2013年03月04日

ヒロイン画像その6

1977年に「ジャッカー電撃隊」が不人気のために途中打ち切りになったということはスーパー戦隊シリーズの歴史の中で汚点のように扱われてしまっていますが、そもそも当時はスーパー戦隊シリーズという概念もブランドも無い時代であり、不人気で途中で打ち切りになる番組など掃いて捨てるほどあった時代ですから、東映側も原作者の石ノ森章太郎も「ジャッカー電撃隊」の打ち切り程度でいちいちショックなど受けていなかったようです。いや、「ジャッカー電撃隊」が打ち切りになった後の1978年というのは実は東映にとっても石ノ森にとっても大変忙しい年でありました。
0196.jpg1977年夏にアメリカで映画「スターウォーズ」が公開されてSFブームが起こり、翌1978年夏に日本でも「スターウォーズ」が公開されると決定されると日本においてもSFブームの到来が予期されるようになりました。そこでそれに便乗しようとして日本の映画会社でもSF映画を作って1978年に公開しようという動きが起こり、1977年からその準備や製作が進められていたのでした。その中で東映は1978年春公開予定の映画「宇宙からのメッセージ」の製作を総力をあげて進めており、この企画に当初から石ノ森も原案担当として名を連ねて参加していました。
この映画は南総里見八犬伝をモチーフとしたスペースオペラで、「スターウォーズ」の模倣作品のようなものであり、「会社の総力をあげて製作した」映画にありがちなパターンとして内容的には別に大した映画ではなく、実際1978年4月に公開されたが大してヒットもしなかったのですが、東映が大変な力を入れて作った映画であったので、特撮的にはこれまでにやったことが無いようなことにもチャレンジしており、巨大ロボは登場しないものの、東映における巨大メカ戦の特撮技術はこの映画で格段に進歩しました。
この特撮技術に関しては海外でも高く評価されました。いや、海外で特撮が高く評価されるであろうことは東映も最初から見越しており、最初から海外展開を考えてこの映画の採算を取ろうとしていたようです。そのためあらかじめ海外での販路を開拓しており、この映画は最終的には日本映画で初めてメジャー配給ルートに乗って全米で封切られるようになりました。

さて、こうした「宇宙からのメッセージ」絡みでの積極的な海外での活動の中で東映は本格的な海外進出を考えたのか、アメコミの出版社であるマーヴェル社との間で提携を結び、1978年から3年間、互いの会社の版権を持つキャラクターを自由に使用してもいいという契約を交わしました。東映としては自社のキャラクターをマーヴェル社の媒体を使って大いに宣伝してもらおうという思惑があり、実際この後、コン・バトラーVなどがマーヴェル社のアメコミで描かれて海外で紹介されたりしています。
一方でマーヴェル社の方も同様の思惑があったのであり、対等な契約ですから東映側もマーヴェル社のキャラクターを使った作品を作って日本で宣伝しないといけません。そこでさっそくその第一弾企画として1978年5月から放映が開始されたのが「スパイダーマン」でした。
どうしてマーヴェル社の数多くのキャラクターの中でスパイダーマンが選ばれたのかというと、単純にマーヴェル社サイドの意向でしょう。マーヴェル社のキャラクターの中で最も有名だったものがスパイダーマンとキャプテンアメリカであり、まずはスパイダーマンを日本市場に売り込むのが得策という判断が働いたと考えるのが自然です。
ただ、それはあくまでマーヴェル社側の都合であって、実際にスパイダーマンというキャラで作品を作る東映の現場は話はそう簡単ではありません。だいたいアメコミというのは当時の日本の特撮やアニメに比べて対象年齢層が高めで、オリジナルのスパイダーマンは蜘蛛に噛まれて大きな力を得てしまって苦悩する等身大の青年キャラでした。戦う相手も人間の悪人であり、しかも世間からは誤解されて嫌われているという、とても日本の子供にウケるようなヒーローではありませんでした。

0197.jpgそこで東映ではスパイダーマンのキャラだけ拝借して根本的に違うお話を作ることにして、マーヴェル側もとにかくスパイダーマンのキャラの認知度が高まればいいと考え、イメージダウンに繋がる改変でない限りは許容することとしました。その結果、東映はスパイダーマンは正義の宇宙人から戦う力を与えられた若者であり、戦う相手も侵略宇宙人の送り込む怪人ということにしました。
そしてスパイダーマンは宇宙人から譲られた宇宙船に乗っているということにして、その宇宙船が変形して巨大ロボになるということにし、敵怪人が巨大化してスパイダーマンの操縦する巨大ロボと戦うという設定としました。敵怪人が巨大化する原理は不明です。とにかくスパイダーマンが巨大ロボで戦うという設定が先にあり、それに合わせる形で敵怪人も巨大化するということになったのでしょう。
スパイダーマンが変身して敵怪人の前に現れて名乗りを上げると、ほとんど戦わないうちに敵怪人は巨大化して、スパイダーマンは自分の宇宙船マーベラーを呼び出して乗り移り、すぐにマーベラーを巨大ロボのレオパルドンに変形させて敵巨大怪人と戦い倒す。これが「スパイダーマン」という作品のバトルのフォーマットとなりました。

