2013年02月27日

ヒロイン画像その1

0001.jpg戦前の日本におけるヒーロードラマといえば「チャンバラ時代劇」の映画でした。ここにおいても、もちろんヒロイン的なキャラというものは存在していましたが、それは戦う存在ではありませんでした。むしろ女性は戦いに巻き込まないというのが一種の美学であったといえます。それは確かに美徳ではあると思いますが、おかげで戦前のチャンバラ時代劇では女性キャラは明らかに脇役で、その印象は薄かったといえます。あとは戦時中には国民を鼓舞するために戦争映画なども作られて、ここで円谷英二が政府の支援も得て世界最高水準の特撮技術を蓄積していったのですが、リアルな戦争映画ですから、当然ここでも戦うヒロインなどというものは存在しませんでした。
さて敗戦となり、アメリカ軍が日本を占領統治するようになると、チャンバラ時代劇は禁止となってしまいました。チャンバラ時代劇には敵討ちを題材としたものが多く、膨大な数の日本人を殺しまくってきたアメリカ軍にとっては都合の悪いものだったようです。また、とにかくアメリカと戦っていた従来の日本政府をはじめとした統治機構は全て悪であるかのように宣伝されたので、まず日本軍は悪者として否定され、警察なども悪者扱いされました。円谷英二などもこの頃は公職追放されたりして冷遇されていました。つまり軍人も警察官もヒーローではなく、チャンバラ時代劇のヒーロー達も否定されたヒーロー不在の時代です。
そうなると困ってしまったのは日本の映画会社や映画俳優の皆さんです。何とか仕事にありつくためにアメリカ軍に取り締まられないようなタイプの新しいヒーロー像を模索しました。その結果、「私立探偵」という新しいヒーロー像が出来上がったのです。

探偵ヒーローそのものは戦前から大衆小説の中に探偵小説というジャンルが存在し、そこで活躍する私立探偵というキャラはいました。特に少年向け小説で少年探偵団シリーズが大人気となっていました。しかし映画界はチャンバラ時代劇全盛でしたから、わざわざ探偵を主人公にした映画などあまり作られてはいませんでした。しかし敗戦後、チャンバラ時代劇が禁止となった後、この私立探偵を主人公として事件を颯爽と解決して悪者を懲らしめるヒーロー映画を作り、そこにチャンバラ時代劇に出ていたスター役者らを出演させることが多くなりました。
私立探偵なら敵討ちとも無関係であり、政府の手先でもありませんし、欧米にも類似ジャンルはありましたから、アメリカ軍の理解も得やすかったのでした。これが大人気となり、その後、占領が終了して時代劇が解禁になった後でも「探偵ヒーロー」というヒーロー像は1つの現代的ヒーロー像の典型として生き残ることとなったのです。
しかし、この探偵ヒーロードラマの場合、もともと少年向けの小説シリーズで完成されていたジャンルを流用したものだったので、女性のレギュラーキャラというものがあまりいませんでした。だが、もともと探偵ヒーローものの映画は映画俳優の救済策として作られたものですから、女優の方々にも主要な役を宛がわねばなりません。そこで少年向け小説においては少年キャラが担当していた私立探偵ヒーローの助手キャラを女性キャラに変えて、その役を女優に宛がったのでした。こうして探偵ヒーローの助手キャラとしてのヒロイン像が生まれたのでした。

0002.jpgこの探偵ヒーローというジャンルの特徴は、特に事件解決の義務や因縁を強く持たないヒーローがいきなりボランティア的に事件解決に乗り出して解決してしまうという便利な代物で、ヒーローが戦いに至るまでのストーリーを細かく作り込まなくて済むので、その後テレビ時代になって1963年の「鉄腕アトム」を皮切りにアニメや実写で数多く作られるようになった初期の1960年代半ばの子供向けSFヒーロードラマは大抵はこの探偵ヒーローのフォーマットをベースとしていました。
また公職追放が解けて復帰した円谷英二が1954年に大ヒットさせた「ゴジラ」に始まる怪獣映画シリーズでも、怪獣事件に巻き込まれる物語の進行役の主人公はこの探偵ヒーロータイプの民間人ボランティア主人公でした。

