2011年02月09日

アバレイエロー

アバレイエロー.jpg





















スーパー戦隊シリーズの2002年度作品「ハリケンジャー」は、終盤こそ視聴率は落ちたものの、全体的には視聴率は好調で、
玩具売上では前作「ガオレンジャー」から更に飛躍して伸び、成績としては大成功を収めました。
物語の中身も、子供も大人も楽しめる、エンタメ度も高く重厚さもあり、キャラも皆立っており、バランスの取れた良作であったといえます。
新たに「ガオレンジャー」で踏み出した、換装合体と熱血戦隊を核としてエンタメ度の高い少年漫画的ストーリーを展開するという路線の、絶妙なバランスの産物のような作品であったと思います。

一種の成功フォーマットといえます。
ならば、このパターンで中身を微妙に変えていくのがシリーズを継続していく安全策のようにも思えます。
しかし、これは違います。そういうことをしているとマンネリに陥るのです。
実際、スーパー戦隊シリーズは過去に80年代後半にはそうやってマンネリに陥ってしまったことがあるのです。
視聴者は制作者が同じような作品ばかり作っていると、すぐに飽きてしまいます。
同じようなフォーマットを繰り返すのは2〜3年が限界でしょう。
だから、常に冒険し、新しいフォーマットに挑戦していかねばならないのです。

特にハリケンジャーのような成功作の後こそ、少々の失敗は許容されるタイミングなのですから、無茶な冒険をすべきチャンスなのです。
そしてもし失敗すれば、次は安全策を選べばいいし、
失敗しなかったとしても、冒険作の後はあえて深追いせずに安全策を選ぶことが出来ます。
何故なら、冒険作の次に安全策をとれば、それは冒険作とは違うフォーマットになるのでマンネリ感はあまり無いからです。
だから、後で安全策をとりやすくするためにも、成功作の後はあえて安全策はとらず、冒険するのが一番賢明なのです。
「どうして成功の公式を掴んだばかりであえて無茶をするのか?バカではないか?」と思われがちですが、実はこういう無茶は長い目で見れば合理的な判断なのです。
成功作の貯金があるうちに、色々なことを試しておくのは有意義です。
そしてその冒険の結果、教訓や改善点が見つかるのです。
2003年度作品「爆竜戦隊アバレンジャー」という作品は、こういう意味での無茶をした作品であり、しかもそれなりの数字的な成功は収めてしまった作品なのです。

「アバレンジャー」という物語の骨格部分は、邪命体エヴァリオンという敵組織の異次元からの侵略に対して、ダイノガッツという強い精神エネルギーで変身するアバレンジャーという戦士が戦うという熱血ストーリーです。
ダイノガッツというのはこの作品の造語で、人間誰でも持っている精神エネルギーとのことだが、これが大きくないとアバレンジャーにはなれない。
ただ、アバレンジャーになれる人となれない人の間でダイノガッツの質に差があるわけではなく、その量の差があるだけなので、頑張ってダイノガッツを増やせばダイノブレスをつければ誰でもアバレンジャーになれるという設定になってます。
ダイノガッツは無限に湧いてくるエネルギーで、増やしたり減らしたりも出来ます。
実際、第一話で正規メンバーでない一般人のスケさんとえみポンの2人がダイノブレスを装着して首から下まで変身しています。
この2人はある程度はダイノガッツが多かったようです。
結局、正規メンバー以外でアバレンジャーになった者はいなかったが、この設定はどう見てもダイノブレスの販促のためのものでしょう。
ダイノブレスをつければ誰でもアバレンジャーになれる可能性があるという夢の膨らむ設定は、子供たちのなりきり願望をかなり刺激するものだからです。

で、このダイノガッツですが、アバレンジャーへの変身後に感情の昂ぶりによってダイノガッツが更に増幅するとアバレモードという強化形態となって野性味が増すことから考えて、おそらくその正体は「荒らぶる心」のようなもので、「悪に対する正義の怒り」と解釈すればいいでしょう。
つまり、アバレンジャーという戦士は激しい感情を剥き出しにして戦う戦士、つまり熱血なのです。
ガオレンジャーから始まりハリケンジャーに続いた熱血戦隊の後継者なのです。
そうなると、ガオやハリケンと同じでロボは換装合体系ということになりますが、まさにその通り、このアバレンジャーも思いっきり換装合体系です。
それもガオのパターンに近く、個々の換装パーツがメカではなく生き物という設定で、今回は恐竜がモチーフになってます。
動物、忍者と来て、次は恐竜と、90年代ファンタジー戦隊の売れ筋モチーフのローテーション第三弾というわけです。