後にスーパー戦隊シリーズで定番となる「敵怪人の巨大化」というシステムがここで初登場しているのも注目点ですが、なんといってもここで注目すべきは巨大ロボ、それも搭乗型の巨大ロボの登場です。スパイダーマンの力の源泉を宇宙人にしてスパイダーマンを宇宙船に乗せるというところまでは分からないこともないが、そこで宇宙船が巨大ロボに変形するという飛躍はあまりに必然性が無い。これは結局は東映が「大鉄人17」でようやく実現した巨大ロボ特撮アクションの次の実験場をこの作品に求めたということでしょう。
その目標は「コン・バトラーV」や「ボルテスV」のようなスーパーロボットアニメのレベルの巨大ロボアクションを実写特撮で実現することでしたが、当然まだコン・バトラーVのような5体合体ロボまで実現する技術はありません。しかし「コン・バトラーV」の前番組に相当する「勇者ライディーン」で実施していた「巨大飛翔体から巨大ロボへの変形」ならば可能だと判断し、この作品で試みたのでしょう。
そもそもこの「スパイダーマン」に先立つ「大鉄人17」の段階で既に東映は17の通常戦闘形態、要塞形態、飛行形態、戦闘飛行形態の4形態のフォームチェンジを実現させています。既に東映の巨大ロボ特撮技術はそこまでは進んでいたのです。だからマーベラーからレオパルドンへの変形は確実に成功させる自信はあったことでしょう。

0198.jpgただ、ここでやはり最大の注目点は、17の時点では自律型ロボであったのに、レオパルドンは搭乗型ロボになっているということです。これは石ノ森章太郎の原作ではなかったからでしょう。石ノ森章太郎氏は作劇上、ロボットを人間の姿を映す鏡のようなものと捉えており、それゆえロボットは人間に近い存在でなければならないと考え、単なる意思無き乗り物として描くことを嫌いました。またロボットを人間と似た存在と捉えていた石ノ森氏はコン・バトラーVのような角ばった形態のロボットを嫌い、丸みを帯びたフォルムを好みましたが、変形や合体を前提とする限りどうしてもロボットは角ばったフォルムになります。「大鉄人17」の段階でも変形が前提となっていたので17は角ばったフォルムにするしかなく、それに対して石ノ森氏はかなり抵抗したようです。
だから石ノ森氏が原作者として作品に関わっていたのなら、きっとレオパルドンを搭乗型ロボにすることも変形ロボにすることも反対したはずです。だが「スパイダーマン」は石ノ森氏は関与していない。石ノ森氏は映画「宇宙からのメッセージ」の続編にあたるメディアミックス企画のTVドラマ「宇宙からのメッセージ・銀河大戦」の方の準備に関わっていて忙しかったというのもありますが、それ以前の問題として、そもそも石ノ森氏が「スパイダーマン」の企画に参加できるはずがないのです。
漫画家である石ノ森氏は東映の特撮ドラマに参加する時は原則として「原作者」という肩書でしか参加は出来ない。ところが「スパイダーマン」はれっきとした原作者がアメリカにいるのだから、そこに石ノ森氏が原作者として名を連ねることは出来ません。つまり、東映がマーヴェル社のキャラクターを拝借して作品を作る場合は石ノ森章太郎は企画に参加できないのです。
こうして東映は八手三郎名義で「スパイダーマン」という作品を作り、石ノ森氏の影響力から完全に自由な立場で心おきなく念願の搭乗型ロボの巨大戦アクションを描くことが出来たのでした。そしてこの「スパイダーマン」の実質的な後番組である「バトルフィーバーJ」、それに続く「電子戦隊デンジマン」「太陽戦隊サンバルカン」までが全てマーヴェル社との提携作品であり、これらの一連の作品群において東映は石ノ森氏の影響外でスーパー戦隊シリーズ初期における搭乗型巨大ロボのアクションのフォーマットを固めることが出来たのです。

0199.jpgこの「スパイダーマン」という作品におけるヒロインは、スパイダーマンに変身する主人公の山城拓也の恋人である佐久間ひとみというフリーカメラマンの女性ということになります。主人公の恋人という近しい立場のヒロインではありますが、拓也は自分がスパイダーマンとなったことは周囲に秘密にしていますから、ひとみも拓也がスパイダーマンであることは知りません。つまり第二期ウルトラシリーズによく見られたような主人公の一般人恋人ヒロインに似ているとも言えます。
だが拓也自身が一般人であり、劇中では結構頻繁に拓也とひとみの親密な様子は描かれます。しかしそれでいて、ウルトラシリーズの恋人ヒロインの場合のように主人公との間の真面目な人間ドラマが描かれるわけでもありません。「スパイダーマン」は極めてシンプルな構造のヒーロードラマであって、第二期ウルトラシリーズのように真面目に青春ドラマを描こうというような気は無いのです。
ひとみというヒロインは単に拓也の日常パートにおける「ヒーローである正体を隠さねばならない」という滑稽な描写を増幅させるために存在しているようなもので、同じように「ヒーローの正体が身近な人であることを知らない」軽めの登場人物という意味ではライダーガールズに近いが、ライダーガールズはそれでもヒーローの戦いに協力する姿勢があるのに対して、ひとみはスパイダーマンの戦いを支援するわけでもない。単に主人公の日常パートの相手役に過ぎず、これはもうヒーロードラマにおけるヒロインという定義にあてはまるかどうかも怪しいと言えます。まぁ「スパイダーマン」という極めてシンプルな作品には相応しいヒロインキャラであるとも言えるでしょう。

0200.jpgそしてもう1人、この作品にはヒロイン的な存在としては主人公の拓也の妹の山城新子も登場します。この新子もひとみと同じような立場であり、兄がスパイダーマンであることは知らず、スパイダーマンの戦いに協力するというわけでもなく、兄妹の真面目なドラマが描かれるわけでもなく、ただ単に主人公の日常パートの相手役に過ぎないキャラといえます。
まぁ主人公が一般人単独ヒーローであり自分のヒーローとしての正体を隠しているというパターンの場合、確かにこのひとみや新子のようなキャラは必要といえます。それが女性である場合に、他に目ぼしい女性キャラがいない場合は、それが作中におけるヒロインの位置を占めることになるのでしょうが、実質的には単なる脇役といえます。







