2011年02月11日

デカイエロー

デカイエロー.jpg





















2003年度作品「アバレンジャー」は商業的には大成功はしましたが、内容としては決して褒められた出来ではありませんでした。
メインストーリー以外の派生ストーリーが膨らみ過ぎたのです。
いや、この派生ストーリーで描かれた壬琴やアスカの物語は完成度は高く、上出来でした。
商業的な成功はもしかしたらこのあたりにも一因はあるのかもしれません。
しかし、これによって主役3人を中心とするメインストーリーの方が圧迫されて一種のカオス状態となってしまい、
当初描こうと思っていたメイン3人のキャラを描ききることが出来なかったのです。
見ようによっては派生ストーリーの方がメインストーリーのようになってしまい、
メインヒーローのはずの3人がその推移を傍観するばかりともなってしまいました。
こうなると、ヒーロードラマとして根本的におかしい状態といえます。

これは、派生ストーリーのテーマとなっていた「正義と悪の葛藤」が簡単に短くまとめられるようなものでなかったからでした。
ライダーシリーズでは同様のテーマを扱っていましたが、
ライダーシリーズには巨大ロボも出てきませんし、バトルシーンも戦隊のように5人分描いたり、戦闘員とのバトルも描かないといけないわけではありません。
その分、ライダーの方は1回1回の尺的に余裕があるため、「正義と悪の葛藤」のようなややこしいテーマを描いたストーリーを処理することが出来たのですが、
一方、戦隊の方はバトルシーンの方で盛り込まねばならない要素が多くて、「正義と悪の葛藤」のようなややこしいテーマはストーリー内で処理しきれないのです。
よくライダーはドラマメインで、戦隊はバトルメインと言われますが、これは盛り込むべき要素の差によって仕方ない宿命と言えます。
ライダーで出来ていることが戦隊で同じように出来るわけではないのです。
その無理なことをやろうとしたため、「アバレンジャー」のストーリーはパンクしてしまったのです。

しかし、そのような無茶をやる羽目になった必然性というものは有ります。
ライダーのようなストーリーがウケる時代ということは、正義というものが不確かになる時代ということです。
そうした時代において、正義と悪の戦いを描く以上、
気合いを入れて熱血すれば正義が勝つというような安直な展開では制作者が自分の紡ぎ出す物語にリアリティを持てなくなってくるのです。
ガオレンジャーやハリケンジャーの頃までは、時代の波は感じつつも何とか踏みとどまってきたのですが、
2002年9月の拉致事件発覚後の正義が瀕死状態となったともいえる世相の中、正義と悪の戦いを描く以上、
「正義と悪の葛藤」を描き、その上での正義の勝利を描くことでしか、正義の勝利にリアリティを付与することは不可能になりました。
そうして「アバレンジャー」において「正義と悪の葛藤」をテーマとした厖大な派生ストーリーが生じ、その結果、戦隊シリーズにおいては尺不足によってストーリーがパンクする羽目となったのです。

これは結構深刻な事態です。
正義と悪の戦いを描くのがスーパー戦隊シリーズのコンセプトであるのに、
正義の不確かなこの時代においては、正義の勝利を根拠づけるために描く正義と悪の葛藤のドラマに必要とする時間が増えてしまい、
巨大ロボや集団バトルを特徴としたスーパー戦隊シリーズでは、そのための時間が確保出来ないわけですから、
スーパー戦隊シリーズは正義と悪の戦いをちゃんと描こうとするならば、自らの持ち味である巨大ロボや集団バトルを捨てねばならないということになります。
しかし、それらの持ち味を捨ててしまえば、それはもう30分後に放送しているライダーシリーズと何ら変わらないわけで、
同じようなものを2本続けて放送する意味など無く、スーパー戦隊シリーズの存在意義は無くなってしまいます。
だいいち、そんなことはスポンサーのバンダイが許すはずがありません。だから持ち味である巨大ロボや集団バトルを捨てるという選択肢はあり得ません。
しかし、そうなると、この時代、正義と悪の戦いをちゃんと描ききることが出来なくなります。
そこで、いっそ正義と悪の戦いを描くのをやめてみようということで出来上がったのが、2004年度作品「特捜戦隊デカレンジャー」です。