恐竜モチーフといえばジュウレンジャーですが、あの時のメカに相当した守護獣は恐竜そのものではなく恐竜の神様のようなものだったが、
このアバレンジャーでも恐竜そのものではなく、恐竜が独自の超進化を遂げて金属状のボディを持った爆竜というものが換装パーツとなります。
爆竜が合体して巨大ロボになったり、その換装パーツになったりするのです。
ここまでならばガオレンジャーとそう大差は無い設定です。パワーアニマルが爆竜に入れ替わっただけです。
しかし、ここでアバレンジャーは第一の無茶をします。
この爆竜たち、全部で12体いるのですが、超進化の賜物なのか、こいつら全部セリフを喋れるようにしたのです。

パワーアニマルも意思を持ったキャラクターではありましたが、人間の言葉をペラペラ喋るようなことはありませんでした。
ガオレンジャーのメンバーが彼らと意思疎通が出来て、彼らの意思を独り言のような形で翻訳して視聴者に教えてくれていただけでした。
だからそこには活き活きとした会話というものはありません。
しかし、アバレンジャーでは爆竜が人間の言葉を喋って話しかけてくるので、視聴者にも見える形で丁丁発止の会話が展開されます。
しかもこの爆竜たちのキャラが神々しい神様風のキャラではなく、かなり人間臭い俗っぽいキャラになっていて、
それぞれの個性もバラバラで、語尾にはそれぞれ特徴的な言葉をつけるので、その言葉は人情味溢れる軽妙なものとなり、キャラもよく立ちます。

scan014.jpg何故こんな設定にしたのかというと、それはもちろん爆竜玩具の販促のためです。
ジュウレンジャー以降、キャラクター性の強いメカほど売れるというのは明らかでしたから、
究極にメカのキャラクター性を高める方法は肉声で喋らせることだということは分かっていました。
しかし、1つ大きな問題がありました。
巨大メカは当然大きいので、日常場面では登場しないということです。
登場するのは巨大戦の場面だけです。しかも巨大戦が始まると、そんなに込み入った会話をするヒマなどありません。
だから巨大メカを喋ることが出来る設定にしても、あまりその設定を活かすことは出来そうもなかったのです。
その問題点をアバレンジャーでは、ダイノブレスから爆竜の声が聞こえるという設定でクリアーしたのです。

爆竜はその巨大な本体そのものが人間の言葉を発するわけではなく、アバレンジャーが常に腕に装着しているダイノブレスを通して語りかけることが出来るのです。
こうすればその場面に爆竜の本体が居なくても、爆竜は言葉だけでその場面に参加することが出来ます。
つまり日常的な場面に自由に爆竜のキャラは登場しアバレンジャーと丁丁発止の会話を出来ます。
ブレスを通しての会話ですから、基本的にはブレス装着者であるアバレンジャーの1人と爆竜1体とのマンツーマンの会話になりますが、
アバレンジャーが一か所に集まっていれば爆竜同士の会話も披露出来ますし、
ブレスを通して語りかける爆竜が小刻みに交替していくことで爆竜同士の会話も出来ます。

これで爆竜は通常の換装パーツよりも更にキャラが立ちますから、その玩具は大いに売れるはずです。
しかし、これが無茶だというのは、これが12体もいることです。
こんなものが12体も出てきて30分番組の中でペラペラ喋り出したら、肝心のアバレンジャー本人たちのセリフの時間が圧迫されるのは必至です。
ただでさえ換装合体系の作品では登場メカ数が増えるので、トータルでその登場や活躍のシーンに割く尺が食われるのに、そのメカがいちいち喋るのですから、これは大変です。
換装合体系作品の場合、この不利に対処するためには戦隊メンバーを熱血キャラにして勢いで押し切るのが良いことはガオレンジャーで学習し、
3人戦隊にすることでメンバーのドラマも描く余裕が生じるというのは前作ハリケンジャーで学習しました。
しかしアバレンジャーでは爆竜が喋る分、更に工夫が必要になります。