さて、この「スパイダーマン」という作品で登場させたレオパルドンという巨大ロボですが、予想以上のヒット玩具となりました。東映としては巨大ロボ特撮に関してはまだまだ成長途上という意識であったにもかかわらず、状況から考えると出来過ぎといえる結果となったわけです。まだまだ「コン・バトラーV」以降のスーパーロボットアニメに勝てるようなレベルではないはずなのにロボ玩具の売上で意外なほど上々の成果が出てしまったのは、レオパルドンの出来が良かったのだけが原因ではなく、むしろスーパーロボットアニメの方が勝手に調子を落としてくれたというのが大きな要因です。

0201.jpg1976年度の「超電磁ロボ コン・バトラーV」は確かに圧倒的な成功作でした。そして、それに続く1977年度の「超電磁マシーン ボルテスV」も大変な力作でした。「ボルテスV」で登場した巨大ロボのボルテスVもコン・バトラーV同様に超電磁パワーで合体する5体合体ロボであり、ボルテスVを構成する5機のマシンの操縦者はやはり前作同様に熱血漢、キザな二枚目、巨漢デブ、紅一点、青二才というゴレンジャー風の5人でした。
つまりチーム編成やロボのシステムなどは基本的に前作を踏襲しているのですが、この作品でロボ的に1つ特筆すべきことは、ボルテスVが敵を倒す決め技で剣を振るうパターンを初めて採用したスーパーロボットであることでした。その必殺技の名は「天空剣・Vの字斬り」であり、他に「天空剣・唐竹割り」や「天空剣・一文字斬り」という剣技も持っています。
0202.jpgただ「ボルテスV」が力作であるというのはこういう部分のことではない。この作品が力が入っていたのはドラマ部分でした。前作「コン・バトラーV」でも後半になって敵側の方のドラマはかなり濃くなったのですが、この「ボルテスV」ではいっそうドラマ性は深く大人向けになりました。
「コン・バトラーV」はそれでも大人向けになったのは敵側のドラマだけであり、ヒーローチームの側は「友情」がテーマとなった明るい少年向けの王道ドラマが描かれていましたが、「ボルテスV」という作品のテーマは「父子の愛」であり、敵味方入り乱れた父と子の世代を跨ぐ愛憎劇が展開されており、そのためボルテスVの5人チームのうち3人が兄弟であり、戦いと同時進行で、行方知れずの父の行方を探すことになり、しかも敵側の侵略軍の司令官がこの剛3兄弟の異母兄にあたるのだが、そのことは最終話まで互いに気付かないとか、なんとも濃いドラマが展開されます。

0203.jpgこの「ボルテスV」のヒロインはヒーロー側5人チームの紅一点である岡めぐみであり、前作の南原ちずる同様、主役ロボに乗り込んで最も危険な最前線で男4人と対等な立場で戦う美少女ヒロインで、ボルテスチームの指揮官である岡防衛長官の娘で、お嬢様キャラです。南原ちずるも指揮官キャラの南原博士の孫娘だったので同じ系統のキャラといえます。しかし南原ちずるに比べて岡めぐみはいまひとつメジャーではありません。
「ボルテスV」は剛兄弟やその父や異母兄のドラマがメインなのでめぐみはどうしても影が薄くなるとも言われがちですが、そんなことを言えばちずるだって「コン・バトラーV」においてそんなに濃いドラマの渦中にあったわけではありません。主人公と恋仲になったちずるの方が主人公と恋仲にならなかっためぐみよりも印象が濃いという見方もありますが、ちずると豹馬の恋愛描写など他愛ないものばかりで、さして深いドラマにはなっていません。基本的にはちずるもめぐみもひたすら戦い抜いたヒロインという点ではそう大差はありません。
ならば、南原ちずるがアイドル的な人気を獲得したのと同じように岡めぐみもアイドル的人気を誇っていても良さそうなものですが、そうはなっていない。いや実際はめぐみの方が好きだという人も結構います。それは割と「通」なスーパーロボットアニメファンの方に多く、めぐみはよりマニア受けしていて、ちずるはむしろ広く浅く好かれている感じです。
これは要するに「ボルテスV」という濃い物語のファンがめぐみというキャラにも感情移入してアイドル的に愛しているのであって、「ボルテスV」に比べて物語が薄めの「コン・バトラーV」の方はこの手のコアなファンが「ボルテスV」よりは少なく、そのためちずるの濃いファンもめぐみよりも少ないのだが、その代わり「コン・バトラーV」のコアではない一般的ファンは多いので、浅い一般的ファンも含まればちずるのファンの方が多いということなのでしょう。
ちずるはアイドル的人気があると言いましたが、それはコアでディープなファンだけではなく広く浅くのファンも含めて多数のファンが存在しているからこそのアイドル的人気なのであって、めぐみのようにコアなファンの占める割合が多くなってくると、アイドル的人気にまでは達しないのです。つまり、南原ちずるにはコアなファン以外にも一般的なファンも多く存在したが、岡めぐみにはコアなファンはいたが一般的なファンはさほど多くはなかった。それは岡めぐみが南原ちずるよりも劣っているという意味ではない。「ボルテスV」という作品が「コン・バトラーV」よりも一般的な人気が低かったということです。

