2012年09月26日

海賊戦隊ゴーカイジャー妄想物語その1

さて、では「スーパーヒーロー大戦」のDVDリリースまで、これからしばらく、「ゴーカイジャー」の物語を再度振り返ってみたいと思います。そういうことは一旦、最終話のエピローグ前にやりましたが、あれから劇場版のレビューを改めて詳しくやってみて、少しあの時の記述では不足や誤りもあったように思えており、いっそのこと最終話のレビューの一環としてではなく、独立して「ゴーカイジャー」の物語をもう一度、あの時よりも少し詳しく妄想も満載に加味してまとめ直してみようかと思いました。基本的にはあの最終話のレビュー時のまとめを元にして再構成するつもりですが、かなり書き足して、更に今回は画像なども貼ってみたいと思います。

無題-0266.jpg


まず大前提として、当然のことですが、この物語は現実世界の物語ではない。物語世界の物語です。ですから非現実的な事象や設定があるのは当然です。ただ、非現実的ではあっても、その物語世界なりの一貫したルールというものはあります。そういう前提で、この「ゴーカイジャー」の物語世界の、私の妄想した分も含めた基本設定をまとめてみます。

まず、この物語世界における宇宙は極めて広大だが、恒星間移動の航行技術が一般化しており、最も高速で移動出来る機種を使って寄り道せずに目的地を目指すのならば、宇宙の端から端まで1週間ほどで到着する。また、大艦隊の移動であっても急げば1ヶ月ぐらいで宇宙の端から端まで移動することは出来る。その宇宙の一方の端に地球を含むこの太陽系が位置しており、それと正反対の宇宙の端にザンギャック帝国の創設地であるザンギャック本星が存在する。宇宙のどの場所であっても時間の流れる速度は一定であり、日数や年数の換算の仕方も同じであり、地球におけるものと同一です。

宇宙には様々な姿形をした生物が存在しており、知的生命体もその姿形は様々ですが、みんな日本語を喋ったり書いたりする。また特別の教育を受けていなくても英語も普通に読み書き出来る。また、それら知的生命体の育む文化には地球の文化と共通したものが多く見られるが、全てが地球の文化と共通しているわけではなく、外宇宙独特の文化もあれば、地球独特の文化もある。

宇宙における様々な知的生命体は基本的には地球人とそう大差は無い能力の持ち主であり、外見上も地球人と全く変わらないタイプのものも多い。持って生まれた才能や鍛錬、改造手術などの結果、地球人よりも優れた能力を発揮する宇宙人も多いが、それはあくまで相対的に優れているに過ぎず、絶対神のような存在ではない。あくまで同じ人類の範疇での優劣に過ぎない。科学技術についても同様で、確かに優劣は存在するが、全く次元の違うほどの絶対的な差があるわけではない。

また宇宙における知的生命体は皆、身体のサイズは基本的には地球人とほぼ同じサイズであり、生まれつき極端に巨大なものは存在しない。但し、極端に小さなものは存在し、また、何らかの術で身体のサイズを巨大化や極小化させることの出来る者も稀に存在します。また、宇宙における知的生命体はどのような外見の者であれ基本的に不死身の者はおらず、みな寿命が存在し、その寿命は地球人とほぼ同じであり、成長の仕方、歳のとり方も地球人とほぼ同じです。

0021.jpg宇宙の大部分を支配するザンギャック帝国の軍事力の要となっているのは大艦隊および大兵力、つまり先端技術で武装した大兵力による物量作戦がザンギャックの最大の強みです。それは宇宙の多くの人々がザンギャックの支配を受け入れているということであり、武力だけでなく統治能力にも優れた帝国といえます。ただ決して善政を敷いているわけではなく軍事独裁政権による苛酷な搾取体制なのですが、それでも宇宙の大部分を押さえているのですから、帝国中枢による統治がそれほどまでに巧みであるということでしょう。

それは一代で大帝国を築いた皇帝アクドス・ギルが不世出の武人にして軍略家であるというカリスマ性と、彼が天才的な統治能力を持つ悪しき独裁者であるということに起因すると思われます。またザンギャック帝国の中枢を守る皇帝親衛隊が特に強力であり、最強兵器といえるモビルスーツのような決戦機や大量破壊兵器ギガロリウム砲などを皇帝周辺のみが管理して帝国軍の一般兵たちには触れさせないようにしている極端な権限や戦力の一極集中が皇帝体制を支えているともいえます。そうして軍の反乱が生じたとしても皇帝側が絶対的優位で押さえ込める態勢を築いているため一般軍の装備はさほど充実しているわけではないが、その分ザンギャック軍は人海戦術を強みとする態勢となっております。

0022.jpgアクドス・ギルの出身地であるザンギャック本星の住人は武力や軍略に優れた者が多く、ザンギャック帝国の幹部にはザンギャック本星の出身者が多いが、ザンギャック軍の一般兵士は様々な星の出身者です。ザンギャック帝国では生体改造の技術が発達しており、ザンギャック軍の一般兵のゴーミンは様々な星の一般人が徴兵されて強化改造を施されたものであり、肉体の強化改造の影響でかなり知性が失われています。このゴーミンを大量に作ることで、ザンギャック軍は人海戦術を可能としているのです。

ただ、ゴーミンだけでは部隊の統率がとれないので、徴兵された者や志願してきた者の中で改造手術の適性の高い者が選抜されて、知性の喪失度が低く、なおかつより肉体の強化された下士官兵のスゴーミンに改造され、このスゴーミンが数人で多数のゴーミンの部隊を率いて作戦行動に従事するのが一般的です。
ただ、より複雑な破壊活動などの作戦をとる場合、知性の喪失を伴う強化改造をしなくてもスゴーミン以上の特に優れた戦闘力を備えた、様々な星の戦士達で構成される士官たちが行動隊長としてゴーミンやスゴーミンを率いて作戦に従事することも多々あります。この場合、作戦内容によっては行動隊長に知性の喪失を伴わない軽度の強化改造を施すことも多いが、これを適切に行える技量を持つ技官の数はザンギャック軍内でも少ない。
また、特に高度な改造手術の技術は皇帝周辺で秘匿され他への流出は極力抑えられています。なお、スゴーミンの中で特に資質と忠誠心に優れた者は、更なる強化改造を受けて皇帝親衛隊所属の下士官兵ドゴーミンとなることもあります。

この物語の中で地球における暦以外の宇宙の独自の暦が登場しないため、西暦で統一して表記すると、この物語の第1話で物語の主人公マーベラス一味が地球にやって来たのは2014年の初め頃となります。ただし、この作品の物語そのものはそれよりもおよそ40年前まで遡る。この物語世界の歴史そのものはそれよりも更に過去に繋がるが、この物語の起点となるのは1975年4月に地球において秘密戦隊ゴレンジャーと黒十字軍の戦いが始まった時点となります。
この時、別の物語世界である「秘密戦隊ゴレンジャー」の物語世界から派生したパラレルワールドがこの「ゴーカイジャー」の物語世界と融合したのです。いや、この時点でゴーカイジャーは存在していないので「ゴーカイジャー」の物語世界というのは適切ではなく、「ゴレンジャー」のパラレルワールドと融合する前の原初世界は厳密には「宇宙刑事ギャバン」の物語世界から派生したパラレルワールドでした。

その「ギャバン」のパラレルワールドが1975年4月に「ゴレンジャー」のパラレルワールドと融合して、その後、1977年4月に「ジャッカー電撃隊」の物語世界のパラレルワールドとも融合し、更に1979年2月に「バトルフィーバーJ」の物語世界のパラレルワールドとも融合し、そのようにして以後は毎年、歴代スーパー戦隊の物語世界のパラレルワールドとの融合を重ねていくことになりました。その世界の融合のたびに、それまでに存在していた世界と新たに融合してくる世界との設定が矛盾し合わないように、融合後の世界の諸設定が微調整されて更新されていくことになりました。
そうして、元のオリジナルの物語世界では共存していなかった各スーパー戦隊は年代順に並列していくことになり、いつしか伝説的な存在となり総称して人々に「レジェンド戦隊」と呼ばれるようになりました。それゆえ、このもともとは「ギャバン」のパラレルワールドだった世界に次々とスーパー戦隊のパラレルワールドが融合していった世界を「レジェンド戦隊の世界」と呼ぶことにします。

そして、この「レジェンド戦隊の世界」の宇宙の果てにある地球におけるこの「世界の融合」という不思議な現象が進行していくのに並行するように、宇宙の逆の果てにあるザンギャック本星においてはアクドス・ギルの勢力が増していき、それはザンギャック本星を統一し、周辺の星々にも侵略の手は及んでいき、アクドス・ギルは勢力を拡大してザンギャック宇宙帝国を形成していくことになりました。

そのザンギャック宇宙帝国の侵略の魔の手が遂に地球にまで及んだ2011年、この「レジェンド戦隊の世界」では既に34のスーパー戦隊の物語世界のパラレルワールドが融合しており、地球には34のスーパー戦隊が存在しており、34戦隊は総力を結集してザンギャック侵略軍と戦い「レジェンド大戦」が勃発し、34戦隊はザンギャック軍を撃破して侵略を阻止しますが、引き換えに34戦隊は戦う力を失い、その戦う力はレンジャーキーというものに姿を変えて宇宙に散らばりました。
そのレンジャーキーを集めて「宇宙最大のお宝」という伝説の宝を手に入れるために2014年初頭に地球に降り立ったのが宇宙海賊のマーベラス一味であり、そこからこの「海賊戦隊ゴーカイジャー」の第1話の物語が始まります。よって、ここから「レジェンド戦隊の世界」は「海賊戦隊ゴーカイジャー」の物語世界となるわけです。

だいたい、この「ゴーカイジャー」の物語世界の基本設定は以上のような感じです。荒唐無稽なおとぎ話ではありますが、「ゴーカイジャー」とはひとまずそういう世界における物語であると理解しておけばいいでしょう。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 00:33 | Comment(1) | 海賊戦隊ゴーカイジャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月18日

特命戦隊ゴーバスターズ第一章終了

「海賊戦隊ゴーカイジャー」のTV本編のレビューを終え、
更に春の劇場版「199ヒーロー大決戦」、夏の劇場版「空飛ぶ幽霊船」、
講談社スペシャルDVD「36段ゴーカイチェンジ!!」、冬映画「ゴーカイジャーVSギャバン」のレビューも終え、
これで次はゴーカイジャーが登場する(現状では)残り1つの映像作品
「スーパーヒーロー大戦」のレビューにいきたいところですが、
「スーパーヒーロー大戦」はまだDVDが発売されていません。
「スーパーヒーロー大戦」のDVD発売まであと1ヶ月ちょっとあります。

まぁ「スーパーヒーロー大戦」は・・・決して駄作とは言えません、ハッキリ言って凄く面白い作品なのですが、
制作者の違いもあるのでしょうが、エンターテインメントとしての方向性が
「ゴーカイジャー」TV本編とは明らかに異なっている作品であり、
これまでやってきたような大真面目(?)なレビューをするのが適切なのかどうか、ちょっと迷う作品です。
それに「スーパーヒーロー大戦」は「ゴーカイジャー」TV本編とはどうも世界観が違う番外編っぽい内容です。
そういうわけで、とにかく「スーパーヒーロー大戦」のレビューをどうするのかについては
DVDの発売以降に考えることにして、
ここでちょっと「特命戦隊ゴーバスターズ」に関して書いてみようかと思います。

そういえば「ゴーバスターズ」のレビューは序盤一応ちょっとやっていたのですが、途中でやめてしまいました。
あれはそれほど深い意味は無く、
もともと私はスーパー戦隊シリーズの各エピソードをリアルタイムで逐一レビューするような
主義ではないことを思い出したからです。

「シンケンジャー」はあまりに面白かったので終了後に振り返りレビューのようなことはやりまして、
途中で止まってしまっていますが、
あれはリアルタイムですらないですが、それでもあれですら例外で、基本的にはああいうことはやりません。
理由は単純で、しんどいからです。

それなのに「ゴーカイジャー」ではそれをやったのは、
あれがスーパー戦隊シリーズ総決算的な特別な作品だったので、
レビューをして色々と補足すること自体が異常に楽しかったからです。
レビューすること自体はムチャクチャしんどかったのですが、
それを補って余りある楽しみがある稀有な作品であったのです。

ところが夢中でやっているうちに、レビューすることが当たり前のような感覚になってしまい、
勢いで「ゴーバスターズ」のレビューも簡易型ではあるもののやり始めてしまい、
そこでようやくレビューはしんどいことを思い出した次第です。

世の中には毎週しっかりレビューをされているブロガーの人達が大勢いますが、
私は本来はああいう人達のような根性は無い人間なのです。
「ゴーカイジャー」という特別にレビューが面白い作品だからこそ、
リアルタイムで律儀にレビューが続けられたに過ぎない。
そういう自分の身の程を「ゴーバスターズ」のレビューをすることによって思い出すことが出来たわけです。

だからスッパリと「ゴーバスターズ」のリアルタイム逐一レビューは止めて、
「ゴーカイジャー」の残ったレビューの方に専念していたのです。
今後も「ゴーカイジャー」関連レビューは継続予定ですが、
劇場版3作品のレビューが終わったちょうどそのタイミングで
現在放送中の「ゴーバスターズ」が内容的に一区切りついたようなので、
前半のまとめみたいな感じで軽く感想を書いてみようかなと思ったわけです。

「特命戦隊ゴーバスターズ」は10月初めのMission33から第二章に入るそうです。
ということはこれまで放送していたのは第一章ということになるわけで、
なんでもMission31と32は10月公開の映画
「宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE」の宣伝のための特別篇であるそうですから、
先日9月16日に放送したMission30で第一章は終わったようです。

なんだか内容的にも最終回っぽい内容だったので、まさに第一章の終わりと言うに相応しいようにも思えます。
というか、東映の公式HPでもやたら「最終回」「最終決戦」という煽りが事前にあり、
レッド役の鈴木くんもブログで「ある意味最終回」とか言ってたりして、
制作側が妙に「最終回」というイメージを前面に出して発信していたので、
それを受け取るこちら側も変に「最終回」気分になってしまっていますが、
実際のところ単なる例年お馴染みの中盤の盛り上がり回のようにも見えます。
そうは言っても「第二章」なんて公言してるわけですから、
例年の中盤盛り上がり回よりもより明確な区切りであるようです。

その「第二章」とやらが実際にこれまでの話とどれぐらい違うものなのか
現時点では全く分かりませんので何とも言えませんが、
ただ1つ間違いなく言えるのは、よく考えれば今回のMission30の内容が
最終回の内容であるはずなどないということです。

最終回というのはラスボスを倒す話なのですが、今回倒したメサイアはラスボスであるはずがないからです。
メサイアは何者かが作ったコンピュータウイルスですから、ラスボスはメサイアを作った奴であるはずです。
そいつが倒されていない以上、今回のメサイア打倒エピソードが最終回のはずがない。

問題は、どうしてそれを「最終回」っぽく盛り上げようとしたのかという点です。
実質的には今回は中盤で中ボスが倒されたに過ぎない話なのですが、
例年ならこんな物語中盤で中ボスが倒されるエピソードなんていうものに
「まるで最終回!」みたいな煽り文句は入れません。

そこには単に盛り上げたかったという動機もあるでしょう。
しかし、それにしても「最終回」なんていう言葉を使わずとも他に盛り上げる言葉もあるでしょうし、
実際にこの後が「第二章」なのですから、やはり1つの大きな区切りにしたかったのでしょう。

となると、やはりここで物語が終わったと思わせたかったのでしょう。
もちろん「ゴーバスターズ」という番組が続く以上、
完全に「ゴーバスターズの物語」が終わるわけではないですが、
少なくとも「ゴーバスターズとメサイアの戦いの物語」はここで終わったと思わせたかったのでしょう。

しかし実際はゴーバスターズとメサイアの戦いがこのまま終わるはずはありません。
メサイアの正体はあの崩壊した亜空間の研究所のメインコンピュータなどではなく、
そこに入り込んだコンピュータウイルスなのであり、ハードではなくソフトだからです。
例えば私がWindowsのOSを撲滅しようとして手持ちのノートパソコンを叩き壊しても、
それは全く意味が無い勝利であることと同じです。
新しいノーパソを買えば、そこにはあの倒したはずのWindowsのOSがまた居るはずであり、
下手したらバージョンアップまでしているかもしれない。

真の意味でWindowsのOSを撲滅するためには製造元であるMicrosoftを潰さなければならない。
それと同じで、メサイアというプログラムとの戦いを終えるためにはメサイアを作った黒幕を倒すしかない。
この物語が「ゴーバスターズとメサイアの戦いの物語」として始まった以上、
その戦いが中途半端なまま終わるとは考えられません。
だから必ず終盤に真の黒幕との戦いが描かれるはずであり、
そこでようやく「ゴーバスターズとメサイアの戦いの物語」は完結するのです。

だとすると、やはり不可解なのは、その終わっているはずもない
「ゴーバスターズとメサイアの戦いの物語」をどうしてここで一旦終わったかのように
見せようとしているのかという点なのです。

終盤、おそらくクリスマス商戦期のエピソードでメサイアが復活するか、
あるいはメサイアの謎が解き明かされて真の黒幕の正体が明らかになるのでしょう。
「メサイア」という名の意味が「救世主」という意味であることからも、
その製作者には狂信的なのかどうか分かりませんがとにかく世界救済の意思があり、
その製作者たる真の黒幕こそが本当の「メサイア」なのかもしれない。
つまり、クリスマス前ぐらいからゴーバスターズとメサイアとの真の戦いが始まり、
それこそが真のクライマックス・バトルとなるはずです。

それなのに、その3ヶ月前に、まるで「ゴーバスターズとメサイアの戦い」が
終わったかのように偽装しようとしているのは何故なのか?
どうせ後でひっくり返ってしまうのに、どうしてここで嘘をつくのか?

「シンケンジャー」の影武者の件のように
最初から視聴者にも完全に秘密にしていた話ならば別に嘘はついてもいいんですが、
このメサイアとの戦いが終わっていないという件は、
ここまではメサイアとの戦いをガッツリ描いているだけに、
これが決して終わってなどいないことは多くの人にバレていることです。
それをあえて隠す姿勢を取ること自体が不可解なのです。

要するにシンケンジャーの影武者の件のように本気で隠そうとしているのではなく、
このメサイアとの戦いの件は、とにかく終わったということにしておきたいというスタンスのように見えます。
これから3ヶ月後に「ゴーバスターズとメサイアの戦い」が再び急浮上してくるまでの3ヶ月間は
「ゴーバスターズとメサイアの戦い」は終わったという建前を通したいようです。
それはつまり、その3ヶ月間は「ゴーバスターズとメサイアの戦い」とは別のことを
やりたいということなのでしょう。

といってもゴーバスターズがいきなりワケの分からない
宇宙人とか地底人などと戦い始めるというのも不自然なので、
敵は相変わらずヴァグラスなのでしょう。
メサイア不在のヴァグラスがゴーバスターズの敵ということになります。

しかしメサイアがいないのにヴァグラスは何のために戦うのか?
そもそもメサイアがいないのにどうしてヴァグラスが活動出来ているのか?
謎だらけです。
いや、真の黒幕の存在を仮定すればその謎は謎でもなんでもないのですが、
真の黒幕の存在が確定しているわけでもない以上、その存在自体が大きな謎です。
真の黒幕の存在以外にも謎を解く答えは幾らでも想定は出来るのですから、
結局は全ては明確な答えが無い謎だらけの状態となります。

これまでは話はシンプルでした。
ヴァグラスはメサイアが現実世界に出てくるために必要なエネトロンを奪いに来ていたので、
ゴーバスターズはこれを阻止すればよかったのです。
しかしヴァグラスの行動の目的も謎となってくると、ゴーバスターズのスタンスも変わらざるを得ません。
まずはヴァグラスの行動の目的や、彼らが何故存在し活動出来るのかという
根本的な謎を解明していく必要があります。

つまり、これまでのように攻めてくる敵を力任せに撃退していればいいのではなく、
いろいろ調べたり探ったりしなければいけない。
場合によっては今回の亜空間篇のように亜空間のヴァグラス本拠の奥深くま
で潜入ミッションもこなす必要も出てくる。

これは要するに、ゴーバスターズという戦隊の持つ本来の姿である
「スパイ戦隊」の魅力を引き出すということであり、
ここからの「第二章」というものの目的は、
このようにむしろゴーバスターズが受け身ではなく能動的に攻めに転じて、
敵の内部に潜入調査していくようなスパイアクションを
改めてちゃんとやろうということではないかと思えてきます。

ただ、それは当初は無かった方針だろうと思います。
要するに路線変更の結果、スパイアクションの原点に返ったような
「第二章」が始まることになったのでしょう。

何故なら、この「ゴーバスターズ」という作品はOPテーマ曲の始まる直前のナレーションで
「ヴァグラスがエネトロンを狙って攻めてくるので
それを阻止して世界を守るために戦うのがゴーバスターズという戦隊である」という明確な世界観を述べており、
それに続くOPテーマも、ゴーバスターズの戦いが13年前の事件に始まる運命的な世界防衛の戦いだということを
謳い上げています。
これらは、ここまで描かれた第一章の世界観そのものと言っていいでしょう。

そのOPテーマが9月頭のMission28から変更になり、同時にOPナレーションに至っては無くなってしまいました。
これから始まる第二章には、このOPテーマやOPナレーションで述べられた世界観は合わないのでしょう。
新しいOPテーマの歌詞は要するに「仲間で力を合わせて戦えば無敵だぜ!」という極めてシンプルな内容であり、
前のOPテーマにあったような壮大なドラマ性などは有りません。
曲調も明るく軽快なノリで、前のOPにあった重厚さは無くなっています。
つまり第二章はドラマチックな展開よりも、痛快なスパイアクション活劇を目指すのではないかと思わせます。

極めて重大なことは、前のOPナレーションのエネトロンに関連した世界観が完全に消えていることで、
つまりもうエネトロン争奪戦はやらないのではないかと思わせるものがあります。
やはり、第二章はむしろゴーバスターズがヴァグラスの謎を探って
攻勢に転じて潜入調査などを行う痛快スパイアクションではないかと思えてくるのです。
そして、そういう第二章の内容に合わないから元のOPテーマから新OPテーマに変わり、
OPナレーションは無しになった。
そのようにも見えます。

しかし、スーパー戦隊シリーズでOPテーマ曲が変わることはこれまでに例がありません。
「カーレンジャー」でバージョンが変わったり、
「メガレンジャー」で1コーラス目から2コーラス目に変わったりしたことはありますが、
これらの例は曲そのものは変更になっていませんから、そこに込められたテーマも変わっておらず、
今回のゴーバスターズのように曲自体が完全に変わり、しかも曲に込められたテーマも全く違うケースとは
比較するようなものではありません。

どうして「ゴーバスターズ」以外の戦隊はOPテーマが変わらなかったのかというと、
それはたまたま変わらなかったわけではなく、もともと変えるつもりがなかったからです。
OPテーマは番組の顔ですから1年間同じものを使うことが大前提で、
1年間変えなくて済むものをあらかじめ作っているだけのことです。

つまりOPテーマの歌詞はその作品において1年間不変な要素のみで構成されているのです。
1年間不変の要素を作詞家に渡して、それをもとに歌詞を作ってもらうのです。
もちろん、歴代作品の中にはこれが上手くいっていない作品もあります。
例えば「ジェットマン」などはOPテーマの歌詞とドラマ内容が全然違います。
ただ、それでも「ジェットマン」はOPテーマを変えることはなかった。
ドラマ内容とズレたまま1年間通したのです。
ハッキリ言ってジェットマンのOPテーマはミスだと思いますが、
ミスがあっても一旦決めたOPテーマは変えないというのがスーパー戦隊シリーズにおけるOPテーマの持つ重みです。

それを「ゴーバスターズ」は途中で変えたのであり、
しかも変更前の物語前半においてはドラマ内容とOPテーマの歌詞は見事にマッチしていた。
それを途中で急に変えるわけですから、ドラマ内容を変えようという、
よほどの強い意思があったと見るべきでしょう。

「ゴーバスターズ」の場合、旧OPテーマは歌詞内容はかなり明確で具体的で、
あの歌詞に合致した第一章のドラマ内容で本当は1年間やろうとしていたと見受けられます。

そもそも新OPテーマ曲はもともと挿入曲として作られた曲であり、
OPテーマとして使われることが決まったにもかかわらず
結局シングルカットしてCDがリリースされることもないようです。
つまり本来は挿入曲だったものを急遽OPテーマ曲に使う羽目になったということです。
それは言い換えれば旧OPテーマ曲が急に使えなくなったからであり、
それは1年間使う予定で作っていた旧OP曲が使えなくなるぐらいの
ドラマ内容の大幅な変更が急に起こったことを示唆しています。

だいたいOP曲が途中で変わるという前例はスーパー戦隊シリーズでは無いが
仮面ライダーシリーズには「剣」「響鬼」という前例はあり、
これら2作はメインライターやプロデューサーの途中降板という、路線変更があったことを匂わせる作品であり、
「ゴーバスターズ」の場合はスタッフの目だった交替は無いが、
やはり「第二章」の件も含めて、同様に路線変更があったのではないかと思わせるものはある。

なおOPナレーションが無くなった前例ならば戦隊にも「オーレンジャー」という先例がありますが、
この「オーレンジャー」も途中で路線変更がなされたという噂の強い戦隊です。
OPナレーションの内容の途中変更という先例ならライダーで「ディケイド」もあるが、
この「ディケイド」もメインライターの途中降板といういわく付きの作品で、
明らかな路線変更があり、それに合わせたOPナレーションの文言変更が行われました。

このようにOPテーマやOPナレーションの変更というのは
スーパーヒーロータイムにおいては路線変更と不可分の関係にあるのです。

また、「単にドラマ内容が変わったからOPテーマも変えた」という単純な話でないということは、
このゴーバスターズのOPテーマの変更日を見れば想像出来ます。
ドラマ内容の変更に合わせてOPテーマを変えるのなら、第二章が始まる10月から新OPにするのが一番綺麗です。
ところが新OPはまだドラマ内容は第一章の終盤である9月の頭からオンエアされました。

第一章のラストエピソードであるMission30のクライマックスの戦闘シーンで流れたBGMは旧OPテーマであり、
まさに第一章を象徴する曲が旧OPテーマであったことを見事に証明していました。
ならば少なくともMission30までは旧OPテーマのままであるべきだったと思います。
それなのに9月冒頭のMission28から新OPを流すようにしたのは、
新しい仮面ライダーである「ウィザード」の開始に合わせたとしか考えられない。

つまり、新しいライダーが始まるのに合わせてスーパーヒーロータイムの気分を一新して
新たなスタートを切りたかったのでしょう。
本来は8月末で第一章を終えて、9月頭から第二章を始めるのが理想だったのでしょうが、
どうしても第1章が9月に3話こぼれてしまったので、
仕方ないのでOPテーマだけは9月頭から変えたというのが真相なのでしょう。

それはつまり「ゴーバスターズ」制作チームよりも更に上の、
スーパーヒーロータイム全体を統括する上層部からの意向が働いたことを想像させます。
東映上層部は「ゴーバスターズ」のもともとの路線をやめて
新たに痛快スパイアクション路線に変えて「ウィザード」の開始に合わせてリニューアルすることを希望し、
「ゴーバスターズ」制作現場はそれに出来る範囲で応えて、
上層部の希望の1ヶ月遅れにはなったが路線変更して第二章を始めることになったのでしょう。

ただ、完全な路線変更というわけではなく、
おそらく12月になると元の第一章の流れに回帰していくことになり、
そのままクライマックスに突入して、もともと予定していた結末で物語は終わることになると思われ、
本来予定していなかった痛快スパイアクション篇が
10月から12月上旬ぐらいにかけて挿入されるだけのことなのでしょう。
それでも上層部は良しとしたのであり、
とにかく物語後半の一定期間だけでも前半とは異なった路線でやってくれればOKというスタンスなのでしょう。

おそらく本来はこの第一章の最終エピソードであった亜空間篇の前後篇は
クリスマス商戦期に放送するエピソードであり、
そこから一気に真の黒幕との戦いに突入していく流れだったのではないかと思います。
「メサイアとの戦い」が「真の黒幕との戦い」と連続している方がテンポが良くて
クライマックスが盛り上がるはずだからです。

また、今回のMission30でクリスマスパーティーの飾り付けをしたまま亜空間に移動した研究所が
舞台となっていたということからも、
このエピソードは本来はクリスマス時期に放送される予定であったと連想させます。
この物語の最初から「クリスマスに研究所で悲劇が起きた」という点は強調されており、
亜空間の研究所を舞台にしてのクリスマスエピソードが1つのクライマックスであることは
予定されていたと思われます。

しかし今回のエピソードで、9月にしてその研究所は吹っ飛んでしまったわけですから、
こんな勿体ないことはない。
これは予定外のことだったのだと思われ、
本来はこの「メサイアとの戦い」はクリスマス時期に放送されるエピソードだったのでしょう。

ところが「メサイアとの戦い」を3ヶ月前倒しにして、
そこで一旦流れを切って、痛快スパイアクション篇の第二章を挿入してから、
クリスマス商戦期に再び「メサイアとの戦い」の流れに戻して
「真の黒幕との戦い」というクライマックスに移行していくという流れは、
あまり良い流れとはいえません。

前倒しした分、今回の「メサイアとの戦い」は唐突な印象になってしまいましたし、
いろいろ準備不足で、その影響で各キャラの言動に不自然な点も出ていました。
陣などはかなり影響を受けたと思います。
また、せっかく盛り上がった後、第二章でまたクールダウンするのもちょっと勿体ないといえます。
普通に番組終盤でクライマックスを一気に盛り上げた方が良いように思います。

しかし、そうした多少のデメリットは承知の上で、
それでも東映上層部としては一旦「メサイアとの戦い」は終わったという体裁にして
第一章の物語設定をリセットして、秋から第二章を挿入する方が良いと判断したのでしょう。
それはおそらく、このままクリスマス時期まで第一章、つまり当初の世界観で
物語を紡いでいくのは危険だと判断したからなのでしょう。

要するにこの「ゴーバスターズ」は序盤からかなり視聴率が低く、
これを放置したまま終盤の展開まで引っ張るというのは有り得ない判断だったということです。
つまり「テコ入れ」というやつなのですが、
「ゴーバスターズ」という作品のファンの人はこの「テコ入れ」という言葉にやけに拒絶反応をするようです。

しかし基本的に「テコ入れ」というのは良い意味の言葉であって、作品をより良くするために行うことです。
序盤から問題点があることが分かっている作品に対して何の手も打たずに放置する方が、
よほど作品に対する愛情に欠けた行為と言うべきでしょう。
前半のあれほどの低視聴率を見て何のテコ入れもしなかったとしたら、そっちの方がよほど問題でしょう。
「ゴーバスターズ」という作品を愛するからこそ、東映上層部も
「ゴーバスターズ」をより良くするために手を打ったわけですから、
それはむしろ誇って良いのではないかと思います。

大抵の作品は序盤は一見好調で問題点が発見されず、後半になってから問題点が出てきて人気が落ちますが、
後半になってから問題点に気付いても改善する余裕の無いまま番組は終わってしまいます。
それに比べて序盤から問題点が見えている作品は改善して上向きになる可能性が十分あるのですから、
その点むしろ恵まれています。
先述の「剣」も「響鬼」もテコ入れがあったと見られる作品ですが、共に後半は人気も上昇しています。
だからテコ入れされた「ゴーバスターズ」の第二章も大いに期待できると思います。

その「ゴーバスターズ」第二章が痛快スパイアクションになるのではないかと思う根拠は、
今回「メサイアとの戦い」を前倒しして強引に第一章を畳んだことによって、
エネトロン争奪戦という要素が無くなったように見えるからです。
あのOPナレーションが無くなったことやOPテーマが変更されたことも同様のことを示唆しています。

エネトロン争奪戦という設定こそが
ゴーバスターズのスパイ戦隊としての個性を殺していたように思うのです。
いつもヴァグラス側がエネトロンを奪うために様々な作戦を仕掛けてきて、
ゴーバスターズ側がそれを阻止するために戦うという構図は、
ゴーバスターズがヴァグラスに振り回されてばかりで、まるでエネトロン警備員のようです。
そこにスパイらしさは微塵もありません。

例年のスーパー戦隊もみんなこのように受け身で振り回されることが多いのですが、
他のスーパー戦隊の場合はスパイではないので、別に受け身でも振り回されてばかりでも不自然ではないのです。
そう考えると、ボウケンジャーなんかは結構上手くエージェントっぽさを出していたといえます。
ボウケンジャーは決して受け身ではなく自らターゲットに向かってアクションを起こし、
むしろボウケンジャーが敵を振り回すことが多かったと思います。
ゴーバスターズもあれぐらいやってくれればいいのですが、
彼らがエネトロンを守るという構図がある限り、どうしてもそれも限度があります。

それに「ゴーバスターズ」の場合、戦いの段階を進めていくためには
どうしても敵がエネトロン強奪を成功し続けないといけないので、
結局いつもゴーバスターズはエネトロンを奪われることになり、
敵を倒してはいるものの、エネトロンを守るというミッションには失敗してばかりということになってしまいます。

通常の戦隊なら敵を派手にやっつければOKなのですが、
ゴーバスターズの場合、「エネトロンを守る」という特命を受けて戦っている以上、
いくら敵をカッコよく倒してもエネトロンを奪われてしまっては
結局任務に失敗してばかりのカッコ悪い連中に見えてしまいます。
そもそも任務もまともに達成できないのではスパイ失格です。

アクション面でも他の戦隊はかなり派手に戦って敵を倒すので、その分カッコよく見えるのですが、
ゴーバスターズの場合はスパイなので基本的にアクションは地味です。
スパイというのは目立ってはいけないので基本的にアクションは地味になるのです。
だからゴーバスターズがスパイ戦隊である以上、特に等身大アクションは地味にならざるを得ない。
この作品が「ロボ戦重視」を謳っているのも、
スパイ戦隊である以上、等身大アクションではどうしても他の戦隊には勝てないということも理由の1つでしょう。

ただロボ戦を重視するあまり、常に等身大戦でフルメンバーが揃っていることの方が稀ということになってしまい、
地味な等身大アクションがますます地味になってしまっているのですが、
これはもうスパイ戦隊であることから来る悪循環なので、根本的にスパイ戦隊を止めることでしか解決しません。
しかしそこまで根本的な設定変更は出来ない以上、
スパイ戦隊であることから来る等身大アクションの地味さは受け入れるしかない。

ならば、その地味なスパイアクションをカッコよく見せる工夫をするしかないのだが、
それはいかにもスパイらしいクレバーさで相手を出し抜く爽快感しかないでしょう。
これがこれまでのエネトロン争奪戦の設定の中では、どうしても抑制されざるを得なかったといえます。
エネトロンをヴァグラスが奪っていかないといけないという設定上、
いつも出し抜くのはエンターの方であり、ゴーバスターズは常に相手に一枚上手をいかれてしまっていました。
つまりスパイの一番カッコいいクレバーに相手を出し抜く爽快感も無く、
しかもアクションも地味なのですから、どうにもカッコよくない。

このように「エネトロンを守る」という設定が
ゴーバスターズをカッコいいスパイ戦隊として魅せることを常に妨げてきたのであり、
その結果、作品の不人気に繋がったのだと思います。
だから、ヴァグラスがエネトロンを欲する元凶であるメサイアをここで一旦物語から退場させて、
ヴァグラスによるエネトロン強奪の動きを止めて、
ゴーバスターズを受け身でミスばかりの愚鈍なエネトロン警備員から、
本来の能動的でクレバーなスパイに戻してあげる必要があったわけです。

そしてスパイはスパイらしく、敵の隠している秘密を探って暴き出す任務に励むべきで、
それが一番スパイがカッコよく見える場面なのですから、
第二章はゴーバスターズがヴァグラスの秘密を探る展開になるのではないかと予想するのです。

この物語はもともとストーリーとしてはとても上手く出来ているとは思います。
ただ、それは「上手く出来ている」だけのことであって「面白い」とは別です。
世の中には「上手く出来ているストーリー」を好む人がいて、
そういう人がこのお話を好きだから「面白い」と言っているだけなのですが、
この作品のメインターゲットである小さい子供たちは「上手く出来ている」話を好むのではなく、
ストレートに「面白い」ものを好みます。

この作品は「上手く出来ている」が、ストレートに「面白い」というわけではない。
だから子供に人気が無く視聴率も低くなったのです。
何故面白くないのかというと、キャラに魅力が乏しいからです。
キャラに魅力があればストーリーなど無くても面白くなるのは過去の戦隊でいくらでも例があります。
「シンケンジャー」や「タイムレンジャー」などはストーリーも上手く出来ていたが、
それ以上にキャラに魅力がありました。

