2011年01月18日

イエローレーサー

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1995年のメタルヒーローシリーズ作品、実質的には第二戦隊シリーズ作品「重甲ビーファイター」が後半に大躍進出来たのは、オウム事件発生後の世相の変化をにらんで春から夏にかけての期間、着々とテコ入れ策を打っていったからです。
では、同じ時期、スーパー戦隊シリーズの方は何をしていたのか。
オウム事件発生後、放送が始まったばかりの「オーレンジャー」の冷戦時代さながらのシンプルな勧善懲悪の世界観は古臭くなって、制作陣は方向性を見失って作風はコメディー路線が前面に出て来て迷走を続けていましたが、更に初夏ぐらいから、放送時間帯変更を巡る騒動までも繰り広げていたのです。

もともと民放の夕方のニュース番組というのは18時開始で、重大ニュース発生時には報道特番という形で17時に開始されるのが通例でした。
ところが1995年に入ってから1月に阪神大震災、3月に地下鉄サリン事件、そしてその後も一連のオウム真理教による重大事件の連続で、もう毎日が重大ニュースみたいな日々が続き、民放各局は連日ニュースを17時から繰り上げ放送していました。
そうした中でテレビ朝日だけは金曜17時台にスーパー戦隊シリーズがあるため、金曜日だけ繰り上げ放送が出来ないで困っていました。

他の局は、この時間帯はアニメなどの再放送枠だったので平気で番組を潰して報道特番を組むことが出来たのですが、
スーパー戦隊シリーズは再放送ではないので潰せば代替放送を何処かでしないといけないのです。
そうなるとまた色々と他にしわ寄せがくるので、テレビ朝日もそう気軽に報道特番が組めない。
もともと、こんな時間帯にスーパー戦隊シリーズが放送しているのは1989年の宮崎勤事件の際にテレビ朝日が無理矢理に戦隊シリーズをこの枠に移動したからであって、
他局も当時同じような措置をしたのですが、スーパー戦隊シリーズだけが長寿シリーズゆえ、当時移動した番組の中でこの再放送枠に唯一残った本放送番組となっていたのでした。
結局、金曜日は他局が報道特番でオウム報道をしている同じ時間帯にテレビ朝日だけ「オーレンジャー」を放送してるという状況となり、「オーレンジャー」の視聴率が極端に下がったのは、このあたりも原因といえます。

ただ、もともとはテレビ朝日側の勝手な都合でこの枠へ移動させた手前、テレビ朝日側もあまり強いことは言えず、枠の移動を言い出せずにいたのですが、
さすがに我慢しきれず、初夏ぐらいになってから、秋からの金曜17時台前半枠への移動を打診してきたのでした。
つまり17時台後半にある「オーレンジャー」を17時台前半に移して、せめて秋から17時半からでも報道特番を組める体制にしたかったのです。
「オーレンジャー」だって、他局の報道特番が佳境に入った時間帯から始まるよりは同時に始まった方がまだ視聴率は取れる可能性があります。

制作会社の東映としては、それで少しでも視聴率が上がればいいと思って乗り気だったのですが、スポンサーのバンダイは猛反対しました。
「オーレンジャー」は玩具はよく売れていたのでバンダイとしては枠の移動など不要だと感じましたし、
枠に見合ったスポンサー料を払っているのはバンダイですから、勝手に枠移動を云々されること自体、不愉快だったでしょう。
何より、金曜17時台前半にはバンダイがスポンサードするガンダムシリーズが1993年からずっと放送しており、
これが低視聴率だったので、テレビ朝日はガンダムを朝の時間帯に飛ばし、そこにスーパー戦隊シリーズを持っていこうとしていたのだが、
バンダイはガンダム玩具は大事な収入源だったのでこれにも反発しました。
この騒動の渦中にあって、スーパー戦隊シリーズのプロデューサーはテレビ朝日側に立って、ガンダムシリーズのプロデューサーと揉めたり、バンダイと揉めたりして、結局はバンダイの言い分が通って枠の移動話がポシャッたりして、1995年の夏場は不毛な揉め事に終始してしまったのでした。
この間にも迷走を続ける「オーレンジャー」への対処などにも追われ、この時期、一番大事なことが出来ませんでした。