これは、3人のメンバーそれぞれにメインパートナーとなる爆竜を1体設定し、主にこの3体を普段は喋らせるようにして、
この3体のキャラ設定を、それぞれパートナーのアバレンジャーのキャラに対応させたものとすることでかなり解決しました。
つまりパートナーの爆竜は好き勝手なことを喋るのではなく、その爆竜が喋ることによってパートナーのアバレンジャーメンバーのキャラがより立つような役割を果たすのです。
これなら、人間側のセリフが減ることによって生じるデメリットを解消することが出来ます。
これなら何とかハリケンジャーのレベルの作劇が可能です。

ただ、まだ問題点はあります。
ヒーローショーや玩具ラインナップの関係上、3人戦隊で終わるわけにはいかず、戦隊スーツを着たキャラの増員は避けられないからです。
これについては前作ハリケンジャーでは序盤から登場するライバル戦隊ゴウライジャー2人を配して主役3人より扱いを軽くすることで1つの解決法としていましたが、
結果的には主役3人とほぼ対等の扱いのキャラとなってしまい、物語はむしろ盛り上がったものの、主役3人は割を食う形になってしまいました。

今回は司令官キャラのアスカが序盤でアバレブラックに変身するようになり(正確には変身能力を取り戻し)、
中盤でライバルキャラのアバレキラーが登場することで、物語の中では5人のアバレスーツ着用者が登場するようにはなります。
この2人が初期3人を食わないようにするのが無難な作劇だといえるのですが、
とにかくこのアバレンジャーという作品は無茶ばかりする作品なので、事態は全く逆の方向に進んでいきます。

まず、爆竜という存在は恐竜が超進化した存在なのですが、そうなると恐竜が進化するための場所が必要になります。
それはこの現在の地球では有り得ないわけで、
ここで恐竜の生息していた時代に地球に巨大隕石が落ちた影響で次元が歪んでもう1つの地球が生じ、
もう1つの地球は氷河期が到来しなかったため恐竜が滅びずに超進化を遂げて爆竜となり、
恐竜から派生して進化した竜人という人間によく似た種族が爆竜と共存して暮らす「ダイノアース」という世界が存在しているという設定が作られました。

このダイノアースが邪命体エヴァリオンによって侵略され、ほとんど支配されてしまいます。
ダイノアースをほぼ支配したエヴァリオンは続いて次元の壁を超えて地球(ダイノアースやエヴァリオンの住人は地球をアナザーアースと呼ぶ)へ向けて侵略を開始します。
その際、ダイノアースに住んでいた爆竜はエヴァリオンに操られて侵略の尖兵として地球に現れます。
それに対抗するため、ダイノアースでエヴァリオンに対するレジスタンスの戦士をしていたアスカという竜人の若者が地球へやって来て、
黒いバトルスーツ姿に変身して戦いますが、敗れて変身能力を失ってしまいます。

そこに、街で暴れる3体の爆竜の心の奥の救いを求める声に導かれた3人の地球の若者が現れ、
アスカは彼らこそが爆竜を正気に戻して共に戦うことの出来る大きなダイノガッツを秘めた戦士たちだと見定め、
持参していた3体の爆竜のパートナー用のダイノブレスを彼らに渡して赤・青・黄色のバトルスーツ姿に変身させたのでした。
このスーツの名称が「アタック・バンディッド・レジスタンス・スーツ」、
つまり無法な侵略者を攻撃するためのレジスタンスの着用するバトルスーツというような意味なのですが、
これを3人組やその仲間が勝手に略して「アバレスーツ」と呼び、自分たちのことを「アバレンジャー」と自称するようになったのです。
こうして3体の爆竜を正気に戻して共に戦い、エヴァリオンの侵略の尖兵を撃退した彼らアバレンンジャーは、アスカに頼まれて地球をエヴァリオンの侵略から守るために戦うことになったのです。

scan002.jpgこの3人組の紅一点が樹らんるという20歳の女の子で、アバレイエローに変身します。
もちろん、このアバレイエローというのもスーツ色が黄色いのでそう自称しているだけです。
「らんる」というのは何とも変な名前ですが、この3人の名前は全部、恐竜の生息していた地質時代名にちなんでおり、
アバレッドの伯亜凌駕は白亜紀、アバレブルーの三条幸人は三畳紀、そしてアバレイエローの樹らんるはジュラ紀にちなんでいるわけです。

