしなければならない。
そうなると、個人で敵を倒せてしまえるので、
あまり戦隊メンバーで力を合わせて戦うという描写が無く、
ますますクールなプロ戦士の戦隊の方がイメージに合うことになります。
こうしてエネルギー管理局特命部所属の真面目な公務員プロ戦士
ゴーバスターズという設定が生まれ、メンバーの性格も地味で真面目、
派手な変身や名乗りもしない戦隊となったのでした。

そしてロボ戦の方もフルメンバーがなかなか揃わないということは、
基本的に合体ロボを使わずに単体ロボでも敵巨大ロボを撃破出来るという
設定にしなければならない。
だからゴーバスターズのロボはどれも単体で戦うことを前提に作られており、
1人が操縦して動くように作られている。
それゆえゴーバスターズのバスターマシンは全て単座型のコクピットであり、
その単座コクピット形態はたとえ複数のロボが合体しても変わりません。

単座コクピットに搭乗して単体で戦うロボを操縦するという意味で、
その操縦者であるゴーバスターズのメンバーは
これまでの戦隊の戦士たちの中で最も「パイロット」という印象が強い。
そしてこの作品の大目的がロボ戦の重視である以上、
このロボ戦で最も活躍するゴーバスターズ側の単体ロボは
主人公たるレッド戦士の操縦するロボでなければならない。
その赤いロボはエースパイロットたるレッド戦士の乗るエース機体であり、
その名はまさに「ゴーバスターエース」ということになり、
主人公レッド戦士であるレッドバスターの桜田ヒロムは、
そのゴーバスターエースを操縦するエースパイロットという設定となりました。

単座コクピットで単体ロボを1人で操り敵ロボを倒す孤高の天才エースパイロットのヒロムは
必然的にクールでマイペースな男となります。
ヒロムだけが13年前の事件以後ずっと特命部の訓練に参加していなかったという設定も、
当初は何か作劇上の重大な伏線なのだろうかなどと勘繰ったものですが、
これも単純にヒロムと他のメンバーとの心理的な距離を確保して、
他と馴れ合わないクールな孤高キャラを演出するための設定であっただけのようです。

そしてヒロムに限らず、
リュウジにしてもヨーコにしてもヒロムほどではないにしても、
やはり他に対して心の壁が割と高めのキャラとなっています。
やはりこの2人もまた単座コクピットで単体ロボを操縦する孤独な戦士であるという意味では
ヒロムと同じタイプなのです。
ゴーバスターズのメンバーは従来の戦隊のメンバーに比べて
仲間内での心理的な距離が遠めだといえます。
これは等身大戦とロボ戦を同時進行するというフォーマットを作った結果、
必然的に導き出されたメンバーの個性と言っていいでしょう。

ただ、そうなると全体的にチームワークが悪く、
妙に暗くてギスギスした感じになってしまいますので、
それをカバーするために配置されたのがバディロイドというキャラであったのでしょう。
真面目で面白味のない性格のゴーバスターズの3人とは対照的に
バディロイドの3体は妙に人間臭くて感情豊かで人懐っこく、
ギャグ要素の強いキャラ設定になっています。

当初の宣伝文句ではこの作品は「3×2戦隊」と言われていたことを考えると、
ヒロムとニック、リュウジとゴリサキ、ヨーコとウサダという3つのペア単位で
行動する戦隊というものが構想されていたのではないかと思います。
真面目なバスターズとギャグキャラのバディロイドの凸凹コンビが3つ存在し、
3体のバディロイドを潤滑油として3つのユニットが次第に6人の1チームに成長していくという、
そういうお話が予定されていたのではないでしょうか。
これならばゴーバスターズの3人がクールな孤高キャラであったとしても戦隊として成立はします。
だが、このバディロイドの設定がどうも甘く詰め切れていなかったので、
この作品はここから破綻してしまったようです。

そもそもバディロイドが潤滑油となる「3×2戦隊」といっても、
その「3×2」が常に等身大戦とロボ戦に二分されてしまうのでは、
結局は潤滑油たるバディ同士も引き離されてしまうので潤滑油としての役割は果たせない。
また、そもそもロボ戦にバディロイドがどのように参加するのかも問題で、
バディがコクピットの操縦桿となるということにして
それぞれの担当バスターズとの絆を強調するということになりましたが、
そうなると単座コクピットの操縦桿として個々のバディ同士は
完全に引き離された状態に置かれることとなり、
ロボ戦ではバディとバスターズの絆は描写出来ても、バディ同士の絆は描写できない。