つまり、次の戦隊をどうするのかについての企画を詰める作業です。
特にオウム事件以降、ヒーロー番組としての方向性を見失い、世間の視線も気にせねばならず、非常に難しい判断をせねばいけなかった時期です。
その時期を変な騒動で空費してしまい、次の戦隊でどのような新しいヒーロー像を打ち出せば良いのか、全然ビジョンの無い状態で次作品の企画を決定しなければならなかったのです。
結果論的には同時期の「ビーファイター」が良い参考になったはずなのですが、この時期はまだ「ビーファイター」の試行錯誤が成功するかどうか不明な時期であり、あまり参考にはなりませんでした。
「ビーファイター」が正面切って正統派ヒーローを描こうとしていることは分かっていましたが、もしかしたらオウム事件後の硬直した世論によって逆に猛烈に叩かれる危険性だってあったのです。

結局、スーパー戦隊シリーズでは、この1995年夏の時点では、新しいヒーロー像の目途は立たず、正統派ヒーロー路線で勝負する決断も出来ませんでした。
そもそも、「カクレンジャー」や「オーレンジャー」の迷走の大きな原因として、戦隊スタッフに蔓延していた不思議コメディー路線への傾斜傾向があり、
もし中途半端な準備で正統派ヒーロー路線をやろうとしても、おそらくまたグチャグチャになってしまうことは予想できました。
ただ、唯一ハッキリしていたことは、「オーレンジャー」で打ち出した昭和戦隊的なシンプルな勧善懲悪の世界観はもはや時代遅れで使い物にならないということでした。

そこで戦隊スタッフはここで開き直ったのです。
どうせ使い物にならず笑い物になってしまうような世界観ならば、いっそとことん笑い物にしてしまえばいいのではないかと。
昭和戦隊のセルフパロディをとことんコメディータッチで描けばいいのではないかと。
中途半端にコメディーとヒーロードラマの混ぜたようなものでは良い作品は作れないけれども
とことんコメディーに徹すれば、準備不足でも素晴らしい作品を作る自信はありました。
何せ、12年間に及ぶ不思議コメディーシリーズの蓄積が有ります。
どうしても不思議コメディーシリーズの作風への思い入れが抜けないというのなら、いっそ思いっきり吐き出してみればいいのではないかとも思えました。
いや、もうこの1995年夏の内外の情勢では、もうこれしか手はありませんでした。
そういうわけで1996年に生まれたのがスーパー戦隊シリーズ最大の異色作「激走戦隊カーレンジャー」です。

この追い詰められ開き直りきった東映の事情とは裏腹にスポンサーのバンダイはオーレンジャーでの玩具キャンペーン大成功にすっかり有頂天で、ノリノリで次は自動車モチーフでいこうという提案でした。鉄板の自動車玩具で更に儲けようという魂胆です。
バンダイとしては本当は中国拳法とか忍者とか、そういう玩具的によく分からんものよりも、恐竜とか自動車とか動物とか、子供が欲しがりそうな玩具が良いわけで、
本音では毎回そういうモチーフで戦隊やってくれればいいと思っているのですが、制作側としてそんなマンネリなことはやりたくないわけで色々こだわりもあります。
それでだいたいいつも齟齬が生じて揉めたりもするのです。その結果、チグハグなものが出来てしまうこともあります。
「オーレンジャー」なんて実際はその典型ですし、同じ自動車モチーフでも「ターボレンジャー」の時も、車と妖精と高校生という、全く整合性のとれない取り合わせになってしまいました。

ところがこの「カーレンジャー」においては東映は考えられないほどの従順さでバンダイの意向に従い、自動車を中心に据えた極めて整合性のとれた世界観を構築しました。
これは要するに、モチーフなど何でもよかったということです。
どうせセルフパロディなのであり、戦隊を取り巻く世界観は作品目的としては「からかい」「茶化し」の対象でしかないわけですから、
制作側として特に愛着も無ければこだわりも無いのです。
大事なのは、それをいかにパロディー化するのかの方なのです。

物語の世界観はこんな感じ。
宇宙暴走族ボーゾックに生まれ故郷のハザード星を宇宙の花火にされてしまった少年ダップがボーゾック打倒のために伝説の車型の星座伝説の神秘の力であるクルマジックパワーを身につけ、その伝説の戦士がいるという地球へと向かう。
一方、ボーゾックも次に花火にする星を地球と決めて、地球に向かう。
地球でダップが出会ったのがペガサスという下町の小さな自動車会社に勤める5人の若者で、
ダップは彼らこそ伝説の戦士だと見定めてクルマジックパワーで生み出されたアクセルチェンジャーという自動車のキーを刺すような形態の変身ブレスレットを渡して、伝説の戦士カーレンジャーとする。