このらんるは、福岡出身で元アイドルという設定ですが、このこと自体は別に大した意味はありません。
確かに元アイドルというのも納得の可愛いルックスをしていますが、
元アイドルという過去の経歴が活かされたような性格設定があるわけでなく、ストーリー展開があるわけでもありません。
ただ単に序盤にらんるの旧友のアイドルと絡むエピソードがあって、その際に実はらんるが元アイドルだったことが明かされるだけのことです。
これはメインライターの荒川氏がアイドル好きなので挿入した設定のようで、らんるのパーソナリティーに元アイドルという属性はほとんど影響を及ぼしてはいません。

むしろ、アイドルを辞めた理由とされる「機械いじりの方が好きだから」という設定の方が本編中のらんるの性格設定や行動には反映されています。
つまり、あまり女の子女の子していなくて、男みたいな性格でさっぱりしているということです。
といっても別にオッサン臭いわけではなく、元気な少年のようなキャラです。
素直で純粋で正義感が強く、いつも明るく元気で何事にも前向きで、機械いじりが好きで、スポーツサイクルを乗りまわすのが大好きな活発な美少女です。
そういう普通の男っぽい女の子がたまたま大きなダイノガッツを持っていたため、爆竜プテラノドンの声に感応し、アバレンジャーになることになったのですが、
さっぱり男っぽい性格に合わせて、髪型も少年っぽいショートめになっています。

機械いじりの趣味は単なる設定にとどまらず、結構アバレンジャー内でも役に立っており、
新しい武器や装備を作ったり、秘密基地の設計などもしています。
つまりチーム内のメカニック担当で、性格もさっぱりしているので、あまり仲間内で女扱いされないタイプですが、
女性らしい優しさはしっかり持っており、内心には乙女心だって有ります。
実はアスカのことを秘かに想っているのですが、告白も出来ないウブなところがあります。
機械いじりばっかりしていて恋愛経験は無いようです。
まぁ実際アスカの心は別の女性に向いていることはらんるは知っているわけですから、恋愛下手ならんるはそこに割り込もうなどという積極性はあまり無く、
むしろアスカの幸せを願ってアスカの恋を応援する始末で、健気で不器用な女の子なのです。

いつもニコニコして仲間内ではムードメーカーのらんるですが、本性は男勝りで負けず嫌い、強情な性格です。
特に悪に対しては厳しく、激しい怒りを示します。
感情が昂ぶると「せからしか!」などと博多弁が出ます。
戦いになると熱血イケイケになり、変身後、更に昂ぶってアバレモードになるとアバレスーツから翼が生えて空を飛んで敵を攻撃することが出来るようになります。
パートナーの爆竜はプテラノドンで、このプテラノドンの性格はらんると同じような男勝りで姉御肌で、らんるとの会話はポンポンとテンポ良く、互いのイケイケ度を高めていくような元気なものになります。

なお、らんるの個人キャッチフレーズは「勇気で驀進!」ですが、この言葉自体には大して意味はありません。
アバレッドの「元気莫大!」、アバレブルーの「本気爆発!」と合わせて「爆竜」の「バク」で語呂合わせしているだけです。
こうして3人名乗った後、「荒ぶるダイノガッツ!爆竜戦隊アバレンジャー!」と全員で名乗ります。

やや勝ち気でさっぱりしている傾向が強く、機械いじりが好きという変わった特徴は持っていますが、
こうして見てみると、らんるは模範的な元気系の戦隊ヒロイン的キャラで、
演じているいとうあいこが歴代ヒロイン役者の中でもトップクラスの美女であるので、さぞや人気の高いヒロインとなると予想されるでしょうが、
これが意外と印象の薄いヒロインとなってしまっています。
その原因としては、そのキャラを十分にドラマの中で描写することが出来なかったことが考えられます。
何故なら、このアバレンジャーという物語は、メインストーリーのアバレンジャーとエヴァリオンのバトル以外に、厖大な量のサブストーリーが派生してしまい、
そのせいでらんるや幸人のキャラ描写の尺がとられてしまい不足がちになったからです。
つまり前作でゴウライジャー関連で起きた事態が、もっと大規模に多岐にわたって生じてしまったのです。

まず、爆竜たちやアスカはダイノアースをエヴァリオンに支配されて地球に逃れてきた形になっており、
一種の難民で、地球では居場所がありません。
そうした彼らをアバレンジャーの支援者である杉下竜之介(通称スケさん)は自分の経営する飲食店「恐竜や」をアバレンジャーの拠点、そしてアスカや爆竜たちの安息の地として提供します。
ここにアバレンジャーの仲間の女子高生、今中笑里(通称えみポン)なども集い、疑似家族のような温かい関係が生まれます。

