2011年01月23日

ビーファイターアゲハ

ビーファイターアゲハ.jpg





















「ビーファイターカブト」という作品は、前作「重甲ビーファイター」の世界観を引き継ぎつつ、電脳的要素と学園ドラマ的要素を前面に出して、ライト感覚で都会的な物語を志向したと思われます。
そして、高校生の主人公の日常を描写することによって、身近に感じられる命たちの平和な日常を守りたいという主人公の想いが闇に打ち勝つ力となるというテーマの正統派ヒーロードラマを描こうとしていたようです。
しかし、どうもこの作品は、そういう意図は伝わりつつも、それがどうも少し空回りしているように感じられたようです。

その最大の原因は主人公の鳥羽甲平のキャラ設定ではなかったかと思います。
スポーツ万能の熱血漢で、高校生でありながら、真面目に訓練してきた他の候補者を軽く追い越して最強のアーマーであるカブトアーマーの適合者に選ばれた甲平は、最初からあまりにヒーロー性に恵まれ過ぎています。
いわば「光」そのものの存在で、彼自身の中に「闇」が入り込む余地が無いのです。
前作の拓也の場合も一見は正義そのもののような存在でしたが、拓也は真面目すぎる面もあり、内省的性格であったので、心の奥底に闇が巣食うことにリアルさはありました。
それに比べ、甲平はあまりに陽性でシンプルな性格であったので、闇の入り込む余地が感じられないのです。
つまり、拓也は確かに強い人間ではありましたが、人一倍弱い面や脆い面も持っていたのに対し、甲平はあらゆる意味で強過ぎたのです。

この世のあらゆる闇を打ち勝つのがヒーローの条件であり、その中でも特に自分の中の闇を克服することが大事なのだというのが前作から引き継いだテーマだとして
そこに「セーラームーン」のように普通の学園生活のような日常の平和を守りたいという願いがヒーローの闇に打ち勝つ原動力になるのだという設定を加えたとするならば
やはり、そのヒーローは「セーラームーン」の主人公の少女たちのように、変身しない普段の姿は本当にごく普通で、ヒーロー性がほとんど無く、弱く無力な方が良かったでしょう。
何故なら、ヒーローがヒーローであるためにやはり最も大事なのは自分の中の闇に打ち勝つということであり、
それはつまり、闇の入り込む隙となる自分の弱さを克服するということだからです。

ならば、ヒーローは本質的には弱い者である方が良いことになります。
あるいは自分の弱さを知る者であるべきでしょう。
弱さを自覚しているからこそ、自分の弱さや闇を克服することが出来るのであるし、周囲の人達の弱さも、また敵の弱さや闇も理解することが出来る。
「セーラームーン」の主人公たちのヒーロー性が高かったのは、そういう描写が徹底していたからです。
それは彼女たちが本質的に弱い存在だったからでした。

一方、「ビーファイターカブト」の主人公の甲平が全く弱さが無いというわけでもありません。
若さゆえの戦いにおける甘さもあり、それなりの弱みもあります。だから彼に自分の闇に打ち勝つヒーロー性が全く無いというわけではない。
ただ、学園生活の描写においては、彼はあまりにも無敵な存在であり、学園生活で彼の弱さが描かれることが少なすぎたため、
この学園生活の描写が彼の真の意味でのヒーロー性を高める効果はほとんど発揮しなかったというのは指摘しなければいけないでしょう。

これが「セーラームーン」と「ビーファイターカブト」の大きな違いです。
「セーラームーン」における学園や日常の描写は単にコミカルであるだけではなく、ちゃんと主人公たちのヒーロー性を高める意味合いを持っていました。
一方、「ビーファイターカブト」における学園や日常の描写は単にコミカルなシーンであるだけだったのです。
そうなると、戦闘シーンとの繋がりがあまり感じられず、学園シーンの存在自体が不自然で、全体構成がチグハグなものに見えてきます。
この作品がどうも空回りしている印象となったのは、このあたりのチグハグさが原因でしょう。

