2011年01月12日

プテラレンジャー

プテラレンジャー.jpg





















スーパー戦隊シリーズの再生のために「ジェットマン」で積み残した課題は、
不思議コメディーシリーズのエブリデイ・マジック的な世界観をそのまま活かしながら、それを決してコメディードラマにせずに、熱いヒーロードラマとして成立させるということでした。
「ジェットマン」ではそれが出来なかったので、エブリデイ・マジック的なコメディードラマをベースにしながら、その上に大人向けの重厚な物語を重ねたのです。
その結果、成功し、その大人向けの物語の方が話題になったため、現在では単に大人受けを狙った作品であったかのようなイメージを持たれています。
しかし当時の真の課題は「ジェットマン」ではあえて回避した「エブリデイ・マジックなヒーロードラマ」でした。コメディーの上に重厚な物語を重ねるという「ジェットマン」の手法は難しく、その成功はかなりたまたまであったので、何度も使える手ではありませんでした。やはり本来の課題を次は片付けねばならないのです。
その課題に取り組み、成功させた次の作品が1992年制作の「恐竜戦隊ジュウレンジャー」です。
この「ジュウレンジャー」で戦隊シリーズは復活し、「ジュウレンジャー」はシリーズ中興の祖となります。

まず、どうして不思議コメディーシリーズのようなエブリデイ・マジック作品では笑いが生じるのか。
それは日常と非日常が出会うからです。そして日常が非日常に対して「おかしいよ」とツッコミを入れることによってコメディーになるのです。
居候した妖精が寝てばっかりいるのに呆れる少女や、寄せ集め民間人を集めてジェットマン長官を名乗る小田切綾をあっさりオバン呼ばわりする早坂アコなどが、この「日常」に相当します。
つまり非日常の異常な事態が「ボケ」で、それに対して日常感覚が「ツッコミ」を入れるのです。「ボケ」に「ツッコミ」を入れることでコメディーが成立する。
ならば、どんな「ボケ」に対しても一切「ツッコミ」を入れなければ、コメディーにはならないのです。
つまり、「日常」というものが無く、ひたすら「非日常」だけの物語を作ればいいのです。
そうすれば、全くツッコミが入らないまま、延々と異常な状況がボケ倒すことになります。
しかし「日常」は全く無くなったわけではない。テレビを観るお茶の間に「日常」はあります。延々とボケ続ける作品に対してお茶の間がツッコむことは出来るのです。
それはつまり、そのボケが面白く興味惹かれるものであるということです。

何の変哲もないつまらないボケや、ボケにもならない普通のお話であったり、中途半端に「日常」の混じった物語ではダメです。
不思議コメディーシリーズのクオリティのボケを延々とツッコミ無しで続けるような物語であれば
お茶の間の日常の人々が思わずツッコミを入れたくなる。言い換えれば、クギ突けになる。
信じられないようなボケが繰り返されれば、それは確かに面白い。面白いが、劇中でツッコミが入らない以上、コメディー的な展開にはならない。
劇中の物語はやたらと非現実的、非日常的なボケを大真面目にヒロイックに繰り広げているとすれば、その物語は、面白く、なおかつヒーロードラマとしても成立するのです。
強烈なボケに内心笑いながらも、気がつけば視聴者はそのヒーロー物語に夢中になっている。
これが「ファンタジー」というものです。
そんな世界があるわけはない。こんな話が現実にあるわけがない。バカバカしい。そのように鼻で笑い、気軽に見始めて、気がつけば何時の間にか夢中になっている。良質のファンタジーにはそういう力があるのです。
それは、近未来SFとして作られてきたそれまでの戦隊シリーズ作品とは一線を画した作品世界でした。

但し、これを成功させるには、徹底的にボケないといけません。
中途半端に現実と折り合いをつけようとしたり、常識に捉われたり、日常感覚を持ち込んだりしてはいけません。上手なお話を作ろうとしてもいけません。
ただひたすら、ツッコミの全く入らない状態で徹底的にボケ続ける。
ボケにボケまくって、「これはさすがにないだろう」というレベルまで全ての設定をボケで埋め尽くし、作りあげてしまう。作品の世界観全てでボケるのです。つまり徹底的に非日常、非現実な世界観を設定するのです。視聴者が腰を抜かしてツッコミを入れるようなものを作るのです。
そこまでやれば、あとはもう、勢いとノリです。しっかりボケまくった世界観を固めた後は、緻密な展開などせず、暴走すればいいのです。暴走すること自体が一種のボケでもあります。視聴者は呆れながらも目を離せなくなります。
特に子供はこういうファンタジーは大好きです。このファンタジー世界で、従来の戦隊シリーズのノウハウを、ファンタジー世界を阻害しない範囲で選択しアレンジして使っていけば、新しいヒロイックな子供受けする戦隊ドラマが生まれるのです。