一方の等身大戦ではバディ同士の絆もバディとバスターズの絆も描写は可能だが、
そもそもロボ戦と同時進行だから1〜2ユニットは別行動で同じ場にはいないのですから、
結局バディ同士の絆を描写するのは難しく、
つまり等身大戦とロボ戦の同時進行設定や単座コクピット設定やロボ戦重視設定がある限り、
戦場においてバディが3ユニットの潤滑油となるという構想は実現しない。

そうなるとバディが仲良く親交を温める描写を増やそうとすれば
バディ3体は基地でおしゃべりしているシーンを増やすしかなく、
結局バディロイドは「ロボ戦における大事な操縦桿の役目があるため
危険な目に遭わせることは出来ないから等身大戦時は基地で待機」という設定となってしまった。
すると、確かにバディ3体が仲良さそうには見えるようになったが、
等身大戦時はバスターズ3人が必死で戦っている時に呑気に基地で留守番して、
モニターでバスターズの戦いを見物して野次馬のようにコメントしたり、
やたらとハラハラしたりする姿が無責任であったり過保護のバカ親のようであったりして、
とても視聴者の共感を得られるようなキャラではなくなってしまった。
また等身大戦時に相棒であるバスターズとバディの距離が遠すぎて、
絆が全く描写されないという困った状態となった。

ならばその分を補うほどにロボ戦の方ではバスターズとバディの
それぞれのユニット内の絆が描写されたのかというと、これもイマイチでした。
操縦桿となったバディはコクピット内に顔だけが出ている状態で、
一応パイロットであるバスターズと会話もするのだが、
やはり完全体からスケールダウンして単なる部品化してしまったという印象が強い。
例えば炎神のように通常時から小型化していたりホログラム化していたりして
普段がスケールダウンした状態であればロボ戦時に巨大化することでいっそう頼もしさを増すのだが、
バディはその逆であってロボ戦時の方が通常時よりもスケールダウンしてしまっていて存在感が無い。

通常時ですら単なる留守番キャラに堕してしまっているのですから、
そこから更にスケールダウンした操縦桿形態時にいくらか気の利いたことを言ったとしても、
通常時のイメージダウンを払拭するまでには至らないのです。
だからロボ戦時の単座コクピット内でのバスターズとバディの遣り取りを通して
視聴者に強い絆をアピールすることは出来なかった。
しかも単座コクピットですからバディ同士の絆や
ユニットの枠を超えたバディとバスターズの絆など全く描写できない。
全体的に描写出来ているのはバディ同士の基地での留守番時の絆だけだが、
こんなものは戦士の絆とはほど遠い。
なんといってもマズいのは、本来はバディ同士が取り持って3つのユニットの絆が深まるはずが、
バディロイドのイメージがこう悪くなってしまってはその仕組みが機能しないことです。
結果として、もともとクールな孤高キャラである3人のバスターズが
いつまで経っても一向に仲良くならないバラバラなままです。

いや、バディを留守番キャラにしてしまった時点で「3×2戦隊」の構想は破綻したことは
制作側も理解はしていたのでしょう。
だから「3×2戦隊」などというキャッチフレーズはほんの初期だけで消え去り、
バディに頼らずに3人のバスターズが自力で絆を深めていくというように
ストーリーは修正されたと思われます。
だが、もともとバスターズ3人のクール孤高キャラ設定はこの作品の根幹たる
「等身大戦とロボ戦の同時進行設定」から必然的に導き出されたものですから、
この同時進行設定を止めない限り、3人のキャラ設定が根本的に変わるということは有り得ない。
それなのに同時進行設定を止めないまま3人が自力で仲良くなるストーリーにしたものだから、
なんとも不自然なものになってしまった。

