2013年03月01日

ヒロイン画像その3

このように「好き!すき!!魔女先生」に出てくる月ひかる先生=アンドロ仮面は「ミニスカートの戦闘ヒロイン」の元祖としては大変重要な存在です。本来は無関係であるはずの「戦闘」と「ミニスカート(太もも露出)」を不可分の関係としたその伝統が沙織や松原真理などを経てスーパー戦隊ヒロインやメタルヒーローヒロインに引き継がれ、そしてポワトリンのような美少女ヒロインを経てセーラームーンやプリキュアにまで引き継がれていると考えれば、その元祖たるアンドロ仮面の意義は計り知れません。
だが、ミニスカート以外の要素、例えば一番肝心の「変身ヒロイン」という要素に関しては、月ひかるから直接その後の変身ヒロインへ影響を与えた要素は少ないと思います。例えば「好き!すき!!魔女先生」が終了した1972年春に始まった「ウルトラマンA」ではウルトラシリーズ初の変身ヒロインが登場していますが、これは月ひかるの影響を受けて生まれたヒロインというわけではないでしょう。

0060.jpgウルトラシリーズは1967年の「ウルトラセブン」で一旦終了していたのですが、その後の青春ドラマブームの影響を受けて、1971年に人間ドラマ重視路線で復活していました。この1971年から1975年にかけての第二期ウルトラシリーズではウルトラマンに変身する主人公の人間ドラマ、青春ドラマに焦点を当てた作劇になっており、主人公はそれぞれの所属する怪獣対策チームのメンバーよりも日常生活で一般人と触れ合う描写が重視されており、ヒロインも一般人であることが多いです。
ウルトラマンに変身する主人公には一般人の恋人がいる場合が多く、その恋人が当然ヒロインとなります。そうなるとそのヒロインは自然と、戦うヒロインからはほど遠い純粋被害者タイプのヒロインとなり、しかも主人公はその恋人にも自分の正体を隠しているので、ヒロインはあまりキャラが立たず、影は薄くなります。それに主人公の私生活を描く方針といっても、やはり主人公はウルトラマンとして戦ったり怪獣対策チームの業務などもあったりするので恋人とのドラマに割く時間はどうしても少なくなりがちで、恋人はほったらかし状態が多く、ますますヒロインの影は薄くなります。
一方で第一期ウルトラシリーズのフジ隊員やアンヌ隊員のような怪獣対策チームにおける主人公の同僚ヒロインも第二期ウルトラシリーズの各作品にも存在するのですが、何せ主人公には公認の恋人が他所にいるわけですから、フジ隊員とハヤタ、アンヌ隊員とダンの間のようなボンドガール的な大人の男と女の関係を想像させるような余地は無く、純粋に単なる職場の同僚というだけの関係になってしまっています。そういうわけで第二期ウルトラシリーズは主人公の人間ドラマがよく描かれている割には、あまり目立ったヒロインはいません。

0061.jpg1971年度の「帰ってきたウルトラマン」においては坂田アキという主人公郷秀樹の恋人ヒロインが登場しますが、さんざん怪獣の被害に巻き込まれた末、終盤になって遂に宇宙人によって殺されて退場してしまいました。まぁこれは確かに主人公の郷の人間ドラマとしては大きな意味がある展開であったのですが、アキというヒロインは結局何だか幸の薄い弱いヒロインという印象で終わってしまいました。








0062.jpg一方でMATにおける郷の同僚ヒロインとしては丘ユリ子が登場しますが、これは只の主人公の同僚という以上の存在ではありませんでした。いや、第一期のヒロインの中でも「ウルトラマン」のフジ隊員などは実際はハヤタの同僚でしかないのですが、それでも何故かボンドガール的な色気のある設定を感じさせ、その一方でこの「帰ってきたウルトラマン」の丘隊員は同僚的なムードしか感じさせない。この差は何処から来るのかというと、やはり主人公に他所に恋人がいるという設定であるかないかの差が大きい。
それに顔を見比べれば分かる。顔立ち的に作品のヒロインとしての華があるのは明らかにフジ隊員の方であり、丘隊員も美人であるのは間違いないのだが、あくまで妖艶さの無い健康的な職場の華的な存在であることは何となく顔立ちから伝わってくる。こういう顔立ちの女性はボンドガール的なヒーローとの際どい関係を連想させることはないのです。








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0064.jpgまた1973年度の作品「ウルトラマンタロウ」においても主人公の東光太郎の下宿先の娘の白鳥さおりが光太郎に恋心を抱いており、さおりの場合はあくまで光太郎に片思いしているだけであり、光太郎はさおりの気持ちに気付いていないので恋人関係ではないのですが、さおりは作品におけるメインヒロインの役割を果たしています。さおりはアキのように途中で死ぬようなことはなく最後まで登場しましたが、結局は被害者型ヒロインであり、光太郎の正体にも気付くこともなく終わり、やはり影は薄かったといえます。





0065.jpg一方でZATにおける光太郎の同僚ヒロインとして森山いずみも登場し、森山隊員もどうやら光太郎に好意を持っているようなのですが、それはあくまで恋心と呼ぶには淡いものであり、大した進展も描かれてはいません。結局は森山隊員も丘隊員の場合同様、単なる職場の華的な同僚ヒロインに過ぎなかったと言っていいでしょう。
