どうしてシンケンジャーやタイムレンジャーはキャラに魅力があったのかというと、
彼らが侍として、あるいは未来人として魅力的に描かれていたからです。
ところがゴーバスターズはスパイというコンセプトであるのにスパイとして魅力的に描かれていない。
他の面でいくら魅力的に描いても、
そのキャラの一番重要な側面で魅力的に描かれていなければ魅力は無いのです。

大道芸が出来ても、エンジニアになる夢があっても、普通の女の子らしさがあっても、
それらはみんな本文のスパイとしての魅力が描かれていてこそ映えるのであって、
スパイとしては魅力的に描かれていない彼らはどんな小細工をしても魅力的になどなりません。

そういえば「エネトロン警備員」という設定と共に第一章終了と同時に消え去りそうなのが、
彼らが13年前の研究所の人達を救い出すために戦っているという設定です。

今回のMission30でヒロム達はメサイアごと自分達の親も含む研究所の人達を殺してしまい、
彼らを救い出すという望みを自ら断ちました。
おそらくこのまま終わるはずはなく12月以降の終盤の流れの中で
研究所の人達を救い出す方法が浮上してくるはずです。

たぶんMission30でチラリと映った陣マサトの本体のように見える寝たきりの身体、あれがカギとなるのでしょう。
おそらくあれは生身の肉体ではなく、データ化された人を元に戻すための人工的な復活体のようなもので、
まだ未完成のようですが、それが終盤には完成のメドが立つのでしょう。
それはおそらく今回メサイアの急激な進化を促したプログラム、
つまり迷路回に出てきた工藤教授の研究がカギとなるのではないかと思います。

何にしてもメサイアも12月には復活するのでしょうから、
その時に研究所の人達の無事も確認され、
マサトの研究している復活体がカギとなって、
更に真の黒幕の存在も絡んで物語は急激な展開を見せていくと思われますが、
それはあくまで12月以降のことであり、
第二章に入ってしばらくはヒロム達は研究所の人達はもう死んでしまって救い出せないと
思い込んだままだと思います。

つまり「研究所の人達を救いたい」という想いは
第二章においてはヒロム達の中からは消えたままということになります。
そして、それは今回「メサイアとの戦い」を繰り上げて第一章を強引に閉じた流れの中で方向づけられたことです。
つまり、どうやら「研究所の人達を救いたい」という感情もまた
第二章への移行においては邪魔だったということです。

実際、この設定は制作側が持て余していた印象です。
この感情はヒロムの性格を決定づけるような重要な要素だったはずなのですが、
結局ちゃんと描かれることがほとんど無かったといえます。

本来はヒロムは「研究所の人達を救い出すという約束を守るために戦う戦士」という設定であったはずです。
序盤はそのように描く姿勢は明確に見えました。
Mission4では黒木司令官と衝突しかけるまでいきました。
しかし、その後ヒロムのこの特性は急速に影を潜め、
その後は特命部の皆と打ち解けていって、ごく普通の「世界を守るために戦う戦士」になっていき、Mission10では遂に自分の戦う動機を「世界の誰にも自分と同じ悲しみを味あわせたくないから」という、
ヒーローの模範解答みたいなことを言うキャラになってしまいました。

まぁこういう正統派ヒーローキャラ自体が悪いわけではないのですが、
序盤であそこまでヒロムというキャラの方向づけをしてしまった上でのこの軟化っぷりですから、
ヒロムはちょっと本音のよく分からない、ちょっと変な人になってしまいました。

結局、序盤で打ち出した、下手すれば世界を守ることよりも13年前の約束を優先しそうな
トンガったヒロムのキャラを描ききることが出来なかったのでしょう。
覚悟を決めてとことん描ききればそれはそれなりに面白くなったと思うのですが、
結局はどうも持て余してしまったようです。
そんな特殊なヒーローが周囲と衝突していくのを描くよりも、
普通に正統派のヒーローとしてヒロムを描くことを優先したのでしょう。

だが序盤で打ち出したヒロムというキャラの方向性が消えて無くなったわけではないので、
結果としてヒロムは正体不明のキャラになってしまい、
演じる側も演じさせる側も上手くヒロムというキャラを掴めず、
別に腹が立つこともないはずなのにいつも怒っているという変なキャラになってしまったようです。

たぶんもともとは約束を果たすために周囲と衝突するヒロムにとっては
周囲は腹の立つことばかりだったはずです。
だから不機嫌でも意味は分かるのであり、
そこで葛藤するヒロムを描くことで、よりヒロムのキャラも深まったはずです。

ところがヒロムというキャラが急速に周囲に妥協して模範的ヒーローになってしまい、
ヒロムの最初に設定されていた性格と合致しなくなってしまい、
周囲はみんなヒロムに優しいのにヒロムは何故か不機嫌という、
かなり印象の悪いキャラになってしまいました。
これによって主人公のヒロムのキャラに魅力が無くなってしまったのは
番組の人気にかなり大きなダメージを与えたことでしょう。

この問題を解決するためには、ヒロムはこのまま模範的な正統派ヒーローとしていきつつ、
ヒロムの性格の頑なさの根源となっている「13年前の約束」そのものを無くしてしまうしかない。
そうしてヒロムを普通の正統派ヒーローに生まれ変わらせて第二章に突入するのです。
そのために今回、13年前の約束に決着をつけたのです。

「約束を果たして研究所の人達を救い出す」という処理の仕方もあったとは思いますが、
そういう結末は終盤に残しておかねばならないので、
ここでは一旦約束を破って研究所の人達が死んでしまったかのような状況を作って、
それによってヒロムというキャラを13年前の約束の呪縛から解放したのでしょう。

こうしてこの作品の構造的な欠陥を解消したことによって、
「ゴーバスターズ」という作品は10月からの第二章で
明朗快活な主人公たちによる痛快スパイアクション活劇に生まれ変わり、
能動的に敵陣に攻め込んでいくという、これまでシリーズにあまり先例の無い戦隊となり、
そして最終的には全ての謎が暴かれて大団円を迎える壮大なクライマックスに向かっていくのではないかと
期待したいと思います。

まぁこの作品の問題点としては
意味の分からない弱点設定や、バディロイドの存在意義の無さ、動きが無さすぎるコクピットアクションなど、
まだあまり改善の兆しが見えないところも残っているので、人気が一気に好転するのかどうか微妙ですが、
それでも今回の、クライマックスの展開を中盤に持ってきたという決断は結構思い切った判断と思われ、
まだ何とか盛り返そうという制作側の気概は感じることが出来ましたので、
期待はしてもいいんじゃないかと思いました。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 20:26 | Comment(0) | 特命戦隊ゴーバスターズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月12日

海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE 感想その18

さて、この映画のエピローグはアシュラーダを倒して戦いを終え、変身を解除した後の
マーベラス一味とギャバンの海辺の公園での場面です。
アシュラーダとの戦いの後、少し時間は経過しているようで、だいぶ太陽は西に傾きつつあります。

その公園に佇むマーベラス一味の面々の中で、
ギャバンの戦う姿をこれまで仲間の中でただ1人まともに見たことのなかった鎧は、
巨大化したアシュラーダにマーベラスと共に「ギャバンマーベラスダイナミック」を炸裂させて倒した
ギャバンの雄姿を見て、すっかり魅了されてしまったようで
「いやぁ〜・・・カッコよかったぁ!」と、また色々と勝手なことを妄想してヘラヘラしています。
もともとスーパー戦隊のレジェンド戦士たちにも異常なミーハー的な行動をとる鎧は、
ああいうギャバンのような正統派ヒーローにすぐ心酔してしまう傾向が強いようです。

鎧ははしゃいでハカセの方に振り返って縋りつき、
「俺、ギャバンさんのファンになっちゃいそうです!」とキャピキャピと告白しますが、
そんなことハカセに告白しても仕方ない。ハカセも困った顔をしています。
鎧もこれはギャバンに直接言うべきことだと思ったようです。
実際、鎧はこういう恥ずかしいことを本人相手に平気で言える特異なキャラですので、
「ねぇギャバンさん・・・」とさっそくギャバンに話しかけようとしますが、鎧の近くにギャバンはいません。
1人で妄想世界に浸っていた鎧の知らないうちに、何時の間にかギャバンは何処かに行ってしまったようです。

それどころか、鎧に縋りつかれて困った顔で辛うじて対応しているハカセを除いては、
誰1人、鎧の話をまともに聞いてすらいませんでした。
ジョーもルカもアイムも、じっと黙って鎧にそっぽを向いて、全然別の方向を眺めて突っ立っています。

何か自分一人取り残された感じに戸惑って、鎧は慌ててキョロキョロしてギャバンの姿を探し、
ちょうどジョー達の視線の向いた先、少し離れた海沿いの塀のところに
ギャバンとマーベラスが一緒に立っているのを見つけ、
ギャバンがいなくなったわけではなかったと知って安堵し、キャハハと喜んでそちらに向けて駆け出そうとします。

するとルカとハカセが慌てて鎧をふん捕まえて、とりあえず恒例の肘打ちを喰らわせてから、
口を塞いで黙らせます。
ジョー達4人が黙って距離をとってマーベラスとギャバンを見つめていたのは、
2人の会話を邪魔しないようにしていたからであるようです。
鎧だけ妄想世界に浸っていたのでそのことに気付いていなかったのでしょう。

どうしてジョー達がマーベラスとギャバンの2人だけの会話を邪魔しないようにしていたのかというと、
それはもちろん気を利かせたからです。
アシュラーダとの最後の巨大戦の過程で、マーベラスがギャバンに対して
父親のように思慕する気持ちがあることを知ったジョー達は、
ギャバンが地球を去ってしまう前にマーベラスに父と接する息子の気分を味わってもらおうと思いましたが、
直接そういうことを言えばマーベラスはきっと照れて反発して逆効果になってしまうだろうと予測がつくので、
こうして何も言わず自然にギャバンとマーベラスが2人きりになるように、わざと2人から離れて立っていたのです。

その気遣いを鎧がブチ壊しにしかけたので、ルカとハカセは鎧の行動を阻止し、
マーベラスとギャバンの様子を見守る態勢をすんでのところで維持したのです。
鎧もルカとハカセの行動によって4人が何を考えているのか理解し、大人しくなりました。

しかし、このジョー達の気遣いは、本人たちは上手く気を利かせた行為のつもりだが、
何せそういうことに不慣れな連中なので、マーベラスから見ればジョー達の意図はあまりにミエミエで逆に照れ臭い。
が、黙って気遣いしてくれているジョー達に悪いので、ギャバンと2人で立っていますが、
ジョー達の視線を感じて恥ずかしく、マーベラスはギャバンに背を向けて塀にもたれています。
一方のギャバンはマーベラスの横で塀から身を少し乗り出して海の方を黙って眺めながら
「大きくなったなぁ・・・」と感慨深げに呟きます。

実の子のいないギャバンにとっては、父から引き継いだ志を受け継いでくれたマーベラスは
実の息子のように思える相手ではあった。
そして実の親の顔も知らないマーベラスにとっては自分に初めて男の志を教えてくれたギャバンは、
唯一追いつき肩を並べたいと思えた実の父親に等しい存在でした。
だが、本当の親子というわけではない。

いや、血の繋がりが無ければ親子の資格が無いというわけではない。
だが、2人はこの10年間一度も会っていないのです。
確かに2人の間に10年前に結ばれた絆は父と子の絆ではあるが、
それだけでこの2人がすんなりと父と子のような関係でベタベタ出来るわけではない。

ギャバンとしてはとりあえず、10年も会わないうちにあの小さな少年が
見違えるほどに大きな身体に成長したことに感嘆の意を表するしかありませんでした。
しかし、あまりに月並みな言葉だと自分で思ったギャバンは、
もちろんあの時の少年が大きくなったのは身体だけではないのだと思い直し、
マーベラスの方に振り向いて、マーベラスの横顔をじっと見て、
「・・・立派な男になった!」と力強く言って、ニッコリ笑います。

「立派な男」とはギャバンにとっては父親のボイサーのような男でした。
宇宙の人々の平和な暮らしを守るために、どんな強大な敵が相手でも、
どんな困難に立ち向かっても戦い抜く勇気を持った男です。
ギャバン自身、父に追いつき肩を並べるために「立派な男」を目指していたが、
何時の間にか道を間違えてしまっていました。

どうして間違えたのか?
ザンギャックと宇宙警察の関係などの諸原因はありますが、
根本的なところでは、先輩世代から引き継ぐことだけ考えていてはダメなのでしょう。
先輩世代から引き継いだものを後輩世代に引き継がせることまでやり遂げて、
それで初めて人は先輩世代の志を体現出来る存在となれるのです。

それをやり遂げたボイサーは「立派な男」であったが、
それを怠っていたギャバンは「立派な男」になりきれずにいた。
いや、どんな困難な戦いでも決して逃げない「立派な男」だからこそ
自然に後輩世代に影響を与えることが出来るのであり、
やはり困難な戦いから逃げていたからこそ自分は
後輩世代に影響を与える「立派な男」にはなれていなかったのだろうとギャバンは思いました。

だから、ギャバンはマーベラスが自分の影響で強大なザンギャック相手でも人々を守るために
困難な戦いをやり遂げることの出来る、ボイサーのような「立派な男」に成長したことを知った時、
ギャバン自身が再び「立派な男」になる道を見出すことが出来たのです。

では、どうしてマーベラスが「立派な男」であるのかというと、
それはマーベラスが既にその志を後輩世代に引き継がせることの出来る存在となっているからです。
「立派な男」だからこそ後輩世代に影響を与えることが出来るのであり、
後輩世代へ影響を与えていることが「立派な男」である証ともいえます。

マーベラスから見て後輩世代というと、チビっ子たちということになるが、
ギャバンは実際に地球の子供たちがマーベラスのような「立派な男」になりたいなどという
影響を受けているのかどうか知らない。
だが、マーベラスは志を同じくする仲間たちに影響を与えてきている。
だからきっとマーベラスやその仲間達は地球の子供たちにもその志を引き継がせる、
良い影響を与えているのであろうとギャバンには思えました。

そうした感慨のこもったギャバンの言葉を聞き、
マーベラスはギャバンに横顔を向けたまま腕組みをして黙って立っています。
ジョー達の視線が恥ずかしいというのもありますが、
マーベラスにはそのギャバンの賛辞を素直に受け止められないという想いもありました。

確かにマーベラスは10年前にギャバンと出会った時、
人々を守るためにザンギャックと戦える強い男になりたいという夢を抱いた。
そして現在マーベラスは仲間たちと一緒に地球の人々を守るためにザンギャックと戦っている。
つまり、自分はどうやら子供の頃に抱いた夢をずっと持ち続けていたようであり、
その夢を叶えた、いや戦いは続いている以上、叶えたというよりは、夢を掴むために戦い続けているといえる。
そして、それはギャバンの目指す夢と同じものであるようです。
だからギャバンは自分のことを「立派な男」だと褒めてくれているというのはマーベラスには分かりました。
だが、マーベラスは自分にはその「立派な男」とは違う面もあるのだと思いました。

実は今回ギャバンが10年前の命の恩人ではないかという疑惑を抱いた時にマーベラスが最も危惧したことは、
「宇宙最大のお宝」を掴み取るという自分の10年来の夢が単なる勘違いの産物であることが判明して、
お宝探しの気力が無くなってしまったらどうしようかということでした。
そのモヤモヤを解消するために魔空空間にギャバンを救い出しに行こうとしていたところ、
それが仲間たちに背中を押されているうちに何時の間にか自分の夢の原点を確かめる亜空間への旅に変わっていき、
そのままの流れでギャバンを救い出し、ブートレグやアシュラーダを倒すまで戦いに次ぐ戦いとなりました。

その戦いが終わって、ようやく落ち着いて自分の夢の原点探しの旅の結果を振り返ってみると、
結論として10年前の少年だった頃の自分の夢の原点は、
人々を守るためにザンギャックと戦うヒーローになることであり、
それは「宇宙最大のお宝」とは何も関係はありませんでした。
つまり、10年前の自分が自分の「素晴らしい未来」が「宇宙最大のお宝」を掴み取ることだと思ったのは、
やはり勘違いだったということがハッキリしたのです。

だが、意外にも、それによってマーベラスの「宇宙最大のお宝」を掴み取ろうという意欲は
一切損なわれることはなかった。
全く以前と変わることはなかったのです。
「宇宙最大のお宝」という夢の原点が勘違いだったとハッキリしないうちは、
それを知ることによって自分の気力が萎えてしまうのではないかとあれほど恐れていたのだが、
いざ結論が出て、「宇宙最大のお宝」という夢の原点が勘違いだったとハッキリしてしまうことによって、
その結論を知っても意外に自分は平気であることにやっと気付くことが出来たのでした。

どうして「宇宙最大のお宝」という夢の原点が勘違いだったと分かったのに
自分にとって「宇宙最大のお宝」という夢が全く色褪せることなく、
以前と変わらずそのお宝を掴もうとする気持ちが強いままなのか?
それは原点は勘違いだったかもしれないが、
「宇宙最大のお宝」という夢は自分の中でやはり本物になっているからだとマーベラスは思いました。

つまり、マーベラスとギャバンが血の繋がりの無い偽物の親子であるゆえにこそ、
現実にマーベラスがギャバンを父として慕う想いはむしろ本物だと強く確信できるというのと理屈は同じです。
「宇宙最大のお宝」というマーベラスの夢の原点が勘違いの偽物であると知ったからこそ、
現在現実に存在しているマーベラスの「宇宙最大のお宝」を掴み取ろうとする想いはむしろ本物であるということを
マーベラスは今まで以上に強く確信出来たのだといえます。

結果的に、今回、自分の夢の原点を確かめたことによって、
マーベラスは自分の「宇宙最大のお宝」という夢が10年前の勘違いから始まったことを知り、
そのお蔭で、来たるべきバスコとの決戦の前に、現在の自分の「宇宙最大のお宝」を掴み取りたいという想いが
本物であることをかつてないほど強く再確認することが出来たのです。
結果論ですが、「宇宙最大のお宝」の最後の争奪戦の前に今回の事件が起こったことは、
マーベラスにとっては自分の想いの強さを確認する意味で非常に有意義であったということになります。

普通に考えれば原点が勘違いだったと分かれば白けてしまいそうなものですが、
自分の「宇宙最大のお宝」を求める情熱は原点が何であったのかなど関係無いらしい。
それほどまでに「宇宙最大のお宝」は自分にとって必要なものであるらしい。
それほどの情熱がいったいどうして生じたのだろうかとマーベラスはふと不思議には思いましたが、
あまり難しいことを考えるのは苦手なマーベラスは、とにかく今はそんなことはどうでもいいと思いました。

重要なのは、とにかく自分は「宇宙最大のお宝」を
絶対に仲間達と共にこの手で掴み取るという決意が固いということでした。
そして、それは同時に、自分はやはり本物の「お宝目当ての海賊」であるということでした。
もはやそのことを恥じる気持ちなどマーベラスには微塵もありませんでした。

自分が「宇宙最大のお宝」を欲しくてたまらない「お宝目当ての海賊」であったからこそ、
アカレッドや仲間達との出会いがあり、レンジャーキーを集めてこうして地球にやって来て、
地球の人々やレジェンド戦士たちとの出会いを経て、地球を守ってザンギャックと戦うようになり、
そうして今回ギャバンと再会して10年前の夢を叶え、ギャバンに「立派な男」と褒められるまでの男になれたのです。

だからマーベラスは自分が「お宝目当ての海賊」であるということで
もはやギャバンに対して引け目は感じることはない。
ただ、ギャバンがせっかく褒めてくれている「立派な男」という言葉の定義と
「お宝目当ての宇宙海賊」はズレがあるとはマーベラスは感じていました。

ギャバンの言う「立派な男」というのは、人々を守ってザンギャックと戦う勇者のことを指しているのでしょう。
自分には確かにそういう側面はある。
だが、そうではない「お宝目当ての宇宙海賊」という側面もまた本当の自分なのです。
だから、そんな自分をあまり「立派な男」だなどと手放しで褒めるのは、ちょっと褒め過ぎだと思い、
マーベラスはフッと軽く鼻で笑い、ニコニコ笑っているギャバンの方に顔を向け、
「・・・海賊だぜ・・・?」と言いました。

自分の成長を喜んでくれている余り、つい熱くなって褒め過ぎてしまっているギャバンを
軽く諭したつもりのマーベラスだったのですが、
ギャバンがそのマーベラスの言葉に間髪入れずに「見た目じゃない!」と軽く𠮟るように返してきたので、
マーベラスはハッと目を見張り、もしかしたら自分の方が今、深く考えず
軽薄なことを言ってしまったのかもしれないと思い、恥じるように目を伏せました。

自分がお宝目当ての海賊であることも、地球の人々を守るために戦う男であることも、
どちらも本物の自分の姿でした。
だが、それらはあるいは表に現れた「見た目」の姿に過ぎないのかもしれない。
自分の本質はまた別にあるのかもしれず、それがまだ自分には見えていないのかもしれない。
やはり自分は未熟者だと思い、マーベラスは少し凹みました。
そのマーベラスを慰めるようにギャバンは柔らかい笑顔をマーベラスに向け、
しみじみと言い聞かせるように「・・・いい男だ」と言います。

ギャバンはマーベラスが自分自身のことを海賊だと言って、
それが「立派な男」とは別物であるかのように言うのを聞いて、
マーベラスがまだ自分の本当の「素晴らしい未来」が何なのか分かっていないことに気付きました。

確かに10年前にマーベラス少年が夢見たのは
ザンギャックと戦って人々を守ることの出来る強い男になることだったのだろう。
そして10年経って地球の人々を守って戦うようになるまで成長したマーベラスを
ギャバンが「未来を掴んだ」とか「立派な男」だと言って褒めている。
それだけのことだとマーベラスは思っているのだろう。

だが、それだけではないのです。
人々を守るためにザンギャックと戦い、素晴らしい未来を掴もうとするのならば、
その行き着く先は「ザンギャックのいない平和な宇宙」へとこの宇宙を変革する道しかないのです。
それは言い換えれば、この宇宙を支配するザンギャックへの反逆の道であり、
この宇宙を統治するルールへの反逆の道です。
ギャバンはマーベラスがそこまで行き着ける男だと見込んで「立派な男」だと褒めているのです。

そこまでマーベラスに期待をかけることが出来る根拠は、マーベラスが海賊であり、
この宇宙の悪しきルールに対する自覚的な反逆者だからです。
つまり「海賊」であることはギャバンの言う「立派な男」の1つの必須条件なのであり、
海賊だから「立派な男」ではないというようなことをマーベラスが言うということは、
マーベラスが自分の行き着くべき運命、自分の為すべき宿命に未だ気付いておらず、
中途半端な理解しかしていないことを表しているとギャバンは気づいたのでした。

ただ、だからといってその宿命についてギャバンがマーベラスに懇切丁寧に教えてやるわけにはいかない。
10年前の少年に対してすら、ギャバンは掴み取るべき「素晴らしい未来」の内容を
少年にあれこれ指示したりはしませんでした。
それは自分で見つけなければ意味は無いのです。
ましてや立派に成長したマーベラスに今さら行くべき道筋を細かく指示する必要など無い。
当然マーベラスはその道を自分で見つけるべきであり、
おそらくいずれ自力で見つけることになるだろうとギャバンは確信していました。

だからこの場ではギャバンはマーベラスが未だ自分の宿命の全てに気付いていないことに気付きつつも、
ではその「見た目」ではない本当の「立派な男」がどのようなものであるのか具体的には説明はしませんでした。
いや、マーベラスが海賊が「立派な男」ではないと勝手に勘違いしているのなら、
それはそれで放っておいてもいいぐらいでした。
今は勘違いしていても、マーベラスがこのままザンギャックと戦い続けていく限り、
どうせいつかは自分が海賊であることの真の意義に気づくことになるはずだからです。

だが、ギャバンはこの場でマーベラスを教育することが目的なのではなく、
このもうすぐお別れという場において、ギャバンなりにマーベラスを褒めたくて喋っているのです。
だからマーベラスが変な勘違いをしておかしなツッコミを入れてきたので、
軽く叱って黙らせて、その後、褒め続けたい。
しかしマーベラスがまだ自分の本質に気付いてない以上、その部分はあえて今は具体的に褒めるわけにいかなくなり、
仕方なく「いい男」という、なんとも漠然とした表現でもって褒めたのでした。
とにかく海賊であっても「いい男」なのだから、黙ってここは褒めさせておけ、
というのがギャバンのマーベラスに向けたメッセージであったといえます。

そのあまりに漠然として、それでいて断固としたギャバンの言葉を聞いて、
マーベラスは海賊であることも含めた自分の本質について、ギャバンはあえて教えるつもりがないのだと悟りました。
それはつまり、答えは自分で見つけろということなのであろう。そうマーベラスは理解しました。

そしてギャバンはまだ完全とはいえないまでも立派に成長したマーベラスを一応こうしてひととおり褒めた後、
一番マーベラスに伝えたかった言葉を言うためにマーベラスに一歩近づき、
マーベラスの左肩にポンと自分の左手を置き、
マーベラスの顔からは顔を背けて海を見ながら「嬉しいよ・・・!」と声を震わせました。

ギャバンがマーベラスに一番伝えたかったのは感謝の気持ちでした。
自分と肩を並べるまでに成長した息子と共に戦うことが出来るのは、父親としてこれ以上は無い喜びでした。
実の息子のいないギャバンには生涯そのような機会は訪れないであろうと諦めていましたが、
マーベラスが自分の志を引き継いで成長し、自分にそうした人間としての最高の喜ばしい機会をもたらしてくれた。
そのお蔭で自分も人間の心を取り戻し、再び戦う心を甦らせることが出来た。
そのことがギャバンは涙が出るほど嬉しく、
マーベラスにそのことについて感謝の気持ちはどうしても伝えたかったのでした。

そのギャバンの震える声を聞き、左肩に置かれた手から伝わる熱い想いを感じて、
マーベラスもまた改めてギャバンと共に戦えた歓喜の想いが込み上げてきて、前を向いたまま口元が綻びます。
が、嬉しさが込み上げてくると同時に寂しさも込み上げてきます。
どちらにせよ、別れの時は近づいているのです。

嬉しい想い、楽しい想いがありすぎると、別れが余計に寂しくなる。
だからマーベラスはどうせ避けられない別れを寂しいものにしたくないので、
あえてギャバンに余所余所しい態度をとろうとしていたのかもしれません。
それが思わずギャバンの言葉で嬉しくなってきてしまって、
マーベラスはこのままでは別れが寂しくなってしまうと焦り、
ギャバンの手の温もりから逃れるように、左肩に置かれたギャバンの手を振りほどいて
プイッとギャバンに背を向けて数歩動きながら「・・・とっとと帰れよ!」とわざとぶっきらぼうに言います。

そして立ち止まるとギャバンに背を向けたまま腕組みして
、少し身体を捩じってギャバンの方をチラリと見るような姿勢で
「・・・大変なんだろ?・・・宇宙警察・・・」と尋ねるように言うのでした。
その目は寂しげで、どこか拗ねているような感じです。
マーベラスはギャバンが単に任務が終わって帰っていくだけではなく、
戦うために帰っていくことが分かっているのです。

マーベラスの推察の通り、
ギャバンは今回の戦いでザンギャックと戦う勇気の無かった過去の悪しき自分の分身ともいえるブートレグを
自分に見立てて殺したことによって、自分を既に一度死んで生まれ変わった身と考えて、
これからは命は捨ててかかってとことんザンギャックと戦うつもりでおりました。
それはマーベラスのようにザンギャックによって維持されるこの宇宙の既存の秩序やルールと戦うということです。

ただ、ルールと戦うといっても、
ギャバンの場合はマーベラスのように海賊となってルールを破って暴れ回るという戦い方は選びません。
海賊となって暴れるのも悪くはないが、人にはそれぞれ立場に見合った最も有効な戦い方というものがあります。
ギャバンは宇宙警察所属の宇宙刑事、それも伝説の宇宙刑事といわれるほどの
第一級の刑事という特別な立場なのですから、その立場に見合った「ルールとの戦い方」というものがあります。

それは、ザンギャックに手を出せない宇宙警察の既存の悪しきルールを撤廃し、
宇宙警察をザンギャックの非道な行為にも立ち向かい宇宙の人々を真に守ることが出来る組織へと
生まれ変わらせるという戦いです。

幸いこれまで真面目に職務に励んできたお蔭でギャバンには
そうした戦いに打って出ることが出来るだけの地位と名声があります。
それを活かして戦うのがマーベラス達とはまた一味違う大人の戦い方というものです。
ただ、「大人」といっても、もちろんギャバンは変に妥協的に戦うつもりは一切ありません。
本気の命懸けの覚悟で果断に戦います。
宇宙警察を生まれ変わらせるためにはかなり手荒なことをするつもりであり、
戦場に臨むのと同じ、命の遣り取りをするつもりでいます。

つまり、先だってザンギャックに殺されたウィーバル総裁と同じような命懸けの危険な戦いに臨むということです。
ザンギャックは当然、宇宙警察を骨抜きのままにしておくため、ギャバンの組織改革を潰しにかかるであろうし、
宇宙警察内のザンギャックの同調者を使って、ありとあらゆる卑劣な妨害工作を仕掛けてくるでしょう。
それに対して一歩も退かない戦いをする以上、ウィーバルの場合と同様、ギャバンにも危険が迫ることになりますが、
ギャバンはもちろんそんなことは覚悟の上です。

そのようにギャバンがこれから宇宙警察を舞台としてザンギャックと命懸けで戦う覚悟であることは
マーベラスにも予測はついています。
これまでマーベラスはそういう覚悟を持つ奴と出会ってきた時、
すなわちジョーと出会った時も、ルカと出会った時も、ハカセと出会った時も、
アイムと出会った時も、鎧と出会った時も、いつも一緒に旅をする仲間にしてきました。
そのようにして同じようにザンギャックと戦う意思を持つ者同士、
仲間として死ぬも生きるも一蓮托生の方がスッキリして分かりやすかった。

しかしギャバンは一緒に旅をする仲間にするわけにはいかない。
ギャバンの戦う場は宇宙警察でなければならないからです。
だからマーベラスはここでギャバンと別れなければならない。
しかも互いに命懸けでザンギャックと戦う以上、このまま二度と生きて会える保証は無い。
今までザンギャックと戦う覚悟が気に入った相手は一緒に旅をする仲間にしてきたマーベラスには、
こういう別れは初めての経験でした。
しかもこの今生の別れになるかもしれない相手は、父のように思える相手であるギャバンです。
別れが寂しくならないはずがない。

だからマーベラスはあえてギャバンと心の距離を置いて別れが寂しくなりすぎないようにしていたのです。
それがギャバンの温かい言葉でマーベラスも熱い気持ちになってしまい、
これでは別れが辛くなってしまうと思って慌ててギャバンから離れ、
どうせ二度と再会できないかもしれない戦いに行くクセにとばかりに
ギャバンを恨めしそうに睨むマーベラスであったわけですが、ギャバンにしてみてもそれは同じことでした。

共に命を賭けた戦いに赴く以上、これが今生の別れになるかもしれないということは分かっているし、
ギャバンだって寂しい想いはあります。
しかし、同じ志をもって戦う者同士がいつも同じ場所で戦うことが出来るわけではない。
宇宙の別々の場所で志を同じくする者達がバラバラになって戦うということは当然有り得るわけで、
むしろ本気でザンギャックを倒して宇宙を変革していくのならば、そういう展開にならねばならない。

だからマーベラスはその状況を受け入れるべきだとギャバンは思い、
マーベラスに近づくと再びその両肩を背後から今度は両手でグッと強く掴み、
安心感を与えるようにニッコリと笑顔を見せます。

たとえどんなに離れて戦っていても、同じ志を持っていれば心は繋がっている。
それはこの10年間ずっと離れ離れであった自分達が、
あの10年前の一瞬の邂逅によって10年間ずっと心が繋がっていたことによって
何よりも雄弁に証明されているはずだとギャバンはマーベラスに無言で伝えたのでした。

マーベラスにも両肩の温もりを通してその想いは伝わり、
マーベラスはフッと微笑むと、その想いを確信に変えるために右手をそっと自分の左肩に回して、
自分の肩を背後から掴むギャバンの左手に自分の右手をポンと載せて掴み、
離れ離れになっても心は1つであること、
そしていつか生きて再会することを無言で自分の心に誓ったのでした。

そのようにしてようやくマーベラスとギャバンが手を取り合う形となったのを見届けて、
少し離れて2人を見守っていた仲間たち5人は安堵の笑みを漏らします。
2人の間でどんな遣り取りが交わされたのかは分からないが、
とにかく良い時間を過ごすことが出来たようだと5人には思えました。

しかし、幸福な時間が長くなりすぎると別れはいっそう辛くなるのも確かに事実であり、
これから別々に戦いに赴く2人の至福の時間はこれぐらいが程よいのであろうと思ったジョーは、
少し申し訳なさそうにフッと目を伏せると、ゆっくり2人の方に歩きだして「マーベラス・・・」と声をかけました。

同時に他の仲間たちも歩き出してマーベラスとギャバンに近づいていきますが、
その中で一番ギャバンと話したくてウズウズしていた鎧が、ようやくその許可が出たと思って大喜びで駆け出し、
あっという間にジョーを追い抜いて先頭に立ち、ギャバンの前に駆け込みます。
マーベラスとギャバンは握り合っていた手を離して仲間達の方に振り向き、
鎧はギャバンに向かってペコペコ頭を下げながら
「あ、改めまして!初めまして!俺!ゴオオオオカイ!シルバアアアッ!こと、伊狩・・・」と、
毎度のごとく派手なポーズ付きの生身名乗りで自己紹介しようとします。

ここでバックにはこの映画の主題歌である「JUMP」のイントロが流れ始め、
この映画も遂にフィナーレに近づいてきますが、
主題歌をバックにしながらも、EDのイメージ映像ではなく、まだドラマは続いていきます。
結局上映時間のほぼ全部を使ってドラマを描くわけで、なんとも密度の濃い作品です。

ちなみにこの「JUMP」という曲は、
「海賊戦隊ゴーカイジャー」の主題歌を唄う松原剛志氏と
「宇宙刑事ギャバン」の主題歌を唄う串田アキラ氏の2人がデュエットする、この映画のために作られた曲で、
「ゴーカイジャー」関連の劇場版で主題歌が新たに作られたのは実はこれが初めてです。

この「JUMP」という曲の歌詞はこの映画のテーマそのものを謳い上げたものとなっており、
サビで繰り返される「LET’S JUMP!」というフレーズはおそらく
「烈ちゃん」という、1982年の「宇宙刑事ギャバン」TV本編におけるギャバンの地球における仮名
「一条寺烈」の愛称に掛けてあるようです。

この主題歌がバックで流れる中、ドラマはまだ続いていきますが、
ここからは賑やかにフィナーレを迎えようという趣向のコミカルな場面となっていき、
まずギャバンに迷惑で派手な自己紹介をかまそうとしていた鎧が、
後ろからやって来たルカに邪魔者を払うように引き倒されてしまい、「あったぁ!?」と地面に転がります。

うるさい鎧をそうして黙らせたルカは「あたしルカ!」とギャバンに挨拶します。
そういえばまだマーベラス一味の他の面々も正式にギャバンに挨拶をしていなかったのでした。
ハカセもルカの後ろに立ち「僕、ドン・ドッゴイヤーです」と挨拶し、
アイムも「私・・・」と自己紹介しようとした時、
地面に倒れ込んでいた鎧が「わああああああ!!」と大声を上げました。

鎧が声を上げたのは、そこに元バトルケニアの曙四郎と元デンジブルーの青梅大五郎がやって来たからでした。
2人は笑顔で並んで歩いて来て、曙が「よぉ!ギャバン!良かったなぁ!」と言い、
青梅も続けて「元気そうじゃないか!」と嬉しそうに言います。
するとギャバンは「青梅さん!曙さん!お久しぶりです!」と2人の前に進み出て、にこやかに握手しました。
曙、青梅、ギャバンという大葉健二氏の演じた3大ヒーローの揃い踏みです。

大葉氏が「バトルフィーバーJ」でバトルケニア曙四郎を演じたのが1979年、
「電子戦隊デンジマン」でデンジブルー青梅大五郎を演じたのが1980年、
そして「宇宙刑事ギャバン」でギャバン一条寺烈を演じたのが1982年であり、
この3人が顔見知りであるというこの「ゴーカイジャー」の物語設定の中では、
一応、年功序列で曙が一番上、次いで青梅、そしてギャバンが一番後輩という上下関係が成立しているようで、
ギャバンは曙と青梅に対しては敬語であるようです。
なお、ギャバンも曙や青梅が自分とそっくりな顔をしていることは特に気にしていないようで、
おそらく自分も含めた3人が顔が似ているという認識すら無いのでしょう。