3人の性格を考えれば簡単には仲良くならない方が自然なのだが、
それではギスギスして戦隊らしく見えない。
だがいっそ思い切って「仲の悪い戦隊」方向に振りきってしまった方がマシだったかもしれない。
とことん喧嘩させれば自然に和解していったかもしれない。
キャラ自体の自然な動きに任せればキャラは活き活きしてくるし、
作り物とはいえ人間なのだから自然に和解に至る道も見えてきたことだろう。
だがこの作品では本来は簡単に仲良くならないはずの3人が序盤で
何時の間にか大したきっかけもないまま仲良くなってしまったため、
その出来上がった絆がかなり怪しい、嘘くさいものになってしまった。

いや嘘くさくても本当の絆であるかのように押し通してくれれば信じることも出来るのだが、
仲良くなった後も随所で本来のクール孤高キャラが表面化してくるものだから、
やっぱり本当は仲良くないんだろうというふうに見えてしまう。
しかし仕方ないのです。
作品の根本設定が変わっていない以上、
3人のバスターズがフレンドリーな性格になるわけがないのだから、
その本性が出てくれば仲良し描写が嘘くさく見えるのは仕方ないのです。

この3人は根本的にはバディを介して絆を結ぶキャラなのだから、
バディというキャラを機能不全に陥らせた瞬間にこの3人の絆が成立するはずはないのです。
そうした大原則を無視して無理に3人を仲良しにしてしまったため、
バスターズ3人は単に暗くてギスギスとして仲が悪いという悪印象だけではなく、
更に加えてなんだか嘘くさい絆を主張する胡散臭い連中となってしまいました。

これでは視聴者の子供たちに好印象を持たれるはずはない。
まぁ単にアクション目当てで観ている子供も多いので
3人のキャラが不快でも全ての子供が番組を観るのを止めるということはないでしょうけれど、
やはり例年の戦隊に比べて変身前のヒーローのキャラ人気は低かったと思います。

こうなると全てが上手く回らなくなるもので、
バスターズ3人の変なウイークポイント設定も悪印象となってしまいます。
そもそもどうしてこんな変なウイークポイントを3人に設定したのかよく分からない。
ワクチンプログラム投与によって人間離れしてしまった
3人の異端者としての側面を強調するためであったのか、
あるいは逆に異端者でありながら持ち合せた人間らしさの象徴という意味合いであったのか、
それとも単にギャグ的な意味だったのか、
結局は捨て設定になったっぽいので、今となってはよく分かりません。
ただ結果的には3人の印象がヒーローとしてもともとかなり悪くなってしまっていたため、
このウイークポイントは単に「弱いヒーロー」という印象を導き出してしまったのでした。

また「敵がエネルギータンクを襲ってくる」という設定としたため、
そこから更にどうして敵がエネルギータンクを襲うのかという疑問にも答えなければならなくなり、
それに対して「敵のボス復活のためにエネルギーが必要だから」という、
ありふれた解答を用意することとなった、これ自体は別に大した間違いではない。
「シンケンジャー」でも三途の川の水を増やしてドウコクを復活させるというのが
敵の作戦の根幹であったし、
「ゴーバスターズ」と同時期放送の「スマイルプリキュア!」でも
悪の皇帝復活のために毎回敵が人々からバッドエナジーを奪おうとしました。

こういう作劇パターンの場合、物語を進めていくためには
敵の欲するものは奪わせていかないといけない。
外道衆は人々を苦しめて三途の川の水をじわじわ増やしていったし、
バッドエンド王国も毎回ちゃんとバッドエナジーを集めていきました。
つまり「シンケンジャー」においても「スマイルプリキュア!」においても
ヒーローは敵の怪人は倒すものの、敵の企みを完全に阻止することは出来ていないのです。
だが、だからといってシンケンジャーやスマイルプリキュアが
弱いとかだらしないとか非難されることはあまり無い。

一方、ゴーバスターズが毎回エネトロンを奪われると弱いだの失敗しただのという悪印象を持たれる。
同じことをやっているのに扱いの差があるというのは理不尽だが、
これは結局はキャラに魅力があるかどうかで差がついてしまっているのです。
ゴーバスターズ3人のキャラに魅力が無い状態なので、
作戦でちょっとでも失敗するとますます弱く見えてしまう。
これは仕方ないことです。

