2013年02月17日

特命戦隊ゴーバスターズについて考える

「特命戦隊ゴーバスターズ」という作品は「変革」を志向した作品でした。
スーパー戦隊シリーズが前年に「海賊戦隊ゴーカイジャー」という
シリーズ総決算的な作品を制作したので、
次の作品である「ゴーバスターズ」は新しいシリーズを作るぐらいの意気込みで
取り組んだ作品であるというように当初謳われていました。
だが、これは実際は単なる宣伝用の煽り文句であって、
そこまで本気の根本的な大改革を志向していたわけではないでしょう。

そもそも「ゴーカイジャー」という作品が実際は「総決算」を志向して作られたわけでもないわけで、
結果的に「ゴーカイジャー」が成功して世間の見方がそんな感じになったので
それに便乗して、「ゴーバスターズ」の制作が「総決算の後の新機軸」という
一貫した戦略のもとに行動しているかのように見せかけているだけのことです。
何かそういう言い方をすれば、さぞかし「ゴーカイジャー」の後の「ゴーバスターズ」は
凄いものになるのだろうという期待感が高まりますから、その効果を狙ったのでしょう。
実際、私も当初はかなり期待しました。

まぁ「ゴーカイジャー」が結果的に成功したので「総決算的な作品」の評価を得たのと同様に、
「ゴーバスターズ」も成功していれば「シリーズを変革した作品」という評価を得たことでしょう。
ただ、これらは全て単なる公式的な謳い文句に過ぎず、
「ゴーカイジャー」が実際はシリーズを総決算したわけではないのと同様、
「ゴーバスターズ」も実際はシリーズを変革したわけでもないというのは、
作品の成功失敗は関係無く厳然たる事実でしょう。

「ゴーバスターズ」は結果的に失敗したわけですが、
もし本当にシリーズに改革が必要なのであれば、
この一度の失敗だけで「変革」の看板を降ろすなどということは有り得ない。
然るに次作の「獣電戦隊キョウリュウジャー」は見事なまでに「王道回帰」であり、
「ゴーバスターズ」で掲げた「変革」は跡形もなく消え去っています。
これに対して「ゴーバスターズ」を嫌っていた人達の一部は
「ゴーバスターズの変革が失敗したから元の王道が復活して良かった」と喜び、
逆に「ゴーバスターズ」を好んでいた人達の一部は
「成績が不調だったせいでせっかくのゴーバスターズの変革が中止になって
退屈な従来型戦隊が復活したのは残念」と言ったりするのだが、
そもそも本気の不退転の改革であったなら
一度の失敗でいきなり180度方針転換するのは不自然であり、
もともと「改革」など存在していなかったと考えた方がしっくりきます。

上記のような「ゴーバスターズ」のファンの一部もアンチの一部も
実体の無い「改革」を看板に掲げた東映の宣伝に踊らされただけという意味では同じでしょう。
もともと「ゴーバスターズ」にスーパー戦隊シリーズを
変革しようなどというほどの志があったわけではなく、
「キョウリュウジャー」は「ゴーバスターズ」の結果がどうであれ
王道路線になっていたのでしょう。
「ゴーバスターズ」は、ただ単に「総決算の後の新機軸」という謳い文句で
盛り上げたかっただけのことだと思います。
つまり「不退転の決意でシリーズを立て直す」というほどの改革の熱意など無かった。

そもそも前作「ゴーカイジャー」は玩具売上は絶好調であったし、
記念作ということで世間で話題にもなった。
ストーリー的にも上手くまとまっていたので評価も高かった。
その前作の「ゴセイジャー」はパッとしなかったが、
その前作「シンケンジャー」は評価の高い作品であり視聴率も良かった。
このように、確かに今後長くシリーズを続けていくことを考えると
将来に向けた漠然たる不安はあるが、
今すぐどうにかしなければ大変だというほどの危機感は無いのが現状です。

視聴率はテレビ業界全体が低下傾向にはあるし、
スーパーヒーロータイムは2006年に裏番組のポケモンが放送時間枠を拡大した後、
以前よりも低水準になったのも事実です。
先行きは大して明るいとも言えません。
前作「ゴーカイジャー」の後半の視聴率がひときわ下がったのは、
子供の理解の難しい作風のせいかとも思えますが、
あるいは地デジ化の影響もあるのかもしれません。

「ゴーカイジャー」の作風が子供に親切でないのは当初から予想できたことであり、
制作側も子供人気よりも記念作としてのスタンスの貫徹を確信犯的に選んでいたフシはありますから、
それが原因で「ゴーカイジャー」後半視聴率が落ちたというのなら、
それはさほど憂慮すべき事態ではないでしょうが、
もし地デジ化のせいで視聴率が更に落ちたのならば、その傾向は今後も続くということであり、
長期的に見てやや憂慮すべき事態です。
まぁ戦隊シリーズにとって憂慮すべき事態というよりは
視聴率という指標そのものの危機ともいえますが、
まぁそれでも実際「ゴーバスターズ」の視聴率はかなり低かった。

ただ「ゴーバスターズ」の制作が開始された時点では、
まだそのような憂慮は生まれてはいなかった。
少なくともその時点ではスーパー戦隊シリーズに
さほど切迫した危機感は生じていなかったはずです。
むしろ「ゴーバスターズ」が結果的に割と切迫した危機感を生じさせてしまったといえます。

また、玩具売上に関しても、
前年の「ゴーカイジャー」は順調に玩具が売れていましたから切迫した危機感などあるはずがない。
近年の傾向としてライダーとの差が広がってしまったということが挙げられますが、
これはライダー玩具の売上が「ディケイド」以降飛躍的に伸びた結果であり、
戦隊玩具が売れなくなったわけではない。
特に「W」以降放送開始時期を9月にしたことがライダー玩具の売上の飛躍を生んでおり、
これはライダー側の戦略の勝利でしょう。
だが、それは同じ東映内での戦隊とライダーを総合した統一戦略の勝利でもあるので、
戦隊側がさほど危機感を持つほどのことではないでしょう。