そのようにして生まれた「ジュウレンジャー」という作品。かなりぶっ飛んでます。
まず戦隊メンバーがなんと人間じゃありません。
1億7千万年前に生息していた恐竜人類の戦士なのだそうです。恐竜から進化した人類だそうで、ホモ・サピエンスじゃないんですね。
じゃあトカゲみたいな顔してるのかというと、どう見てもサル顔の人間です。
でも本人たちは大真面目に恐竜人類の歴史をやたら詳しく語ったりするので、もうなんか、そういうことにするしかないです。

この恐竜人類の歴史というのが、またぶっ飛んでます。
1億7千万年前、恐竜人類と恐竜と妖精が仲良く共存してたのだそうです。そこに悪魔と契約した魔女バンドーラが攻めてきたので恐竜人類の戦士ジュウレンジャーが恐竜の神様と協力して魔女をなんとか撃退して封印したのだそうですが、その封印が不完全で遠い未来に解けるので、恐竜人類はジュウレンジャーを氷漬けにして眠らせて、妖精の仲間の不思議仙人バーザにバンドーラが復活したらジュウレンジャーを起こすように頼んでおいた。その後、恐竜や恐竜人類は滅びて、妖精は人間世界に紛れて生き続けており、そして遂にバンドーラが復活したので、バーザはジュウレンンジャーを目覚めさせたというわけです。
なんかもう完全におとぎ話です。

ファンタジー要素を全部ぶち込んだみたいな話ですが、どうしてここで恐竜が出て来るのかも謎です。これは単に子供に人気のモチーフだったからという理由と、この年にちょうどスピルバーグの「ジュラシック・パーク」が公開される予定だったので、それに合わせたそうです。つまり簡単に言えば恐竜型の玩具を売りたかったわけです。
つまり、ジュウレンジャーの場合、彼らの乗る巨大メカのようなものが恐竜型なのです。というか、恐竜なのです。メカではなく、生き物なのです。恐竜そのものではなく、恐竜の神様なのだそうで、もう驚くしかないのですが、神秘的な超生命体のようなもので、実はジュウレンジャーよりもこいつらの方が偉かったりします。
その神様に乗り込む、というか融合してジュウレンジャーはバンドーラの送り込む巨大な怪物と戦ったりするのです。またこの神様たちは合体してもっと巨大な人型の神様にもなったりします。従来の巨大ロボに相当するのですが、これが神様の本来の姿だったりします。
この神様は守護獣といって、恐竜の神様のはずなのに、何故かマンモスがいたりサーベルタイガーがいたりして、もう何処から突っ込んでいいのやらという状態なのですが、合体パターンがかなり複雑で面白く、神様ですから意思を持っていてジュウレンジャーと会話なんかもしたりするので、なかなかキャラが立っており、従来のロボには無い愛着が湧く存在でした。
この巨大メカが生き物というパターンはシリーズにおいて画期的で、この後の作品で頻出することになります。また、巨大メカ(生き物)がやたら増え始めるのもこの作品からで、何せ生き物ですので、それらの登場篇だけでエピソードになり、他にも伝説の武器を探したり、なんだかロールプレイングゲームみたいな要素も加味されて、お話が賑やかになります。

このように突っ込みどころは満載で、しかもここから展開するストーリーも要素盛り沢山な分、かなり支離滅裂なのですが、
ともかくあらゆるパートに一貫したファンタジックな世界観を登場人物たちは熱く大真面目にヒロイックに演じきっており、
そもそも彼らに「それはおかしいだろ」とツッコミを入れるような日常感覚を持った人間も劇中に全く登場しません。登場するのは彼らを素直に受け入れる子供たちばかり。あとは現代を舞台にしながら恐竜人類や恐竜、妖精や仙人、魔女、怪物らが好き放題ボケ倒します。
これでは視聴者もついつい惹きこまれ、バカバカしいと思いつつも、ジュウレンジャーや守護獣など、それに敵側の魔女バンドーラにまでも愛着を持ってしまったりするのです。
それで視聴率も上昇し、遂には裏番組の「らんま1/2」を9月で終了させることになった。また玩具も非常によく売れたのでした。

scan025.jpgさて、このジュウレンジャーの戦隊ヒロインは紅一点のプテラレンジャーです。
恐竜人類の5部族のうちの1つであるリシヤ族のプリンセスのメイが変身します。守護獣がプテラノドンなのでプテラレンジャーです。
1億7千万年前の伝説の恐竜人類の戦士でプリンセスですから、もうなんかよく分かりませんが、すごく神秘的で高貴な感じがします。変なお姫様っぽい服着てますし。
名乗りも「プテラレンジャー、メイ!」と、シリーズで初めてジュウレンジャーは本名つきで名乗ります。さすが古の伝説の戦士。戦いの場での作法をわきまえてます。
プリンセスだけあって、可憐で優しく真面目で子供と花が好き、そして正義感が強く勇気があって凛としています。ひたむきな努力家でもあります。まぁ桃園ミキのようなタイプだといえます。
ただ、ヒロインの属性として従来は重要視されてきた知性とアクションに関しては特徴的です。
まず知性ですが、残念ながら、かなりアホな子です。
というか、メイが際立ってアホというよりも、ジュウレンジャーの5人は総じてアホです。しかしメイはその中でもどっちかというとアホの方かもしれません。
アホといっても不真面目であるとか性格が悪いというわけではなく、むしろ恐竜人類というものがそもそもあんまり深く物事を考えない生物なのかもしれません。純朴というべきでしょうか。
まぁそれは設定上の推論であって、実際のところは、5人にさんざんボケ倒させているうちに、それがエスカレートして戻るに戻れないレベルまで5人の天然ボケのイメージが固まってしまったというところでしょう。