これらの作品に出てくるヒロインは、探偵型ヒーローの助手的なキャラが多かったわけです。確かにチャンバラ時代劇の頃に比べるとヒーローの戦いの場面にも参加する局面も増えて目立つようにはなっていましたが、それでももともとは少年助手キャラの発展型であるので、あくまで戦闘要員ではなく、活躍するようなキャラではなく、むしろドジやおっちょこちょいの三枚目的ポジションでヒーローの引き立て役として機能するキャラでした。つまり可愛いけど戦力外であり、お荷物的存在ですらあり、あまりヒーローから頼りにされるようなキャラではありませんでした。また、助手キャラ以外のヒロインというと、だいたいは事件に巻き込まれる被害者キャラであり、これもヒーローに守られる立場であり、ヒーローの頼りになる存在ではありませんでした。
つまりはこの頃のヒーロードラマのヒロインは可愛さと愛嬌だけが取り柄の「番組の華」的な位置づけでしかなかったといえます。まぁそもそも探偵ヒーローの「戦い」自体がかなり他愛ない代物だったので、助手の女の子も可愛さと愛嬌だけのドジっ子であっても差し支えは無かったといえます。

0003.jpgこうした「戦う美少女変身ヒロイン」というものがまだ成立し得ない時代状況の中で、その元祖といえるキャラクターを生み出したのは手塚治虫という天才でした。そのキャラクターが「リボンの騎士」の主人公、サファイア王女です。
「素顔を隠して人々のために悪と戦う正義のヒーロー」という設定そのものは1920年代に海外では「怪傑ゾロ」、日本では「鞍馬天狗」という娯楽小説が人気を博して以降、ヒーローものの1つの定番となっていました。一方、少女マンガというジャンルが生まれたのは戦後になってからであり、その黎明期には少女マンガ専門の漫画家というものはおらず、既に少年向けの漫画を描いていた漫画家たちが少女マンガも描いていました。
その漫画家たちはさしあたり女の子が喜びそうな他愛ないマンガを描いてお茶を濁していたのですが、少年マンガの草分け的存在であった手塚も少女マンガを描くことになり、手塚は少女マンガでも本格的なストーリー漫画を描こうとしました。そこで手塚は自分の得意な「ヒーローを主人公にした漫画」を少女マンガを舞台に移し替えて執筆しようと考えましたが、そうなると女の子がヒーローとして悪と戦うということになり、当時においてはそれは斬新すぎる発想でした。
だが手塚は宝塚歌劇の男役の舞台からヒントを得て「男の心を持ち素顔を隠した男装の麗人」ならば少女マンガでもヒーロー漫画は成立可能だと発想し、天使の手違いで女の心と男の心の両方の心を持って生まれた王女サファイアが男装してマスクで顔を隠してリボンの騎士と名乗り、人々を苦しめる悪を懲らしめるべく戦うという「リボンの騎士」という物語を作ったのでした。
この日本最古のストーリー少女マンガである「リボンの騎士」が連載開始したのが1953年であり、当時はまだ仮面ライダーもウルトラマンも生まれておらず、ゴジラの登場すらこの翌年であったことを考えると、日本最初の戦闘美少女ヒロイン(変装を一種の変身と考えれば変身ヒロインの元祖でもある)をこの時期に生み出した手塚治虫はやはり天才といえます。
天才なればこそ「リボンの騎士」を生み出すことが出来たといえますが、これは手塚が少女マンガを描くことになり、そこで自分の得意のヒーロー漫画をやりたいとワガママなことを考えた結果の産物でもあったといえます。そして天才的発想の産物ゆえというべきか、この「リボンの騎士」に類似する作品はこの後長らく生まれることは無く、あるいは現在に至るまで、この1作品で1ジャンルを構成している状態といえるかもしれません。