カーレンジャー5人の乗る移動用ビークルは5台のカート車で、
巨大戦用の巨大メカも5台の自動車型マシンで、この5台が合体して巨大ロボになる。
またそれとは別に物語中盤から消防車や救急車などの5台の働く車型の巨大メカも登場し、これが合体して2号ロボにもなる。
等身大戦の銃は車型、個人武器も車の部品型で、ボーゾック探知システムもカーナビ型だったり、
助っ人的な6番目の戦士シグナルマンは白バイ警官がモチーフで、
ボーゾックの幹部たちもガイナモ、ゼルモダ、ゾンネット、グラッチなど、また真の黒幕の名もエグゾスなど、車にゆかりのある名前ばかり。
また、名乗りの際の掛け声は「戦う交通安全!」で、5人の名前の頭文字をつなげると「じどうしゃ」となり、サブタイトルは必ず自動車用語や交通用語が入っており、毎回、番組の最後には交通標語が読み上げられるという感じで、
これでもかというほどに自動車関連で世界観が統一されています。
ここまで徹底すると、もはやこれだけでギャグの領域に入っており、ふざけた作品だということが想像ついてしまうくらいです。

しかしカーレンジャーの場合、そのふざけ具合はこんなもんでは済みません。
ダップが5人を伝説の戦士だと思った根拠は何だかよく分かりませんし、無料奉仕で戦うことを嫌がった5人をダップは死んだフリの三文芝居で騙して戦わせてしまいます。
そんなほとんど詐欺の被害者のような5人ですが、その後は意外にダップに協力的になり、会社の仕事を続けながら正体を隠して戦い続けます。
敵のボーゾックもバカばっかりなのでおバカな作戦ばかり立ててはカーレンジャーにいつもやられて作戦は失敗ばかりで行き詰ってしまい、
町内に妙に溶け込んでウダウダしてしまっており、カーレンジャーの5人とも顔見知りだったりするのですが、ボーゾックの連中は5人がカーレンジャーの正体とは知らない。
それどころかカーレンジャーが地球人の変身した姿とすら思っておらず、謎の宇宙人なのだと思っている始末。
それで敵味方同士が正体を知らずご町内で普通にマヌケな遣り取りをしたり、ボーゾックのお色気女幹部がレッドレーサー(もちろん変身後の姿の)に惚れてしまったり、妙なことばかり起こります。

カーレンジャーの指揮官にあたるダップはスターウォーズのヨーダみたいな変な宇宙人で子供なので頼りなく、
追加戦士扱いのシグナルマンは地球に左遷されてきた窓際のウダツの上がらない単身赴任の中年宇宙警察官で、融通が利かず役立たず。
果ては悪のパロディ戦隊ゾクレンジャーや宇宙ゴキブリなど、シュールでワケの分からん連中が侵略というよりは、もう完全に単なる珍騒動をご町内の人々を巻き込んで繰り広げ、
極めつけは敵怪人の巨大化アイテムが近所の駄菓子屋で売っている芋羊羹であったり、
敵の黒幕が宇宙の地上げ屋で偽のファンレターや占いなどでボーゾックを騙して操っていたりするという、
数々の不思議コメディーテイストのシュールギャグが延々と繰り返されます。

シュールな笑いというものはお約束を外すことから生まれるものですが、
戦隊ドラマというお約束の宝庫のようなシチュエーションは実はシュールギャグにとっては非常に美味しいシチュエーションであって、
不思議コメディー風というより、もうほとんど「うる星やつら」の友引町のようなノリとなったご町内SFコメディーの場において、戦隊モノの小ネタのパロディーやコントが次々と炸裂します。

このコメディーとしては非常に優良なドラマでは、登場人物たちは奇妙なことばかりします。
通常の戦隊ドラマも日常的視点で見るともちろん変なこと、というか不自然なことばかりするのですが、
「カーレンジャー」の場合、その戦隊ドラマ的な変なこと以外に、明らかにギャグとして狙ってやっているような変なことが頻出してきます。
こうなってくると、登場人物ったちも皆、それにツッコミを入れざるを得ない。そのツッコミを入れた人物もまた次の瞬間には変なボケをかましていたりする。
結局、登場人物全員がボケとツッコミを応酬し合うという、ジュウレンジャーやダイレンジャーでは慎重に回避されていたことが、この「カーレンジャー」では平然と行われてしまっています。
つまり、もうヒーロードラマであることは捨てて、コメディーに徹しています。
その上、その勢いに任せて、戦隊ドラマ的な変なこと、つまりお約束にまでツッコミが容赦なく入ってしまっており、
もはや完全に全ての非日常的要素は日常感覚によってシュールな笑いの対象となってしまっています。
そういう意味で、これはもはやヒーロードラマではありません。