この「恐竜や」の、戦士たちやその仲間が帰ってきてリラックス出来る家族的雰囲気をはじめ、
恐竜やでは凌駕が姉夫婦の遺児である舞を娘のように育てていたり、
幸人の父子の確執があったり、アスカと恋人マホロや娘のリジェが敵味方に分かれていたり、
このドラマでは、やたらと家族に関する描写が多い。
制作側はこのドラマを家族ドラマとして捉えていたようなのです。
この家族に関する派生ストーリーが、やたらユルいのからシリアスなのまで幅広く、多く描かれています。
そもそもアバレンジャーはこの派生ストーリーのユルさやシリアスさの振幅がやたら激しいのが特徴で、
その振幅は同一エピソード内でも激しく揺れ動いているのです。
それだけ色んな派生ストーリーが縦糸になって同時進行し互いに関係していっているといえます。

そして、それにも関連していますが、
このドラマは妙に敵と味方、善と悪の境界が曖昧な面があり、それに関連した派生ストーリーも多々あります。
エヴァリオンの怪人であるヤツデンワニが何時の間にか恐竜やでバイトしているというユルい話があるかと思えば、
アスカの恋人であるマホロがエヴァリオンに騙されて、その手先、破壊の使徒ジャンヌとなってアスカと戦い、
アスカがマホロを救い出すために今度は自分が身代りに悪の化身となりアバレンジャーの敵となり、マホロは正気に戻って恐竜やに迎えられるが、
再び今度はアスカを助けるためにマホロがジャンヌに戻ってエヴァリオンにスパイとして入り込むなど、
目まぐるしくアスカとマホロの恋人同士がアバレンジャー陣営とエヴァリオン陣営を行ったり来たりします。
この間、アスカとマホロは散々行き違い、なかなか結ばれることはない悲恋物語なのですが、マホロがエヴァリオンにおいて生んだアスカとの間の子リジェも絡めた親子ドラマでもあります。

そして、なんといっても、このリジェにも深く絡んでくるこの作品における最大の問題キャラであるアバレキラーに関連する派生ストーリーも重大です。
天才的才能を持つがゆえに孤独な人生を送ってきた外科医で大きなダイノガッツの持ち主である仲代壬琴が
プロトタイプのアバレスーツを手に入れて強大な力を手にしてアバレンジャーに挑戦してくるのですが、
このアバレキラー壬琴はその強大な力を正義のためではなく、自分の刺激を求める心を満足させるためだけに使おうとします。
つまり、戦うことが目的化し、力に流されてしまっているのです。
そして壬琴は自分の暴走を止めようとしてくるアバレッドの凌駕の中にも自分と同じ力に流される性向が見えると言って興味を持ち、挑発します。

この壬琴は遂にはその強大な力でエヴァリオンまで掌握し支配下に置きますが、
自分の体内にエヴァリオンの首領デズモゾーリャの分身が宿っていることを知り、その力に酔い痴れますが、
それは実体を持たない存在であるデゾモゾーリャが実体を持って現れるために地球とダイノアースにそれぞれ1人ずつの者の体内に自分の分身を預けておいたからであり、
いずれは自身の出現時には器として利用しようとしていたからでした。
そして、その体内のデズモゾーリャの分身の作用で壬琴の過剰な才能は生じていたのでした。
そして、あまりに強大なパワーを持つために暴走する欠陥品のプロトタイプのアバレスーツを壬琴が装着出来ているのは、
デズモゾーリャの分身が体内にあることによって不死身の肉体を得ているからでした。

アバレキラーに変身するためのダイノマインダーは壬琴の腕から外すことは出来ず、
体内のデズモゾーリャの分身を取り除くと不死身の肉体を失い、ダイノマインダーの暴走を制御出来なくなり、その爆発に巻き込まれて壬琴は死ぬことになります。
そのことを知った凌駕たちも壬琴を救うか世界を救うか大いに迷いますが、凌駕は壬琴を救う道を選び、
もう1人のデズモゾーリャの分身の宿主とされていたリジェから全ての事情を聞いた壬琴は
自分の人生を狂わせてきたのはデズモゾーリャだと悟り
体内のデズモゾーリャの分身を抑え込んで自分の意思で生きると決め、アバレンジャーの仲間になり、
そしてアバレンジャーと共にリジェの体内のデズモゾーリャの分身を倒し、その出現を阻止します。

photo010.jpgこれで勝利したかに見えたのですが、デズモゾーリャはエヴァリオンの幹部達の身体を利用して再び出現し、
壬琴の体内の分身を取り出そうとします。
これに抵抗して壬琴は凌駕らのダイノガッツと自分のダイノガッツで自分の中のデズモゾーリャの分身を消滅させ、
5人のアバレンジャーはデズモゾーリャを倒しますが、
戦いの後、壬琴は不死身の肉体を失ったため、ダイノマインダーの暴走を抑えられなくなり、爆死します。

