2011年10月07日

第30話「友の魂だけでも」感想その1

今回はレジェンド回で、ライブマン篇です。
「超獣戦隊ライブマン」は1988年度の作品で、スーパー戦隊シリーズ12作目ですから、
前々回のジェットマン篇で題材となった「鳥人戦隊ジェットマン」よりも更に3年前の戦隊です。
つまり、これまでレジェンド回で取り上げられた中で一番古い戦隊となります。
何せ1988年といえば昭和63年ですから、「ライブマン」は昭和戦隊の最後の作品となります。
遂に昭和戦隊まで登場することになったわけです。

この今から23年前の戦隊から登場するレジェンドゲストはイエローライオンこと大原丈です。
「ライブマン」劇中設定では20歳の若き科学者の卵であった大原丈が
今回は40歳代半ばの一人前の科学者として登場します。
大原丈を演じていただいたのはもちろんオリジナル役者の西村和彦氏で、
おそらくスーパー戦隊シリーズで戦隊メンバーを演じた役者の中で、
その後最もメジャーな芸能人になった人達のうちの1人でしょう。
「ライブマン」以降、主にテレビドラマで主演クラスで活躍され、
現在でもテレビのドラマやバラエティでよくお見かけします。

現在45歳の西村氏は驚くほどの若々しさでありながら貫録十分で、演技力は抜群の安定感で、
今回のエピソードのクオリティを大いに上げていただいています。
西村氏と主に絡んだのはジョー役の山田くんだったのですが、
普段からこれがデビュー作とは思えない高い演技力を見せている山田くん、
今回は西村氏に影響されたのか、今までで最高の演技だったと思います。

なんでも宇都宮Pや西村氏の談話によると、
今年1月のゴーカイジャーのプレミア発表会の時、西村氏がたまたま近くに来ていて顔を出されたようで、
その時に西村氏から出演したい旨の申し出があり、今回の出演が実現したようです。
今年1月の段階では物語前半の構想は固まっていたでしょうから、
その時点では前半に登場したような21世紀戦隊のレジェンド回は構想されていて、
逆にそれ以前の戦隊のレジェンド回は予定されていなかったようです。
実際、2月発売の特撮雑誌のインタビュー記事でも宇都宮Pは
「古い戦隊のレジェンド回をやっても今の子供には喜ばれないでしょう」というようなことを言っており、
古い戦隊のレジェンド回には消極的な姿勢でした。

まぁレジェンド回と通常回を交互ぐらいでやっていく方針のもと、
エピソード数を考えると全部の戦隊のレジェンド回をやるのはどのみち物理的に不可能ですし、
何かは削らねばならないとしたら古い戦隊の方を削るのは当たり前です。
それに、「あくまでゴーカイジャーの物語をメインにして、
それぞれの段階でのゴーカイジャーの成長にテーマを絡めてレジェンドゲストを登場させていく」という
制作方針である関係上、戦隊としてのテーマが明確な戦隊の方がゴーカイジャーに絡めやすい。

そういう「テーマの明確な戦隊」というと、
放送時間が日曜朝に移って以降の「メガレンジャー」以降の戦隊となります。
もちろんそれ以前の作品も作品としてのテーマは明確でしたが、
それらの作品の中に登場する戦隊は、大抵は既に第1話から、シリアス調であれギャグ調であれ、
いずれにしても「正義のヒーロー」としては完成されており、
戦隊メンバーの「正義のヒーローとしての成長」は描かれていても、
「正義のヒーローへの成長」というものは描かれていません。

無論、「カーレンジャー」以前の戦隊にも何らかのテーマはあるのでしょうけれど、
それは「正義のヒーローへの成長」を描くことによって、より鮮明に浮かび上がってくるのです。
それが描かれていないことによって、「カーレンジャー」以前の戦隊は
戦隊としてのテーマが見えにくい。そういうイメージが漠然とあるのです。
逆に「メガレンジャー」以降の戦隊は戦隊としてのテーマが明確というイメージがあります。

そういうイメージがあるということは、実際そういう傾向があるのは事実です。
しかし、あくまでイメージなので絶対の法則があるわけではなく、
「カーレンジャー」以前でもテーマの明確な戦隊もあれば、
「メガレンジャー」以降の戦隊でもテーマが曖昧な戦隊もあります。

ただ、なんとなくそういうイメージで括られる上に、
古い戦隊は今の子供には馴染が無く、そもそも関連玩具のデザインが昔風なので
「大いなる力」関連の玩具展開をしても売れなさそうですので、
どうしても古い戦隊はレジェンド回を作るにはハードルが高くなります。
その上、古い戦隊のメンバーを演じていた役者さんは引退している人も多く、
逆に未だ現役の人は大御所すぎて気軽にオファーしにくい。
容姿もだいぶ変わってしまっている方も多いから、
「ゴーカイジャー」の物語の中のゲスト登場の必然性やヒーローとしてのリアリティなどで問題も多い。

また、今のスーパー戦隊シリーズは昔とだいぶ変わってしまっているので、
現役スタッフと古い作品のOB役者の方々との直接のコネクションも薄く、
中には今のスーパー戦隊シリーズや「ゴーカイジャー」の企画自体に好感を持っていない方も
いるのではないかという心配もあったでしょうし、
中途半端な登場の仕方をさせて役者ご本人や往年のファンをガッカリさせてしまうのではないかという
気遣いもあったでしょう。

それら諸々の理由でなんとなく、レジェンド回は「メガレンジャー」以降の戦隊にして、
それより古い戦隊は5月公開予定(震災の影響で6月公開)の「199ヒーロー大決戦」映画でまとめて処理しよう。
こういう構想が最初はあったのではないかと思います。
「全ての戦隊を登場させる」といっても、それはあくまで豪快チェンジで登場させるという話であって、
TV本編のレジェンドゲストに関しては古い戦隊のメンバーは出すつもりは無く、
TV本編で古い戦隊のレジェンド回もやるつもりは無かったのではないかと思います。

ところが1月末のプレミア発表会の際に西村氏から内々に出演の逆オファーがあり、
西村氏をレジェンドゲストに招いてのライブマン篇を現実化させるべく動き出したことによって、
「ゴーカイジャー」におけるレジェンド回の全体の構想も少し変化していったようです。
西村氏が出演するということで他の古い作品の出演者やスタッフにも声をかけやすくなったのであろうし、
古い戦隊の中にもよく見れば戦隊のテーマが明確なものもあり、
「ゴーカイジャー」の物語に絡ませやすいものもあることも分かってきたようです。
その結果、まず震災の影響で狂いの生じたスケジュールにカーレンジャー篇を突っ込み、
前々回のジェットマン篇、そして今回のライブマン篇が実現することになったのでしょう。

ただ、おそらく震災対応の特別篇扱いのカーレンジャー篇を除いて、
そのラインアップがジェットマン篇、ライブマン篇となっているということは、
いくら古い戦隊のレジェンド回を作ることに積極的になったとはいっても、
それはあくまで「ゴーカイジャー」の物語における必然性がよほど強いものだけに
限っているのだろうという印象を受けます。

やはり古い戦隊は今の子供たちにとっては馴染が無いものだというハンデは変わりませんから、
制作側として古い戦隊のレジェンド回を作りやすい環境となり、作ろうという意思が生じたとしても、
そこはメイン視聴者の子供たちのことを考えると自制は必要です。
趣味に走って戦隊同窓会のノリになってしまってはいけません。
戦隊同窓会を望む人は、全ての戦隊を出すべきだと言うのみならず、
全ての戦隊の扱いが平等でないといけないなどという拘りまで示しがちになりますが、
そんな拘りは愚かと言うしかありません。

あくまで大切なのは「ゴーカイジャー」の物語ですから、
「ゴーカイジャー」の物語における必然性次第では各戦隊の間の扱いに不平等が生じるのは当たり前のことであり、
「ゴーカイジャー」の物語における必然性さえあれば、全く登場しない戦隊があったり、
逆に何度でも登場する戦隊があっても、全然構わないとすら思います。
ただ子供向け番組ですから、あくまで新しい戦隊優先という傾向も当然だと思います。

そうなれば、いくら古い戦隊のレジェンド回も作ろうという方針になったからといっても、
それはよほど「ゴーカイジャー」の物語における必然性がある場合であり、
その戦隊のレジェンド回をやることによって「ゴーカイジャー」の物語の展開に有意義な影響を及ぼすことが
明らかである場合に限るということになります。
むしろ、その戦隊しか「ゴーカイジャー」の物語における特定の節目のテーマに絡めることは出来ない
というほどのオンリーワンの特徴を持った戦隊に限ると考えた方がいいでしょう。

「鳥人戦隊ジェットマン」というのは、そういったオンリーワンの特徴を持った戦隊であり、
そのジェットマンという戦隊のテーマを見事に「ゴーカイジャー」の物語の流れの中の
ここぞというタイミングで必然性をもってゴーカイジャーの成長に絡めたのがジェットマン篇でした。
ならばライブマン篇も同様であるはずです。
ライブマンもスーパー戦隊シリーズにおいて唯一ともいえる特徴を持った戦隊であり、
それが「ゴーカイジャー」の物語の、この今のタイミングにおいて、
ゴーカイジャーの成長における重要な役割を果たす必然性があるはずなので、
ライブマン篇がこのタイミングで挿入されたはずです。

西村氏からわざわざ逆オファーしていただいたとはいっても、
「ゴーカイジャー」の物語における必然性が無ければライブマン篇は実現しなかったはずであり、
ライブマンは古い戦隊の中でもテーマの明確な特別な戦隊であったのだと考えた方がいいでしょう。

そもそも西村氏はライブマンに出演したことを未だに誇りとしているとのことで、
それゆえ今回、西村氏の方から大原丈として出演したいともお申し出があったわけなのですが、
西村氏ほどのベテランで売れっ子の俳優がそこまで思い入れを持っていただいているというのは、
西村氏自身が好漢であるということももちろんあるのですが、
やはり大前提として「超獣戦隊ライブマン」という作品が特別な作品であったという要素があると思います。

そもそも「超獣戦隊ライブマン」は現在はスーパー戦隊シリーズの第12作ということになっていますが、
本来はそうではない。
「ライブマン」放映当時の1988年時点では、
まだ「ゴレンジャー」と「ジャッカー電撃隊」はスーパー戦隊シリーズには含まれておらず、
「バトルフィーバーJ」がシリーズ第1作という扱いでした。
そして「バトルフィーバーJ」以降は1年きっちり1戦隊というペースを守っていますから、
「ライブマン」という作品は、その制作時には「スーパー戦隊シリーズ10周年記念作品」として作られたのです。

それゆえ、かなりシリーズにおいて規格外のことをやっている、挑戦的な作品でありました。
まずライブマンの戦隊メンバーを演じる役者に
当時既にメジャーなタレントであった嶋大輔氏と森恵氏を起用したというのも異色で、
西村和彦氏が後にメジャーになったので物凄い豪華メンバーとなっていますが、
西村氏は当時は無名の新人でした。
むしろ西村氏にとっては既にキャリアを積んだ2人と同等の立場で様々なことを学ばせてもらったことを
誇りとしており、西村氏にとって「ライブマン」が「たかが子供番組」というような意識が無いのは
むしろ当たり前なのです。

ドラマ内容的にも同様で、そもそも嶋氏と森氏をわざわざ起用して10周年記念作品とする以上、
「たかが子供番組」と侮られるような幼稚な内容のものとするわけがない。
10周年記念の特別な戦隊ドラマを作ろうという意気込みを当時のスタッフが持っていたのは間違いありません。
だから「ライブマン」は一応、スーパー戦隊シリーズのフォーマットに則りながら、
そこで描かれる世界観はシリーズにおいてはかなり異色で、
シリーズには色々な意味での異色作が幾つかありますが、
この「ライブマン」こそ根本的な意味でシリーズでは一番の異色作なのかもしれません。

何がそんなに異色かというと、ライブマンは地球人を敵として戦った戦隊であり、
しかもその敵となった地球人はライブマンの3人の親友3人だったことです。
いや、単に敵が実は地球人であったり身近な人であったりしたパターンは他にも若干見られます。
だから、その点だけでライブマンが特別なのではありません。
他の作品におけるそれらのパターンにおいては、敵が身近な存在であることが判明するのは
戦い始めてからだいぶ経った後であり、その衝撃の事実の発覚によって
戦隊の使命である「悪を倒す正義の戦い」に迷いは生じるものの、
結局は戦隊は本来の使命である正義の戦いを完遂し、
その過程で悲しい犠牲が生じるというような感じです。

しかしライブマンの場合、彼らの親友が悪の道に走るのはライブマン結成前のことであり、
ライブマンの3人は親友の行為を知った上で、それに対処するためにライブマンを結成するのです。
しかもライブマンの目的はその悪の道に走った親友を倒すことではなく、
親友の悪事によって人々が傷つくことを阻止しつつ、親友を更生させて救うことだったのです。
だからライブマンは親友たちと戦いながら、自ら倒そうとはしないのです。
しかし悪の道に走った親友たちはとことん悪の道に堕ちており、到底許してはいけない相手です。
そんなヤツらを倒そうとしないで救うための戦隊なのですから、ライブマンというのは異色な戦隊なのです。

他の戦隊はたいてい全て悪の組織を敵と見なして倒す、あるいはその企みを阻止することを目的として
結成された戦隊です。
少なくとも悪の側の者を救おうとして結成された戦隊などは、ライブマン以外にはありません。
悪を倒すのが正義であり、そういう意味では、悪に堕ちた友を救おうとしているという点で、
正義の戦隊ではないともいえます。

「ライブマン」という物語はこの悪の道に走った3人と、
彼らを救おうとしてあえて彼らと戦う道を選んだ3人という、
6人の若者の正義や悪で単純に割り切れない苦悩と葛藤を描くということを目的としていたのですが、
このシリーズ10周年記念作品として張り切って打ち立てられた高尚なドラマ性は
子供番組には重厚すぎたようで、子供には理解が難しかったようです。
せっかく気合いを入れて制作したにもかかわらず、
視聴率も玩具売上もシリーズ過去最低となってしまったのでした。

そこでテコ入れで
悪の3人を敵討ちの対象と見なして彼らを倒すために敢然と戦う「分かりやすい正義のヒーロー」の
追加戦士2人を加入させ、悪の3人のうちの1人を退場させ、
当初の「3人VS3人」の対立構図を解体して、普通の勧善懲悪の物語にリニューアルしたのでした。
こういうわけでシリーズ初の追加戦士登場と、それに伴うロボ同士のスーパー合体など、
シリーズに新機軸が導入され、子供人気も回復することになったのです。

ただ、その変化の本質は、「正義と悪が曖昧な状態」から「明確な勧善懲悪」への移行であったのですが、
それは新機軸としては成功しましたが、決してドラマ面では徹底はされませんでした。
それだけ最初の正義と悪の曖昧な路線の方が子供受けはしなかったものの、
ドラマとしてのクオリティが高かったのです。
だから結局、正義と悪が近しい関係で境界が曖昧なまま、
つまりライブマン初期メンバー3人が悪の側の親友たちを見捨てることが出来ないまま、
物語は正義と悪の対立がエスカレートしていくという形となり、
最後は取り返しのつかないほど悪を突き詰めてしまった親友たちを、
ライブマンは正義の名のもとに追い込んでいき、親友たちを死に追いやってしまうことになったのでした。

当初は親友たちを救うための戦いであったはずが、
ライブマンは正義の名のもとに親友たちを死なせてしまったのです。
正義のための戦いだったから親友を殺すことになっても、それは仕方ない・・・という考え方は、
最初からライブマンが正義の戦いのための戦隊であったのなら成り立つでしょう。
しかし、彼らはもともとは親友を救うために戦い始めたのです。
その本来の目的と反対の結末となってしまった以上、
正義のためだったのだから親友を死なせてもいいという考えは成り立ちません。
そうなるとライブマンにとって正義は無意味です。正義というものの意義は見失われる。

しかし、だからといって正義の戦いで悪を打ち倒さなければ、
悪の道から抜けようとしない親友たちと和解出来たのかというと、それも無理だったのであり、
結局、正義の名のもとに戦うしかなかったのです。
そしてその結果、親友は死んでしまった。
それは受け入れ難い出来事ではありますが、
自分が正義の名のもとに彼らを死なせたという現実を受け入れて
自分の中で消化しないことには前へ進めない。

だからライブマンは「自分にとっての正義とはいったい何だったのか?」について、
苦しんで苦しんで苦しみぬいて考えていくことになるのです。
そして、その先に「正義」というものの真実の姿が見えてくるのです。

それは、最初から「正義のヒーローの戦隊」として成り立っている他の33の戦隊は
決して経験することのない、経験する必要のない苦悩であり、
それゆえ他の33戦隊はライブマンが到達する「正義」の真実の姿に辿り着くことはありません。
それは、救うために戦っていたはずの親友を正義の名のもとに死なせてしまったために
「正義」というものを見失ってしまったライブマンだからこそ、必死で求めた結論なのです。

そのライブマンの得た結論、すなわち「正義の真実の姿」は、
もともと正義の戦隊である33戦隊にとっては特に必要な情報ではありません。
しかし、唯一、正義というものをもともと知らずに戦っているゴーカイジャーにとってだけは
有益な情報になるのです。
それはゴーカイジャーが「正義の戦隊」になろうとする場合に限りますが。

そして、この「海賊戦隊ゴーカイジャー」の物語は、
これから終盤のザンギャック帝国との決戦の前に
マーベラス一味が「正義の戦隊」へと成長することを求めています。
「正義のための戦い」でなければ、ザンギャック帝国を倒すほどの戦いを
完遂する意識がマーベラス一味に生まれないからです。
言い換えれば、マーベラス一味が「正義の戦い」を知らない限り、
ザンギャック帝国を倒すことは出来ないのです。

つまり、今このタイミングでライブマンの得た「正義の真実の姿」をマーベラス一味が知ることは
物語全体の構成上、大変に重要な意味を持つことになるのです。
だから今回はライブマン篇しか有り得ないのです。

ライブマン側からのレジェンドゲストは、
初期3人の勇介、丈、めぐみの3人の誰でも構わなかったとは思いますが、
ここは当然、逆オファーまでしていただいた西村和彦氏演じる大原丈です。
そして、ゴーカイジャー側で大原丈と絡んで「正義の真実の姿」を示唆される役割を担うのは、
ライブマンと同様に「友と戦わねばならなくなった男」であるジョーです。

すなわちバリゾーグに改造された先輩のシドと戦う運命となったジョーなのですが、
ジョーは第12話で一旦シドを救うことは諦めてバリゾーグと戦うことは平気だと割り切ってしまっているので、
それではライブマンとは状況が違っています。
だから今回は一旦ジョーはシドを救うことが出来るかもしれないという希望を持つことになるのですが、
これは「友を救いたいのに友と戦わねばならない」という葛藤を生じさせて
ジョーをライブマンと同じ心情に誘導するためであって、
そこまで一旦持っていけば、シドの話は実はもうどうでもいいのです。

シドの話は今回は単にジョーをライブマンと同じ、ある状態に誘導するための呼び水に過ぎず、
シドの話は今回はすぐに希望の無い形で終わってしまい、
バリゾーグ=シドの運命に今回は大きな進展はありません。
また、シドをバリゾーグに改造したザイエンも登場しますが、
このザイエンの話も今回はそんなに重要な扱いではありません。
最後にジョーの激しい怒りの攻撃で倒され、一見、復讐を受けたようにも見えますが、
これは実はそうではなく、ジョーの決意表明の生贄にされたという方が正しい。
ゆえにザイエンもさして重要な扱いではなく、単なるやられキャラに近い。

今回、描写の主眼となっているのは、ジョーと大原丈という2人の人間の正体であり、
それはゴーカイジャーとライブマンという2つの戦隊の正体に通じています。
その2つの戦隊にとって「正義」というものがどういう意味を持つのかについて、
今回の脚本を担当した香村純子氏は書いているのですが、
香村氏は今回のエピソードを成り立たせるために、
大原丈によって「正義の真実の姿」をジョーに示唆させるという展開を作っています。

そして、そのために、ライブマンという戦隊があのボルトとの戦いの後、
「正義」について苦悩し、その結果、「正義の真実の姿」に辿り着いたという、
一種の「ライブマンの後日談」のような物語を作り上げているのです。

ジェットマン篇でも井上敏樹氏がジェットマンの後日談的な完結篇を書き上げましたが、
あれは「ジェットマン」のメインライター本人の井上氏だから簡単に出来たことであって、
今回はそれと似たようなことを「ライブマン」には一切関わっていない香村氏がやってのけているのが凄い。
香村氏はスーパー戦隊シリーズで最も思い入れのある作品がこの「ライブマン」と言っているそうですが、
その言葉に偽りは無いと見ていいでしょう。
よほど「ライブマン」という作品の本質が分かっていなければ書けない、
素晴らしいエピソードであったと思います。