「警察」をモチーフとした戦隊をやろうというアイデア自体は、割と早い段階からバンダイの方から出ていたようです。
スーパー戦隊シリーズの巨大メカ類は、タイムレンジャー以降、メカニカル系と生き物系とが交互に登場してきており、
その法則に従えばアバレンジャーの次はメカニカル系で、バンダイとしてはゴーゴーファイブの警察版みたいな感じ、例えば警察所属の正義の戦隊が悪の侵略者と戦うような普通のヒーロードラマを考えていたのでしょう。
しかし東映制作サイドは、「警察」モチーフということから発展させて、戦隊版の刑事ドラマをやろうという方針を立てました。
刑事ドラマならば、正義と悪の戦いにならないからです。

n-jasmine004.jpg何故なら、刑事というのは正義と悪のガチンコの戦いを行う戦士ではなく、
正義の支配した世界において悪を取り締まる仕事をする人だからです。
刑事ドラマの世界では、正義と悪が拮抗して葛藤するということはなく、正義は圧倒的に正しく強く、悪は取締対象でしかありません。
これなら、正義と悪の戦いを描く必要は無く、正義と悪の葛藤も描く必要はありません。
ただひたすら、刑事が犯罪者を取り締まる仕事を遂行していく様子を描いていけばいいのです。
それはもう本当に淡々と、事件が起きて刑事が捜査して犯人を割り出して逮捕するまでのエピソードを繰り返し繰り返し描いていけばいいです。

ここで変に犯人側を「敵」として描いてしまってはいけません。
犯人はあくまで自分の都合で犯罪を犯したり、刑罰から逃れようとして強行的な行動に出ているだけであって、
最初から警察そのものに敵対し打倒しようとする敵意を持つ存在として描いてしまってはいけません。
そのように描くと、それは「社会悪」ではなく、「正義と対峙するものとしての悪」となってしまい、正義と悪の戦いという図式になってしまうからです。
あくまで犯人は自分の利益のために罪を犯す犯罪者であり、警察を攻撃することや世界を破壊することなどを目的とするものであってはいけません。
仮に警察に危害を加えようとするとしても、それは本来の目的のための通過点のようなものでなければいけません。
例えば警察の機能低下によって自らの犯罪稼業がやりやすくなるなどという、あくまで何らかの利益のためにテロ活動を行うのであって、
警察打倒や世界の破壊や支配などが最終目的であるような存在ではいけないのです。

よって、「敵組織」という存在も作ってはいけません。
それは警察と敵対し破壊することが目的となった組織だからです。
せいぜい許容出来るのは、犯罪行為を目的とした「犯罪組織」です。
ただ、それにしたところで、あまり組織性が前面に出ない方がいいです。
犯罪者も組織だってくるとその分強力になりますから、警察と力が拮抗してきます。
そうなると正義と悪の戦いに転化していく可能性が生じてくるからです。
また、組織が大きくなると人間関係も複雑化してきて、そこに色々と悪の側の物語の縦糸となるような一貫した物語が生じてきます。
それは悪の一貫した物語が生じるということであり、そうなるとそれに対抗した正義の側の一貫した物語も生じ、正義と悪の物語の葛藤が生じてしまう可能性が高くなります。

やはり基本的には、エピソードごとに出て来る犯罪者たちはそれぞれ個別の存在で、繋がりの無い事件を起こし、
刑事達はそれらの事件を毎回淡々と解決して犯人を捕まえていくのがベストです。
そして、それに合わせて、刑事たちの側も1年間通しての縦糸になるようなドラマは無く、ただ淡々と日常業務をこなしていくのがベストです。
刑事側に縦糸のドラマが生じると、それに合わせて犯罪者側にも縦糸のドラマが生じてしまい、それが正義と悪の対立構図に発展する危険があるからです。
だから、連続ドラマ風に話が繋がっていくのではなく、エピソードごとに話は完全に完結していき、次に何かの要素が繋がっていくというのは避けねばいけません。
毎回、リセットされた状態で話が始まるのであり、エピソードの順序は入れ替えても物語は成立する感じです。

こうなると、あまりキャラの成長を描くことも出来ませんので、
刑事たちは最初からプロフェッショナルとして出来上がっていることになります。
もちろん刑事たちも完璧な存在ではありませんので、個々のエピソードの中で自分の足りない点に気付いて改善したりしますが、
それは次の回まで引きずられることはなく、また元に戻っていたりするのです。
つまり一貫した大きな物語というものは存在せず、一話完結型、または二話完結型の個々のエピソードが淡々と繰り返される構成となります。