このように切迫した「変革」への要望があったわけでもない状態であったのに
「変革」を高らかに謳い上げたのは、
単に「ゴーカイジャー」の次作というタイミング的に
「総決算の後の新機軸」という煽り方が有効と判断したという意味合いが強いのでしょう。
だから本気の不退転の改革の意思があったわけではない。
単にその年の戦隊が王道であれば「やはり王道が一番」だと言い、
その年の戦隊が変化球ならば「今こそ改革の時」と言うだけのことというのが
東映の商いの手法というだけのことであり、
そこには確固としたポリシーや危機感など本当は無いのです。

しかし、別に煽り文句なら他にも適当なものもあったかもしれないのに、
それでもあえて「変革」という旗印を掲げたからには、
切迫した危機感が動機ではないにせよ
何らかの新しい試みに取り組む意思自体はあったのでしょう。
いや、スーパー戦隊シリーズでこれまでに新しい試みをやらなかった作品など1つも無い。
だから当然のように「ゴーバスターズ」においても新しい試みは用意されていたのだが、
「ゴーバスターズ」の場合は、その例年通りのささやかな「新しい試み」を
「ゴーカイジャー」の次作というタイミングゆえに、
さも大きな変革であるかのように、ある意味針小棒大に喧伝したのだといえます。
そして、それが作品全体を自縄自縛に陥らせたような気がします。

この作品におけるその「新しい試み」とはロボ戦を重視するということでした。
その背景には戦隊のロボ玩具をもっと売りたいというバンダイ側の要望があったと推測できます。

実際のところ戦隊のロボ玩具が特別売れていないというわけではない。
毎年コンスタントに売れています。
もちろん作品によって売上の変動はありますが、
このタイミングでテコ入れが必然的であるような下落傾向があるわけではない。

だが近年の玩具売上が良かった戦隊において、
ロボ玩具がその好成績の原動力たりえていないのもまた事実です。
例えば「ゴーオンジャー」においてはその好成績の原動力は炎神ソウルであったし、
「ゴーカイジャー」においても同様に収集系アイテムのレンジャーキーが
その好成績の原動力となっていました。
また近年では比較的好成績であり、特にスタートダッシュはなかなかのものであった
「シンケンジャー」においてもその序盤好成績の殊勲アイテムは
なりきり系玩具のシンケンマルでした。

このように近年は戦隊ロボはコンスタントに売れてはいるものの爆発的ヒットには至らない。
コンスタントに売れているのだから全然ダメではないわけです。
こういう場合は「伸び悩んでいる」と見なされ、
だからもう一工夫すれば爆発的ヒットの可能性もあるという
「伸び代」のある状態と見なされます。

逆に収集系アイテムは「ゴーオンジャー」の後、ライダーの方で大きく開花しており、
むしろ収集系アイテムの本場はライダーにあるといえる。
戦隊で収集系アイテムをヒットさせてもどうしてもライダーの水準までは及ばない。
しかしバンダイでも当然、戦隊玩具のセクションとライダー玩具のセクションは別々ですから、
戦隊玩具のセクションはどうにかしてライダー玩具のセクションに勝ちたいと思うのが当然です。
だが収集系アイテムでは最大限頑張ってもなかなかライダーのそれを上回ることは出来ない。
ならばライダーには無いロボ玩具の伸び代に期待するのが自然な流れです。

そこで、どうして戦隊のロボ玩具の売上があまり伸びていないのか検討してみたところ、
どうもTV本編の劇中でのロボ戦の扱いが悪いせいではないかという話になったのでしょう。
実際、伝統的に戦隊の劇中でのロボ戦の扱いは良いとはいえません。

もともとスーパー戦隊シリーズは「ゴレンジャー」で人気を博した後を継いだ
「ジャッカー電撃隊」の不人気で立ち消えになっていた変身チームヒーロードラマの流れを、
ロボ玩具の販促をやるという条件で「バトルフィーバーJ」以降
シリーズ化して立ち上げたものですから、
戦いの場面が等身大戦とロボ戦との二部制になっています。
そしてロボ玩具を売るのが至上命題ですから、一番の見せ場は当然ロボ戦ということになり、
最後はロボ戦で敵にトドメを刺すという流れになっていました。
つまり「等身大戦→ロボ戦」というパターンが確立されたのです。

実は実質上のシリーズ第1作である「バトルフィーバーJ」では
まだこのパターンが確立されておらず、
レッド戦士のバトルジャパンがバトルフィーバーロボに搭乗して
ロボ戦をやっているのと同時進行で他の4人のメンバーが等身大戦をやっていたりもしました。
それが次作の「デンジマン」では「等身大戦→ロボ戦」というパターンが確立されたのは、
やはり最後は5人の共同作業のロボ戦で敵にトドメを刺す方が
視聴者の子供たちにロボの格好良さをアピールするのにより有効だと判断されたからでしょう。

実際、戦隊ロボ玩具はよく売れました。
ただ、当時は巨大ロボットアニメがブームであり、
それと同じことを実写特撮でやったことによって戦隊ロボは人気だったのであって
「等身大戦→ロボ戦」のパターンが人気の原因だったのかどうかは実はよく分かりません。
このパターン確立前のバトルフィーバーロボも玩具は非常によく売れました。
結局のところ、本当は「等身大戦→ロボ戦」というパターンの方が
製作進行がスムーズだったからという制作サイドの都合であったのではないかと思います。
また、等身大戦の敵とロボ戦の敵が同じ姿をしているのも
着ぐるみを流用できて経費節減に繋がるからでしょう。
そのため「怪人が倒された後に復活巨大化する」というパターンが生み出されました。