今回はゴーゴーファイブ篇以来となる、久々の正統派のレジェンド回で、
レジェンドゲストが変身して戦ったりはせず、あるいは前回のように純粋なゲストでもなく、
あくまで変身して戦わない重要キャラとしてエピソードのテーマを提示して示唆を与える役割であり、
大原丈がかなり先輩戦士なので、下手したらゴーカイジャーが食われる可能性もあったのですが、
大原丈との接触をほぼジョー1人に絞ったのでそれを回避出来ています。

また、「大いなる力」の譲渡に関しても、
大原丈がゴーカイジャーに欠けているものを上から教えるわけでもなく、
ゴーカイジャーにもともと備わっている資質を見抜くわけでもなく、
ライブマンの経てきた苦悩と同じ苦悩を抱えるジョーを見て、
ライブマンとゴーカイジャーが共に同じことに関してあがいている似た者同士だと悟り、
大原丈がジョーへ一言だけ忠告することによって、
「大いなる力」よりも大切な何かを見つけて行動を起こすジョーを見て、
大原丈がそのジョーの目指すものと自分の目指すものが同じだと確信するという流れになっており、
あくまでライブマンとゴーカイジャーは対等に描かれており、
このあたりのバランス感覚は相変わらず見事で、
それを単純明快なドラマにしっかり綺麗な形で落とし込む手腕はさすがです。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 23:52 | Comment(0) | 第30話「友の魂だけでも」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月08日

第30話「友の魂だけでも」感想その2

では本編ですが、まず冒頭、今回は久々にガレオンの船室でまともな「お宝ナビゲート」をする
マーベラス一味のシーンから始まります。
第23話のゴーゴーファイブ篇でお宝ナビゲートをしてからエピソードが始まった展開を描いて以来、
ハリケンジャー篇ではお宝ナビゲート無しにハリケンジャーの方から突然現れたり、
ジェットマン篇ではキアイドーとの戦いに関するドラマが展開する中で
ハカセとナビィがたまたま頭をぶつけてお告げが飛び出したりというふうに、
このところしっかり腰を据えて「大いなる力」探しに取り掛かる展開が無かったので、
こういうのは久しぶりな印象です。

さて今回の冒頭時点で未だマーベラス一味が「大いなる力」をゲットしていない戦隊は、
バトルフィーバーJ、サンバルカン、チェンジマン、フラッシュマン、マスクマン、ライブマン、
ファイブマン、カクレンジャー、オーレンジャー、メガレンジャーの10戦隊です。
だいぶ残りも少なくなってきました。
その分、お告げ内容から該当する戦隊を絞り込みやすくなるわけです。

船室にはマーベラス達6人が固まって集まり、ナビィに相対しています。
どや顔のマーベラスが張り切って「そんじゃあ始めるか!」と言い、
ハカセが「ちゃんとやるの久々なんだからバッチリ頼むよ!」と励ますと、
ナビィは「お宝ナビゲ〜ト!!」と叫んで飛び上がり、
「ホップ!ステップ!ラブジャ〜ンプ!」と三段跳びの要領で正面のスクリーンに激突、
フラフラしながら「スケボーが得意なライオンが近づいている〜・・・」とお告げを唱えると
「・・・こんなん出ました〜・・・あああ・・・」と言い、床にボトッと落っこちます。

今回はいつもの抽象的なお告げ内容に比べるとかなり具体的な内容で、
お告げ内容を画的に想像するのも容易です。
要するにスケボーに乗ったライオンが「大いなる力」を持ってマーベラス一味の近くに来ているという
情景が目に浮かびます。
しかし、これはまたこれで、あまりに非現実的情景といえます。
「・・・そんなライオン、いるのか?」と戸惑いつつジョーはツッコミを入れ、
ルカは「サーカスに行けばいるんじゃない?」とテキトーなことを言います。

しかし鎧は何かに気付いたようで、
ハカセを押しのけてソファのテーブルの上に置かれたスーパー戦隊大百科の1冊を手にとって
「何言ってんですか皆さん!スケボーが得意なライオンといえば、これしかないでしょう!」と
得意げに大百科のページを開きます。
開かれたページはライブマンのページでした。
「超獣戦隊ライブマンのイエローライオンさんですよぉ!」と言って笑う鎧の指し示す
そのページに貼られた画像には、確かにスケボーをしている黄色の戦士の姿があり、
それはルカも変身したことのあるイエローライオンでした。
ただルカの変身したイエローライオンは女性型のスカート戦士でしたが、
この画像のイエローライオンは男性の戦士、つまりオリジナルのライブマンのイエローライオンの方です。

その画像のイエローライオンがスケボーをしているのです。
なお、この画像の貼ってあるコーナーをよく見ると、
鎧の手書きの汚い字で「イエローライオンの武器」とタイトルが書かれて括られています。
そのコーナー内にはスケボーの画像の他、
籠手状のライオンパンチやハンドガン状のライオンバズーカの画像も貼られていて
下には簡単な説明文も書かれています。
よって、このスケボー画像も普通のスケボーで遊んでいる画像なのではなく、
これはジェットスケボーという高速移動用のスケボーです。
イエローライオン大原丈がスケボーを得意とすることから開発された武器です。
ジェットスケボーについても下に説明文は書かれているはずですが、
そこは画面上では見切れていて見えません。

ただライオンパンチやライオンバズーカの説明文が至って簡潔なもので、
その開発の経緯などが書かれていないところを見ると、
ジェットスケボーに関してもその性能について触れている程度なのでしょう。
それが鎧や現在の戦隊マニア全般がその程度の知識しか持っていないということであり、
このページにはそもそも素顔の戦士情報が載っていないので、鎧は大原丈のことは知らないと思われます。
ただ単にスケボーが得意なライオン戦士で、残り10戦隊の中で絞り込めば、
すぐにイエローライオンのジェットスケボーのことが思い出されるというだけのことのようです。

なお、このページの上のほうにはライブマンに関する概要も書かれていて、
そこには、上の方は見切れていますが、おそらく「ボルトから地球を守るために戦った」と書かれており、
さらに続けて「科学アカデミアの最新技術で作り出した武器やマシンを使用した戦法が得意。
科学を正義のために役立てるのがライブマンの願い」と書かれています。

つまり鎧は大原丈たちライブマンの初期メンバー3人の在籍していた
科学アカデミアという世界中の天才を集めた科学者育成学校の存在は知っているのです。
そしてライブマンが科学アカデミアの作った装備で戦っていたことも知っています。
しかし、だからといってライブマンが科学アカデミアの一員であったとは認識していないようです。
鎧は単にライブマンの使った装備が科学アカデミア製のものであったという事実を知っているだけです。
このあたりはライブマンに関するややこしい経緯に原因があるようです。

ライブマンは科学アカデミアの学生だった天宮勇介、大原丈、岬めぐみの3人が
アカデミアを裏切って悪の天才集団ボルトのもとに走った親友3人による攻撃を予期して
秘かに開発していた装備で戦う戦隊です。
が、序盤の戦いでアカデミアは壊滅し、ライブマン達だけが秘密海底基地に残され、
アカデミアの残党は国連所属となってライブマンを支援してボルトと戦うことになりましたが、
ボルトによる地球侵略という事実を大衆に公表して混乱を招くことを避けたい国連は
アカデミア壊滅を海底火山爆発によるものとし、ボルトの存在やライブマンの存在を公的には認めませんでした。

ただ、国連にもアカデミアの残党と共にライブマンを支援する科学チームが秘かに作られて、
そこで働いた科学者もいましたから、
ライブマンの装備がアカデミアの残したものであることぐらいは関係者には知られていたようですが、
ライブマンの正体がボルトのアカデミア襲撃事件の生き残りの学生であるなどということは機密扱いで
国連の中枢以外には知られていなかったようです。
そういうわけで、あくまで世間の一部の事情通の間でさえも
「国連が支援する謎の戦隊ライブマンが全滅したアカデミアの残した装備でボルトという謎の侵略者と戦っている」
という程度の認識であったようです。

だから鎧はライブマンがアカデミアの武器やマシンを使用してボルトと戦っていたことは知っていても、
そのライブマンの正体がアカデミア関係者だとは思っていないのです。
普通はアカデミアの武器を使っていればアカデミア関係者がライブマンではないかと疑うところですが、
ライブマンの活躍時期のちょうど序盤においてアカデミアは海底火山の噴火で壊滅したことになっていますから、
アカデミア関係者がライブマンであるはずはないということになってしまう。
それに実質的には国連がライブマンを支援していましたから、
よく調べても国連とライブマンに関係があったことが判明するくらいで、
そうなると国連ならばアカデミアの残した技術を使ってライブマンへの支援を行うことは
ごく自然なことのように見えますから、
ライブマンの正体が全滅したはずのアカデミアの秘かな生き残りだなどという推理の入り込む余地は無くなります。
そういうわけで、鎧たち戦隊マニアにとってもライブマンの正体は謎のままなのです。

それでも、ともかく今回の探すべき「大いなる力」がライブマンのものであり、
それをもたらしてくれるのが「スケボーの得意なライオン」であるイエローライオンであることまでは
一気に特定出来たわけです。

これは鎧はお手柄のはずですが、
ルカは「へ〜え!凄いよナビィ!かってないほどピンポイントな占い!」と、
ナビィを拾い上げ嘴を突いて褒めます。
まぁ確かにナビィの占いが具体的だったので鎧がここまで絞り込むことが出来たわけで、
今回はナビィのお手柄です。
「フッ・・・決まったネ!」と大得意のナビィに
マーベラスもグッと頭を掴んで「今回は楽勝だな!」と大喜びです。

しかし、そこに「待った!喜ぶのはまだ早いよ!」とハカセが口を挟み、
鎧に近づいてデコピンしながら「鎧・・・そのイエローライオンは何処にいるのか知ってんの?」と質問します。
すると鎧は高笑いしながらハカセにデコピンをやり返して
「・・・知りません!」と堂々と言ってのけるのでした。
「はぁ〜っ!?」と失望したルカは鎧をナビィで小突いて怒り、ハカセは「やっぱり・・・!」と呆れ顔。
鎧は「・・・てゆーか、知ってたら、ナビゲートが無くても皆さんをお連れしますよ・・・ハイ」と苦笑いします。
「確かに・・・」とアイムも納得。

まぁそりゃそうです。
もともと鎧がレジェンド戦士たちの居場所を知っていたなら、ナビィのお宝ナビゲートを待つ必要は無く、
レジェンド戦士たちの家に行けば済む話です。
そういう行動を鎧が提案しないということは、
鎧は少なくとも鎧が加入した時点でまだ「大いなる力」をゲットしていなかった戦隊に関しては、
そのメンバーの居場所を把握していないということであり、
ハカセはそのことが何となく分かっていたのです。

鎧の加入時点で「大いなる力」未取得の戦隊であった、
バトルフィーバーJ、サンバルカン、チェンジマン、フラッシュマン、マスクマン、ライブマン、
ファイブマン、ジェットマン、カクレンジャー、オーレンジャー、メガレンジャー、ギンガマン、
ゴーゴーファイブ、ハリケンジャーのうち、
本当に正体不明の戦隊はフラッシュマン、マスクマン、カクレンジャー、メガレンジャー、ハリケンジャーであり、
絵本では有名なギンガマンは戦士名は分かっても居場所は不明で、
ファイブマンとゴーゴーファイブとジェットマン存命メンバーは名前は知られていたが
単に鎧が居場所を知らなかっただけっぽいです。
あとはバトルフィーバーJ、サンバルカン、チェンジマン、ライブマン、オーレンジャーは皆、
公的機関と関わりが深い戦隊なので、メンバーの名前は知られている場合もあるでしょうが、
秘密組織という性質上、そのメンバーの居場所は不明なのでしょう。

少なくとも単なる戦隊マニアの鎧にそれを調べる権限も能力も無いはずですし、
ゴーカイジャーの名を出してアプローチしようにも、
ゴーカイジャーは単なる風来坊の宇宙海賊で宇宙のお尋ね者ですから、
地球の公的機関に対して何ら影響力も講師出来ないでしょう。

ライブマンにしても、国連に働きかけることが出来れば何らかの情報は得ることは出来るのでしょうが、
マーベラス一味の宝探しに国連が協力する義理などあるわけもなく、
鎧にもマーベラス一味にもそんな権限はありません。
そもそもライブマンが国連と共に戦っていたのは20年以上前のことであり、鎧が生まれる前のことです。
当時の関係者へのコネなど鎧にあるわけもないのです。

こういうわけで、結局、レジェンド戦士の居場所は特定することは出来ないのです。
だから鎧に出来ることはナビィのお告げを自分の知識を使って解釈して
該当する戦隊や戦士の名前を割り出すことぐらいなのです。
「結局・・・いつものお宝探しになりそうだな・・・」とジョーはやれやれという感じで
マーベラスに近づいて言います。

しかしマーベラスはニヤリと笑うと
「とにかくスケボー得意なヤツ探せばいいんだろ?・・・いくぞ!!」と、むしろ楽しそうに船室を出て行きます。
最初からお宝の在り処が分かってしまうより、お宝を探し回る方が楽しみがあっていい。
それに、お告げが出たということはこの近くにイエローライオンが来ているということであり、
そいつがスケボーが得意だと分かっている以上、探すのはそう難しいことではないはずだと
マーベラスは思っていました。

ここでOPテーマとなり、今回はこれで3回連続のレジェンド回バージョンのOPナレーションから始まります。
そしてCM明け、今回のサブタイトル「友の魂だけでも」が出ます。
今回はライブマン篇ですが、「超獣戦隊ライブマン」はサブタイトルのフォーマットが
全く存在しない作品であったので、
今回のサブタイトルも何らかのフォーマットに則っているわけではありません。

それでありながら「ライブマン」らしさを出さねばならないわけで、
そこでチョイスされたキーワードが「友の魂」なのでしょう。
「ライブマン」のキャッチフレーズは「友よ、君たちはなぜ悪魔に魂を売ったのか?」であり、
このフレーズは毎回のOPテーマ前の冒頭ナレーションでも唱えられていました。
だから「ライブマン」といえば「友」が最重要ワードであり、
しかもこの主人公たちにとっての「友」と呼ぶべき存在が劇中で4人も死んでいる凄惨な作品ですから、
「友の魂」というフレーズで真っ先に想像される戦隊は「ライブマン」といえます。
そして、この「友の魂だけでも」というフレーズは、もちろん今回のエピソード内容、
その中に含まれるゴーカイジャーのドラマ、ライブマンのドラマの双方を示すフレーズでもあります。

では本編が再開して、まずはギガントホースの指令室のシーンです。
指令室では「イエ〜イ!健康って素晴らしいなぁ!」とワルズ・ギルが元気に飛び回っており、
バリゾーグが「イエス、ボス、お風邪が治って何よりです・・・」と無感情に応えます。
そういえば前回、地球風邪が悪化して倒れてしまったワルズ・ギルでしたが、
どうやら風邪がようやく治ったようです。

よほど病床が退屈だったのか、治った喜びでやたらハイテンションのワルズ・ギルに向かって
「殿下!さっそくで恐縮ですが、さっそく次の作戦を・・・」と
ダマラスが指令室の空気をまともな方向に持っていこうとして提案します。
これって、別にダマラスはワルズ・ギルの作戦を期待しているわけではないのでしょう。
ダマラス自身が考えた方がよほどマシな作戦を立てられそうですから。

おそらくはワルズ・ギルは自分が寝込んでいる間に他の者が勝手に作戦を立案したり
実行したりするのを禁じていたのでしょう。
その理由は自分が手柄を独占したいからであろうと思われます。
それでワルズ・ギルが寝込んでいる間、何も出来なくてダマラス達も困っていたようです。
だからダマラスはワルズ・ギルが復帰してきたのでさっそく痺れを切らせたように、
早く何か作戦を立ててくれるよう頼んだのでしょう。

ワルズ・ギルはそれに応えて
「任せろ!寝込んでいた分を一気に取り戻すような、物凄い作戦を考えてやるぅっ!!ハハハハハ!!」と
大いに張り切ってテンションますます上昇し、
「まぁ・・・楽しみですわぁ」とインサーンは追従笑いを浮かべてワルズ・ギルを眺めます。

その時、指令室の奥の扉が開いて「失礼いたします」と言って、何やら長身の不気味な怪人が入ってきました。
その怪人の姿を見てワルズ・ギルは「おお!?ザイエンン・・・ザイエンではないか!?」と驚きます。
ワルズ・ギルは自分の部下の行動隊長のこともあまり把握していないのですが、
この怪人のことはよほど旧知の仲であるのか、よく知っているようです。
が、この場にその怪人が居ることに驚いているところを見ると、
本来この怪人は地球方面軍の所属ではないようです。
「お久しぶりです・・・殿下・・・」と恭しく挨拶をするザイエンと呼ばれた怪人は、
その物腰の柔らかさから見て、行動隊長レベルの荒くれ者たちとは違った高い地位にある者のように見えます。

そのザイエンに対して、妙に苛立ちのこもった声色でインサーンが
「大科学者ザイエン様ともあろう御方が、こんな辺境の星に何の御用ですの?」と皮肉めいたことを言います。
このザイエンという怪人は武人ではなく科学者であり、
しかもかなりザンギャック帝国では高名な科学者であるようです。
つまりインサーンと同じ種類のキャラということになります。
もちろんインサーンがそうであるように、科学者キャラだからといって戦闘力が低いとは限らないが、
ここで注目すべきはインサーンがこの大科学者に対して表面上はへりくだっているように見せかけて、
内心ではライバル意識剥き出しであることです。

内心ではインサーンは自分をザイエンと匹敵する才能の持ち主だと自負しているようで、
その自分がこんな辺境の方面軍勤務で、ザイエンがそうでなくおそらく本国勤務であることに対して
面白くない感情を持っているように見えます。
ザイエンもそうしたインサーンのライバル意識や僻み意識は分かっているようで、
「フッ・・・安心したまえインサーン・・・別に君の仕事を奪うつもりはない・・・
私も本国で忙しくしている身なのでね・・・」と物腰柔らかながらイヤミったらしいことを言って
インサーンをからかいます。

ザイエンはこんな辺境方面軍の技官などという下らない仕事に興味などハナから無く、
そんな仕事に携わっているインサーンをバカにしてこういうことを言っているのです。
インサーンは怒りに打ち震えますが、
ザイエンも大科学者ともあろう者がこんなイヤミでお返しするところを見ると、
それなりにインサーンに対してライバル意識はあるようです。
つまり、現在の地位はかなり開きはあるものの、
科学者としての実力においてはインサーンも決して大科学者ザイエンに引けは取らないというのが
客観的評価であるようです。

それにしても、このザイエンというキャラクター、
長身の天才科学者であり左手の指が巨大な鉤爪状になっていることなど、
どうにも「ライブマン」の敵組織ボルトの首領であった大教授ビアスを彷彿させるキャラです。
しかもザイエンの声を担当しているのは、
かつて「ライブマン」でビアスを顔出しで演じられた中田譲治氏ですから、
このザイエンというキャラは明らかにライブマン篇ということで
ビアスへのオマージュで作られた敵キャラと言っていいでしょう。

そのザイエン、更にとんでもないことを言います。
「私はバリゾーグの生みの親として様子を見に来たのだよ・・・
脱走兵シド・バミックを改造してバリゾーグとして殿下に献上したのはこの私だからね・・・」と
ザイエンは自慢げに語るのでした。
ここで回想シーンが挿入され、捕らわれたシドに向かってザイエンが左手から奇妙な触手を伸ばして
バリゾーグの機械の身体に改造してしまう情景が出てきます。

これは意外な印象を受けました。
てっきりシドをバリゾーグに改造したのはインサーンなのかと思っていたのですが、
インサーンではなくザイエンであったのです。
おそらくジョーと一緒に脱走していたシドは捕らわれた後、ザンギャックの本国に送られて、
そこで剣の腕を見込まれて王子のワルズ・ギルに忠誠を誓うように要求されたが、
シドがそれに応じなかったため、ワルズ・ギルの命令で帝国一番の科学者であるザイエンが
シドをワルズ・ギルにのみ忠実な機械兵士バリゾーグに改造して献上し、
ワルズ・ギルはその後、バリゾーグを伴って地球方面軍の司令官となったのでしょう。