まさに刑事ドラマという感じですが、
こういうものをスーパー戦隊シリーズでやって面白いのかというのが、まず問題です。
普通の刑事ドラマそのものになってしまっても仕方ないわけで、まずそこはSF変身ヒーローものとしてのテイストは加味しなければいけません。
そこで一般的な警察の話ではなく、恒星間飛行が現実となった近未来において頻発する異星人犯罪に対処するために惑星ネットワークにおいて設立された宇宙警察組織の地球署の刑事たち、すなわちデカレンジャーの活躍を描く物語としました。
これなら取締対象は様々な特殊能力や超科学を使いこなす宇宙人ということになり、
そうした宇宙人犯罪者たちから地球の治安を守るためにはデカレンジャーの装備についても特殊戦闘スーツや巨大ロボも含めた大規模なものになるのも不自然ではありません。

しかし、それでもやはり刑事ドラマですから、
デカレンジャーは基本的には犯罪者たちよりも強いのが前提で、
犯罪者もデカレンジャーと戦うことが目的ではありませんし、デカレンジャーに勝つための準備などしていません。
だから戦えばデカレンジャーが勝つ可能性が高いのです。
従来の戦隊ドラマも基本的には正義の戦隊が勝つことがお約束ではありましたが、一応世界観的には常にイチかバチかの勝負であるパターンが多かったのですが、
デカレンジャーの場合、警察VS犯罪者ですから、デカレンジャーが勝つのが当たり前の世界観の中で戦うので安心感がまるで違います。
犯罪者側もそれが分かってますから、デカレンジャーに捕捉されないように逃げ回ります。
従来の戦隊ドラマのように敵の方からのこのこと現れてくれないのです。
これはドラマの進行を結構妨げます。
まずデカレンジャーは犯人を割り出し追跡して捕捉し、そこからようやくバトルシーンということになるからです。
そして、いざバトルが始まると、敵である犯罪者は割とあっけなく倒されます。弱いですから。

また、従来の戦隊ドラマにおいては、敵が強大なので1人では勝てないゆえ5人チームないし3人チームで戦っていたわけですが、
デカレンジャーの場合、敵の宇宙人犯罪者はそんなに強大な敵ではないので、デカレンジャーは1人ずつでも勝てるのです。
1人では犯罪者に勝つことも出来ない者が刑事というのでは不自然だからです。
そうなると、1人でも敵に勝てるのならば、彼らは戦隊で戦う意味は希薄です。
もちろん巨大ロボはチームでいてこそ合体出来るのであり、捜査もチームで行う方が効率的なので、チームを組んでいる意義は有るのですが、
それはあくまで仕事上の便宜上のことであって、基本的には彼らは犯罪者と対峙した時、一人でも最後まで戦い抜いてしまえるだけの実力は持っていることになります。
実際は最後まで一人でやりきるということはほとんどありませんでしたが、それは戦隊というフォーマットでやっている番組上の都合というもので、
彼らの意識はチームの1人というものよりは、独立した存在としての1人のプロフェッショナルな刑事という自意識の方が強く、
その上で、プロとしてチームワークは大事にしているというスタンスです。

これらの、他の戦隊と比べて異なるデカレンジャー独自の特徴をまとめると、
「一貫した縦糸の大河的ストーリーが無い」「一話完結型のエピソードが繰り返される」「敵を見つけるのに手間がかかる」「敵は簡単に倒される」「デカレンジャーは1人ずつでも敵に対処出来るプロの刑事」ということになります。

まず、敵が簡単に倒されるということはバトルシーンに魅力が無くなることに繋がります。
しかも敵はただの犯罪者ですから、単独犯である場合も多く、従来の戦隊ドラマでお馴染みの戦闘員という雑魚の敵キャラというものがいません。
それではますますデカレンジャーがチームで戦う意義が薄れてしまいますから、これについては宇宙犯罪者の利用する悪の便利屋のようなキャラであるエージェント・アブレラというキャラを登場させて、彼を裏で暗躍させ、犯罪者の支援にあたらせることである程度解決しました。
アブレラは犯罪者に武器や巨大ロボや戦闘員などをレンタルしたりするのです。
そして、アブレラという一貫して暗躍している存在によって、僅かながら一貫した縦糸のストーリーめいたものも生まれます。
ただ、このアブレラの存在感は出来るだけ小さめにしないといけません。
彼の存在感が大きくなり過ぎると、敵組織めいたものが出来てしまい、デカレンジャーの世界観が崩れてしまうからです。