この「等身大戦の敵とロボ戦の敵が同じ姿」というパターン脱却を
シリーズ初期において目指したのが「バイオマン」でしたが、
ここでは経費節減のために等身大戦の敵の着ぐるみを節約する羽目になり、
等身大戦の敵は十数体のレギュラーキャラとなり、
バイオマンが等身大戦で敵を完全に倒す場面が減ってしまいました。
ロボ戦ではバイオマンは強くて毎回敵のロボを倒すのだが、
等身大戦ではいつも敵にトドメを刺せずに逃がしてしまうということになり、
これではどうもあまり良くない。
そこでやはり次作「チェンジマン」から以前と同じ復活巨大化パターンに戻りました。

ただ、この復活巨大化パターンにも問題はあります。
一度等身大戦で戦隊側が倒した敵と同じヤツがロボ戦の敵なので、
どうも戦隊側が負ける気がしないのです。
だからハラハラドキドキする感じが無くて、ロボ戦が消化試合化して、
あまり盛り上がらなくなってしまいました。
シリーズ初期はまだ飽きがなかったのですが、
シリーズが何年も続くようになってくると、これはいい加減マンネリ化してきます。

ならば「バイオマン」方式にするのも1つの手なのですが、
その場合は等身大戦が消化不良になってしまいます。
どっちもどっち、一長一短なのですが、
そうなると経費節減しつつ一応毎回等身大戦でもロボ戦でも敵を倒せる
復活巨大化パターンの方がマシという判断となります。
このパターンの方が製作進行がスムーズというのもあります。

そこで復活巨大化路線が定番となり、
そこで必然的に生じるロボ戦の消化試合感は、
2号ロボを登場させたり、スーパー合体ロボを登場させたりしてマンネリ感打破に努めました。
紆余曲折はあったものの現在に至るまで基本的にそうした方向性は継続しており、
「ロボ戦は基本的には消化試合だが見せ方の工夫で魅力を補う」というのが
戦隊におけるロボ戦の基本方針となっています。

つまり、いろいろ工夫はされているものの、
やはり等身大戦に比べるとロボ戦の扱いは悪いといえます。
いや、作っている側もロボ戦の扱いを悪くしているという意識も無いのでしょう。
総合的に考えてこの形式が一番良いと考えて、
それが戦隊というものだと当たり前のように考えていただけのことです。

しかし、そのような従来通りの思考では戦隊ロボ玩具の売上の伸び代を発掘するのは難しい。
ロボ玩具の売上を飛躍的に伸ばそうとするならば根本的な新しい発想が必要です。
そこで毎回の劇中におけるロボ戦の重要性を従来よりも大幅に上げることで
ロボの魅力を上げ、ロボ玩具の売上の伸び代を発掘しようという考えが生まれてきたのでしょう。

では何故これまではロボ戦の重要度が低かったのかというと、それは消化試合だからであり、
なぜ消化試合なのかというと、敵がロボ戦を目的として攻めてくるわけでないからです。
敵の目的はあくまで等身大戦で成し遂げられることであり、
等身大戦に敗れた時点で敵の目的は潰えており、勝負は決しています。
ロボ戦はその後で敵が最後の悪足掻きをしているに過ぎず、
もはやその戦いは残党狩りのようなもので緊張感は無い。
だから消化試合なのです。
もちろん例外的にロボ戦がメイン扱いとなる戦いもこれまでにもありましたが、
それらはあくまでイレギュラー扱いであり、
基本的には戦隊におけるロボ戦はこのような感じの消化試合なのです。

ならば消化試合感を払拭するためには
「ゴーバスターズ」においては敵が巨大ロボを使った作戦を目的として攻撃を仕掛けてきて、
それに対して戦隊側が巨大ロボで迎え撃つという形を基本形とすればいい。
そこで考え出されたのが、敵であるヴァグラスが巨大なエネルギータンクに貯蔵された
エネルギーを巨大ロボを用いて毎回奪いに来るという設定でした。
これを阻止しなければ戦隊側の勝利とはいえない。
そして敵の巨大ロボのエネルギー奪取作戦を阻止するためには
戦隊側も巨大ロボを繰り出してロボ戦で決着をつけるしかなく、
こうなればロボ戦こそが毎回エピソードのメインとなり、その重要度は増し、
これはもはや消化試合などではない。

だがこの場合問題なのは等身大戦をどう扱うかでした。
この基本設定を貫徹すれば、まるで「マジンガーZ」「ゲッターロボ」のような
スーパーロボットアニメと同じであり、等身大戦をやる必要は無い。
しかしスーパー戦隊シリーズですから等身大戦を無しにするわけにはいかない。
等身大戦とロボ戦の両方を必ずやることになります。
そして従来の戦隊のように等身大戦とロボ戦の敵の姿を同じにするとなると、
どちらかは消化試合となってしまうのだが、この作品はロボ戦は消化試合にはしない。

ならばロボ戦の後に等身大戦をやって等身大戦を消化試合とするのかというと、
そういうわけにもいかない。
それは最初に巨大な姿で現れた敵が一旦倒された後
復活小型化して再び戦うという、なんとも奇妙な展開になるからです。
こんな珍妙なものを見せるわけにもいかないのでこれもボツです。

となると、等身大戦の敵とロボ戦の敵は別の姿をしている、
あくまで別の個体ということにするしかない。
その場合、敵の主要な目的であるエネルギータンク襲撃はロボ戦の方の敵、
つまり巨大ロボの方の担当ということになりますが、
ならば等身大戦の方の敵、つまり怪人は何をしにやって来るのか、
あくまで別々の個体だけにそのあたりも考えておかねばなりません。