0004.jpgこの「リボンの騎士」に類似した設定の物語といえば、1972年に池田理代子によって生み出された、同じく男装の麗人を主人公とした名作「ベルサイユのばら」がありますが、こちらはむしろ「リボンの騎士」に似た設定を使って本格的な少女漫画を描こうとした作品であって、主人公オスカルはあくまで1人の悩める女性として描かれており、サファイアのようにヒーローとして造形されてはいない。
つまり「リボンの騎士」のサファイアが男装の麗人であるのはヒーローとして戦わせるためであったのに対して、「ベルサイユのばら」のオスカルが男装の麗人であるのは、彼女の揺れる心情を描写するためであったといえます。同じ「男装の麗人」という設定でも作家の意図した目的は全く違うので、「ベルサイユのばら」は「リボンの騎士」とは別ジャンルといえます。
むしろ、この「ベルサイユのばら」と酷似したフランス革命期を舞台としながら「リボンの騎士」的な素顔を隠して変装した美少女ヒロインの活劇を痛快に描いた1975年の「ラ・セーヌの星」の方が「リボンの騎士」の流れを汲む正統作品といえるでしょう。ちなみにこの「ラ・セーヌの星」は後に1979年に「機動戦士ガンダム」を作ることになる富野由悠季の初監督作品です。
ただ「ラ・セーヌの星」が「リボンの騎士」と決定的に違う点は、「リボンの騎士」のサファイアが戦うのはあくまで彼女の中に男の心が存在するゆえであるのに対して、「ラ・セーヌの星」の主人公のシモーヌはあくまで1人の義に燃える少女として戦っていたという点です。この大きな違いゆえに、「ラ・セーヌの星」は「リボンの騎士」とは別ジャンルといえるでしょう。

この違いは両作品の間に20年以上もの隔たりがあるゆえのもので、「リボンの騎士」の作られた1950年代にはまだ正義を守るために戦うヒーローは男だけの役割というのが常識の時代であったのです。それゆえ、美少女を戦わせるために手塚は「天使の手違いで男の心を持って生まれてしまった」という特殊設定を用意して、サファイアを男装させて戦わせなければならなかった。この特異な設定の名作は時代の制約ゆえに生まれたともいえます。逆に考えれば女戦士が戦うのが当たり前に受け入れられる現在においてはこのタイプの作品はもう生まれることはないでしょう。「リボンの騎士」は早すぎた作品であって、この作品自体は手塚の天才的ストーリー構成力によって人気作となりましたが、これに追随する作品を同時代に生み出すことは無かったのでした。
ただ、男の心を持った男装の麗人といえどもサファイアはれっきとした女であり、サファイアは劇中で二重人格として描写されているわけではないので、サファイアの中の男の心もまたサファイアという1人の女性の持つ心の一部に過ぎない。つまりは女らしさと共に男勝りな気質も備えた1人の女性であり、現在においてはこんなものはごく普通の女性です。だから実はサファイアとシモーヌの間にそれほど決定的な差があるわけではない。ただ1953年のサファイアにおいてはそうした女性像をあまり大っぴらに肯定的に描写することが難しかったので「手違いで男の心を持ってしまった」というエクスキューズを用意する必要があったのです。
0005.jpgそれが1975年のシモーヌにおいては、彼女は普通に少女なりの心で正義のために戦うことを決意し、男装するわけではなく一目で女と分かる格好で戦いに身を投じました。これはつまり1975年になると女性が正義のために戦うヒーローとなることがさほど奇異に感じられない状況となっていたことを意味します。それゆえシモーヌにおいては男装することなく戦うというストレートな設定とすることが出来たのであり、実質的にはサファイアもシモーヌも自分の中にある戦う勇気に突き動かされたのだという点では同じなのです。
ただその勇気をサファイアの造形された1953年には「男の心」と表現しなければいけなかったのですが、サファイアという女性の心の中にある勇気なのですから、それは実際は女性の持つ勇気です。それがシモーヌの造形された1975年にはストレートに女性の勇気として表現されるようになった。その背景には「リボンの騎士」の1953年から「ラ・セーヌの星」の1975年までの間に時代も変わっていき、それに合わせて幾つもの戦うヒロイン像が変遷して積み重なっていき、それによって作品の受け取り手の方も次第に女性が戦うことに抵抗が無くなっていったということがあります。