また紅一点ということは、ここでまた一人ヒロイン制に戻っているということなのですが
実は前作ジェットマンでもエブリデイマジックにおけるヒロインは早坂アコ1人であったので、実質的にはジェットマンの段階で一人ヒロインであったともいえます。
エブリデイマジック作品においてはヒロインは1人でも足ります。何故なら、非日常を舞台としているため、JACがやるようなリアルで高度なアクションは必ずしも必要としないので「強いヒロイン」をヒロイン像から分離しないで済むからです。

例えばメイは恐竜人類というよく分からん存在なので、その強さの基準がそもそも人間とは異質なのです。リアルなアクションはしなくても、演出や特殊効果の妙で強さを表現することが出来るのです。そしてそれでも強さが足りない分をカバーする便利アイテムが弓矢です。メイは弓矢ヒロインでした。しかもこの弓矢は恐竜人類の伝説の武器で不思議な力も持っています。メイはそうした非現実的な強さ描写がリアリティを持ったキャラなのです。
だから、可憐で優しげで天然ボケでありながら、何故か強いという、ちょっとしたおとぎ話のお姫様的な描写に説得力があるのです。
人間でないから、異世界のヒロインだから、むしろ天然ボケで不思議な強さを持っている方がしっくりくるのです。そしてそういう不可解な魅力は、可憐さや真面目さや純粋さや優しさがあってこそ、いっそう輝きます。

こうしたメイの不思議な魅力は、演じた千葉麗子に合っていました。
千葉麗子はこの「ジュウレンンジャー」に出た後、電脳アイドルとして売れますが、この時点では無名の新人アイドルでした。無名の新人アイドルをヒロインに起用するのはエブリデイマジック作品の先輩格である不思議コメディーシリーズの影響です。「ジュウレンジャー」はエブリデイマジック作品ですから、不思議コメディーシリーズの影響を受けており、「新人アイドルが美少女ヒロインを演じる」という伝統も継承したのです。

千葉麗子は文句無しに可愛いのですが、その演技はハッキリ言って酷いです。セリフは酷い棒読みでした。ただ、メイの浮世離れした非現実性と、この不自然な千葉の演技と透明感のある美しさが妙に合っており、意外といい感じです。
それに千葉はかなりアクションも頑張りました。千葉もグラビアアイドルだったわけですが、グラドルというやつは基本的に肉体で勝負する仕事なので、案外身体は丈夫で、アクションを頑張れる体力と根性があります。それでいて可愛くて華もあるわけですので、そんな見た目可愛らしい子がアクションに一生懸命取り組んでいる姿が、メイの純粋ひたむきキャラとかぶって、より魅力的に見えるのでした。

このようにメイの印象はそんな悪くなく、独特の魅力は有ったのですが
このジュウレンジャーの5人は総じて同じような感じの天然ボケキャラであり、似ている分個性が薄れ、キャラがあんまり立っていませんでした。好感はすごく持てたんですけどね。まぁその中ではメイは華が有る分、目立っていたほうです。
そういうわけで初期5人は印象が薄く、あんまり人気はありませんでした。圧倒的な人気があったのは敵の魔女バンドーラと初の追加戦士ブライでした。この2人の魅力で作品がもっていたようなものです。
ブライなどはあまりに初期5人がおバカ過ぎるので、さすがに物語がグダグダになったのでテコ入れでレギュラー化したと思われ、まともにドラマを内面に抱えていたのは正義側ではブライだけでした。まぁそれもかなりツッコミどころ満載だったのですが、相変わらず誰もツッコむ登場人物はいませんが。
バンドーラはこの作品の裏の主役と言ってもいいぐらいで、極めて魅力的なキャラでした。あまりに人気があったのか、結局最後はバンドーラ一味は悪魔に利用されていただけということで、再び封印されて幹部連中は誰も死にませんでした。
もうなんか最初からやたらバンドーラが目立っており、途中からはバンドーラとブライの物語になったような感すらあります。バンドーラを演じたのはかつて「デンジマン」と「サンバルカン」でヘドリアン女王を演じた曽我町子で、ブライを演じたのはかつて「チェンジマン」でチェンジペガサスを演じた和泉史郎でしたので、まぁ貫禄が違うというのもあります。
この主人公である戦隊メンバーのキャラの薄さというのは「ジュウレンジャー」の反省材料となり、次の作品でこの点は徹底的に改善が図られます。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 02:40 | Comment(0) | 戦隊ヒロイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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