これについてはあくまで別個体なのですから、
結局は怪人の作戦行動と巨大ロボの作戦行動がそれぞれ別ということになり、
敵側は毎回、エネルギータンク襲撃ともう1つ怪人の作戦という、
合せて2つの作戦を進めることになります。
そうなると、何故いつも敵は2つの作戦を一緒にやろうとするのかについて
合理的な説明が必要になる。
なぜ巨大ロボだけでなく、わざわざ怪人も送り込んでくるのか、
納得のいく説明が必要なのです。

そこで「巨大ロボを送り込むためには別に怪人をマーカーとして送り込む必要がある」という
設定が生まれました。
そして、そんな特殊な条件が必要であるのは、
敵が巨大ロボを「亜空間」という現実空間とは別の空間から
特殊な方法で送り込んでくるからだという設定となったわけです。
つまり敵は巨大ロボを送り込んでエネルギータンクを襲撃することが本来の主要目的なのですが、
そのためにマーカーとして別個体である怪人を現実空間に出現させておかねばならない。
その怪人はせっかく出現させたので何か別の作戦に従事させることになる。

このような設定となっている場合、
怪人の等身大の作戦行動中に巨大ロボが出現して
エネルギータンク襲撃を開始することも当然あるわけで、
そうなると等身大戦とロボ戦が同時進行することも有り得る。
いや、むしろこの作品においてはそうした等身大戦とロボ戦の同時進行を
積極的に常態化させました。

バトルフィーバーJの頃は戦隊でロボ戦を導入した最初の作品だったので
「何でもアリ」だっただけのことで、
別に意識して積極的に等身大戦とロボ戦の同時進行を常態化させていたわけではない。
だが「ゴーバスターズ」においては、あえて意識してそれを常態化させたのです。
それは同時進行させた方が等身大戦もロボ戦も消化試合化しないと考えたからです。

等身大戦とロボ戦と、どちらかが先に終わってから残ったどちらかが開始するということにすれば、
たとえあくまで怪人と巨大ロボが別個体であったとしても、
やはり後に開始する方が消化試合のように見えがちです。
だから同時進行することにこだわった。

また、同時進行した方が等身大戦もロボ戦も長く戦っていることになります。
「等身大戦→ロボ戦」というようにくっきりと時間を分けて描写する場合も、
等身大戦とロボ戦を同時進行する場合も、
どちらも映像としての各バトルの尺は同じようなものです。

例えば放送時刻でいえば、等身大戦を7時45分に開始して、
7時50分に等身大戦が終了してロボ戦が始まり、7時55分にロボ戦が終わった場合は、
等身大戦が5分、ロボ戦が5分ということになります。
だが等身大戦もロボ戦も共に7時45分に始まって同時進行し、
映像的には場面を切り替えて二元中継のようにして映し、
等身大戦もロボ戦も共に7時55分に終わったとすると、
等身大戦とロボ戦の両方とも均等の配分で二元中継したとしたら、
映像的にはあくまで等身大戦が5分、ロボ戦が5分という尺になりますが、
視聴者は等身大戦もロボ戦も両方とも10分間戦っていたような印象を受けます。
だから、この同時進行の手法を使えば、ロボ戦も等身大戦も両方とも消化試合化せず、
むしろとても充実しているように見える。

ただ、この手法の場合、1つクリアーすべき難問がありました。
それは巨大ロボと怪人を別個体とすることによって
着ぐるみの予算が通常の倍になってしまうということでした。
そんな予算はありません。
かといって「バイオマン」のように等身大戦の敵を毎回トドメを刺せずに
逃がしてしまうというわけにもいかない。
そこで、等身大戦の敵怪人は毎回違う個体として毎回しっかり倒すことにしつつ、
巨大ロボの方はベースとなる素体を数パターン用意しておいて、
それに毎回、等身大怪人のボディのパーツの一部を流用してくっつけて
個性を出すという苦肉の策が採用されました。

こうして、なんとか等身大戦とロボ戦の同時進行のフォーマットは出来ていきましたが、
これらはあくまで敵側の方のフォーマットであり、これだけではまだ足りません。
それらを迎え撃つ戦隊側の方のフォーマットも作らないといけないのです。
ここで問題は、等身大戦とロボ戦を同時進行させるとなると、
戦隊側も戦力を二手に分けなければいけないということです。
いやこれまでの戦隊シリーズ作品でも等身大戦とロボ戦を同時進行させるために
戦隊側の戦力を二手に分けて戦ったことなど多くあります。
ただ、これらはあくまでイレギュラーなパターンという扱いになっており、
あくまでそれぞれの戦隊は「等身大戦→ロボ戦」という流れ作業をこなすことを前提に
システムが組まれていました。

すなわち、まず等身大戦では5人で変身して名乗って戦い始め、
最後は5人の合体技で怪人を倒し、
その後復活巨大化した怪人を倒すため5人が一斉に巨大メカに乗り込み、
その5つの巨大メカが合体して巨大ロボとなり、
5人が操縦する巨大ロボが敵巨大怪人を必殺技で倒して戦いが完全に終わるという王道パターンです。

しかし、「ゴーバスターズ」の場合は等身大戦とロボ戦の同時進行を前提としていますから、
それに見合った新しいフォーマットが必要となります。
まず等身大戦とロボ戦が同時進行する以上、
等身大戦にもロボ戦にも戦隊側のフルメンバーが揃うということはあまり無いということになります。
そうなると等身大戦でのフルメンバー揃っての変身や名乗りの派手な演出は出来ない。
そういうものは一部メンバーだけでやっても仕方ないので、
いっそ派手な様式美的な変身演出や名乗り演出は無しの戦隊にしようということになりました。
そうなると必然的に、陽気でハチャメチャな派手好きな戦隊ではなく、
むしろクールで落ち着いたプロフェッショナル風な戦隊ということになります。
その方が変に派手な変身ポーズや名乗り口上などが無いことが自然に見えるからです。