0204.jpgしかし「ボルテスV」の方が「コン・バトラーV」よりも物語も深くて濃くて面白いという意見もあり、それは私も実は同意します。だが、だからこそ「コン・バトラーV」までは何とか楽しんで見ることが出来た一般的な小さい子供たちが「ボルテスV」までいくと、もう話が大人向けすぎて付いていけなくなったのです。
こんな簡単なことにどうして「ボルテスV」のスタッフは気づかなかったのかというと、実は当時はまだそのあたりは誰もよく分かっていなかったのです。そもそもスーパーロボットアニメというものが誕生したのが1972年の「マジンガーZ」の時ですから、この時点でまだ5年しか経っていません。「マジンガーZ」当初は思いっきり小さい子供向けに作っていたのですが、その時にスーパーロボットに夢中になってくれた子供たちも成長してきます。「マジンガーZ」の時点で3歳だった子供も「コン・バトラーV」時点で7歳、「ボルテスV」時点で8歳です。当然嗜好は変わってきて、「マジンガーZ」と同じレベルのシンプルなお話では満足出来なくなってきます。
せっかくスーパーロボットを好きになってくれたファンなのですから、ずっとファンでいてもらいたい。だからファンの成長に合わせて作品も変わっていかなければならない。そんな考え方が危険であることは現在は誰もが知っています。そんなふうに作風を大人向けにシフトしていけば、新たにファンになってくれるはずの小さい子供たちを逃すことになるからです。しかし当時はそのように子供向けドラマのファン層を上に拡大しようという試み自体をまだ誰もしたことが無かったので、そうした失敗の可能性にも誰も気付かなかったのです。
つまり「コン・バトラーV」の後半ぐらいから徐々に、そして「ボルテスV」で一気に進めた大人向けの濃く深い大河ストーリーの導入は、かつて子供番組で誰もやったことのない新たな試みであったのであり、案外上手くいくと思っていた人も多かったのです。その結果、「ボルテスV」はやや高年齢、つまり本当にスーパーロボットが好きな「マジンガーZ」以来の特に熱心な古参ファンのハートを熱く掴み、コアなファンの猛烈な支持を得ましたが、小さい子供たちをはじめ一般ファンからの支持は前作「コン・バトラーV」よりも得られなかったのでした。実際、「ボルテスV」は小さい子供の人気を素直に反映する玩具売上面では「コン・バトラーV」よりも下回ってしまいました。

0205.jpgところが「ボルテスV」の熱烈なファンの存在が制作サイドの判断を誤らせたのか、それとも一定の計算に基づいた確信犯であったのか、続く1978年度の次作「闘将ダイモス」ではますますドラマ面への傾斜を強め、ロボット面では「超電磁」というシリーズの看板も外して合体ロボをやめてしまい、変形ロボに後退してリアルロボットの方向に舵を切ってしまい、その反面ストーリー面では「男女の愛」をメインテーマに据えて、より深く濃くなっていき、完全に小さい子供置いてきぼりのドロドロ愛憎劇を展開するようになったのでした。


0206.jpgこの作品のヒロインはエリカという異星人女性です。エリカは故郷の星が滅びて生き残りで宇宙を放浪してきた有翼人種のバーム星人の集団の指導者の娘であったが、地球人との平和共存の上での地球へのバーム星人の集団移住の道を模索していたエリカの父が暗殺された事件をきっかけに地球人とバーム星人との戦争が勃発、その混乱の中で怪我をして記憶喪失になってしまったエリカはバーム星人に父を殺された主人公の竜崎一矢に救われ、自分を地球人だと思い込んだままエリカは一矢と恋に落ちます。
ところが記憶を取り戻したエリカは自分の兄がバーム側の司令官として多くの地球人を殺していることや、その兄の軍と戦う地球側の巨大ロボのダイモスの操縦者が自分の恋人の一矢であることを知り、失意に暮れて一矢のもとを去ってバーム側に戻ります。その後、一矢はエリカを取り戻そうとし、エリカはバームと地球との和平の道を模索したりして、一矢も戦いの中でバーム星人を理解していくという、とにかく大映ドラマのような濃い物語が展開されていきます。
エリカは南原ちずるや岡めぐみのような「戦うヒロイン」ではありませんが、この2人とは比べ物にならないほどにドラマチックなヒロインであり、もはやこの物語の主役の1人と言っていいでしょう。

0207.jpg南原ちずるや岡めぐみと同じような「地球側防衛チーム仲間の紅一点で戦闘に参加するバトルヒロイン」としては和泉ナナというヒロインがちゃんと配置されているのですが、この物語のテーマが「男女の愛」であり、そのテーマに対応したエリカというメインヒロインがれっきとして存在しているためにナナは完全にサブヒロイン扱いとなっており、見た目やキャラ設定なども主人公と対等ではなく「妹分」扱いとなってしまっており、ナナ本人は主人公の一也のことが好きであるにもかかわらず相手にされないという、ちずるやめぐみに比べてかなり不遇状態です。
戦闘への関わり方もちずるやめぐみが主役ロボの操縦者の1人であったのに対して、ナナは支援マシンの操縦者であり、「マジンガーZ」の弓さやかや「ゲッターロボ」の早乙女ミチルのレベルまで降格してしまっています。このような面を見ても、もはや「闘将ダイモス」は「コン・バトラーV」や「ボルテスV」とは違うコンセプトの作品となってしまっていることが分かります。