だが、それはサファイア(男装の麗人)というマニアックな設定のヒロインがシモーヌ(普通の美少女)という普遍的ヒロインに姿を変えて受け入れられる下地を作ったということに過ぎない。サファイアから幾つかのヒロイン像が発展していってそこからシモーヌというヒロインが生み出されたという経過ではないのです。
サファイアという孤高のヒロイン像はその後に生まれたヒロイン像とは関わりは無く、ずっと孤高の存在であり続け、時代背景が熟成するのを22年間待ってそこから派生してシモーヌというヒロインを生み出したのです。シモーヌもまた他の先行するヒロインの影響は受けずにサファイアの系譜から突如生み出されたのであり、つまりは1953年から1975年の期間において登場した数多くの戦うヒロイン像の中でサファイアとシモーヌという2人のヒロインだけに共通した特徴があり、それはサファイアで生み出されてシモーヌにおいて普遍性を獲得し、その後、美少女ヒロインや戦隊ヒロインのスタンダードスタイルを作り出すことになったのです。
そういう意味でこのサファイアとシモーヌという2人のヒロインは戦うヒロイン像の歴史の中で最重要なキャラクターなのだといえます。現在の美少女ヒロインや戦隊ヒロインのような「戦うヒロイン」の元祖はサファイアであり、直接の祖にあたるのはシモーヌなのであり、サファイアからシモーヌの間に生まれた数々のヒロイン像というのは極論すればサファイアからシモーヌが生まれる時代状況を作るための存在だったといえます。
そのシモーヌというヒロインが生まれた1975年というのは、まさにスーパー戦隊シリーズの第1作「秘密戦隊ゴレンジャー」が生まれた年であり、戦隊ヒロインが生まれた年でもあります。サファイアとシモーヌという2人のヒロインが具体的にどういう特徴を持っているのか考える前に、まずはこの1975年に至るまでの戦うヒロイン像の変遷を追ってみたいと思います。



1953年に手塚治虫によって戦うヒロインの元祖といえる「リボンの騎士」のサファイアというヒロイン像が生み出されたものの、これはあまりに時代に先んじすぎた天才の産物であったため、男装の麗人ヒロインという幾分歪な形で孤立したヒロイン像となり、類似のヒロインを生み出すことはありませんでした。
一方で世間で一般的なヒーロードラマにおけるヒロイン像というのは、探偵ヒーローの助手的ヒロインであり、それは三枚目的な役回りであり、戦力としてあまり役に立たない、時には被害者役を割り振られるという、およそ「戦うヒロイン」には遠い存在でありました。

0006.jpegこうした状況で鮮烈に登場したのが1963年に第一作が日本で公開された映画シリーズ「007シリーズ」であり、これが大人気を博したことによって、日本でもスパイヒーローという新たなヒーロー像が確立されると共に、その主人公スパイヒーローであるボンドと対等な立場で振る舞うクールビューティーでセクシーなボンドガールという新たなヒロイン像も提示されることとなったのです。
もちろんボンドガールも基本的には作品の華的な存在であり、ボンドの助手的役割を果たす引き立て役なのですが、ストーリー展開のせいで成り行きで助手的役割を果たすようになるだけのことであり、もともとは彼女自身は自立した役割を持ったキャラであり、別にボンドに対して引け目を感じるようなキャラではなく、立ち位置としてはあくまでボンドと対等であるというのが新鮮であったのです。










0007.jpg1964年には007人気に影響されて、日本でもスパイアクションの集団ヒーロードラマという、かなり先駆的な作品「忍者部隊月光」が作られていますが、これが戦隊ドラマのような集団ヒーローTVドラマの始祖でしょう。
忍者の集団ヒーロー作品というのは、もともとは山田風太郎の大衆小説「忍法帖シリーズ」(1958年〜)があり、その世界観を子供向けに漫画作品に昇華させた横山光輝の「伊賀の影丸」(1961年〜)が続き、そこに1960年代にブームとなった戦記ものの要素を合わせた1963年連載開始の「少年忍者部隊月光」という、太平洋戦争中の日本軍所属の忍者部隊を描いた漫画があり、これをTVドラマ化するにあたって、007のスパイヒーロー人気を受けて舞台を現代に置き換えて大人の忍者スパイ部隊という設定としたのが「忍者部隊月光」です。アメリカにおけるスパイチームアクションドラマの名作「スパイ大作戦」が制作されたのが1966年ですから、1964年開始の「忍者部隊月光」はかなり先駆的作品といえるでしょう。