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0068.jpgそして1974年度の作品「ウルトラマンレオ」においても主人公おおとりゲンの恋人として山口百子という一般人ヒロインが登場しており、彼女が作品のメインヒロインの役割を果たしています。この百子もだいたい「帰ってきたウルトラマン」のアキと同じような存在で、基本的に被害者型ヒロインであり、やはり終盤になって円盤生物の攻撃による被災に巻き込まれて死亡して退場してしまいました。










0069.jpg一方で「レオ」においても主人公ゲンのMACにおける同僚ヒロインとして桃井晴子、白川純子、松木晴子の3人が登場しますが、彼女たちもゲンの単なる同僚以上の存在ではなく、桃井隊員は戦闘にも参加する隊員でしたが出番は序盤のみで異動という名目で退場し、白川隊員は終盤のMAC全滅までは最初から最後まで登場しますが基地で通信担当専属に近い扱いであって地上に降りての戦闘参加はほとんど無く、結構登場しないエピソードも多い。むしろ中盤から登場した松木隊員の方が中盤以降は毎回登場し、戦闘にも参加するのでメインヒロインに近い扱いでした。
だが、いずれにしても3人とも同僚、職場の華的ヒロインの域は出ず、結局は白川隊員と松木隊員も百子が死亡した時と同0070.jpgじ終盤の円盤生物の攻撃を受けてMACがゲンを除いて全滅した際に殉職して途中退場してしまいました。










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0072.jpgこのように第二期ウルトラヒロインは主人公の恋人や職場の華であるという設定に説得力のあるハイクオリティな美人が多い割には、どうも影の薄いヒロインが多いのですが、ただ唯一、鮮烈な印象を残しているのが1972年度作品の「ウルトラマンA」における南夕子です。
これは「主人公のウルトラマンとしての正体を知らない」というウルトラヒロインの最大の弱点を克服しようとしたヒロインで、そのためにヒロインである夕子自身もウルトラマンに変身するという凄い設定としたのでした。ただそこで主人公とは別に女性ウルトラマンを出すのではなく、主人公の北斗星司と南夕子が合体変身してウルトラマンAになるという設定としたのが異色です。
ただ合体変身自体は当時「バロム1」という例もあり、近年では「仮面ライダーW」という顕著な成功例もあり、主人公チームの絆を描写するのに格好の設定ではあります。考えようによっては「ゲッターロボ」だって一種の合体変身ですし、その系譜を引く合体ロボットアニメシリーズ、そしてそれを模倣したスーパー戦隊シリーズの合体ロボだって、絆を強調する合体変身のバリエーションだといえます。
つまり「A」の制作サイドも、主人公とヒロインの絆を強調しようとして合体変身という設定を導入したのでしょう。同じ怪獣対策チームの同僚でもあり、一緒に変身するぐらいですから当然、夕子は星司0073.jpgのヒーローとしての全てを理解し受け入れており、ライダーヒロインやスーパーロボットアニメヒロイン並の強い絆で夕子と星司は結ばれています。実際、星司と夕子は恋人同士という設定です。
第二期ウルトラシリーズの主人公は恋人がいるパターンが多いのですが、その相手はもっぱら一般人でした。だが星司だけは勤務する怪獣対策チームのTACの同僚である南夕子を恋人にしており、しかも夕子と合体変身してウルトラマンAに変身するのです。この絆の固さは他のウルトラヒロインに比べて群を抜いています。そう考えれば、南夕子こそ、ウルトラシリーズを代表するヒロインとなるはずだったといえます。
しかし、男女合体変身は男児が真似して遊ぶことが難しく、子供に不評でした。また実質、主人公が2人いるような状態となり、そのうち1人は女であるということで、男児向け番組としては魅力が低下してしまったので、結局は南夕子は途中で「実は月星人であったので月に帰る」という突拍子も無い展開で降板して、後半は北斗が1人で変身することになり、「A」はヒロイン不在の作品となったのでした。





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0076.jpgいや、一応当初からTACにはもう1人、従来型の同僚ヒロインのようにも見える美川のり子隊員がいましたが、美川隊員の場合は確かにすごい美人なのですが、やや年増であり、隊長の秘書であり、同僚というより先輩格の隊員です。この作品の実質的ヒロインはあくまで夕子であって、美川隊員はそのお姉さん的存在なのであり、夕子がいなくなったからといっていきなり美川隊員がヒロイン化するわけもない。
だから「A」は夕子退場後はヒロイン不在となってしまい、その後は星司のアパートの隣人の女性をヒロインに昇格させようなどとも試みられたが上手くいかず何時の間にかフェードアウトしていき、実質的には後半はヒロイン不在で終わりました。その後、ウルトラヒロインは「タロウ」「レオ」においても上記のような有様で、第二期ウルトラシリーズは目立ったヒロインは出てこないまま「レオ」の終了と共に終わりました。