0208.jpgただ、この「闘将ダイモス」はハッキリ言って、大人目線で観れば、「コン・バトラーV」よりも断然面白いし、「ボルテスV」よりも更に面白い。一矢とエリカの大人の恋愛物語も良いが、バーム星人が単純に「地球征服を企む悪の宇宙人」という扱いではなく、平和共存の道も探りつつも、敵味方の様々な勢力の思惑が入り乱れて陰謀によって戦争が勃発してしまうというのも、決して単純な勧善懲悪の世界観ではなくリアルな感じで大人には面白いです。この「闘将ダイモス」を「コン・バトラーV」に始まる長浜ロマンロボシリーズで一番の名作と推す声も多く、その意見には説得力はあると私も思います。
しかし、この物語はさすがに小さい子供たちには理解困難な世界でしょう。お蔭でこの作品の人気は急降下していき、小さい子供たちは「闘将ダイモス」よりも同時期に放映していた、よりシンプルで明快なロボットヒーロードラマであった「スパイダーマン」を観たのです。だからレオパルドンの玩具はバカ売れしたというわけです。
つまり、スーパーロボットアニメが低年齢児童層から離れて高年齢層の小学生ぐらいをターゲットにした作風にシフトしていったため、低年齢児童層のニーズを、たまたまスーパーロボット風の搭乗型ロボットを導入したシンプルな勧善懲悪の子供向けヒーロードラマの「スパイダーマン」が埋める結果になったということです。

ただ一応言っておくと、このスーパーロボットアニメ側の方向性は別に商業的に愚かな決断であったわけではない。その頃世間では「宇宙戦艦ヤマト」ブームが盛り上がってきており、更にこの1978年夏に「スターウォーズ」が日本で公開された結果、遂に日本でもSFブームが大きく盛り上がり、小中学生あたりにもSFファンが急増しました。「闘将ダイモス」で試されたシンプルな勧善懲悪ではない戦争と人間をリアルに描いたリアルロボットアニメ路線は、翌1979年に「機動戦士ガンダム」において、地球人同士の宇宙戦争とその中で兵器として扱われるロボットを描いたことによって新たに小中学生のリアルSFロボットアニメファン層を掘り起こして、新たなロボットアニメの歴史を開いていったのですから、決して間違った方向性だったわけではないのです。

長浜ロマンロボシリーズから「機動戦士ガンダム」を生み出した流れ自体は新たな高年齢層の学童たちのSFファン層に向けたリアルロボットアニメのジャンルを切り開く上で大いに意義はありました。ただ、「機動戦士ガンダム」の出現は新たなロボットアニメファン層の拡大であると同時に、もはやロボットアニメは低年齢児童層の楽しめるものではなくなったという事実も告げていました。
それは言い換えればこれ以前の「マジンガーZ」や「ゲッターロボ」、「コン・バトラーV」ぐらいまでの作品に夢中になっていたような低年齢児童層の巨大ロボット熱を満足させる別の何かが求められるということであり、そのニーズをひとまず1978年は「スパイダーマン」が埋めたわけです。では1979年度以降はどうするのかというのが問題になってくる。

0209.jpg東映テレビ事業部の方ではもともと「スパイダーマン」とは別にマーヴェル社との提携作品の企画は進めており、そちらはスパイダーマンと並ぶマーヴェルの人気キャラクターのキャプテンアメリカを扱う予定でした。しかしマーヴェル側は早々にキャプテンアメリカの使用に難色を示してきて、代わりにミスアメリカというキャラならば使ってもいいと言ってきた。どうしてマーヴェルがキャプテンアメリカの使用に難色を示したのかはよく分からないが、キャプテンアメリカといえばアメリカ国家を象徴するヒーローであり、それを日本で変な扱いをされては何かとマズいことになると警戒したのかもしれません。
それで似た系統のヒーローであるミスアメリカを代案で出してきたのでしょうけれど、女キャラであるミスアメリカを主役にしてお話を作るのは無理があると困ってしまった東映は、ミスアメリカだけでなく他に日本側で新たに用意したオリジナル男性ヒーローも登場させる複数ヒーロー制にするしかないと考え、ならばいっそ「ゴレンジャー」や「ジャッカー電撃隊」で経験のあるチームヒーロードラマにしようということになったのでした。
そうしてミスアメリカをアメリカ代表ということにして、他はアジア代表やアフリカ代表など、世界各地の代表の集まった5人組のチームヒーロードラマというコンセプトで、「ゴレンジャー」と同じような明るくシンプルなスパイアクションドラマとする構想が固まりました。そこに当時流行していたディスコダンスの要素を取り入れて、ダンスによって体内に生じた力で変身して戦うチームということになり、「バトルフィーバーJ」というタイトルも決まりました。

そうこうしているうちに「スパイダーマン」がロボ玩具を大いに売って商業的に成功し、せっかく生じたその流れを何かで引き継がねばならないということになりました。そこで、この「バトルフィーバーJ」を「スパイダーマン」の後番組にして、「バトルフィーバーJ」でも「スパイダーマン」同様に搭乗型の巨大ロボを登場させることになりました。
今回はヒーローが5人いるわけですから、出来れば「コン・バトラーV」のように5体合体ロボといきたいところですが、まだ東映には実写でそこまで出来る技術はありませんでしたので、レオパルドンと同じ単体ロボとすることにしました。しかしレオパルドンと全く同じでは飽きられる危険があったので、目先を変える意味で今度は変形ロボはやめて丸いフォルムのロボにして、空飛ぶ巨大母艦から巨大ロボが発進するということにしました。