まぁとにかくアブレラというキャラのお陰で、戦闘員や敵ロボットという戦隊フォーマット的に必要なものは揃えることは出来ましたが、
それでも主敵である犯罪者が弱いので、バトルシーンの魅力は乏しくなります。
しかし戦隊シリーズは玩具販促番組で、バトルシーンの魅力が乏しいのではマズいのです。魅力はやはり上げねばなりません。
そこでよく考えれば、バトルの魅力の乏しい原因は敵に魅力が乏しいからです。
これはこの作品の性格上、仕方ないので、それをカバーするには、デカレンジャー側の魅力を更に上げていくしかない。
この場合は、デカレンジャーのバトルシーンでのアクションを極限までカッコいいものにするということです。

photo002.jpgそれは変身シーンから名乗りシーン、そしてアクション、最後のジャッジメントからデリートのシーンに至るまで、何度見ても飽きないような見事な様式美が確立されています。
アクションの中身も、シリーズ随一のガンアクションと言ってもいいデカレッドの二丁拳銃を使ったガンアクションをはじめ、
全員の標準装備がそれぞれ独自の武器となっているシリーズにおいて極めて珍しいパターンで、全員が個性豊かなアクションを繰り広げています。
また、レスキューポリスシリーズやタイムレンジャーでもバトルシーンのカタルシスを低下させる原因となった「捜査官が勝手に犯罪者を殺してはいけない」という縛りも、
このデカレンジャーにおいては、バトルの最終局面で遠く離れた宇宙裁判所に対して犯罪者をデリート(消去)してしまっていいかどうか伺いを立てるシーンを入れて、
裁判所がデリート許可を下したことを受けて心おきなく敵にトドメを刺すようにしています。
これでバトルシーンは魅力あるものとなっています。

なお、ここで正邪の判断を下しているのはあくまで裁判所であってデカレンジャーたちではありません。
デカレンジャーは仕事として正義を代行しているだけであり、正義そのものではないのです。
デカレンジャーが正義そのものになってしまうと、正義と悪の葛藤が生じてしまうことになり、作品的にそれはマズいので、
デカレンジャーを正義から一定の距離をとらせるこの措置は上手い手だといえます。

こうしてデカレンジャーにおけるバトルシーンは魅力的なものにはなっていますが、それでも歴代作品の中では少し見劣りはします。
ビジュアル的には最高にカッコいい部類には入ると思うのですが、それでも物足りないのは、そこにドラマ性が希薄だからです。
単発の犯罪者退治ばかりで、大河ドラマ的な展開が無いので、長きにわたる因縁の敵といざ決着をつけるというような盛り上がりが無いのです。
しかし、これはデカレンジャーという作品の性格上、仕方ないことであって、これはこれ以上改善は出来ません。
だからバトルシーンがどうしてもイマイチになるのは仕方ないと納得するしかないのです。

ならばバトルシーン以外の要素を伸ばしていくしかありません。
では他の要素というのを見てみると、作品の性格上、その大部分は犯人を捕捉してバトルに持ち込むまでの経過部分に占められることになります。
ならば、ここの部分を魅力的にするしかないでしょう。
つまり、この捜査の部分をドラマ的に膨らませることになります。
結果的にデカレンジャーという作品においてはバトル場面よりも捜査関連のドラマ場面が重視されることになります。
すると、バトル場面の尺が少なめになるので、あまり多くのロボやメカを登場させることは出来なくなります。
少なくともガオレンジャー以降の換装合体パターンのように厖大なメカを次々と登場させるのは難しくなります。
そこでデカレンジャーでは換装合体パターンをやめて、タイムレンジャー以前の1号ロボ、2号ロボ、3号ロボが順次出てくるようなシンプルなパターンに戻し、その上でドラマを描ける時間を多めに確保しました。
こうなるとハリケンジャーやアバレンジャーのように主役3人戦隊などにする必要はありません。
どうせヒーローショーなどの関係で戦隊スーツを着たキャラは5人以上は出さないといけないわけですから、最初から5人戦隊ということにしました。