となると、第12話のインサーンがバリゾーグを評して
「飼い犬はご主人様の言うことしか聞かないのね」と小馬鹿にしたように言っていたセリフは、
自分の作品を自画自賛していたわけではなく、
むしろバリゾーグという作品を作ったザイエンの技術を小馬鹿にする意味が含まれていたように思えてきます。
それはザイエンはもちろん、その作品であるバリゾーグ、
そしてそのバリゾーグを飼って喜んでいるワルズ・ギルも含めて
インサーンは「程度の低い連中」と見下しているようにも見えます。

おそらくシドがバリゾーグに改造された時期はワルズ・ギルが本国にいたわけですから
まだ現在の地球方面軍は編成されておらず、インサーンも本国にいたのでしょう。
案外、ザイエンの近いところにインサーンは居たのかもしれません。
それでインサーンはシドをバリゾーグに改造したザイエンの技術を見て知っていたと思われます。
その上でそれを見下しているフシがある。

そもそも第4話や第12話の時のバリゾーグに対する態度や、
第8話でジョーの過去を知っていたことなどを見ても、
どうもインサーンやダマラスはシドがジョーと共に脱走した仲間であることは知っているようであり、
特にインサーンはバリゾーグがジョーの行動に刺激を受けて
シドとしての記憶が戻る可能性があるのではないかと疑っているように見えます。
それはザイエンの技術は完璧ではないとインサーンが思っているということであり、
インサーンも科学者ですから、別に嫉妬心で目が曇っているわけではなく、
インサーンほどの天才になると、普通の者には見えないザイエンの技術の綻びが見えるのかもしれません。

「現在のところ異常は見られない・・・剣の腕も昔のままだ」とダマラスは
ザイエンにバリゾーグの状況を教えます。
このセリフからもダマラスほどの地位にいた者もシドの剣の腕は知っていたことにが分かり、
シドがそれなりに帝国では高名な剣士であったことも分かります。

が、ダマラスはバリゾーグには全く異常は無いと言います。
更にワルズ・ギルも「何より!俺に忠実なのが素晴らしい!」と大満足の様子です。
ワルズ・ギルもバリゾーグの状況には何ら問題は無いと思っているようです。
「お褒めにあずかり光栄です。ボス」とワルズ・ギルもいつも通りであり、
指令室ではザイエンの仕事を称える和やかな空気がたちこめます。

そんな中、インサーンだけが隠れて「チッ・・・」と舌打ちしており、不満を示しています。
これは対抗心を燃やすザイエンが褒められているのが腹立たしいというのもあるでしょうが、
以前からのバリゾーグに異常があるのではないかと1人疑っていた素振りのあるインサーンですから、
ここの舌打ちは単なるヤキモチにようなものではなく、
インサーンの目から見るとバリゾーグに何も異常が無いなどとは到底思えないというのに、
司令部の面々は見る目が低すぎると思ったのでしょう。
そういう見る目の無い連中ばかりが上層部に居るから、
いつまでも自分のような天才がザイエンなどの下位に甘んじているのだという不満はインサーンにはあるのでしょう。

そうしたインサーンだけ不満げな顔をする指令室の和やかなムードの中で、
ワルズ・ギルが興趣が乗ったように「おう!そうだ!いい事を思いついたぞ!」と言います。
一連の会話の中で何やら急に思いついたようです。
そしてワルズ・ギルは面白そうにバリゾーグの方を見るのでした。

その少し後、地上では既にマーベラス一味の面々がガレオンから降りて
手分けしてスケボーの得意そうなライブマンと思しき人間を探し始めていました。
まずマーベラスとハカセの2人組はストリートで華麗なスケボーテクニックを披露する若者を発見し、
そのテクニックに見惚れます。
「うわぁ・・・すっごい!」と歓声を上げるハカセの肩をポン!と叩いて
マーベラスは「間違いねぇなぁ!」と、してやったりという表情で前へ進み出ます。
ガレオンの周辺界隈でこれほどスケボーの上手いヤツは他にはいない。
ならばコイツがお告げのライブマンに違いないと確信したのでした。
ハカセも自信満々でマーベラスに続きます。

そしてマーベラスはその若者に「おい!お前!」と偉そうに声をかけます。
「何スか?」と応える若者にマーベラスはビシッとポーズを決めて
「お前・・・ライブマンだな?」と確信をもって決めつけて言います。
すると若者は当然「はぁ?・・・違いますけど?」と怪訝な顔をして去っていきます。
ポーズを決めたまま唖然とするマーベラスとハカセでした。
というか、ライブマンがこんな若いワケがないのですが、
鎧はライブマンがいつ頃活動していた戦隊であるとか、そういう大事な情報を皆に伝えていないようです。
それではマーベラス達が間違うのも仕方ないことです。

一方、別の場所ではルカと鎧が公園のアスレチック遊具に登って辺りを見回していました。
すると公園の中でスケボーの練習をしている5歳ぐらいの子供たちを発見。
ルカはどういうわけか、あれこそライブマンではないかと思います。
ニヤリと確信の笑みを浮かべたルカは遊具から飛び降りて子供たちに駆け寄り
「ねぇねぇ!君たちさぁ、ライブマン?」と質問します。
当然、子供たちは意味が分からず、ルカのことを変なお姉さんだと思い、顔を見合わせ首を傾げます。

そこに慌てて鎧が走ってきて「ああ〜!ちょっと!ルカさん!そんなわけないでしょ!」と言って
ルカを乱暴に引っ張っていき、子供から引き離します。
ルカは不満顔で鎧に「聞いてみなきゃ分かんないじゃん!
子供が変身しちゃいけないって決まりでもあんの!?」と言いつつ、鎧の腹にパンチを食らわします。
確かに子供が変身してスーパー戦隊の戦士になる可能性は無いわけではありません。
過去にそういう例もあります。
ライブマンは変身後の姿は大人だが、変身前の姿は子供だった可能性もあるだろうというのが
ルカの言い分です。

しかし、そもそもレジェンド大戦に参加していたのだからレジェンド戦士なのであって、
それが数年前のことですから、現在5歳ぐらいの子ならレジェンド大戦時はほとんど赤ん坊です。
それはいくら何でも無理でしょう。
鎧は痛そうに殴られた腹を押さえながら「いや・・・決まりは無いですけど、分かりますよぉ!
ライブマンさんは俺が生まれる前に戦っていたんです!子供なわけないじゃないですか!」とルカに説明します。
そう、ましてやライブマンは20年以上前に戦っていた戦隊なのですから、
現在は40歳以上のはずで、子供であるはずはない。
それはそう言われれば納得するしかないルカは「フン!」と拗ねたようにそっぽを向いたのでした。
いや、しかしこれはそのことを言ってなかった鎧も悪いと思う。

さて、残りもう1組のジョーとアイムの2人組は、
スケボーをやっている人間を探して街中を散策していましたが、それらしき者は見当たりません。
「スケボーに乗っている方・・・この辺にはいませんねぇ・・・」とアイムが言うと、
ジョーも「・・・そうだな」と応じます。
その時、大きな物音がしたので2人がその方向を見ると、
階段の登りきった辺りの場所で乳母車を押した母親に自転車がぶつかって、
その弾みで乳母車が階段を落ちていく瞬間でした。

ひとりでに階段を下っていく乳母車を見て、倒れ込んだ母親は子供の名を呼んで悲鳴を上げます。
乳母車の中には赤ちゃんが乗ったままであるようです。
ジョーとアイムは咄嗟に駆け出し、アイムは母親について、
ジョーはひとりでに下っていく乳母車を追って階段を駆け下りていきます。
乳母車は今のところ平衡を保ったままガタガタと階段を下っていっており、
荷台の中で寝転んでいる赤ちゃんは無事でいますが、
いつひっくり返って赤ちゃんが階段に叩きつけられて転がっていくか予測もつかない状況で、
とにかく一刻も早く乳母車を掴まえて階段を下っていく動きを静止させなければいけない。
それでジョーが必死で階段を駆け下りて乳母車に追いつこうとしていきます。

乳母車からは赤ちゃんの泣き声が響き、母親の悲鳴も辺りに響き、
それを聞きつけた下の道路を歩いていた通行人の男性も1人、その状況を見て急いで階段を駆け上がってきます。
その男性もとにかく一刻も早く乳母車がひっくり返る前に乳母車を掴まえようとして駆け上がってくるのでした。
そして結局、階段の真ん中あたりでジョーが上から、その男性が下から、ほぼ同時に乳母車を掴み、
事なきを得たのでした。

ホッと安堵の溜息を漏らすジョーと通行人の男のもとに
アイムに付き添われた母親が子供の名を呼んで慌てて駆けてきて、2人に礼を言います。
そして、ホッとしてしゃがみ込んだジョーのもとに駆けてきたアイムが「ジョーさん!」と声をかけると、
赤ん坊を抱きあげた通行人の男性が「おう!赤ちゃん無事だぜ!」と気軽に返事してきたので、
アイムとジョーは変な感じがしてその男の顔を見ます。
男の方も「・・・えっ?」と戸惑います。
思わず返事してしまったが、相手が知らない2人組だということに気付いたようで、少々決まりが悪そうです。

場面はここで少し飛んで、並んで歩くジョーとアイム、そしてさっきの通行人の男の3人の場面となります。
「では、あなたもジョーさんとおっしゃるのですね!」とアイムは、その40歳代くらいの
精悍な体つきの白いジャケットの男性に向かって、多少の驚きを込めて問い直します。
「大原丈ってんだ!」と男は改めて自己紹介します。
つまり、この男、大原丈は、さっき階段でアイムがジョーの名を呼んだ時に自分の名が呼ばれたと勘違いし、
つい自分の知り合いに応えるように軽いノリで返事をしてしまったのでした。

大原丈は少し恥ずかしそうにしつつ、「そっちは?」とジョーの方を向いて問いかけます。
大原丈は自分が間違ったということは、この長髪の若者も「ジョー」という名だということですから、
同じ名前を持つ者として多少の親近感が湧いたようです。
それで、名前はジョーとして、苗字があるはずですから、それを聞いてみたくなったのでした。

しかしジョーは不愛想な顔で「・・・名乗る必要があるのか・・・?」と言って、名乗ろうとはしません。
地球はザンギャックの治外法権下とはいえ、宇宙のお尋ね者の自分がヘラヘラ笑って
見知らぬ、縁もゆかりもない他人と名乗り合うものではないと思っているのでした。
しかし大原丈は人懐っこそうに「いいじゃねぇか!袖擦り合うも多生の縁って言うだろ?」と
笑顔で食い下がってきます。
大原丈はジョーの迷いなく赤ん坊を助けようとした真っ直ぐさをどうやら気に入った様子で、
仲良くなりたいようです。
しかしジョーは大原丈のニヤニヤした軽薄そうな笑顔を見て、
面倒臭そうな男に捕まったものだと思い、溜息をつきます。

ところがその時、3人の居た場所の近くにあった建物から人々が悲鳴を上げて大挙して逃げ出してきます。
かなりの人数です。何かよほどのことがその建物の中で起こっているようです。
驚くジョーとアイムの目の前で、大原丈はいきなり1人で突っ走ってその建物の中に入っていき、
慌てて「おい!」とジョー、そしてアイムも大原丈の後を追ってその建物の中に入っていきます。

その建物の中にはボクシングの試合会場があり、
逃げ出してきた人々は試合の観戦に来ていたお客さん達であったようです。
会場内の横断幕を見ると、日本ライト級王座のタイトルマッチであったようで、
それでかなりの数の観客がいたようです。
その観客たちがどうして逃げ出したのかというと、会場をザンギャックの部隊が襲撃して、
観客たちを追いたてていたからであるようです。

客が逃げ出した会場の中ではゴーミン達が走り回って観客たちを追いたてており、
真ん中のリングではゴーミンに羽交い絞めにされたボクサーが1人、
おそらくチャンピオンと思しき選手が呻いています。
そのチャンピオンの前に、さきほどギガントホースに現れたザイエンがどういうわけか立っており、
鉤爪の左手をかざして何かを調べているようで
「う〜ん・・・筋肉の反応速度も悪くない・・・合格だ!」とブツブツ言っています。
そして、怯えるチャンピオンに向かって
「フッフッフ・・・恐れることはない・・・お前は生まれ変わるのだ!
宇宙一の天才である、このザイエンの手によってな!」と言います。

どうもザイエンはこのチャンピオンを改造でもしようとしているようです。
わざわざ筋肉の反応速度を調べたりしていることや、
タイトルマッチの会場を襲ったのも偶然にしては出来過ぎであることからも、
身体能力に優れた素材を求めてのボクシングのチャンピオンの拉致を最初から狙っての計画的犯行とみられます。

そこに大原丈が会場内に駆け込んできて「ザンギャック!!」と怒りの声で叫びます。
大原丈は人々が逃げ出してくるのを見てザンギャックの仕業かもしれないと思い、
会場に迷わず駆け込んでいったのです。
ザンギャックのことを多少は知っている人物と見受けられます。

が、大原丈を追いかけて続けて会場内に駆け込んできたジョーが大原丈の肩を掴んで
「アンタは下がってろ・・・」と下がらせて、アイムと共に前に出ます。
大原丈がただの軽薄なお調子者ではなく、意外に熱血漢で勇気があることは、
さっきの乳母車の一件と合わせて理解できたジョーですが、
それでも普通の地球人の大原丈がザンギャックの行動部隊を相手に戦うのは無茶だとジョーは思い、
ここは自分とアイムとでザンギャックを倒して、
あのリングの上で捕まっているボクサーを救い出そうと決めたのでした。
そうしてジョーとアイムの2人はモバイレーツとレンジャーキーを取出し、
「豪快チェンジ!!」と叫び、ゴーカイブルーとゴーカイピンクに変身したのでした。

目の前で2人がゴーカイジャーに変身したのを見て、大原丈は「お前ら・・・」と驚きます。
大原丈としてみれば、さっき偶然知り合った2人が巷で噂の宇宙海賊であるとは想像もしていなかったので、
騒ぎを見て1人でここに駆け込んだのであって、
まさかその2人が自分の後をついて来ているとは思っておらず、
しかも目の前でゴーカイジャーに変身したので大変驚いたようです。

しかし、大原丈はただ驚くだけではなく、事態を理解すると、ニヤリと笑って
「そういうことね・・・」と、小声で意味深なことを言います。
ジョーが名乗りたがらなかったのはお尋ね者の宇宙海賊だったからであることを理解したのです。
ただ、それだけではない。
ジョー達のことを単なるお尋ね者の海賊と理解していたなら、もっと怖がるか、嫌そうな顔をするはずです。
実際、マーベラス一味の地球人の間での評判はあまり良いものではないのですから、
2人の正体を知って何やら愉快そうに笑っている大原丈の態度は妙です。

つまり大原丈はゴーカイジャーが宇宙海賊のクセに地球人を守ろうとする意識があるという
変わった連中であることを、もともと誰かから聞いて知っていたのです。
そして、自分がさっき偶然出会った2人がその噂の海賊であると知ったことによって、
さっきジョーとアイムが見知らぬ赤ん坊を助けるために一生懸命であったのは
彼らがゴーカイジャーだったからだと、腑に落ちたのでした。

この何故かゴーカイジャーのことを多少知っている大原丈という男、
ジョーとアイムはその正体に気付いていませんが、
レジェンド戦士の1人で、元ライブマンのイエローライオン大原丈です。
つまり、マーベラス一味が目下探している対象そのものズバリの
「スケボーが得意なライオン」その人なのですが、
別にスケボーで現れていないのでジョー達には当然、大原丈がライブマンの1人とは分かっていません。

大原丈は「ライブマン」の中で描かれたボルトとの戦いの当時は
20歳の科学アカデミアの学生で科学者の卵でしたから、現在は45歳ぐらいだと思われます。
演じるのはもちろんオリジナル役者の西村和彦氏で、西村氏も現在45歳です。
が、日常的に節制を心掛けておられるようで、若々しく精悍な身体つきで、
しっかり「ライブマン」当時の大原丈の面影のまま貫録が加味されたという、
まぁ言わば、とてもカッコいい中年になっています。

また演技面でも、西村氏は二枚目から三枚目まで何でもこなす演技派俳優ですが、
やはり甘いマスクから二枚目のイメージが強いです。
しかも年齢的に落ち着いた雰囲気が自然に出てくる俳優さんなんですが、
今回は、お調子者で軽いノリでありながら、真っ直ぐな熱血漢で感情豊かな好漢であった大原丈のキャラを
しっかり45歳ぐらいの年齢相応のノリで復活させて自然に演じていただいており、
あの大原丈がそのまま成長して45歳になったらこんな感じになっているだろうという
想像できるイメージをしっかり表現出来ているのは流石です。

階段を落ちる乳母車を見て迷わず階段を駆け上がる姿や、
偉ぶらず気軽にジョーに馴れ馴れしく話しかける調子の良い態度や、
何か事件が起きていると見るや、全く考え無しに突っ込む無鉄砲さなど、
まさに大原丈そのものでした。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 22:12 | Comment(0) | 第30話「友の魂だけでも」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月09日

第30話「友の魂だけでも」感想その3

ザイエン率いるザンギャック部隊に襲われたボクシング会場にいきなり現れて変身したジョーとアイムの姿を見て、
ザイエンは「噂の宇宙海賊か・・・ゴーミン!」と、配下のゴーミン達を2人に差し向けます。
地球方面軍の所属でなく、しかも武人ではなく科学者であるザイエンは
ゴーカイジャーのことはあまり良く知らないようです。
単なる下等な海賊程度としか思っていないようですが、
一応、ダマラスあたりから地球で活動する際には海賊がいろいろ邪魔してくる可能性があるという
忠告はもらっていたようです。

そこでゴーミンでも差し向ければ軽く排除できると甘く見ていたようですが、
ジョーとアイムがリング下でゴーミン達を寄せ付けない強さを発揮しているのをリング上から見て、
ザイエンは驚きます。
それで思わずザイエンの注意がリング下のジョーとアイムの方に逸れた隙に、
ザイエンの死角から、いつの間にかリング下に回り込んでいた大原丈がリングの上に飛び込んできて、
チャンピオンと思しきボクサーを羽交い絞めしているゴーミンを殴り飛ばして倒し、チャンピオンを救い出すと、
「大丈夫か?早く逃げろ!」と、チャンピオンをリング外に逃がします。

そして襲ってくるゴーミンのパンチを制してハイキックを浴びせて倒し、
別のゴーミンにジャンピングパンチを喰らわせ、そのままリング下に降りて場外乱闘ファイトに突入します。
周囲を囲んだゴーミン達を相手に殴る、蹴る、投げ飛ばす、
しまいにはパイプ椅子を使ってのファイトなど、
リングサイドならではの遊び心溢れるアクションシーンとなっていますが、
このシーンほとんど西村氏本人が演じているはずで、よくこんなに身体が動くものだと驚きます。
ジェットマン篇の時の結城凱役の若松氏もですが、西村氏も45歳とは思えない身体のキレです。

これで大原丈としても面目躍如というものです。
レジェンドゲストは基本的に変身はしないが生身でもあくまでヒーローですから、
生身アクションは状況次第ではしっかりやらないといけません。
やらないならやらないで、アクションをしなくていいシチュエーションを作ればそれでいいのですが、
今回の大原丈のように真っ先に人々を守るために危険に飛び込んだ以上は、
そこで後から来たゴーカイジャーにお任せという形にしては様にならない。
やはり大原丈というヒーローがやろうとしたことは彼がやらねばならない。

大原丈としてもザンギャックの怪人を生身の自分が倒せるとまでは思っていませんから、
この危険な場に飛び込んだのは、そこで危険に晒されている人を救うことを達成目標としてのことです。
だから、ここで大原丈が捕らわれていたボクサーを助けだしたことで
大原丈のヒーローとしての面目はしっかり保たれているといえます。
その上、ここまでの大立ち回りでゴーミン達をぶちのめしてくれれば、上出来過ぎるぐらいです。
いや、さすがに西村氏は生身アクションで美味しい場面を結構長く作ってもらって優遇されてるなぁという印象です。
まぁ動ける人だからこれが「優遇」ということになるのでしょうけれど。

この大原丈の大活躍を見て、ジョーとアイムも驚き、ジョーは「やるじゃないか・・・!」と褒めます。
すると大原丈はゴーミンと格闘しながら「昔取った杵柄ってやつよ!」とニヤリと笑います。
ここ、しっかりアクションしながらセリフを言い芝居が出来ているのですが、
このあたりはまさに昔取った杵柄というやつで、
アクションヒーロー役を経験した人でないとなかなか出来ない演技です。

この大原丈のセリフを聞いて、ちょうどゴーミン達を一掃したジョーとアイムは不思議そうに顔を見合わせます。
単に格闘技経験者か軍や警察のOBなのかと思ったのかもしれませんが、
案外、「昔取った杵柄」という慣用句の意味自体が
宇宙人のジョーとアイムにはよく理解出来ていないのかもしれません。