0008.jpgしかも、この「忍者部隊月光」には三日月と銀月という2人の戦うヒロインまで登場しています。これは助手や被害者キャラではなく、れっきとした忍者部隊の一員であり、ちゃんと刀や銃を使って戦います。しっかり戦力にもなっています。なお、最初は三日月がチーム内の紅一点であったのですが、途中で退場して銀月が加入するので、ダブルヒロインというわけではありません。
ただ、三日月にしても銀月にしても、そのキャラ造形は忍者漫画における女忍者キャラがベースとなっており、この「忍者部隊月光」という作品があくまで子供向け痛快活劇であることもあって、ボンドガールのようにヒロインとしてしっかりとキャラが立っていたわけではありません。三日月や銀月は確かに戦力としては機能していましたが、あくまで隊長であり主人公である月光に従順な部下の1人に過ぎないキャラだったといえます。また変身するわけではないので変身ヒロインの祖というわけでもありません。
0009.jpgしかし、この「忍者部隊月光」という作品は大人気作となり3年弱も放送され、これが後に1972年に「科学忍者隊ガッチャマン」という作品を作るヒントとなり、その「ガッチャマン」が「ゴレンジャー」の元ネタの1つになるわけですから、「忍者部隊月光」は戦隊シリーズの源流の1つであり、三日月や銀月も戦隊ヒロインの源流であるといえます。










0010.jpg一方、ボンドガールのような主人公ヒーローと対等に振る舞う大人の美女ヒロインの日本における源流は、1966年の「ウルトラQ」における江戸川由利子でしょう。これはもともと「ウルトラQ」という作品が特撮界の第一人者であった円谷英二が1961年から日本でも放映されていたアメリカの人気TV特撮ミステリードラマ「トワイライトゾーン」の影響を受け、その日本版で怪獣を登場させたTVミステリードラマを作って海外に売ろうとした企画だからです。海外販売を前提としているので登場人物のキャラ造形が日本的価値観をあえて外してあり、海外向けを意識した何やら無国籍テイストなものになっているのです。
ボンドガールのような主人公と対等なヒロインが主流の海外市場向けにウケるように、この作品のヒロインである由利子も主人公である万城目淳のガールフレンドで、淳がパイロットで由利子がカメラマンというように互いに自立した対等な社会人であり、淳には一平という男の助手がちゃんと存在し、由利子は明らかに一平よりは格上の存在として描かれています。由利子の顔を見ても分かるように、いかにも外国人に受けそうな目鼻立ちのスッキリした美女です。
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0059.jpgさて「ゴジラ」のような映画とは違い、「ウルトラQ」は連続ドラマですから、このトリオが毎回、怪獣絡みの事件に巻き込まれていくのですが、民間人の3人組が毎回毎回都合よく怪獣事件に出くわすというのが不自然という指摘を受けて、シリーズ第2作となった「ウルトラマン」では、科学特捜隊という怪獣事件を専門に扱うサンダーバード隊のような特別組織を設定し、そこの隊員たちを淳や由利子たちの代わりをさせることにし、主人公ヒーローである遠い宇宙の彼方の光の国からやって来た怪獣退治の専門家の巨大宇宙人ウルトラマンはその科学特捜隊の若手隊員と同化しているという設定としたのでした。


0012.jpgそこにおいて、「ウルトラQ」で江戸川由利子を演じた桜井浩子がそのままスライド登板して「ウルトラマン」では科学特捜隊の隊員の紅一点であるフジ・アキコ隊員を演じ、作品のヒロインとなっているのです。このフジ隊員、「藤明子」というように漢字表記していないあたりも無国籍感が強く感じられ、やはり海外展開を視野に入れていることが窺えます。
よって、やはり前作同様、ヒロインのフジ隊員はボンドガールのように、主人公でありウルトラマンに変身するヒーローであるハヤタ・シン隊員と全く対等な存在として劇中で振る舞う妖艶な大人の美女戦士になります。まぁフジ隊員はハヤタ隊員がウルトラマンであることは知らないわけですが、それにしても、「ウルトラマン」が大ヒットしたことも併せて、このフジ隊員のような新しいタイプのヒロインは鮮烈な印象を与えたのでした。









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0014.jpgそして続くシリーズ第3作「ウルトラセブン」が1967年に作られ、そこにおけるウルトラ警備隊の友里アンヌ隊員のキャラが人気となり、「主人公ヒーローの変身前の人間態が所属する怪獣対策チームの対等な同僚である大人の女性の魅力をもったプロフェッショナル戦士」というウルトラヒロインの定義が確立されることとなったのでした。
そしてこのウルトラヒロインのもう1つの特筆すべき魅力は、その隊員服が体にフィットしたものであり、女性の身体の線がよく見えるボディ・コンシャスなコスチュームヒロインというジャンルを日本において確立したことでした。
フジ隊員の段階ではその度合いはまだ抑え目でしたが、アンヌ隊員に至って、その見事なプロポーションとの相乗効果もあって、「ウルトラヒロイン=ボディコンシャスなコスチュームヒロイン」という概念が完成したといえます。