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0078.jpgなお、「A」の放映中である1972年の夏から年末にかけて円谷プロは「A」と同時進行で「トリプルファイター」という帯ドラマを制作放映していました。帯ドラマというのはNHKの朝の連続TV小説のような感じの放送形態であり、この「トリプルファイター」は月曜日から金曜日まで毎日10分ずつ放送し、1週間分の放送で1エピソードを構成するという感じでした。
これは宇宙人の3人兄妹が宇宙からの侵略者と戦って地球を守るというお話で、正義の宇宙人が地球を守るという意味ではウルトラシリーズと似ています。だがウルトラシリーズと大きく違う点は戦闘が全て等身大戦だということです。等身大ではありますが、この正義の宇宙人である早瀬3兄妹はウルトラマンのような姿に変身します。
そしてこの早瀬3兄妹の末っ子が女性であり、早瀬ユリという名の戦うヒロインです。しかもオ0079.jpgレンジファイターというウルトラマン風の戦士に変身する変身ヒロインでもあります。そして更に驚いたことに、長兄の哲夫の変身したグリーンファイター、次兄の勇二の変身したレッドファイター、そして末妹のユリの変身したオレンジファイターが合体して、トリプルファイターという最強戦士になるのです。
「A」の星司と夕子の合体変身とは少し趣が違いますが、同じ時期に円谷プロはこのような別の合体変身も試みており、その中でやはり「女のウルトラマンへの変身者」に類したものへの挑戦が行われていたのでした。ただ、この「トリプルファイター」は不人気で終わりました。内容云々以前にフォーマットが一定の特撮ヒーロー番組は帯番組には根本的に不向きだったのだと思います。こうして結果的に早瀬ユリというヒロインは印象薄いヒロインとなってしまったのでした。

そうしてその後、1979年度にアニメ作品の「ザ・ウルトラマン」を経て、1980年に実写のウルトラマン作品「ウルトラマン80」が復活し、この作品の終盤において南夕子で挫折した「女のウルトラマンの変身者」への再挑戦が行われました。

0080.jpg「80」はストーリー的にかなり迷走した作品で何度かの路線変更に合わせて劇中のヒロインも変遷した印象があり、当初は主人公の矢的猛が勤務する学校の同僚教師で猛が想いを寄せる美人教師という設定で相原京子というヒロインが登場しました。これは第二期ウルトラシリーズにおける一般人恋人ヒロインに相当するキャラですが、当初予定していた学園編がしっかり描かれないまま立ち消えになり従来型の基地勤務シーンを中心とした描写となる序盤の路線変更後は登場しなくなりました。





0081.jpgその後は猛のUGMにおける同僚の紅一点である城野エミ隊員が劇中のヒロインの役割を担いますが、城野隊員は猛との間に特別な関係を匂わせることのない典型的な職場の華的な同僚ヒロインです。ただ城野隊員は大変な才女で洞察力にも優れており、物語中盤で猛がウルトラマンであるという事実を見抜いていたという点は他のウルトラヒロインには無い特殊性でした。
この城野隊員がメインヒロイン扱いであった期間が「80」の放映期間の中で最も長い期間だったのあり、実質的なメインヒロイン状態であったのですが、しかし終盤になると更なる路線変更となり、主人公の猛の正体であるウルトラマン80のウルトラ星での幼馴染でウルトラ星の王女であるユリアンというキャラが登場し、入れ替わるように城野隊員は宇宙人に殺されて退場します。そしてユリアンというキャラがあまりに特殊でインパクトがあったので、短い期間の登場ながら「80」のヒロインといえばユリアンという印象になってしまい、実質的に「80」の中で従来型のウルトラヒロインを務めてい0082.jpgた城野隊員の方はちょっと影が薄くなってしまいました。しかし今やベテラン女優の石田えりさんがデビュー4年目で演じた、とても美人なウルトラヒロインでありました。















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0086.jpgそのユリアンは80と同じく地球人から見れば巨大宇宙人であり圧倒的な戦闘能力も有していますが、本来は王女であってウルトラマン世界においては戦闘要員ではなく、また精神的にも未熟であったりして、80ほど強くはありません。だがとにかく地球人女性ではなく、れっきとしたウルトラマンです。そのユリアンが地球においてはUGMの新人隊員の星涼子の姿をしています。つまり星涼子という主人公の同僚のヒロインが女性型ウルトラマンに変身するのであり、このようなことは「A」における南夕子以来のことであり、しかも合体変身の夕子とは違い、涼子の場合は完全に単独変身です。
しかもユリアンは80に対してウルトラ星に居た頃から恋心を抱いていますので、単なる同僚ヒロインではなく、立ち位置的には同僚でありながら主人公と男女関係を匂わせるアンヌのようなボンドガール的なヒロインです。その上で変身ヒロインでもあるのですから、まさに南夕子の再来で、スーパーロボットアニメヒロインにも匹敵するような、ウルトラヒロインの中では際立った存在感を有しています。しかも「80」の終盤はいわゆる「ユリアン編」とも言われるように、ユリアンの成長譚のようになっており、ユリアンが主役のようでもありますから、いっそうその印象は鮮烈です。
ただ、変身ヒロインとはいっても、ユリアン編は涼子の正体がユリ0087.jpgアンであることが前提でストーリーが進んでいくが、実際に涼子がユリアンに変身して戦うのは最終2話だけであり、確かに涼子という変身前ヒロインの存在感は圧倒的ではありますが、変身ヒロインとしてのユリアンの印象は他の変身ヒロインに比べて極めて薄いといえます。そういう意味では涼子の場合は夕子とは違って、あくまでヒーロー物語の構成上は主人公ヒーローであるウルトラマンの支援要員であるというウルトラヒロインの伝統に則ったキャラという線は踏み外さなかったのだといえます。
涼子が印象的なヒロインであるのは変身ヒロインであるからなのではなく、主人公と秘密や感性を共有する近しい関係にあるからなのであり、そのためには涼子も主人公と同じウルトラマンである必要があったというだけのことであり、言い換えれば涼子がウルトラマンであり主人公の幼馴染であるという設定さえ視聴者に認識させることが出来ればそれでOKなのであり、別に夕子のように毎回変身させる必要は無いのです。これはある意味ウルトラヒロインの辿り着いた1つの答えであるようにも思えます。
だが星涼子というヒロインキャラの成功とは関係なく「80」の人気は既に低迷しており、結局この作品を最後に国内向けTVシリーズとしてのウルトラシリーズは15年ほど制作されない状態が続くこととなったのでした。なお、星涼子を演じたのはデビューしたば0088.jpgかりの頃の萩原佐代子であり、彼女はこの2年後に戦隊ヒロインを演じることになります。