さっきの「袖擦り合うも多生の縁」とか、大原丈のセリフには、
口調は乱暴でありながら結構難しい言い回しが多く、
さすが、かつて世界中の天才が集う科学アカデミアにビリの成績で入学しただけのことはあります。
たとえ成績はビリでも、たとえ外見はリーゼント頭でチンピラ風であったとしても、
とにかくアカデミアに入学を許されている時点で、大原丈も天才の端くれであり、
常人とはかけ離れた知性の持ち主であったのです。

さて、しかしジョーとアイムが大原丈の言葉の意味を深く考える間もなく、
ザイエンがゴーミン達を皆倒された怒りで「おのれ!よくも邪魔を!」と怒鳴ってくるので、
アイムはデンジピンクのレンジャーキーを取り出して「デンジマンで参りましょう!」と言います。
ジョーも同時にデンジブルーのレンジャーキーを出し、
2人でデンジマンへ豪快チェンジし、リング上に飛びあがります。
モバイレーツから薄く伸びたスーツが飛び出してから2人の身体に重なって変身するのが
毎度のごとく印象的ですが、ここでデンジマンへの変身がチョイスされたのは、
ボクシングのリング上での戦いにデンジパンチを使おうという遊び心でしょう。

2人はボクシンググローブ状のデンジパンチを両拳に装着して
ザイエンにボクシングスタイルで殴り掛かり、圧倒します。
ザイエンはゴーカイジャーの多段変身の特殊な戦闘スタイルに慣れておらず、
そもそもゴーカイジャーがそんなに強いとも思っておらずに舐めていたのでボコボコにされてしまい、
遂には2人の同時に繰り出すデンジアッパーを喰らって場外の客席まで吹っ飛ばされてしまいます。
この場での不利を悟ったザイエンは、既にボクサー拉致の目的が失敗に終わったこの場に長居は無用と判断し、
「まぁいい・・・諸君らの相手はまたいずれ・・・」と言って姿を消して逃げたのでした。

「逃がしたか・・・!」と悔しそうにコーナーポストを叩くジョーは変身を解いて生身に戻り、
そして同様に変身解除したアイムはリング上にいつの間にか落ちている三角形の平べったい物体を拾い上げ
「これは何でしょう・・・?」と言います。
ザイエンと2人が戦っている時はリング上にこんな物は落ちていなかったはずで、
おそらくザイエンの身体から殴られたショックで落ちたものだと思われます。
しかし、アイムにもジョーにも全く見たことのない物体でした。

不思議そうにしているアイムの傍に、リングに上がって来た大原丈が寄ってきて
「・・・ちょっと、いいかな?」と言ってアイムからその物体を借り受け、まじまじとその物体を眺めると、
掌の上に置いておもむろにその物体の表面にあるボタンのようなものを押し始めたのでした。
「操作できるのですか!?」と驚くアイムに応えて
大原丈は「こう見えてもね、俺は科学者なんだよねぇ〜・・・」と少し楽しげに
ボタン操作を色々と試行錯誤していきます。

別にこの機器のことを大原丈は知っているわけではないのですが、何らかの機器であることは見れば分かる。
ならばボタン操作で情報をインプットしていけばいずれは何らかのアウトプットがあるはずで、
要はその些細なアウトプットから何かを読み取って
次の正しいインプットのパターンを想像していくことの出来るセンスと経験値があるかどうかがここでは問題であり、
科学者というのはそういう分野を突出して磨いている人種なのです。

そうした1つ1つの階梯を楽しみながら、着実に、それでいて素早く、大原丈はこの謎の機器を乗りこなしていき、
ほどなく機器の中央にある四角い黒いスペースに画像が浮かび上がってきました。
そこには機械の兵士のようなものの内部構造や全体像が図面入りで細かな情報が記されていました。
その全体像を見てジョーは驚きます。その機械の兵士はバリゾーグだったからです。
こんなところでいきなりバリゾーグの画像が出てきて意外な印象を受け
「バリゾーグ・・・!?」と呟くジョーに向かって、大原丈は「・・・こりゃあ、設計図だな・・・!」と言いながら、
見えやすいようにその機器に映し出された画像を2人に見せます。

アイムは画像を見て「設計図・・・バリゾーグのですか?」とジョーに問いかけます。
アイムも何度かザンギャックの幹部のバリゾーグとは戦いの場で会っていますが、
そんなにアイムから見て強烈な印象があるわけではなく、
その設計図にある機械兵士がバリゾーグだと確信出来るほどでもなかったので、ジョーに確認したのでした。

アイムの理解では、確か第11話の戦いの時、アイム達がデラツエイガーと戦っている間に
ジョーはワルズ・ギルを守るバリゾーグと一騎打ちをして敗北寸前に追い込まれて、
そこにマーベラスがジョーを庇って飛び込みバリゾーグに斬られたということになっていました。
つまりアイムの理解では、ジョーにとってバリゾーグとは、自分を絶体絶命の窮地に追い込み、
その挙句自分の目の前で盟友を斬り捨てた憎むべき敵です。
だからその姿はジョーの脳裏に強く印象づけられているのだろうとアイムは思ったのでした。
しかしジョーは驚きのあまり絶句したままです。
アイムはそのジョーの無言は肯定の意味だと思い、再び食い入るように設計図を見入ります。

その画面のタッチパネルを操作しながら大原丈は、
どうしてこんな重大な情報の入った機器をあの怪人がこんな最前線まで持ち出していたのか不審に思いました。
大原丈は「バリゾーグ」とジョーとアイムが呼ぶ者のことは知りませんでしたが、
2人の厳しい表情を見ていれば、それが容易ならざる強敵なのだということは分かります。
つまりザンギャックにとっては大事な戦力ということです。
その設計図となれば間違いなく極秘資料です。
そんなものを持ち歩いていたあの怪人は、普通の怪人であるはずがない。
おそらく怪人の設計や改造などに責任を有する地位にある科学者グループに属する怪人なのでしょう。

つまり普通の破壊活動を行うような怪人とは違う。
そんな科学者がわざわざ最前線で指揮をとって、しかも極秘情報の詰まった設計図を携えて、
ボクサーを捕えて何かをしようとしていた。
しかもタイトルマッチの試合をわざわざ狙ってチャンピオンを拉致しようとしていた。
襲撃したらたまたまタイトルマッチだったなどという偶然があるはずはない。
明らかに「最強のボクサー」を狙っていたのです。
そして、おそらく「最強の機械兵士」なのであろうこの設計図のバリゾーグという怪人・・・
そう考えると、大原丈の脳内では全ては一直線に繋がったのでした。

「あの野郎・・・さっきのボクサーをこいつに改造するつもりだったんだな・・・!」と大原丈は呟きます。
最強の身体能力を持つ人間を最強の機械兵士に改造するという計画なのでしょう。
おそらく、この機器は単なる設計図ではなく、改造対象の候補者の身体能力を計測するセンサーでもあり、
そのセンサーで得られた情報がこの機器の中のバリゾーグに関するデータと照合されて、
その候補者が改造の適格者であるか否かが判定されるのでしょう。
だから、ザイエンはこの機器を拉致現場に持ってくる必要があったのです。
大原丈は画面を操作しながら、そのあたりの事情は分かってきました。

一方、アイムは大原丈の言葉を聞いて驚きました。
そもそもアイムはバリゾーグのことは単なるザンギャックの司令官の側近怪人だと思っていたので、
人間を改造してバリゾーグにするという考え方自体が斬新過ぎて、にわかには受け入れがたい話だったのです。
アイムから見てバリゾーグは全身機械の感情の無いロボット兵士という印象だったので、
あれが元は人間から改造された怪人とは到底見えなかったのです。

確かにバリゾーグの設計図が存在するのも目の前に突き付けられた新たな事実ではありますが、
それは単にロボット兵士としてのバリゾーグの設計図であり、
その設計図をあの怪人が持っていたのは単なる偶然であって、
このボクサー襲撃事件とバリゾーグの設計図は直接的な繋がりは無いようにも思えたのでした。
いや、大原丈の推理の方が確かに今回の事件の辻褄は全て合うのですが、
それでもバリゾーグを実際に見たことのあるアイムには、
バリゾーグが元は人間であるという印象があまりにも無かったので、
大原丈の推理はどうも簡単には受け入れられるものではなく、
大原丈は実際のバリゾーグを見ていないから、そういう推理をするのだろうとも思いました。
そして当然、アイムは自分と同じく実際のバリゾーグを知っているジョーも
大原丈の推理には懐疑的な反応を示すだろうと思っていました。

しかしジョーは大原丈の推理を聞いて、その読みの鋭さに衝撃を受けていました。
それは、ジョーはバリゾーグが人間を改造して作られた戦士だという事実を知っていたからでした。
すなわち、それは第11話の時にジョーがワルズ・ギルとバリゾーグに1人で相対した時に、
ワルズ・ギルから知らされた衝撃の事実のことです。

その事実とは、実はバリゾーグはジョーのザンギャック兵士時代の先輩であり剣の師であり命の恩人、
そして共にザンギャックを脱走した仲間であったシド・バミックが捕らわれて、
ワルズ・ギルの忠実な僕へと改造されたなれの果ての姿だという衝撃の事実でした。
その事実を知らされたジョーは戦意を喪失してしまい、
ワルズ・ギルの命によって剣を振るうバリゾーグに斬られそうになったところに
マーベラスが飛び込んできて助けられ、代わりにマーベラスが斬られたのです。

その後、ジョーは第12話で仲間には何も事情は説明しないままガレオンを出て、
1人でバリゾーグを待ち伏せして、シドの記憶を取り戻すようにバリゾーグに懇願したが、
全く取りあおうとしないバリゾーグに叩きのめされてしまい、
ジョーはバリゾーグの中からシドの記憶が失われていることを悟り、
シドの死を受け入れることで再びマーベラス一味に戻って仲間と共に夢を追って前へ進もうと心に決めたのでした。

そして、ジョーはバリゾーグはシドではないと割り切って敵として戦うことを心に決めた以上、
バリゾーグの正体をマーベラスたち仲間に教える意味など無いと思いました。
むしろ、そんなことを教えても無用の混乱を生むだけですから、
ジョーはバリゾーグの正体も、その正体を自分が知っていることも、その知ることになった経緯も、
一切、仲間には説明しませんでした。

そうなると、どうしてジョーがバリゾーグの剣の前で棒立ちになっていたのか、
また、勝手に船を抜け出して何処に行って何をしていたのか等について何も語らないということになるのですが、
マーベラス達はあえてジョーに事情を聞こうとはしませんでした。
実際マーベラス達にもジョーの一連の謎の行動の理由はさっぱり分かっていなかったのですが、
それでもジョーがそこまで思い詰めることならば、よほどの事情があることなのであり、
それを語りたがらないのもジョーなりに語りたくないよほどの事情があるのだろうと思い、
結果的にジョーが戻ってきて今まで通りの態度で一緒に戦い旅を続ける以上、
それ以上深く事情を詮索しないことにしたのでした。

だからアイムも、ジョーが実はバリゾーグの正体を知っているということは知りません。
ジョーにとってもバリゾーグは単なる敵怪人だと思っています。
いや、ジョー自身も実際、第12話以降、バリゾーグはもはやシドではなく単なる敵怪人だと割り切っていました。
「199ヒーロー大決戦」映画や第26話で仲間たちと共にバリゾーグと戦った時にも全く迷いはありませんでした。

シドの魂はもはやバリゾーグの中には存在せず、死んで消滅してしまったのであり、
バリゾーグは単にシドの剣の技を残しただけの機械兵士に過ぎない。
つまりバリゾーグの中にシドは存在しないのだから、バリゾーグを斬ることに何の躊躇いもありませんでした。
だから、この変な機器にバリゾーグの姿がいきなり映ったことには驚きましたが、
それだけでジョーは動揺したわけではない。
しかし、大原丈がそれがバリゾーグの設計図だと言った時、ジョーの心は大きく揺れ動いたのでした。

第12話でジョーが「シドはもういない」と割り切ることが出来たのは、
必死の呼びかけの結果、バリゾーグの中にシドの記憶の痕跡が見出せなかったからですが、
それはもともと絶望的な試みであったのです。
シドが改造手術によって記憶を消されて剣の腕だけが残された状態になってバリゾーグとなっていることは、
ジョーはワルズ・ギルから聞かされていました。
それを承知の上で、自分とシドとの絆によって奇跡が起きることに賭けて、
ジョーはバリゾーグの中のシドに呼びかけたのです。

そして、やはりそんなに都合よく奇跡が起きるはずもなく、結果はダメでした。
それでようやくジョーは諦めたのですが、これは言わば「諦めるための儀式」に近いと言っていいでしょう。
ダメもとでとにかく自分のやれることだけやって、それでスッキリしたら吹っ切れるというやつです。
言い換えれば、これは本当にシドを救うためにやった行動というよりは、
ジョー自身が諦めをつけて救われたいという動機の行動だったと言っていい。

ジョー自身、本当はもはや機械に改造されて記憶を消去されたシドを救うことなど
自分には出来ないことは分かっていたのです。
そんな自分を赦して前へ進むためには、
ジョーは一度、バリゾーグの中の存在するはずのないシドに向けて呼びかける必要があった。
それだけのことであったのです。
だから、そもそもあんな行為でシドを救えるわけがない。

しかし、バリゾーグの設計図が手に入ったとなると、話は全く違ってきます。
シドをバリゾーグに改造した工程が分かれば、ものすごく大雑把に言えば、
その工程を逆に辿っていけば、バリゾーグをシドに戻すことが出来る。
まぁ実際はそんな上手くいくわけはないのですが、
バリゾーグの中からシドの要素を消去していった複雑な工程が設計図を解析して解き明かされれば、
そこにシドの要素を回復させるヒントが見つかるかもしれない。
つまり今回は前回のように何の望みも無い状態でのヤケクソではなく、
本当にシドを救うことが出来る可能性のある話なのです。

そう考えると、ジョーはやはりシドを救えるものなら救いたいと思いました。
バリゾーグを絶対にシドには戻せないという悲しい事実を受け入れたからこそ、
ジョーはバリゾーグを敵として戦うことに迷いを捨てたのです。
しかしバリゾーグをシドに戻せる可能性があるというのなら、
そりゃあ戦うよりも、元のシドに戻して救ってやりたい。
これはブレるとかいう問題ではなく、根本的に前提が変わっているのだから、
ジョーの考えが変わるのは当然なのです。
というより、ジョーの本音はやはり「シドを救いたい」という気持ちであり、
「バリゾーグをシドには戻せない」という絶望的事実の前にその本音を
自分の中から消去していただけのことであって、
「バリゾーグをシドに戻せるかもしれない」という希望が生じたことによって
ジョーの本音である「シドを救いたい」という気持ちが復活するのは、全く当然の成り行きと言っていいでしょう。

このようにバリゾーグの設計図が突然手に入ったことで、ジョーの心の中は揺れ動きました。
といっても、これでシドを救えるなどと簡単に浮かれるような状況ではない。
あくまで可能性が生じたというだけの話であって、
あのバリゾーグの状況を考え、またザンギャックの科学水準の高さを考えると、
そんなに簡単に出来るような話ではない。
そもそも剣ひとすじに生きてきたジョーには設計図を読むことすら満足に出来ないし、
設計図をガレオンに持ち帰って解析しようにも、
一番機械に詳しいハカセでも改造人間を元の人間に戻す方法など分かりそうにはない。

というか、そもそも仲間にこの事実を打ち明けて相談することがまず出来ない。
ハッキリ言って、設計図を解析したとしても、おそらくバリゾーグをシドに戻せる可能性の方が低いはずであり、
最終的にはやはりバリゾーグを敵として戦う覚悟を再び固めなければいけなくなる可能性の方が高いのです。
その場合、仲間たちにはバリゾーグがもともとはシドだったという事実は知られていない方がいい。
そんな悲しい事実を知ってしまったら、きっと仲間たちは自分に同情して、
バリゾーグと戦う時に剣先が鈍ってしまう。
それがもしかしたら仲間たちの命取りになるかもしれない。

そう考えると、ジョーはとてもこの件を仲間たちに相談することは出来ませんでした。
しかし自分では全く対処不能なのです。
しかし、せっかくシドを救える可能性があるのに、何も出来ないのは辛すぎる。
そう思ってジョーが黙って苦悩していると、
大原丈が設計図を弄りながら、バリゾーグが単なるロボット兵士ではなく、
生体を改造した兵士であることを見破ったので、ジョーはその読みの鋭さと、
初めて見る未知の科学による設計図を解析していくセンスに驚きました。

そして、ジョーはもしかしたら大原丈は天才科学者なのではないかと思い、
大原丈ならばこの設計図からシドを救う方法を見つけてくれるかもしれないということに気付いたのでした。
それに大原丈に頼めば、マーベラス達にはこの件は打ち明けないで処理することが出来るのも、
ジョーにとっては好都合でした。

そこでジョーは思いきって「・・・あんた・・・科学者だって言ったな?」と、
設計図を手に取って、大原丈に話しかけます。
大原丈は不思議そうな顔で「・・・ああ」と応えます。
いきなりジョーが深刻な顔つきで迫ってきて、いったい何の話をしようとしているのか分かりかねる様子です。
その大原丈に向かってジョーは意を決して、設計図を握りしめて
「この設計図から分からないか?」と問いかけます。
言い始めてしまうと、ジョーはもう藁にもすがりたい心境になってしまい、
思わず大原丈の肩に縋りついて「・・・改造された人間を元に戻す方法を・・・!!」と言葉を続けます。

そのジョーの必死の形相を見て、アイムは驚き、ジョーの心中を測りかねて
「・・・ジョーさん・・・?」と首を傾げます。
アイムはそもそもバリゾーグが人間を改造した兵士だという大原丈の意見自体に懐疑的であったので、
ジョーがバリゾーグが改造人間であるという前提で話をしていることにまず驚きました。
まるでジョーはバリゾーグが改造人間であることを知っていたかのようです。
いや、ジョーは元ザンギャック兵士だから、もしかしたらバリゾーグという怪人が
そういう存在であることは知っていたのかもしれないともアイムは思いました。

しかし、それでもジョーがバリゾーグに改造された人間を元に戻す方法を知りたがるというのは
どうもアイムには理解出来ません。
仮に大原丈の言う通り、ザンギャックがボクサーをバリゾーグに改造しようとしていたとしても、
ボクサーの拉致は今、阻止したばかりです。
だから今のところ誰もバリゾーグに改造された被害者などいないのです。
それなのに、今、こんなに必死になって改造された人間を元に戻す方法を知りたがるというのは不自然です。

唯一、被害者がいるとすれば、それはワルズ・ギルの側近の、
あのバリゾーグに改造された何者かだけなのですが、
アイムはジョーがあのバリゾーグと今まで普通に戦ってきたはずだと思い、
ジョーがあのバリゾーグを救おうとしているともとても思えず、
ジョーの突然の発言の意味がどうにもよく分からなかったのでした。

というより、そもそもアイムには機械の身体を人間の身体に戻すなどということが
可能だとは到底思えなかったのでした。
そんなことは絶対に無理であって、そんなことはジョーも分かっているはずです。
なのに、どうしてジョーはそんな無茶なことを急に言い出したのか、アイムは理解に苦しみました。

一方、大原丈は突然のジョーのあまりの必死さに面喰らいつつ、
「今は何とも言えねぇな・・・こいつをもっとよく調べてみないと・・・」と言って、
ジョーの握りしめた設計図を見ます。

機械の身体に改造された者を元の人間の身体に戻すことは極めて困難であることは
大原丈は痛いほどよく分かっています。
機械工学であれ生命工学であれ、人工的に元の身体を改造してしまった者は
完全に元の身体に戻るということは出来ない。
しかし、それは本質的な問題ではない。
「元に戻る」というのは、身体が元のままに戻るということではなく、元の人格に戻るという意味だからです。

かつて大原丈も自らの身体を取り返しのつかない段階まで改造してしまった3人の学友たちを
何とか元に戻したいと思って必死になったことがありました。
結局3人のうち2人は救うことは出来なかったのですが、1人は何とか救えました。
いや、大原丈たちが救えたわけではなく、彼自身の想いの起こした一種の奇跡を大原丈は目撃しただけのことです。
しかし、その1人にしても身体が完全に元に戻ったわけではなく、しかも記憶まで失い、
大きなダメージを負った状態で、単に人格が悪に染まった状態から脱しただけのことでした。
その後、彼は偶発的に記憶を回復させて元の人格に戻りましたが、身体は完全に元に戻ったわけではない。
ただ、彼を見て大原丈は、人格さえ元に戻れば身体は元に戻らなくても救いはあるのだと思いました。