このウルトラヒロインの場合、怪獣対策チームという特殊設定にボンドガール的なヒーローとヒロインの関係を当てはめたというようなものであります。だが実際のところ、怪獣を倒すヒーローはウルトラマンやウルトラセブンのような巨大な正義の宇宙人戦士であり、科学特捜隊やウルトラ警備隊という怪獣対策チームは色々とあくせくと走り回りますが怪獣を倒す役目を担うことはほとんど出来ません。だからウルトラシ0015.jpgリーズというヒーロードラマの中ではその隊員たちはプロ戦士ではあるが脇役に過ぎない。ただ1人、ウルトラマンであるという正体を隠している主人公隊員だけがこの物語の中で役に立っている戦士だといえます。
それゆえ、隊員内の紅一点であるウルトラヒロインは主人公と実際は対等な立場のヒロインではないのだが、彼女は主人公が実はウルトラマンであることを知らないので、2人の関係はあくまで対等なものとなります。ヒロインも含む劇中の一般的視点から見れば、主人公もヒロインも怪獣の襲来に対して必死で対策を立てて戦う戦士チームの仲間なのであり、対等な立場の戦友であり、その関係はボンドとボンドガールの関係に似たようなものです。
怪獣にトドメを刺すのは何処からともなく現れる光の巨人ウルトラマンなのですが、まさかその正体が自分の親愛なる同僚であるとは知らないヒロインは、主人公であるその同僚をあくまで対等な戦友として信愛の情をもって接することになる。そう0016.jpgいう意味では確かにウルトラヒロインはボンドガール的なヒロインなのですが、主人公は自分とヒロインの関係が実際は決して対等なものではないことを知っているし、そのことは視聴者も知ってしまっています。だからウルトラヒロインは完全な意味でのボンドガール的なヒロインではない。
















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0018.jpgその一方でスパイアクション映画のヒロインであるボンドガールにより近い和製ヒロインというものも別で生まれます。それは1967年に日本でも放映されるようになったアメリカのTVドラマ「スパイ大作戦」の影響を受けて、和製スパイチームアクションドラマとして1968年に制作され放送開始された「キイハンター」における津川啓子です。
演じていたのは若き日の野際陽子であり、スパイチームであるキイハンター内で他の男性メンバーと対等に振る舞い、プロの戦士として十分な戦力となっており、しかも色気があり勝気で優しくスタイリッシュ、クールで頭脳明晰でコミカルな面もある、主役級の存在感のあるクールビューティー系の良キャラヒロインです。もちろん同僚の主人公格の仲間が実はウルトラマンであったりするわけもないので、啓子はウルトラヒロインとは違って完全にヒーローと対等な立場のボンドガール的なヒロインです。

この津川啓子のキャラは後続のスパイチームアクションドラマや刑事チームア0019.jpgクションドラマなどにおける戦うヒロインキャラの祖形となるだけでなく、1969年には「プレイガール」のような女だけのスパイアクションチームの活躍とお色気を描いたドラマまで作る元となったのでした。












0020.jpgそして、「007シリーズ」のブームから始まるスパイヒーロードラマ内のクールな戦士ヒロイン像というのはヒーロー漫画やヒーローアニメの世界におけるヒロイン像にも影響を与え、後に「仮面ライダー」と「ゴレンジャー」を生み出す石ノ森章太郎がそれらの作品の原型的作品としてその漫画家生活の初期からライフワークとしていた作品「サイボーグ009」(連載開始は1964年で「007シリーズ」日本初公開の翌年)におけるヒロインであるフランソワーズ・アルヌール(003)もまた、ボンドガール的なヒロイン像となっています。
ただ石ノ森作品の場合は特有の人外ヒーローと対になった慈母的ヒロイン像があり、フランソワーズはボンドガール的要素と慈母的要素が混在したキャラとなっています。確かにフランソワーズはサイボーグチームの中では驚異的な聴力で索敵を行うという独自の専門分野を担うチーム内で欠かすことの出来ないプロ戦士ではありますが、一方でチーム内では最も生身の部分が多く戦闘力は生身の人間と大して変わらない、チーム内で最も弱体な存在でもあります。
ただ、それはフランソワーズをお荷物として描くためではなく、生身の部分をほとんど失った人外的なキャラである主人公009こと島村ジョーと対になる、彼の苦悩を受け止める慈母的役割を担わせるための措置といえます。この「人外ヒーローを受け入れる慈母でありながら力は劣るが共にチームの一員として戦う」というフランソワーズのヒロイン像は、後にライダーヒロインという新しいヒロイン像を生み出すことになります。