このようにウルトラヒロインというのは星涼子も含めて、南夕子という例外を除いては基本的には主人公の支援要員であり、戦隊ヒロインやライダーヒロインに比べても印象の薄いキャラの方が多いといえます。毎回変身して戦う戦隊ヒロインはともかく、むしろウルトラヒロインよりは戦闘面では役に立たないライダーヒロインよりもウルトラヒロインの方が印象が薄くなりがちな理由は、バトル場面が巨大戦メインになってしまうウルトラシリーズではバトルシーンになるとヒロインの出る幕が無くなってしまうからでもあるが、更に言えば、むしろウルトラヒロインはエリート軍人風の女性が多く、有能すぎて真面目な優等生キャラが多く、そのため個性が薄めになってしまうというのも理由として挙げられるでしょう。
ただ一方でこうしたウルトラヒロインの真面目で優秀な才女の持つ独特の折り目正しく落ち着いた大人の女性の色気を好むファンも多かった。意外と巨乳なキャラが多く、しかも衣装が比較的身体の線がよく出るタイプのものが多かったので独特のフェティシズムがあったともいえます。ヒーローとの男女関係を想起させるキャラが多かったのも大きな特徴です。
0089.jpgこのウルトラヒロインの持つ独特のボンドガール的雰囲気は、ウルトラヒロインの1つの到達点となったユリアン=星涼子のキャラ設定を参考にして「80」終了の1年後、「宇宙刑事ギャバン」のヒロインのミミーに受け継がれ、1982年以降のメタルヒーローシリーズのヒロイン達へと引き継がれていくことになったのでした。


















0090.jpgさて、このように月ひかるにしても南夕子にしても、変身ヒロインの初期の例ではあるけれども、後の戦隊ヒロインにはほとんど影響は与えていません。そもそも後世の作品にもほとんど影響を与えてすらいません。一方、戦隊ヒロインに大きな影響を与えた作品、というよりも、戦隊シリーズに大きな影響を与えた非常に重要な作品が、1972年放送開始のアニメ「科学忍者隊ガッチャマン」です。

この作品は1960年代の名作ドラマ「忍者部隊月光」を下敷きにして、舞台を近未来としてSF要素で大幅リニューアルした作品で、主人公である科学忍者隊の5人のメンバーは腕にはめたブレスレットに向かって「バード・ゴー!」とコールすると各自の声紋に反応してブレスレットから高周波が発して戦闘用のバードスタイルのスーツ姿に変身します。
これは仮面ライダーの「変身」を忍者部隊月光というスパイ戦闘チームに導入した設定ですが、その変身メカニズムは相当緻密に作り込んであり、この「5人のスパイ戦士チームがコールをかけて戦闘用スーツを装着して変身する」という設定は「ゴレンジャー」に導入されており、その他、ブレスレットを使っての変身なども含めて、後の戦隊シリーズに大きな影響を与えています。
ただ、このバードスタイルのスーツは強化スーツというわけでもなく、もともと科学忍者隊の5人は訓練で科学忍法を身につけており、バードスタイルになったからといって極端に強化されるわけでもないようです。ただ単に科学忍者隊の戦闘時の正装のようなもので、忍者部隊月光のコンバットスーツとそう変わるわけではありません。ただコールするだけで一瞬で装着されるというのは凄いハイテクであり、これは確かに「変身」です。
そもそもガッチャマンの戦う敵はゴレンジャーのように怪人ではなく、同じ人間であるギャラクターの兵士たちなので、強化スーツなどは必要無い。だからゴレンジャーの変身とはちょっと違うのですが、同じようなデザインのバトルスーツが色で個性分けされているなど、後のゴレンジャースーツに導入された設定もあります。巨大戦闘機のようなもので戦うという点もゴレンジャーと似ています。
0091.jpgまた、メンバーが5人というのは忍者部隊月光も初期メンバーが5人だったのと同じで、メンバーのキャラ設定の、熱い心を持つ沈着冷静なリーダー、キザな二枚目、力持ち、紅一点、青二才の子供という5人の構成も、忍者部隊月光においても見られた傾向を更に極端に分かりやすくしたものです。
これはゴレンジャーにおいても踏襲されていますが、このようなメンバー編成はよほど普遍的なのか、例えば1974年の「ゲッターロボ」の早乙女研究所チームのメンバー編成にも影響を与えています。すなわち、リーダーで熱血漢のリョウ、キザな二枚目のハヤト、力持ちで三枚目のムサシ、紅一点の早乙女ミチル、ミチルの弟で小学生の早乙女元気という5人チームであり、その上に司令官として早乙女博士がいますが、このような5人チームの上に司令官キャラがいるのは忍者部隊月光も科学忍者隊もゴレンジャーも共通しています。