さてしかし、この場に曙と青梅が揃って偶然に現れたとは到底思えませんし、
ギャバンが2人が来たことを特に驚いてもいないところからして、
これは偶然の出会いではなく、この場で待ち合わせていたのだと思われます。

考えてみれば当たり前の話です。
宇宙刑事であるギャバンにとっては今回の一件は立派な事件ですから、
刑事としての職務上、事件の顛末は全て把握しておく必要があります。
それでギャバンはアシュラーダを倒した後、
マーベラスに今回の事件で自分が把握していない部分についての説明を求めたのでしょう。

その中には、例えばマーベラス達がどうやって魔空空間に来ることが出来たのかというような
質問も当然あったと思われ、
それに対してマーベラスは曙と青梅のアドバイスでレンジャーキーを使って
魔空空間に行ったという事実を答えたのでしょう。
それでギャバンが旧知の曙と青梅に心配をかけ、世話になったことを知り、
2人に会って礼を言わねばならないと考えるのは当然であり、
さっそく2人に連絡し、この公園を指定して2人に来てくれるように誘ったのでしょう。

その曙と青梅の到着を待つ少しの時間を利用して、
ジョー達がギャバンとマーベラスの2人でゆっくり話をする時間を演出したというのが、
このエピローグの場面の真相であったようです。

そして曙と青梅の2人が約束通りにやって来て、ギャバンの無事の帰還を喜び、
ギャバンも今回の件の礼を言って、3人揃って談笑の場面となりますが、
鎧はその光景を眺めて、尊敬する3人のヒーローが揃って目の前にいることに感動し、
「3人・・・揃い踏み!ドドン!」と胸いっぱいの様子です。

その横でアイムは談笑する曙、青梅、ギャバンの顔を見比べ、
「・・・皆さん、やっぱり同じお顔なんですね・・・」と不思議そうに呟きます。
やはりアイムから見ると3人は同じ顔に見えるようです。
いや実際同じ顔なのですが、本人同士は同じ顔とは思っていないし、鎧にも明確な区別はつくようですから、
アイムとしてはやはり宇宙人の自分には地球人の顔の区別は難しいのだろうかと考えてしまいます。
まぁギャバンは宇宙人なんですが。

ルカも3人の顔をまじまじと見て「全く区別つかないわ・・・」と首を傾げます。
鎧はそんなアイムやルカの意見が全くナンセンスであると思うようで、
何をバカなことを言うのかとでも言いたげに立ち上がってまた何か変な香りがどうとかいう話をしようとしますが、
ハカセが「でも、よく見ると分かるよ・・・」と言うので、
遂にハカセがヒーローの見分け方に開眼してくれたのかと思い、鎧はハッとしてハカセの方を見ます。

ところがハカセは青梅を指さして「デンジパンって書いてあるし!」と言います。
青梅のエプロンに「デンジパン」という屋台の屋号がプリントしてあるから、
デンジマンのデンジブルーだと分かるのだという反則のようなハカセの識別法は
結局、対象の人間の本質を見て区別しようという方向性を完全に放棄しています。

それが鎧には邪道だと思えるようで、鎧はハカセの方に飛んでいき、青梅を指さす手を下ろさせて
「見た目じゃありません!アンパンの香り!サバンナの香り!ドドン!」と、
やはり臭いで区別する謎理論を展開します。
臭いで区別するのは人間の本質で区別することになるのかどうかよく分かりませんし、
だいたいギャバンは何の香りなのかもよく分からないのですが、
何故かジョーまで「そうだな・・・」と鎧の謎理論に賛同します。

そうしてバタバタするマーベラス一味の面々を見て、
曙と青梅はまた自分達の顔が似ているとか変なことを言っているのだろうと思い、面白そうに眺めます。
ギャバンも自分と曙や青梅が似ているなどとワケの分からない事を言う
変な(?)人がたまにいることは知っていますから、笑って鎧たちの方を見つめます。

すると、ここでとんでもないサプライズが起こります。
突然、並んで立つ曙、青梅、ギャバンの3人に向かって
上の方から「勇者たちよ!」という呼びかける声が聞こえてきたのです。
3人が驚いて振り返って天を仰いだ場面で、画面は黒バックにワイプで左側に浮かび上がる小さなサイズとなり、
右には縦ロールでスタッフとキャストのテロップが流れ始めます。

それでもまだドラマは続いていきますが、
この不思議なシーンは続いて天から聞こえてくる声が曙と青梅とギャバンに向かって
「かつての子供たちは、まだ一度もお前達3人が一緒に変身するところを見ていない・・・」と威厳ある声で語りかけ、
「ここで、見せてあげてはどうかな?」と、何やら奇妙な提案をします。

このシーンは実はこの映画のストーリーそのものとは何も関係無いシーンで、
この映画が「ゴーカイジャー」の映画であるのと同時に
「宇宙刑事シリーズ30周年記念作品」であるゆえの
往年の宇宙刑事シリーズファンへのサービスシーンといえるでしょう。

あくまで「ギャバン」の30周年記念でなくて「宇宙刑事シリーズ」の30周年記念というのがミソで、
このシーンは「ギャバン」とは関係無いシーンです。
このシーンは宇宙刑事シリーズ三部作の第三作「宇宙刑事シャイダー」の
最終話の有名な1シーンのパロディなのです。

つまり宇宙刑事シリーズ三部作の最終エピソードということになりますが、
このエピソードは「シャイダー」の実質的な最終話ではありません。
「シャイダー」の物語そのものはその1つ前の第48話で終了しており、
この第49話は宇宙刑事スペシャルという触れ込みで1986年3月8日に放映された
「3人の宇宙刑事ギャバン・シャリバン・シャイダー大集合!」と銘打たれた特別篇で、
いわば宇宙刑事三部作の締めくくりとしてギャバン、シャリバン、シャイダーという3代の主役宇宙刑事が
勢揃いして視聴者の子供たちに顔見世するという企画であったのです。

この特別篇エピソードにおいて、
ギャバンこと一条寺烈、シャリバンこと伊賀電、シャイダーこと沢村大の3人が
変身前の姿で地球に勢揃いして、それぞれのかつての戦いを振り返りつつ
過去の戦いの映像などを流していくという、スーパー戦隊で恒例の年末総集編みたいな内容ですが、
この特別エピソードの中の1シーンで、突然天からの声が3人の宇宙刑事たちに「勇者たちよ」と呼びかけてきて、
「子供たちがお前達3人揃っての変身シーンを見たことがないから見せてやったらどうか?」
という趣旨の提案をして、それに応えて3人の宇宙刑事がその場で3人揃っての変身シーンを披露するという
コーナーがあったのでした。

今回の曙、青梅、ギャバンの3人に語りかけてきた天の声のセリフは
完全にこの宇宙刑事最終特別エピソード時のこの3人の宇宙刑事同時変身シーンの時のパロディとなっており、
ほぼ同じ内容の提案と言っていいでしょう。

異なっているのは語りかける相手がギャバン、シャリバン、シャイダーの3人ではなく、
ここでは曙、青梅、ギャバンという、大葉健二氏の演じる3大ヒーローである点であり、
変身を披露する相手が「子供たち」ではなく「かつての子供たち」、
つまりこの大葉3大ヒーローがテレビの中で活躍していた1979年から1983年にかけて、
それをお茶の間で見ていた子供たち、今はもう30歳代後半から40歳代前半ともなり、
「ゴーカイジャー」を見ているような小さい子供たちの父親ともなっているような人達で、
「ゴーカイジャー」目当ての子供たちを連れてこの映画を観るために映画館に足を運んだ、
今は大人になった「かつての子供たち」という点です。

そりゃあ、1979年から1983年あたりの映像技術では、
そもそもこの同一役者の演じる3人のヒーローの同時変身シーンを自然に見せることは出来なかったのですから、
「かつての子供たち」はこの3人が一緒に変身するところは見ていないはずです。
現在だからこそ可能になるわけです。

そういった意味も含んだユーモラスなこの天の声のセリフを担当しているのは、
やはり「ゴーカイジャー」TV本編のナレーターである関智一氏です。
オリジナルの「シャイダー」第49話の方ではこの天の声は
「シャイダー」のナレーターを務めておられた大平透氏が担当されていましたので、
この「天の声」役の差異も今回のパロディがオリジナルとは異なっているところとなります。
だが、先ほどはギャバン変身シーンで政宗一成氏を真似たナレーションを披露した関氏は、
ここでも大平透氏のオリジナルの「天の声」に近い雰囲気をちゃんと出してくれています。

そして、この天の声の提案に対して、やはりオリジナルの3人の宇宙刑事と同様、
曙は楽しげに「・・・いっちょやるか?」と青梅とギャバンに誘いをかけ、
青梅も「いいねぇ!」とにこやかに同意し、ギャバンも「はい!」と笑顔で敬礼し、皆快く応じます。

といっても曙と青梅は現在は変身能力を失っているので、
ここでジョーとハカセが進み出て、持っていたデンジブルーとバトルケニアのレンジャーキーを差し出し、
一時的にその力の元の持ち主である青梅と曙に返却して変身出来るようにします。

それを受け取った2人は、
まず曙がバトルケニアのレンジャーキーを手にしたまま「フィーバー!」と変身コールを唱えてクルリとターンし、
青梅がデンジブルーのレンジャーキーを持った右手を前に突き出して「デンジスパーク!」と変身コールを叫び、
そしてギャバンは「蒸着!」と変身コードを唱えていつものごとくコンバットスーツの装着を開始します。

そうして3人は「むん!」と同時に変身し、
「ジュウウッ!」「うわぁお!」「とおおっ!」と一斉にジャンプし、
階段の上の高いところにある踊り場に並んで着地し、
「バトル・・・ケニア!!」「デンジ・・・ブルー!!」「宇宙刑事!ギャバン!!」とそれぞれの名乗りポーズを決めました。

これを見上げたマーベラス達は思わず拍手し、
鎧は「うおおおおお!!すごい!!」と大興奮して階段を一気に駆け上がって変身した3人のもとに行くと、
色紙とサインペンを取り出して「サインください!」とねだるのでした。

さて、ここで「シャイダー」最終話の特別篇の話が出たので、ついでに少し考察してみますが、
この「ゴーカイジャーVSギャバン」の物語世界にはシャリバンやシャイダーは存在しているのでしょうか?

この「ゴーカイジャーVSギャバン」に登場するギャバンは、
1982年の「宇宙刑事ギャバン」に登場したギャバンとは酷似はしていますが
厳密には別物のパラレルワールドの存在と思われますので、
ギャバンの後輩刑事であるシャリバンやシャイダーが存在していなければいけないということはない。

オリジナルのギャバンならばそれは宇宙刑事三部作の「ギャバン」の中の宇宙刑事ギャバンですから、
シャリバンやシャイダーは同一世界観の中の存在として必ずセットになります。
しかし「宇宙刑事ギャバン」のパラレルワールドの物語は
必ずしも「シャリバン」や「シャイダー」の物語と同一世界観ではないのです。

この「ゴーカイジャーVSギャバン」の物語においてここまで考察してきたギャバンを取り巻く状況は、
宇宙警察がザンギャックに妥協を余儀なくされている苦しい世界であり、
そうであるならばシャリバンやシャイダーはいったい何をしているのかという話にもなりかねません。
むしろシャリバンやシャイダーのような特に勇者といえるような後輩たちが存在していない世界だからこそ
ギャバンもザンギャックと戦う勇気を持ち続けることが出来なくなっていたと考えた方が
自然であるようにも思えます。

だから、この「ゴーカイジャーVSギャバン」におけるギャバン関連の物語世界は
あくまで「宇宙刑事ギャバン」のパラレルワールドであって、
「宇宙刑事シャリバン」や「宇宙刑事シャイダー」はこの世界観には絡んでこないと
解釈した方がいいような気がします。

だからこの物語世界にはシャリバンもシャイダーも存在しておらず、
例えばギャバンの地球勤務時代、マクーとの戦いの中で地球で出会った伊賀電という青年も、
「ギャバン」TV本編ではシャリバンとなって終盤に再登場しますが、
この物語世界では伊賀電はあくまで地球人の一般人の伊賀電のままということになります。

そしてシャリバンもシャイダーも登場しないということになると、
当然シャイダー最終話の特別篇の出来事もこの物語世界では過去に存在しなかったことになるので、
このシーンで関智一が大平透っぽく喋る天の声が聞こえてきた時に
ギャバンが1986年の天の声と同じだというような反応をしなかったこととも辻褄は合います。

また、このシャイダー最終話特別篇の中で3人の宇宙刑事が近況を報告し合っており、
そこでギャバンはかつてのパートナーであったミミーと婚約したと報告していますが、
この「ゴーカイジャーVSギャバン」の中のギャバンには子供がいないという考察と整合性をとるためには
ミミーには子供が産まれなかったということになり、
またギャバンが人間性に欠けていたという考察でもあったので、なんだか妻のミミーが可哀想な気もします。

そもそもミミーは銀河連邦警察のコム長官の娘であり、
ミミーが劇中に存在するとなるとコム長官や銀河連邦警察などの「ギャバン」TV本編の諸設定が
ギャバンの身近に絡んできて、
どうも銀河連邦警察が宇宙警察に改組されているというこの「ゴーカイジャーVSギャバン」の世界観との
整合性がとりづらくなってしまいます。

だから、やはりこの「ゴーカイジャーVSギャバン」の物語世界は
「シャリバン」や「シャイダー」の物語世界とは繋がっておらず、
それゆえ「シャイダー」最終話の特別篇もこの世界では存在しなかったことなのであり、
この物語世界のギャバンはミミーとは結ばれておらず、
家庭的には恵まれなかったということにした方がいいのではないかと思います。

むしろ、そうしておいて、あくまでこの「ゴーカイジャーVSギャバン」は
明確に宇宙刑事三部作の正式な世界観の正統な後継作ではないとしておいた方が、
2012年10月公開予定の「宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE」の設定とハッキリと差別化されて
スッキリすると思います。

「宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE」の方はギャバン以外にシャリバンもシャイダーも登場し、
ギャバンの所属する組織は宇宙警察ではなく銀河連邦警察であり、コム長官までちゃんと登場しますから、
宇宙刑事三部作の正式な世界観を引き継いだ正統な後継作品は「宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE」の方であり、
あくまでこの「ゴーカイジャーVSギャバン」は宇宙刑事三部作は関係無く
「宇宙刑事ギャバン」のパラレルワールドの物語が
ゴーカイジャーの物語世界と一繋がりであったという設定だと考えるべきでしょう。

まぁ10月に「宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE」が公開されたら、
「ゴーカイジャーVSギャバン」とも世界観が繋がっていたりして、
ややこしいことになるかもしれませんが。

さて、曙や青梅の登場、天の声の乱入などでそんな面白いこともあって、
いよいよ夕陽が西の空をオレンジ色に染めて、
ギャバンが宇宙警察本部のバード星へ向けて旅立つ時がやって来ました。
曙と青梅は去っていき、ジョー達5人の仲間はガレオンに乗り込み、
夕焼けに染まる公園にはギャバンとマーベラスだけが残され、
2人は向き合って別れの挨拶を交わすことになります。

向き合ったマーベラスの顔を見ながらギャバンは1つ心に引っ掛かっていることに思いを巡らせました。
それは先ほど今回の事件の顛末についてマーベラスから事情を聞いた時から
ギャバンの心に少し引っ掛かっていたことです。

ギャバンの聞いた話では、マーベラス達は曙と青梅のレンジャーキーというものを使って
魔空空間へやって来たという。
レンジャーキーというものをこれまでギャバンは知らなかったが、
なんでも曙や青梅をはじめとした地球のスーパー戦隊の戦士たちの戦う力が封じられたものらしい。

ギャバンは地球にはもともと縁の深い男ですから、もちろん地球の34のスーパー戦隊の存在は知っているし、
そのうちの何人かの戦士たちとは顔見知りでもあります。
そして数年前のザンギャックの侵略によって起こったレジェンド大戦で
34戦隊の戦士たちが戦う力を失ったということも知っていました。
だがレンジャーキーというものの存在はこれまで知りませんでしたが、まぁそれはそんなに大した問題ではない。

問題はどうしてそれをマーベラス達が持っているのかです。
ギャバンが刑事の習性でそのことについてマーベラスに質問してみると、
マーベラスはレンジャーキーは自分がずっと探し続けて地球にあることが分かった
「宇宙最大のお宝」を手に入れるために必要なものであり、
これらのレンジャーキーは決してスーパー戦隊から無理矢理奪ったものではなく、
スーパー戦隊から自分達が持つことを認められて託されているものであり、
スーパー戦隊からはレンジャーキーの中に「大いなる力」の提供を受けたりして
協力してもらっているのだと説明しました。

このマーベラスの説明を聞いて、ギャバンは奇妙だと思いました。
ギャバンは地球担当の宇宙刑事だった時期もあり、地球についての情報にはかなり通じていると自負しています。
そのギャバンですら「宇宙最大のお宝」などという宇宙海賊の宝が
この地球にあるなどという情報は聞いたことはなく、そんな噂すら聞いたことはありませんでした。

しかし、どうやらそういうものが本当に地球にあるらしい。
そしてスーパー戦隊の戦士たちは皆そのことを知っているらしい。
そして何故かスーパー戦隊の戦士たちはマーベラス達の宝探しに協力をしている。
しかし、そうして地球にやって来て宝探しのために居ついているマーベラス達は
地球を守ってザンギャックと戦っている。

もしかしたらスーパー戦隊はマーベラス達にザンギャックと戦って地球を守ってもらうために
彼らの宝探しに協力して地球に居つかせているのだろうかとも思えたが、
どうもそういうわけでもないようです。
そもそも、さっきも曙や青梅が変身したようにレンジャーキーを使えば
スーパー戦隊の戦士たちは自らが変身して戦うことが出来るのだから、
わざわざマーベラス達に戦わせるよりもレンジャーキーを取り戻して自分で戦った方がむしろ効率が良いはずです。
そうしないということはスーパー戦隊の戦士たちはマーベラス達に本気で
「宇宙最大のお宝」を手に入れさせようとしているようです。

ただ、同時にマーベラス達が地球に居ついていることによって、
マーベラス達が地球を守るために戦うようになったのも事実であり、
それはスーパー戦隊の戦士たちが望ましいと思える展開でもある。

ギャバンはこのあたりどうも全てが都合が良すぎるように思えました。
何が変だと具体的にツッコミ所があるわけではないのですが、刑事の勘で何かが怪しいと思えた。

そもそもギャバンの見るところ、マーベラスは10年前の貨物船の例の事件以降、
ギャバン自身の秘められた志を継いで、
ザンギャックと戦って人々を守ろうという志を心の奥に秘めていたのであり、
その志は最終的にはザンギャックのいない平和な宇宙へと宇宙を変革していく
エネルギーをも生み出す宿命を背負っているはずでした。

だが、当初はマーベラスは本格的に人々を守って戦うようなことはなかったようです。
ドギーなどから聞いた情報によるとマーベラスが人々を守るために戦うようになったのは地球に来てからだそうです。
つまりマーベラスは地球に来たことによって、
その宇宙をザンギャックから解放する戦いの宿命に目覚めるきっかけを得たことになるのです。

どうしてマーベラス達が地球に来たことによってザンギャックと本格的に戦うようになったのか、
ギャバンは細かい経緯は知りませんが、だいたいそれは有りそうなことだと納得は出来ます。
地球という星がその星を守る戦士に不思議なパワーを与えてくれる何か特殊な星であるということは
ギャバン自身が経験上知っていたからです。
だから、マーベラス達が地球に来たことによって、その戦いの宿命が加速していったことは理解出来る。
その場所が地球だったからこそ、マーベラス達はザンギャックとの戦いを本格化させることになったのでしょう。

ならば問題はどうしてその地球にマーベラス達が都合よくやって来たのかです。
それはマーベラス達の目指す「宇宙最大のお宝」が地球にあったからでした。
正確には誰かがマーベラスに「宇宙最大のお宝」が地球にあると教えたからであり、
より根本的には何者かが「宇宙最大のお宝」などという正体不明のお宝が本当に存在すると
マーベラスに信じさせることが出来たからでした。

そう考えると、何者か、おそらくスーパー戦隊か、あるいはスーパー戦隊と協力関係にある何者かが
マーベラス達の宇宙解放の宿命を理解した上で「宇宙最大のお宝」で釣って地球へ辿り着かせて、
そこでザンギャックと戦って人々を守るという志を覚醒させたのだという図式が想像できる。

ただ、その場合「宇宙最大のお宝」はフェイクだったという話になりそうであるが、
どうやら「宇宙最大のお宝」は本当に存在しており、
その仕掛け人はマーベラス達に「宇宙最大のお宝」を手に入れさせたがっているように見える。
つまり「宇宙最大のお宝」というものはフェイクではなく、何か重大な意味を持った物体であるようなのです。

この仕掛け人の目的がおそらくマーベラス達の宿命の覚醒であると考えると、
「宇宙最大のお宝」もそのために重要な役割を果たすものということになる。
実際、先ほどのマーベラスの様子を見ても分かるように、
マーベラス達はまだ自分達の宿命の先の先までは見えていない。
それに彼らが気が付くのはもっと先のことであろうとギャバンは思っていましたが、
あるいはその「宇宙最大のお宝」はその覚醒を早めるための何らかの役割を持つ物体なのかもしれない。

何にしてもこれからマーベラス達が掴み取ることになるであろう「宇宙最大のお宝」とは、
何らかの仕掛けがなされたものであるのは間違いないと思われ、
それはマーベラス達にとって重大な試練となるのだろうということはギャバンには確信できました。
つまり、これからマーベラス達には大変なことが起こるということです。

しかし、そのことについてギャバンはいちいちマーベラスに説明し忠告しようとは思いませんでした。
10年前のあの日から、マーベラスにはどんな困難にぶち当たっても突破して
素晴らしい未来に向かって進めるだけの「勇気」が備わっているのだから、
きっとこの先「宇宙最大のお宝」を手に入れた時にどんな困難が襲ってきても、
マーベラスならばその「勇気」で突破できるはずだとギャバンには信じられたからです。

ギャバンは夕陽に照らされたマーベラスの顔を真っ直ぐ見て、
10年前の貨物船の中であの少年にやって見せたように右手の人差し指と中指を並べて伸ばして
頭の脇でチョンと突き出す敬礼のポーズをとって軽く笑います。
言葉はそこにはありませんでしたが、そのポーズにはあの10年前の時と同様、
「あばよ涙、よろしく勇気」というメッセージが込められていました。

昔も今もギャバンがマーベラスに伝える言葉は同じです。
10年前「これからもどんな困難が立ち塞がっても素晴らしい未来を掴み取るための勇気で突き進め」
という意味で送った「あばよ涙、よろしく勇気」という言葉は
もう大人になったマーベラスには、10年前のその時と同じポーズを示すだけで十分に伝わるはずだと、
ギャバンはその指2本の敬礼ポーズで無言のエールを送り、
それ以上はもう何も伝えることはないとばかりに、晴れやかな顔でマーベラスにクルリと背を向け、
足早にその場を立ち去り、ドルギランに乗り込んでいったのでした。

そしてマーベラスもゴーカイガレオンに乗り込み、
夕陽が落ちようとする夕景の街並みの上をゆっくり飛ぶドルギランに、
そのすぐ後ろを同じ速度で航行するガレオンの船室からハカセやアイム達が手を振り
別れを告げている場面となります。

しかしその船室にはマーベラスの姿は無い。
マーベラスは1人でマストの見張り台に登って、黙ってドルギランを見送っています。
そのマーベラスの見つめる前でドルギランは急加速して発進し、一瞬で西の空の彼方に消えていきました。
マーベラスは見張り台でじっと立ったままドルギランが消えていった空の彼方を見つめ、
先ほどのギャバンの別れの挨拶に返礼するかのように、右手の拳を頭の横まで持ち上げてきて、
10年前と同じように人差し指と中指を立てて伸ばし、軽く弾くように敬礼してみせます。

言葉は無かったが、マーベラスにもさっきのギャバンのエールは伝わっており、
これからどんな困難が待ち受けていようともギャバンから貰った勇気で
自分はきっと夢を掴んでみせるという決意をマーベラスは無言で示したのでした。

そしてマーベラスは晴れやかに笑うと、父に認められた息子がこの宇宙の中で他でもない
此処に存在しているのだということを誇示するかのように、
見張り台の柵の上によじ登り、ずっとずっと仁王立ちになったまま、
ギャバンが飛び去っていった夕焼け空の彼方を見つめ続けるのでした。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 15:33 | Comment(2) | 海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月11日

海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE 感想その17

遂に戦いが終わったと思われたその時、
マーベラス達とギャバンの揃った場にいきなりアシュラーダの笑い声が響き渡ったのですが、
マーベラス達は確かにさっきアシュラーダを倒したはずです。
そして、今回はいつもザンギャック怪人を倒した時にギガントホースから発射される復活巨大化光線も、
どういうわけか発射されていません。

まず何故、巨大化光線は発射されなかったのか?
これはおそらくアシュラーダはアクドス・ギルに見放されたということなのでしょう。
大きな口を叩いて魔空空間を拡大するなどと言っておいて、ギャバンとマーベラス一味に逃げられた上に
大事な魔空空間と魔空監獄を潰されてしまったアシュラーダの醜態を見て、
アクドス・ギルはすっかりアシュラーダに失望し、
わざわざ復活させたところで、アシュラーダには魔空空間の拡大など出来はしないと思えたのでした。

それにアシュラーダの態度はどうも不透明で、
やはりどうも自分がマクーを復活させてその首領となろうとしているように見える。
つまりザンギャックを裏切ろうとしているのではないかと思えてくる。
わざわざ復活させて巨大化させてやるのは、あくまでザンギャックに忠誠を誓う者だけです。
忠誠が疑わしく、このまま戦わせても成果が期待出来そうにもないアシュラーダに
わざわざ復活巨大化光線を使う必要は無いと判断し、
アクドス・ギルはインサーンに命じてアシュラーダに向けての光線発射を止めさせ、
アシュラーダを切り捨てたのでした。

だからアシュラーダは復活することはなく、爆散して果てたまま、それで終わりであるはずでした。
ところが戦いが終わった直後、安堵のムードに包まれていたマーベラス一味とギャバンの周囲に
アシュラーダの「ヒャッハッハッハッハッハッハ!!」という笑い声が鳴り響いたのですから、これは不可解です。
マーベラス達もそれがアシュラーダの笑い声だと気付き、「ん!?」と驚いて立ち止まり、
まさかと思って、さっきアシュラーダを爆発四散させた場所の方を慌てて振り向きます。

しかしそこにはもちろんアシュラーダはいない。
しかし確かにアシュラーダの声が聞こえてくる。
いったい何処からこの声が聞こえてくるのか探るように、
マーベラス達とギャバンが不思議そうに周囲をキョロキョロ見回す中、
「貴様らに倒されることで膨れ上がった恨みのパワーと、ドン・ホラーの血が、魔空空間を無限に拡大させる!!」
という勝ち誇ったようなアシュラーダの声がずっと辺り一面に響き渡って流れ続けます。

そして空に突然雷鳴が響き、稲妻が走ったので思わず7人がそちらを振り向くと、
稲妻が空に走る中、ビル街の中をムクムクと何かピンクに発光した何かが膨張してきたかと思ったら、
それはあっという間にそこらの低いビルを遥かに見下ろす巨大なアシュラーダとなり、
「この星を・・・いや、宇宙全体を呑み込んでくれる!!」と叫ぶのでした。

さて、いったいどうしてアシュラーダは復活し、巨大化までしたのでしょうか?
しかもどうやらパワーアップしているようです。
いったい死んだはずのアシュラーダに何が起きたのか?
それについてはアシュラーダ自身が答えを言ってくれています。
アシュラーダはマーベラス達に倒されたことによって恨みのパワーを高めてパワーアップに成功したのです。
それは一旦死んだアシュラーダを甦らせ巨大化させるほどの圧倒的なパワーアップだったようです。

というか、確かにアシュラーダの肉体は爆散して無くなったので、厳密にはアシュラーダは復活したわけではない。
今回新たに出現した場所もアシュラーダがさっき死んだ場所とは全然違う場所ですから、
滅びた肉体がそのまま甦ったわけではないようです。
おそらく、その膨れ上がった恨みのパワーが実体化したものがアシュラーダの新しい身体なのでしょう。

では、どうしてアシュラーダの恨みのパワーはそんなに膨れ上がったのかというと、
それは基本的にはマーベラス達によって惨めに殺された屈辱によってでしょう。
遥か下に見下していたマーベラス達に敗れて殺された惨めな想いは強烈な怨念を湧き起こしたのでしょう。
おそらくアシュラーダはこれほど強烈な怨念の感情をこれまでの人生で抱いたことはなく、
殺されたことによって、初めてここまで大きな怨念のパワーを持つことになったのでしょう。

だが、そうであったとしても、死んだ者を新たな肉体を実体化させて甦らせて
ここまで極端にパワーアップさせるというのはどう考えても普通ではない。
単にアシュラーダの怨念のパワーだけでここまでの現象が起きたとは到底思えません。

そこでヒントになるのが、ここでもアシュラーダが恨みのパワーと共に
ドン・ホラーの血が魔空空間を拡大させると言っていることです。
これは一見、アシュラーダがギガントホースで言っていたことと似ているように思えます。
しかし、あの時はアシュラーダはギャバンを苦しめて殺すことで自分の中のドン・ホラーの血をたぎらせて
魔空空間を拡大させようと考えていました。
そして、その方法論はそもそもアシュラーダの独りよがりな妄執に過ぎなかったゆえに
マーベラス達の夢を掴む仲間の絆の力の前に敗れて失敗したはずです。

ところが、現状を見ると、どうもアシュラーダは魔空空間を拡大させるための
パワーアップに成功してしまっているらしい。
ということは、これは当初アシュラーダが構想していたパワーアップとは全く異なる方法論で
パワーアップが成し遂げられたようなのです。
しかも死の淵から復活してのパワーアップですから、何かよほどの事があったようです。

先ほどのマーベラス一味とアシュラーダの戦いのテーマは「心の繋がり」と「血の繋がり」の対決でした。
そして、そこで示された結論は、「心の繋がり」は「血の繋がり」よりも強いということです。
だから、父ドン・ホラーと血の繋がりはあっても心の繋がりは無かったアシュラーダは、
血の繋がりは無くても同じ夢を目指す心と心が繋がったマーベラス達の絆の力の前に敗れて死んだのです。

いや、死ぬはずだった。
それをひっくり返してアシュラーダが甦ったということは、そのパワーバランスが逆転したということを意味します。
つまり、アシュラーダとドン・ホラーの「血の繋がり」の方が
マーベラス一味の「心の繋がり」を優越したということになります。

しかし、そんなことは有り得ない。
実際、「心の繋がり」が「血の繋がり」に優越するからこそ、
実力ではマーベラス達より優越していたはずのアシュラーダは敗れたのです。
そうなると、アシュラーダの敗死の瞬間、アシュラーダとドン・ホラーの「血の繋がり」に
何か異変が生じたと考えられます。

これは実際に起こったことから逆算して考えると、
アシュラーダとドン・ホラーの「血の繋がり」が「心の繋がり」も伴ったものに格が上がったと考えるしかない。
それゆえアシュラーダはマーベラス一味の「心の繋がり」の力を撥ね返して死を免れて復活することに成功し、
更に父ドン・ホラーとの「心の繋がり」の力で一気にパワーアップして
魔空空間の拡大をも可能とするようになったのです。

つまり、独りよがりに父を恨み拒絶して、ただ父を超えようと焦っていたアシュラーダには
父を超えるパワーアップは出来なかったのだが、
父を理解し、父と心から繋がることによって、アシュラーダは父の力を引き継いで、
遂に父を超えることが出来たのです。

しかし、そもそも絶対的に疎遠であったドン・ホラーとアシュラーダの父子の間に
「心の繋がり」などが存在したのでしょうか?
どうやらそれが存在したようで、そのことにアシュラーダは死の淵で気が付いたようなのです。
それがどういう「心の繋がり」であったのかというと、
そのヒントはアシュラーダが死の瞬間、心が膨れ上がった恨みでいっぱいになったということにあります。

マーベラス達に倒されて生じた恨みの感情はアシュラーダがこれまで自覚したことがないほどに巨大なものであり、
それはマーベラス達だけにとどまらず、この世の全てを恨み、
破壊し尽くしてやりたいような巨大な負のエネルギーでした。
自分の中にこれほどまでに巨大な恨みのパワー、負のパワーが存在していたことにアシュラーダは驚き、
それがいつも自分が怯えていた父ドン・ホラーの発していた禍々しいパワーと
同じ種類のものであることに気付きました。
その瞬間、アシュラーダは自分の中のこの巨大な負の心は父から受け継いだものだと悟った。
いや、より正確に言えば、それが父が自分に与えてくれたものだということに気付いたのです。

ドン・ホラーは血統の良さからマクーの後継者に選んだ我が子サン・ドルバを愛したが、
そのためにサン・ドルバを甘やかしてしまい、サン・ドルバは甘えた男に育ってしまい、
マクーの後継者としては物足りない男になってしまった。
そのことを反省したドン・ホラーは、もう1人の息子アシュラーダに対しては一切の愛情を捨て、
憎しみをもって接し、世界を恨み憎む、甘さの一切無い冷血な男にするべく育てたのでした。

それが実はドン・ホラーのアシュラーダへの秘められた愛情であるなどということは全くない。
単にドン・ホラーは甘ちゃんのサン・ドルバだけでは自分亡き後のマクーが危ういと思い、
冷血で一切の愛情の無い憎しみの塊のような者がマクーには必要だと思ったので、
わざとアシュラーダをそのような人間に育て上げたに過ぎない。
ドン・ホラーに愛情があったとすれば、それはマクーに対してであり、アシュラーダに対してではない。
アシュラーダに対してはドン・ホラーは本当に一切の愛情は持っていなかった。

しかし、確かに愛情は無かったが、
ドン・ホラーは自分亡き後に、自分のそうした冷血で憎悪に満ちた負の心を受け継いで、
宇宙を恐怖と絶望で裏から支配するマクーを統べる者として真に相応しいのは
アシュラーダだと秘かに認めてはいたのです。

マーベラス達に敗れて死ぬ瞬間、アシュラーダは自らの極限まで膨れ上がった負の感情が
もともとそうして父から与えられたものだと悟り、
父と自分が負の心で繋がっていることを自覚し、
自分こそが父の負の想いを受け継ぐべき者なのだと確信したのでした。

つまり、最低最悪の禍々しい形ではあるものの、
確かにこの瞬間、アシュラーダと父ドン・ホラーの心と心は同じ志で強く繋がったのです。
但し、その父子の志は宇宙にとって最悪の志ではあります。

アシュラーダはもはやザンギャックなどどうでもよかった。
いやマクーすらもどうでもよかった。
自分の中に受け継がれた父の完全なる負の想いが真に望んでいたことは
マクーという組織の維持発展などではなく、究極的には宇宙を恐怖と混沌の淵に沈めるという、
絶対的な世界全体へ憎悪を向けることそのものだったことがアシュラーダには理解出来たからです。
マクーすら父にとっては本心ではその破壊衝動を満足させる道具に過ぎなかった。
父の憎悪を受け続けたアシュラーダにはそうした父の本質が理解出来たのでした。

いわば、アシュラーダは既に妄執を脱して阿修羅ではなくなったのだといえます。
父の邪悪な意思と一体化したアシュラーダは既に自分こそが正しいのだというような妄執は持っていません。
純粋なる悪であることを受け入れたのです。
純粋なる悪の化身となったアシュラーダにはザンギャックもマクーももはや眼中には無い。
破壊と混沌のみがアシュラーダの行動原理となっていました。

この父から受け継いだ巨大な力を使って自分がなすべきことは、
邪悪なエネルギーに満ちた魔空空間で宇宙全体を呑み込むことだと悟ったアシュラーダは、
その強大な力でもはや地軸転換装置などは使わずに地球の地軸を操作して巨大な魔空空間を発生させ、
それを宇宙全体に拡大させてやろうとします。

そのアシュラーダの宣言を聞いて、ギャバンは「なんだとぉ!?」と驚きました。
いきなり死んだはずのアシュラーダが復活して巨大化し、とんでもないパワーアップをした理由が
ギャバンにはよく分かりませんでしたが、
とにかくアシュラーダが魔空空間で宇宙を呑み込もうとしていることは分かりました。