もちろん「身体が元に戻らなければ意味は無い」という考え方もあるでしょう。
そういう考え方ならば、今回のケースは非常に望みは薄いといえます。
本来は「無理だ」と答えるべきなのかもしれません。
しかし、大原丈はジョーの一途で必死な目を見て、それがかつての自分達と同じだと感じられたのです。
ならば、身体は元に戻らなくても、人格が元に戻れば、
ジョーはそれを「救い」だと感じることが出来るのではないかと大原丈は思いました。

実際、人格さえ元に戻れば、身体はもともとオリジナルの肉体を捨ててしまっているわけですから、
いっそ割り切って、もっと人間らしい人工の身体に付け替えることも出来るのです。
要は人格が元に戻れば、全く元のままではないにしても、限りなく人間に近い存在には戻ることは出来るし、
それが厳密には人間でないにしても、元の人格である限り、
それはジョーの会いたい特定の個人ではあるはずなのです。

そういうことならば、今回のケースでも全く望みが無いとはまだ断定出来ない。
脳まで機械化されていない可能性はあるし、
脳が機械化されていたとしても、人格や記憶の痕跡が回路の何処かに残っていて、
そこから人格や記憶を再構築できるかもしれない。
そこらへんは研究室でこの設計図を徹底的に解析してみなければ、まだ結論は出せない。
かなり難しいかもしれないが、やってみる価値はあると大原丈は思ったのでした。

ジョーは大原丈が示した僅かな可能性に賭けるように必死の形相で「頼む・・・」と言って大原丈を見つめます。
大原丈はそんなジョーの目をじっと黙って見つめ返します。
そして、かつての自分達と同じような必死な目をしたこの青年も、
自分達と同じような境遇にあるのだろうと想像しました。

このバリゾーグという怪人は、先ほどからの2人の話や状況からして、おそらくザンギャックの怪人なのでしょう。
つまりゴーカイジャーにとっては敵のはずです。
その敵であるバリゾーグに改造された何者かをジョーは救おうとしている。
それは、その何者かがジョーのかけがえのない友だからだということは、大原丈にはよく分かるのでした。

敵だと分かっていても、それでも友ならば救いたいという強い気持ちが湧いてくるのは
大原丈には昔の自分と同じ気持ちとしてよく理解出来るのです。
そんな大事な友と戦おうとしているのは、救うことが難しいと分かっているからなのでしょう。
そして、救うことが難しいと分かっているからこそ、
友の人格だけでも元に戻れば、ジョーはそれを救いと思うことが出来るはずだと大原丈は思えたのです。

そう考えると、大原丈はかつて自分達が成し遂げることが出来なかったことを、
この同じ境遇に苦悩する青年と、そしてその友のために、なんとか成し遂げてやりたいと思えました。
「分かった・・・!」と大原丈はジョーの手から設計図を受け取ると、
「一緒についてきな!」とジョーに言って、さっさと歩いてリングの下に降りていきます。

大原丈はそれでもジョーとかつての自分達との間に決定的な違いがあることに気付いていました。
かつての自分達は悪に走って自らを改造してしまった3人の学友たちを救いたいという想いを共有した
仲間同士でした。
しかしジョーは仲間にこの件を秘密にしているようなのです。
アイムの反応や、ジョーの言葉数の少なさを見れば、それは分かります。
そして、何故、ジョーが仲間にこんな重大なことを秘密にしているのか、大原丈には何となく分かります。

おそらくジョーという男はとても優しい男なのだろうと大原丈は思いました。
かつて大原丈たちも結局は学友たちを救うことが出来なかった時、死ぬほど絶望し悲しむことになりました。
ジョーは友を救える可能性が低いことは分かっている。
その結果、友と戦わねばいけないこと、殺さねばいけないことも予期している。
その時、自分の心がどれだけ辛く苦しむことになるかも分かっている。
だから、その苦しい想いを仲間達に共有させたくない、押し付けたくないと思っているのです。
だからジョーは仲間たちにこのことを秘密にしているのだろうと、大原丈は理解しました。

大原丈にはその苦しみを共有する仲間がいましたが、
その仲間は最初から同じ事情を共有する仲間であったので、そもそも秘密というものは作りようがなかった。
しかしジョーの場合は、これはおそらくジョーだけの事情であって、
他の仲間にその重い事情を負わせるべきではないとジョーが思うのはむしろ自然とも言えます。
しかし、それが本当に仲間の在り方として正しいのか、
そもそもジョー1人でそんな重い事情を抱え込んで大丈夫なのか、というような疑問はありますが、
それでも大原丈は仲間を気遣うジョーの心意気を汲んで、自分の研究室にジョー1人を誘うことにしたのでした。

大原丈の後に黙ってついて行こうとしてリングを出るジョーの後ろ姿にアイムは困惑して
「・・・ジョーさん!」と声をかけます。
これだけジョーの真剣な形相を見せられれば、
アイムにもバリゾーグが改造人間であり、そのことをジョーが知っており、
しかもバリゾーグに改造された何者かがジョーにとってよほど大事な人であることは分かります。
そして、その人をジョーが救いたいと思っていることも分かります。

しかし、ならばどうしてジョーはそのことの細かな事情を自分や仲間たちに説明してくれないのか、
アイムには納得できませんでした。
心配かけまいとして秘密にしているつもりかもしれないが、
ここまで分かりやすい態度を目の前でとられてしまっては、
もうほとんどジョーがバリゾーグ関連で深刻な事情を抱えていることはアイムには分かってしまっています。
ならばいっそ全て打ち明けてくれてもいいのではないかとアイムは思いました。

それに、今は皆で手分けしてライブマンを探している最中です。
皆にとって大事な宝探しの途中なのです。
そしてその途中でザンギャックの妙な策動も知ったばかりです。
宝探しも大切ですが、地球の人々を守るために戦うこともマーベラス一味にとっては
今や宝探しに負けないぐらい大切なことです。
すぐに皆で集まって対策を練るべきではないか。
そうした一味にとって大切なことを後回しにしてまで、
設計図の解析を急がねばならないのかとアイムは疑問に思いました。

いや、ジョーが設計図の解析を優先したこと自体を非難しているわけではないのです。
仲間にとってとても大切な宝探しや人々を守ることよりも優先しなければいけないほど
ジョーにとって大切なことだというのなら、それはアイムにも他の仲間にも大切なことであるはずであり、
どうして一緒に解析に来るように誘ってくれないのか、アイムには納得出来なかったのでした。

しかし、ジョーはアイムの声を背に受けて「すまない・・・」と謝ります。
確かにもはやアイムにバリゾーグ関連での隠し事はほとんど意味は無くなっており、
このまま黙っていても余計に心配させるだけという状況になってしまっていることは
ジョーにも分かっていたのですが、それでも決定的な話はしたくなかったのでした。
今ならまだ仲間たちに細部ははぐらかすことは出来るし、
自分と同じ深い悲しみを味あわせないように済ますことも出来るかもしれないとも思えました。
だから、心配をかけてしまうことは承知で、それでも自分一人で抱え込みたい。
そういう自分の我儘でアイムに心配させてしまうことを謝ったのでした。
それに、宝探しや戦いを放り出して私事を優先する自分に後ろめたさも感じていました。
まぁ私事にしてしまっているのは自分の判断で勝手に秘密にした結果なので自業自得といえますが。

そうしてジョーはリングを降りて「先に戻っててくれ・・・」と言って、
大原丈と共に彼の研究室に向けて去っていったのでした。
リングの上に1人残って2人の去っていくのを見送ったアイムは、
ジョーが仲間と一緒に宝探しや戦いをすることよりも、ここまで1人でやることにこだわったのは、
あの第4話のゾドマスとの戦いの時、1人で戦うことにこだわった時と同じだと思いました。

あの時、ジョー自身は今回と同じように何も事情は話してくれませんでしたが、
話したくない余程の事情があるから話さないのだから、仲間なら信じて見守るべきだと、
あの時アイムは学びました。
今回もここまでジョーが何も事情を言わず1人で抱え込むということは、余程の事情があるからであり、
やはり信じて見守るしかないとアイムは思いました。

ただ、あのゾドマスの一件の時は、結局ジョーは何も事情は話しませんでしたが、
ルカは剣の師匠との辛い記憶が関係しているのではないかと推測していました。
それは、ジョーが自分の剣への強いこだわりの理由を話したがらないということから
ルカが推測しただけのことだったのですが、
確かにジョーがここまで頑なに1人で秘密を抱え込もうとしたのはあの時と今回は同じであり、
そうなると、やはり今回もジョーの剣に関する記憶に関係することのようにも思えてきます。
ならば、バリゾーグに改造された人とは、剣術に絡んだジョーの知り合いなのかもしれないとアイムは思いました。

その後、アイムは皆に連絡してガレオンに戻って、
ジョーを除く5人の集まった船室で、事の顛末を説明しました。
アイムの話を聞いて、鎧はジョーとバリゾーグに意外な接点があったことに非常に驚いていましたが、
ジョーの過去のことなどはあまりよく知らないので、ただ驚くだけという感じでした。

他方、「バリゾーグの設計図・・・」とルカは難しい顔をして呟きます。
バリゾーグの設計図を見てジョーがそこまで取り乱して元に戻したくなるということは、
そのバリゾーグに改造された人物というのは、よほどジョーにとって大切な人なのだろうとルカは思いました。
しかしただ単に大切なだけの人物ならばアイムに事情を説明しないのは不自然であり、
それはやはりジョーの他人に触れられたくない過去に関係する人物なのだろうと思えました。
それはやはり、剣の師匠に関する辛い記憶に関係するのではないかとルカには思えたのでした。
そう考えると、その辛い記憶とは、ジョーの剣の師匠がバリゾーグに改造されてしまったということ、
あるいは殺されたとジョーが思っていたが、
実際は改造されていたということなのだろうか・・・とルカは考えました。

一方、マーベラスは「なるほど・・・ジョーの奴、そういうことか・・・」と椅子に座ったまま手を合わせて呟きます。
マーベラスは第11話の時、どうしてジョーがバリゾーグの剣の前に棒立ちになっていたのか、
ようやく謎が解けたのでした。
あの時、ジョーはバリゾーグの正体が自分の友、おそらく剣の師であることを初めて知ったのだろう。
おそらくジョーのザンギャックからの脱走事件に絡んだ何かの事情で生き別れになっていた剣の師が
実はバリゾーグに改造されていて、あの時自分の敵として立ちはだかっていることをジョーは知った。
それでショックで戦意を失っていたのだとマーベラスは推測しました。

そして、そう考えると、あの後、ジョーが「1人でケジメをつけたいことがある」と書置きをして
一時的に失踪していたのも、
その空白の時間のことはジョーは何も語りませんでしたし、マーベラス達もあえて追及しませんでしたが、
あれもおそらくジョーは1人でバリゾーグに会いに行っていたのだろうと推測出来ました。
あの後、ジョーは立ち直り、バリゾーグも健在であることを考えると、
ジョーはバリゾーグを元に戻すことは諦めたのだろうと推測できます。
それが今回、設計図が出てきたのでジョーの中で何とかしたいという気持ちが再燃したのだろうと
マーベラスは思いました。

アイムもルカやマーベラスの厳しい顔を見て、神妙な顔で俯きます。
やはりさっき自分が推測した通り、バリゾーグの正体はジョーの剣の師匠の人なのかもしれないと思えました。
しかし、何故、それならそうと言ってくれないのか。
過去の辛い記憶があるといっても、希望が見えてきているのなら、
皆で力を合わせてもいいのではないかと思えました。

そうした皆が沈痛なムードの中、ハカセは1人、船室内のパネルスクリーンに向かって
しきりにキーボードを操作しています。
ハカセもジョーとバリゾーグの件は驚いており、だいたいルカやマーベラスと同様の感慨は抱いていましたが、
どうもその大原丈という地球人の科学者が推理していたという、
身体能力に優れた人間を改造するという作戦の話が気になっていたのでした。

大原丈がザイエンの思惑に気付いたのは、同じ科学者だから発想のパターンが類似しているからでしょう。
それと同様にハカセもかなりレベルは落ちるものの、一応科学者の端くれのようなものなので、
何となく同じような思考パターンを持っていて、どうもその話が気になったのでした。
それで色々と検索して調べているようです。

そのハカセが皆に「ねぇ、調べてみたんだけど・・・アイム達が助けたボクサーの他にも、
何人もさらわれてるみたい・・・」と調査結果を見せます。
大学ラグビーのスター選手、プロ野球の期待のルーキー、剣道国内チャンピオン、柔道金メダリスト、
プロレス界の有名選手、空手チャンピオンなど、錚々たるスポーツ選手が今日、突然姿を消しているのです。

「・・・柔道金メダリストに空手チャンピオンって・・・腕っぷしの強そうな人ばっかりですね・・・」と
鎧はハカセと顔を見合わせる。
これほど身体能力の優れた有名な人材が今日という日に一斉に失踪するなど、偶然では絶対に有り得ないことです。
これは人為的な誘拐と考えるしかない。
おそらく、さっきのボクシングチャンピオン誘拐未遂事件もこれらの事件と同一犯による
一連の事件の1つだったに違いない。
となると、これら全ての有名スポーツ選手誘拐事件の犯人はさっきのザンギャックの怪人ということになります。

では何故、あの怪人はこんな身体能力の優れた人材ばかり狙って誘拐するのか?アイムは考えました。
となると、やはりあの怪人が持っていたバリゾーグの設計図には、
大原丈が言っていたような意味があるように思えてきます。
「人間を機械にする設計図・・・人間の誘拐・・・これはやはり・・・!」と、
アイムの推理はある恐るべき計画に思い至ります。

その答えはギガントホースでの会話で明かされます。
インサーンはワルズ・ギルから聞かされたその計画に耳を疑い、「バリゾーグ量産計画!?」と問い直します。
それに対してワルズ・ギルは自慢げに
「その通り!強くて忠実な部下が増えれば、地球侵略など、思いのままだ!」と言います。
そしてバリゾーグに向き直り「・・・そうだろう?バリゾーグ・・・」と問いかけると、
バリゾーグは「イエス、ボス」と忠実に応えるのでした。

つまり、ワルズ・ギルは久々に会ったザイエンに彼の作ったバリゾーグの忠実さや有能さ(?)を
褒め称えているうちに、ならばせっかくザイエンが地球方面軍に来ているのだから、
ザイエンのこちらへの滞在の間に急いで地球人の目ぼしい身体能力を持った男をたくさん誘拐して、
全員をザイエンによってパッパッとバリゾーグに改造してしまえば、
自分の忠実な手足となるバリゾーグが増えて、ますます気分が良くなるし、
地球侵略作戦もやりやすくなると思ったのでした。

しかし、これはインサーンにとって面白かろうはずがない。
インサーンだって行動隊長たちにいつも様々な改造を施しているのです。
それはザイエンとやっていることは同じです。
だからワルズ・ギルがザイエンに改造兵士を作らせるということは、
この地球方面軍におけるインサーンの仕事を否定しているようなものです。
それを喜んで受けるザイエンにもインサーンは憤りを感じました。
さっきは自分の職分は冒さないようなことを言っていたクセに、
その約束を反故にするようなことを平気でするのはとても許せないとインサーンは思ったのでした。

一方、ゴーカイガレオンでもアイムの推理で、
ザンギャック軍によるバリゾーグ量産計画が進行していることは間違いないという結論に達していました。
そのおぞましい作戦内容を聞き、鎧が机をたたいて
「そんな恐ろしい計画・・・見過ごすわけにはいきません!!」といきり立ちます。

ハカセは今日立て続けに起きた誘拐事件の発生場所を地図上でまとめて
「ここがザンギャックの現れた場所・・・この近くにさらわれた人達が1ヵ所に集められてる場所があるのかも・・・」
と、皆に地図を見せます。

意外と誘拐場所は近い位置に固まっており、
おそらくザンギャックの拠点は固定の1ヵ所であって、
その近くで誘拐出来そうなスポーツ選手が手っ取り早く誘拐されたようです。
つまり、よほど急いで行われている作戦のようで、急に決まって急に済ませようとしているような印象です。
これは意外に穴の多い作戦かもしれないとハカセは思いました。
ならば、これら誘拐地点の近くでザンギャックが誘拐した人を隠せそうな場所を順々に当たっていけば、
アジトを発見出来るかもしれない。

これでこちらとしての行動方針が決まったので、
鎧は「ジョーさんにも連絡しないと!」とゴーカイセルラーを取り出しますが、
マーベラスは「いや・・・いい!」と言って鎧を止めます。
鎧は不思議そうな顔をします。
しかしマーベラスは「好きにやらせてやろうぜ・・・気の済むまでな・・・」と意味深な言い方をするのでした。

マーベラスは、バリゾーグを元に戻せる可能性が出てきたというのに
相変わらずジョーが自分達に何も打ち明けようとしないのは、
実はジョーは内心ではおそらくそれが無理なのだろうと分かっているからだと思ったのでした。
第11話でバリゾーグの真実を知った後もそのことをジョーが仲間に言わなかったのも同じ理由で、
それはジョーが自分の悲しみを仲間に知られることで、
仲間が自分に同情して悲しんだりしないようにという、優しいジョーらしい配慮だったのだと
マーベラスは理解したのでした。

そのジョーがそれでもどうしても諦めきれなくなって、
自分1人で絶望を受け止める覚悟で最後の足掻きのために黙って1人で冷厳な事実と向き合いに行っているのだ。
それは邪魔してはいけないとマーベラスは思いました。
変に連絡したり、この件が片付く前に顔を合わせたりしたら、ジョーは逆に皆に気を遣ってしまう。

第12話の時に一時的に失踪した時と同じだ。
きっと自分でケジメをつければ、ジョーは自分1人で辛いことは呑みこんで、
きっと仲間の元に駆けつけてくれる。だから信じて待てばいい。
そのようにマーベラスは言いたかったのでした。

そして、アイムも確かに第4話の時も、第12話の時も、そうであったと思い出し、
ジョーの今の心情を理解し、やはり信じて待とうと思えて、力強く頷いて笑顔となります。
同じようにルカも、ハカセも笑顔で頷き、マーベラスの意見に賛同し、鎧にその意を伝えます。
鎧はジョーのそうした心情は以前の件を知らないのでよくは理解出来ませんでしたが、
鎧の信頼する皆がそう信じるのなら、それは信じて待てばジョーはきっと来るのだと信頼出来たのでした。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 23:29 | Comment(0) | 第30話「友の魂だけでも」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月10日

第30話「友の魂だけでも」感想その4

ジョーが大原丈に連れられてやって来た場所は、なんと「科学アカデミア」でした。
「ライブマン」第1話でボルトの攻撃を受けて壊滅したはずの科学アカデミアですが、
ボルトとの戦いが終わった後、再建されたようです。
科学アカデミアの学生であった大原丈は、今では研究者として科学アカデミアに籍を置き、
研究にいそしむ日々であるようです。

その科学アカデミア内の「大原研究室」と銘打たれた研究室の中で、
大原丈は先ほどのザイエンの落としていったバリゾーグの設計図を接続したパソコンに向かい、
無言でキーボードを叩き続けています。
その後ろには少し距離を置いてジョーが立ち、じっと黙って大原丈の作業を見守っていました。
といっても、ジョーには大原丈のやっている作業内容は高度過ぎて、
何をやっているのか内容はサッパリ分からない。
とにかく結果が出るのを待っているだけという状態でした。
部屋には他に人はおらず、沈黙の空間にひたすらキーボードを叩く音だけが響き続けています。

そうした沈黙の時間が続く中、
ジョーは(もしも・・・もしも、シド先輩を取り戻すことが出来るなら・・・)と考えます。
可能性が低いことは分かっていたはずですが、
こうして目の前で大原丈が淀みなくキーボードを叩いている姿を見ると、
全てが順調に進んでいるような気がしてきて、変に希望が湧いてきます。

それに、ジョーも何も全く元通りのシドが取り戻せるなどとは期待していない。
最悪、機械の身体のままでもいいのです。
バリゾーグの中にシドの記憶が甦ってくれて、ザンギャックから離脱さえしてくれれば、シドとは戦わずに済む。
そうすればシドを殺さずに済む。
とにかく死んだと思っていたシドがバリゾーグの中で生きているかもしれないと分かって、
その後やはりシドは死んだのだと思い知らされ、
そして今回、設計図が手に入って、
バリゾーグの中にシドを生き返らせることが出来るかもしれない状況に自分は賭けている。
やはり自分はシドにどんな形であれ生きていてほしい、救いたいのだとジョーは思いました。