あと、一応前作のインセクトアーマーの設定を引き継いでおり、地球の生き物への脅威と戦うのがビーファイターであるという設定であるはずなのに、
敵であるメルザード一族が前作のジャマールのように異次元からの侵略者でもなく、同じ地球の古生物の化石から生み出されるというのも、なんとなく戦う意義を曖昧にしていました。
また、メルザード一族があまりに単純悪として描かれていたため、闇に染まった者という描写にも乏しく、闇に打ち勝つというビーファイターのコンセプトからも少しズレたように見えました。

まぁそういうちょっと空回りした微妙な感じが影響したのか、「ビーファイターカブト」は前作ほどには視聴率も玩具売上も振るいませんでした。
そこで、ちょうど折り返し点の25話で前作の主人公3人、すなわち初代ビーファイターの拓也、大作、舞を登場させ、
ここから急に作風が変わり、超次元昆虫伝説という設定が持ち出され、太古から続く光と闇の戦いに関係した8枚のインセクトメダルを巡る物語が展開されることになります。
つまり前作と同じように光と闇の戦いが強調されるようになり、
前半の敵であったメルザード一族はそのまま主敵として残りますが、その尖兵のメルザード怪人はあまり出なくなり、
代わって4枚のインセクトメダルの力によって変身する邪悪な昆虫戦士であるビークラッシャー四鎧将という4人組が出て来て、
この4人の邪悪な昆虫戦士との戦いがクローズアップされることになります。

拓也たち初代ビーファイター3人は前作から5年後という設定ですから、拓也と大作は28歳、舞は24歳となっており、
コスモアカデミアの海外支部に配属されていたのですが、そのインセクトメダルを回収するために来日します。
しかし結局メダルはメルザード一族の手に渡りビークラッシャーの4人が生まれてしまいます。
そして拓也たちは甲平たち現役ビーファイターに残り4枚のインセクトメダルの力を使って生まれた新たな4人のビーファイターが海外支部に存在することを教え、海外に去って行きます。

ここから、その新しい4人のビーファイターたちが順次、海外支部から日本へやって来て、甲平たちと共闘していきます。
この4人の新ビーファイターと甲平たち3人のビーファイターとの交流や共闘、そしてビークラッシャーおよびメルザード一族との戦い、その果てにある光と闇の最終決戦が「ビーファイターカブト」の後半のメインテーマとなっていき、
甲平の学園生活描写は後ろの方に退いていきます。
つまり路線が微妙に変わったのです。
より「光と闇の戦い」が強調され、あまり有効でなかった学園描写はあまり描かれなくなったのでした。

かつての光の戦士といえる初代ビーファイターや、
新たに現れた光のビーファイター4人と闇のビーファイター(ビークラッシャー)4人というのは、光と闇の戦いを象徴する新登場キャラというわけです。
かといって、主役が交代するわけにはいきませんから、この新ビーファイター4人は助っ人的に海外支部から駆け付けては帰って行くというのを繰り返すキャラとなります。
つまり「仮面ライダー」でいうところの2号ライダーみたいなもので、要所要所で来日して共闘するのです。
それが4人いるので、だいたいは誰かは日本にいるみたいなことになりますが、全員が揃うことはあまり無いです。
そして、この4人はそれぞれ特別な個人の装備を持っているのですが、これを日本に置いていて、本人不在時にはその装備は甲平たち現役ビーファイター3人が使えるのです。
これによって甲平たちも新ビーファイター4人の光の力を使って戦うことが出来るというわけです。

kabuto006.jpgその新ビーファイターは、ビーファイターヤンマ、ビーファイターゲンジ、ビーファイターミン、ビーファイターアゲハの4つのタイプのアーマーを装着する4人です。
このうち、チョウ型のネオインセクトアーマーを纏ってビーファイターアゲハに変身するソフィー・ヴィルヌーブが新ビーファイター4人の中の紅一点となります。

ソフィーはコスモアカデミアのフランス支部所属です。つまりフランス人です。
演じているのは橋本麗香という日本人のモデルや子役をやっていた美少女で、スペイン人の血が入ったクオーターでした。
橋本がこのソフィー役を演じたのは16歳の時で、本格的な女優デビュー作でした。
劇中のソフィーの年齢設定は17歳で、甲平と同学年の設定でした。