0210.jpgこうしてテレビ東京系の水曜19時30分枠で「スパイダーマン」が1979年3月に終了した後にその後番組として「バトルフィーバーJ」を開始するという予定で準備が進められていました。ところがここで急遽、意外な展開となってきます。「コン・バトラーV」以降、「ボルテスV」「闘将ダイモス」と3作続けて東映テレビ事業部制作で長浜ロマンロボシリーズを放映してきたテレビ朝日系の土曜18時枠で、「闘将ダイモス」が不人気のために急遽1979年1月で打ち切り、長浜ロマンロボシリーズの打ち切りも決定してしまい、東映側はこの枠のスポンサーを納得させる別の作品ですぐに1979年2月から穴埋めしない限り、この枠を失ってしまう事態となってしまいました。
まずこの時点での東映における至上命題は、せっかく「コン・バトラーV」以降、「ボルテスV」「ダイモス」と東映テレビ事業部が努力して開拓し確保してきた、このテレ朝系土曜18時枠の死守でした。そのためにこの枠のスポンサーを納得させなければいけない。この枠のスポンサーとはつまり玩具メーカーであり、「コン・バトラーV」の頃のようにロボット玩具が売れてくれれば文句は無いわけです。その時点で東映がすぐに用意できる作品の中でそれが出来る可能性のあるものは「バトルフィーバーJ」だけでした。
そこで東映はテレビ東京系水曜19時30分枠の「スパイダーマン」の後番組に4月からの放送を予定していた「バトルフィーバーJ」を急遽、テレビ朝日系土曜18時枠の「闘将ダイモス」の後番組として2月から放映開始することにして、予定よりも2ヶ月前倒しの開始となった「バトルフィーバーJ」の準備を急がせ、一方で空いてしまったテレビ東京系の「スパイダーマン」の後番組の方には「闘将ダイモス」の後番組の予定として用意されていた長浜ロマンロボシリーズの4作目「未来ロボ ダルタニアス」を挿し込むことにしたのでした。

なお、この「ダルタニアス」はさすがに長浜監督も「ダイモス」の失敗に反省したのか、やや路線修正して3体合体ロボに戻してストーリーも単純明快にして子供ウケを狙ったものに回帰したものでしたが、いざ4月に放送開始すると、子供人気は既に2ヶ月早く開始していた「バトルフィーバーJ」の方に既に奪われていた上に、同時期に開始した「機動戦士ガンダム」に高年齢層ファンは奪われ、結果的に大失敗に終わり、長浜ロマンロボシリーズはここに終焉を迎えました。

0211.jpg一方、「闘将ダイモス」の後番組として1979年2月に放映開始にこぎつけた「バトルフィーバーJ」は急遽の前倒しスケジュールの影響で序盤バトルフィーバーロボの登場が少し遅れるなどのアクシデントはありましたが上々の評判となり、テレビ朝日系土曜18時枠という長浜ロマンロボシリーズ伝統の東映の放映枠を延命させることに成功し、この放送枠がこの後およそ10年間、スーパー戦隊シリーズの放送枠となるのですが、この時点では「スーパー戦隊シリーズ」という概念は存在していませんので、「バトルフィーバーJ」はあくまで東映制作のマーヴェル社提携作品の第二弾という扱いであり、そしてまたこの作品は「長浜ロマンロボシリーズの枠の後継作品」という意味合いも強い作品でした。

その1つの表れが「バトルフィーバーJ」における巨大ロボ、つまりバトルフィーバーロボの最大の売りが、あのボルテスVと同じく、必殺技を剣技で発するということでした。しかもその必殺剣技の名は「電光剣・唐竹割り」であり、ボルテスVの「天空剣・Vの字斬り」と同じ系統の必殺技名なのです。いや、ボルテスVには「天空剣・唐竹割り」という技もあり、これなどはほぼ同じ名前の技と言ってもいい。
こんな露骨なパクリのようなことは、さすがにこの時代であっても、たとえ自社の作品であるといっても、普通はやらない。それをこのように平然とやっている。しかもこの「○○剣・××斬り」というパターンはこの後のこの枠の作品で毎年踏襲されていきます。ということは、これは決して無断のパクリや盗用の類ではないのでしょう。
要するに長浜ロマンロボシリーズの伝統、特に「コン・バトラーV」や「ボルテスV」のような5体合体スーパーロボット系の作品の伝統は同じ八手三郎原作、すなわち東映テレビ事業部制作の「バトルフィーバーJ」とそれに続く作品に引き継がれたのだという暗黙の了解が存在したのだと考えていいでしょう。

0212.JPGこの「バトルフィーバーJ」という作品のヒロインは5人の変身ヒーローチームであるバトルフィーバー隊の紅一点、ミスアメリカに変身するダイアン・マーチンでした。結局このミスアメリカだけがバトルフィーバー隊の中でマーヴェル社の本当に所有するオリジナルキャラクターであり、他のバトルジャパンだのバトルコサックだのというのは、キャプテンアメリカを参考にして東映側が作り出したアメコミ風の日本独自のヒーローでした。ただミスアメリカにしてもオリジナルのミスアメリカとは異なった姿形をしており、これも名前はオリジナルと同じだけの日本独自のバトルヒロインと言っていいでしょう。
とにかくこの「バトルフィーバーJ」という作品はマーヴェル社提携作品であるというのが基本コンセプトとなって企画がスタートしたので、「ゴレンジャー」のようなチームヒーロードラマの形式をとってはいるものの、別に「ゴレンジャー」や「ジャッカー電撃隊」の後継番組であるという意識はありません。どちらかというと「アクマイザー3」や「超神ビビューン」に近い、単に「ゴレンジャー」のフォーマットを拝借した別作品という感じです。戦士の色分けが明確な「忍者キャプター」の方がむしろ「バトルフィーバーJ」よりも「ゴレンジャー」に近いとすら言えます。
だからバトルフィーバー隊の面々はあくまで変身後はアメコミヒーロー風の外見をしており、ゴレンジャーやジャッカー電撃隊の変身後コスチュームのコンセプトであった明確な色分けがされた同系デザインの全身スーツや、単眼大型ゴーグル付きの卵型頭部マスクなどの特徴は備えていません。
0213.JPG特にミスアメリカの変身後の姿は仲間5人の中でも異彩を放っており、髪の毛が生えており、股の切れ込みの深いレオタード姿となっています。これはスーパー戦隊歴代ヒロインの中では1人だけ浮きまくるほどに異色ですが、そもそも「スーパー戦隊」という概念がまだ無い時代であり、この作品がこの後そのようなシリーズの始祖作品となるということはこの時点では誰も認識していない上に、ゴレンジャーやジャッカー電撃隊の後継作品という意識も持っていないのですから、異色デザインとなるのも仕方ないでしょう。