また、等身大戦でフルメンバーが揃わないのならば、全員の力を合わせた合体必殺技、
たとえば合体バズーカ系の派手な決め技演出が出来ません。
合体技が出来ないのならば、個人の技や武器で敵怪人を倒せるということにしなければならない。
そうなると、個人で敵を倒せてしまえるので、
あまり戦隊メンバーで力を合わせて戦うという描写が無く、
ますますクールなプロ戦士の戦隊の方がイメージに合うことになります。
こうしてエネルギー管理局特命部所属の真面目な公務員プロ戦士
ゴーバスターズという設定が生まれ、メンバーの性格も地味で真面目、
派手な変身や名乗りもしない戦隊となったのでした。

そしてロボ戦の方もフルメンバーがなかなか揃わないということは、
基本的に合体ロボを使わずに単体ロボでも敵巨大ロボを撃破出来るという
設定にしなければならない。
だからゴーバスターズのロボはどれも単体で戦うことを前提に作られており、
1人が操縦して動くように作られている。
それゆえゴーバスターズのバスターマシンは全て単座型のコクピットであり、
その単座コクピット形態はたとえ複数のロボが合体しても変わりません。

単座コクピットに搭乗して単体で戦うロボを操縦するという意味で、
その操縦者であるゴーバスターズのメンバーは
これまでの戦隊の戦士たちの中で最も「パイロット」という印象が強い。
そしてこの作品の大目的がロボ戦の重視である以上、
このロボ戦で最も活躍するゴーバスターズ側の単体ロボは
主人公たるレッド戦士の操縦するロボでなければならない。
その赤いロボはエースパイロットたるレッド戦士の乗るエース機体であり、
その名はまさに「ゴーバスターエース」ということになり、
主人公レッド戦士であるレッドバスターの桜田ヒロムは、
そのゴーバスターエースを操縦するエースパイロットという設定となりました。

単座コクピットで単体ロボを1人で操り敵ロボを倒す孤高の天才エースパイロットのヒロムは
必然的にクールでマイペースな男となります。
ヒロムだけが13年前の事件以後ずっと特命部の訓練に参加していなかったという設定も、
当初は何か作劇上の重大な伏線なのだろうかなどと勘繰ったものですが、
これも単純にヒロムと他のメンバーとの心理的な距離を確保して、
他と馴れ合わないクールな孤高キャラを演出するための設定であっただけのようです。

そしてヒロムに限らず、
リュウジにしてもヨーコにしてもヒロムほどではないにしても、
やはり他に対して心の壁が割と高めのキャラとなっています。
やはりこの2人もまた単座コクピットで単体ロボを操縦する孤独な戦士であるという意味では
ヒロムと同じタイプなのです。
ゴーバスターズのメンバーは従来の戦隊のメンバーに比べて
仲間内での心理的な距離が遠めだといえます。
これは等身大戦とロボ戦を同時進行するというフォーマットを作った結果、
必然的に導き出されたメンバーの個性と言っていいでしょう。

ただ、そうなると全体的にチームワークが悪く、
妙に暗くてギスギスした感じになってしまいますので、
それをカバーするために配置されたのがバディロイドというキャラであったのでしょう。
真面目で面白味のない性格のゴーバスターズの3人とは対照的に
バディロイドの3体は妙に人間臭くて感情豊かで人懐っこく、
ギャグ要素の強いキャラ設定になっています。

当初の宣伝文句ではこの作品は「3×2戦隊」と言われていたことを考えると、
ヒロムとニック、リュウジとゴリサキ、ヨーコとウサダという3つのペア単位で
行動する戦隊というものが構想されていたのではないかと思います。
真面目なバスターズとギャグキャラのバディロイドの凸凹コンビが3つ存在し、
3体のバディロイドを潤滑油として3つのユニットが次第に6人の1チームに成長していくという、
そういうお話が予定されていたのではないでしょうか。
これならばゴーバスターズの3人がクールな孤高キャラであったとしても戦隊として成立はします。
だが、このバディロイドの設定がどうも甘く詰め切れていなかったので、
この作品はここから破綻してしまったようです。

そもそもバディロイドが潤滑油となる「3×2戦隊」といっても、
その「3×2」が常に等身大戦とロボ戦に二分されてしまうのでは、
結局は潤滑油たるバディ同士も引き離されてしまうので潤滑油としての役割は果たせない。
また、そもそもロボ戦にバディロイドがどのように参加するのかも問題で、
バディがコクピットの操縦桿となるということにして
それぞれの担当バスターズとの絆を強調するということになりましたが、
そうなると単座コクピットの操縦桿として個々のバディ同士は
完全に引き離された状態に置かれることとなり、
ロボ戦ではバディとバスターズの絆は描写出来ても、バディ同士の絆は描写できない。

一方の等身大戦ではバディ同士の絆もバディとバスターズの絆も描写は可能だが、
そもそもロボ戦と同時進行だから1〜2ユニットは別行動で同じ場にはいないのですから、
結局バディ同士の絆を描写するのは難しく、
つまり等身大戦とロボ戦の同時進行設定や単座コクピット設定やロボ戦重視設定がある限り、
戦場においてバディが3ユニットの潤滑油となるという構想は実現しない。