その時、大原丈の向かうパソコンから一際大きな警告音のような音が響き、
画面に「NO RETURN」という文字が出て、
大原丈は軽く溜息をついて、手を止めて椅子の背もたれに深々ともたれかかり、じっと画面を睨みます。
作業開始後、初めて大原丈の手が止まったのを見て、ジョーは作業が終わったのかと思い、
慌てて前へ飛び出してきて大原丈の横にのしかかるように身を乗り出し
「どうだ!?」と、緊張した面持ちで結果を聞きました。

すると大原丈はじっと画面を睨みつけていた視線を逸らしてジョーの方を見ると
「・・・あのザイエンってのは確かに天才かもな!・・・それも、一番性質の悪い・・・」と言いながら、
椅子を立ち上がり、後ろに下がって画面を見て、ジョーにも画面を見るよう促して
「人間の優れた能力だけを残し・・・あとは全てを完全に機械化してやがる!」と悔しげに言いました。

「えぇ・・・?」と驚いてジョーは画面を食い入るように眺める。
ジョーには大原丈の言っていることの意味がイマイチよく分からないのです。
シドが機械化されてバリゾーグとなっていることはジョーにも分かっている。
それが分かった上で、それでも元に戻せる方法があるのかもしれないはずではなかったのか?
いったい今の大原丈の言葉にはどういう意味が込められているのか、ジョーにはよく分からなかったのでした。
どうやらジョーが見るように促された画面上には、
その大原丈の言おうとしている意味を示すような情報が提示されているようなのですが、
科学に全く無知なジョーは、その画面から意味を読み取ることすら出来ず、ただ画面を眺めながら狼狽します。

実は大原丈は自分の口から残酷な事実を告げることが躊躇われて、
それでジョーに画面を見せて自分で事実を悟るように促したのです。
しかし、どうやらジョーが画面の情報を読み取ることが出来ないようだということが分かり、
狼狽するジョーの姿を見て申し訳なく思い、大原丈は覚悟を決めて自分の口で
「・・・改造されちまったら、二度と元には戻れない・・・残念だが、人間としては死んだも同然だな・・・」と、
残酷な結論を告げます。

大原丈はジョーがこんなに必死になるということは、
このバリゾーグに改造された人間がジョーの大事な知り合いだったのだろうと思い、
昔の自分と同じように友を救おうとして懸命なジョーのために、
自分達が昔出来なかったことを、今このジョーのためにやってやりたいと思って、
懸命に設計図と格闘したのでした。

しかし、設計図を解析してみた結果、
バリゾーグは被改造者の脳まで完全に機械化する仕様になっており、
指定した特定の能力に関するもの以外の一切の記憶は回路の中で消去するようにもなっていました。
これでは記憶が戻ることはなく、元の人格が復活することもない。
つまり永遠に決められた主人の命令に忠実な機械兵士のままであり、元の自我を持った人間には戻れない。
よりシンプルに言えば、バリゾーグの中のジョーの友は死んだのであり、もはや救うことは出来ない。
設計図を読み解く限りはそういう結論にしかなりようがない。

もちろん、それはあくまで設計図の上での話であり、バリゾーグの現物を大原丈は見たわけではない。
この結論は、あくまで設計図の通りに完璧に改造手術が行われていればの話であって、
改造手術において何らかのミスが生じていれば、また話は別です。
しかしそんな重大箇所でミスがあれば必ず不具合が生じてミスが発覚するはずであるし、
だいたいそんな不確実な話をし始めたら科学というものが成り立たなくなってしまいます。
今、科学者としての大原丈が言えることは、
この設計図によって作られた以上、バリゾーグはもう元の人間には戻れないという残酷な結論だけでした。

ジョーはその残酷な結論を画面をじっと見ながら黙って聞き、
ぐっと身を乗り出して、画面上に映るバリゾーグの無機質な機械の顔を食い入るように見て、
すっと画面から身を離して「そうか・・・」とボソッと呟きます。
機械の顔でもなんでも、そこに昔のシドの優しさが甦るかもしれないなどと考えていた
自分の愚かしさに気付かされたのでした。

こうなることは分かっていたはず。以前に結論は出ていたはず。
大事な宝探しや戦いを放り出して、無意味なことをして、予想通りの結果が出ただけ、時間を無駄にしただけです。
いつものようにバカな自分を冷笑してやろう。
そう思って口を歪めて「・・・やっぱり!・・・」と言いかけたジョーでしたが、
何故か涙が込み上げてきて、言葉を続けることが出来ず、苦しげに嗚咽してしまいます。

情けなくなって大原丈に背を向けて涙をこらえるジョーの方は見ずに、
大原丈は再びパソコンに向かって画面上のバリゾーグの画像を見ながら
「・・・このバリゾーグってのは、お前の友達だったのか?」と、ジョーに問いかけます。

実際のところ、聞くまでもなく、
大原丈にはバリゾーグがジョーの大事な友が改造された姿なのだろうということは想像ついています。
しかし、それでもあえてジョーの口からそれを聞きたかったのです。
それは、そうすることによって、友を救うためにガムシャラに突っ走っていた
ライブマンだった頃の自分を取り戻せるかもしれないと思ったからでした。

さっきボクシング会場で大原丈は戦う姿をジョーに褒められて「昔取った杵柄」と言いました。
つまり大原丈にとってはライブマンであったことは昔のことであり、現在は心理的に決別しているとも言えます。
ジョー達がゴーカイジャーであることを知りながら自分が元ライブマンだと名乗っていないのも、
別にジョー達を試しているわけではなく、自分がライブマンを名乗ることに躊躇いがあるからでしょう。

それでもレジェンド大戦では戦ったわけですから、
地球上の生きとし生ける者たちを守るために戦うという意識はあります。
さっきだってしっかり生身でも戦っています。
しかしレジェンド大戦で変身能力を失い、「大いなる力」を預かる立場となって、
ではライブマンの大いなる力の源、つまりライブマンの精神とは何なのかと考えた時、
大原丈は自分達がそれをずっと見失っていたことに気付いたのでした。

そうなれば、ゴーカイジャーを見てライブマンの精神を継ぐ者として
相応しいのかどうかを判定することすら出来ない。
つまり「大いなる力」の譲渡が出来ないのです。
ライブマンの大いなる力がここまで未取得であったのは、こういう理由であったのです。
ライブマンとして戦っていた頃の精神を見失ってしまった大原丈は、
ジョー達に出会って彼らがゴーカイジャーだと分かっても、「大いなる力」の譲渡が出来ない身なので
ライブマンと名乗ることは躊躇いがあったのでした。
いや、そもそも大原丈にとってライブマンであった頃の出来事は苦い想い出であり、
今は科学者として別の生き方をしているという意識の方が強い。
たまに「昔取った杵柄」で困っている人がいれば助けたりしているだけのことなのです。

その科学者としての大原丈は、残酷で冷厳な事実をジョーに伝えるしか出来ませんでした。
自分達が友を救えなかった分、友を救いたいと必死になっているジョーの役に立ってやりたいと思って
設計図を解析したはずなのに、結局は自分はまた友を救うことは出来ず、
ジョーにあの時の自分達と同じ悲しみを味あわせただけでしかなかった。
大原丈はそんな自分が納得できなかったのです。
確かにバリゾーグを元には戻せないという事実は事実です。
しかし、それでもそんな友のために泣くジョーの姿を見て、
大原丈は昔のように変え難い現実にぶつかっていき、
苦悩しながら何とか足掻いてみるべきじゃないかと思ったのでした。

しかし、昔のようにといっても、
昔はその足掻いた結果、友を救うことは出来なかったのであり、
自分がまた昔のように頑張ったところで、また結果は同じなのではないか?
同じ失敗をまた繰り返すというのはまるでバカではないか?と大原丈は迷った。
しかし、そんなことを言っていては、ただ冷厳な現実の前で諦めるだけの人生となる。
迷って立ち止まるよりも、とにかくバカでも足掻いてみよう。
そう思い、大原丈は自分の迷いを振り切るために、
友を何とか救いたいと思ってガムシャラだった昔の熱気を取り戻したいと思った。
ただ、自分の救うべき友はもういない。
自分にはもはやあの熱さは無い。
だから、ジョーの友を救いたいという熱い想いを聞いて、自分を奮い立たせたいと思ったのでした。

それで大原丈はジョーにバリゾーグが友達だったのかと質問したのですが、
ジョーは大原丈の質問はもはや耳に入らなくなっているようで、
こみあげてくる悲しみを押さえ込もうと懸命に格闘していました。
ジョーはこんなことで泣けてくる自分が情けないと思いました。
いきなり真実を聞かされた前回とは違う。
今回はシドがバリゾーグに改造されて元に戻るのは難しいということは最初から分かっていたはずです。
このような厳しい結論は覚悟出来ていたはずなのです。
それなのに、こんなに狼狽えるなんて・・・あまりに情けないとジョーは自分を責めました。

おそらく、ほとんどどういう事態か把握しているはずのアイムを置いて1人でここに来たのも、
今まで仲間に何も言おうともしなかったのも、
シドのことでこのような女々しい醜態を晒してしまう自分を見られたくなかった
見栄だったのだとジョーは気付きました。
悲しませたくない、動揺させたくないという気持ちも確かにありました。
しかし、根本にあったのは自分の未練がましい弱さ、現実を受け入れられずに泣き喚く浅ましさを
仲間に見られたくなかったからという、単なるつまらない見栄だとジョーは思いました。

それはつまり、ジョー自身が自分の未練がましさ、現実を受け入れられない弱さや浅ましさを
みっともないと思う気持ちがあるということです。
ジョーはそうした自分の弱さや覚悟の無さを罵倒するように、そこらにある棚をバンバン叩きながら
「・・・バカだな!!・・・戦うしかないのに・・・先輩はもういないと、分かっていたはずなのに・・・
一瞬でも・・・救えるかもしれないなんて・・・!」と涙声を絞り出すようにして言います。
涙声で切々とした口調ではありますが、これは決して悲しみに溺れているわけではない。
むしろ、そのようにして弱い自分を罵倒することによって、
怒涛のように込み上げてくる悲しみに流されないように自分を叱咤しているのです。

しかし、ジョーの口から何としても大事な友を救いたいという想いを聞きたかった大原丈は、
このジョーの言葉に落胆しました。
せっかく自分が友を救おうとして無理を承知でガムシャラに足掻いていた頃の気持ちを、
ジョーの友を救いたいという必死の想いに応えて、
古傷を抉られるような想いで取り戻そうとしたというのに、
その当の相手のジョーから、そんな諦めの言葉を聞こうとは、残念でした。

いや、ジョーを諦めさせるような事実を告げたのは大原丈なのですから、
かなり身勝手な感情だとはいえますが、
それでも大原丈は、ジョーにはこんな簡単に諦めてほしくなかったのです。
それはジョーの懸命さを見て心動かされた自分が何だかバカにされたような気分になるからでした。

ジョーの友を救おうという気持ちを見て、協力したいと思ったのは、
大原丈もかつて友を救いたいと思って懸命だったからでした。
結果的に大原丈は友を救うことは出来なかったが、
最初から困難だと分かっていても、それでも真剣に救いたいと思っていたのです。
ところがジョーは設計図の解析の結果、友を救うことが無理だと言われた結果、
友を救えるかもしれないと一瞬でも思ったのはバカだったと言う。
じゃあ、自分が昔、真剣に友を救いたいと思って走り回っていたことは
バカな行為だったというのか?と大原丈は思い、
思わずムッとして「・・・バカなんかじゃねぇよ・・・」と画面のバリゾーグを見つめながら
感情を押し殺して呟きます。

そして、振り向いたジョーに向かって立ち上がり、キッと目を見据えて、
「大事な仲間だったんだろ?・・・だったら、人間でなくなろうが、敵になろうが、
救えるもんなら救ってやりてぇ・・・」と、ジョーのことを言っているのか、自分自身のことを言っているのか、
よく分からないような内容のことを言い、
そこからは押し殺していた感情が一気に爆発して、ジョーの手を強く握りしめ、
「悩んで当たり前だろう!足掻いて当たり前だろう!!」と激しい口調で怒鳴りつけたのでした。

ジョーは大原丈が単に慰めてくれていると思っていましたが、
大原丈は半ば自分の感情をジョーにぶつけているだけでした。
そのことにハッと気付いて、大原丈はどうして自分はジョーに対して声を荒げているのかと、
恥ずかしくなりました。
自分がこのように怒鳴るべき相手はジョーではない。
そう思った大原丈はジョーをじっと見たまま「・・・なんてな・・・」と呟いて、ジョーから離れます。
そして「これは自分に言ってんのかもな・・・」と自問自答するように言うのでした。

大原丈は自分がかつて敵となった友を救うためにさんざん悩んだり足掻いたりしたことを、
ずっと一番バカにして否定してきたのは、友を失った後の自分自身だったことに気付いたのです。
そんな自分に対して、ライブマンだった頃の自分が怒りをぶつけたかったのであり、
怒鳴るべき対象はジョーではなく、自分自身でした。
ただ、今までは自分の主体は、そのライブマンだった頃の自分を否定する方の自分であったはずです。
しかし、今、自分の口を動かして自分を怒鳴りつけたのは、ライブマンだった頃の血気盛んな大原丈でした。
いや、厳密に言えば昔の自分ではなく、
昔のライブマンとしての自分の戦いの意味をようやく理解した今の自分が、
それを理解していなかった今までの自分を叱り飛ばしたのです。
そのことが大原丈には分かったのでした。

一方、大原丈の言葉の意味が分からないジョーは「・・・どういうことだ・・・?」と戸惑って質問します。
てっきり自分とバリゾーグの話だと思って大原丈の励ましの言葉を聞いていたら、
大原丈はこれは自分に向けて言っているだというのですから、
大原丈のことを何も知らないジョーには何のことか分からないのでした。

大原丈は「・・・昔の話だ・・・」と言うと、
「人間を捨てて、地球征服を目論んだ同級生がいた・・・!」と告白します。
これは、ライブマン初期メンバー3人の科学アカデミアでの学友だった
月形剣史、仙田ルイ、尾村豪の3人のことです。
この3人は科学アカデミアを裏切ってボルトのもとに走り、ボルトの大幹部となり、
地球を一部の天才だけで支配しようとしました。
その目的達成のために命を軽視し、自分達以外の生命を平気で抹殺し、
自分自身の身体も人間ではないものへと改造してしまったのでした。

しかもこの3人は科学アカデミアを裏切って去る時に大原丈たちの友人2人を殺害しており、
当初は大原丈たちはこの殺害された2人の仇を討つために裏切り者3人と戦おうとしていました。
しかし剣史たち3人の企む恐るべき暴挙を知ることによって、
大原丈たちは地球上の生命全てを守るために戦うことを決意したのでした。

これは別にもともとは博愛主義や生命至上主義というようなシンプルな正義感が動機になっているわけではない。
自分達が地球上の生命を守りきることによって、かつての学友3人の生命を抹殺する暴挙を阻止して、
3人にこれ以上の罪を重ねさせないようにするため、
大原丈たちは学友3人の逆を張って、生命を守る戦隊「ライブマン」になったのです。
つまりは3人に暴挙を諦めさせて更生させることが大原丈たち3人のライブマンの目的でした。

しかし、その結果は無残なものでした。
大原丈はジョーに背を向けて研究室の中を歩み、窓に向かいながら
「結局・・・俺たちは、あいつらを救ってやることは出来なかった・・・!」と、昔を振り返り、
一言一言、区切るように悔しそうに呻きます。

結局、いくら暴挙を阻止して更生を呼びかけても、自らの才能に溺れた3人はなかなか目を覚まさず、
尾村豪は何とか救えたがライブマンが救ったわけではなく、
仙田ルイは爆死、月形剣史は脳をボルトの首領ビアスに捧げた後、反逆し暴走し滅んでしまいました。
ルイにしても剣史にしてもライブマンが直接倒したわけではなかったが、
結局はライブマンの「生命を守るため」という正義の名のもとの戦いの中で犠牲となったのです。

もちろん生命は美しく尊いものであり、生命を守ることは間違いなく正しい。
だからそれは正義であり、正義を貫くための戦いにおいては
最後まで生命の価値や正義の意味を理解しなかったルイや剣史を犠牲にするのは仕方ないことだったという
意見もあるでしょう。
しかし大原丈たち3人は自分達は生命を守るという正義のためではなく、
学友たちを更生させて救うために戦っていたはずだと思った。
もちろん多くの生命を救うことが出来たことは良かったが、
剣史たちが死んでしまっては、自分達が戦った本来の目的は達成出来ていない。
いったい自分達は何のために戦っていたのか、大原丈たちは分からなくなってしまいました。

結果的には、友を救うためであったはずの戦いが、いつの間にかもともとの目的を忘れて、
単なる「生命を守るため」という正義の戦いになってしまい、
その結果、救いたいと思っていたはずの友を殺してしまったということになります。
正義のための戦いならば、そんなことが許されるのか?
そう考えると、大原丈たちは正義というものが恐ろしくなり、
ライブマンとしての自分達がよく分からなくなったのでした。

生命を守る正義の戦隊であるライブマンは正義である以上、
人間を裏切って悪に走り、生命を奪っていった者たちは、
たとえ友であろうとも許すことは出来ないし、救うことなど出来ない。
戦って断罪するしかないのです。
実際、結果的にそうなった。これが揺るぎない現実なのです。

それなのに、その現実に逆らって、悪に染まった学友を救おうとして
やたらと悩んで無駄に足掻いた自分達は全くバカみたいだと大原丈は思いました。
かといって、当初の想いを曲げて友を死なせてしまった自分達を正義のヒーローだなどと誇る気分にもなれない。
そんなものは正義ではないとまで思えてくるが、
かといって生命を守ることの正しさを否定することなども思いもよらない。

結局、大原丈はライブマンとしての自分のボルトとの戦いの想い出には正面から向き合わず、
昔の話として未整理のまま記憶の中に放置し、
その後はライブマンになる以前とは打って変わって真面目に研究に打ち込み、
再建した科学アカデミアの中心的存在として学界をリードしてきたのでした。
大原丈はそうして科学者として人生をやり直したつもりでした。

もちろん生命を守るためにかつて戦った戦士であることは忘れていませんから、
誰かの命が危険に晒されていれば身を挺して助けることは多々ありました。
それを他人は正義感と言うのかもしれないが、大原丈には正義というものがよく分からない。
というより、それについて考えると、どうしても剣史やルイのことを考えてしまうので、
正義とは何なのか、考えることは避けたいのでした。
だから大原丈にとっては、誰かを守るために戦うことは「昔取った杵柄」、
つまり、かつて「ライブマン」と名乗って戦っていたからには果たさなければならない
責務のようなものだと自覚していました。

そういう意識の延長線上で、レジェンド大戦の時は
地球上の全ての生命をザンギャックの侵略から守るために久しぶりに変身までして戦いました。
ところが、その結果、変身能力を失い、「ライブマンの大いなる力」を預かることになり、
宇宙海賊マーベラス一味が「ライブマンの大いなる力」を受け継ぐに値する者達かどうか
判定しなければいけない立場に立たされてしまった。
そのためには、マーベラス一味がライブマンの精神を受け継ぐに相応しい者達かどうかを
見極めなければならないという。

しかし大原丈はそもそも自分の中でライブマンというものを整理しきれていない。
だから見極めることなど出来ない。
それは他のメンバーも同じであるようで、
結局、他のレジェンド戦隊の者達が様々な形でマーベラス一味にアプローチしていく中、
ライブマンは誰もアプローチすることもなく、大原丈も研究に没頭する日々を送っていました。

そうした日々の中、たまたま街で出会った若者がそのマーベラス一味の2人組で、
そのうち1人が昔のライブマン時代の自分と同じ境遇であることを知り、
思わず深く感情移入していくうちに、
大原丈はあの頃の自分が何を考えて悪に走った学友たちを救いたいと考えていたのか、
突然、理解することが出来たのでした。

大原丈は自分自身に噛んで含めるように
「・・・だから、俺はこの学校に戻って・・・今でも足掻いてるんだよ・・・!」と言いながら、
ブラインドを押し広げて窓の外のアカデミアの中庭に集う学生たちを見つめます。
その中の数人のグループの中の女子学生が虫カゴから取り出した2羽のモンシロチョウを
掌から青空に向けて放ちます。
それをブラインド越しに見つめながら大原丈は「若さで突っ走った学生が、同じ過ちを繰り返さないようにな・・・
それを、あいつらも望んでるんじゃないかと思ってな・・・」と言い、
パタパタと羽ばたきながら青空高く舞い上がっていく2羽のチョウをまぶしそうに目で追っていき、
「・・・あいつらの魂だけでも救ってやりたいからな・・・!」と呟くのでした。