そういうわけですので、このドラマにおけるヒーローであるカーレンジャーの5人も、厳密にはヒーローとはいえません。
バンダイのヒーロー玩具を売らねばならないので便宜上ヒーローの体裁をとっているだけで、実質的にはヒーローのパロディーをしているコメディー要員です。
よって、そこに属する戦隊ヒロインの2人も、従来の戦隊ヒロインの文脈で理解出来るようなキャラではありません。

scan005-2.jpg例えばイエローレーサーに変身する志乃原菜摘などは、ペガサスのメカニック担当で、ペガサスの仕事のほとんどをこなす有能な女性です。
というか、他の4人があまり役に立っていないだけなのですが、メカニックとして有能なのは間違いないです。
その腕を活かしてカーレンジャーの武器開発や修理までやってしまうのですから大したものです。
社会人として5人の中で一番有能である菜摘は、5人の中では一番の常識人で真面目な性格です。よって、他のメンバーからの信頼も一番厚かったりする。
このように書くと、どうもクールビューティー系のヒロインであるかのようにも思えてきますが、菜摘は全然そういうタイプではありません。
常識人でツッコミ担当ではありますが、同時に凄まじいボケもかましますし、そもそも戦闘力があるわけでもありません。

常識人で真面目といっても、あくまで「5人の中で」「このドラマ世界において」という前提での話であって、一般的に見ればかなり変な人です。
仕事とはいえ、いっつも修理ばっかりしてるし。
仕事熱心なのはいいですが、ペガサスの業務とカーレンジャーのヒーローとしての務めは全く無関係であり、
通常の戦隊では別の仕事というのは「世を欺くための仮の姿」だったりするのですが、カーレンジャーの場合、ペガサスの業務の方がメインだったりします。
いや、もちろん仕事を真面目にやるのは良いことで、そのこと自体は全く非難されるべきではない立派なことなのであり、
彼ら5人は仕事をしっかりこなしながら、ちゃんとカーレンジャーの務めも果たしている(敵がマヌケなおかげもあるが)のだから、ますます立派なのです。

ただ、菜摘にしてもそうなのですが、ペガサス社員としての菜摘の真面目で有能という顔は見えるのですが、
カーレンジャーの戦隊ヒロインとしての菜摘の顔というのが物語の中でほとんど見えてこないのです。
正義感が強かったりひたむきだったりアクションが得意だったり頭脳プレーに長けていたりとか、そういう戦いの局面の顔が見えないのです。
それはつまり、菜摘というキャラが、あくまで戦隊ヒロインとしてではなく、ペガサス5人組の社内コントや、ご町内コントの場での役割を前提として造形されたキャラだということだと思うのです。

菜摘が5人の中で一番真面目で常識人だといっても、
それは決して真面目に戦うためや、このドラマをシリアスにする牽引役になるというためではなく、
ややボケ要素が勝って造形されている他の4人の言動に対して適切にツッコミを入れて笑いを発生させるキャラが1人必要であったからに過ぎません。
やや男勝りで姉御肌な性格も従来型の「強いヒロイン」としてのものではなく、単に突き放し気味のツッコミに適したキャラとしての造形です。
男勝りではあるが女性らしさもありますが、これも特に物語的な意味があってのものではなく、普通の女性としての常識的な女らしさ。
頭の良さもあくまでバカ4人組に対比しての唯一の常識人としての普通の頭の良さ。
つまり菜摘というキャラは「5人の中における常識人」という意味合いが強いキャラなのです。
ただし、このドラマがコメディードラマである以上、全くの常識人というキャラも不要なわけで、菜摘もしっかりボケ役もこなします。
そのボケの傾向としては暴走キャラであり、これは普段は常識人で真面目なキャラだからこそ、何らかのきっかけで暴走してしまうことに面白味があるわけです。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 18:04 | Comment(0) | 戦隊ヒロイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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