そうなるとバディが仲良く親交を温める描写を増やそうとすれば
バディ3体は基地でおしゃべりしているシーンを増やすしかなく、
結局バディロイドは「ロボ戦における大事な操縦桿の役目があるため
危険な目に遭わせることは出来ないから等身大戦時は基地で待機」という設定となってしまった。
すると、確かにバディ3体が仲良さそうには見えるようになったが、
等身大戦時はバスターズ3人が必死で戦っている時に呑気に基地で留守番して、
モニターでバスターズの戦いを見物して野次馬のようにコメントしたり、
やたらとハラハラしたりする姿が無責任であったり過保護のバカ親のようであったりして、
とても視聴者の共感を得られるようなキャラではなくなってしまった。
また等身大戦時に相棒であるバスターズとバディの距離が遠すぎて、
絆が全く描写されないという困った状態となった。

ならばその分を補うほどにロボ戦の方ではバスターズとバディの
それぞれのユニット内の絆が描写されたのかというと、これもイマイチでした。
操縦桿となったバディはコクピット内に顔だけが出ている状態で、
一応パイロットであるバスターズと会話もするのだが、
やはり完全体からスケールダウンして単なる部品化してしまったという印象が強い。
例えば炎神のように通常時から小型化していたりホログラム化していたりして
普段がスケールダウンした状態であればロボ戦時に巨大化することでいっそう頼もしさを増すのだが、
バディはその逆であってロボ戦時の方が通常時よりもスケールダウンしてしまっていて存在感が無い。

通常時ですら単なる留守番キャラに堕してしまっているのですから、
そこから更にスケールダウンした操縦桿形態時にいくらか気の利いたことを言ったとしても、
通常時のイメージダウンを払拭するまでには至らないのです。
だからロボ戦時の単座コクピット内でのバスターズとバディの遣り取りを通して
視聴者に強い絆をアピールすることは出来なかった。
しかも単座コクピットですからバディ同士の絆や
ユニットの枠を超えたバディとバスターズの絆など全く描写できない。
全体的に描写出来ているのはバディ同士の基地での留守番時の絆だけだが、
こんなものは戦士の絆とはほど遠い。
なんといってもマズいのは、本来はバディ同士が取り持って3つのユニットの絆が深まるはずが、
バディロイドのイメージがこう悪くなってしまってはその仕組みが機能しないことです。
結果として、もともとクールな孤高キャラである3人のバスターズが
いつまで経っても一向に仲良くならないバラバラなままです。

いや、バディを留守番キャラにしてしまった時点で「3×2戦隊」の構想は破綻したことは
制作側も理解はしていたのでしょう。
だから「3×2戦隊」などというキャッチフレーズはほんの初期だけで消え去り、
バディに頼らずに3人のバスターズが自力で絆を深めていくというように
ストーリーは修正されたと思われます。
だが、もともとバスターズ3人のクール孤高キャラ設定はこの作品の根幹たる
「等身大戦とロボ戦の同時進行設定」から必然的に導き出されたものですから、
この同時進行設定を止めない限り、3人のキャラ設定が根本的に変わるということは有り得ない。
それなのに同時進行設定を止めないまま3人が自力で仲良くなるストーリーにしたものだから、
なんとも不自然なものになってしまった。

3人の性格を考えれば簡単には仲良くならない方が自然なのだが、
それではギスギスして戦隊らしく見えない。
だがいっそ思い切って「仲の悪い戦隊」方向に振りきってしまった方がマシだったかもしれない。
とことん喧嘩させれば自然に和解していったかもしれない。
キャラ自体の自然な動きに任せればキャラは活き活きしてくるし、
作り物とはいえ人間なのだから自然に和解に至る道も見えてきたことだろう。
だがこの作品では本来は簡単に仲良くならないはずの3人が序盤で
何時の間にか大したきっかけもないまま仲良くなってしまったため、
その出来上がった絆がかなり怪しい、嘘くさいものになってしまった。

いや嘘くさくても本当の絆であるかのように押し通してくれれば信じることも出来るのだが、
仲良くなった後も随所で本来のクール孤高キャラが表面化してくるものだから、
やっぱり本当は仲良くないんだろうというふうに見えてしまう。
しかし仕方ないのです。
作品の根本設定が変わっていない以上、
3人のバスターズがフレンドリーな性格になるわけがないのだから、
その本性が出てくれば仲良し描写が嘘くさく見えるのは仕方ないのです。

この3人は根本的にはバディを介して絆を結ぶキャラなのだから、
バディというキャラを機能不全に陥らせた瞬間にこの3人の絆が成立するはずはないのです。
そうした大原則を無視して無理に3人を仲良しにしてしまったため、
バスターズ3人は単に暗くてギスギスとして仲が悪いという悪印象だけではなく、
更に加えてなんだか嘘くさい絆を主張する胡散臭い連中となってしまいました。

これでは視聴者の子供たちに好印象を持たれるはずはない。
まぁ単にアクション目当てで観ている子供も多いので
3人のキャラが不快でも全ての子供が番組を観るのを止めるということはないでしょうけれど、
やはり例年の戦隊に比べて変身前のヒーローのキャラ人気は低かったと思います。

こうなると全てが上手く回らなくなるもので、
バスターズ3人の変なウイークポイント設定も悪印象となってしまいます。
そもそもどうしてこんな変なウイークポイントを3人に設定したのかよく分からない。
ワクチンプログラム投与によって人間離れしてしまった
3人の異端者としての側面を強調するためであったのか、
あるいは逆に異端者でありながら持ち合せた人間らしさの象徴という意味合いであったのか、
それとも単にギャグ的な意味だったのか、
結局は捨て設定になったっぽいので、今となってはよく分かりません。
ただ結果的には3人の印象がヒーローとしてもともとかなり悪くなってしまっていたため、
このウイークポイントは単に「弱いヒーロー」という印象を導き出してしまったのでした。