また、このドラマを描くために確保した時間は、大河ドラマ的展開を描くのに使うわけではなく、単発エピソードの捜査場面のドラマを描くために使われるのです。
つまり、毎回同じような展開、同じようなシーンが多くなります。
しかも毎回、話が完結して次にはリセットされて別のエピソードが始まるので、キャラの成長や変化というものがほとんどありません。
そしてデカレンジャーは1人で敵に対処出来るので、各エピソードはそれぞれ誰かのメインエピソードであるという形になります。
そうなると、同じキャラがメインを務めるエピソードは、そのキャラに変化があまり無く、同じように犯人を追いかけるというシチュエーションである以上、どんなに工夫してもある程度は似たようなものになってしまいます。
それならば、デカレンジャーが3人であるよりも5人である方が、エピソードのバリエーションは豊富になります。

そういうわけで、やはりデカレンジャーは5人戦隊の方が良いということになりますが、
同時にそれは5人のキャラは明確に違ったものでなければいけないということでもあります。
個性的な5人のキャラを確立して、それを毎回のエピソードでそれぞれ1人か2人ずつメインキャラとして事件捜査の中心として落し込み、
そのキャラに合った事件捜査のドラマを面白く展開していくという作劇手法となります。
そういうエピソードを単調に繰り返していくのであり、一貫した大河ドラマ的展開はありませんから、
5人のキャラ設定も事件捜査に関係しないような裏設定など作っても仕方ないのであって、徹底的に刑事としての能力やクセなどに関連した部分のみ緻密に描いていけばいいです。
キャラの成長を描くわけではありませんから、キャラ内面の深いところは描かなくてもいいのです。

むしろ、大河ドラマ的なドラマチックな展開も無く、キャラの成長物語も無く、強大な敵との命懸けの戦いも無く、ただひたすら単発の事件エピソードを繰り返すだけの構成ですから、
普通のキャラが主役5人ならば、これはかなり退屈な話になってしまいますから、
表面的な特徴で変人にも見えるぐらい極端にデフォルメされたキャラの方が望ましいといえます。
内面よりも、パッと見のインパクト重視の、いかにも分かりやすいキャラ設計が基本となります。
それでいて、従来の戦隊のような純粋なる正義の戦隊ではなく、あくまで仕事で治安維持を行っているプロの刑事ですから、
クールで余裕のある大人の風貌も必要ですし、あくまで平時の勤務ですから、少し気の抜けた普通っぽさも必要です。

その結果、出来上がった5人のキャラのバランスは、ホージーとセンちゃんとジャスミンが正統派刑事、バンとウメコが異端派刑事となります。
男性陣は、バンは熱血バカ系の突っ走り破天荒キャラで直感型の一種の天才キャラで、
ホージーは生真面目で高い能力を持つ完璧主義者の努力家エリートキャラ、
センちゃんは癒し系の昼行燈で抜群の推理力を持つ名探偵キャラというふうに、
見事にキャラが分かれて、しかもそれぞれ記号的と言ってもいいほどキャラが際立っていて、エピソードが作りやすいです。
しかも3人とも刑事としての特性がバラバラで、自ずとその関わる事件エピソードの筋立ても変わってきます。
セリフの中にバンは四文字熟語、ホージーはヘンテコ英語を多用し、センちゃんは推理する時、逆立ちしたりしてやたらトボけた言動が多く、マンガ的なキャラ立ても見事です。

scan177.jpg続いてヒロイン2人がいるわけですが、まずジャスミンです。
デカイエローに変身するのが礼紋茉莉花で、愛称はジャスミンです。
デカレンジャーは刑事ドラマ(太陽にほえろ)の定石に則って、ボスがつけた愛称で呼び合います。
ボスは犬型宇宙人ですが、部下のデカレンジャー5人は一応全員が地球人のようです。
だから年齢も見た目通りであろうと思われ、皆、特に年齢設定はされていませんが、ジャスミンは20歳代前半ぐらいでしょう。
演じていたのは、今でも特撮系やアクション系ドラマでクールな役で活躍中の美人女優の木下あゆ美です。