どうしてアシュラーダが突然そんな狂気に憑りつかれたのか、
そして本当にそんなことが可能なのかも不明でしたが、
アシュラーダが常識外れの自力での復活巨大化まで成し遂げている以上、ハッタリとも思えない。
宇宙全体はともかくとして、魔空空間で地球を丸ごと呑み込むぐらいのことはやりかねないと
ギャバンには思えました。
実際、巨大化したアシュラーダの出現と同時に辺りの空は薄暗くなり、稲妻が走り、
魔空空間の空のような感じになってきています。
地球を取り巻く空間が魔空空間化し始めているようなのです。

この全くの予想外の事態の連続にマーベラス達も俄かに不穏な状態となってきた空を見上げて唖然としています。
マーベラス達もどうして倒したはずのアシュラーダが復活巨大化光線も浴びていないのに
生き返って巨大化したのか、よく分かりません。
魔空空間で地球を呑み込むとか凄いことを言っているのを聞いてハカセはビビって
「ど〜しよぉ?なんか凄いことになってきた!」と慌てふためいてルカに後ろに隠れようとしますが、
ルカは鬱陶しそうにハカセに肘打ちを喰らわせ、ハカセは「わっ!」と痛がります。

ハカセは特別に怖がりなのでアシュラーダの言葉を真に受けて怖がっています。
いや、このハカセの恐怖センサーの方がいつも正解に辿り着くことが多いのであり、
マーベラス一味の他のメンバーの方がおおらかすぎるというか呑気すぎるというか、
危機に関してやや鈍いところがあるのですが、
今回も事態の危険性を正確に認識しているのはハカセの方で、
他のメンバーはハカセほどは危機感は覚えていませんでした。

どうして死んだはずのアシュラーダが生き返って巨大化したのかはよく分からないが、
マーベラス達はアシュラーダを舐めきっていました。
何せ、ついさっきボコボコにして倒した相手なのです。
生き返って大きくなったところで、所詮は自分達の敵ではないという想いがあります。
地球だの宇宙だの何か大層なことを言っているようだが、所詮はハッタリであり、
大したことは出来ないだろうとマーベラス達は思いました。

要するに巨大化して恨みを晴らすために暴れてやろうとしているに過ぎないと思い、
ルカは剣を遠くビル街のアシュラーダに向けて突き立て、「どこまでも迷惑な奴!」と悪態をつきます。
マーベラスも「要はアイツを倒せばいいんだろ?」と割と気楽そうに言って、
モバイレーツを取出し、ゴーカイガレオンを呼びます。

生き返って巨大化したアシュラーダは何か妙なことをしようとしているようだが、
その元凶である恨みのパワーだの血の力だのはアシュラーダの中にあるものであるのだから、
アシュラーダを倒してしまえば、その妙な現象も止まる。
ならばゴーカイオーでアシュラーダを倒してしまえばいいだけのことだ。
簡単なことだとマーベラスは思いました。

マーベラスがそこまでアシュラーダを舐めきっているのは、
アシュラーダが相変わらず「恨みのパワー」だの「ドン・ホラーの血」だのと言っていたからでした。
そんな心の繋がりの無い血の繋がりに頼った怨念などは独りよがりな妄執に過ぎず、
自分達の仲間の絆の前には無力であることは、さっきの戦いで証明されたはずだとマーベラスは思っています。
それなのに相変わらず同じことを言っているアシュラーダをマーベラスは進歩の無いヤツだと思い、
内心嘲笑っていました。

そうしてモバイレーツでゴーカイオーを召喚するマーベラスの横で、
鎧も「豪獣ドリルぅ!!」と叫んでゴーカイセルラーを天に向けて掲げて、豪獣ドリルを召喚します。
豪獣ドリルはさっきゴーバスターズの3人を乗せて近未来の世界からやって来て、
バスコ撃退の後、ゴーバスターズを元の近未来の世界に送り届けた後、
31世紀のドモンのもとに戻っていたと思われますが、それが鎧によって再びこの21世紀に召喚されたわけです。

そしてギャバンもまた、右手を口の前に持って来て、そこに内蔵された通信機に向かって
「電子星獣ドルぅぅっ!!」と叫びます。
これは地球上空の亜空間に待機しているドルギランに向けた指令であり、
ギラン円盤から下部のドルユニットを分離して変形させ、
電子星獣ドルの形態にしてこの場に召喚するためのコードでした。

こうしてゴーカイオー、豪獣ドリル、電子星獣ドルが並び立って
マーベラス達やギャバンのいる現場へと飛来してきたところで、各自跳び上がってそれぞれの搭乗機に乗り込みます。
マーベラス、ジョー、ルカ、ハカセ、アイムはゴーカイオーに乗り込み、鎧は豪獣ドリルに乗り込み、
ギャバンはドルの前に突き出た頭部の上に立ちます。
意思を持つ機械生命体であるドルには一応ちゃんと操縦席もあるのですが、
ギャバンはいつもこうしてドルの頭の上に立って、そこからドルに向かって言葉で指示を送るのです。

そしてマーベラス達は操縦席のコクピットに「レンジャーキー!セット!!」と
アバレンジャーのレンジャーキーを挿しこみ、一気に「完成!!豪獣ゴーカイオー!!」と、
6人全員が揃って操縦するパワー重視の豪獣ゴーカイオーを完成させ、アシュラーダに立ち向かいました。

ギャバンはアシュラーダとはまだ戦ったことがないので一応慎重にドルで距離をとって
アシュラーダの出方を見ましたが、
マーベラス達はさっきアシュラーダと戦ってその戦法や技も把握していましたし、
最終的には完勝したばかりですので、一気に豪獣ゴーカイオーでアシュラーダを倒すつもりで
アシュラーダの前に不用意に進み出ました。

するとアシュラーダは豪獣ゴーカイオーから少し離れた位置から
「くああああっ!!」と何やら豪獣ゴーカイオーに向けて腕を突き出して気合いを発します。
そうすると空から幾つも雷が落ちてきて豪獣ゴーカイオーを攻撃してきたのです。
この謎の現象によって衝撃の走った豪獣ゴーカイオーのコクピットでは
マーベラス達が「ぐうっ!?」と苦悶の声を上げて驚きます。

しかし謎の現象はそれだけではなく、今度は豪獣ゴーカイオーの周囲のビルが幾つも、
何の前触れもなく真っ二つに裂けていきます。
「ええっ!?」とハカセは驚愕しました。
いったい何が起こっているのか分からず、マーベラス達は戸惑います。

そこに更にアシュラーダが「はあああっ!!」と突き出した腕に力を込めると、
なんと今度は周囲からビルが勝手に動いて豪獣ゴーカイオー目がけて迫ってきて、
豪獣ゴーカイオーを周囲から囲んで押し潰そうとしてくるのです。
この気味悪い現象に「ビルが襲ってきたぁぁぁっ!?」と慌てふためくハカセの絶叫が響く中、
マーベラス達はこの信じられない怪奇現象から逃れるべく豪獣ゴーカイオーを動かそうとしますが、
同時に空からは雷が大量に降り注ぎ、豪獣ゴーカイオーを狙い撃ちにしてくるので、
マーベラス達は操縦もままならない状況で、
アシュラーダはさっきから一歩も動いていないというのに、
マーベラス達は一方的に絶体絶命のピンチに陥ってしまいました。

「ふわぁはっはっはっはっは!!」とアシュラーダは高笑いします。
やはりこの奇妙な現象はアシュラーダが引き起こしているようだとマーベラス達は確信しました。
何か強力な念動力のような、一種の超能力のようです。
何故アシュラーダがそんな力を使えるのかマーベラス達には分かりませんでしたが、
もともとドン・ホラーの血統は超能力者の血統であり、
その能力が完全に覚醒していなかったアシュラーダはこれまでは小規模の魔空空間を作り出すぐらいしか
超能力を使いこなせていなかったようですが、
今回父との心の繋がりを得たことでパワーアップを果たし、遂にその超能力も覚醒したのです。

「そんな・・・ズルいよぉ!!」とハカセはこの反則のような超能力攻撃に不平を言いますが、
アシュラーダは容赦なく攻め立て、
マーベラス達は「ぐうっ・・・!」と苦悶の声を上げて絶体絶命のピンチに追い込まれてしまいました。

窮地に追い込まれながらマーベラスは自分の愚かさを悔やみました。
確かにアシュラーダの超能力攻撃は強烈ですが、
アシュラーダに奥の手など無いと決めつけて油断して不用意に近づいた自分達の判断が甘かったのであり、
最初の異変にもっと敏感に反応していればここまで窮地に追い込まれることも無かったはずでした。
さっきの勝利でアシュラーダの実力を勝手に決めつけて、アシュラーダを舐めきっていた自分達の油断が
現在の危機を招いたのだとマーベラスは悔やみましたが、
悔やんだ頃には既に脱出困難な状況となってしまっていました。

するとその時、上空から「バリバリだぜぇぇぇっ!!」という威勢の良い声が響いてきたのです。
その聞き慣れた声にハッとしてマーベラス達が上空を見ると、
雷鳴轟く薄暗くなった空に真っ赤な穴が開いて、炎神マッハルコンが出てきて
「バリバリバリバリバリ!!ド派手にいこうぜ!!」と叫んで豪獣ゴーカイオー目がけて飛んできたのでした。

「マッハルコン!!」とマーベラスは驚いて声を上げます。
ゴーオンジャーの「大いなる力」としてゴーカイジャーの強力な仲間である炎神マッハルコンは
異次元世界であるマシンワールドの住人であるため、
ゴーカイオーのコクピットにゴーオンジャーのレンジャーキーを挿しこんで召喚して初めて
この人間世界(ヒューマンワールド)にやって来ることが出来るのであり、
しかもその際、小型化したキャストとソウルに分離した状態で、
ゴーカイオーの胸部ハッチからでないと人間世界にやって来ることが出来ないはずです。

つまり頼れる仲間ではあるが、この世界で戦えるようになるまで手間がかかるのが玉にキズというヤツなのです。
今、この状況ではマーベラス達はマッハルコンを呼び出すどころではない状況だったので、
もちろんマッハルコンの召喚に必要なことは何ひとつやっていませんでした。
それなのにいきなり呼ばれてもいないのにマッハルコンが現れ、
しかもキャストとソウルにも分離しておらず、マシンワールドにいる時のまま万全な状態で
空の次元の穴から現れたのですから、マーベラス達は驚きました。

これはおそらく、アシュラーダによって地球を取り巻く空間が魔空空間、つまり亜空間となりかけているために、
地球におけるヒューマンワールドとマシンワールドを隔てる次元の壁の状況が通常時とは異なった状態となり、
マッハルコンが自由にヒューマンワールドにやって来ることが出来る状況となったからなのでしょう。

そもそもマッハルコンがこのピンチにタイミングよく現れたということ自体、
マッハルコンがヒューマンワールドの地球で起こっていることを把握出来ていたということを意味しており、
亜空間化の過程でヒューマンワールドの地球がマシンワールドとたまたまくっついたような状態となったのでしょう。
それでマッハルコンはマーベラス達の危機を知り、
今なら自力で助けに行くことが出来るのではないかと思って試みてみたら、
上手くいって、こうしてこの場に現れることが出来たようです。

マーベラス達はいきなりマッハルコンが現れた経緯はよく分かりませんでしたが、
とにかくこれはピンチを脱するチャンスでした。
マッハルコンこそはゴーカイジャーの巨大戦において最大の力を引き出すカギなのです。
「海賊合体!!」と叫んで飛んできたマッハルコンは豪獣ゴーカイオーに突っ込み、合体し、
カンゼンゴーカイオーを形成したのでした。

このカンゼンゴーカイオーへの合体ですが、
TV本編ではゴーカイオーと豪獣神とでそれぞれゴーカイジャーのレンジャーキーをコクピットに挿すことで
カンゼンソウルを召喚し、そのカンゼンソウルをマッハルコンのスロットに挿し込むことによって
合体動作が開始するようになっているので、ここはずいぶんと描写が省略されています。
まぁ映画の尺が限られているので省略したのでしょう。

とにかくそうした準備動作の描写を省略したという前提で見れば、
ゴーカイオーと豪獣神とマッハルコンが揃えばカンゼンゴーカイオーを組み上げることは出来るのであり、
カンゼンゴーカイオーへの変身過程をよく見ると、
実質的には豪獣ゴーカイオーの両脚と左手と頭部と胸部のパーツを
マッハルコン由来のパーツに換装あるいは装飾したものがカンゼンゴーカイオーですから、
この場面の豪獣ゴーカイオーにマッハルコンが分離して突っ込んでカンゼンゴーカイオーとなるという描写は
それほど不自然でもないでしょう。

とにかくマーベラス達はマッハルコンの登場によってカンゼンゴーカイオーへのチェンジに成功し、
「完成!!カンゼンゴーカイオー!!」と掛け声をかけ、
ゴーカイジャーのロボの中で最大のパワーを誇るカンゼンゴーカイオーの力で
押し寄せるビルの群れから脱出することになんとか成功したのでした。

これでようやく最悪のピンチは脱したマーベラス一味でしたが、
アシュラーダの驚くべき変化は認めざるを得ませんでした。
さっき倒した時はアシュラーダはこのような超能力は全く使っていませんでした。
使うことなく倒されたわけですから、本当についさっきまではこんな超能力は使えなかったのでしょう。
それが今では使えるようになっているのですから、
一旦死んだことによってアシュラーダに何か大きな変化があったことは間違いない。

そもそも一旦死んだのに自力で甦ったこと自体が異常なことです。
明らかにパワーアップするような大きな変化があったと見ていいでしょう。
それもアシュラーダは普通に病気で死んだわけではなく、マーベラス達の攻撃を喰らって死んだのであり、
それが死なずに甦ったということは、現在の甦ったアシュラーダには、
さっきアシュラーダを倒した自分達の力が通用しないのかもしれないとマーベラス達は思いました。

さっきのアシュラーダは確かに実力的にはかなりのものであったが、マーベラス達は逆転勝利を収めることが出来た。
それはマーベラス達が夢を掴むために集まった仲間の絆で限界を超えた力を引き出すことが出来たからでした。
片やアシュラーダは父との血の繋がりを強調していたが、心の絆を欠いた血の絆ぐらいでは
マーベラス一味の心と心が繋がった仲間の絆の力には太刀打ち出来なかった。

そうしてアシュラーダの血の絆の力はマーベラス一味の心の絆の力に敗れて、
そのままアシュラーダは死ぬはずだった。
ところがアシュラーダはマーベラス一味の心の絆の力を撥ね返して生き返り、パワーアップまで果たした。
これはつまり、アシュラーダの父との血の絆が自分達の仲間の心の絆よりも大きな力を持つようになったのだろうと、
ようやくマーベラス達は理解しました。

血の絆が心の絆に優越するとは思えないので、おそらくアシュラーダは父との間の心の絆に気付いたのだろう。
つまりアシュラーダの父との血の絆の力は、アシュラーダの敗死の瞬間、父との心の絆の力に変わったのだ。
そして、その心の絆の中身とは、アシュラーダが一貫して「恨み」しか口にしていないところを見ると、
要するにアシュラーダとその父のドン・ホラーという奴は恨みや憎しみというような負の感情で
心と心が繋がったのであろう。
そのようにマーベラス達は納得しました。

なんとも根暗な親子だとマーベラス達は呆れましたが、そんな最低な感情でも心の繋がりであることには違いない。
それはその2人の間では他の人間には推し量れないような独自の価値があるのだろうということは、
決して真っ直ぐ育ってきたわけではないマーベラス一味の6人にも何となく理解は出来ました。
そして、そのアシュラーダとドン・ホラーの心の繋がりは、自分達マーベラス一味の仲間の心の絆に優越したらしい。

アシュラーダごときがそんな強い絆を手にしたとは信じがたいと思ったマーベラス達でしたが、
それはおそらくアシュラーダとドン・ホラーの絆が父と子の心の絆だからなのだろうと思いました。
自分達の仲間の絆は誰にも負けない強固なものだとマーベラス達は自負していましたが、
親子の絆というものは仲間の絆とはまた次元が違う特別なものなのだろうと思えました。

しかし、そうであるならば、この現在の状況はいったいどう打開すればいいのだろうかと
マーベラス達は困惑してしまいます。
ひとまず最悪のピンチは脱して最強ロボのカンゼンゴーカイオーで態勢は整え直しましたが、
このカンゼンゴーカイオーはまさに「夢を掴むために集まった仲間たちの絆の力」の極致として登場して
グレートワルズやダマラスのような強敵を葬ってきました。
だが、マーベラス一味の仲間の絆の力を超える父と子の絆の力をアシュラーダが手にしているというのなら、
果たしてこのカンゼンゴーカイオーでもアシュラーダに勝つことが出来るのだろうかと、
マーベラス達は不安に思いました。

一方、アシュラーダの方は豪獣ゴーカイオーが突然現れたマッハルコンと合体して
カンゼンゴーカイオーになったのを見て、「むうっ!」と警戒します。
するとそこに突然上空からアシュラーダ目がけて光線の束が降り注ぎ、
慌てて避けたアシュラーダは地上に当たって炸裂した光線の衝撃で「うわああああ!!」と後方に吹っ飛ばされました。

ハッとマーベラス達が見ると、目からレーザー光線を発射しながら電子星獣ドルが
上空から急降下して突っ込んできて、地面スレスレのところでまた急旋回して上空に飛び上がっていきます。
その飛び上がりざま、ドルの頭の上に乗っているギャバンが「乗れ!!ゴーカイジャー!!」と短く大声で指示しました。
ギャバンは上空からドルに乗ってアシュラーダの戦い方を観察していたのですが、
アシュラーダがカンゼンゴーカイオーの突然の出現に気をとられて
周囲への警戒が緩んだ隙を突いて攻撃してきたのでした。

だが、ギャバンもアシュラーダがかなりの強敵であることは認めており、
自分とゴーカイジャーがバラバラに戦うのではなく、一緒に力を合わせて連係攻撃を仕掛けた方が
勝機を掴めると判断したのでした。
それで空を飛ぶドルの上にカンゼンゴーカイオーを乗せて、空中から一斉攻撃を仕掛けようというのが
ギャバンの提案であるようですが、マーベラス一味の面々は「・・・え・・・?」と一瞬戸惑いました。
自分達はまだ一度もギャバンと一緒に戦ったことがない。
上手く連係が出来るのだろうかという不安がよぎったのでした。

マーベラス達が連係プレーで6人分の力を単純な6人分の力以上の力として発揮出来るのは、
普段から培っている仲間の絆があってこそでした。
また、これまでにマーベラス達はゴセイジャーやハリケンジャーと連係して戦ったこともありますが、
もともとマーベラス達はゴセイジャーやハリケンジャーの能力や技は
レンジャーキーを使うことによってある程度知っていましたし、
マーベラス達も素直に口に出してはいませんでしたが地球を守る意思を持っていたので
彼ら地球を守る使命を持ったスーパー戦隊と同じ目的に向かって心を1つにして戦うことが出来ました。
だが、宇宙警察の宇宙刑事ギャバンと自分達のような宇宙海賊は立場が違いすぎる。
果たして本当に心を1つにして連係することが出来るのだろうかと、さすがに一瞬、一同は躊躇いました。

だが、マーベラスは一瞬考えて、この作戦は賭ける価値があると思いました。
戦術的にはもちろんギャバンの提案は正しい。
問題は自分達とギャバンの息が合うかどうか、つまり心の繋がりや絆の有無だけです。
そういう意味では確かに不安はある。
それよりも絶対的な信頼関係を誇るマーベラス一味の6人の仲間の絆だけで、
カンゼンゴーカイオーの普段通りの正確な攻撃を繰り出した方が攻撃がヒットする確率は高いだろう。
だが、アシュラーダの現在の強さを支える父と子の絆がマーベラス一味の仲間の絆に優越するというのなら、
またさっきのように幾ら攻撃をヒットさせても、仲間の絆を力とするカンゼンゴーカイオー単独の攻撃では
アシュラーダを倒すことは出来ず、結局は負けてしまう可能性が高い。

アシュラーダの父と子の絆に対抗するためには、こちらも父と子の絆の力で攻撃出来れば一番いいのだが、
あいにくマーベラス一味の中には親子関係にある者などいないし、
自分の親との心と心が通じ合った固い絆を持った者もいない。
そういう意味では打つ手は無いように思えます。

しかし、マーベラスは自分とギャバンならばあるいはアシュラーダに対抗出来る父と子の絆で
連係することが出来るのかもしれないと思えました。
もちろん自分とギャバンは親子ではないが、
自分はかつてギャバンを本当の父親なのかもしれないと思っていた時期がある。

いや正確に言えば10年前の命の恩人を自分の父親なのではないかと思い込んでいた時期があり、
その命の恩人がたまたまギャバンだったというだけのことです。
それに本当はマーベラスもその命の恩人が自分の生き別れの父親だと本気で信じていたわけではない。
ただ、そう思いたかっただけです。
本当の父親を知らなかったマーベラス少年は、その男との間に父と子の絆を求めたのです。

だからこそ、それは少なくとも自分にとっては本物の父と子の絆なのだとマーベラスは思った。
もともと本物の父と子の絆を持ちようがなかった自分が、
相手が本当の父親でないと分かっていながらも本気で求めた父と子の絆は、
自分にとっては間違いなく本物の父と子の絆だったのだ。

だが、それはあくまで「自分にとっては」です。
相手はどう思っているのか分からない。
相手にしてみればただの行きずりのガキに過ぎない自分が本物の息子であるはずもなく、
自分に対してあの時の男が本物の父と子の絆を求めてくれているはずもない。
きっと自分のことなど覚えてもいないだろう。
だからこんな想いは一方通行の独りよがりな妄執に過ぎない。
そう思ってマーベラス少年はいつしか、その男のことも、その男に本気で求めた父と子の絆のことも
忘れるようになっていました。

だが、今回、その時の男がギャバンだったということが分かり、
そのギャバンが10年前のマーベラスのことを覚えていて、
今のマーベラスを見て「未来を掴んだ」と言って褒めてくれた。
マーベラスがあの10年前の事件の後、その行きずりの命の恩人に対して一方的に本気で求めた
父と子の絆の証として自分に課したことこそ、
その男が自分に諭してくれた「素晴らしい未来」を掴み取ることでした。

10年ぶりに再会したその男、つまりギャバンが「未来を掴んだ」と言って褒めてくれた時、
最初はマーベラスはギャバンが10年前の事件の際に自分に掴むように求めた「素晴らしい未来」と、
自分が10年前の事件の後に掴み取ろうと思った「素晴らしい未来」は異なったものなのだと思いました。
何故なら自分は10年前の事件以降、海賊になろうと思い、そして実際に海賊になったのだが、
宇宙刑事だったギャバンが行きずりの少年に海賊になって欲しいなどと望むはずがないからです。

しかし、10年ぶりに再会した少年が海賊になっていたことはギャバンだってもちろん承知しているのであり、
それが分かった上でギャバンはマーベラスを「未来を掴んだ」と言って褒めてくれているのです。
さすがに刑事のギャバンが10年前に出会った少年がアウトローになったことそのものを喜ぶとも思えず、
どうやらギャバンはマーベラスには想像も出来ないような着眼点で、
その「素晴らしい未来」というものを見ているようです。

それが何なのかよく分からないので、マーベラスはギャバンにそれについて質問しようとしたのですが、
その矢先にアシュラーダが襲ってきたので、結局ギャバンにその質問も出来ておらず、当然回答も得られていない。
ギャバンの考える「素晴らしい未来」が何なのか、マーベラスにとっては相変わらず謎のままでした。
ただ、ギャバンがマーベラスを見て確信をもって「未来を掴んだ」と褒めて、心から喜んでくれている以上、
ギャバンの言い分が全く根拠が無い勘違いだとも言い切れない。

もしかしたら自分はその何だかよく分からないギャバンの求める「素晴らしい未来」を
知らないうちに本当に掴んでいたのかもしれない。
いや、それはもしかしたら自分が自分でも気づかない本心から求めていた未来なのかもしれない。
もしそうだとすれば、自分とギャバンの心と心はこの10年間、遠く離れていてもしっかり繋がっていたことになる。

そして自分にとってはその絆は本物の父と子の絆だった。
だから、自分とギャバンにとっての「素晴らしい未来」がもし一致しているのなら、
戦いにおいても仲間以上に息の合った連係は可能であり、
その絆によって引き出される力は、アシュラーダの父と子の絆によって引き出されている力と対等になるはず、
少なくともそうした自信をもって戦うことが出来るのだとマーベラスは思いました。

実際に絆が計量的にどれほどのパワーを引き出すのか、そんなことは敵も味方も厳密には分かるわけはない。
ただ、アシュラーダの父と子の絆に負けない父と子の絆がこちらにもあると思えることで、
自分は自信をもって戦いに臨める。
大事なのはそうした自信でした。

だからマーベラスは自分とギャバンの「素晴らしい未来」は一致しており、
自分とギャバンは血は繋がっていなくても、同じ志で繋がった父と息子なのだと思うことにしました。
その「素晴らしい未来」の内容が何であるのか実はよく分からないのですが、そんなことはもうこの際どうでもいい。
とにかく自分達は同じ「素晴らしい未来」で繋がった父と息子なのだと思うことにして、
マーベラスは「・・・ああ・・・!」とギャバンの呼びかけに応えて、操舵輪を回し、
カンゼンゴーカイオーを大きくジャンプさせてドルの胴体の上に飛び乗らせました。

マーベラスはギャバンの提案に乗ってカンゼンゴーカイオーとドルの連係攻撃に踏み切ったのでした。
船長のマーベラスがギャバンとの連係を決意した以上、
他の仲間達も当然、迷いは捨て去り、ここはマーベラスと心を1つにしてギャバンとの連係に集中します。

これに対して、アシュラーダは肩のドリルを何発も発射して、
カンゼンゴーカイオーを乗せて上空を飛ぶドルを撃ち落そうとしますが、
ドルは素早くそれらをかわして飛び回り、マーベラスは「いくぜぇっ!!」と操舵輪を思いっきり回して
カンゼンゴーカイオーの右腕のカンゼンドリルにエネルギーを充填していきます。

そしてギャバンはアシュラーダの飛ばしてくるドリルを巧みに避けながら
ドルをアシュラーダに向けて突っ込ませていき、
ある程度アシュラーダに近づいてきたところで上空から「ドル・・・レーザー!!」とドルに指令を送って、
まずはドルの前足からリング状レーザーを撃ちまくり、その牽制によってアシュラーダの攻撃を止めて、
そこで一気にアシュラーダに接近しつつ、今度はドルの両目からレーザー光線を発射します。

ドル・レーザーという技にはこの前足からのものと両目からのものの2種類のレーザー攻撃があるのですが、
ここではちゃんと2種類を上手く組み合わせて使っています。
最初の前足からのリング状レーザーで敵の攻撃を止め、
次の至近距離からの両目のレーザー光線で敵を仕留めるという作戦のように見えます。
しかしアシュラーダはこの至近距離からのレーザーを間一髪かわします。

だが、これをアシュラーダがかわすことはギャバンは最初から折り込み済みだったのです。
必死でレーザーを避けて体勢の崩れたアシュラーダの右脇をそのまま猛スピードで通り抜けたドルの背に乗った
カンゼンゴーカイオーの右腕で繰り出したカンゼンドリルこそが、
実はギャバンとマーベラス達の攻撃の本命の一撃だったのでした。

ドルの背に乗って猛スピードで通り抜ける勢いに乗せてアシュラーダの右脇腹に
「はあああっ!!」と裂帛の気合いで叩き込んだカンゼンドリルの一撃は、
通常のカンゼンドリルを遥かに上回る強烈な破壊力でアシュラーダの腹部をえぐり貫き、
アシュラーダは腹から猛烈に火花を散らして、身体が「く」の字に曲がって弾け飛び、
「うぎゃあああっ!!」と絶叫して、もんどりうって地面に転がりました。

こうして見事な連係攻撃でアシュラーダの隙を作り、
そこに会心の一撃を叩き込んで一気に形勢を逆転したギャバンとマーベラス達は、
カンゼンドリルの一撃を放った後、一気に飛び去って、
アシュラーダが立ち直る隙を与えずにすぐに180度旋回して戻り、
カンゼンゴーカイオーを乗せたドルを再びアシュラーダに向けて突っ込ませ、一気に畳みかけます。

「ドルゴーカイファイヤー!!」とマーベラス達がその技名を叫んだ技は、
カンゼンゴーカイオーの左手のカンゼンミサイルとドルの口から吐き出すドルファイヤーの合体技でした。
一斉に発射されたカンゼンミサイルとドルファイヤーは一体化したドルゴーカイファイヤーとなって
アシュラーダに降り注いで命中し、
「ぐあああああっ!!」と悲鳴を上げたアシュラーダは身体が炎上し大破します。

もはやアシュラーダに反撃する力は無く、大逆転で勝利を確定的としたマーベラス達は
コクピットで「やったぁ!」と歓喜しますが、マーベラスは1人、独自の感慨に浸っていました。

最初は不安だったギャバンとの連係は上手くいった。
そして仲間の絆の力だけでは倒せないほどにパワーアップしたアシュラーダを圧倒した。
これはつまり、自分とギャバンとの間には血の繋がりは無くても本物の父と子の絆があり、
同じように父と子の絆の力を持つアシュラーダを圧倒し得たのは、
自分達の場合はそこに更に仲間の絆の力も加わっているからなのだろうとマーベラスは思いました。

実際、父と子の心の繋がりが恨みや憎しみというような負の感情による繋がりであったからといって
アシュラーダ側が不利になるというわけではない。
中身が邪悪なものであれ、公明正大なものであれ、父と子の絆である点は同じであり、
そこに正邪の力の差というものは無い。

ただ、アシュラーダとドン・ホラーの父と子の固い絆となっていた
宇宙や世界そのものへの憎悪や破壊衝動というものは、あまりに他の人間には受け入れがたいものであり、
所詮は何処までいってもこの偏屈な父と子の2人だけの絆から外に向けて発展していく可能性の無いものでした。

一方、ギャバンとマーベラスの父と子の絆は血の繋がりこそ無いものの、
それはマーベラスにとっては間違いなく本物の父と子の絆だったのであり、
おそらく同様にギャバンにとっても本物の父と子の絆であり、
更にマーベラス一味の仲間たちも心を1つにすることが出来る絆であったのでした。

同じ父子の絆であっても、血の繋がりの無い他人との仲間の絆と繋がっていくことが出来るものと出来ないもの、
その差が勝敗を分けたのだといえます。
それは、最期まであくまで血の繋がりにこだわったアシュラーダと、
血の繋がりが無くても本物の父子の絆を結ぶことが出来たマーベラスとギャバンの差ともいえるでしょう。
血の繋がりを抜きにして結ばれた父子の絆ゆえに、
血の繋がりの無い他人である仲間たちとの間を結ぶ絆にも、より容易になり得たのです。

単なる仲間の絆よりは、確かに父と子の絆、親子の絆、家族の絆は強い。
しかし、家族の絆は血の繋がりゆえに強いのではなく、心の繋がりゆえに強いのであり、
血の繋がりは無くても人と人は家族になれる。
よく考えれば夫婦はもともと血の繋がりの無い他人なのだから、それは当たり前の話です。
そして血ではなく心で繋がった家族の絆は、家族の枠を超えた仲間達や他の家族達とも絆を結んでいき、
より強い大きな力を生み出していくことが出来る。
この映画が伝えたいことはそういうことだったのではないでしょうか。

そう考えれば、この勝負、終わってみれば、
マーベラス達とギャバンがアシュラーダに勝利したのは当然すぎる結果だったといえます。
ただ、マーベラスから見て1つ謎が残ります。
それはマーベラスとギャバンの父と子の絆の要である、
マーベラスとギャバンの共に掴み取ろうとした「素晴らしい未来」は何なのかという謎です。

2人の間に父と子の絆が成立していたとすれば、その「素晴らしい未来」は一致していたことになる。
しかもそれはマーベラス一味の仲間の「素晴らしい未来」とも一致しているようだ。
それが何なのかマーベラスには結局これまでずっと分からなかった。
だが、これまで考えても分からなかったそのことが、今のマーベラスには何だか分かるような気がしていた。
ギャバンと連係してアシュラーダを撃破した瞬間、マーベラスの頭の中は異常な興奮と高揚に襲われていたのです。
これまでにも多数のザンギャック怪人を倒してきたが、
マーベラスはこれほどの達成感を感じたことはありませんでした。
アシュラーダは確かに強敵だったが、今までにもこれよりも強敵はいたし、
今回よりも苦戦を強いられたこともありました。
それでも、それらの戦いで勝利した時にもこれほどの高揚した気持ちにはなりませんでした。

この幸福感はいったい何だろうと不思議に思ったマーベラスは、ハッとしました。
もしかしたらこれは「素晴らしい未来」に関係しているのかもしれない。
その突拍子も無い考えは、しかしよく考えればごく自然な成り行きであるようにも思えました。
その推論が正しいかどうか確かめるには、今のこの高揚した気持ちの欲するままに行動するのが良いのだと思い、
マーベラスは「・・・よし!」と軽く腕を振って、自分の操舵輪の前から離れて歩き出します。

そのマーベラスの突然の奇妙な行動をジョーは「・・・ん?」と不審に思い目で追いました。
他の仲間たちも一瞬、何が起きているのかよく分からずマーベラスを唖然として見ます。
ほぼ勝利は確定的とはいえ、まだアシュラーダは生きており、まだ戦いは終わっていない。
これからいよいよトドメを刺そうという局面です。
そんな時にいきなり船長であるマーベラスが操舵輪を離れるとは全く奇怪というしかない。

何処か具合でも悪いのかと一瞬心配になりましたが、どうもそういうことでもないようです。
具合が悪いどころか、マーベラスは何か妙に楽しそうというか、スキップでもするような様子で浮かれている。
突然、まるで子供が遊びに行くような浮ついた感じで歩き出したマーベラスの行動がどうにもよく理解できず、
一同はマーベラスが何をするつもりなのかと思い、一瞬、マーベラスに目が釘付けになりました。

すると次の瞬間、マーベラスは皆の不審げな視線など全く気にもかけない様子で
「はあっ!!」と大きくジャンプして、なんとそのままコクピットを飛び出して、
カンゼンゴーカイオーの外に出てしまったのです。

仰天した一同が飛び出していったマーベラスを目で追うと、
マーベラスはカンゼンゴーカイオーの胸部コクピットから前に飛び出していき、
カンゼンゴーカイオーが乗っている飛行中のドルの胴体部を後にして、
そのまま一気にドルの頭部の方に向かって飛び降りていったのでした。

そのドルの頭部の上には銀色のコンバットスーツ姿のギャバンが前方のアシュラーダの方を向いて、
カンゼンゴーカイオーには背を向けて立っています。
背後からそのギャバンの横に飛び込んできたマーベラスはドルの頭部の上に着地し、
銀色のコンバットスーツのギャバンの横にゴーカイレッドの赤いスーツ姿のマーベラスが並び立つ形となりました。

ギャバンはマーベラスがいきなり横にやって来たのを見ても驚きはしませんでした。
むしろギャバンは安堵し、喜びを感じていました。
もはや勝負は決しており、あとはアシュラーダにトドメの一撃を入れればこの戦いは終わってしまう。
この戦いが終われば、またギャバンとマーベラス一味は別々の道を歩むことになり、共に戦うこともないでしょう。
だからギャバンは立派に成長した息子のように思えるマーベラスと肩を並べて戦うという、
まるで父親のような願望をこの戦いに際して抱いたが、
なかなかそういう心躍る場面に恵まれないまま、戦いは終わろうとしていました。
やはりそれは高望みであったかとギャバンが諦めかけていたその時、マーベラスが横に降り立ってきたのです。

それを見てギャバンは驚くよりも、遂に待ちに待ったその瞬間がやって来たのだと喜びを感じました。
自分の父親にも遂に巡ってこなかった、そして自分にとっても生涯たった一度となるであろう
この貴重な瞬間を心に刻みつけるように、万感の想いを胸に、しかしあくまで果断に、
ギャバンは「マーベラス!一緒にいくぞ!」と、
アシュラーダへのトドメの一撃は共に肩を並べて一緒に放つことを伝えます。

同時にギャバンは、そういえばマーベラスの名を本人に向かって直接呼びかけるのはこれが初めてだと気付きました。
「素晴らしい」という意味を持つ「マーベラス」という名、
まさにこの宇宙の「素晴らしい未来」を掴み取ろうとして戦う男に相応しい名前だと思ったギャバンは、
誰が名付けたのか知らないが、あるいはマーベラス自身が名付けたのかもしれないが、
とにかく改めて実に良い名前だと思いました。

一方、マーベラスはこの「マーベラス」という名の事実上の名付け親であるギャバンに
初めてその名で呼んでもらい、身体に電流が走るような歓喜で胸がいっぱいになり、
やはりこの瞬間こそが自分がずっと待ち望んでいた「素晴らしい未来」なのだと遂に確信したのでした。