また「敵がエネルギータンクを襲ってくる」という設定としたため、
そこから更にどうして敵がエネルギータンクを襲うのかという疑問にも答えなければならなくなり、
それに対して「敵のボス復活のためにエネルギーが必要だから」という、
ありふれた解答を用意することとなった、これ自体は別に大した間違いではない。
「シンケンジャー」でも三途の川の水を増やしてドウコクを復活させるというのが
敵の作戦の根幹であったし、
「ゴーバスターズ」と同時期放送の「スマイルプリキュア!」でも
悪の皇帝復活のために毎回敵が人々からバッドエナジーを奪おうとしました。

こういう作劇パターンの場合、物語を進めていくためには
敵の欲するものは奪わせていかないといけない。
外道衆は人々を苦しめて三途の川の水をじわじわ増やしていったし、
バッドエンド王国も毎回ちゃんとバッドエナジーを集めていきました。
つまり「シンケンジャー」においても「スマイルプリキュア!」においても
ヒーローは敵の怪人は倒すものの、敵の企みを完全に阻止することは出来ていないのです。
だが、だからといってシンケンジャーやスマイルプリキュアが
弱いとかだらしないとか非難されることはあまり無い。

一方、ゴーバスターズが毎回エネトロンを奪われると弱いだの失敗しただのという悪印象を持たれる。
同じことをやっているのに扱いの差があるというのは理不尽だが、
これは結局はキャラに魅力があるかどうかで差がついてしまっているのです。
ゴーバスターズ3人のキャラに魅力が無い状態なので、
作戦でちょっとでも失敗するとますます弱く見えてしまう。
これは仕方ないことです。

いや、厳密に言えば「スマイルプリキュア!」はキャラ魅力は確かに特化していましたが、
「シンケンジャー」の場合はキャラの魅力という意味では実は歴代戦隊でもさほどでもない。
「シンケンジャー」の場合は地味目なキャラを素晴らしく見せていたのは
ストーリーの素晴らしい盛り上がりでした。
「ゴーバスターズ」も最初にキャラが明らかに地味で面白味が無いことを知った時、
これはおそらく「シンケンジャー」同様、ストーリーの盛り上がりで
キャラを引き立たせるタイプの作品なんだろうと思いました。

ところが意外なほどストーリーが盛り上がってこなかったのです。
今にして思えば「ゴーバスターズ」は「シンケンジャー」ほどは
ストーリー重視の作風ではなかったのでしょう。
「3×2戦隊」の構想に頼るところが大きかったのだと思います。
だからさほど凄いストーリーの仕掛けは用意していなかった。
ゆえに「3×2戦隊」の構想が破綻した後、空っぽになってしまい、
あとは用意していた設定が全て悪循環してしまい、
ゴーバスターズ3人のキャラ描写に失敗してしまったのです。

そして、こうして初期メンバー3人のキャラがつまらないものになってしまったため、
そのシワ寄せが追加戦士の陣とJに押し寄せることになったと思われます。
陣というキャラが最初から13年前の事件の被害者であるアバターとして登場したことから考えて、
おそらく最終話の展開は当初からの予定通りだったのでしょう。
ならば陣のキャラは本来はもっとシリアスなものであったはずです。
実際、演じた松本氏の証言では当初は陣は影のあるマッドサイエンティストの
キャラであったようです。
おそらくJもその風貌からして陣に合わせてクールな戦士キャラのはずだったのでしょう。

だが初期3人が暗いイメージのまま好転しなかったので、
そこに更に暗い追加戦士というわけにもいかず、陣は陽気なキャラに変更され、
Jも天然おバカキャラに変更されたものと思われます。
また初期バディ3体を留守番キャラにしたのは明らかに失敗だったので
Jはちゃんと戦場に出て相棒である陣とペアで戦うキャラとなりました。
これがゴーバスターズの本来の在り方だったのだと思います。

だが、これでゴーバスターズがちゃんと絆で結ばれた
普通の戦隊のレベルに達することが出来たかというと、それはやはりダメでした。
まずJは他のバディ3体が留守番をしている中でただ1体だけ戦場に行ってしまうので、
他のバディ達との絆が深まらずバディ仲間で浮いた存在となってしまった。
そして等身大戦とロボ戦の同時進行フォーマットのために
陣とJのペアが初期3人と別行動となることが多く、
Jはヒロム達3人とも絆が深まることはなかった。

そもそもJの性格設定にも問題があり、
陣を人懐っこい陽気キャラにしたのとバランスをとるためだったのか、
Jは絡みづらい天然キャラになってしまい、
ある意味気難しい、近寄りがたいキャラとなってしまった。
これではヒロム達とはまた違った意味で孤高キャラです。

そして陣の方はというと、一見陽気なので誰とでも仲良くなりそうに見えるが、
この物語において陣の果たすべき役割が根本的に陰性のものなので、
どうしても影のある部分が見え隠れして、陣の陽気さは底抜けの本気の明るさには見えません。
演者の松本氏のイメージもそれに合致しており、
そういう意味では絶妙のキャスティングだったとは思うが、
そのキャスティングの良さが真に理解できたのはようやく最終話になってからのことであり、
当初は単に陽気ぶってる陰気な人にしか見えず、
陣というキャラの登場によって作品のイメージが一気に明るくなるとか、
そういう効果はそもそも期待できるはずもない。

そして陣のこの物語の随所で果たすべき役割が悲劇的で陰性のものなので、
どうしても無理にキャラ変更した陽気な性格と齟齬が生じてしまい、
陣はなんとも使いづらいキャラになってしまった。
それでキャラの矛盾が大きくなりすぎないために、
中盤以降は陣の出番自体が極端に減ってしまい、
もともと等身大戦とロボ戦の同時進行設定のために
Jと共に別行動組になることも多かったため、
陣は相棒のJともども、なんとも影の薄い、単なる補助戦闘要員となってしまいました。
こんな体たらくでは陣とJに作品を立て直すことなど出来るわけはなく、
変にウイークポイントは無い代わり、パワーアップもしなかった陣とJは
中盤以降クライマックス前まではほとんど空気でした。