ジャスミンの最大の特徴は超能力者であることです。
といっても、万能の能力を持っているわけではなく、ごく普通の人間がたまたま特異能力を持って生まれてしまったという感じで、
触れた相手の考えていることが分かってしまうという、いわゆるサイコメトリー能力です。
これは普通に暮らすには不便な能力で、昔はジャスミンはこの能力のせいで孤独な人生を送っていたそうだが、
刑事だった頃のボスとの出会いで立ち直り、自分の能力を犯罪捜査に活かそうと心機一転、警察学校に入って宇宙警察地球署の刑事になったのだそうである。
デカレンジャーのメンバーの過去はあまり詳しくは語られないのだが、このジャスミンの過去については1つのエピソードにおいて結構ちゃんと語られています。

ただ、そのジャスミンの過去が本編のストーリーに大きく絡んでくるということもなく、単にその時のエピソードの便宜上語られただけのことで、劇中のジャスミンのキャラに直接、その暗い過去が影を落としているということはありません。
そもそもジャスミンのこの便利なようで不便な能力は手袋をすることで遮断することが出来るので、
昔のジャスミンがそんなに深く悩むほどのものでもなかったようにも思えますが、まぁ思春期のことでもあり、実害云々よりも異端者を見る好奇と偏見の視線に心が傷ついたということなのでしょう。
また、この能力のせいで両親に捨てられたそうで、そのことで深く傷ついたのでしょう。
両親も、自分の子供の異常な能力が怖くなり、世間の冷たい視線に負けてしまったのでしょうが、
それによってまだ若かったジャスミンは自分が誰からも必要とされていないと思い、寂しくなったと思われます。
で、その後、警察官になって犯罪捜査でこの能力が必要とされると思い、自分を必要としてくれる自分の普通に暮らせる居場所を求めてジャスミンは前向きに頑張って生きてきたと思われます。
その結果、宇宙署の刑事になってジャスミンは幸せを感じて快適に暮らしているのです。

このジャスミンのサイコメトリー能力は、普段は手袋をして遮断して普通の人と同じように暮らし、いざ捜査において必要な時だけ手袋を外して能力を使用しますが、
実際のところ、それなりに役には立ちますが万能というわけではありません。
取り調べで容疑者の身体に触れてその思考を読み取ったところで、それは証拠としては使えませんから自白を得たことにはなりません。相手の動揺を誘うぐらいの使い方なら出来ます。
また、仲間の居場所や盗品の隠し場所など、何らかの情報を引き出して、それを基にして捜査方針を立てるには便利です。
ただ相手が強い意思で情報をガードしたり、わざと別のことを考えて偽情報を与えることも不可能ではなく、決して万能ではありません。
それに、これらは容疑者や証人などが絞りこめた段階で使える方法であって、事件の初動捜査では人間に触れて意思を読み取ることは出来ません。

そこでよく使われるのが、犯人が触れたと思われる物体にジャスミンが触れて、その残留思念を読み取るという方法です。
初動捜査ではこれが捜査方針を決めるのに大いに役に立ちます。
しかし、残留思念を読み取るにはかなりの集中力を要し、ジャスミンはかなり消耗しますのであまり多用は出来ませんし、
そこから得られる情報はかなり断片的で、犯人の残留思念以外の情報も混じっていることもあります。
だから、ジャスミンのサイコメトリーで得た情報を更に整理して、そこから推理を巡らせていくという作業が必要となります。

このように、ジャスミンの超能力は決して捜査において万能というわけではなく、
時には間違うこともある不完全な能力なのですが、使いようによっては非常に役に立つという代物です。
しかし、こういう設定であるからこそ、ジャスミンが5人の中で飛び抜けた存在となって浮いてしまうことなく、5人チームの一員として普通に溶け込むことが出来るのであり、
むしろジャスミンにとっては望ましい展開なのだといえます。