ここで大原丈が言っていることは、
「自分は悪の道に走った学友たちを救うことが出来なかったので、
学校に戻って若い学生たちが同じ過ちを繰り返さないように足掻いてきたのだ」ということです。
更に言えば、ジョーがザンギャックに改造された友を救おうとして足掻く姿を見て、
大原丈自身もそうやって足掻いてきたことに気付いたのだということを言っているのです。

しかし、これは何とも奇妙な言い回しで、
一見、学生が道を踏み外さないように指導してきたことのように聞こえますが、
それなら「足掻く」などという泥臭い表現は使わないでしょう。
それに、大原丈が友を救えなかったからといって、
どうしてその悪に堕ちた友と同じ過ちを犯す学生を更生させなければいけない義務が生じるのか、
しかも足掻いてまでそんなことをする意味が分かりません。
また、それがジョーの話と何の関係があるのかも謎です。
また、それをどうして悪に堕ちて死んでいった学友たちが望んでいるように大原丈が思うのかも謎です。

これは要するに、昔の自分と同じようにジョーがバリゾーグを必死で元に戻そうとしているのを見て、
それに感情移入していくうちに、
大原丈がどうして自分はあんなにバカみたいに必死になって
悪の道に堕ちた学友たちをわざわざ更生させようとしていたのか、改めて考えてみた結果、
それは単に友情というような話ではなく、
学友たちの問題を自分の問題として捉えていたからだということが分かったという話です。

つまり、大原丈の言う「同じ過ち」というものを、
「大原丈自身の過ち」と解釈すれば意味が通じるのでしょう。
正確に言えば「剣史たち3人の過ち」であると同時に「大原丈たち3人の過ち」でもある、
「科学」というものの持つ恐ろしさと言っていいでしょう。

止め処なく発展していく科学というものは、時には悪魔のような恐ろしい物を生み出すこともある。
使う者によっては神をも生み出し、悪魔をも生み出し得るものが科学です。
その科学の徹底的な探求の場が世界中から天才が集う科学アカデミアであり、
そこはひたすら高みを目指して天才たちが科学を突き詰めていく世界でした。
その中で剣史たちは悪の道に魅入られてしまったのですが、
彼らは自分達が悪の道に堕ちたとは思っていませんでした。
科学の論理を突き詰めていけば、優秀な天才が世界を指導するのが最も理想的な世界であり、
その理想世界を目指すことこそが正義だと剣史たちは思ったのです。

それは人間としては間違った考え方かもしれませんが、科学においてはそういう論理は確かに成立するのです。
つまり、剣史たちが邪悪な人間だったわけではなく、
科学というものに一見正義や理想の仮面を被って人を邪悪に引き込む、元来邪悪な側面があり、
剣史たちはその科学の邪悪に魅入られてしまっただけなのです。
実際、剣史たち3人はもともと邪悪な人間だったわけではなく、
大原丈たちにとって最初は良き友人たちだったのです。
それが科学の邪悪な側面に魅入られてしまったのです。

もちろんそれは剣史たちの弱さが招いた自業自得の結果であり、
世間的には彼らが許される余地は全くありません。
が、それでも大原丈たちは彼らを救いたいと思った。
それは、学友だからでした。
別に友情だとか、そういう青臭い話ではなく、共に科学を学んだ仲間だったからです。
劣等生ではあったが、大原丈も科学アカデミアで剣史らと共に科学を究めようとした仲間であるから、
大原丈も科学の恐ろしい側面は理解出来たのです。
そして自分だって条件次第では剣史たちと同じ悪の道に堕ちていたかもしれないということも分かっていたのです。

大原丈は生まれついての正義のヒーローなどではない。
ただの科学者の卵であり、科学アカデミアで剣史たちと全く同じように科学の道をひたすら高く、
ひたすら上へ上へ発展させるという営みの中に組み込まれていたのです。
その中で剣史たちは道を踏み外し、自分達は踏み外さなかったのは、全くの偶然に過ぎないと大原丈は思いました。
大原丈も剣史たちと同じく科学の申し子なのであり、科学の邪悪に晒されていた仲間なのです。
だから、剣史たちの狂った理想やそこに至る暴挙の計画を聞いた時、
大原丈は激しい怒りを覚えると同時に、
同じ科学者である以上、自分の中にも剣史たちと同じ悪の因子はあるということを自覚したのです。

それゆえ大原丈は剣史たちの暴挙を止めて彼らを更生させたかったのです。
何故なら、科学者なら誰でも剣史たちのようになり得るからです。
その結末が必ず破滅的なものになるというのなら、
科学というものが途轍もなく危険で邪悪なものと自ら認めるに等しい。
多少の逸脱ならば自己修正することが出来る、
科学には悪を更生させる叡智があるということを大原丈は示したかった。
何故なら、大原丈は科学が好きだったからです。
科学の邪悪を暴走させた剣史たちの暴挙を止めることが出来ず、
彼らを更生させることが出来ないということは、科学の敗北を意味すると思い、ライブマンは戦ったのです。

しかしその結果、剣史たちの暴挙は止めることは出来たものの、剣史たちを救うことは出来なかった。
残ったものは「生命を守る」という大原丈たちの科学の勝利でした。
それこそが正義の科学だと世間は言います。
しかし、それは「生命を奪う」という剣史たちの科学と一体どう違うというのか?
剣史たちは剣史たちでそれこそが正義の科学だと信じていた。
剣史たちから見れば大原丈たちの方が邪悪に堕ちたように見えたことでしょう。
結果的に大原丈たちの方が勝ったから正義だと言っているだけのことで、
結果が逆なら剣史たちの方が正義の科学になっていたでしょう。
共に相手を救いようのない悪だと断罪して正義を自称するだけならば、
どちらも本当の正義などではないと大原丈は思いました。
だから剣史たちを救えなかったライブマンを大原丈は正義だとは思えなかった。

大原丈が本当に求めていた勝利は「科学の勝利」でした。
科学が自らの中に巣食う邪悪を抑え込んで正しい道を歩むことがライブマンの求めていた勝利であり正義でした。
だから剣史たちも自らの中の邪悪を抑え込んで更生してほしかった。
いや、ライブマンはボルトの首領の大教授ビアスに対してさえも科学者としての更生を求めたのです。
しかし、その努力は虚しく、剣史やルイ、そしてビアスたち、ボルトの科学者たちは
自分の邪悪に敗北した科学者の無様な姿を晒して死んでしまった。
それは科学の敗北であり、それを止められなかったライブマンの大きな挫折でした。

大原丈はその挫折によって自分はライブマンのことを振り返るのが嫌になってしまって
研究に没頭するようになったと思っていました。
しかし、そうではなかったのです。
一旦敗北した科学をそれでも信じたいという自身の切なる想いが、
大原丈をそれまで以上に科学を好きにさせて、科学に没頭させていったのです。
それは単に学究の道に邁進するだけではなく、
あれほどの酷い挫折を経てもなお、
科学が自己の中の邪悪を抑え込むことが出来ると信じようとする試みでもありました。

二度と剣史たちを救えなかった過ちを繰り返さないように、
科学の邪悪に若い科学者たちが魅入られることのないよう見守り、
もし邪悪に魅入られた学生がいれば、粘り強く説得して更生させていき、
科学が正しい道を歩むよう努めてきたのです。
それは必ずいつも上手くいくとは限らない。
それだけ科学の邪悪な側面はしぶとく根強いのです。
だから結局また挫折を重ねるようなことも多々あり、茨の道でした。
苦しみ足掻き続けてきたと言っていい。

しかしライブマンで酷い挫折をして学友を殺してしまった自分には、
こうして科学の邪悪と戦い足掻き続けていくしか生きる道は無いと、大原丈は思っていたのです。
それはライブマンの時に自分が出来なかったことだと思っていたのでした。
しかし、今回ジョーの必死さに触発されて昔の自分が学友をどうして必死で救おうとしていたのか思い出して、
そうではなかったことが大原丈には分かったのでした。

ライブマンの時から自分は科学の可能性を信じていたからこそ、
バカみたいに苦しみ足掻いて剣史たちを救おうとしていたのであり、
結局それは失敗して剣史たちは死なせてしまったが、
その結果、自分は科学の中の邪悪と戦い、科学を正しい道に歩ませるための
地道な足掻きをライフワークとすることになったのだと思い出したのでした。
つまり今、自分がやっていることはライブマンの延長戦上のことであり、
ライブマンの精神は自分の中に受け継がれていたということです。

そして、今の自分の科学アカデミアにおける地道な活動のきっかけになったのが剣史たちの死なのだとするなら、
これは剣史たちの魂が望んで導いてくれたことかもしれないとも大原丈には思えました。
何故なら彼らも科学者だったのであり、
死んで魂となり邪悪から解放された彼らは、きっと科学の可能性を信じてくれているはずだと信じられた、
いや、科学の邪悪を最も身に染みて知った科学者である彼らの魂ならばこそ、
誰よりも強く科学の邪悪を憎み、科学を正しい道に進めてほしいと願うに違いない。

そして、その彼らの魂の望みを受け取ってこの世で足掻くのは、
彼らを救えなかったことで科学の邪悪の恐ろしさを彼らの次に痛感している自分たちしかいない。
そうして自分が足掻き続けることで剣史たちの魂の望みが少しでも叶うのなら、
彼らの魂だけは救われるのかもしれないと、大原丈には思えました。
それがライブマンの時から自分がやり続けている宿題だったのだと気付くことが出来た大原丈には、
ちょうど窓の外で青空に舞う2羽のモンシロチョウが、
まるで月形剣史と仙田ルイの魂の化身が喜んで舞っている姿であるかのように思えた、
いや、そうであってくれたら幸いだと思えたのでした。

なお、この2羽のチョウのシーンは、
「ライブマン」OPテーマの冒頭ナレーション部分の映像のオマージュになっています。
このオリジナルの映像のほうでは2羽のチョウは第1話で剣史やルイたちによって殺された
大原丈たちの学友2人の魂を象徴していたのですが、
今回の2羽のチョウは「ライブマン」本編終盤で死んだ剣史とルイの魂の象徴となっているというのが、
なんとも心憎い演出です。

さて一方、この大原丈の話を聞いたジョーは、
大原丈の過去の同級生との出来事の経緯は詳しくは分かりませんでした。
しかし、大原丈に人間を捨てて地球を征服しようとした同級生がいたというのは意外でしたが、
それ以上に驚きであったのは大原丈がそんなとんでもない同級生を救おうとしていたらしいことでした。
どうしてそんな悪の権化のような者を救おうなどと思うのか一瞬、理解に苦しみましたが、
その前の大原丈の言葉から、その友人は大原丈にとってとても大事な友人で、
到底救いようのない悪に堕ちた大事な友人を救うために
大原丈が苦しみ足掻きぬいたのだということは分かりました。
そして、そこまで苦労して、結局その友人を救えなかったのだということも分かりました。

ところが、その続きがジョーにとっては全く意外な論理展開であったのです。
大原丈はそんな自分を裏切ってさんざん苦労をかけさせて死んだ友人の遺志を継いで、
その魂を救ってやりたいとまで言うのです。
いや、それだけならばそこまで大事な友人だったのだというだけのことなのですが、
大原丈の言うには、若い学生に同じ過ちを繰り返させないのがその悪人の友人の望みだという。
しかし、普通、地球を征服しようなどという悪者がそんな殊勝なことを望むと考える方がどうかしている。

だからこれは普通の話ではない。
おそらく過ちを犯したのはその友人だけではなく大原丈本人もなのであり、
だから大原丈は悪に堕ちきってしまった友人を見捨てられず救おうとして苦しみ足掻き、
結局その友人を救えなかった後は、
かつての自分や友人と同じ過ちを犯している後輩たちを救おうとして
苦しみ足掻き続けているのだということがジョーには分かりました。

そして、大原丈はそれが自分だけでなく、
自分が救えなかったその友人の望みでもあると信じようとしている。
自分がそうである以上、その友人もきっと同じような想いであるはずだと大原丈は固く信じている。
それは、それだけ大原丈とその友人は大事な「同じ過ちを犯した仲間」だからなのだとジョーは悟ったのでした。

ただ、どうして大原丈がいきなりこんな話をし始めたのかジョーにはよく分かりませんでした。
が、ジョーは大原丈がこの話を「自分に言ってんのかも」という前フリから始めたことに思い至り、
これは大原丈本人の話であると同時に、ジョーへ向けた話でもあることに気付いたのでした。

結局、大原丈は自分が敵になり人間でなくなった友人を救おうとして
バカみたいに苦しんで足掻いた理由の関する説明をしたのです。
敵になり人間でなくなった友をバカと言われようが大原丈が救おうとして足掻いた理由は、
その友が大原丈自身と同じ過ちを犯した同志だったからです。
しかし大原丈が「苦しんで当たり前、足掻いて当たり前」と弁護した対象は自分自身だけではなく、
ジョーのことも指していたのです。
だからジョーが友であるシドを救うために苦しみ足掻くのも、
大原丈から見れば自分が苦しみ足掻いたのと同じように肯定されるべきことであり、
その肯定の根拠となる理由も同じなのです。

つまり、ジョーがシドを救うためにバカみたいでも苦しみ足掻かねばならない理由は、
ジョーとシドが「同じ過ちを犯した同志」だからなのです。
大原丈はそう思っている。
自分の必死な態度を見て、大原丈はそう感じた。
だから、いきなりこんな話をしたのです。
そう考えて、ジョーは大原丈のその指摘が正鵠を射ていることに気付きました。

確かに自分とシドは同じ過ちを犯した仲間でした。
その過ちの結果、シドはバリゾーグに改造された。
だから自分がシドを救うことを諦めてはいけないのだとジョーは思いました。
何故なら、もしシドを救うことを諦めれば、自分は過ちを犯した自分を受け入れることになってしまう。
過ちを繰り返して生きていく自分を肯定することになってしまう。
そして、そんなことはシド自身が望んでいなかったことをジョーは知っている。
大原丈の友人が同じ過ちが繰り返されないことを望んだのと同様に、
いや、もっと明確に、シドがその魂を賭けて、自分の犯してしまった過ちを断ち切ろうとしていたことを、
自分はハッキリ聞いていたはずだとジョーは思い出したのでした。

ジョーは「・・・魂・・・だけでも・・・」と大原丈の言葉を反復しながら、
シドと交わした最後の会話を思い出していました。
あのザンギャック軍から脱走した後、追手に追い詰められて二手に分かれる直前、
シドは「俺たちは、宇宙に生きる者として正しい道を選んだ・・・!」と言いました。
あれはシド先輩の、二度と過ちを繰り返さないという誓いだったのだとジョーは思いました。

では、その過ちとは何かというと、
それは、シドもジョーもザンギャックこそが宇宙における絶対正義だと信じていたことです。
これは科学を盲信していた大原丈や月形剣史らと同じようなものです。
月形剣史も科学の天才による理想社会こそ正義だと盲信し、
その挙句、ビアスに脳を奪われて怪物にされてしまった。
同様に、シドもザンギャックによる支配こそ宇宙の正義だと盲信し、
その挙句、記憶を消去されてバリゾーグに改造されてしまった。

そして大原丈は自分も同じように科学の信者である点で剣史たちと同じであることを自覚し、
剣史たちを救おうとした。
同様にジョーもシドと共にザンギャックの正義を盲信していた仲間であったゆえ、
同じ過ちの結果、改造されてしまったシドを救いたいと思った。

ただ、大きく違う点は、剣史は脳になり魂になってからようやく自分の過ちに気付いたのに対して、
シドは途中で過ちに気付き、
ザンギャックによる支配という過ちによって起こる悲劇を防ぐことこそが
宇宙における真の正義だと気付いたことです。

だからシドはジョーがザンギャック軍の命令に背いて子供たちを助けようとしたことを正義だと認め、
そのジョーがザンギャックによって処刑されるのを阻止して助けだしたのです。
これらは全て「ザンギャックの支配という過ちによって起こる悲劇を繰り返させない」という行動原理で
首尾一貫しています。
これがシドの過ちに気付いた上で選んだ「宇宙に生きる者としての正しい道」、すなわち「正義」でした。

これは過ちを犯して悪を知った者だからこそ到達できる境地です。
一度、過ちを犯して悪に触れて悪の恐ろしさを知った者だからこそ、
悪による支配を憎み、悪による悲劇を繰り返してはいけないという強い想いを持つことが出来る。
これが真の「正義」なのであり、
逆に過ちを犯して悪を垣間見ることもなく空虚に正義や理想を唱えるだけの者こそ、
ボルトやザンギャックのような邪悪になり得る危険な存在なのです。

大原丈の正義、ライブマンの正義も、科学の邪悪を意識しつつ、その悲劇を繰り返さないための正義であり、
その戦いの挫折によって、より深い科学の邪悪な側面に打ちのめされつつ、
大原丈はそれでも剣史たちの悲劇は繰り返してはいけないという想いで、地道に足掻いて戦ってきた。
これもライブマンの正義の実践でした。

そしてシドもザンギャックを盲信する過ちを犯してしまったからこそ、
ザンギャックの支配による悲劇を繰り返してはいけないという、宇宙における真の正義に目覚めて
「俺たちは、宇宙に生きる者として正しい道を選んだ・・・!」とジョーに言ったのでした。
これがシドの魂が望んでいたことであり、この魂を貫き通したからこそ、
シドは記憶を奪われてバリゾーグに改造されてしまったのです。
それは確かに悲劇だが、シドの魂は最後まで屈することはなく、残ったのだと見ていい。
それはバリゾーグの中には残らなかったかもしれないが、決して消えてはいない。

だから、そのシドの魂は今でも、彼の到達した宇宙の正義が実現することを望んでいる。
そして、シドはそのジョーとの最後の会話での言葉で「俺たちは」と言っています。
つまり、シドに言うには、宇宙の正義を実現するのはシドとジョーの2人なのです。
ならば、シドの魂が求める宇宙の正義の実現、
すなわち、ザンギャックの支配による悲劇を二度と繰り返させないという誓いは、
ジョーの手で成し遂げねばならない。
それがシドの魂だけでも救う道なのではないかとジョーは思い、
「・・・先輩の・・・魂・・・!」と呟き、窓の外を眺めたままの大原丈の方を見ます。

大原丈の話のおかげで今の自分のなすべきことがハッキリしたことにジョーは感謝しつつ、
どうして一介の科学者の大原丈が自分の言動からこんなに的確に
自分の過去の過ちのことなどまで推測することが出来るのだろうかと不思議に思ったのでした。
いや、それ以前に、どうしてお尋ね者の宇宙海賊にこんなに親身にしてくれるのか、よく分かりませんでした。

すると突然、大原丈は窓の方を向いたまま「・・・おい!」と言ってからジョーの方に向き直り、
「同じ過ちを繰り返すなよ・・・」と忠告します。
これでハッキリ、大原丈はジョーが過去に過ちを犯したこと、
それもおそらくバリゾーグとされた友人と共に犯した過ちであることを確信していることが
示されたことになります。

さすがにその過ちの内容が「ザンギャックを盲信していたこと」だとまでは大原丈も想像はしていませんが、
ただそれが自分達と同じ種類の過ちであろうことは推測しています。
すなわち、何かを根拠なく絶対正義だと盲信することで、そこに潜む邪悪に支配されてしまうことです。
これからもゴーカイジャーは戦い続けるのであろうが、安易な絶対正義などに逃げ込むことなく、
過去の過ちによって知った悲劇を繰り返さないことだけを心掛けて、泥臭く足掻いていってほしい。
大原丈はそう願ったのでした。

ジョーはその気持ちを受け取り、頷きます。
そして、シドの願い、大原丈の願いを背負って、今の自分のなすべきことをなすために、
クルリと背を向けて研究室の出口の方に歩いて行きます。
そしてドアに手をかけて外に出ようとしたところで、ジョーはドアの脇に置いてある物を見て立ち止まります。
それはスケボーでした。

それを見てジョーは(なるほど・・・そうだったのか)という感じでニヤリと微笑むと、
窓際に立ったままの大原丈の方に振り向いて「1つ聞いていいか?」と言います。
「ああ」と大原丈が応えると、ジョーは「あんたライブマンだったのか?」と単刀直入に問いかけます。

別にジョーは「大いなる力」をくれなどと言うつもりはありません。
今、大原丈からライブマンがゴーカイジャーに求めていることは十分に聞いたのであり、
それはジョーは受け止めたつもりでした。
あとはそれを実践するだけのことです。
それによって「大いなる力」は移動してくることはジョーは分かっています。
もし移動してこなければジョーがやるべきことをやれなかったというだけのことです。
しかしジョーは大原丈の意向や「大いなる力」の移動云々は関係なく、
自分の今からやるべきことを疎かにするつもりなど毛頭ありません。
だから、大原丈と「大いなる力」のことで問答する気など全く無い。
では何故問いかけたのかというと、
単にどうして今までライブマンだということを黙っていたのか不思議に思ったからでした。