0092.jpgただ、同じようなフォーマットでありながらも、忍者部隊月光と科学忍者隊とで大きく違う点は、科学忍者隊がウルトラシリーズの怪獣対策チームのようなクールなSF設定の対等なプロ戦士のチームとして造形されていることです。つまり、昔ながらの忍者集団のような雰囲気の忍者部隊月光とは違い、欧米風のスパイチームや特殊部隊のような雰囲気に近く、よって、そのヒロインである白鳥のジュンも、三日月や銀月のようなキャラではなく、ボンドガールのように主人公である大鷲の健と対等に接して、淡い恋心まで抱いているのです。
しかもウルトラヒロインのように主人公の正体を知らないなどという弱点も無いので、かなりヒロインとしてキャラは立っています。但しガッチャマンは改造人間などではないので、ライダーヒロインのような重いドラマや運命的な絆というものがあるわけではありません。ただジュンも健も共に孤児であるという暗い過去があり、そのあたりは運命的な絆は感じさせるといえます。
ジュンの場合、爆弾の専門家であるという点も、後のゴレンジャーのペギー松山と共通しており、戦隊ヒロインに大きな影響を与えているキャラといえます。また、アニメキャラとはいえ、生身の女性が変身するキャラというのも初めてのことでした。ただ、確かに生身の女性が変身する変身ヒロインではあるのですが、その変身によって飛躍的に戦闘力が向上するというわけではなく、単に服が変わるという印象に近いため、怪0093.jpg人と戦うために全く別の姿に強化変身する戦隊ヒロインとは少し違います。










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強化変身する変身ヒロインとして強烈な印象の残るキャラといえば、やはり1973年に放送開始した「キカイダー01」に登場したビジンダー・マリということになるでしょう。ただ、マリは生身の人間ではなく、ましてや改造人間ですらなく、アンドロイド、つまり人間型ロボットです。そういう意味では非常に特殊な変身ヒロインであるといえます。

0095.jpgそもそも、マリのような特殊なヒロインが生まれた理由は、「キカイダー01」に先立つ「人造人間キカイダー」も含めて、この「キカイダーシリーズ」が非常に特殊な作品だからです。1972年に始まった「人造人間キカイダー」という作品は、石ノ森章太郎原作なのですが、同じく石ノ森原作の「仮面ライダー」がその前の年に開始早々、石ノ森テイストから大きく離れていったのに対して、この「人造人間キカイダー」は石ノ森テイストを色濃く一貫させた作品として知られています。
悪の組織ダークによって作られたロボットであるキカイダー・ジローがダークを裏切った光明寺博士(ジローの生みの親)に不完全な良心回路を取り付けられてダークと戦うという話で、基本プロットは仮面ライダーと似ています。ただ仮面ライダーと違うのは、この重い設定を最後まで貫いたことです。異形のロボットの姿を通して人間の良心とは何なのかを描いた、いかにも石ノ森テイストに満ちた作品だといえます。

0096.jpgよって、この作品には、仮面ライダーの序盤で退場した緑川ルリ子と酷似したヒロインが登場します。それが光明寺博士の娘である光明寺ミツ子で、ジローの過酷な運命を知りつつ、ジローを受け入れ、ジローを守り、共に戦います。ほとんど緑川ルリ子と同じようなキャラといっていいでしょう。ただ違うのは、ミツ子はルリ子のように退場することなく最後まで登場し、ジローをロボットと知りながら激しい恋心を抱くことになる点です。本来はライダーヒロインというものは、このミツ子のような役割を果たすべきキャラだったのだということが確認できるキャラだといえます。













0097.jpgそして、その続編といえる「キカイダー01」はジローの兄ロボットであるキカイダー01・イチローを主人公とした物語なのですが、ここに出てくる、最初は敵として現れ、後にはイチローと共闘することになるヒロインがビジンダー・マリという女性型ロボットです。
もともとは「01」という作品は前作「キカイダー」とは違って娯楽色の強い作風を志向していて、イチローにはジローとは違って完全な良心回路がセットされているのでジローのように善悪の間を揺れることもなく、その結果シンプルな勧善懲悪ドラマとなっていました。見所は最終兵器の設計図の争奪戦という、冒険色の強いストーリーで、前作の主人公のジローも登場してイチローと共闘するという、ダブルライダー的な派手な展開も売りでした。
ところが、後半になってジロー役の伴大介がスケジュールの都合で出演が難しくなり、イチローの相手役として誰かが必要となり、路線変更が行われた結果、急遽登場することになったのがビジンダー・マリです。つまりマリは当初は「01」の娯楽色の濃いストーリーには登場する予定の無かったキャラであり、マリの登場によって「01」の物語は一気に重厚路線に変わっていったのでした。
つまりマリというキャラはもともとの「01」のストーリーに組み込む余地が無かったため、全く違った物語を背負って登場する羽目となり、その物語がマリを主役としたような、やたら重いテーマのものであったため、「01」の終盤は一時期、まるでマリが主役のようになってしまったのでした。