ジャスミンというキャラの最大の特徴は、実は超能力ではなく、この「普通であることへの志向」なのだと言えます。
ジャスミンは超能力者でありながら刑事としての能力もあらゆる面でそれなりに高く、しかもクールな風貌の美人ですから、一種のパーフェクト・ビューティー、クール・ビューティーのキャラのように見えます。
しかし、その実態は、寒い70年代ギャグを連発する変な人なのです。
これは、ジャスミンがやっと掴んだ自分が普通に受け入れてもらえる自分の居場所である職場で、
出来るだけ打ち解けて気さくに周囲の人達と接しようとしている前向きな努力の表れなのです。
それで常に愉快なギャグを連発して周囲を和ませようとしているのです。
おそらくジャスミン自身もこの職場が楽しくて仕方が無いので、自然に軽口でジョークが出て来るのでしょう。
ただ、ギャグのセンスが破滅的に古臭いことと、暗い過去に沁みついた無表情癖のせいで、真顔で寒いギャグを連発する変な人に見えてしまっているだけです。

こうして、超能力者でクールビューティーでありながら寒い70年代ギャクを真顔で連発するという、戦隊ヒロイン史上屈指の奇妙なキャラが出来上がったわけです。
このジャスミン、この際だったキャラのおかげで歴代屈指の人気を誇る戦隊ヒロインですが、
よくよく考えると、あまり戦隊ヒロインらしい要素の無いキャラです。
戦隊ヒロインといえば、桃園ミキが基礎を作ったひたむき純粋キャラか、あるいはシリーズ初期ヒロインやユウリのようなクールビューティー系キャラということになりますが、
ジャスミンはそのどちらでもありません。

ジャスミンの個別エピソードは主にそのサイコメトリー能力を駆使したトリッキーなエピソード、あるいは人間の内面に触れる人情話のようなものが多く、
ジャスミン自身のヒロイン性に迫るようなものはあまり無い印象です。
そして、普段のジャスミンは、その奇想天外なキャラ設定とは裏腹に、あくまで普通の刑事として生きようという志向が強く、
特別ひたむきでもなく、特別にクールを気どっているわけでもありません。
刑事としての事件へのアプローチも、至って常識的でその手法はオーソドックスで常に沈着冷静、ルールはしっかり守って安全運転キャラです。
燃え立つ正義感や深い感情的思い入れでルールを逸脱するということはあまり無く、面白味は無いキャラです。
いや、キャラ設定が面白過ぎるので、普段の行動まで破天荒にしてしまうと、ジャスミン主役のギャグドラマになってしまいかねないので、それぐらいがバランスを取る意味では正解だといえます。

よく考えれば、ジャスミンは正義のヒロインという自意識はほとんど無いでしょう。
ジャスミンにとって大事なのは、自分が宇宙刑事という仕事を普通に全うすることであり、
その仕事が地球の正義を保つことであり、そのためにはひたむきさもクールさも必要であることは承知もしています。
それが人々のために大事な仕事だという自覚もあります。
それでもジャスミンにとってはそれはあくまで仕事なのであり、
もともとは異端の立場であるジャスミンは異端が社会から弾かれる傾向にあることを知っているがゆえに、
自分がこの有意義な仕事を続けて社会に貢献していくためには、あくまで自分は普通であり続けなければいけないという想いが誰よりも強いのだといえます。
それだけ苦い想いを知っているキャラであり、5人の中で一番、社会人として大人なのかもしれません。

だから、ジャスミンは自分を正義のヒロインだと思って自分を追い込むようなことはしません。
バンのように正義の味方気どりで突っ走ることもありませんし、
ホージーのように高みを目指して精進を重ねることもせず、
センちゃんのように弱い者に過剰に思い入れることもありません。
常に沈着冷静に、なおかつ円滑に楽な気持で事件に向き合い捜査して、
1つ1つ事件を解決して地味に地球の平和に貢献していく日々が永遠に続くことだけを願う、
そういう地道でありながら堅いプロ意識を持ったヒロインなのです。
設定がやたら派手で特徴的でありながら、性格は地味で堅実というのがジャスミンの特徴といえます。

このジャスミンの手堅さや地味なプロ意識というのは、まさにデカレンジャーの世界観にピッタリのヒロイン像であり、
逆に言えば、デカレンジャーでなければ成立しなかったヒロイン像だとも言えます。
更に言い換えるならば、ジャスミンという作品世界を象徴するヒロインが存在したからこそ、
デカレンジャーという戦隊ドラマとしては特殊な作品のヒロインの役割をジャスミンが受け止めることが出来て、
本来の戦隊ヒロインであるウメコの方に余計な負担がかからず、その戦隊ヒロインとしての役割を全うさせることが出来たのだといえます。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 17:21 | Comment(0) | 戦隊ヒロイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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