いや、厳密に言えば「スマイルプリキュア!」はキャラ魅力は確かに特化していましたが、
「シンケンジャー」の場合はキャラの魅力という意味では実は歴代戦隊でもさほどでもない。
「シンケンジャー」の場合は地味目なキャラを素晴らしく見せていたのは
ストーリーの素晴らしい盛り上がりでした。
「ゴーバスターズ」も最初にキャラが明らかに地味で面白味が無いことを知った時、
これはおそらく「シンケンジャー」同様、ストーリーの盛り上がりで
キャラを引き立たせるタイプの作品なんだろうと思いました。

ところが意外なほどストーリーが盛り上がってこなかったのです。
今にして思えば「ゴーバスターズ」は「シンケンジャー」ほどは
ストーリー重視の作風ではなかったのでしょう。
「3×2戦隊」の構想に頼るところが大きかったのだと思います。
だからさほど凄いストーリーの仕掛けは用意していなかった。
ゆえに「3×2戦隊」の構想が破綻した後、空っぽになってしまい、
あとは用意していた設定が全て悪循環してしまい、
ゴーバスターズ3人のキャラ描写に失敗してしまったのです。

そして、こうして初期メンバー3人のキャラがつまらないものになってしまったため、
そのシワ寄せが追加戦士の陣とJに押し寄せることになったと思われます。
陣というキャラが最初から13年前の事件の被害者であるアバターとして登場したことから考えて、
おそらく最終話の展開は当初からの予定通りだったのでしょう。
ならば陣のキャラは本来はもっとシリアスなものであったはずです。
実際、演じた松本氏の証言では当初は陣は影のあるマッドサイエンティストの
キャラであったようです。
おそらくJもその風貌からして陣に合わせてクールな戦士キャラのはずだったのでしょう。

だが初期3人が暗いイメージのまま好転しなかったので、
そこに更に暗い追加戦士というわけにもいかず、陣は陽気なキャラに変更され、
Jも天然おバカキャラに変更されたものと思われます。
また初期バディ3体を留守番キャラにしたのは明らかに失敗だったので
Jはちゃんと戦場に出て相棒である陣とペアで戦うキャラとなりました。
これがゴーバスターズの本来の在り方だったのだと思います。

だが、これでゴーバスターズがちゃんと絆で結ばれた
普通の戦隊のレベルに達することが出来たかというと、それはやはりダメでした。
まずJは他のバディ3体が留守番をしている中でただ1体だけ戦場に行ってしまうので、
他のバディ達との絆が深まらずバディ仲間で浮いた存在となってしまった。
そして等身大戦とロボ戦の同時進行フォーマットのために
陣とJのペアが初期3人と別行動となることが多く、
Jはヒロム達3人とも絆が深まることはなかった。

そもそもJの性格設定にも問題があり、
陣を人懐っこい陽気キャラにしたのとバランスをとるためだったのか、
Jは絡みづらい天然キャラになってしまい、
ある意味気難しい、近寄りがたいキャラとなってしまった。
これではヒロム達とはまた違った意味で孤高キャラです。

そして陣の方はというと、一見陽気なので誰とでも仲良くなりそうに見えるが、
この物語において陣の果たすべき役割が根本的に陰性のものなので、
どうしても影のある部分が見え隠れして、陣の陽気さは底抜けの本気の明るさには見えません。
演者の松本氏のイメージもそれに合致しており、
そういう意味では絶妙のキャスティングだったとは思うが、
そのキャスティングの良さが真に理解できたのはようやく最終話になってからのことであり、
当初は単に陽気ぶってる陰気な人にしか見えず、
陣というキャラの登場によって作品のイメージが一気に明るくなるとか、
そういう効果はそもそも期待できるはずもない。

そして陣のこの物語の随所で果たすべき役割が悲劇的で陰性のものなので、
どうしても無理にキャラ変更した陽気な性格と齟齬が生じてしまい、
陣はなんとも使いづらいキャラになってしまった。
それでキャラの矛盾が大きくなりすぎないために、
中盤以降は陣の出番自体が極端に減ってしまい、
もともと等身大戦とロボ戦の同時進行設定のために
Jと共に別行動組になることも多かったため、
陣は相棒のJともども、なんとも影の薄い、単なる補助戦闘要員となってしまいました。
こんな体たらくでは陣とJに作品を立て直すことなど出来るわけはなく、
変にウイークポイントは無い代わり、パワーアップもしなかった陣とJは
中盤以降クライマックス前まではほとんど空気でした。