0098.jpgマリは変身態の時は悪の心を持った悪の人造人間なのですが、人間態の時は清らかで優しい心を持たされた人造人間であり、それは完全な良心回路を持つゆえに女性に甘いイチローを騙すためにそのようにプログラムされた結果なのです。そうして人間態マリに油断したイチローを謀殺すうるために送り込まれることになったマリですが、結局いろいろあってイチローと共闘することになるという話の流れです。
この純真で優しい人間態マリを演じていたのが、これがデビュー作だったまだ高校生の志穂美悦子です。人間態のマリは演技で善人のフリをしているわけではなく、人間態の時は善人であるようにプログラムされているのであり、変身態の自分が邪悪な人造人間であることも知らないのです。この二重人格のようなマリが良心に目覚め、愛に目覚めていく物語が後半に展開されるのであり、これは前作「キカイダー」におい0099.jpgて主人公ジローで表現した重厚な物語と似ており、異形のロボットのドラマを通じて人間の本質を描くという石ノ森テイストのドラマがここにあります。
イチローよりもマリの方がよほど石ノ森ヒーローらしさがあるといえます。そういうわけで、「01」の後半の実質的な主役はマリだとも解釈できるほどであり、マリは単に変身ヒロインであるからというわけでなく、この時期のヒーロードラマに登場したヒロインの中で際立って印象深いヒロインなのです。その分、あまりに特殊な変身ヒロインであるので、マリは他の変身ヒロインやその他のヒロイン全般に対してほとんど目立った影響を与えていないといえます。
ただ、1つ大きな影響があるとすれば、マリの印象が月ひかるや南夕子らに比べてあまりに強すぎたため、「女性キャラが変身して悪の怪人と戦う」という、実写ドラマの世界では今まではあまりメジャーではなかった描写が、このマリというキャラによって一般に受け入れられやすくなり、1975年のペギー松山の登場の地ならしをしたとはいえます。

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0103.jpgこのビジンダー・マリに比べれば、同じ異形の変身ヒロインといっても、「仮面ライダーストロンガー」に登場した電波人間タックルの岬ユリ子は、やはりキャラが薄いといえるでしょう。それは、ユリ子はマリとはキャラの持つ意味合いが全く違うからです。
「ストロンガー」は「アマゾン」に続くライダーシリーズ作品ですが、ネットチェンジによって「アマゾン」とは放送局を変えて作られました。「ストロンガー」は確かにシリーズ的には「アマゾン」の後番組でしたが、放送局的には「アマゾン」の後番組は「ゴレンジャー」であり、つまり、岬ユリ子の登場する「ストロンガー」はペギー松山の登場する「ゴレンジャー」と全く同時期である1975年4月に始まった番組なのです。
そして「ストロンガー」はライダーシリーズを締めくくる作品として当初から構想されました。「アマゾン」までの苦闘によって東映は、ロボットアニメ隆盛の時代にこれ以上「仮面ライダー」というヒーローを引っ張る必要は無いと判断し、最後に「ストロンガー」で一花咲かせてシリーズを締めようとしていました。
そのため「ストロンガー」は思い切って明るい痛快路線で作ることになっており、主人公の城茂もマジンガーZの兜甲児のような腕白な悪ガキのような性格に造形されていました。だから、あまり真面目に悩んだりするシーンは作らない方針だったのですが、それでも茂が改造人間であるという設定は変わりません。それはやはり暗い設定です。それに対して周囲のキャラがどう接するべきかというのが問題です。
「X」の時のライダーガールズのように、主人公が改造人間だと分かっても普通に明るくサポートするというのもアリでしたが、それは「仮面ライダー」という作品のテーマから目を背けているだけのことです。やはりシリーズ最後ですから、しっかりヒロインは主人公の悲劇を悲劇として直視出来るヒロインであることが求められました。
そして、それでいてそれを深刻に受け止めないで済むヒロインとなると、ヒロイン自身も主人公同様の悲劇を背負って、主人公同様に前向きに生きていこうとしているキャラということになります。つまりヒロインも改造人間であるということです。そういうわけで出来上がったヒロインが電波人間タックルに変身する変身ヒロイン、岬ユリ子なのです。