すなわち、マーベラスはあの10年前の貨物船事件の後、あの自分を助けてくれた人のように、
自分も恐ろしいザンギャックに怯えずに逆らって自分の正しいと思う事を貫いて
人々を守ってザンギャックと戦っていけるような強いヒーローになりたいと思ったのです。
そうして戦い続けていけば、いつかまたあの人と再会して、
今度は助けられるのではなく、力を合わせてザンギャックと戦えると思い、その日を夢見た。

当時のマーベラスはその命の恩人が海賊だと思い込んでいたのもあり、
またザンギャックに逆らう生き方として海賊しか選択肢が無かったというのもあって、
結局恩人との再会と共闘への最短距離の道として海賊になる道を選び、
海賊を志すことによって「宇宙最大のお宝」を自分の掴むべき「素晴らしい未来」だと考えるようになりましたが、
実はそうしたことの全ての原点である10年前の事件の時に自分がまず目指そうとした夢の原点は、
海賊という形に拘っていたわけではなく、
とにかくザンギャックと戦って人々を守れるぐらい強いヒーローになって、
またあの人と再会して一緒に肩を並べて戦うことだったのです。

その瞬間こそが最初に自分の目指すべきと考えていた「素晴らしい未来」の原点だったのだと、
マーベラスはさっきアシュラーダを撃破した瞬間、
ギャバンと力を合わせて戦うことによって湧き上がってくる謎の昂揚感の中で思い出したのです。
そして、それが間違いないのか確かめるために、
まさにその目指すべきシチュエーションの通りに、ギャバンと肩を並べて戦ってみようと思い、
マーベラスはギャバンの横にやって来て、自分の名前を初めて呼びかけられた瞬間、
マーベラスは全てを思い出して、自分の「素晴らしい未来」の原点はまさにこの場なのだと確信したのでした。

この海賊としてはあまり似つかわしくない「マーベラス」というちょっとキザな名は、
10年前のあの人と別れた直後の自分が、
いつか自分が強くなってあの人と再会して一緒に人々を守るためにザンギャックと戦うようになった時に、
ヒーローとして相応しいカッコいい名前として、
あの人の目指すように言った「素晴らしい未来を掴む男」という意味でつけた名前だった。
10年前の自分はいつかその人と再会した時にこの名前の由来を説明して褒めてもらおうなどと考えていた。

そういうことを思い出したマーベラスは、子供の頃の自分の能天気ぶりに呆れつつ、
それでもその後の自分がこの「マーベラス」という、
いまいちアウトローとしては迫力に欠ける名前を決して変えようとはしなかったのは、
その子供の頃の夢を心の奥底で諦めてはいなかったからだったのだとも思えました。

そうした自分の真実を思い出したマーベラスは、
気が付けばまさに今、その宿願である「素晴らしい未来」を掴み取る瞬間が目の前に突き付けられていることを悟り、
力強く「ああ!」とギャバンに応え、ゴーカイレッドのレンジャーキーを手にしました。

そしてマーベラスはギャバンがこうして一緒にトドメを刺すよう求めてくれているというのは、
決してたまたまこうして自分が横に立ったからなのではなく、
ギャバンもまた自分を認めてくれたからだと理解しました。

ギャバンは宇宙刑事であり、人々を守るために戦う者です。
もちろんマーベラスとて宇宙警察がなかなかザンギャックに手を出すことが出来ないという現実は知っています。
しかし、それでもギャバンは10年前、ザンギャックから自分や貨物船の船員たちを守ってくれた。
そして今回もザンギャックの宇宙警察乗っ取りを阻止するため1人で必死で戦っていた。
ギャバンもまた懸命に強大なザンギャックから宇宙の人々を守るために、
大変な困難の中で戦おうとしているのだとマーベラスは信じました。
ギャバンにとっても、ザンギャックと戦って人々を守ることは、掴み取るべき「素晴らしい未来」であり、
ある意味では今この瞬間、ザンギャックと戦うことによってギャバンはその「未来」を掴んでいるのです。

そのギャバンとマーベラスが同じ「素晴らしい未来」を掴み取るという志を同じくすることによって
2人の間に絆が存在しているからこそ、
そしてその絆があの10年前の事件に遡る父と子のような絆だからこそ、アシュラーダに勝利することが出来た。
そのことをギャバンも認めているからこそ、アシュラーダに勝利できたのです。
つまりギャバンもまたマーベラスのことを人々を守るためにザンギャックと戦う者と認めている。
だからさっきギャバンは「未来を掴んだ」と言って自分を褒めてくれたのだとマーベラスは納得しました。

どうして自分がギャバンによって「未来を掴んだ」と褒められたことをマーベラスが納得出来たのかというと、
マーベラスは自分がギャバンが言う意味での「未来」を確かに今掴んでいることを知っているからです。
自分は数奇な運命に導かれてこの地球にやって来て、
今、妙な行きがかり上だが、確かに地球の人々を守るためにザンギャックと戦っている。
ギャバンはそのことを知っていて、それを指して「未来を掴んだ」と言って褒めてくれたのだと
マーベラスは気づいたのでした。

確かに、10年前に最初に思い描いた「素晴らしい未来」は、その後の勘違いや時の流れの中で忘れ去られていったが、
それが地球にやって来て様々な出来事を経るうちに、
何時の間にか自分は人々を守ってザンギャックと戦うようになり、
その「素晴らしい未来」に向かって近づいていたのです。
そして今、遂に子供の時に思い描いた「素晴らしい未来」の夢の瞬間を迎えることになった。

だが、それは決して偶然に辿り着いたわけではないとマーベラスは思いました。
まずアカレッドと出会って「宇宙最大のお宝」を本気で掴み取ろうと思わなければ
自分は地球に来ることはなかったはずです。
そしてジョー、ルカ、ハカセ、アイムという仲間たちと出会わなければ、
自分はレンジャーキーを集めて地球に辿り着くことは出来なかった。
そして、その4人に合せて地球で出会った鎧も加えた5人の仲間と一緒でなければ、
自分は地球でザンギャックを相手にここまで戦い抜くことは出来なかった。

仲間の力といっても別に戦闘力はさほど重要ではない。
大事だったのは、ザンギャックに支配された宇宙で自分の夢を貫く心意気だった。
アカレッドとの出会いで、ザンギャックに支配された宇宙で自分の本気で掴み取りたい夢
「宇宙最大のお宝」を見出した自分にとっては、
夢を貫くためにザンギャックと戦い続けていくためには、
自分と同じようにザンギャックに対して自分の夢を貫く心意気を持った仲間が必要だった。

だからそういう連中を仲間にしてきたのだが、
結果的には「宇宙最大のお宝」を目指して辿り着いた地球で、
その仲間達と一緒に地球の人々を守るためにザンギャックと戦うことになった。
この仲間達はもともと地球の人々を守る戦いのために集めたわけではないが、
この仲間達と一緒でなければ、地球の人々を守ってザンギャックと戦って勝ち抜くことは出来なかった。
そうした戦いの果てに、こうして自分はいつしか10年前の夢の原点を叶えており、
思い描いていた「素晴らしい未来」の瞬間を迎えた。

もしかしたら自分はこの「人々を守るためにザンギャックと戦う」という夢の原点を叶えるために必要な行動を
これまで無意識的に選んでいたのかもしれない。
海賊になったこと、「宇宙最大のお宝」を掴み取りたいと思ったこと、
アカレッドと出会い、その「宇宙最大のお宝」の話に耳を傾けたことなどは、
決して勘違いの産物なのではなく、夢の原点へ向かう道を無意識に選んだ結果だったのではないか。
ザンギャックに対して夢を貫く連中を仲間に選んだのも、
ザンギャックと戦える強い心を持った連中を仲間に欲していたからだったのかもしれない。

つまり、自分が子供の頃の夢をこうして叶えることが出来るのは、
自分1人の力によってでもなく、偶然の産物でもない。
アカレッドや仲間たち、それだけではない、地球で出会ったスーパー戦隊の戦士たちや、
昔の裏切る前のバスコも含め、そしてこれまで戦いに際して犠牲になってきた数多くの人々との
出会いがあっての上のことでした。

それだけ多くのものを背負ってきた果てにこうして夢が叶うのです。
子供の頃の他愛も無い夢を叶えるだけでもこれほどの重みがある。
「夢を掴み取る」というのはここまでの重みのあることなのだとマーベラスは初めて実感しました。
マーベラスが夢を叶えるのはこれが生まれてから初めてのことであったのです。
その重みを噛みしめるようにマーベラスはゴーカイサーベルにレンジャーキーを挿しこみ、
ファイナルウェーブの態勢に入ります。

そのマーベラスの後ろ姿をカンゼンゴーカイオーのコクピットから眺めていた5人の仲間たちは、
マーベラスがギャバンと一緒にトドメの一撃を放つことに拘りを持っていたことに気付き、
それがつまりマーベラスの「夢の原点」だったのだと悟りました。
そして同時に、どうして自分達がアシュラーダに勝利出来たのか、その理由も分かったような気がしました。
アシュラーダの手にしていた邪悪な父と子の絆の力を打ち破ることが出来たのは、
10年前のマーベラスとギャバンの間に父と子のような絆が生じていたからなのだと、
何となく5人には分かったのです。

つまりマーベラスの「夢の原点」とは、
ザンギャックから自分を守ってくれた父のように思える人にいつか追いついて
肩を並べて共にザンギャックと戦いたいという、
父に追いつき肩を並べたいという息子特有の典型的な夢だったのだと5人は理解しました。
その子供の頃の夢を叶えるためにマーベラスは浮かれてコクピットを飛び出していったのだと
5人は、さっきの少年のようなマーベラスの様子の意味が分かったのでした。

ただ、息子特有の典型的な夢とはいっても、マーベラスのこの夢の場合、ザンギャックと戦わねばならないわけで、
それは現実的にはこの宇宙においては非常に困難な夢でした。
だから、やはりこの夢を叶えるマーベラスというのは凄い。
いや、正確にはマーベラスが凄いのではなく、マーベラス一味が凄いのだということは5人とも知っています。
何せマーベラス一味は「共に同じ夢を叶えるために集まった仲間達」なのです。

仲間の夢は他の仲間みんなで支える。
これまでにも自分の夢の原点に向き合った時、仲間達の支えがあったことを5人は各自しっかりと認識しています。
だからマーベラスが夢の原点を掴み取るというのなら、それがどんなに困難な道であろうとも、
困難だからこそ、自分達もそれを支える。
いや、今回もここまでずっと支えてきたという自負が5人にはあります。

それはマーベラス一味の仲間の義務であると同時に権利でもあります。
だから、この場でも5人は遠慮などはしない。
父と子の絆を邪魔してはいけないなどとは思いません。
その絆がマーベラスの夢の絆である以上、それは他の仲間全員との絆でもあるのです。
だから5人はここでも断固としてマーベラスをサポートする。
「よしっ!」と5人はコクピットの操舵輪を強く握り直して
カンゼンゴーカイオーをカンゼンドリルの準備態勢に入らせます。

その前方、ドルの頭部の上ではギャバンが「レーザーブレード!」と掛け声を上げて
掌からバードニウムエネルギーをレーザーブレードに注ぎ、刀身を白く光らせ、
その横に立つマーベラスの握るゴーカイサーベルからは「ファ〜イナルウェ〜イブ!」という認識音が
その攻撃エネルギーが充填されたことを告げ、
マーベラスは真っ赤に発光した刀身のゴーカイサーベルを振りかぶります。
同時にギャバンも腰を落として白く輝く刀身のレーザーブレードを大上段に構え、
ギャバンダイナミックの態勢に入り、
その2人の背後ではカンゼンゴーカイオーが右腕の金色に発光したカンゼンドリルを振り上げます。

迫りくるドルの上にその3つの光が輝くのを目撃した瀕死のアシュラーダは「むううっ!?」と呻きますが、
ギャバン、マーベラス、そしてカンゼンゴーカイオーに乗る5人は容赦なく
「ギャバンマーベラスダイナミック!!」と叫んで、剣とドリルを振りおろします。

まずギャバン、次いで一瞬遅れてマーベラスが剣を振りおろし、
それに一瞬遅れてカンゼンゴーカイオーがカンゼンドリルを振りおろし、
3つの衝撃波はアシュラーダに連続して命中、
アシュラーダは「ぐわああああああ!!」という断末魔の絶叫を響かせながら大爆発し、
遂に今度こそ完全に命果てたのでした。

カンゼンドリルがマーベラスの斬撃の一瞬後であったのは、あくまでサポートという意図を表すものでしたが、
マーベラスがギャバンよりも一瞬斬撃が遅れたのは、マーベラスがギャバンの斬撃の型をなぞるためでした。
マーベラスはこの少年時代の夢を叶える特別な場において、普段の自分の剣の型ではなく、
ギャバンの必殺技ギャバンダイナミックと同じ剣技でゴーカイスラッシュを放つことを選択したのです。
だからマーベラスの動きが一瞬遅れて一瞬の時間差が生じたのであり、
これは普段のゴーカイスラッシュではなく、マーベラス版のギャバンダイナミック、
つまりマーベラスダイナミックでした。
そのマーベラスダイナミックとギャバンダイナミックの合体技で、
カンゼンドリルの衝撃波はあくまでサポートですから、
この技は「ギャバンマーベラスダイナミック」ということになるわけです。

カンゼンゴーカイオーのコクピットでは一同が「いやったぁ〜!」「よっしゃあ!」と大喜びする中、
ジョーが「やったな・・・!」と呟いて遂に夢を1つ叶えたマーベラスの後ろ姿を眩しそうに見つめ、
鎧は「か・・・カッコいい〜!!」と何やら大興奮しています。
どうも鎧はギャバンの戦う姿を初めて見たので魅了されてしまったようです。

そして、アシュラーダを倒したその勢いで地上に突っ込んで着地したドルから地面に飛び降りた
ギャバンとマーベラスは共に並んで腰を落とし、同じギャバンダイナミックの残心の型で止まっていましたが、
ギャバンがすっと立ち上がり剣を収める動きをとると、マーベラスもそれに合わせて剣を収めます。
そして2人の背後にはアシュラーダが倒されて魔空空間が消滅したことによって
すっかり元通りとなった青空が広がり、午後の太陽の光が晴れやかに降り注いできて、2人を照らし出すのでした。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 07:34 | Comment(0) | 海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月07日

海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE 感想その16

一方、マーベラス達とアシュラーダの戦いの方に目を移すと、
アシュラーダの周りを取り囲んでのマーベラス達の剣による波状攻撃をアシュラーダは全くものともせず、
逆に反撃してきて、アイム、ルカ、ハカセはアシュラーダの屈強な腕に叩き伏せられて弾き飛ばされてしまいました。
そこにジョーと鎧が飛び掛かり、アシュラーダの腕を押さえ込もうとしますが、
アシュラーダが「はあっ!!」と気合を発すると、なんとアシュラーダの2本の腕が長く伸びて、
腕ごとジョーと鎧は遠くに押しやられて「うわああ!!」と倉庫の外の柵に叩きつけられてしまいました。

そこにアシュラーダの背後からマーベラスが「はあっ!!」と飛び掛かります。
アシュラーダの腕が伸びるとは予想外でしたが、腕がジョー達を吹っ飛ばすために前方に伸びきった今ならば
背後からの攻撃にアシュラーダは対処出来ないはずだと思ったのでした。
ところがアシュラーダの腕はムチのようにしなってきて背後に回り込みマーベラスを叩き落とし、
更に執拗な攻撃を加えてマーベラスを掴まえて長い腕で思いっきり振り回して投げ飛ばしてしまいました。

「ぐあっ!!」と地面に叩きつけられたマーベラスを援護するため、仲間5人がアシュラーダに向けて一斉射撃をして、
更に飛び起きたマーベラスも加わって、6人はひとまず距離をとってアシュラーダを撃ちまくります。
だがアシュラーダは銃弾を避けようともせず防御しようともせず、
まともに身体に銃弾を受け続け、平気な顔をしています。
ゴーカイガンの通常の銃弾ではアシュラーダにはほとんど効かないようです。

そして、「海賊とはその程度か!?」と勝ち誇ったように叫ぶと、
アシュラーダはなんと胴体から腕を新たに4本生やして、全部で6本の腕を持った怪物となりました。
しかもこの6本の腕が同時に伸びてきて、マーベラス達6人のそれぞれを1本ずつの腕が攻撃してくるのでした。
アシュラーダの完全体の意外な姿に「うううっ!?」と驚いたマーベラス達は必死で防戦しますが、
全員アシュラーダの腕の猛攻の前に競り負けてしまい、「うわあっ!!」と吹っ飛ばされて態勢が崩れてしまいました。

そこを見計らってアシュラーダは「受けてみよ!マクーの怨念が阿修羅のごとく吹き荒れる!!」と叫びながら、
長く伸びた6本の腕を自分の頭上で天に向け突き上げて螺旋状に絡ませて
「むうん!」と螺旋状のエネルギーを一瞬で溜め込み、そのまま6本の腕の束を前に向けて倒して突き出し、
「うりゃああっ!!」と巨大な竜巻状のエネルギー波をマーベラス達に向けて発射しました。

これがアシュラーダの最大の技であるようで、
これをまともに喰らったマーベラス達は「わあああああ!?」と悲鳴を上げて竜巻に巻き込まれて
天に向けて突き上げられ、ちょうど上に倉庫の突き出した縁のような部分があって、
そこに激しく叩きつけられたお蔭で遥か彼方まで吹っ飛ばされずにその場で地面に落下しましたが、
激突や落下の衝撃で「ぐあっ・・・!」とダメージを受けて這いつくばります。

マーベラス達は予想以上のアシュラーダの強さに驚きました。
これまでのアシュラーダの態度から、ブートレグばかり戦わせて自分は奥に引っ込んでいるイメージがあったので、
さほど強いわけではないという印象を持っていたのですが、実際に戦ってみると、それは大間違いでした。
さすがはザンギャックの裏の最高幹部だけあって、
今までマーベラス達が戦った相手の中でもトップクラスの強さです。

マーベラス達の感触としては、万全の状態の時のダマラスがこれまでで最大の難敵で、
次いでバスコ、ダイランドー、ザツリグあたりが横一線で続く強敵というようなランク付けとなっています。
そのランキングの中に入れると、このアシュラーダはバスコ達と同等ぐらいの感触でした。
実際、バスコはこのアシュラーダを「厄介なヤツ」と言っていますから、
アシュラーダはバスコと同じレベルの強さなのでしょう。

つまり、このクラスになるとマーベラス一味が6人がかりで戦っても簡単には勝てない相手となります。
だが、重傷を負わせた状態でなければおそらく勝てなかったダマラスとは違い、
このクラスならば6人がかりならば絶対に勝てないということもない相手とも言えます。
実際ザツリグに対しては弱点を突く起死回生の策で逆転勝利しましたし、
バスコもダイランドーもマーベラス一味6人を全員相手にまともに戦うことは
安全策をとって避ける傾向があります。

まぁ基本的にはこのアシュラーダやバスコのクラスはマーベラス一味6人よりも実力ではやや上回るが、
それでもマーベラス達が6人で上手く戦えば十分に勝機は見出せる相手であり、
ザツリグはマーベラス達を舐めたために不覚をとり、
バスコやダイランドーはマーベラス達との戦いの中でリスクを感じ取って慎重になっているといえます。

そして、このアシュラーダの場合はマーベラス達の真の力をまだよく知らないので
ザツリグのように油断しているとは言えます。
だが、ザツリグに勝った時もマーベラス達は考え抜いた作戦で奇襲を仕掛けてようやく勝ったのであり、
いくらアシュラーダが油断しているからといって、まともに戦っていては勝機はなかなか見いだせないでしょう。

逆に、今回マーベラス達がアシュラーダに勝つことが出来れば、
来たるべきバスコ戦の勝利にも期待できるというもので、
もし今回アシュラーダに勝てないようでは、おそらくバスコにも勝てないでしょう。

そして、これほどの強さを誇るアシュラーダが直接対決を避けたギャバンというのは、
やはり恐ろしく強いということになり、おそらくダマラスと同等の力があるのでしょう。
但し、アシュラーダが恐れたのは伝説の宇宙刑事としてのギャバンの実力であり、
その伝説の多くはかつて地球担当刑事としてマクーと戦い、マクーを壊滅させた実績に由来しています。
しかし、その後ギャバンは夢を見失い、真の勇気を無くしていたので、
現在のギャバンはアシュラーダが恐れた、ダマラスとも同等の力を持つギャバンよりは少し劣る。
それゆえ能力を複製しただけのブートレグに敗れたのですが、
それでもアシュラーダやマーベラス一味6人よりはやや強いのでしょう。

ただ、先ほど魔空監獄でマーベラスがブートレグに競り勝ったように、
人間の心の持つ力はそうした本来の能力差を乗り越える力も発揮し得る。
だから、現在この場で戦っているマーベラス一味、ギャバン、アシュラーダ、ブートレグの勝負は
どの組み合わせでもどう転ぶか簡単には予想できるものではありません。
それはこの場にはいないが、来たるべき戦いでマーベラス達と戦うことになる
バスコ、ダイランドー、インサーン、そしてアクドス・ギルにしても同じことです。

では、ここではひとまず、その人間の心の問題として、
この映画のメイン敵キャラであるアシュラーダの正体について考えたいと思います。

アシュラーダの正体、それはマクーの首領であった亡きドン・ホラーの血を引く、
おそらくドン・ホラーの息子と設定されています。
それは劇中の事実としては確かにそれで間違いないでしょう。
だが、アシュラーダというキャラがマクーの首領の血を引く者だという設定になっているのは、
この映画がギャバン絡みのストーリーだから、それに合わせた設定にしているに過ぎない。

だいたい、このアシュラーダというキャラ名が「宇宙刑事ギャバン」のキャラっぽくない。
「ギャバン」に登場するキャラは日本人一般キャラを除いてはだいたい外国人っぽい名前のキャラが多く、
特にマクーはドン・ホラーやサン・ドルバなど、その首領一族は
イタリアン・マフィアを意識したようなネーミングです。
このアシュラーダというキャラにマクーの首領ドン・ホラーの係累としてのカラーを前面に出そうという
制作意図があったなら、もっとドン・ホラーやサン・ドルバに似たようなマフィアっぽい名前にすべきでしょう。

しかし、そうではなく「アシュラーダ」というマクーにおいては異質な名前となっているということは、
制作サイドがこのキャラにおいて強調したいのは「マクーの後継者」という部分ではなく、
何か別の要素ということになります。

ならば、このアシュラーダはザンギャックの幹部怪人でもあるわけですから、
「ゴーカイジャー」の物語における他のザンギャック怪人と同じような
命名コンセプトなのだろうかと考えて見てみると、それもどうも違うような感じです。

ザンギャックの場合、アクドス・ギル(悪どすぎる)、ワルズ・ギル(悪すぎる)、
ダマラス(黙らす)、インサーン(陰惨)、バリゾーグ(罵詈雑言)というように、
悪いイメージの語感重視で、キャラクターの性格との一致不一致は特に気にしていない感じです。
つまり、ネーミングはあくまで語感重視であまり深い意味は無い。

幹部以外の怪人たちも、科学者だからザイエン(サイエンス)とか、
嫉妬深いからジェラシット(ジェラシー+嫉妬)とか、魚みたいだからウオーリアンとか、
ザツリグ(殺戮)とかシカバネン(屍)とかヨクバリード(欲張り)とか、分かりやすく安直なネーミングが多い。
しかしアシュラーダはザンギャック怪人にしては意味の深そうな名前であり、
そこには制作サイドの特別な意図が込められているように思えます。

アシュラーダといえば連想するのは「阿修羅」という言葉です。
そしてこのアシュラーダはここで腕が6本有ることが明らかとなりました。
「阿修羅」というのは八部衆に属する仏教の守護神であり、
仏像や仏画などを見ればよく分かるように、その特徴は「三面六臂」、すなわち3つの顔に6本の腕という姿です。
アシュラーダは顔は1つだが腕は6本、阿修羅と同じです。

しかもこのマーベラス達との戦いの場面でアシュラーダは必殺技を放つ際に
唐突に「マクーの怨念が阿修羅のごとく吹き荒れる」と言っています。
「阿修羅」というのは地球の仏教用語ですから、
ザンギャックの幹部でありマクーの残党であるアシュラーダがそんな言葉をいきなり口にするのは違和感があります。
それをあえて言わせたということは、制作サイドとしてはアシュラーダというキャラが
阿修羅と関連があるということを表したかったのでしょう。

つまり、アシュラーダというキャラの正体とは阿修羅なのです。
制作サイドはこのアシュラーダというキャラを通して阿修羅を表現したかったのでしょう。
もう一歩踏み込んで言えば、このキャラの立ち位置からして、
マーベラス一味やギャバンの戦うべき相手は「阿修羅」なのだということを表現したかったのでしょう。

ならば問題は「阿修羅」とは何なのかということになります。
阿修羅とは仏教の守護神の1つですが、守護神という扱いとなったのは仏教に採り入れられた後のことであり、
元来はヒンドゥー教における悪神で、戦いの神とされており、阿修羅の本質はこのあたりにあります。
ただ、阿修羅の場合、悪神といっても単純な悪魔ではなく、複雑な性格を有しています。

阿修羅の悪は「妄執の悪」とされます。
実は阿修羅はもともとは正義の神だったのですが、
己の正義に固執して戦い続けるうちに善の心を失い妄執の悪に堕ちてしまい、
悪の戦いの神となってしまったのだという。
まず第一義的には、アシュラーダという怪人がこの「阿修羅」なのだということを制作側は言いたいのでしょう。
「己の正義に固執して悪に堕ちた者」というわけです。

アシュラーダにとってはマクーの再興は正義なのでしょう。
マクーが正義だとか、マクーの再興が正義だとか、アシュラーダが正義だとか言いたいわけではありませんが、
要するにアシュラーダ自身はそれを正義だと信じ込んでやっているわけです。
それが妄執というものです。
つまり自分を悪だと自覚して悪の極致に向かって突っ走っているわけではなく、
あくまで正しいことだと思って悪の道を突っ走っているのがアシュラーダなのです。

アシュラーダは「マクーの怨念が阿修羅のごとく吹き荒れる」と言っており、
阿修羅である自分のパワーの源が「マクーの怨念」だと言っています。
怨念というと、まさに妄執そのものであり、
怨念というものは理不尽な仕打ちに対する怒りや恨みですから、
アシュラーダから見ればマクーは正しかったと信じているのに
そのマクーが理不尽に倒されて貶められたと恨んでいることになります。
怨念というものはそういうものです。
純粋なる悪は相手を恨んだりはしません。
だから、この言葉からもアシュラーダの阿修羅としての本質が窺い知れるといえます。

ただ、アシュラーダがマクーの再興を正しいことと信じ込んで悪の道を突っ走っていること自体が
ここで物語のポイントになるわけではありません。
そもそも、この手の「阿修羅」的な悪はこの「ゴーカイジャー」の物語の中で珍しい存在ではありません。

以前からたびたび強調していますが、ザンギャックというのは割と「まとも」な敵組織です。
宇宙を破壊して無に帰したり混沌に満ちたものにしようとしているわけではない。
単に全宇宙を支配したいだけであり、ザンギャックが全宇宙を支配することこそが正義だと信じ、
そのためには手段を選ばないだけなのです。
これもまさに「妄執の悪」であり「阿修羅」なのだといえます。

また、もう1つの敵役キャラであるバスコも、行動は邪悪そのものですが、
バスコは自分の夢である「宇宙最大のお宝」を手に入れるために手段を選ばないだけのことであり、
悪を為すことが目的なのではありません。
あくまでバスコは自分が自分の夢を叶えることを正しいことだと信じて行動しているのであり、
その結果、邪悪な行動に陥っているのだといえます。
つまりバスコもまた「妄執の悪」であり、「阿修羅」なのです。

しかし、アシュラーダもザンギャックもバスコも絶対的な悪なのではなく、
己の正義に妄執して悪に堕ちた者とするならば、
この「ゴーカイジャー」という物語には絶対的な悪は存在しないことになります。
いや実際、この物語に絶対悪は存在しない。
存在しないように作られているのです。

それは、この物語の主役であるゴーカイジャーが絶対善の存在ではないというのが
この物語の最重要コンセプトだからです。
敵が絶対悪となればそれと戦うゴーカイジャーが絶対善になってしまうので、
そうならないように敵は絶対悪としては描かないのがこの作品の方針といえます。

その結果、特にザンギャックという敵組織に関しては
「凄味が足りない」「悪魔的な怖さが無い」などと一部では不評です。
それは確かにその通りと言うしかないですが、そういう物語なのですから仕方がない。
この物語は「ヒーローとは何なのか?」というテーマを通常の作品よりも掘り下げて描く方針の作品なのであって、
単純に絶対善としてヒーローを描くことが出来ない。
その分、どうしても敵側も単純な絶対悪として描くことが出来ないのです。

それは悪として不徹底な描写となり、更に言えばゴーカイジャーもヒーローとしては不徹底な描写となります。
1年間かけてゴーカイジャーがヒーローとなる過程を描いているのですから、
最後の最後の直前までゴーカイジャーは正義のヒーローとして不徹底といえます。
物語をよく理解することによって、この不徹底な正義のヒーローであるゴーカイジャーこそが
等身大の魅力をたたえた真に共感できるヒーローなのだということが分かるのですが、
「理解する」ということがこのゴーカイジャーに魅せられる大前提となっているため、
「感じる」ことでこうした特撮ヒーロー作品を観る人にはゴーカイジャーの魅力は伝わりにくいかもしれません。

それをカバーするためにこの作品は上質のストーリーと素晴らしいアクションを提供しているので、
「感じる」人達、特にメインターゲットの幼児たちにも人気は得ていますが、
やや分かりにくいヒーローである点は否めないでしょう。
だが、やはりそういう作品なのだから仕方ないと言うしかない。

さて、とにかくこの作品には絶対悪も絶対善も存在しない。
そうなると正義の側の者もまた、己の正義に固執して「妄執の悪」に堕ちて「阿修羅」となる可能性はあるわけです。
実際、この物語においてはギャバンですら宇宙警察の「正義」に固執して
ザンギャックに苦しめられる宇宙の人々を見捨ててきた、
つまり「妄執の悪」に堕ちて「阿修羅」となっていたのです。

また「宇宙最大のお宝」という夢に固執してバスコが「妄執の悪」に堕ちたというのなら、
マーベラス一味もまた「宇宙最大のお宝」という夢に固執して
「妄執の悪」に堕ちて「阿修羅」となる可能性はあります。
実際、マーベラス達は今回も「魔空監獄を潰すこと」が正しいことだという信念のもと、
罪も無き囚人たちを皆殺しにしており、これはある意味、「阿修羅」的な行為だといえます。

となれば、普段からマーベラス達が市街戦で一般人の犠牲を黙認しながらザンギャックと戦っているのも
「妄執の悪」のようなものであり、
ならば同様に歴代34のスーパー戦隊も「妄執の悪」に囚われて「阿修羅」化していたようなものかもしれません。
つまり、戦いとは修羅の道なのであり、互いに正義を主張して己の正義に固執し、
やがては双方ともに妄執の悪に堕ちていくものなのです。
戦士というものは何時でも「阿修羅」に堕ちる危険を抱えた存在といえます。

つまり、この映画でマーベラス一味やギャバンが戦うべき「阿修羅」とは
目前の敵であるアシュラーダという名の「阿修羅」だけではなく、
究極的には自分の中の「阿修羅」のことなのだといえます。

マーベラス達は完全に「阿修羅」に堕ちたアシュラーダという敵との戦いを通して
自分の中の「阿修羅」との戦い方を見出すのであり、
ギャバンは自分の中の「阿修羅」の具現化した姿であるブートレグを倒すことで、
修羅の道を行く方法を見出すのです。
これこそがこの映画の物語の最重要ポイントだといえます。

しかし、戦士はいったいどのようにして自分の中の「阿修羅」と戦うのか?
「妄執の悪」から抜け出す方法はあるのか?