これがアバレキラーこと仲代壬琴に関連する派生ストーリーなのですが、
この壬琴がアバレンジャーの仲間になり最後に死ぬあたりというのは物語の最終盤のことで、それまではずっと壬琴はアバレンジャーの敵なのです。
第三勢力的なライバルキャラという意味では前作のゴウライジャーと似た立ち位置のキャラですが、
ゴウライジャーが中盤には味方になったのとは違い、
アバレキラーは最終盤までずっと敵のままで、味方になった途端、すぐに死にます。
そして物語もその直後、完結します。

これは最初から制作側としては狙っていた展開でありました。
というより、そもそもアバレキラーは当初は最後まで敵のままで殺そうとすら思っていたようです。
何故そこまで徹底して敵として扱おうとしたのかというと、前作でゴウライジャーを味方にした後、物語から刺激的要素が減ったという反省もあったからでしょう。
だから今回は最後までアバレキラーは敵ポジションで居続けさせることにしたのです。
実際、これが功を奏したのか、アバレンジャーはハリケンジャーのように終盤の視聴率が大きく下がることはありませんでした。

しかし、それはつまり、アバレキラー関連の上記のようなやたら濃厚な派生ストーリーが延々と最終盤まで続くということであり、
これが凌駕と壬琴を中心としたストーリーであったため、この2人の描写がやたら増えました。
また、もう1つの主要な派生ストーリーであったアスカとマホロの恋物語も最終盤までもつれこみますから、アスカとマホロの描写も増えました。
そうなると、当然煽りを食うのは幸人とらんるであり、
もともと雑多な派生ストーリーで出番が圧迫されていた2人は、この2大派生ストーリーの影響で決定的にキャラを描写する尺を失ってしまったのでした。
らんるが印象の薄いヒロインになってしまってるのは、このあたりが原因です。

しかし、それにしても、どうしてこのアバレンジャーにおいては、壬琴といい、アスカとマホロといい、善悪の境界が曖昧なキャラが多数登場しているのでしょうか。
この善悪の曖昧さは、まるで仮面ライダーの世界観です。

仮面ライダーというのは、悪の力を身につけた主人公が正義のために戦うようになるという物語であり、善悪の境界線が曖昧であるのが特徴です。
そうした基本的な世界観は平成仮面ライダーシリーズになっても受け継がれており、
「正義と悪の力の根源は同一で、その使用者の心次第で正義にも悪にもなる」という原則は継承されています。
こうした世界観の根底にあるのは一種の「疾しさ」です。
自分達の社会の正義に絶対の自信が持てない疾しさが、こういう思想を生みます。
仮面ライダーが生まれた1970年代初期というのはそういう時代でした。

そして、そういう時代が終わり、強大でよく分からないけど邪悪そうなソ連という侵略者の影に対抗して自分達の正義に絶対の自信を持たざるを得なかった冷戦時代終盤、1980年代になると、
仮面ライダーは姿を消し、戦隊シリーズがシンプルな勧善懲悪路線で伸びたのです。
その冷戦が終わり、1990年代になると再び正義は揺らぐようになり、仮面ライダー的な善悪の曖昧な世界観はメタルヒーローシリーズにおいて復活し、
戦隊シリーズはファンタジー路線を経てメタルヒーローシリーズの影響を受けるようになりました。
その間もますます正義は揺らぎ続け、遂に2000年にはメタルヒーローシリーズを引き継いで平成仮面ライダーシリーズが始まり、
非常に先鋭的な形で善悪が不可分の世界観が描かれるようになったのです。
この時期、その30分前の枠で放送していた戦隊シリーズは、ガオレンジャー、ハリケンジャーにおいては、あえて時代の風潮に背を向けて勧善懲悪路線に徹して、ライダーとの差別化を図っていたのですが、
やはり時代の流れに逆らうのは難しいもので、このアバレンジャーにおいては、遂にライダー的な善悪曖昧な世界観を大きく採り入れることになったのだといえます。