0104.jpgですから、ユリ子は変身ヒロインだといっても、戦隊ヒロインともビジンダー・マリとも違います。戦隊ヒロインのように男性ヒーローと対等の立場の戦士ではなく、また、マリのように物語の主役を担えるほどの重く強い意味を持ったキャラでもありません。ユリ子は基本的には従来のライダーヒロインと同じく、主人公の茂を深く理解してその過酷な運命を受け止めてサポートしていく立場です。実際的な役割としては助手的なヒロインなのです。
ただ単にその精神的役割を担うためには、ユリ子自身も茂と同じ改造人間である方が説得力があるというだけのことで、ユリ子が茂と対等の戦闘力を持つ必要は無いわけです。いや、対等の戦闘力を持ってしまってはマズいといえます。もしそうなれば、それはライダーヒロインの範疇を逸脱してしまうからです。マリのように主人公のサポートキャラではなく独自の物語を背負ったヒロインならば、主人公と拮抗する戦闘力を持っていてもいいのですが、タックル岬ユリ子はそういうわけにはいかないのです。
そうして結果的に、やっていることは通常のライダーヒロインと大差ないことなのに、何故か変身してそれをやっているキャラというのがユリ子の実態ということになってしまいました。しかしライダーヒロインの魅力は、か弱い一般女性でありながら運命的パートナーである主人公のために戦うという一途さにあったはずですが、変身してそれをやっている時点でユリ子は他のライダーヒロインに比べて価値が下がってしまったのでした。
この「自身も異形の身体を有して戦闘力も持っているのだが主人公には力が0105.JPG及ばず、あくまで異形の主人公ヒーローを支援して支えるヒロイン」という岬ユリ子のコンセプトというのは、変身能力の有無を度外視してよくよく考えてみれば、ライダーヒロインの祖形になった「サイボーグ009」のフランソワーズ・アルヌール(003)と同じです。
つまり何のことはない、岬ユリ子はライダーヒロインの根源であるフランソワーズに先祖返りしたヒロインなのです。それは退行であるとも言えます。何故なら、ライダーヒロインはフランソワーズよりもいっそうか弱い生身の身体で異形のヒーローの運命的パートナーとして戦おうと決意することによってこそ、ヒロインとしての魅力を増した存在だからです。だから、岬ユリ子のように自身も改造人間という設定にしてしまうと、確かに物語の深刻さは薄れますが、その分ライダーヒロインとしての魅力は低下します。それを挽回してユリ子が非常に印象深いヒロインとして記憶されることになったのは、その最期で一気にライダーヒロインとしての魅力を回復したからです。

そもそもタックルが死ぬことになったのは、ライダーシリーズの最後を締めるためのデルザー軍団篇という7人ライダー集合のイベント篇を「ストロンガー」の最終盤にやるに際してタックルと0106.jpgいう戦士が邪魔になったのでそのクライマックスの前に整理されたからなのですが、その死に方を丁寧に描いてもらったのです。
そこでユリ子は毒が回って助からない身となってドクターケイトという強敵に相打ちを仕掛けて散るわけですが、これほどの絶望的な状況になって初めてユリ子は変身した姿でも他のライダーヒロインと同等のか弱さや儚さを獲得することが出来たといえます。そしてそこから更に一歩進んで、運命的パートナーである茂への想いを自覚しながら、敵を倒して自分も死を選ぶのです。
確かに歴代のライダーヒロイン達はか弱い身体で命懸けの戦いに加わってきましたが、それでも本当に死んだヒロインは「X」における水城姉妹だけでした。その水城姉妹も序盤だけの登場であり、その存在はミステリアスで、ハッキリとXと共闘していたという描かれ方ではありませんでしたので、岬ユリ子の死のインパクトとは比べ物になりません。つまり、かつて岬ユリ子ほどに本当に死ぬまで徹底的にライダーと共に戦い抜いたライダーヒロインはいませんでした。
だから、この瞬間において岬ユリ子は一気に最高のライダーヒロインになったといえます。改造人間ではありましたが、岬ユリ子はライダーではなく、ライダーヒロインとして頂点に達して散ったのです。だから城茂はその贐の言葉として、タックルを8号ライダーとして称えるのではなく「岬ユリ子はただの女だ」と言ったのです。つまり岬ユリ子は変身ヒロインで0107.JPGはあったが、その本質はライダーヒロインだったのであり、戦隊ヒロインやビジンダー・マリなどとは異質のヒロインだったといえます。















仮面ライダーシリーズはこの「ストロンガー」で一旦終了し、東映は同時に始まり大成功を収めた「ゴレンジャー」を起点として集団ヒーローという新たなヒーロー像を模索していくことになりましたが、その後のライダーヒロインについても一応ここで簡単に追いかけていきます。

0108.jpgまず1979年には初代のライダーへの原点回帰を謳って「仮面ライダー」、いわゆるスカイライダーという作品が作られます。ただ、これは原点回帰といっても本当の原点である旧1号ライダー篇への回帰ではなく、2号ライダー篇あたりの明朗な路線を原点とした回帰だと言っていいでしょう。ここで出てくるヒロインの野崎ユミ、杉森ミチ、叶みどりは緑川ルリ子や岬ユリ子のようなライダーヒロインではなく、主人公の筑波洋を単に明るくサポートするライダーガールズ的なヒロイン達だからです。
彼女らは洋と運命的な絆があるわけではなく、マスコット的な番組の華だと言っていいでしょう。ただ、洋がライダーであるということは皆知っていますから、「X」におけるライダーガールズのチコやマコに近いといえます。