大型火器の扱いに優れ、テントウ以上の探知能力を誇るビーファイターアゲハだが、
その適合者であるソフィーは17歳の天才バイオリニストで、一見したところ、戦いとは縁の有りそうにない可憐で繊細そうな美少女です。
ただ外見とは少し違い、戦いには積極的であり、要するにまだ若いゆえに好奇心も旺盛で、変身することが嬉しかったりするのです。
これは甲平と同学年ということで、天才バイオリニストといえども、結局は普通の若い女の子で、甘いところもあるわけです。
それで失敗などもして、成長していくというのも甲平と同じようなものです。
基本的には優しく正義感溢れる、真面目なヒロインです。

同年代ゆえに甲平に秘かに想いを寄せているのだが、
いかんせん、このソフィーは新ビーファイターの中でも最も遅く登場したキャラで、
初登場が32話で、その後も最終話である50話までずっと欠かさず出るというキャラではないわけで、出番はそう多くなかったです。
しかもそれらはもう戦いが佳境になってきてからの回が多く、
あんまり恋愛が進展するようなエピソードも無く、特に大した進展も無いまま終わりました。
まぁそうした淡い恋心に象徴される少女らしい平和な日常を守りたいという想いがソフィーの戦いの原動力であったのでしょう。

外国人ヒロインというと、戦隊シリーズの「バトルフィーバーJ」のダイアン・マーチン以来、久しぶりな感じですが、
ソフィーの場合はダイアンのようにクールビューティーを演出するための外国人設定とは意味合いが違い、単に外国人であることに意味があったような感じです。
別に日本人の天才バイオリニストであっても役柄上は支障は無かったでしょう。
ただ、もともとのメイン3人を食わないように新ビーファイターの4人が常時出て来ることを避けるため、海外支部所属という設定としたので、外国人である方が自然だったのです。
それに、作品として国際色を出したいという思いもあったのでしょう。最先端のドラマを目指していたからです。
それに地球規模の環境問題に取り組む組織が日本人ばかりで構成されているというのも不自然です。
だから、これはある意味リアルを追求した結果なのだといえます。
しかし、そうは言っても実際にはソフィー役の橋本はクオーターで、他の新ビーファイターの3人も、中国人の李文役は日本人俳優で、ペルー人のフリオ・リベラ役は高岩成二(平成仮面ライダーシリーズのスーツアクター)でしたから、本当に外国人が演じていたのはアメリカ人のマック・ウィンディ役だけでした。
そういう安っぽさというのは、どうしても画面から滲みでてしまうものです。

この「ビーファイターカブト」は後半はそのように新キャラがやたら出てきて、初代ビーファイターなんかも出てきますのでイベント回が目白押しで、ストーリーは結構盛り上がりました。
しかし前半の出遅れが響いたのか、結果的には視聴率、玩具売上ともに前作には及びませんでした。
期待されたほどの結果は残せなかったといえます。
その理由としては、先述の前半における学園描写の失敗や、国際的描写の安っぽさもありますが、
更にビーファイターシリーズにおいてかなり致命的な欠陥があります。
それは、戦隊ドラマを志向していながら、本家のスーパー戦隊シリーズに比べて巨大戦の特撮がかなりチャチであったことです。
そしてまた、等身大戦のアクション自体は決してレベルの低いものではありませんでしたが、
それはあくまで個人戦闘のアクションであって、戦隊シリーズ特有の様式美を備えた戦隊アクションでは本家の方には遥かに及びませんでした。
こういう巨大戦や等身大戦の戦隊的アクションのレベルというのは、これは長年の蓄積があるスーパー戦隊シリーズの方が勝るのは仕方ないことでありました。

それら反省点を踏まえて次の1997年度の作品も「ビーファイター」と同じ世界観で、今度は海の生物篇の「シーファイター」をやろうかなどと当初は検討されていたそうですが、
そこに事態を大きく変える出来事が起きたのでした。
それはスーパー戦隊シリーズがこの「ビーファイターシリーズ」、すなわちメタルヒーローシリーズを放送している日曜朝8時台前半の枠の直前の枠、日曜朝7時台後半の枠に1997年4月から引っ越してくるということが決まったのです。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 02:11 | Comment(0) | 戦隊ヒロイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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