特に、アバレンジャーの準備時期であった2002年9月以降の一連の北朝鮮拉致事件の騒動は、決定的にこの社会の正義の信頼を損なう作用があったといえます。
これ以前は、何だかんだ言っても、正義は行使されてきたと見ることは出来ました。
オウム真理教テロは一般市民の中に悪が潜んでいるという恐るべき事件ではありましたが、それでも社会正義が執行されオウムはほぼ壊滅しました。
まだ正義は健在だと思わせるものはありました。
しかし、北朝鮮による日本人拉致というあまりに明確な悪に対しては日本の政府も含めて、世界中の誰も正義を行使することも出来ず、
拉致された人の大部分は戻ってこず、それどころか、北朝鮮側に立って怪しげな画策をする政治家や官僚が多数おり、
実は日本政府ぐるみでこれまで北朝鮮の犯罪を隠蔽し、協力までしていた疑いさえ出て来る始末でありました。

こうなると、もはや正義など存在しないと思われても仕方ない。
少なくとも、正義だけに期待し正義だけ唱えたところで、悪を倒すことは出来ない。
正義や悪にこだわらず、何でもやっていかねばならないという認識が主流になるのは当然でした。
そうした社会風潮を背景に、遂にスーパー戦隊シリーズでも2003年、善悪曖昧な世界観を導入し混然一体に煮込んだような怪作、アバレンジャーが生まれたのだといえます。
もちろん子供にはそんな背景事情は分かりません。
しかし制作者側が自らの作品にその時代の確かな正義の姿が込められていると思えねば、良いヒーロー作品など作ることは出来ないのです。

こうして作られたアバレンジャーは、しかし基本的にはガオレンジャー以来の熱血エンタメ路線の作品でもあるのです。
だから、そこにおける主人公たちも熱血正統派キャラであり、
ヒロインであるらんるも全く健康的で熱く明るく純粋素直な正統派ヒロインであったのです。
ところが、同時にライダー的な善悪曖昧で刺激的な世界観も派生ストーリーにおいて大いに採り入れてしまっているため、
主人公3人のキャラがこっちのライダー的な方の世界観に対応しきれていないのです。
それで、もともと多数の派生ストーリーを無茶に詰め込んで飽和状態になってしまっているところに、
主人公たちが派生ストーリーの中で上手く動けなくなってしまったため、物語がグチャグチャになって一種のカオス状態となったのでした。

もともと物語に異様に熱さや勢いがあったために、このカオス状態のまま突っ走ることが出来て、最終回まで何とか突っ切って、
結果的にはストーリー重視派のファンからは大ブーイングは受けることにはなりましたが、むしろカオスになった分、変な勢いがあって一般的にはおおむね好評で、
この年からライダーと枠を統合して「スーパーヒーロータイム」としたことによる連動性もあってのことか、
視聴率も全体的に高く、玩具売上も前作と同じ水準の130億円を売り上げたのでした。
ただ、ストーリーが細部では無茶苦茶になってしまったのは制作側は自覚しており、反省点にはなりました。さすがに無茶しすぎたのです。

らんるも全く普通の正統派の正義のヒロインであったために、
このあまり正統派の正義のヒーロードラマとはいえない派生ストーリーの展開には対応出来ないキャラとなってしまい、
アスカとマホロ、そして壬琴らの陥るシビアな状況を前にすると、単にオロオロと困ってしまうような場面ばかりとなり、あまり印象に残らなくなってしまったのでした。
いや、別にオロオロするのがいけないというわけではないのですが、オロオロするヒロインしかいないというのがいけないのです。
善悪関係無くシビアな判断を下せる、逆に言えばあまり正義のヒロインっぽくないヒロインがいて、更にもう1人、正統派の正義のヒロインがいれば、こういうシビアな場面でも両方キャラは立ちますし、
逆にメインの熱血バトルストーリーの方でも正統派ヒロインと非正統派ヒロインの両方ともキャラは立たせることは出来ます。

つまり、物語の中に正統派の正義のヒーロードラマではない要素が入って来るのならば、
それに対応したタイプのヒロインが正統派ヒロイン以外にも必要であったのに、
アバレンジャーにおいては正統派ヒロインのらんるしか居なかった。
これが結果的にらんるのキャラを印象薄いものにしてしまった最大の原因ではないかと思うのです。
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