0109.JPG続く「仮面ライダースーパー1」も同様に明るいライダーを志向した作品ですから、出てくるヒロインである草波ナルミもやはりライダーガールズ的なヒロインです。草波ハルミは主人公の沖一也に対して明確に恋愛感情を伝えた珍しいヒロインですが、改造人間相手にそれだけ明朗に軽くストレートな愛の意思表示が出来てしまうというのも、ルリ子やユリ子のようなライダーヒロインならばむしろ無理なのだと思われ、ハルミがあくまでマスコット的なライダーガールズとしての一也への普通の憧れの感情の延長線上で愛の意思表示をしているということが分かります。
そして主人公の一也もハルミの想いに応えて恋人同士の関係になったわけでもなく、この2人の恋愛というのは物語のメインテーマにはなっていない。0110.jpg「ハルミが一也に恋している」という明確な描写を挿入した意図は、単になんとなく明るい作風を目指したゆえのことなのでしょう。つまりハルミは歴代で最も熱烈なライダーガールズではありますが、決して主人公の運命的パートナーとしてのライダーヒロインの類型ではないのです。
この「スカイライダー」「スーパー1」の2作品はルリ子やユリ子的なライダーヒロインの不在という点からも明らかなように、「仮面ライダー」という作品の本質とは少し違った作品であったといえます。特に1980年の「スーパー1」は主人公が改造手術を望んで受けており、改造を施すのも味方側であるなど、「仮面ライダー」の従来の世界観をあえて離れようとした作品だといえます。これはおそらく1982年から始まるメタルヒーローシリーズに向けた試行錯誤の1つとして位置づけるべき作品だといえるでしょう。











0111.jpgここで一旦解体されて再び休止してしまった仮面ライダーシリーズは、1987年に「仮面ライダーBLACK」で復活しますが、「スカイライダー」「スーパー1」の試行錯誤の結果生み出したメタルヒーローシリーズが軌道に乗った後に作られたこの新しい「仮面ライダー」は、むしろ安心して原点回帰を出来る態勢で作られた作品となり、石ノ森テイストの原点である旧1号ライダー篇のテイストまで回帰を志向した作品です。
よって、ここに出てくる秋月杏子と紀田克美という2人のヒロインは、この作品に登場する南光太郎と秋月信彦という2人の仮面ライダーに変身する男のそれぞれ運命的パートナーといえる存在であり、典型的なライダーヒロインでした。












0112.jpg




















0113.jpgところが、その続編である1988年開始の「仮面ライダーBLACK RX」においては作風はガラッと変わり、やたらと明朗な作風となります。これは一旦綺麗に完結した「BLACK」の世界観を人気があったものだから無理に引っ張って全く別の世界観に繋げて続編を作ったせいでしょう。「仮面ライダー」の原点回帰は「BLACK」で十分にやり尽くしており、それ以上もう掘り下げる意味は無かった。だから、そこから蛇足のように作らねばならなくなった「BLACK RX」においてはシリーズの原点回帰ではなく、むしろ新たな可能性を探ることになり、この作品はメタルヒーローシリーズの影響や当時人気だったロボットSFの影響を受けています。
そのせいか、ここで出てくるヒロインの白鳥玲子も従来のライダーヒロインとは異質で、南光太郎が仮面ライダーだということを知ることになり、しかも光太郎の恋人であり、しっかりした大人の女性であり、光太郎の戦いを手助けしようとして自分を鍛えたりもします。これはむしろメタルヒーローシリーズのヒロインのようなドライで大人な関係のパートナータイプになっています。
ただ結局、この「BLACK RX」から新たなライダーシリーズが生まれるということはなく、逆にこの作品で得られた成果はメタルヒーローシリーズにフィードバックされてメタルヒーローシリーズの新たな展開を生じさせ、仮面ライダーのTVシリーズはここ1989年で再び長い休止期0114.jpg間に入ります。




















そして1998年に石ノ森章太郎が没し、その追悼企画として2000年に平成仮面ライダーシリーズが始まり、ライダーのTVシリーズは復活します。ただ、ここで「仮面ライダーは改造人間である」という基本設定は無くなりました。それは10年間に及ぶ休止期間があったからこそ可能であったのかもしれません。しかし、それで仮面ライダーというヒーローの本質が石ノ森テイストから遠ざかったかというと、むしろ逆で、追悼企画の趣旨に違わず、より石ノ森テイストの本質に近づいたといえます。
要はミステリアスで異形の主人公の戦いを取り巻く人間模様を描くのが石ノ森の目指した「仮面ライダー」なのですから、一般社会から見た「異形」「異質性」の在り方が2000年以降の時代においては既に「改造人間」ではなくなっていただけの話です。そういうわけで「仮面ライダークウガ」「仮面ライダーアギト」「仮面ライダー龍騎」「仮面ライダー555」「仮面ライダー剣」「仮面ライダー響鬼」「仮面ライダーカブト」「仮面ライダー電王」「仮面ライダーキバ」「仮面ライダーディケイド」「仮面ライダーW」「仮面ライダーオーズ」「仮面ライダーフォーゼ」「仮面ライダーウィザード」が現在まで作られてきています。
これら作品はもともと仮面ライダーとして企画されていなかった「響鬼」を除いては、それぞれ持ち味はバラバラではありつつも、全て石ノ森テイストの仮面ライダーの路線の作品です。だから、そこに出てくるメインヒロインは皆、緑川ルリ子の系譜を引く典型的なライダーヒロインです。つまり「主人公やその仲間のライダーの異形を知りつつも受け止めて理解し、運命的な繋がりを意識してその戦いに協力する普通の女性」というヒロイン像です。特にこの平成シリーズにおいては、ヒロイン自身が過酷な運命を負っており、それが主人公たちの過酷な運命とリンクしているパターンも散見され、そういう場合はより緑川ルリ子や岬ユリ子に近いといえます。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 17:08 | Comment(0) | ヒロイン画像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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