ただ、シンプルかつ明快な勧善懲悪作劇を売りとしていた「スパイダーマン」の後番組として企画されたチームヒーロードラマであるこの作品が同じくシンプルで明快な勧善懲悪作劇であった「ゴレンジャー」のチームヒーロードラマのフォーマットを思いっきり素直に踏襲したのも確かです。よって、紅一点変身ヒロインであるダイアン・マーチンのキャラ設定も「ゴレンジャー」のペギー松山とほぼ同じ、クールビューティーなスパイチームヒロインのタイプとなっています。
FBI秘密捜査官から転身して日本の国防軍秘密部隊であるバトルフィーバー隊に加入してミスアメリカに変身して戦う戦士となっ0214.jpgたという設定のダイアンは、元イーグル秘密工作員であったペギー松山と同じような、戦うことを職務としてこなすプロ戦士としての経歴の持ち主といえましょう。性格は男勝りで気が強く沈着冷静、つまり典型的なクールビューティーなキャラです。

そして名前からも分かるようにダイアンというヒロインはアメリカ人です。ペギーはハーフでしたがダイアンは完全なる外国人で、これは当時の感覚としてリアル寄りのスパイチームであるバトルフィーバー隊に存在するヒロインが一般日本人女性であることに違和感があったので、何かと外国絡みの設定としていたという点ではペギーと同じですが、それならペギーのようにハーフ0215.jpgという設定にして日本人の女優を使えばよさそうなものです。いや完全に外国人という設定にしたとしても日系人やアジア系アメリカ人という設定にするなど、いくらでも工夫して日本人の女優を使うことは出来ます。
しかし、このダイアン・マーチンというヒロインを演じているのはアメリカ人モデルのダイアン・マーチンという人です。普通は俳優を使う場合に役名と俳優名が同じということはないので、基本的に普段はお芝居などしないモデルだからこそ、このように本名をそのまま役名に出来ているのでしょう。
さて、なんでわざわざお芝居の出来ないモデルに演じさせたのかというと、「アメリカ人の美女」にこだわったからでしょう。バトルジャパンなどのバトルフィーバー隊の他の男メンバーに関してはかなりそのへんはテキトーです。バトルコサックはソ連をイメージした戦士であり、バトルケニアはアフリカをイメージした戦士でありますが、その変身前を演じた役者はみんな日本人であり、そもそも役名も白石謙作や曙四郎など、完全に日本人です。
しかしバトルコサックとかバトルケニアは東映が勝手に作ったアメコミ風の東映オリジナルヒーローだからテキトーでもいいのです。その一方でミスアメリカだけはマーヴェル社が所有するキャラクターであり、この作品に出てくるミスアメリカは姿形もオリジナルとは違ってしまってはいますが、それでも「ミスアメリカ」の名前を使用している以上、あまりテキトーなことをするわけにもいかない。東映はそのあたりをかなり慎重に考えたのでしょう。
それでやっぱりミスアメリカなのだからアメリカ人が変身するのが良いだろうと考え、ア0216.jpgメリカ人という設定ならばいかにも西洋人の顔立ちでなければやはりマズいだろうと思ったのでしょう。それでとりあえず日本語を流暢に話せるアメリカ人の美女を探したところ、スケジュールやギャラの問題をクリアして出演してもらえそうなのが当時売れっ子モデルだったダイアン・マーチンだったのでしょう。もちろん出来れば演技力もあった方が良かったのでしょうけれど、当時の日本でここまでマニアックな条件で探した場合、演技力の不足は大目に見るしかなかったと思われます。

といってもダイアンも全くの大根役者だったわけでもなかったので、一応普通のセリフの遣り取りぐらいはちゃんとこなせました。ただやはり本職の役者でないので、出来なかったのがアフレコとアクションでした。アフレコに関しては仕方ないので変身後のミスアメリカの声は変身後スーツアクトレスを担当した小牧りさ(ペギー松山を演じた人)にやってもらうことにしましたが、変身前の素面アクションはどうしようもありませんでした。当時は変身前のアクションは吹替えはあまりやらず、役者本人がするのが当たり前の時代でしたので、こういう事態に対応できなかったのです。
となると出来ないものを無理にやらせるわけにもいきません。これが俳優ならば出来ないのは己の未熟ですから無理もさせることも0217.jpg出来るのですが、本職はモデルの女性に無理に演じてもらっている以上、そこにそれ以上アクションで無茶を強いることは出来ない。その結果、ダイアンは変身前はあまり活発に動くキャラではなくなってしまい、そうなると見せ場もなかなか作れないので主役エピソードも無い状態となり、影の薄いヒロインとなりました。その「ダイアンがアクションをしない」ということはダイアンの服装も象徴しています。