このようにこの「ゴーバスターズ」という作品は、とにかく戦隊メンバーになんとも魅力が無い。
ストーリーは終盤は一応上手くまとめましたが、全体的にはさほど素晴らしいものとも言えず、
キャラの魅力不足を補うにはあまりにもパワー不足のストーリーだったと言わざるを得ません。
アクション面でも等身大アクションはキャラの地味さや
武器の地味さもあってとにかく地味でしたが、
やはり致命的であったのはロボ戦との同時進行が多かったために全員揃って戦うことが少なく、
戦隊アクションとして致命的に地味でした。

一方、ロボ戦のアクションはさすがに重視していたポイントであるだけに
見応えのあるものであったのは正直に認めますが、
戦隊アクションの醍醐味である合体ロボのアクションの良さが削られての上での見応えですから、
戦隊ロボアクションとして満点の出来というわけではない。
なんといってもあまりにエース偏重が過ぎたためにエース以外のロボ玩具が売れず、
エースは単価が安いので結局は玩具売上がかなり悪い結果になってしまったのは問題です。
もともとロボ玩具売上を向上させるための改革であったのに、
その目的が達成出来なかったのは本末転倒といえます。

もちろん玩具が売れなかった原因の1つにはキャラの魅力不足があるわけで、
キャラの魅力不足の原因がこの作品の根本思想から導き出されてしまっているのですから、
つまりはこの作品の目指していた方向性が根本的に破綻していたという
結論で間違いないと思います。

ここまで明らかにダメなのですから、
本来ならば途中で等身大戦とロボ戦の同時進行を止めるなどの根本的な路線変更をして
キャラ設定も大幅に変えるべきであろうし、
そうすれば持ち直した可能性も十分にあるのですが、
「ゴーカイジャー」の後番組ということで「総決算の後の変革」とぶち上げてしまった手前、
容易に路線変更が出来ない状況に自らを追い込んでしまい、
途中で明らかにテコ入れめいた流れになりかけたものの、
結局は根本的な部分は変わらないまま最後まで低調で終わった作品といえます。

後半などは迷走の挙句バトルの基本設定が変わってしまい
敵がエネトロンタンクを襲う必然性が無くなってしまったため
巨大ロボが何の目的で出現するのかさえ不明な状態となってしまい
復活怪人の最後の悪あがきというわけでもなく、エネトロンを奪うためというわけでもなく
単に物言わぬ巨大ロボが目的不明に送り込まれて暴れて倒されるだけという
むしろシリーズで最もロボ戦が無意味、意味不明な作品となってしまいました。
これではこの作品が目指したものと正反対のところに堕ちていったと言っていいでしょう。
これではロボ玩具など売れるはずもない。

ここまでロボ戦が無意味なものとなったのなら、
いっそ等身大戦とロボ戦の同時進行もやめてしまえばよかったのですが
それは何故かこだわり続けたというのは、
作品そのものを救うよりも魅力の欠けたキャラ設定との心中を選んだということのように思えます。

だいたい、こんな作品の根本構造を崩壊させるような路線変更が
「当初からの予定通り」などであるはずがない。
明らかなテコ入れであり、しかもそのテコ入れに失敗している。
それを「当初からの予定通り」であったかのようにして済ますのは不誠実というものでしょう。
間違いを間違いと認めきれない中途半端さが結局テコ入れも中途半端にしてしまい失敗を招いたといえます。

まぁしかし、キャラ設定をはじめとした様々な面白味の無い要素や
矛盾した部分や説明不足でイライラする部分などを出来るだけ見ないようにして
純粋にストーリーだけを観れば、それなりに味わい深い作品ではあります。

まぁ、何はともあれ「獣電戦隊キョウリュウジャー」の第1話は大変面白かったので
気分一新、一視聴者として楽しませてもらいます。
ゴーカイジャーなどの記事の合間にキョウリュウジャーについても触れることもあるかもしれませんが
キョウリュウジャーはホントに普通に楽しめそうなんで
特にブログで何かゴチャゴチャ言うこともないような気はします。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 13:31 | Comment(3) | 特命戦隊ゴーバスターズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
プリキュアの場合
・バッドエンド空間が発生するまで、プリキュアは敵の動向を察知できない
・バッドエンド空間発生とバッドエナジー回収完了がほぼ同時
という、物理的に阻止不可能な状態なのに対し、ゴーバスの場合
・メガゾード出現のタイミングがほぼ正確にわかる上、ある程度の時間的余裕がある
・出現範囲の予測が可能かつ敵の目的地が明確な為、迎撃体勢を取りやすい
という、物理的に十分阻止可能な状態でエネトロンを奪われますしね…
それを『13年も訓練と準備を重ねたプロと組織』がやっちゃってるんですから、余計に弱さやダメさが目立って 、さらに魅力を削ってますよね…
Posted by at 2013年02月18日 01:36
ゴーバスターズは残念ながら、『失敗作』でおわってしまいましたが、挑戦意欲や変革が含まれたことを評価したいです。
個人的にはこういう挑戦的な作品が大好きでしたので、またこういう作品が観てみたいですね。

さて、それはそうと、「獣電戦隊キョウリュウジャー」の第1話を観ましたけど、期待が低かった分、かなり面白く見れました。ゴーバスターズのシリアスからかなりギャップがある為、少々不安がありましたが、面白く見れました。正直、『王道』に戻ってちょっと残念になるかなと思いましたが、予想以上に出来がよかったと思います。工夫力が強かったです。今後、期待してます。
Posted by ひろし at 2013年02月18日 05:34
王道に戻ったといっても
このところ割と変化球の戦隊が続いていたので
ゴーオン以来の王道戦隊ですから5年ぶりですかね
Posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 2013年02月18日 06:59
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