0021.jpgこのウルトラヒロインやスパイアクションヒロインの誕生した時期に他に記憶に残るヒロインといえば、まずは「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」の間の時期、1967年春から秋にかけて繋ぎ的に東映が制作放映した日本初のスペースオペラTVドラマである「キャプテンウルトラ」に登場するアカネ隊員がいます。
「ウルトラマン」の制作が大赤字になってしまってしばらく番組を作れなくなってしまった円谷プロが空けた穴を埋めるために東映が急遽依頼されて「ウルトラマン」の後番組として作ったのが「キャプテンウルトラ」なのですが、ここに登場する宇宙警察パトロール隊に所属する優秀な宇宙物理学者であり宇宙船のパイロットでもあるアカネ隊員も、プロの戦士チームの有能な一員ということでウルトラヒロインに近い存在です。
しかしこの作品の場合はウルトラマンのような超越的なヒーローが登場しないので、むしろ宇宙を舞台にしたスパイアクションヒロインと言うべきかもしれません。特技が変装というのも妙にスパイっぽく、容姿もしっかり者で優秀なクールビューティーという感じです。






0022.jpgこの「キャプテンウルトラ」の同枠での後番組が再び円谷プロ制作に戻っての「ウルトラセブン」だったわけですが、東映は独自に「ウルトラマン」のような巨大特撮をやりたいと考えて、この後1967年秋から別枠で「ジャイアントロボ」を制作放映し、ここでも一応ヒロインといえるキャラが登場します。
主役ロボであるジャイアントロボの唯一の操縦者となった草間大作少年は国際秘密警察機構ユニコーン機関に属することになったのですが、そのユニコーン機関の女性隊員の西野美津子がそれです。通信技師だが航空機を操縦して戦場に赴くこともあるという設定は、ジャイアントロボをウルトラマン、ユニコーン機関を科学特捜隊に置き換えればフジ隊員と酷似した立ち位置であり、ウルトラヒロインを模倣して作られたキャラであることが分かります。
ただ、フジ隊員やアンヌ隊員がウルトラマンの正体を知らないのとは違い、西野隊員はジャイアントロボや大作少年の秘密は全て知った上でその戦いを支援しているので、よりヒーローと距離が近いといえます。だがヒーローがロボと少年であり若い女性である西野隊員と接点がイマイチ無いので別に大して深い交流が描かれることもなく、深い関係を想像させる余地も無く、ただ単なるチームの一員という扱いに終わり、出番も番組後半になると少なくなりました。

0023.jpgそして、この時期に忘れてはならないヒーロー番組であるのが「仮面の忍者赤影」で、円谷プロ制作の「ウルトラマン」の登場の衝撃を受けて東映が怪獣特撮TVドラマをやりたいという動機で得意の時代劇に怪獣を登場させるという破天荒な発想で1967年に作り上げた「特撮時代劇」の第一弾です。
この「赤影」には当初はレギュラーヒロインキャラといえるようなものは存在していませんでしたが、最終章となる第4部になると陽炎というヒロインが登場します。陽炎は青影の姉で、赤影たちの属する影一族の頭領の姪であり、第4部になると赤影・青影・白影の一行に加わります。
陽炎自身が忍者ということになるのですが、陽炎は盲目なので戦力になるわけではない。しかし目が見えない代わりに遠方の物音を感知することが出来る特殊能力を持っており、決して足手まといではない。しかも第4部のキーアイテムである黄金の仮面の秘密を唯一知っている者であり、黄金の仮面の所有者ですから重要キャラです。
能力的には「009」のフランソワーズと似ており、戦闘力ではあまり期待できないという点もフランソワーズに似ています。案外フランソワーズをヒントにして考案されたヒロインなのかもしれません。赤影一行も忍者だけに一種のスパイチームと解釈すれば、この陽炎もまた「特殊能力でチームに貢献するヒロイン」という意味で一種のスパイアクションチームヒロインといえるでしょう。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 20:41 | Comment(0) | ヒロイン画像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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