1979年当時はアクションヒロインといえばミニスカートかホットパンツであり、とにかく太ももを露出していました。本来は「アクションをする」ということと「太ももを露出する」ことの間に相関関係は一切ありません。しかし1972年のアンドロ仮面以降はこの両者は切り離せない関係になってしまっていたのです。
特にペギー松山とカレン水木という、東映制作の生身の人間が変身するチームヒーロードラマの戦闘変身ヒロインたちはホットパンツ着用が特徴的でした。ダイアンもその系譜を引くヒロインであることは明白です。ならばダイアンも本来はホットパンツ着用でなければいけないはずです。しかしダイアンの変身前の普段着は長ズボン着用スタイルで、太ももは隠れてしまっていました。ダイアン自身が太ももを見せたがっていなかったわけではないことは何度か水着シーンがあることで証明されていますから、これはスタッフ側の措置でしょう。
つまりおそらくは当時は「アクションをしないヒロインが太ももを見せるのはおかしい」という考え方があったのでしょう。現在は戦隊ヒロインが太ももを見せる0218.jpgのは当たり前になっているので、あまりアクションをしないヒロインが太ももを露出した服を着ていても全く変には思いませんが、当時は元来はヒーロー番組に出る普通のヒロインはミニスカートやホットパンツなどは着用しておらず、太ももを露出した服装をしていたのは身体を張ってアクションをこなすヒロインだけでした。
つまり、ミニスカートやホットパンツというのはアクションに果敢に挑むヒロインにのみ許された栄誉あるコスチュームだったのでしょう。だからアクションに挑まない変身前のダイアン・マーチンにはホットパンツを履かせるわけにはいかない。そういうわけでダイアンは通常時の服装が長ズボン着用スタイルであったわけです。

0219.jpg



















0220.jpg



















0221.jpg



















0222.jpg




















0223.jpgそうして開始した「バトルフィーバーJ」は、確かに「ゴレンジャー」に似た内容ではありましたが、「ジャッカー電撃隊」終了から1年以上チームヒーロードラマが絶えていたこと、作風が「ジャッカー電撃隊」に比べて明る目であり大ヒット作「ゴレンジャー」の再来を思わせたこと、しかも「ゴレンジャー」には無い巨大ロボ戦があったこと、その巨大ロボ戦はこの土曜18時枠の視聴者にとって馴染のあるものを初めて実写化したものであったことなど、様々な要素が肯定的に作用して、人気作となりました。
その結果、もともと半年だった放送予定が延長されて1年間放送することが決まると、番組後半のダイアンのスケジュールを押さえることが出来なくなったのでダイアンは降板することになってしまいました。それで、ダイアンの妹が来日した際に敵に襲われて、その時ダイアンがミスアメリカであることが敵にバレてしまったのでアメリカに帰ることになったという筋書きにして、妹の護衛でアメリカからついてきていたFBI秘密捜査官の女性がダイアンにミスアメリカの装備を託されて二代目ミスアメリカを襲名するという形にして、ミスアメリカの役者を交替させました。

0224.jpgこの時、東映側は考えを改めて、もうアメリカ人にこだわることはやめて、ちゃんと演技やアクションの出来る日本人の女優に二代目ミスアメリカを演じてもらおうという方針のもと、萩奈穂美に二代目ミスアメリカの変身者である汀マリアを演じてもらうことにしたのでした。
この汀マリアのキャラ設定はダイアンとほとんど同じです。マリアもまたFBI秘密捜査官からの転身キャラであり、クールビューティーのプロ戦士ヒロインであり、ダイアンが抜けた穴をダイアンと同じキャラ設定の別ヒロインが埋めたに過ぎない。マリアの加入によってバトルフィーバー隊の中身を変えようなどという意図が制作スタッフにあったとは到底思えません。
ただマリアがダイアンと違っていたのは、ダイアンが完全なる外国人であったのに対して、汀マリアはその名前からも分かるように、ハーフか日系人であり、おそらくFBI捜査官をしているということはアメリカ国籍を持っており、ハーフであるならば日本人とアメリカ人のハーフであるか、あるいは日系アメリカ人であるかのどちらかでしょう。つまりペギー松山とほぼ同じ設定といえます。
性格的にマリアの方がダイアンよりも明るく行動的であるとか活発であるとか言われますが、それはマリアのキャラ設定がそこまで厳密に決められていたわけではなく、単に演者の萩さんの能力の高さが反映されているだけでしょう。ダイアンもマリアもどちらも実際はキャラ設定はほぼ同じであり、それはペギー松山のコピーでしかなかったと思います。ダイアンに代0225.jpgえて全く新しい個性をもったキャラを投入することによって作品のカラーや戦隊のカラーを変化させようという意図は無かったでしょう。
結果的にはマリアの登場によってバトルフィーバー隊はマリア主役回も増え、後半は主にバトルケニアの曙四郎とマリアが牽引役となり、より活性化しました。だが、それは路線変更というようなものではなく、単にもともとダイアンというキャラに本来求められていた要素が演者のダイアンの技量不足によって満たされていなかったのが、ちゃんとした俳優を演者としたマリアというキャラが一人前のヒロインとして活発に動き回ることによって満たされた結果、「バトルフィーバーJ」という作品が本来発揮するはずであったクオリティが番組後半になっていよいよ完全に発0226.jpg揮されるようになったということであるに過ぎない。
そのマリアによってようやく発揮された要素の中には当然変身前のアクションも含まれており、萩さんの演じる汀マリアというヒロインがペギー松山の系譜を受け継いで男メンバーと対等な扱いで素面アクションをこなすことが出来るとヒロインだと認め、期待したからこそ、制作サイドは汀マリアというヒロインにペギー松山やカレン水木と同じようなミニのホットパンツを履かせたのでした。














0227.jpg

















0228.JPG



















0229.JPG



















0230.jpg



















0231.jpg



















0232.jpg
にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
にほんブログ村 にほんブログ村 テレビブログ スーパー戦隊へ
にほんブログ村
posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 11:05 | Comment(1) | ヒロイン画像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
長浜ロマンロボシリーズ、面白いですよね。
3作全部に市川治さんと上田みゆきさんが出ているのが良いです。
Posted by at 2013年03月04日 17:02
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。