単純に考えれば、己の正義に固執することをやめて敵に対して寛容になれば良いように思えます。
しかし、それは現実的ではありません。
己の正しさを信じられずに戦うことは出来ないし、
戦うと決めた以上、敵に情けなどかけていては足元を掬われるだけのことです。

敵がそんな善人であるはずがない。
戦いの場である以上、相手もまた修羅の道に堕ちている悪である可能性が高いのですから、
情けや善意などが通じる保証は何処にも無い。
こちらが一方的に譲っても相手はそれを幸いに攻め込んでくるだけのことです。
戦う以上は勝つか負けるかであり、負けたら終わりなのですから、
敵に対して容赦無いのは当然であり、
戦いの巻き添えで多くの人々が犠牲になることさえ躊躇している場合でないのが現実です。
自分が戦い続けるために他の何かを犠牲にして振り返ることも出来ないのが現実です。
つまり、戦う以上は修羅の道から逃れるのは極めて困難なのだといえます。

ならば戦うことをやめれば修羅の道からは脱することが出来る。
実際そこで戦うことを止められる者は止めておけばいいでしょう。
しかし戦いをどうしても止められない者もいます。
それは修羅の道に堕ちた悪にこの世が溢れていて、その悪によって自分の大切な世界が損なわれることを知って、
それを見過ごすことは出来ない者です。
そういう者は戦士の宿命を背負って生まれた者であり、
それが修羅へと至る道だと分かっていてもなお、どうしても戦うことからは逃れることは出来ません。
世界を変え、世界を救うために修羅に至る危険な道をあえて選んで戦うのがそうしたヒーローというものなのです。

そういうヒーロー、戦士が修羅の道に堕ちることから逃れる絶対的な解決法は実際のところ有りません。
これをやれば絶対に安心などという便利な解決法は無いのです。
ただ、それでもなんとか妄執の悪に堕ちるギリギリのところで持ち堪え、
戦士が人間であり続ける道を手探りして一応の解決法に辿り着いた物語が
「侍戦隊シンケンジャー」という物語でした。

どうしてここでいきなり「シンケンジャー」の話になるのかというと、
この「海賊戦隊ゴーカイジャー」の物語の制作陣の最高責任者である宇都宮孝明プロデューサーの
担当した前作品が「シンケンジャー」だからです。

シンケンジャーは基本的には絶対善たるシンケンジャーと絶対悪たる外道衆との戦いを描いた
勧善懲悪ものなのですが、
「戦いは勝つか負けて死ぬか、そのどちらか」という覚悟で容赦なく外道衆を倒していく侍が
実は「侍と外道は紙一重」という存在であるというのが裏テーマの物語です。
つまり正義のための戦いを使命とする侍は妄執の悪に堕ちて阿修羅となりやすい存在だということです。

このあたりを象徴する存在として劇中に登場するのが「はぐれ外道」という存在です。
これは三途の川で生まれた純粋なる悪である普通の外道衆とは違って、
もともとは人間、つまり自分の正しいと思う道を生きていた真人間だったものが
妄執の悪に堕ちて三途の川に入って怪物化、つまり外道に堕ちた者であり、
これはまさに「阿修羅」を象徴した存在といえます。
この「阿修羅」的なはぐれ外道は純粋なる絶対悪である普通の外道衆たちからは蔑まれる存在であり、
怪物化した後も人間だった頃の妄執を満足させるべく不死の身体で永遠に足掻き続け苦しみ続ける存在です。

己の正義を信じて悪に対して容赦のない戦いを繰り広げる侍は、
このはぐれ外道、すなわち阿修羅に堕ちやすい存在なのであり、
特に幼少時から自身が志葉家当主の影武者であるという秘密を抱えて
孤独の中で自分の命を捨てて外道衆と戦うという純粋なる戦いの使命感の権化として生きてきた
シンケンレッド志葉丈瑠は己の信じる正義のために自分自身すら容赦なく捨て去ることの出来る、
ある意味で己の信念に究極の妄執を持つ者であるゆえ、
戦いにおいては比類なき強さを発揮するが、極めて妄執の悪に染まって外道に堕ちやすい傾向があったといえます。

この丈瑠の歪な妄執に目をつけたのがはぐれ外道の腑破十臓で、
強者と永遠に戦い続けるという妄執に堕ちた外道である十臓は丈瑠を外道に堕として永遠に戦い続けたいと欲し、
丈瑠を挑発して戦いに引きずり込み、その戦いの妄執を引き出そうとしました。
しかし歪な妄執を抱えているはずの丈瑠は十臓の思惑に反してギリギリのところで外道化せず、
十臓は何度も敗北します。

これは家臣たちと共に戦うようになった丈瑠が家臣たちに命を預けるという決断をした結果、
それまでは自分1人で抱え込んでいた正義の妄執を家臣たちと共有するようになったからです。
つまり生きるも死ぬも家臣たちと一緒となった丈瑠は自分1人で勝手に正義の戦いに殉じることは出来なくなり、
戦いの妄執の暴走に歯止めがかかるようになった。
もちろん影武者の秘密を家臣たちに隠したままの丈瑠は完全に家臣たちと心を1つにしていたわけではなく、
その絆は不安定なものであったので十臓はその心の隙を見つけて何度も戦いを挑んできたわけですが、
丈瑠は家臣たちとの絆のお蔭でギリギリのところで外道化を食い止め十臓を退けることが出来たわけです。

ところが外道衆との戦いも佳境となった時、
突然、志葉家の真の当主である志葉薫が外道衆との戦いに終止符を打つべく
外道衆の総大将ドウコクを倒す強大な力を身につけて現れ、
丈瑠は影武者であったことが発覚してその任を解かれてしまいました。

その結果、丈瑠は自分に騙されていたことを知って動揺する家臣たちに申し訳なく思い、
志葉家を薫のもとに1つにまとめるために自ら姿を消しますが、
そこで十臓に遭遇し、1人で戦うことにしか自分の存在意義を見出せなくなった丈瑠は
十臓と決着をつけるべく戦いはじめ、
家臣たちとの絆を自ら断った丈瑠は戦いの妄執が暴走し外道に堕ちる寸前までいきます。

しかし、そこに駆けつけた家臣たちの呼びかけによって丈瑠は間一髪で外道堕ちを免れ、十臓に勝利します。
そして家臣たちとの絆によって自分が妄執と共に戦い続けることが出来たことに気付いた丈瑠は
十臓の戦いと妄執を延々と支えてきたのも同じく絆の力だったのだと気付き、
十臓の心の本質が妖術によって刀に変えられた妻と共に戦い続けたいという想いだったことを喝破し、
それを聞いた十臓は外道としての存在意義を失い、はぐれ外道の不死身の肉体を失い、滅し去ったのでした。

一方、愛する男に捨てられた結果、自分を拒絶する世界との繋がりを求めて苦しみ続ける
妄執の悪に染まったはぐれ外道の薄皮大夫は、
たびたび戦った相手であるシンケンピンク白石茉子に自ら世界を拒絶しているだけだと喝破され、
純粋な悪でありながら自分との絆を求めるようになったドウコクの想いに気付き、
自分も人間の心を取り戻してドウコクとの絆を求めていることに気付きました。

そして、それが外道としての自分の存在意義の否定であることを悟った大夫は、
ドウコクとの繋がりを求めることによって自分がもはやはぐれ外道ではなくなるのを悟りますが、
ドウコクが求めているのはあくまで外道としての自分である以上、外道の姿のまま死すことを望み、
人間の心を取り戻したことによってはぐれ外道としての不死身の肉体を失った状態でわざと茉子に斬られて死を選び、
そこに現れたドウコクと一体化して消滅したのでした。

このドウコクに立ち向かった真シンケンレッドの志葉薫は
父の仇であるドウコクを倒すために正体を隠して孤独な生活の中でただひたすら侍の使命感で磨き上げた
封印の技でドウコクを攻撃しました。
薫こそは侍の頂点に立つ究極の正義の妄執の塊であり、最強の阿修羅というべき存在でした。
その力は本来はドウコクを倒すに十分なはずであったが、
人間の心を取り戻した大夫と一体化したドウコクはこの技を耐え、薫は敗北します。
ドウコクと大夫の悪の絆の力が薫の正義の妄執の力を制したのです。

この薫とシンケンジャーの危機を救った丈瑠は、
もはや絆の力によってしかドウコクを倒せないと悟った薫から当主の座を譲られ、正式に志葉家当主となり、
家臣たちと共にドウコクと再び戦います。
そしてシンケンジャーの絆の力と、絆を得たドウコクの力がぶつかり合った最終決戦は
シンケンジャー側が紙一重で勝利を収めてドウコクを遂に倒しましたが、
最期にドウコクは人間や侍が戦いの妄執から逃れられない限り外道の脅威が去ることはないことを
示唆して滅しました。

宇都宮Pの前作「シンケンジャー」というのはこういうお話です。
ここで描かれているのは、人間は戦い続ける限り、己の正義に固執して
妄執の悪に堕ちる危険から逃れることは出来ないが、
たとえ妄執を通してであっても他人と強い絆で繋がることによって、
完全に己1人の妄執に固執することがなくなり、
完全に妄執の悪に堕ちて阿修羅と化することを防ぐことが出来るということです。
それが人間の絆の力であり、人間の心の力です。
そして、そうした人間の絆の力は己の中の妄執を制すると同時に、
妄執の悪に堕ちた敵の阿修羅の力をも制することが出来るということも、ここでは描かれています。

こうした宇都宮Pの考え方は「ゴーカイジャー」にも、
そしておそらく新作の「仮面ライダーウィザード」にも引き継がれているのでしょう。

アシュラーダのマクー再興の望みや、ザンギャックの宇宙制覇の野望、
バスコやマーベラス一味の「宇宙最大のお宝」を掴み取ろうという夢、
ギャバンや宇宙警察の宇宙平和への願い、
マーベラス達のザンギャックの支配を脱した宇宙を目指そうという隠された想いなど、
これら全ては所詮は皆等しく妄執なのです。
善悪どちらの方向であったとしてもです。

いや、そもそも善悪は、絶対善も絶対悪も存在しない以上、
各自の主観次第、見る人の立場次第でいくらでも変わります。
正義が必ず勝つなどということも有り得ない。そもそもどれが正義なのか分からないのです。
どれも本人たちにとっては正しいことなのでしょうが、
それに固執して妄執化するゆえに、何時でもそれは悪に転じる可能性はあるのです。

ただ、そうして妄執の悪に堕ちた者は堕ちなかった者によって制される運命でありますから、
そういう意味では善が勝利し、悪は滅びるというのも真理なのでしょう。
だが、善は善であるゆえに悪を制することが出来るわけではないので、
本質的には善が悪に勝つというわけではない。
なんとか善に踏み止まった者が踏み止まれなかった者に優越するだけのことです。

では人はどうやって善に踏み止まるのかという、そこが勝利者の真の条件ということになります。
そして、それが人と人が繋がる力、絆の力なのであり、それが人間の心の力なのです。
たとえその目指す妄執が宇宙征服であれ宇宙平和であれ、善であれ悪であれ、そんなことは関係無く、
とにかくその妄執を共有する者同士の絆が強い方が、
妄執の悪に堕ちて阿修羅化することはなく、阿修羅化した相手を制して勝利するのです。

夢の内容が立派な者が勝つわけでもなく、夢を掴もうとする想いが強い者が勝つわけでもなく、
ましてや単に力の強い者が勝つわけでもない。
夢を掴もうとする想いを共有する仲間の絆が強い者だけが
阿修羅の力を得ながらもギリギリのところで人間の心を失わないゆえに、
妄執の悪に堕ちきった敵を制して勝利することが出来るのです。

マーベラス達はまだ「ザンギャックに支配されない宇宙を作ろう」という
自分達の立派な夢を自覚して共有して絆を結んでいるわけではない。
まだ「宇宙最大のお宝」を掴もうという、あまりご立派ともいえない夢でしか絆を結んではいない。
それでも魔空空間でブートレグやアシュラーダを出し抜くことが出来たのは、
夢の中身など関係無く、彼らが夢を目指す強い絆で結ばれているからでした。

また、ギャバンが戦う力を取り戻したのは、
自分の夢が宇宙平和のために戦うことだったことを再確認したからでもなく、
マーベラスが宇宙をザンギャックから解放しようという夢を持っていることに気付いたからでもありません。
ただ単に自分の志をマーベラスが引き継いでくれていたことを知り、
自分が同じ夢で次の世代に繋がっていることを知ったからでした。
夢を同じくする者同士の繋がりこそが人間の心の持つ真の強さなのであり、
己の正義に固執して妄執の悪に堕ちた阿修羅を凌駕する強さの源なのです。

ただ、それは「夢を掴むために集まった仲間の絆」を持つマーベラス一味こそが
常に勝利するということを意味するわけではない。

例えば宇宙警察の「ザンギャックの非道行為は見て見ぬフリをしても
宇宙犯罪者の取り締まりを重視して宇宙の平和を目指そう」という考え方はギャバン1人の考えではなく、
もちろん宇宙警察の成員全ての共通した考え方であり、
その考え方の善悪はともかくとして、とにかく宇宙警察の成員はその考え方をもとに強い絆で結ばれていたはずです。

しかし、それは宇宙警察内部では強い絆を生んだかもしれないが、
宇宙警察という一組織の己だけの妄執、すなわち組織エゴでしかなく、
宇宙警察以外の宇宙の人々、特にザンギャックに虐げられている人々との間に
共感を呼び絆を強めるような考え方ではなかった。
だからそういう意味では宇宙警察は妄執の悪に堕ちており、
それゆえ妄執の悪であるザンギャックに打ち勝つ力は得られなかった。

それと同じことで、マーベラス一味の6人がいくら同じ夢で結ばれた強い絆を持っていようとも、
それは外部から見ればマーベラス一味のエゴに過ぎない。
その夢が「宇宙最大のお宝」であれ「宇宙をザンギャックから解放すること」であれ、
どっちにしてもその夢で外部の人間と絆を結ぶことが出来ていなければ同じことです。

つまりマーベラス一味の夢の絆は確かに強大な力は発揮するが、
それが通用する相手には限度はあり、
より巨大な敵に勝つためには、マーベラス一味の絆の力だけでは足りない。
もっともっと大きく広い範囲の夢を同じくする人々の絆が必要となってくることも有り得るのです。

ただ、それについてはこの場ではこれ以上深入りする必要は無いでしょう。
ここはとにかく相手はアシュラーダです。
今までマーベラス達はザツリグやダマラスを彼ら6人の絆の力で撃ち破ってきました。
だからそれらと同程度の相手であるアシュラーダならばマーベラス一味の絆で対応可能な範囲だからです。

さて、そのアシュラーダは「マクーの怨念が阿修羅のごとく吹き荒れる」と言って技を放ちましたが、
そもそもマーベラス達は30年前に壊滅した宇宙犯罪組織マクーについて何も知らない。
そんなものが過去に存在したらしいということも、あの公園でバスコに話を聞くまで知らなかったのです。
マクーが30年前にギャバンによって潰されたことも知らず、
とにかくマーベラス達の知ったマクーに関する情報は
「魔空監獄がもともとはマクーの施設だったが今はザンギャックの怪人アシュラーダが管理している」
ということだけであり、アシュラーダがマクーの残党であること自体、マーベラス達は知りません。
その上「阿修羅」という言葉の意味もマーベラス達は知りませんし、
マーベラス達はアシュラーダが何を言っているのかよく意味が分からないまま技を喰らって
地面に這いつくばる形となりました。

ただ、アシュラーダが「マクーの怨念」と言っていることから、
どうやらアシュラーダはその「マクー」というバスコの言っていた宇宙犯罪組織の残党であり、
今は跡形もないマクーという組織はおそらく過去に壊滅しており、
アシュラーダはそのことを恨んでいるのだということは何となく分かりました。
つまり、アシュラーダのパワーの源は怨念の力ということだとマーベラス達は理解し、
その怨念の力の強大さに一瞬たじろぎました。
ところがアシュラーダが這いつくばったマーベラス達に向かって勝ち誇ったように
「これが我が身に流れるドン・ホラーの血の力だぁっ!!」と言ったので、マーベラス達は拍子抜けしたのでした。

「・・・ドン・ホラー・・・?」とアシュラーダの言葉を反復しながら顔を上げたルカは「・・・誰それ?」と嘲笑します。
アシュラーダはルカの意外な反応に「ああ!?」と間の抜けた声を漏らしました。
アシュラーダはマーベラス達がマクーやその首領ドン・ホラーのことも知っていると思っていたようで、
ドン・ホラーの名を出せば恐れおののくとでも思っていたようです。

まぁ確かにバスコもマクーのことは知っていたし、
インサーンやダイランドーも普通にマクーのことは知っており、
インサーンなどはかなりマクーの内部事情にも詳しいわけですから、
マクーというのは現在の宇宙では一般にはあまり知名度は無いが、
そのスジの人達、つまり裏社会に通じた者の間では結構知られているものであるようです。

だから宇宙海賊のマーベラス一味ならばマクーやドン・ホラーについて
噂ぐらいは聞いたことがあるだろうとアシュラーダは思っていたようです。
だいたい、マーベラス達は魔空監獄に攻め込んできたわけで、
そこでマーベラスも「史上初の脱獄」とか言っていますし、
それらを踏まえてアシュラーダがマーベラス達が魔空監獄やマクーのことをもともと知っていたと
考えるのも無理からぬ話です。
まさかマーベラス達の知識が全部バスコから聞いた断片的知識の受け売りに過ぎなかったとは、
さすがにアシュラーダも想像出来なかったのでしょう。

それでアシュラーダはマーベラス達がマクーやドン・ホラーの恐ろしさは
多少は知っているだろうとは思っていましたが、
アシュラーダがドン・ホラーの息子だということはこれまでアクドス・ギルしか知らなかったぐらいですから
当然マーベラス達がそのことを知っているはずはないともアシュラーダは思っており、
ここで自分が実はドン・ホラーの血を引いており、この力はドン・ホラーの血の力なのだと言えば、
さぞマーベラス達はビビるだろうとアシュラーダは思ったようです。

ところがマーベラス達はドン・ホラーの名も聞いたことがないので、アシュラーダの思惑は外れ、
逆にいきなり知らない名前を出したアシュラーダはルカに冷たく笑われる羽目になってしまった。
この場面、一見そのように見えます。
しかし実際はルカはそういう理由で嘲笑したわけではないでしょう。

確かにマーベラス達はマクーやドン・ホラーというものについて何も知らない呑気な連中ですが、
それでもアシュラーダの一連のセリフから、アシュラーダは過去に壊滅したマクーの残党であり、
ドン・ホラーという者の血を引く息子だということは理解しました。
そして文脈的に、おそらくドン・ホラーというのはマクーの首領格なのであり、
マクー壊滅時に殺された者なのであろうと推測できました。

つまりアシュラーダがさっき言った「マクーの怨念」とは、
父親のドン・ホラーを殺された怨念ということだろうということまで、マーベラス達には一応理解出来ました。
そこまで理解した上で、ルカはドン・ホラーのことを「誰それ?」と嘲笑したのです。
いや、よく知りもしないドン・ホラーのことを嘲笑したのではなく、アシュラーダのことを嘲笑したのでした。
どうして嘲笑したのかというと、アシュラーダが自分の力をドン・ホラーの血の力だと言ったからでした。

アシュラーダはさっき自分の力をマクーの怨念の力であるように言ったので、
マーベラス達はアシュラーダ自身がマクー壊滅に際して怨念の心を持つような敗北を喫したのだと思いました。
ところがアシュラーダ自身が自分の力を亡き父と思われるドン・ホラーの血の力だと言うので
マーベラス達は拍子抜けしました。
どうやらアシュラーダの怨念というのはマクーの首領格だった父親を殺された怨念であるようなのです。
アシュラーダがその父の怨念を受け継いで自分の力にしているのかというと、どうもそういうわけでもなく、
アシュラーダがその父から受け継いでいるのは血の力だという。

いや実際、ドン・ホラーの特殊な超能力はその血縁者であるからこそアシュラーダに受け継がれているのであり、
そういう意味でアシュラーダが自分の身体にドン・ホラーから受け継いだ血が流れていることを
自分のアイデンティティとしているのは理屈は通っている。
ギガントホースでもドン・ホラーの血を引いていることを誇らしげに語っていました。
ドン・ホラーの血を受け継いでいるからこそ自分は特別な力を持つ特別な存在なのであり、
マクーを引き継ぐ資格があるのだとアシュラーダは自負している。
だからここでもマーベラス達を相手に自分の強さを誇る際にドン・ホラーの血の力を強調したのです。
しかしマーベラス達はその言葉を聞いて、アシュラーダに強さや恐ろしさは逆に感じられなくなり、
軽侮する想いが湧き上がってきたのでした。

アシュラーダはマクーの怨念の力を我が物としているつもりのようだが、怨念といえども1つの想いです。
想いというものは人と人の心の繋がりがあってこそ引き継がれる。
ところがアシュラーダは自分の力を血の力だといいます。
しかし、単に血の繋がりがあるだけで想いが引き継がれるなどということはない。
自分の力の根拠を「血」だとしか言えないアシュラーダは
真にドン・ホラーの想いや志を受け継ぐことは出来ていない。
つまり、マクーの怨念も本当の意味では受け継ぐことは出来ていないのです。

アシュラーダは単にドン・ホラーの血を受け継いでいるだけであり、ドン・ホラーの心を受け継いではいない。
だからマクーの怨念の力などといっても、それは所詮は偽物であり、
アシュラーダが自分こそがマクーの力、ドン・ホラーの力を受け継ぐ正当な資格があるのだと
勝手に思い込んでいるだけの妄執の力に過ぎないのだとマーベラス達は悟りました。

実際、アシュラーダは父に認められなかった不肖の息子であり、
父親のドン・ホラーには冷遇され、心と心の繋がりなど無かった。
しかも、その父に冷たくされた理由がこともあろうに「血」、すなわち母親の血統が劣っているからだったのです。

そのアシュラーダが自分を認めなかった父を超えたいという妄執にとりつかれたのでした。
父のドン・ホラーも息子のアシュラーダを理解して心と心で繋がろうとはしなかったが、
その父と同様、息子のアシュラーダも父の想いなど理解しようとはせず、
もともとは父にその純粋性を否定された自らの血だけを根拠に、
その血をたぎらせて血の力を高めさえすれば自分は父の地位を受け継ぎ、父を超えることが出来ると盲信したのです。

だから、この場にはドン・ホラーの魂などは受け継がれていない。
この場にあるのはアシュラーダの独善的な妄執だけなのです。
この場でマーベラス達の前に立ち塞がっている敵の中にはドン・ホラーは存在しない。
戦っているのはアシュラーダただ1人でした。
そんな孤独な妄執に堕ちた阿修羅がアシュラーダという怪人の本性でした。

アシュラーダが所詮はそうした孤独な妄執の悪に過ぎないことに気付いたルカは、
さもドン・ホラーの想いと共に戦っているかのように自分に酔っているアシュラーダを見て滑稽に思い、
ドン・ホラーなどという者がこの場のいったい何処にいるというのかと嘲笑うように
「誰それ?」とからかったのでした。
ジョーも上体を起こして「フン!・・・そんなヤツのことは・・・どうでもいい!」とピシャリと言い切ります。

ジョー自身、過去に親を殺されています。
しかし自分が幼い頃に死んだ両親のことをジョーはよく知りません。
単に血が繋がっているだけという相手です。
もちろんよく知らないからといって両親を殺されてジョーとて平気であるわけではない。
両親や故郷の星の人々を殺したザンギャックに対する恨みの感情はあります。

だが、ジョーはザンギャックと戦う時、両親のことを考えて戦ったことはない。
単に血が繋がっているだけの関係である両親に関する怨念の感情は
ジョーに戦う力をプラスしてくれなかったからです。
それよりも最初にジョーに戦う勇気をくれたのは同郷の先輩であったシドとの心の繋がりでした。
そして今となってはもはやジョーはシドとの誓いすら戦いの時に想起することはない。
それはあのバリゾーグを倒した戦いの時に、
マーベラス一味の仲間と共に掴む夢の中に溶け込むようにして解消していったからでした。

だから今はジョーに戦いの場で力をくれるのは、マーベラス一味の仲間の絆でした。
家族でなくても同じ星の生まれであれば多少は血の繋がりもあり、同胞意識もあるものですが、
マーベラス一味の仲間たちは見事に生まれた星も遠く離れてバラバラであり、仲間内で血の繋がりなどは皆無です。
それでもジョーはマーベラス一味の一員として戦い続けるうちに、戦いの場で仲間の絆によって戦う力を貰ってきた。
その結果、ジョーは、人に戦う力を与えてくれるのは血の繋がりなどではなく、
心の繋がりなのだということを悟ったのでした。

だから、こんな戦いの場でドン・ホラーだか何だか知らないが、血の力の話など何の意味も無い。
少なくとも、心と心で繋がった自分達マーベラス一味との戦いの場で
血の力の自慢など全くどうでもいい話だとジョーは思ったのでした。

ジョーの前で身を起こしつつ鎧も「・・・同じドンなら、ドンさんの方がよっぽど凄いです!」と
笑いながらハカセの方をチラリと見ます。
仰向けに倒れ込んでいたハカセはいきなり自分の名前が出てきて、
しかもなんだか褒められているので驚いて顔を上げて「・・・そ、そぉう・・・?」と照れます。
アシュラーダの口ぶりではドン・ホラーという奴はかなり強そうな奴なのですが、
自分がそれよりも凄いなどと言われてハカセは鎧がそこまで自分を高評価してくれていることに驚いたのです。

しかし鎧は別にドン・ホラーよりもハカセの方が戦って強いなどという意味で言ったわけではありません。
そもそも鎧はドン・ホラーなどという者のことを知らないので、そいつがどれぐらい強いのか知らない。
鎧が言いたかったのは、アシュラーダにとってのドン・ホラーの存在価値よりも、
自分にとってのハカセの存在価値の方が遥かに凄いのだということでした。

アシュラーダとドン・ホラーの間は単なる血の繋がりしか無く、心の繋がりが無い。
それに対して自分とハカセの間には血の繋がりは無いが、心の繋がりがある。
共に同じ夢を掴むために戦ってきた深い絆があるのです。
だから自分はハカセと一緒に戦えば勇気が湧いてきて限界を超えた戦う力が発揮できる。
もちろんハカセだけでなくマーベラス一味の仲間全員がそうした絆で互いを助け合っているのです。
それこそが凄いことなのであり、アシュラーダは確かに強いかもしれないが、
そうしたマーベラス一味のような絆の持つ凄さは無い。そういうことを鎧は言いたいわけです。

ハカセはその意味を取り違えてビックリして照れていますが、
ハカセの横で倒れていたアイムは鎧の言葉の意味を理解し、
上体を起こして頷いて「私も・・・そう思います!」とキッパリと同意しました。

アイムもまた両親を殺されています。
それも自分の目の前でザンギャックのザツリグによって殺されました。
そしてアイムはアシュラーダとは違い、両親が自分に託した想いとは何だったのか懸命に考えて、
自分が生きてザンギャックと戦い続けることによって
故郷ファミーユ星の生き残りの難民たちの希望の象徴となろうと決意し、
マーベラス達に頼んで海賊団の仲間に入れてもらいました。

アイムは両親から血を受け継いだだけではなく、ちゃんと想いも受け継いでいたのです。
いや、ちゃんと受け継いでいたつもりだったのです。
だが、再びザツリグと遭遇した時、アイムは復讐の妄執に憑りつかれてしまった。
自分は死んでもザツリグに一矢報いてやりたいという怨念に支配されてしまいました。
それはアイムの両親は決して望んではいなかった道でした。
そんなことはアイムにも分かっていたのですが、それでもアイムは復讐の衝動を止めることが出来なかった。

その時のことを思い返して、アイムはあの時の自分は所詮は今のアシュラーダと同じだったと思いました。
アイムも実は両親の生前は両親の想いを理解出来ていたわけではない。
ファミーユ星を統治する両親は偉大すぎてアイムには測り知れない存在でした。
だからあのファミーユ星の最期の夜、自分だけ逃がして生き延びさせた両親の考えが
理解出来ずにアイムは狼狽えたのです。

つまりアイムは生前の両親とは真に心が繋がってはいなかった。
そんなアイムが両親の死後に両親の想いを想像し、皆の希望の象徴となって生きることが両親の想いだと理解し、
それに従って生きようと思ったが、本当はそれはアイムの勝手な妄執であったのです。
もちろん内容的にはとても立派な志なのですが、
本当に生前の両親とそうした志で生きるという道を確認し合っていたわけでなく、
アイム1人の思い込みであったという点で、それは所詮は妄執であったのです。
だから、より強い妄執であったザツリグへの復讐心によって押し流されてしまった。

その復讐の妄執による破滅への道を押しとどめ、ザツリグを倒して生きる道を開いてくれたのは、
マーベラス一味の仲間たちの絆でした。
もともとはアイムの妄執に過ぎなかった
「ザンギャックと戦い続けることで宇宙に散り散りになった人々の希望の象徴となる」という想いは、
何時の間にかマーベラス一味の仲間全員の夢となり、各自の心を繋ぐ想いとなっていたのです。
そうしてアイムの妄執は妄執ではなくなり、仲間の心を繋ぐ夢となり、ザツリグを倒す力を引き出したのでした。

あの時のことを思い起こし、アイムは
血が繋がっているだけで心が繋がっていない関係は所詮はどんなに頑張っても
独善的な妄執しか生み出さないのであり、
心と心を繋げあってきた仲間の絆の力には到底及ぶことはないのだと確信しました。
だから鎧の言う通り、
ハカセをはじめとした仲間たちは鎧にとっても自分にとっても凄い力をもたらしてくれる存在なのであり、
それはアシュラーダの血の力への妄執などとは比べ物にならない巨大な力を
自分達にもたらしてくれるはずなのだとアイムは思ったのでした。

ただ、ハカセだけは相変わらず勘違いしたままで、
アイムまで自分をドン・ホラーとかいうよく分からない化け物みたいなヤツより強いと
思ってくれているのかと思って驚き、アイムの方を向いて「ホントにぃ・・・!?」と問い直します。
そのハカセのズレっぷりに少し呆れつつ立ち上がったマーベラスは
「・・・ま!・・・そんなこともどうでもいいがな・・・フン!」と小馬鹿にしたように軽く鼻で笑います。

実際、ハカセとドン・ホラーのどっちが凄いかなど、マーベラスにとっては本当にどうでもいい話でした。
そんなものは比べる価値さえ無い。
ハカセの方が凄いに決まっているのです。
ドン・ホラーがどれだけ凄い奴だか知らないが、息子のアシュラーダに血しか残せなかったようなヤツなど、
日々の生活や戦いの中で共に夢を掴む仲間の絆を通して自分達に勇気をもたらしてくれるハカセに敵うわけがない。
ハカセだけではない。この場にいるマーベラス一味の仲間全員、
そのドン・ホラーなんていうよく分からんヤツよりも凄いに決まっているのであり、
それは当然すぎて論じる価値すらない。

そんな程度のヤツの名を出して威張っているアシュラーダなど、
いくら腕が立つとはいっても所詮は大したことはない。
アシュラーダのあまりのパワーに一瞬たじろいだマーベラスでしたが、そう思うと気持ちが落ち着きました。
自分達の絆の力はこのタイプの強敵はこれまでにも何人も打ち破って来た。自分達はまだまだ戦える。
マーベラスはそう思いました。

ジョーも同じ考えであるようで「フフ・・・」と不敵に笑って立ち上がり、
キョトンとして座ったままのハカセ以外の全員が一斉に立ち上がったところで
マーベラスは「いくぜえええっ!!」と号令を発し、
慌てて起き直ったハカセも含め、5人の仲間全員が「おおおう!!」と応えて、
マーベラス達6人はアシュラーダに向けて一斉射撃しました。

アシュラーダは6本の腕を身体の前に出してガードし、この銃弾を全て弾き、
「無駄なことを!」と嘲笑いますが、今回は様子がどうも変です。
銃弾を弾いた後、アシュラーダの周りに白い煙のようなものが立ち込めて、アシュラーダの視界を塞いだのです。

次の瞬間、アシュラーダは右手に何か気配を感じて「うっ!?」と振り向いたところ、
白い煙の中から突如現れたジョーが「はあっ!!」とアシュラーダの脇腹あたりを斬り裂いて
風のように右から左に通り抜け、白い煙の中に消え、
アシュラーダが驚いているうちに次から次へとあっという間に、
同じように煙の中から飛び出してきたマーベラス一味の面々が
バラバラな方向からアシュラーダに斬りつけて通り抜けていったのです。

そして最後は煙の向こうから現れたマーベラスが真正面からアシュラーダ目がけて斬りつけてきたので、
慌てて腕でその剣を受け止めたアシュラーダは「・・・小賢しいマネを・・・!」と忌々しそうに呻きます。
マーベラス達がさっき撃った銃弾は普通の弾ではなく、煙幕弾だったのです。
アシュラーダがどうせ自信満々で腕で弾くことは予想した上でアシュラーダを煙幕で包んで、
その視界を奪って煙の中から波状攻撃するという、かなり卑怯な作戦です。

しかしマーベラスは夢を共に掴む絆を結んだ仲間と一緒ならばどんな修羅の道でも突き進んでいき、
そして絶対に堕ちない男です。
当然悪びれもせず「海賊だからな!」と言い放つと、
剣を引いて「おりゃああっ!!」とアシュラーダの腹のあたりを斬り裂きました。

さて一方、倉庫の中でのギャバンとブートレグの戦いの方ですが、
こちらは何時の間にかギャバンがブートレグを押しまくるという展開となっていました。
先ほどまでは互いに剣を握って互角の勝負をしていたはずの2人ですが、これはいったいどうしたことなのか?

いや、というよりも本当は疑問に思うべきところは逆なのです。
ギャバンの能力を複製したのがブートレグですから、当然能力は両者は互角であるはずです。
ただ、それは基本性能であって、ギャバンの場合は自分の「素晴らしい未来」を掴もうとする想いが
マーベラスに繋がっていたことを知ったことによって、
「素晴らしい未来」を目指す人間の心を取り戻したわけですから、機械戦士には持ち得ない勇気の力を得たはずです。

その勇気の力とは、これまでマーベラス達が示してきたように、
格上の相手に対しても逆転勝利を掴み取るほどの凄まじいパワーとなります。
だから基本性能が対等であるブートレグを相手にギャバンがこの人間の勇気の力をも引き出して戦えば、
あっという間にブートレグを圧倒していてもおかしくはない。
だから、こうしてギャバンがブートレグを押しまくっている状態が本来あるべき状態なのです。
それなのに、ここに至るまでどうして両者は一定時間、互角に戦っていたのか、
本来疑問に感じるべきなのはそちらの方なのです。

では、どうして本来はギャバンが圧倒すべきところなのに両者は互角であったのかというと、
それはギャバンの意思によるものでした。
ギャバンは戦い始めてすぐに、自分がブートレグに勝つことは容易いことに気付きましたが、
あえてしばらくの間、互角に戦うようにしていたのです。

それは別に余裕を示して遊んでいたわけではありません。
ギャバンは戦いの場でそんなくだらないことをする男ではない。
本来ならば勝てる戦いは速攻でケリをつけます。

ギャバンもこうしてアシュラーダがブートレグを自分に差し向けてきているのは
自分を足止めすることが目的だとすぐに悟っていました。
ブートレグを使って自分を足止めしておいてアシュラーダが狙っていることは、
マーベラス達を討つことであることも分かっていました。
だからギャバンとしては早くブートレグを倒してマーベラス達の加勢に行くのが
この場合はベストの選択であるはずです。

だがギャバンは自分の加勢は必ずしも必要ではないと思っていました。
アシュラーダは己の力だけでマーベラス達を倒せると思っているようだが、
慢心してブートレグを自分の傍から離したのは逆にアシュラーダの命取りになるだろうとギャバンは思いました。

アシュラーダは自分を狙っていたにもかかわらず自分と直接戦おうとはせずにわざわざブートレグを作った。
つまりアシュラーダの強さは自分やブートレグよりは下なのだとギャバンには理解出来ていました。
だが、あの魔空監獄でマーベラスはブートレグを出し抜いて奇跡の救出劇を成功させました。
その意味をアシュラーダは十分に理解出来ていないようだが、
ギャバンにはあれこそマーベラス一味の持つ人間の心のもたらす勇気であり、
不可能を可能にする強さであることが分かっていましたから、
マーベラス一味がその力をしっかり発揮すればブートレグをも撃破出来ると判断していました。
マーベラス達が持てる力を発揮すればブートレグに劣るアシュラーダを撃破することは容易いはずです。
だから自分が慌てて駆けつけるまでもないとギャバンは思いました。

しかし、それはギャバンがブートレグとわざと互角の勝負をして決着を先延ばししていることの理由にはならない。
倒せるならさっさと倒してしまってマーベラス達の加勢をする方がより安全策のはずであり、
普段のギャバンなら間違いなくより確実な策の方を選ぶはずだからです。
だから、何にしても今のギャバンの行動は少し異常であるのは間違いない。

それは今のギャバンが普段のギャバンとは違うからです。
普段の淡々と宇宙刑事としての職務をこなすギャバンとは違う、
かつてないほどの激しい怒りに燃えるギャバンでした。

いや、激しく怒っているのならさっさとブートレグを一刀両断してしまえばいい。
それにいったい何をそんなに怒っているのか?拷問された腹いせなのか?
いや、そうではない。そもそもギャバンは勝利を確信して以降は、
目の前のブートレグという名の機械戦士などはもはや眼中にはなかった。

ギャバンの怒りの対象はブートレグなどではない。
だからブートレグをさっさと斬り捨てても意味は無いのです。
そう、ギャバンの怒りの対象はギャバン自身でした。
今のギャバンは宇宙刑事ギャバンへの激しい殺意の塊となっていました。
つまり、ギャバンは自分自身の手で自分の犯した罪のケジメをつけようとしているのです。

ギャバンは長らく宇宙警察のルールに縛られてザンギャックの暴虐に目をつぶってきた。
その結果、宇宙では多くの人々が不幸になり、多くの人々が命を落とした。
もし自分にルールを乗り越えて戦う勇気があれば、救うことが出来た命もあったはず。
今回、マーベラスとの再会で人間らしい心を取り戻したことによって、
ギャバンはザンギャックと戦う勇気を得たが、同時に過去の自分の罪深さもそのように直視せざるを得なくなった。

人間の心を取り戻した、心を入れ替えた、などと言って簡単に許されるような罪ではない。
宇宙刑事ギャバンは万死に値すると、ギャバンは恥じ入りました。
しかし自分が死んでも償いにはならない。
むしろ今後は人々を真に守るために死ぬ気で戦うことで償っていくしかない。
だからギャバンは恥を忍んで生きて戦い続けていくしかない。

だが、これから自分が何人の人々を救おうとも、過去に自分が見捨ててきた人々が生き返るわけでもない。
その罪は永遠に償えないまま背負い続けていくしかないと思うと、
ギャバンはその苦しみに押し潰されそうにもなります。
そのために自分はやはり前に進むことが出来ないかもしれないとギャバンは危惧しました。

ギャバンはそんな簡単に自分の犯した罪を忘れたり割り切ったり出来るような器用な男ではない。
この戦いはもちろん勝つ。
だが、この戦いが終わった後、やはり何かでケジメをつけないと
自分はこのままでは前に進めないのではないかとギャバンは思いました。

そこにブートレグが襲ってきて戦っているうちに、
ギャバンはそういえばブートレグは過去の自分の分身のような存在であったことを思い出しました。
自分と同じ能力を持ち、かつての自分と同じく、人間の心を持たず、自分で善悪も判断できず、
ただ上に命じられたままに戦い、その結果、ザンギャックのような悪に加担するブートレグは
まさに過去の自分そのものだとギャバンは改めて思いました。

ブートレグは宇宙刑事ギャバンの海賊版という意味で「ギャバン・ブートレグ」という名ですが、
海賊版と言うにはあまりにもそっくりすぎる。
そう、過去の自分の方が本物のギャバンの海賊版「ギャバン・ブートレグ」に過ぎなかったのだと
ギャバンには思えました。
この目の前の機械戦士はギャバンの海賊版であった過去の自分の完全コピー、いや、過去の自分そのものなのだ。
その過去の自分であるギャバン・ブートレグを葬り去ることで自分は本来の自分として前に進むことが出来る。
そうギャバンは考えました。

いや、これは屁理屈に過ぎません。
過去において多くの人々を見殺しにしてきたのもまた本物のギャバンなのです。海賊版などではない。
そんなことはギャバンも頭では分かっています。
しかし、前に進むためには心のケジメをつける儀式がどうしても必要であったのです。

自分の中の過去の自分をこれからの自分と切り離して葬り去る。
それは罪悪感からの一種の逃避なのかもしれない。心の弱さの表れなのかもしれない。
そのこと自体が一種の罪であり、疾しい行為でした。
だが、その罪を背負うことで過去の巨大すぎる罪悪感を少しでも軽くして前に向かって進み戦うことが出来るなら、
それでいいとギャバンは思いました。

どっちにしても、戦うということは罪を背負うことであり、
ルールを破るはみ出し者の行為であり、修羅の道なのです。
それらを背負って前に進めるなら、それは戦士にとって幸いなのだとギャバンは思いました。
だから、罪深いことと知りながら、ギャバンは目の前の機械戦士を
過去の自分「ギャバン・ブートレグ」に見立てて、自分自身の手で自分にジャッジメントを下し、
自分殺しをすることでケジメをつけて未来の戦いに向けて進むことにしたのでした。