このようにこの「ゴーバスターズ」という作品は、とにかく戦隊メンバーになんとも魅力が無い。
ストーリーは終盤は一応上手くまとめましたが、全体的にはさほど素晴らしいものとも言えず、
キャラの魅力不足を補うにはあまりにもパワー不足のストーリーだったと言わざるを得ません。
アクション面でも等身大アクションはキャラの地味さや
武器の地味さもあってとにかく地味でしたが、
やはり致命的であったのはロボ戦との同時進行が多かったために全員揃って戦うことが少なく、
戦隊アクションとして致命的に地味でした。

一方、ロボ戦のアクションはさすがに重視していたポイントであるだけに
見応えのあるものであったのは正直に認めますが、
戦隊アクションの醍醐味である合体ロボのアクションの良さが削られての上での見応えですから、
戦隊ロボアクションとして満点の出来というわけではない。
なんといってもあまりにエース偏重が過ぎたためにエース以外のロボ玩具が売れず、
エースは単価が安いので結局は玩具売上がかなり悪い結果になってしまったのは問題です。
もともとロボ玩具売上を向上させるための改革であったのに、
その目的が達成出来なかったのは本末転倒といえます。

もちろん玩具が売れなかった原因の1つにはキャラの魅力不足があるわけで、
キャラの魅力不足の原因がこの作品の根本思想から導き出されてしまっているのですから、
つまりはこの作品の目指していた方向性が根本的に破綻していたという
結論で間違いないと思います。

ここまで明らかにダメなのですから、
本来ならば途中で等身大戦とロボ戦の同時進行を止めるなどの根本的な路線変更をして
キャラ設定も大幅に変えるべきであろうし、
そうすれば持ち直した可能性も十分にあるのですが、
「ゴーカイジャー」の後番組ということで「総決算の後の変革」とぶち上げてしまった手前、
容易に路線変更が出来ない状況に自らを追い込んでしまい、
途中で明らかにテコ入れめいた流れになりかけたものの、
結局は根本的な部分は変わらないまま最後まで低調で終わった作品といえます。

後半などは迷走の挙句バトルの基本設定が変わってしまい
敵がエネトロンタンクを襲う必然性が無くなってしまったため
巨大ロボが何の目的で出現するのかさえ不明な状態となってしまい
復活怪人の最後の悪あがきというわけでもなく、エネトロンを奪うためというわけでもなく
単に物言わぬ巨大ロボが目的不明に送り込まれて暴れて倒されるだけという
むしろシリーズで最もロボ戦が無意味、意味不明な作品となってしまいました。
これではこの作品が目指したものと正反対のところに堕ちていったと言っていいでしょう。
これではロボ玩具など売れるはずもない。

ここまでロボ戦が無意味なものとなったのなら、
いっそ等身大戦とロボ戦の同時進行もやめてしまえばよかったのですが
それは何故かこだわり続けたというのは、
作品そのものを救うよりも魅力の欠けたキャラ設定との心中を選んだということのように思えます。

だいたい、こんな作品の根本構造を崩壊させるような路線変更が
「当初からの予定通り」などであるはずがない。
明らかなテコ入れであり、しかもそのテコ入れに失敗している。
それを「当初からの予定通り」であったかのようにして済ますのは不誠実というものでしょう。
間違いを間違いと認めきれない中途半端さが結局テコ入れも中途半端にしてしまい失敗を招いたといえます。

まぁしかし、キャラ設定をはじめとした様々な面白味の無い要素や
矛盾した部分や説明不足でイライラする部分などを出来るだけ見ないようにして
純粋にストーリーだけを観れば、それなりに味わい深い作品ではあります。

まぁ、何はともあれ「獣電戦隊キョウリュウジャー」の第1話は大変面白かったので
気分一新、一視聴者として楽しませてもらいます。
ゴーカイジャーなどの記事の合間にキョウリュウジャーについても触れることもあるかもしれませんが
キョウリュウジャーはホントに普通に楽しめそうなんで
特にブログで何かゴチャゴチャ言うこともないような気はします。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 13:31 | Comment(3) | 特命戦隊ゴーバスターズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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