そのためには単なる木偶の棒のような機械戦士を倒しても意味は無い。
ブートレグにはしっかりとギャバンそのものになってもらわないといけない。
つまり、そのボディに複製された宇宙刑事ギャバンの全能力を引き出してもらわないといけないのです。
今のギャバンならばブートレグがその持てる力を発揮しきれないうちに一気に倒してしまうことも可能でしたが、
ギャバンはギャバン自身を裁くために、それは望まなかった。
一見互角の戦いを繰り広げているかのようにしながら、
戦いをコントロールして次第にブートレグの中に複製されたギャバンの能力を限界まで引き出していき、
その攻撃を全て受け止めていったのでした。

そして、機械戦士ブートレグがほぼ宇宙刑事ギャバンそのものに近づいたところで、
ギャバンは最後に相手のフルパワーを引き出すべく、
厳しく攻勢に転じてブートレグを一気に追い込み始めたのです。

ギャバンの激しい剣撃に吹っ飛ばされて地面を転げまわったブートレグは慌てて立ち上がりますが、
そこに「おおうっ!」と叫んで飛び込んでギャバンはレーザーブレードを斬りおろし、
ブートレグはこれも受け切ることが出来ず、また吹っ飛ばされて、無様に地面を転がってしまいます。

この予期せぬ大ピンチにブートレグは必死になって立ち上がり、銃で撃ちまくって反撃してきますが、
ギャバンはこの銃弾を全てレーザーブレードを振り回して弾き、
弾かれた銃弾は倉庫の中のあちこちに飛び散り、爆発炎上し、火柱を上げ、
剣を構えて仁王立ちのギャバンの銀色のコンバットスーツは真っ赤な炎が映り込み、赤く染まります。

そこに必死のブートレグがレーザーブレードを振りかざして斬りこんできて、
両者は再び互いのレーザーブレードをぶつけ合って激しく斬り合いながら倉庫の中を駆け回っていきますが、
やはりこの斬り合いもギャバンが制して、
「てやああっ!!」とレーザーブレードの一撃をブートレグの胴体に叩き込み、ブートレグを後退させました。

ここでギャバンはいよいよ最終段階と見て、
身体の前で右手で縦に構えていたレーザーブレードを90度回転させて身体の前で横倒しにして、
「・・・レーザーブレード・・・!」と言いながら目を赤く輝かせて、
左手を刀身の根元から剣先にかけて、刀身を掌で包み込むようにスーッと掲げて移動させていきました。
すると、ギャバンの左掌から発したバードニウムエネルギーが刀身に注入されていき、
根元から剣先にかけてレーザーブレードは白い光を発していき、
遂には刀身全てが光の剣となって斬れ味が最大限となったレーザーブレードを
ギャバンは「むん!!」と構えます。

これはギャバンからブートレグへの誘いであり、
ブートレグはこれに呼応するようにギャバンと同じように目を赤く輝かせて
レーザーブレードの刀身に掌からバードニウムエネルギーを注いで赤い光の剣として構えます。
こうしてギャバンは白い光のレーザーブレード、ブートレグは赤い光のレーザーブレードというように、
互いにフルパワーを引き出したレーザーブレードを構えて対峙し、
次の瞬間、互いに突撃して真っ向から斬り合いを始めました。

この場面、ギャバンがレーザーブレードにバードニウムエネルギーを注入する場面から、
BGMが1982年の「宇宙刑事ギャバン」TV本編で戦闘のクライマックス場面で定番だった
レーザーブレードのテーマ曲が流れ始めました。
当時の曲を少しアレンジを変えて録り直した「正義一閃!レーザーブレード」という曲なのだそうですが、
原曲の完成度が極めて高い名曲で、アレンジしたといってもほぼ当時のままで、
これはこの2つのレーザーブレードの激突というシチュエーションもあって、
往年のファンにとっては感涙モノの燃えに燃える展開です。

そしてこの斬り合いの場面、よく見るとギャバンとブートレグの斬り結んでいる
白と赤の光り輝くレーザーブレードは、双方ともに刀身が蛍光管になっています。
現代においてはなんともアナクロな珍しい演出ですが、
これは1982年の「宇宙刑事ギャバン」TV本編におけるレーザーブレードの殺陣の演出の再現であり、
この独特の味のある殺陣は、これもまた往年のファンには感涙モノでしょう。

この場面になって、どうしてギャバンとブートレグがわざわざ2人で倉庫の中に飛び込んで戦う演出になったのか
完全に理由が分かりました。
邪魔の入らない一騎打ちのシチュエーションを作りたかったというのももちろんあるでしょうけれど、
その場所が薄暗い倉庫でなければいけなかった理由は、
この蛍光管の光り輝く白と赤のレーザーブレードの斬り合い場面を映えさせるためであったのです。

さて、そしてこの斬り合いの場面、最初は互角に剣と剣をぶつけ合い、
互いのスーツに剣を叩きつけたりして相討ちになっていた両者ですが、
ギャバンはここまで自分と互角に戦って食い下がり、
遂にはレーザーブレードのフルパワーまで引き出して互角の斬り合いを演じたブートレグに対して、
遂に満足しました。

目の前にいるのはもはやただの機械戦士ではない。
ギャバン自身のよく知る「宇宙刑事ギャバン」そのものでした。
いや、本物のギャバンは自分である以上、目の前のギャバンは偽物の海賊版、「ギャバン・ブートレグ」でした。
戦う能力だけは本物そっくりでも、人間の心を失い悪に加担して宇宙の多くの人々を見殺しにして、
誰とも心の繋がらないただ自分1人だけの使命感と正義感に固執してきた唾棄すべき妄執の悪、
それが今自分の目の前に鏡のように立っているギャバン・ブートレグ、すなわち過去の自分自身の正体でした。

その長年の妄執を薙ぎ払うようにギャバンは「ジュウウウッ!!」と裂帛の気合いでブートレグの胴を
自身の白く輝くレーザーブレードで払い、
グラリと態勢を崩したブートレグの右手を下から「むうっ!」と斬り上げました。
すると下から弾かれたブートレグの右手から赤く輝くレーザーブレードが吹っ飛ばされ、
クルクル回りながら宙を舞い、倉庫の端まで飛んでいき、虚しくその赤い灯を消し、地面に突き刺さりました。
そして同時に突っ込んできたギャバンは丸腰となったブートレグの腹のド真ん中に
「うおおおっ!!」とレーザーブレードを突き立て、ブートレグの身体を貫きました。

深々とレーザーブレードに刺し貫かれて
背中から火花と共に白く輝く刀身を突き出してもがき苦しむブートレグの顔の前に
貼り付くように自分の顔を近づけ、噛みつかんばかりの激しさで
ギャバンは「ただ能力だけを複製したブートレグが・・・人間の心を持った俺に勝てるわけがないっ!!」と、
過去の自分に向かって吐き捨てるように怒鳴りつけました。

そうした過去の悪しき恥ずべき自分自身を断罪し、決別する血を吐くような心の叫びの後、
ギャバンはレーザーブレードを「うおおおっ!!」と思いっきりブートレグから引き抜き、
返す刀で「ジュウウウウッ!!」と殴り飛ばすようにレーザーブレードを一閃してブートレグを斬り払いました。

その勢いで立ったままもんどりうってきりもみ回転するブートレグに向かってギャバンは、
遂に過去の自分に引導を渡すべく、最大の必殺技を繰り出します。
ギャバンの目が再び赤く輝き、
右手に握って大きく後ろに引いたレーザーブレードの刀身がひときわ激しく白く光り輝くと、
ギャバンは「ギャバン・・・ダイナミックッ!!」と叫んで大上段にレーザーブレードを振りかざし、
ブートレグの脳天から足元まで一気に振り下ろします。
最大出力のレーザーブレードを大上段に振り下ろして敵を一刀両断するギャバンの最大の必殺技
「ギャバン・ダイナミック」が炸裂したのでした。

これをまともに喰らったブートレグは身体の正中線から火花を激しく吹き出し、
突っ立ったまま断末魔のもがき苦しむ様を見せてギャバンに背を向け、
左手を高々と上げた姿勢で大爆発を起こし、遂に果てたのでした。

そして自分自身を斬り捨てて葬り去ったことで過去の己の過ちと決別して心にケジメのついたギャバンは、
いくばくかの後味の悪さと共に自分の分身の墓標となった炎を呆然と見つめつつ、
ようやくこれからの戦いに向けて進んでいくことが出来るような気持ちが湧き上がってきたのでした。
それは、過去のギャバンとの決別であると同時に、
その三十年分の過去の更に昔に存在した、かつて地球を守ってマクーと戦い、マクーを滅ぼした
伝説の宇宙刑事ギャバンの不可能に挑戦する勇気の復活でもありました。
こうして伝説のヒーローは再び甦ったのです。

さて一方、マーベラス達とアシュラーダの戦いの方はというと、
煙幕の中の奇襲の後、勢いに乗って攻め続けるマーベラス達にアシュラーダは押されまくってしまっていました。
アシュラーダはザンギャックの最高幹部にしてマクーの首領ドン・ホラーの血の力をも受け継いだ自分が
チンケな宇宙海賊風情に押しまくられる理由がさっぱり分からない。
心と心が絆で結ばれた人間の心を捨て去り妄執に憑りつかれたアシュラーダには
マーベラス一味の強さが何なのか理解出来ないのです。

「うりゃああっ!!」とマーベラスが振り下ろした剣の一撃を喰らって「うわああっ!?」と後退したアシュラーダは、
混乱したまま頭に血が昇り、こうなれば再び必殺技でマーベラス達を吹き飛ばしてやろうと思い、
「むううううん!!」と呻いて、さっきと同じように6本の腕を自分の頭上で螺旋状に捩じり合わせて
天に向けて突き上げ、螺旋状にエネルギーを蓄積し、
そしてマーベラス達の方に向けて「うりゃああっ!!」と竜巻状の巨大なエネルギー波を発射しました。

これに対してマーベラスは「フン!」と珍しくピンク色のレンジャーキーを取出し、
さっと集まって来た仲間たちと共に「豪快チェンジ!!」と叫び、レンジャーキーを使って多段変身を遂げます。
アシュラーダの繰り出した竜巻に呑まれる直前、マーベラス達が多段変身したスーパー戦隊の戦士たちは、
なんとここでは全員がピンク戦士だったのでした。

マーベラスが変身したのは16番目のスーパー戦隊の恐竜戦隊ジュウレンジャーのピンク戦士である
プテラレンジャーでした。
ジョーが変身したのは10番目のスーパー戦隊の超新星フラッシュマンのピンク戦士のピンクフラッシュでした。
ルカが変身したのは30番目のスーパー戦隊の轟轟戦隊ボウケンジャーのピンク戦士のボウケンピンクでした。
ハカセの変身したのは14番目のスーパー戦隊の地球戦隊ファイブマンのピンク戦士のファイブピンクでした。
アイムの変身したのは21番目のスーパー戦隊の電磁戦隊メガレンジャーのピンク戦士のメガピンクでした。
鎧の変身したのは7番目のスーパー戦隊の科学戦隊ダイナマンのピンク戦士のダイナピンクでした。

ピンク戦士というのは戦隊の戦士カラーの主要色の中では唯一、男性戦士が存在しない戦士カラーです。
だから当然、この変身した6人のうちルカとアイム以外の4人は性別逆転となっているので、
本来のオリジナル戦士は女性版のスーツデザインであるのが、
ここではそれぞれの戦隊の男性版に準拠したスーツデザインに変更されています。

マーベラスの変身したプテラレンジャーは本来はスカートを履いていますが、ここではそれは無くなっており、
ジョーの変身したピンクフラッシュは本来はハイレグ風のスーツデザインになっていますが、
ここでは普通のズボンスタイルとなっています。
ただハカセの変身したファイブピンクと鎧の変身したダイナピンクは
もともと男性陣と同じデザインのスーツなので、ここでもちょっとオリジナルよりも体格がいいだけで、
見た目は大きな違いはありません。

それにしても、どうしてここで全員ピンク戦士への多段変身なのか?
普段はマーベラス達は他戦隊へ変身する場合は
基本的にはゴレンジャーならゴレンジャー、ジャッカーならジャッカーというように、各戦隊ごとの変身をします。
だからこれは特殊な多段変身ということになります。

先述のようにこの映画においては「ゴーカイジャー」らしいアクションの集大成が描写されており、
さっきは武器交換アクションが披露されました。
そしてここからは「ゴーカイジャー」アクションの最大の特徴である
他戦隊の戦士への多段変身の集大成的なものとして特別な多段変身、
つまり戦隊で揃えるのではなく、色で揃える多段変身が披露されるようです。

まぁしかし、これも先述したように、この多段変身アクションの真の意味でのクライマックスは
TV本編の大詰めで披露されますので、ここでは確かに特別な形の多段変身は披露されますが、
そこまでの集大成感はありません。

では全員ピンクにどういう意味があるのかというと、これは単にようやく順番が回ってきたということでしょう。
これまでTV本編で披露されていない色合わせ多段変身はオールピンクだけだったからです。
オールレッド変身が第2話と第40話で、オールシルバー変身が第18話で披露され、
オールグリーン変身が第43話、オールイエロー変身が第44話、
そしてオールブルー変身が第45話で宴会の余興としてですが一応披露され、
残るはオールピンク変身だけというわけです。

いや、厳密に言えばスーパー戦隊の戦士の色は他にも白、黒、金、紫などもあります。
しかし白と黒以外はマーベラス一味の6人分も揃わないので除外で、
白と黒に関しては人数は3人でしたが一応第3話でオールホワイト変身とオールブラック変身は披露されています。

というか、おそらく色合わせ多段変身の制作サイドとしてのノルマは
ゴーカイジャーの6人のパーソナルカラーを網羅すればOKというスタンスだったのではないかと思います。
つまり、赤青黄緑桃銀の6色です。
そう考えれば時系列的にこの映画の直前にあたる第46話終了時点でノルマが果たせずに残っているのは
オールピンク変身だけということになるのです。
だから、ここでまずはオールピンク変身ということになったのでしょう。

ただ、劇中のアクション的、バトル的な意味も一応は有るようです。
まず、ここはアシュラーダの竜巻に吹き飛ばされる寸前の多段変身ということがポイントでしょう。
この技はついさっき喰らった技ですから、マーベラス達も今度はある程度は対応できます。
そしてピンク戦士というのは基本的にみんな身軽な戦士が多いので、
この技を喰らって吹き飛ばされた後、身体のコントロールが他の戦士よりも確実にこなせます。
マーベラス達は竜巻に呑みこまれた後、空中から反撃する作戦を選んだのであり、
その作戦をより確実に成功あせるためにオールピンク変身を選択したのでした。

といっても、吹き飛ばされながらの反撃は容易ではなく、
しかもアシュラーダの身体にはマーベラス達の攻撃はなかなか大きなダメージは与えられない。
これを有効な反撃とするのは、そう容易い作戦ではないのです。
そのオールピンク作戦に際してマーベラス達が選んだ武器は飛び道具で統一しました。
空中を吹き飛ばされながら離れた位置にいるアシュラーダを攻撃するのですから、当然飛び道具というわけです。

まずプテラレンジャーに変身したマーベラスがプテラレンジャーの持つ伝説の武器プテラアローを放ち、
続いてピンクフラッシュに変身したジョーがフラッシュマンの共通武器プリズムシューターを撃ち、
更にボウケンピンクに変身したルカがボウケンピンクの持つボウケンアームズのハイドロシューターで狙撃し、
次いでファイブピンクに変身したハカセがファイブマンの共通武器ファイブラスターを撃ち、
そしてメガピンクに変身したアイムはメガピンクの個人武器のキャプチャースナイパーを放ち、
最後にダイナピンクに変身した鎧がダイナマンの共通武器のダイナロッドを撃ちました。

この竜巻に吹き飛ばされながらの6人連続射撃は
アシュラーダに命中させるだけでも至難の業であったと思われますが、
なんとマーベラス達6人はこれらの射撃をアシュラーダの胸のど真ん中、心臓のある部位に
全てピンポイントで命中させるというほとんど不可能な離れ業をやってのけたのでした。

まさか竜巻の中から反撃してくるとは予想していなかったアシュラーダはこの6連続射撃を全て喰らってしまい、
1点にのみ集中させたマーベラス達の攻撃は、アシュラーダの身体の頑丈な装甲を遂に突破して
その内部に深刻なダメージを与えることに成功しました。
「うわああっ!?」とアシュラーダがよろめくと竜巻の技は解除され、
マーベラス達は吹き飛ばされることなく地上に降り立ち、すぐさま次の多段変身を遂げます。

次に変身したのは、マーベラスが2番目のスーパー戦隊のジャッカー電撃隊のビッグワン、
ジョーが28番目のスーパー戦隊の特捜戦隊デカレンジャーのデカブレイク、
ルカが25番目のスーパー戦隊の百獣戦隊ガオレンジャーのガオホワイト、
ハカセが27番目のスーパー戦隊の爆竜戦隊アバレンジャーのアバレキラー、
アイムが31番目のスーパー戦隊の獣拳戦隊ゲキレンジャーのゲキチョッパー、
鎧が17番目のスーパー戦隊の五星戦隊ダイレンジャーのキバレンジャーでした。

これらはみんなスーツカラーが白を基調としたホワイト戦士で、
つまりここでオールピンクに続いてオールホワイト多段変身を持ってきたのです。
これも集大成的な趣向ということでしょうが、
アクション的にはさっきのオールピンク6戦士が
全体的には身軽でロングレンジの飛び道具を得意とする戦士が多めであったのに対して、
今度のオールホワイト6戦士は肉弾戦を得意とする戦士が多めです。
つまりマーベラス達はオールピンクの遠距離攻撃の不意打ちでアシュラーダにダメージを与えて出来た隙を突いて、
今度は一気に懐に入って近距離攻撃の肉弾戦で畳みかける作戦なのです。

「はああっ!!」と突撃してくる6人に対して、アシュラーダは慌てて腕を伸ばして弾き飛ばそうとしますが、
ジョーの変身したデカブレイクとハカセの変身したアバレキラーが最も内側に伸びてきた腕2本の内側に入り込み、
身体を回転させて2本の腕をそれぞれ左右外側に弾き飛ばします。
それによって左右のもう1本ずつの腕も一緒に外に押し出され、
アシュラーダの左右の2本ずつの腕は両側に大きく開いて流れてしまい、
その胴体を守るのは一番上の2本の腕だけとなります。

その防御が手薄となった胴体に向けてそのまま突っ込んだジョーとハカセは
アシュラーダの顔面に向けて「はああっ!!」とパンチを叩き込みます。
これを当然アシュラーダは残った2本の腕で防御しますが、
ジョーとハカセはこれを読み切っていたかのようにこのアシュラーダの左右から伸びてきた2本の腕を逆に掴んで、
そのまま左右に跳び出します。

これでアシュラーダの長い腕は6本とも左右に大きく広がってしまい、胴体は完全にがら空きとなり、
そこにジョーとハカセの背後に隠れて接近してきていたルカとアイムが突っ込んだのです。
ガオホワイトに変身したルカと、ゲキチョッパーに変身したアイムが
「ほいきたぁ!」「チェストぉっ!」とそれぞれの鉄拳を叩き込んだ場所は、
さっきオールピンクで一点集中攻撃した胸のド真ん中の一点でした。
自分達でこじ開けたアシュラーダのウィークポイントをひたすらねちっこく狙い、
更に追い打ちをかけて致命傷を与えるべく執拗な攻撃を繰り出したのです。

そしてアシュラーダの胸に鉄拳を叩き込んだルカとアイムがそのままクルリと背を向けたところに、
この2人の肩に掴まって後ろから飛び込んできたのは、キバレンジャーに変身した鎧でした。
鎧は足からアシュラーダに飛び込んで「あちゃちゃちゃあっ!!」と連続キックを
胸の真ん中のウィークポイントに叩き込みます。

この畳みかけるような弱点をひたすら狙うマーベラス一味の攻撃にすっかり参ってしまったアシュラーダに、
更に追い込みをかけるように鎧の後ろから今度はビッグワンに変身したマーベラスが
拳を振りかざして飛び込んできました。
アシュラーダはまたマーベラスが胸を狙ってくると思い、
これ以上やられるわけにはいかないと、必死で腕を戻して胸を守ろうとしますが、
なんとマーベラスはここでアシュラーダが全く無警戒となった顔面に狙い澄まして
「たあっ!!」と強烈なパンチを叩き込んだのでした。

「うわああああ!?」とよろめいて後退したアシュラーダは頭部へのダメージでフラフラになってしまいました。
胸の重傷のせいで身体全体の防御力が大幅に低下しており、
本来はダメージを受けないような攻撃でも今のアシュラーダには大きなダメージを与えるようになっていました。
つまり、もはや今のアシュラーダは並の怪人程度の力しか無いのです。

この弱体化したアシュラーダを一気に追い込むべく、マーベラス達は一斉に3度目の多段変身を遂げました。
今度はマーベラスが最初のスーパー戦隊である秘密戦隊ゴレンジャーのアカレンジャー、
ジョーが20番目のスーパー戦隊の激走戦隊カーレンジャーのレッドレーサー、
ルカが33番目のスーパー戦隊の侍戦隊シンケンジャーのシンケンレッド、
ハカセが19番目のスーパー戦隊の超力戦隊オーレンジャーのオーレッド、
アイムが29番目のスーパー戦隊の魔法戦隊マジレンジャーのマジレッド、
鎧が24番目のスーパー戦隊の未来戦隊タイムレンジャーのタイムファイヤーへと変身しました。

つまり、この物語で3度目のオールレッド多段変身ということです。
オールピンク、オールホワイトとくれば、本来ノルマ的には
未だ5人ないし6人での一斉色合わせ変身の無い唯一の戦隊主要カラーである
オールブラック多段変身というところですが、
まぁそんなマニアックな拘りはメイン観客層の男児たちには関係無い話なので、
やはりこのお祭り企画的な同色多段変身祭りの締めは主人公ヒーローカラーのオールレッド多段変身でしょう。

ちなみに、ここで鎧が変身したのがタイムレッドではなくあくまでタイムファイヤーであるというのは、
やはり追加戦士担当の拘りなのでしょう。
また、ルカのシンケンレッドへの変身が通常のシンケンレッドのレンジャーキーを使ったものなのか、
姫シンケンレッドのレンジャーキーを使ったものなのか、変身後の姿からは判別は出来ません。

そして、この6人のレッド戦士に変身したマーベラス達は全員が刀剣状の長モノの武器を手にしています。
この6戦士は何となく選ばれたわけではなく、全て剣技を得意とする戦士なのです。
いや、マーベラスの変身したアカレンジャーだけは剣ではなく、槍状のヤリビュートを手にしていますが、
その他の5人は、レッドレーサーの姿のジョーがフェンダーソード、
シンケンレッドの姿のルカがシンケンマル、
オーレッドの姿のハカセがスターライザー、
マジレッドの姿のアイムがマジスティックソード、
タイムファイヤーの姿の鎧がディフェンダーソードを構えています。

弱体化したアシュラーダを一気に追い込むにあたり、
マーベラス達はさっきのオールピンクの飛び道具、オールホワイトの肉弾戦に続き、
今度はソードアクションを選択したのでした。

ここからはもう一方的展開となり、
アシュラーダを円陣で包囲したジョー、ルカ、ハカセ、アイム、鎧の5人は
四方八方からアシュラーダを斬りまくります。
そうしてボロボロになったアシュラーダの前にアカレンジャー姿のマーベラスが進み出て、
ヤリビュートでガシッとアシュラーダの身体を押し込むと
、「うおおおりゃあああっ!!」と叫んで思いっきりアシュラーダを投げ飛ばしました。

「うわあああ!!」と絶叫して飛んで行ったアシュラーダは傍に建つ倉庫の屋上まで吹っ飛ばされて、
屋上の床に叩きつけられて倒れます。
そこに追いかけてきたマーベラス一味の6人は、いよいよアシュラーダにトドメを刺すべく、
ゴーカイジャーの姿に戻り、ゴーカイサーベル、ゴーカイガン、そしてゴーカイスピアに
レンジャーキーを挿しこみながらアシュラーダに迫っていきます。

「ファ〜イナルウェ〜イブ!!」という認識音が流れ、各々の武器にエネルギーが充填されていきますが、
これはゴーカイブラスト&スラッシュとゴーカイシューティングスターの合体技であり、
「ゴーカイブラスト&スラッシュスペシャル」という技だそうです。

この見るからに強烈そうな技の発射態勢でズンズンと迫りくるマーベラス達を前にして
ヨロヨロと立ち上がったアシュラーダは、
もはや今の自分ではこれ以上の強烈な攻撃を耐えることは出来ないだろうと悟り、
マクーの後継者たる自分がギャバンならばともかく、
こんなチンケな宇宙海賊に敗れようとしているという現実が信じられず
「・・・バカな!?・・・この俺が・・・」と悔しさを爆発させ、
マクー再興の野心を満たすためには何としてもここで死ぬわけにはいかないと、
アシュラーダは最後の力を振り絞って「はああっ!!」と6本の腕を伸ばして必死の反撃に打って出ました。

しかし、既に瀕死のアシュラーダの腕にもはや本来の力は無く、
マーベラス達はゴーカイブラストを発射し、アシュラーダの6本の腕を粉砕し、
そして「おおおりゃあああっ!!」と間髪入れずにゴーカイサーベルを振り下ろしてゴーカイスラッシュを発射、
同時に鎧もゴーカイシューティングスターを発射、
全ての衝撃波はアシュラーダの腕を粉砕しながら一体となって突き進み、
一気にアシュラーダの身体を貫いたのでした。

身体を貫かれて仁王立ちとなったアシュラーダは
「・・・この俺が・・・負けるだとぉぉぉ・・・!?」と未だに現実が受け入れられず、
悔しげな断末魔の言葉をうわ言のように繰り返すと、
遂に「うわあああああ!!」という絶叫を残して爆散して果てたのでした。

こうして強敵アシュラーダに見事な勝利を収めたマーベラス達はようやく安堵の嘆息を漏らします。
すると、そこにギャバンがやって来て6人の姿を見て、アシュラーダを倒したのだと悟り、
ギャバンは予想していたこととはいえ、強敵を見事倒した6人の奮闘に感嘆し、
6人の背後から「うん!よくやった!!」と激賞します。

6人はその声を聞いてハッとして振り返りました。
そういえばアシュラーダとの戦いに夢中でギャバンのことを忘れていたが、
ギャバンもまた何処かでブートレグと戦っていたはずなのです。
そのギャバンがひょっこり現れて明るく自分達を褒めているということは、
ギャバンもまたブートレグを倒したということでした。
あのブートレグを簡単に倒したとは、やはりさすがにギャバンだと改めて6人は舌を巻き、
同時にギャバンが無事に勝利して良かったと、安堵の微笑を洩らしました。

その中で1人、マーベラスは少し複雑な心境でした。
自分は戦い始めた時は昔の恩人であり父親のように想ってもいたギャバンと一緒に戦えることに
喜びを感じていたはずなのだが、いざ戦いが始まると何時の間にかギャバンとは離れ離れになってしまい、
結局は一緒に戦ったという実感も無いままにお互いが別の場所でお互いの敵を倒して戦いは終わってしまった。
なんとも物足りない気分にマーベラスは襲われました。

それは実はギャバンも同様であり、
成長した息子のように思えるマーベラスと肩を並べて戦ってみたかったのがギャバンの本音でしたが、
気が付けば2人は肩を並べて戦うヒマもなく、あっけなく戦いは終わってしまった。
ギャバンも少し拍子抜けした気分であり、マーベラスも少し残念に思いましたが、
まぁ所詮は相手がそこまでの敵ではなかったのだから仕方がない。

とにかく勝てたのだからこれでいいのだと2人とも思い、
マーベラスは「フン・・・!」と剣を担いで仲間達と共にギャバンの方に向けて歩き出した、その時、
「ヒャッハッハッハッハッハッハ!!」という歓喜に満ちた禍々しい哄笑が辺り一面に鳴り響いたのでした。
その声は今さっき爆散して果てたはずのアシュラーダの声でした。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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2012年09月03日

海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE 感想その15

さて、ここからはカタルシスに満ちた王道の戦闘場面となります。
この「ゴーカイジャーVSギャバン」という映画はここまで割と重苦しい展開が多く、
戦闘場面もゴーカイジャー側の苦戦描写が目立っていました。
しかし、ここからのアシュラーダ部隊との決戦ではそうした鬱憤を晴らすかのような
ゴーカイジャーとギャバンが大活躍するケレン味たっぷりのド派手アクションが炸裂します。

まずは戦闘の前に「変身&名乗り」です。
この映画ではここまでにギャバンは1回、ゴーカイジャーは3回の変身シーンの描写がありましたが、
それらは全て簡略版であり、
ゴーカイジャーもギャバンも共に、変身プロセスをバンク映像なども含めて
フルバージョンで描写した正式な変身シーンはありませんでした。
そのフルバージョンの変身シーンがギャバンもゴーカイジャーも、共にここで連続して披露されます。

しかも「フルバージョン」といっても、ギャバンの場合はこれはただのフルバージョンではない。
ギャバンのフルバージョンの変身シーンといえば、かの有名なあのシーンということになります。

敵意剥き出しのアシュラーダ部隊の前にマーベラス一味の6人とギャバンが横一列に並び立ち、
その真ん中に立ったマーベラスとギャバンは、
左に立ったマーベラスの右拳と右に立ったギャバンの左拳を互いにゴツンとぶつけ合いました。
ギャバンはそのまま左拳を振り上げて顎の前に掲げ、
両足を開いて腰を落とした姿勢で「蒸着・・・!」とコールして変身ポーズに入ります。

ここで同時にBGMは印象的なトランペットの音色が流れ始めました。
これは1982年の「宇宙刑事ギャバン」TV本編の挿入曲「チェイス!ギャバン」の
イントロの懐かしのメロディーラインです。
ただ原曲そのままではない。
この「チェイス!ギャバン」は微妙に現代風にアレンジされており、
原曲はボーカル入りですが、ここではインスト版になっています。

この曲がバックに流れる中、ギャバンは右腕を大きく身体の前で回して左肩の外側にまで回し込み、
その反動で両手を交差させて前に突き出します。
そしてそのまま半身になって左腕を身体に平行に前に出したまま深くしゃがみ込んで、
一気に反動で勢いよく真っ直ぐ立ち上がりながら
「うりゃあっ!!」と叫んで右手を天に向けて真っ直ぐ高々と、力強く突き出したのでした。

そしてすぐにその右手を胸まで引き下げて、「むぅん!」と気合を発してギャバンが両腕を身体の左右に開くと、
一瞬にしてギャバンの身体にシルバーメタリックのコンバットスーツが装着され、
ギャバンは右腕を後方に引き、左腕をそれに平行に身体の前で曲げて左肘を前に出したポーズで
「むん!」とタメを作ってから、重心を右から左に移動させながら
今度は左腕を後方に引いて右腕を身体の前に回してきて、
腰を落としたまま身体の左側で両腕を曲げて両拳を合わせるポーズで静止しました。
これがギャバンの変身、いや蒸着完了時の決めポーズです。

そして、この決めポーズで静止したギャバンの映像に渋い声のナレーションがかぶってくる。
そのナレーションは「宇宙刑事ギャバンがコンバットスーツを蒸着するタイムは僅か0.05秒に過ぎない」と言います。
これこそがギャバン変身シーンのフルバージョンの最大の特徴である懐かしの変身プロセス解説ナレーションです。
この名物ナレーションは往年のギャバンファンがこの映画で最も待望していたものの1つですが、
見事な変身シーンの再現と共に、この映画ではこの名物ナレーションも再現してくれました。

ただ、1982年のオリジナル版ではこの名物ナレーションは
「宇宙刑事ギャバン」のナレーター政宗一成氏によるものでしたが、
この映画では「ゴーカイジャー」本編のナレーターである関智一氏が発声しています。
ただ、この場面の関氏はかなり政宗氏のオリジナルのナレーションに似せるようにして喋っている印象です。

そしてこの懐かしの解説ナレーション場面には続きがあり、この映画ではその続きも見事に再現してくれています。
ナレーションは続けて「では、蒸着プロセスをもう一度見てみよう!」と言い、
ここで画面は再びさっきギャバンが「蒸着・・・!」と変身動作開始のコールをした場面に戻ります。

但し、ここでは背景は黒バックになっており、
その黒バックの前でギャバンはさっきと同じ一連の動作をして、
「うりゃあっ!!」と叫んで右手を高々と天に向かって突き上げます。
さっきの場面ではこの後すぐにギャバンが右手を引いて両腕を左右に開くと
コンバットスーツが一瞬で装着されましたが、
この黒バック画面はナレーションで言った通り、蒸着プロセスをもう一度見てみる趣向です。
それも同じものを二度流しても仕方ないので、今度は蒸着プロセスをじっくり詳しく見る趣向なのです。
だから、さっきの場面では一瞬で処理されていたプロセスが、ここではじっくりと再現されていきます。

ギャバンが右手を高々と上げたその先、天空高く、地球上空に亜空間に情景は飛び、
そこに待機していたギャバンの搭乗母艦の円盤、超次元高速機ドルギランが映ります。
ドルギランは亜空間にも移動することが出来るので、普段は亜空間に待機しているのです。
今回もあの体育館にギャバンやマーベラス達を降ろした後、地球上空の亜空間に待機していたのですが、
そのままギャバンが魔空空間に捕らわれてしまったので、ドルギランも亜空間でずっと待機状態だったのでした。

その待機状態が解除されたのはギャバンが「蒸着」というコンバットスーツ装着コードを
発声したことに反応したからでした。
そのコードを受けてドルギランの上部ユニット、ギラン円盤内部のコンピュータが
「了解・・・コンバットスーツ、電送シマス」と応答し、
一旦船内で具現化したコンバットスーツを粒子状にして
地上のギャバンに向けて発したビームに乗せて一瞬で電送し、
その粒子はギャバンが右手を引いて「むぅん!」と両腕を左右に開く動作の中で
ギャバンの身体に吹き付けられるようにしてコンバットスーツに再構成されていき、装着が完了します。

これが「蒸着」です。
「蒸着」というのは現実に金属加工の現場で使用されている技術で、
加熱して蒸発させた金属を基盤に付着させて薄膜を形成する技術です。
1982年にギャバンのコンバットスーツの着ぐるみを作る際にこの蒸着の技術が使われており、
これをそのまま劇中の変身コードとしたのです。
この変身描写は当時画期的で大変なインパクトを与えたのですが、
現在見ても、現在の映像技術でリニューアルされていることを差し引いても、やはり十分に斬新です。

先ほどのナレーションにあったようにこの蒸着プロセスに要する時間は僅か0.05秒という設定になっており、
設定的にはこれはギャバンが「蒸着」というコードを発声してから
コンバットスーツ装着が完了するまでの所要時間のことであるようです。

つまり、実際はこれだけの複雑なプロセスが0.05秒、つまり1秒の20分の1の一刹那の間に行われている。
「もう一度見てみよう」のナレーションの後に全ての行程が詳細に描写されたバージョンは言わずもがなですが、
その「もう一度見てみよう」のナレーションの前、最初に描写された現実空間を背景にした蒸着シーンも、
ギャバンが左右や上下に腕を振ったりしている時間は0.05秒は遥かにオーバーしていますから、
あれも実は実際の一刹那の動きをスローにして見せているものということになります。

確かに、「変身ポーズをとっている時に敵が棒立ちで攻撃してこないのはどうして?」なんていう
特撮ヒーロー向けの意地悪な質問がよくありますが、
「宇宙刑事ギャバン」という作品はそれに対する回答をちゃんと用意している番組であったのです。
実際はギャバンが「蒸着」と言った0.05秒後にはコンバットスーツの装着は完了しているのですから、
敵は変身中のギャバンを攻撃する余裕などあるはずがない。
「ギャバン」TV本編では敵が銃を発射すると同時にギャバンが「蒸着」と発声し、
コンバットスーツ装着後に飛んできた銃弾を手で掴むという描写もあり、
そのスピード感を分かりやすく描写することもありました。
子供向けとはいえ、かなり考えられて作られていた設定であったのです。

そういうわけで、ここの場面もギャバンが最初に隣のマーベラスの右拳とゴツンとぶつけた左拳を振り上げて
「蒸着」とコールしてからコンバットスーツ装着完了まで劇中設定では0.05秒しか経過しておらず、
その間、ギャバンの左右に並んで立っているマーベラス一味の6人が棒立ちであるように見えるのも、
これはものすごいスロー再生なので別に不自然ではないのです。
ギャバンが「蒸着」と発声した0.05秒後にコンバットスーツの装着が完了し、
そしてギャバンが「むん!」と気合を込めて決めポーズをとったところで
最初にギャバンとマーベラスの拳がぶつかった瞬間からの所要時間はトータルでおよそ3秒ほどでしょう。
感覚としては「一拍置いた」というぐらいの時間経過といえます。

この最初の「蒸着」コールから一拍置いた時点では既にマーベラス一味の6人は
懐からゴーカイジャーのレンジャーキーを取り出していました。
確かに一応、マーベラス達6人は先にギャバンを変身させるために、
わざとギャバンの動きに一拍遅らせて動いたようです。
ギャバンの蒸着動作完了とほぼ同時、つまりマーベラスとギャバンが拳をぶつけ合ったおよそ3秒後、
今度は既に右手でレンジャーキーを取り出して左手にはモバイレーツを構えていたマーベラス達6人が
カチャッと右手でレンジャーキーをカギ状に折り曲げて変身動作を開始します。

ここでBGMはギャバンの「蒸着・・・!」の場面からずっと流れていた
「チェイス!ギャバン」のインスト版のメロディーラインから自然に繋がる感じで、
「ゴーカイジャー」TV本編でいつもお馴染みの
ゴーカイジャー変身時のBGM「ゴーカイチェンジ!」のイントロに乗り替わります。
この曲もスーパー戦隊シリーズ歴代変身BGMの中でも屈指の名曲ですが、
これも「チェイス!ギャバン」同様、よく聞くといつものやつとは微妙にアレンジが違います。

実はここの一連のBGMは「蒸着!豪快チェンジ!」という名の1つの楽曲であり、
この映画のギャバンとゴーカイジャーのこの連続変身シーンのために
「チェイス!ギャバン」と「ゴーカイチェンジ!」をメドレー風に繋げて1つの楽曲としたものだったのです。
それぞれの曲のアレンジがオリジナルとは微妙に違っていたのは、
1つの曲として違和感なく繋げるために出来るだけアレンジを似たものとするためだったのでしょう。

そして、ここからはいつものTV本編でお馴染みのゴーカイジャーの変身シーンとなるかと思いきや、
腰を落として身体の前に右手に突き出して「豪快チェンジ!!」とコールした6人が
一旦引いた右手を大きく身体の前で左に振りこんで、
左手に握ったモバイレーツとゴーカイセルラーにレンジャーキーを挿入すると、
「ゴォ〜カイジャァ!!」という認識音と共にモバイレーツとゴーカイセルラーから飛び出した
X字型と錨型のエネルギー体が6人の身体に飛び込んで、一瞬で6人はゴーカイジャーの姿となります。
これではフルバージョンの変身シーンではなく、最初の夜の公園のシーンと同じ簡略バージョンです。
ギャバンの方はしっかりフルバージョンの変身シーンであったのに対して、これではバランスが悪い。

しかし、実は今回はここからが本番で、
なんとここで変身完了のポーズで静止したマーベラス達とギャバンを画面上に映しながら、
いきなり先ほどと同じく政宗一成を意識した関ナレーションが
「海賊戦隊ゴーカイジャーが変身するタイムも僅か0.1ミリ秒に過ぎない」と言ったのです。
そして「では、その変身プロセスをもう一度見てみよう!」というノリノリの関ナレーションの後、
先ほどのギャバンの場合同様、変身プロセスの詳細がもう一度繰り返して映し出されたのでした。

すなわち、宇宙空間のバンク映像において飛んできた6色のXやVや錨マークが
マーベラス達6人のスーツやマスクやエンブレムにどんどん変わって
装着されていくプロセスが映し出されたのです。

まぁ、これはあくまでイメージ的な変身バンク映像であって、
ギャバンのリアルな電送や装着場面とは意味合いはちょっと違うのですが、
それでもこれは遊び心あふれるサプライズでした。

ギャバンの変身シーンにおける政宗風のナレーションと変身シーンの詳細繰り返しは
オリジナルの再現という趣向だったので、ある意味では期待と共に予想されていたことでしたが、
まさかゴーカイジャーの変身シーンでも同じことをやってくるとは予想外で、
良い意味でふざけていて最高です。

しかも変身所要時間がゴーカイジャーの場合0.1ミリ秒という新設定まで
ここでいきなり出してくるのですから驚きです。
0.1ミリ秒ということは、1万分の1秒ということであり、
ほとんど一刹那に過ぎないギャバンの蒸着所要時間の0.05秒より500倍も速い。

ちなみに「宇宙刑事ギャバン」に続く宇宙刑事シリーズ第二作「宇宙刑事シャリバン」における
主人公シャリバンのコンバットスーツ装着(赤射)所要時間は
1ミリ秒(1千分の1秒、ギャバンの50倍の速度)であり、
同じく第三作「宇宙刑事シャイダー」における
主人公シャイダーのコンバットスーツ装着(焼結)所要時間も同様に1ミリ秒ですから、
ゴーカイジャーの変身所要時間は3人の宇宙刑事よりも遥かに短いということになる。

だが、これは別に宇宙刑事のテクノロジーよりも
ゴーカイジャーの変身システムを作った者(おそらくアカレッド)のテクノロジーが
優れているというわけではないでしょう。
両者は変身システムが根本的に違うのです。

ギャバンやシャリバン、シャイダーの場合は全て、「蒸着」などの変身コードを口にすると
上空の母艦でそれを感知して粒子化されたコンバットスーツが地上のギャバンたちに電送されてきて装着されるので、
変身コードの発声後は自動的にいつも一定時間で進行する行程であるから、
ギャバンの場合の蒸着所要時間の0.05秒というのは、
この変身コード発声から蒸着完了までの総時間ということになります。

一方、ゴーカイジャーの場合はレンジャーキーをモバイレーツないしはゴーカイセルラーに挿入して
認識させなければ自動変身システムが起動しないので、
一定時間で進行する行程はレンジャーキー挿入時から変身完了までの時間ということになり、
0.1ミリ秒というのは、この部分の所要時間を指すと思われます。

実際、関ナレーションの後の繰り返し場面は
ギャバンの場合は「蒸着!」というコールをする場面から始まっているのに対して、
ゴーカイジャーの場合はモバイレーツからエネルギー体が飛び出してくる場面から始まっており、
それぞれその場面から変身完了までの所要時間が0.05秒と0.1ミリ秒ということを言いたいのでしょう。

この両者の行程を見比べると、
ゴーカイジャーの場合はレンジャーキーを認識した変身アイテムから飛び出した変身エネルギー体が
ダイレクトに変身者の身体に飛び込んでスーツとなって装着されるのだが、
ギャバンのような宇宙刑事の場合は遥か上空の母艦で変身コードを認証してから
コンバットスーツの粒子を遥か上空から地上に電送するという手間がかかっています。
どうしてもその分のタイムラグが多少は生じてギャバンの場合は0.05秒かかってしまうのでしょう。
むしろ、これだけややこしい手順でよく0.05秒で済んでいるものだと驚きます。
シャリバンやシャイダーの1ミリ秒となると、もはや驚異というしかない。
しかしゴーカイジャーの0.1ミリ秒というのも、いくらダイレクト変身だといっても驚くべき速さです。
結局、どっちの技術が凄いのかというと、両者ともに甲乙つけ難いということになります。

ただ現実に表れた数値的にはゴーカイジャーの方がダイレクト変身である分、
ギャバンよりも500倍も速い変身になっているのは間違いない。
しかし、これは自動変身行程の所要時間の比較に過ぎないのであって、変身時間トータルの数値ではありません。

ギャバンの場合は単に「蒸着!」という変身コードを口にするだけで自動変身行程が起動しますから、
自動変身行程の起動までに費やす時間がほぼ1秒ほどで済むが、
ゴーカイジャーの場合はバックルか懐からレンジャーキーを取り出してカギ型に変形させて
「豪快チェンジ!」とコールしてモバイレーツに挿し込むまで、
フルバージョンでは3秒程度、簡略した形でも1秒ほどはかかります。
結局、両者とも変身するために必要な時間はあまり変わらないといえます。

しかしともかくギャバンにしてもゴーカイジャーにしても、
画面上で実際に経過している時間よりはかなり短い時間で変身行程を終えているのは間違いなく、
マーベラスとギャバンが拳をぶつけ合って戦闘開始の合図をしてからギャバン変身完了までおよそ3秒、
そこからゴーカイジャー変身完了までおよそ3秒、
合計6秒ほどで7人全員が変身を完了したことになります。

その気になれば両者とももっと早く変身することは可能であり、
簡略した形で同時に変身すれば7人全員の変身完了まで1秒というのも可能でしょう。
だが、ここは決戦前の様式美、そしてたった一度の記念すべき宇宙海賊と宇宙刑事の共闘ということで、
あえてフルバージョンを両者順番に披露し合うという形にしたのでしょう。

となると、ここは様式美重視ですから当然、「変身」の次は「名乗り」ということになります。
まずはマーベラスが「ゴーカイレッド!」といつものように名乗りを上げ、
続いてジョーが「ゴーカイブルー!」、ルカが「ゴーカイイエロー!」、
ハカセが「ゴーカイグリーン!」、アイムが「ゴーカイピンク!」、
そして鎧が「ゴオオオオカイ!シルバアアッ!」と派手めの名乗りをいつも通りに決め、
最後に6人で「海賊戦隊!ゴーカイジャー!!」と全体名乗りを決めます。
そして間髪入れず、ギャバンが身体を左に振ってから立ち上がりながら
「宇宙刑事!ギャバン!」と7人目の名乗りを決めたのでした。

これで戦闘前の儀式は終わり、マーベラスはクルクルッとゴーカイガンを回して構えると
「派手にいくぜぇっ!」と啖呵を切ってアシュラーダ部隊に向けて発砲しながら歩き出します。
同時にマーベラス一味の仲間達とギャバンもマーベラスと並んで同じように発砲しながら歩きだし、
更に背後で恒例の謎の爆発によって立ち上がる火花を背負って7人は「うおおおおおお!!」と駆け出して、
アシュラーダ部隊に突っ込んでいったのでした。

そして、ここのマーベラス達が発砲して歩き出したところで流れ始めたBGMは、
遂にここで満を持して「ギャバン」TV本編の主題歌「宇宙刑事ギャバン」です。
この映画のキーワードともなっている「あばよ涙、よろしく勇気」の歌詞のある例の曲です。
しかもインスト版ではなく串田アキラ氏のボーカル入りです。これは燃えます。

この名曲「宇宙刑事ギャバン」の流れる中、
7人はアシュラーダ率いるザンギャック部隊と激突、乱戦に突入していきます。
まずはゴーミン軍団をゴーカイジャーの6人がゴーカイサーベルとゴーカイガン、ゴーカイスピアで蹴散らしていき、
ギャバンはゴーミン達を「ジュウウッ!」と大立ち回りで蹴散らします。
ちなみにこの掛け声、本当は「宇宙刑事」の「うちゅう」からとって「チュウッ!」と言っているそうですが、
「ジュウウ!」としか聞こえないので「ジュウ」や「ジュオオ」と表記させてもらっています。

そして、更にここでギャバンは敵に向かって飛び込んで両腕でパンチを放ちながら体当たりしていく技
「ディメンションボンバー」を繰り出して大勢のゴーミン達を一気に倒していきます。
こういう細かい技名でもしっかり叫ぶのがギャバンの特徴、というか昭和ヒーローの特徴です。
一方ゴーカイジャーは決め技のファイナルウェーブでも技名は叫ばないことも多々あります。
このあたりは時代の差というものでしょう。

しかし、やはり魔空空間とは違い、
現実空間ではゴーカイジャーとギャバンはゴーミン程度は軽く圧倒していくのであり、
ここに来ていかにもスーパー戦隊シリーズらしい胸のすくようなヒーロー無双アクションとなります。
ただ、アシュラーダの引き連れてきたゴーミン達はかなり多いので、
倒しても倒しても新手が繰り出されてきます。
それこそまさにヒーローの見せ場というやつで、
ここでマーベラス達はゴーカイジャーアクションの極致を繰り出します。

ゴーカイジャーのアクションといえば34のスーパー戦隊への豪快チェンジ、
つまり多段変身が最大の特色ですが、
それに次ぐ特徴的アクションといえば、互いの武器を交換しながら戦うアクションです。
ここではまず、その武器交換アクションが披露されます。

この「ゴーカイジャーVSギャバン」という映画は1月下旬公開の「スーパー戦隊祭」の上映枠の映画です。
これは例年のスーパー戦隊シリーズTV本編の最終話直前時期にあたり、
つまり戦隊の場合は物語終盤時期に冬映画が上映されるのです。
これは「ディケイド」以降のライダーにおける夏映画と時期的には相似関係にあります。

そのライダー夏映画の場合は物語終盤の劇場版ということで作品的な集大成という位置づけとなっているといえます。
あくまでストーリー的な集大成はTV本編の最終話を含むクライマックス篇で描かれますが、
その作品のコンセプト的な意味での1つの集大成が夏映画で描かれる傾向にあるといえます。
そういうわけで、ライダー夏映画はその作品の重要な要素が全部ぶち込まれることになり、
アクションも集大成アクションとなります。

例えばW劇場版では全フォームに連続チェンジして戦ったり、
オーズ劇場版も全コンボが一斉登場して同時に必殺技を放ったり、
フォーゼ劇場版も全ホロスコープスス相手に全アストロスイッチを連続使用して戦ったりしました。
これらは集大成であると同時に、多分に作品の最終盤における「カーテンコール」的な意味合いがあると思われます。
要するに最後だから良いものはもう1回全部見せておこうというような感じです。

戦隊の冬映画も時期的にはそういうことをやりたくなる時期の作品なのですが、
戦隊冬映画の場合は「VSシリーズ」なので、
前年戦隊とのコラボという意味で3月リリースのVシネマ時代から固定のフォーマットがあります。
それは当然、2つの戦隊のコラボ感を盛り上げる方向性のものであり、
片方の戦隊の集大成的な方向性ではない。

例えばライダーのようにTV本編で登場した現役戦隊のアクション要素を全部一気に投入するよりは、
むしろ前年戦隊との合同技や同じ色同士のコンビ技など、
TV本編とは違う変則技の方が重視されるといえます。
だから、戦隊冬映画は時期的には集大成アクションが見たいところなのですが、
どうしてもそれが十分に出来る環境にはなかったといえます。

だが「ゴーカイジャー」の場合は実質的な「VSシリーズ」は春映画でのゴセイジャーとの競演で済ましており、
この冬映画は一応タイトルに「VS」の文字は入っていますが、
ギャバンとのコラボの場合は「戦隊VS戦隊」のフォーマットには縛られることはない。
実質的にはギャバンをゲストに迎えた上でゴーカイジャーの単独映画を作っているようなものであり、
ライダー夏映画とほぼ同じ条件といえます。

まぁライダー夏映画のように明確に集大成的な内容ではなく、
むしろ内容的にはTV本編クライマックス篇直前の挿話的な内容なのですが、
よくよく内容を読み込んでいくと確かに集大成的でもあります。
そしてアクションに関しては比較的分かりやすく
「ゴーカイジャー」という戦隊のアクションの集大成的なものを目指しているようです。
ここで武器交換アクションを魅せ、更に後で多段変身も魅せてくれます。

しかし後で描かれる多段変身の方は集大成にしては控え目といえます。
これはつまりここからのTV本編のクライマックス篇の方で
多段変身の集大成は別に用意してあるということでしょう。

この映画公開時の「ゴーカイジャー」TV本編は第46話まで消化しており、
最終話である第51話まで残すところあと5つのエピソードであり、
既に第46話でバスコの持つ分を除く全ての「大いなる力」を手に入れたマーベラス達に残された戦いはあと2つです。
1つは「大いなる力」を全て揃えて「宇宙最大のお宝」を手に入れるためのバスコとの最終決着の戦い、
もう1つはやがて地球に到着するザンギャック大増援軍を率いたアクドス・ギルとの地球の運命を賭けた最終決戦です。

このうちバスコとの決戦は、相手のバスコが戦闘員を持たない一匹狼である点や、
マーベラスとの深い因縁がある点を考えると、
マーベラスとバスコの一騎打ちで決着する可能性が高く、
アクドス・ギルとの最終決戦に関しては地球の運命が懸かっているだけに、
おそらく34のスーパー戦隊の力が関与した戦いになることが予想され、
このアクドス・ギルとの戦いにおいて多段変身の集大成的な演出があることが予想できます。

一方、武器交換アクションに関しては、
この予想においては、バスコ戦、アクドス・ギル戦のいずれにも目ぼしい見せ場が無さそうです。
そこでクライマックス5篇の直前エピソードであるこの映画では、
アシュラーダ部隊との戦いでまずはこの武器交換アクションをしっかり集大成的に描こうという趣向のようです。

武器交換そのものは「ゴーカイジャー」TV本編で1年間通してコンスタントに描写されてきましたが、
そのほとんどは単に鎧以外のマーベラス一味の5人が手持ちの武器をポ〜ンと上に放り投げて
他の者にパスするような簡単な描写になっており、
武器交換そのものがアクロバティックなアクションになっているという意味での
真の意味での「武器交換アクション」で、
しかも5人揃って流れるように魅せるものは
第1話と第2話のパイロット篇で披露して以降はありませんでした。

つまりは、作品のお披露目ということで特にアクションに力を入れるパイロット篇が特別であっただけで、
あそこまで凝った武器交換アクションは「ゴーカイジャー」TV本編エピソードでは
通常はやらない方針であったのでしょう。
そこまでやらなくても十分に「ゴーカイジャー」という作品のアクションはハイレベルなものだったので、
その判断で良かったのだと思います。

そのパイロット篇だけの特別にアクロバティックな武器交換アクションがこの映画でこの場面で再び披露されます。
全く同じものではありませんが、ほぼ同レベルに凝ったものであり、
最初のお披露目で魅せたものをこうして最終盤の劇場版で再び披露するというのは、
まさにこの「ゴーカイジャー」という作品のカーテンコールに相応しいといえます。

その武器交換アクションはここではまさにパイロット篇の時のように流れるように披露されます。
まずマーベラスがゴーミンに向かって「はぁっ!」と斬り下ろした左手のゴーカイサーベルを
「ルカ!!」と叫んで放り投げると、
そのゴーカイサーベルは少し離れた場所で戦っていたルカの背後にいたゴーミンの胴体に深々と突き刺さります。

マーベラスの呼びかけに反応して振り向いたルカはゴーミンの身体に刺さったサーベルを見て、
「あいよぉ!」と威勢よく応えながら自分のゴーカイサーベルを握った左手で
ゴーミンの身体に刺さったマーベラスのサーベルの柄を握って引き抜いて
2つのサーベルを得意の双竜刀スタイルに合体させつつ、
サーベルを引き抜いた反動でその場でスピンして一回転すると、
「ハカセ!!」と叫んで右手のゴーカイガンを上に向かって放り投げます。

すると建物の上で戦っていたハカセは「ありがと!」と礼を言いながら
右手に握っていたゴーカイサーベルを素早く左脇に挿し込んで、
自分のゴーカイガンを持つ左上腕部と左脇腹の間で挟み込み、
空になった右手でルカのゴーカイガンを受け取って得意の二丁拳銃スタイルにチェンジすると、
「ほい!」と左上腕部を左脇腹から離してゴーカイサーベルを自然落下させて
「よっ!」と左脚で蹴り飛ばします。

ハカセが自分のゴーカイサーベルを蹴り飛ばした先はその建物の下で戦うジョーのところでした。
ジョーはルカがハカセにゴーカイガンを放り投げた時点で
次はハカセが自分に向けてゴーカイサーベルを蹴ってくることが既に予想出来ていたようで、
ハカセがゴーカイサーベルをキックすると同時に
「アイム!!」と呼びかけながら左手のゴーカイガンを素早く近くで戦うアイム目がけて放り投げていました。
そうして右手のゴーカイサーベルを構えて周囲のゴーミン達を威圧しながら、
空になった左手を後ろに向かって伸ばして、ハカセが蹴ってきたゴーカイサーベルを背面キャッチして、
得意の二刀流スタイルとなります。

そのジョーが投げたゴーカイガンをアイムは
ゴーカイサーベルを持った右手とゴーカイガンを持った左手で「はっ!」と挟んでキャッチし、
一瞬両手が塞がったアイムは回し蹴りでゴーミンを吹っ飛ばしながらスピンしつつ、
左手に2つのゴーカイガンを握り込み、
スピンで勢いをつけて「マーベラスさん!」と叫んで
右手のゴーカイサーベルをマーベラスに向かって投げつけると、
左手から右手に1つゴーカイガンを持ちかえて得意の二丁拳銃スタイルとなります。

最初にルカにゴーカイサーベルをパスした後は少しの間左手のゴーカイガンだけで戦っていたマーベラスは、
このアイムのゴーカイサーベルを右手で受け取って、元の最も得意なスタイル、
すなわち右手にゴーカイサーベル、左手にゴーカイガンという海賊スタイルに戻り、
「はぁっ!」とゴーミン達を斬り倒すと突っ走っていきます。

そして、ゴーカイジャー6人の中でただ1人この武器交換に加わっていなかった鎧は
「おおりゃあ!」とゴーカイスピアを振り回してゴーミン達を倒していきます。
鎧の場合は手持ち武器が槍型のゴーカイスピアだけであり、
そもそもマーベラス達の武器交換には参加出来ないのです。
しかし鎧はめげる様子もなく「俺はぁ!スピア一筋!ギンギンにいくぜぇっ!!」と張り切って
周囲のゴーミン達をスピアで薙ぎ倒すと、新たな獲物を求めて駆け出していくのでした。

それにしても、こうして改めてマーベラス一味の武器交換アクションを見ると、
剣と銃を同時に使うために両手が塞がるという
ゴーカイジャーのアクション面の制約を逆手にとって面白いことを思いついたものだと感心します。

両手が塞がっているわけですから、
仲間から武器をパスされた時にまともにそれをキャッチすることが出来ないわけで、
更に自分が他の仲間に武器を送る動きにも支障が生じることになるのです。
そうした制約があるからこそ、それを解決するためにアクロバットな動きをする必要が生じるのであり、
その自然に生じてくるアクロバットな動きが見ていて楽しい見せ場になるわけです。

これは実は「歴代戦隊を登場させなければいけない」という制約を抱え込んだ状態でスタートした
「海賊戦隊ゴーカイジャー」という作品そのものが抱えた構造と相似だといえます。
この作品もまた、その元来持たされた制約をアクロバットによって強みに変えて魅せてきた作品なのであり、
武器交換アクションはそれを象徴するものであったのかもしれません。

さて一方、ギャバンの方はどうしていたのかというと、海辺の広場で「ジュウウッ!」と殴って蹴って、
ゴーミン達を蹴散らしていました。
そのギャバンがゴーミン達を片付けたところで「あっ!」と驚いて斜め上を見上げました。
その視線の先には何かが勢いよくギャバン目がけて飛び込んできます。
それはブートレグでした。
ブートレグがギャバン目がけて飛び蹴りを繰り出してきていたのです。

これに対してギャバンも即座に反応し、「とおおおっ!」と拳を突き出し、
ギャバンのパンチとブートレグのキックが空中で激突します。
やはり能力が互角であるのでこれは相討ちで互いの攻撃の勢いが相殺され、
ギャバンの拳を弾き飛ばしたブートレグの方も後方に飛ばされ、
回転して着地してギャバンとブートレグは互いの攻撃の届くか届かないかギリギリの間合いで
一瞬対峙することになりました。

やはりアシュラーダはギャバンに対しては最大の難敵であるブートレグを差し向けてきたようです。
ただ、難敵とはいってもブートレグはギャバンの能力をコピーしただけですから
能力的には互角で持久力で優っているに過ぎない。
魔空空間に引き込むことが前提ならばギャバンにとって強敵ですが、
現実空間で戦う分にはブートレグは長期戦に持ち込まねばギャバンを倒すまでには至らないはずです。

つまりアシュラーダはブートレグを使ってすぐにギャバンを倒そうとしているわけではない。
むしろブートレグのギャバンと全く互角の能力を使ってギャバンを膠着状態に追い込み、
当面は足止めすることが狙いであるようです。

ギャバンは互角の能力を持つブートレグを倒すことは出来ない。
戦えば必ず膠着状態に陥る。
そのことは先般の体育館の戦いでアシュラーダは確信していました。
だからここでも同じ結果になると読んでいます。

一方ギャバンの方は今度こそブートレグを倒す機会が到来したと張り切り、
ブートレグに一騎打ちの勝負を誘うように駆け出し、
追いかけてくるブートレグと共に倉庫の壁をぶち破って中に飛び込み、
「ぬおおおっ!!」と激しい肉弾戦に突入していったのでした。

ここで、BGMがこれまで流れていた「宇宙刑事ギャバン」から「ゴーカジャー」TV本編の主題歌
「海賊戦隊ゴーカイジャー」のボーカル入り版に変わり、
場面もマーベラス一味6人の戦闘シーンに変わります。
ここは武器交換を終えてそれぞれ最も得意な戦闘スタイルとなったマーベラス一味の面々の
無双アクションを堪能する場面であり、
やはり「ゴーカイジャー」という作品の集大成的意味合い、カーテンコール的意味合いで、
マーベラスの口癖である「派手にいくぜ!」の変形バージョンが
他のメンバーによって唱えられるという趣向になっています。
なお、この「派手にいくぜ」の変形バージョンを唱えるという趣向そのものは
「ゴーカイジャー」TV本編でもこれまでにもしばしば試みられていることです。

まずはルカが狭い高所で二刀を手にして宙返りを決めるという、
地味ではあるもののかなり難易度の高い、さすがは中の人が蜂須賀さんと唸らされるアクションを決めるなど、
いかにもルカらしい身軽なアクションで「ほっ!」とおどけつつ高所を跳び回り、
ゴーミン達を斬って突き落としていきます。
そして威勢よく「派手にやるよぉっ!!」と叫んで大きく跳び上がり、
そのままゴーミン達の驚いて見上げる中、地上まで飛び降りて着地し、
二刀流で円を描いて舞うようにゴーミン達を斬り倒していきます。

別の場所では倉庫の高い建物の外付けの各階の非常階段に陣取ったゴーミン達から狙い撃ちされていた
地上のアイムが、ゴーミン達の銃弾をひらりひらりとかわした後、二丁拳銃をまとめて右手に握り直して、
左手ではアンカー付きのロープを取り出して「はっ!」と最上階の階段にいるゴーミン目がけて投げつけます。
するとロープは手すりを通ってゴーミンの身体に巻きつき、
アイムが「ほっ!!」と身体全体の体重を乗せてロープを引くと、ゴーミンは引っ張られて手すりを乗り越え、
ロープが身体に巻き付いたまま落下していきます。
そうなれば手すりに引っ掛かったロープの端を握っているアイムは滑車の原理で上に引っ張られ、
片手でロープを握ったまま一気に上昇するアイムは「派手に飛びます!!」と叫びつつ、
各階の階段に陣取るゴーミン達を右手の二丁拳銃で二本の指で引き金を引いて撃ちまくって撃破していくのでした。

更にまた別の場所では高い建物の上でゴーミン達の中を宙返りなどして二丁拳銃で戦っていたハカセが
手すりをひらりと飛び越えて「派手に・・・!」と言って何かをしようとしたところ、
なんと手すりの向こうは建物はもう無く、地上目がけて真っ直ぐ落下していく自分に慌てて
ハカセは「・・・落ちてるうううう!?」と絶叫します。

この建物の高さは5階ぐらいあり、まともに墜ちるとなればかなり危険なアクションシーンですが、
途中で上手く資材に擬装したクッション材を配置していて、大怪我のないようにしています。
しかしそれでも綺麗にこの擬装資材に足から落ちていってはリアルな落下シーンとなりませんから、
ハカセの中の人の竹内さんはここで資材に胴体で突っ込んでいき、
クッション材で擬装しているとはいえ地上には頭から落ちていきます。
しかも両手にゴーカイガンを握ったままですから
体幹だけの受け身でこのアクションをこなすのですから大変なものです。
さすがというしかないでしょう。

この場面、「ぐはっ!?」と悲鳴を発して地上に落下したハカセはフラフラして立ち上がり千鳥足となり、
あまりにハカセが派手に墜ちたので建物の上のゴーミン達も唖然として見下ろします。
が、ハカセは自分の尻をゴーミン達の方に向けて力強く両手で叩いて気合いを入れ直すと、
振り返って二丁拳銃を構えて建物の上のゴーミン達目がけて
「こんのおおおおお!!」と撃ちまくり、全滅させたのでした。

そして倉庫群の間でゴーミン達に取り囲まれていたジョーは
二刀流で「うおおおお!!」と斬って斬って斬りまくり、
遂には「ふんっ!!」と気合を込めて二刀を斬り下ろして、
周りから襲ってくるゴーミン達を逆に全部返り討ちにして一気に殲滅します。

そして、そこに現れたスゴーミンの方に右手の剣をすっと差し出して立ち上がると、
ジョーはニヒルに「・・・派手に斬らせてもらう!」と宣言し、スゴーミン目がけて突撃を開始します。
慌てて撃ってくるスゴーミンの銃弾を「うおおおお!!」と剣で弾きながら真っ直ぐ突っ込んだジョーは
二刀のゴーカイサーベルでスゴーミンをメッタ斬りして倒したのでした。

また、鎧は元気いっぱいで「うおりゃああああ!!」とゴーカイスピアを振るってゴーミン達を相手に大暴れ、
バッタバッタと倒していきます。
そこに現れたスゴーミンが鎧目がけて砲弾を撃ちまくってきますが、
鎧はゴーカイスピアを振り回してこれを全弾撃ち落とし、
そのままの勢いで「派手に!」と叫んでカッコいいポーズを決め、大きくジャンプします。

そして空中でゴーカイスピアをスゴーミン目がけて投げつけるべく振りかざす鎧ですが、
「派手に」の後に言うセリフを考えないまま跳び上がってしまったので
「・・・え・・・あ・・・あ・・・」としどろもどろになってしまい、
カッコいい決めゼリフを言えないうちにスピアを投げるわけにもいかず、
かといってこのまま投げずに着地しても仕方なく、逡巡した挙句、結局は投げるしかなくなり、
「・・・派手にぃっ!!」と意味不明なことを叫んでスピアを投げ、スゴーミンの身体を貫いて倒しました。

さて、そのように仲間たちが各人の個性に合わせた大活躍をしている中、
マーベラスも「はぁっ!」とゴーミン達を撃って斬って蹴散らしていき、
「うりゃっ!」と敵をどんどん倒しながら一気に突っ込んでいきます。
マーベラスの目指していたのはアシュラーダでした。
ゴーミンやスゴーミンをようやくほとんど倒して、
遂に今回の一件の元凶であるアシュラーダのもとに手が届くところまでやって来たのです。

敵部隊を薙ぎ倒したマーベラスは遂に「うおおっ!!」と叫んでアシュラーダに斬りかかります。
しかしアシュラーダは腕でゴーカイサーベルを受け止め弾き返すと、
全くダメージを受けていない様子で反撃してきて、マーベラスは一方的に殴りまくられて
「うわあっ!」と吹っ飛ばされてしまいました。
何時の間にか景気の良い「海賊戦隊ゴーカイジャー」のBGMは終わっており、
何やら不穏な感じのBGMとなっており、ここで一旦快進撃は止まるようです。

しかし、これまでアシュラーダが戦う姿は披露されていませんでしたが、
マーベラスを全く寄せ付けないアシュラーダの強さはやはり相当のもののようです。
吹っ飛ばされて倒れたマーベラスの周りには他の仲間5人も一斉に集まってきました。
どうやらアシュラーダ以外のゴーミンやスゴーミン達は全滅させたようで、
これで残るはアシュラーダだけであり、アシュラーダはマーベラス一味の6人を相手に戦うこととなりました。
だがアシュラーダは全く臆することなく、立ち上がったマーベラスも含めた6人を嘲笑うように
「フッ!何人でもまとめて来い!私は絶対に負けない!」と余裕綽々です。

そういえばあのブートレグがアシュラーダの傍にいないことにマーベラス達は気付きました。
ここまでゴーミンやスゴーミンを全部倒してくる途中でもブートレグの姿は全く見ていなかったので、
マーベラス達はブートレグはてっきりアシュラーダの傍にいて警護にあたっているのかと思っていたのですが、
どうもそういうわけではないようです。
しかも何時の間にかギャバンの姿も見えなくなっているところからすると、
何処かでギャバンとブートレグが戦っているのだということにマーベラス達も気付きました。

それはもちろんアシュラーダの命令によるものであり、
アシュラーダはブートレグに自分の身辺を守るよりもギャバンと戦うよう命じたのであり、
それはマーベラス一味ならば、もし6人がゴーミンやスゴーミンを倒してやってきたとしても
6人まとめて相手しても自分1人で勝てるという自信の表れでもあります。
それだけアシュラーダはマーベラス達のことは大したことはないと思っています。

そもそも最初からアシュラーダはギャバンにあっけなく逮捕されたマーベラス達のことは
大したことはないと思っており、それゆえ魔空監獄でも舐めてかかったために足元を掬われたのです。
それで多少は反省してマーベラス達に対する過小評価を改めたアシュラーダでしたが、
それでもマーベラス達がギャバンよりも強敵であるとは到底思えなかった。
アシュラーダは自分にとって真に脅威といえる相手はあくまでギャバンであり、
ブートレグを使ってギャバンを足止めしている間に
自分1人でマーベラス一味の6人だけならば倒せると考えたのです。

もともとここでの戦いはアシュラーダにとっては父親の仇であるギャバンよりも、
むしろまずは魔空監獄を潰した憎きマーベラス一味への復讐の方が比重が大きい戦いとなっていました。
だからまずはギャバンの邪魔の入らない状態で自分自身の手でマーベラス一味を倒し、
その後でブートレグと共にギャバンを葬り去るというのがアシュラーダの計画でした。
その目論み通りにギャバンは何処かでブートレグと交戦中で、
その間にこうしてマーベラス達がやって来たわけですから、アシュラーダとしては願ったり叶ったりでした。

マーベラス達から見ても、アシュラーダのあまりの余裕っぷりに、
これはアシュラーダの思惑通りなのだろうということは感じましたが、
マーベラス達としてはそんなことはこの際どうでもいい。
そもそもアシュラーダは今回ギャバンに命じてマーベラス達を逮捕させた上で謀殺しようとしていた張本人なのです。
マーベラス達としてはそれだけでも絶対に許せない相手であり、
自分達の手でオトシマエをつけねばいけない相手なのでした。

だからアシュラーダが何を企んでいようが関係無い。
目の前に倒すべき相手がいる以上、躊躇するようなマーベラス達ではありません。
「知るか!」とマーベラスが怒鳴り、6人は「うおおおっ!!」とアシュラーダに向かって突っ込んでいきました。

こうしてマーベラス一味とアシュラーダの戦いが始まった頃、
そこからやや離れた倉庫内でのギャバンとブートレグの戦いの方は、
能力が同じ者同士ゆえに、やはり全く互角の激闘を繰り広げていました。

先ほどの肉弾戦を経て、今は互いにレーザーブレードを抜いて激しい斬り合いを繰り広げ、
ギャバンが倉庫内に置かれた廃車にブートレグを放り投げて叩きつけると
ブートレグはすぐさま突進してくるギャバンにレーザーブレードを一閃しようとしますが、
ギャバンはこれを紙一重でかわしてジャンプして車のボンネットに飛び乗り、
ブートレグの頭上に剣を振り下ろします。

これをブートレグは振り向きざま剣で受け流して、
すぐさまギャバンの脚を斬り払おうとして剣を繰り出します。
これをまたかわしたギャバンを追ってブートレグもボンネットに飛び乗り、
車の上で両者は激しく剣と剣をぶつけ合い、
ブートレグは足払いでギャバンをひっくり返して剣を振り下ろしますが
ギャバンもこれを受け止めます。

まさしく一進一退、両者譲ることのない戦いは、
このままいけば先ほどの体育館の戦いのように膠着状態となり、
アシュラーダの思惑通りの展開となりそうな気配です。
そして戦いがこのまま長引けば、疲れを知らないブートレグの方がじわじわと優勢になっていきます。
そのことは誰よりもギャバン自身がよく分かっていました。

だがギャバンは全く焦る気持ちは無かった。
この戦いはそんな長くは続かないだろうという手ごたえを既に掴んでいたからです。
それはもちろん自分の勝利に終わるという確信でもありました。

確かにこうして改めて戦ってみて、ブートレグが自分と全く同等の能力を持っていることは
ギャバンにも再確認できました。
しかし、だからこそ、機械には無い人間の心を取り戻した自分は
それを超える力を発揮して勝利出来るはずだと確信できたのでした。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 07:16 | Comment(1) | 海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバンTHE MOVIE | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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