それに対して大原丈は「・・・さぁな・・・?」と、一見とぼけたようなことを言います。
しかし、これは別にとぼけているわけでもはぐらかしているわけでもなく、
本当に大原丈は自分が「ライブマンだった」のかどうか分からないのです。
あるいはボルトとの戦いが終わってからついさっきまでの間、
ずっと自分はライブマンではなかったのかもしれない。
ライブマンとして一番大事なことを心の奥に忘れていたのかもしれないからです。

しかし「ライブマンだったのか?」という質問ではなく「ライブマンなのか?」という質問ならば、
大原丈は迷わず「そうだ」と答えたことでしょう。
現時点では間違いなく自分はライブマンのイエローライオンだ。
さっき、一番大事なことを思い出したのだから。
そういう想いで自信に溢れた姿で「さぁな」と答える大原丈の身体に、
ライブマンの証であるかのようにイエローライオンの幻影がしっかりとオーバーラップするのでした。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 23:51 | Comment(3) | 第30話「友の魂だけでも」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月11日

第30話「友の魂だけでも」感想その5

さて、とある山中の廃墟のような場所の中では、
例の誘拐されたスポーツ選手たちが集められて鎖で縛られていました。
ここがザンギャックの今回の誘拐作戦のアジトであるようで、
スポーツ選手たちの周囲にはゴーミンやスゴーミンがおり、
ザイエンが「フッフッフッフ・・・素晴らしい肉体ばかりだ!」と、誘拐した選手たちを見てほくそ笑んでいます。

そして「さぁ余計な邪魔が入らぬうちに、ギガントホースへ運びたまえ・・・」とザイエンが
ゴーミン達に指示をした時、「一歩遅かったなぁ!」とマーベラスの声が廃墟内に響きます。
ザイエン達が振り向くと、マーベラス一味のジョーを除く5人がいつの間にか廃墟内に侵入してきており、
アイムが「邪魔をしに参りました!」とニコリと笑います。
マーベラス達は誘拐事件の場所から怪しい場所をしらみつぶしに当たって、遂にこのアジトを突き止めたようです。
「人間を改造するなんて、悪趣味にもほどがあんのよ!」とルカに罵倒され、
ザイエンは「宇宙海賊風情が・・・」と、マーベラス達を蔑み、
ゴーミンやスゴーミンらを引き連れて迎撃態勢に入ります。
「行くぞぉっ!!」というマーベラスの号令のもと、
5人は豪快チェンジでゴーカイジャーに変身し、戦闘開始となります。

そうして5人はゴーミン達を倒していき、アイムと鎧が捕まっていたスポーツ選手の人達を縛っていた鎖を斬り、
「早く逃げて!」と、全員を解放して逃がしてしまいます。
「おのれ!」と悔しがったザイエンは5人に対して冷凍ガスを噴射し、5人は氷で動きを封じられてしまいます。
「凍っちゃった!」と言って固まったハカセのポーズだけがヘンテコなポーズになっているのは相変わらずです。
そして凍り付いて動けない5人を狙ってスゴーミン達が腕から砲弾を撃ちまくり、
5人は氷ごと吹っ飛ばされて、ここはいきなり大ピンチとなります。

「こうなればお前達を改造して、ワルズ・ギル様に捧げてやろう・・・」と、
ザイエンは鉤爪の左手を持ち上げて構えます。
この左手は例の回想シーンでシドを一瞬で機械の身体のバリゾーグに改造した特殊な手です。
ザイエンはせっかくのバリゾーグへの改造素材であったスポーツ選手たちを逃がされた腹いせに、
今度はマーベラス達を改造してバリゾーグにしようというのです。

かなりやばいピンチに陥ったゴーカイジャーですが、
そこに「させるかぁっ!!」と叫んでジョーが飛び込んできて、
生身のままゴーカイサーベルを振るってザイエンを斬って斬って斬りまくり、
そして遂にはザイエンを壁際まで吹っ飛ばします。
ここは物凄い気迫あるアクションとなっています。

ジョーは大原研究室を出た後、すぐにガレオンに連絡を入れてナビィからバリゾーグ量産計画の話を聞き、
マーベラス達がこの山中の廃墟のアジトに行っていることを聞いて、急行してきたようです。
マーベラス達はジョーがバリゾーグの件で何か足掻いているのを邪魔しないために
直接連絡を入れることは遠慮しましたが、
きっとジョーは戦いに戻ってくると信じていますから、
いつでもジョーが合流してこれるように逐一伝言は残していたのでした。

しかし、マーベラス達は、必ずジョーはバリゾーグのことは心の中でケリをつけて
戻ってくるとは信じていたものの、その結末は悲観的なものであろうことは予想していましたから、
ジョーが気落ちしていることや、無理して平気なフリをするのではないかと予想していました。
それに、これまではジョーはバリゾーグの件は仲間には秘密にしていたわけですが、
今回の件でマーベラス達はジョーとバリゾーグの間に因縁があることに気付いてしまい、
ジョーもまたバリゾーグの件をおそらくある程度は仲間たちに気付かれたであろうことは察しているはずです。
それでもまだ以前のようにジョーが何事も無かったかのように振る舞いたいのか、
それとも悲しい過去を打ち明けるつもりなのか、マーベラス達には予想がつかず、
いずれの場合にしても自分達はジョーにどう接すべきなのか、戸惑いはありました。

アイムはジョーが飛び込んできたのを見て、思わず「ジョーさん!!」と叫んで
駆け寄りましたが、その後、言葉が続きません。
他の皆もジョーの傍に集まりますが、何と声をかけてよいか分からず、無言で少し距離を置きます。

しかしジョーはもはやシドの件を仲間たちに隠そうという意識は無くなっていました。
それは吹っ切れたからでもなく、悲しむ姿を仲間に見せる気になったからでもありません。
確かにシドの話は悲劇であり悲しい話ではありましたが、
それによってジョーが悲嘆にくれて狼狽することはもうありません。
何故なら、ジョーにとってはシドの話は、過去の悲劇であると同時に、
未来へ向けて正しい道を生きて戦っていく動機ともなったからです。
というより、過去の悲劇であるからこそ、正しき道の指針となり得るのだといえるでしょう。

そして、その正しき道はシドが死をもって示した道であり、
その正しき道がジョーの未来を切り開くものである以上、
シドの死は悲劇というだけの物語ではなく、胸を張って語れるヒーローの物語なのです。
だから決してジョーはシドのことを忘れたり吹っ切ったりもせず、隠すこともせず、狼狽えることもなく、
堂々と語ることが出来ます。

ジョーは仲間たちが見つめる中、ザイエンを睨みつけ、
「・・・シド先輩の無念・・・残された者の悲しみ・・・」と怒りを込めて呟きます。
ジョーはザイエンがシドを改造して殺した張本人だということは既に理解しています。
しかし、これは仇討ちではありません。
ジョーはザイエンに向けて剣を突き出し、鋭い声で「この悲劇!・・・二度とは繰り返させん!!」と叫ぶと、
ゴーカイブルーのレンジャーキーとモバイレーツを取り出して、
モバイレーツにレンジャーキーを挿して回し「豪快チェンジ!!」と掛け声をかけて、
ゴーカイブルーに変身したのでした。

ジョーの言う「シド先輩の無念」というのは、単に殺された無念ではありません。
シドも他人と命を奪い合う武人ですから自分の命を失うことをいちいち残念に思ったりはしません。
シドが無念に思ったのは、死ぬまでのほとんどの期間において、
自分がザンギャックという悪を正義だと盲信してその悪事に加担していたことです。
その自分の過ちにようやく気付き、自らの過ちのせめてもの償いに、
自らも加担していたザンギャックによる悲劇が宇宙で繰り返されることがないよう戦おうとした矢先、
一矢も報いることなく、償いをしたいという望みを全く果たすこともなく無残に殺された、
そのことがシドの無念なのです。

そして「残された者の悲しみ」とは、シドを失ったジョーの悲しみなのですが、
これも単にシドが死んで悲しいという意味ではありません。
いや、さっき大原丈との会話の中でシドの本当の無念、シドの魂の望みの意味を理解する以前のジョーならば、
単にシドの死を悲しんでいただけだったといえます。
しかし、今のジョーはもう違います。

「残された者」とは、シドの無念の想いを受け継ぐことを決意したジョーのことなのです。
だからこそ、ジョーはシドの無念を常に思い、悲しみを感じざるをえない。
「残された者の悲しみ」とはそういうことです。
シドの志を受け継ぐ以上、シドの無念をいつも思うことになる。
シドの無念を思えば悲しすぎて、出来れば忘れてしまいたいぐらい辛いのだが、忘れるわけにはいかない。
シドと同じ過ちを犯し、同じようにその過ちに気付いたジョーしか
シドの志を継いでやれる者はいないからです。
だから志を受け継ぐ者の悲しみを常に抱えながら、ジョーはシドの志を受け継いで戦うことにしたのです。
そして、ジョーは、それこそが「悲劇」だと言うのです。

悪を忌み嫌い蔑み遠ざけた綺麗な場所で口先だけの正義を唱える者よりも、
悪によって蹂躙された経験のある者の方が悪の恐ろしさを真に知っている。
しかし、それよりも更に悪の内側にいた者こそが最も悪の恐ろしさを知る者であり、
悪のもたらす悲劇の凄惨さを知っています。
そういう悪の要素を持った者が自らの過ちに目覚めた場合こそ、
自らの内なる悪と常に向き合って足掻いてもがいて、悪に憎しみを向け続けることになるゆえに、
この世で最も強く悪を憎むことが出来る。

また、悪の正体を知っているので、悪を見誤ることはない。
すなわち自分の中にある悪の要素を知っているゆえに、本当に憎むべき相手が敵そのものではなく、
そこに巣食う悪そのものであることを知っているのです。
そういう者は悪の存在をひたすら憎み、悪による悲劇を繰り返させないために悪を倒そうとする。
こういう自らの内の悪と戦う存在であるゆえに世界に蔓延する悪を倒すために戦える者こそが、
真の正義のヒーローといえます。

「正義」とは「悪を憎む心」であり、「悪」のアンチテーゼです。
悪の存在しないところに正義は存在しない。
最初から正義を知る者などいません。
悪を知って憎むことによって正義というものは生じるのです。
もし何も悪の存在しないところで正義を唱える者があれば、
それこそが「正義」という偽の衣を被った「悪」である可能性が高いといえます。
それゆえ、悪を知らずに正義を唱える者は信用ならず、
悪を知って正義を唱える者こそ本物の正義だといえます。
その中でも特に、自分自身の中の悪を知って、それと戦う者は悪を見誤ることがないため、
その目指す正義は間違いなく本物となります。

こうした正義のヒーローの典型が「仮面ライダー」というやつで、
悪の組織の改造人間であるゆえに悪の恐ろしさをよく知っており、
その悲劇を繰り返してはならないという信念のもと、
悪に対する強い怒りと憎しみで悪を倒すまで戦い続けることが出来るのです。
初代のライダーはそうですが、その後のライダーは平成シリーズに至るまで、
敵側と共通の基盤を持ったライダーが多い。

一方、スーパー戦隊シリーズというのは、
ライダーのように正義と悪の熾烈な骨肉の戦いを描くよりも、
むしろ戦隊内のチームワークなどを明るい調子で描くことが主眼であったので、
ヒーローと敵側の距離をとる傾向が強く、
あまりヒーローと敵との戦いが徹底的になりすぎないようにしてきました。
だから戦隊ヒーローの場合、敵側と共通基盤を持つことは無く、
敵とは異質な基盤で戦うヒーローという定義になっていました。

これは一見、戦隊側を「悪」とハッキリ峻別することで、
「正義」として際立たせようとしているように見えますが、
実際はこれは全く逆で、
むしろ戦隊側を「悪」の側に近づけて、同じ「悪」の要素を持たせた方が、
自らの内なる「悪」と戦う戦隊側の「正義」の志はより純化され、
「悪」の側を激しく憎み、より「正義」のヒーローとして際立って描かれるのです。

現実にはその逆で、戦隊側に「悪」の側に近い要素を一切持たせない傾向が強いのは、
あえて戦隊側を徹底的に悪を憎む熾烈な正義のヒーローとして描き過ぎないようにして、
その分、作風を明るくして、敵との相克よりも戦隊内の人間ドラマを楽しく描こうという方針であったといえます。

そのスーパー戦隊シリーズの中で、そういう意味で最も異色作が「ライブマン」だったのです。
ライブマンは戦隊側も敵側も同じように共に地球人で、
しかも同じ科学者であるという点で共通の基盤を持っており、
それゆえ極めて熾烈な善悪の相克の物語となり、
物語の中で正義の意味は突き詰められ、
ライブマンは仮面ライダー的な正義のヒーローとなったのです。

そして、ゴーカイジャーというのは、そういう意味でライブマンとよく似ている。
ゴーカイジャーも敵側と同じような基盤の上に存在する戦隊だからです。
ゴーカイジャーもザンギャックも共に宇宙人であり、
ゴーカイジャーの面々はもともとはザンギャック帝国の支配下の民でした。
つまり、もともとはザンギャックに与した者たちだったのです。
それがザンギャックに従う生き方を捨てて、自分が正しいと思う道を選んだ。
つまりマーベラス一味の鎧以外の5人全員も、
ジョーやシドと同じ、そしてライブマンとも同じ、仮面ライダーとも同じような、
熾烈な「正義のヒーロー」になり得る者たちなのです。

ただ、この類の熾烈な正義のヒーローの運命は過酷です。
悪を強く憎むためにその戦いは激しいものとなり、シドのように殺されてしまうことも多い。
それもただ殺されるだけではなく、
もともとは悪の側にいた者ですから、悪を倒せずに志半ばで殺された場合、悪のまま死ぬことになります。
英雄として顕彰されることもないわけです。
実際シドはバリゾーグという悪の化身にその身を替えられるという無残な姿となってしまった。

その「悪のまま、過ちを償えず死んだ」というシドの無念を受け継ぎ、
深い悲しみを感じながら戦わねばならないジョーも過酷な運命です。
そして、そのジョーが志半ばでお尋ね者の汚名を着せられて殺されれば、
また誰かがその無念を引き継いで悲しい想いをして戦っていくことになる。
これをジョーは「悲劇」だと言い、この悲劇を「二度とは繰り返させん」と言ったのです。

つまり、無念と悲しみの継承は自分の代で終わらせる、
誰にも自分の無念は引き継がせないと言っているのであり、
それはつまり、自分がザンギャックを倒す、
あるいは自分がザンギャックの中の悪の根源を倒すと宣言しているのです。

言わば、物語がここにきて、遂に「正義のヒーロー」宣言がなされたわけです。
そしてジョーと同じタイプの「正義のヒーロー」になる素養は鎧を除く5人全員に共通したものなのですから、
ここはジョーが代表して言っているだけで、5人の「正義のヒーロー宣言」と解釈していいでしょう。
また、鎧はもともと第18話で「ザンギャックを倒して宇宙を救うヒーロー宣言」をしていますから、
これでゴーカイジャー全員が「正義のヒーロー」になると宣言したことになります。

ただ、これはあくまで「正義のヒーロー」の志に目覚めたというだけのことです。
もともとザンギャックに反旗を翻して宇宙海賊となった時点で、
彼らは一種の「正義のヒーロー」の志は持っていたといえます。
その志を今回ハッキリ自覚したというだけのことであって、
本当に彼らが「正義のヒーロー」になれたわけではない。

これは「お宝探し」や「人々を守ること」「地球を守ること」のような、
その行為だけで資格を得られるものとはワケが違うのです。
「正義」は「悪」の対立概念でしかない。だから、正義は悪を倒してこそ初めて正義なのです。
「正義のヒーロー」になるためには、ザンギャックを倒さねばならない。
少なくとも、倒せるだけの力を持たねばならない。
しかし、今のマーベラス一味にザンギャック帝国を倒すだけの力は無い。

それゆえ、彼らは今回ようやく「正義のヒーロー」の志を自覚しただけの存在になっただけであり、
まだ「正義のヒーロー」ではありません。
では、彼らはどうやって「正義のヒーロー」になれるのかというと、
それは「力」を手に入れることによってです。

考えてみれば、彼らはもともとこの物語が始まった時点で
既にザンギャックを倒す「正義のヒーロー」の志は持っていたのです。
ただ単に実力が全く伴っていなかったので、その志は心の奥に封じて、
自由に夢を追い、お宝を求めて地球にやって来た。
そして、地球でレジェンド戦士たちや鎧に出会い、
いつの間にかマーベラス達は「地球を守るヒーロー」になりました。

この「ゴーカイジャー」の物語はいったい何の意味があるのでしょうか?
もともとマーベラス達がザンギャックを倒して
宇宙でザンギャックによる悲劇を二度と繰り返させないために戦う
「正義のヒーロー」になるという物語だったとしたなら、
この「ゴーカイジャー」の物語の中で
マーベラス達が「地球を守るヒーロー」に成長してきたストーリーというのは何の意味を持っているのか?

単なる寄り道のように見えないこともありません。
しかし、これがマーベラス一味がザンギャックを倒す「正義のヒーロー」に相応しい
「力」を得るためのストーリーであったと考えれば、
彼らが「地球を守るヒーロー」への成長してきたストーリーには意味があります。

それはつまり、
「マーベラス達が地球を守るヒーローになる」=「スーパー戦隊と同じになる」
=「スーパー戦隊の大いなる力を手に入れられる」→「宇宙最大のお宝が手に入る」
=「ザンギャックを倒す力が手に入る」→「マーベラス達が宇宙の正義のヒーローになる」
というような流れであり、もしこの物語がそういう流れなのだとしたら、
今回のライブマン篇におけるマーベラス一味の「正義のヒーロー宣言」は、
彼らが名実ともに「正義のヒーロー」になる前の1つの段階として意味があるのだといえます。

さて、場面に戻りますが
こうしてジョーはザンギャックを倒して悲劇の連鎖を断ち切るという正義の志の表明をしたわけで、
最初は生身で現れて戦って、この宣言をしてから変身したというのは、
今後はこの志をもってゴーカイブルーとして戦っていくという、
1つの区切りのようなものであったのでしょう。

シドの魂の望みを受け継いで悲劇の連鎖を断ち切るためにはザンンギャックを倒さねばならないのであって、
ザイエンに復讐して終わりではない。
だから、この戦いはザイエンを倒してシドの仇討ちをするための戦いではない。
ザンギャック打倒の第一歩であり、ザイエンはその手始めに倒すザコに過ぎない。
当面やるべきことがハッキリして気分よくマーベラスが「じゃあ派手にいくか!」と言い、
6人はジョーも含めていつも通りに並び戦闘態勢に入ります。

そこにザイエンが「スゴーミン!」と叫び、スゴーミンにゴーカイジャーを攻撃させてきます。
これを弾き返した6人の中、鎧が「スゴーミンは任せてください!」と言ってゴールドモードにチェンジし、
スゴーミン3体を相手にゴーカイスピアで戦いはじめ、スゴーミンを一手に引き受けて、
マーベラスたち5人をザイエンとの戦いに集中させるようにしました。
先ほどジョーにさんざん斬られてダメージを負ったザイエンは、スゴーミン達を戦わせておいて、
その隙に逃げるつもりだったようですが、
ジョーが「行かせるか!」と銃撃してその逃げ足を止め、5人はザイエンを追い詰めます。

そして、ジョーが「ライブマンでいくぞ!!」と言ってブルードルフィンのレンジャーキーを出し、
ここは当然、ライブマン篇ですからライブマンへの豪快チェンジとなります。
マーベラスがレッドファルコンに、ジョーがブルードルフィンに、ルカがイエローライオンに、
ハカセがグリーンサイに、アイムがブラックバイソンに、それぞれ豪快チェンジします。
5人一斉でのライブマン全身変身はこれが初めてで、
ブラックバイソンへの豪快チェンジもこれが初めてとなります。

これで残る5人一斉未変身戦隊はチェンジマン、カクレンジャーの2つとなりました。
そして、マーベラス一味がレンンジャーキーを所持していながら未だ変身していない戦士はこれで
チェンジドラゴン、チェンジグリフォン、チェンジペガサス、チェンジマーメイド、チェンジフェニックス、
ニンジャレッド、ニンジャイエロー、黒騎士、ゴーオンゴールド(単体変身無し)の9戦士ということになります。

ライブマンのレンジャーキーをモバイレーツに挿して回すと同時に、
「ライブマン」のOPテーマのインストが流れるという、毎度のことですが燃える展開の中、
全身ワイヤーフレームの変身エフェクトから5人それぞれの胸の紋章のアップというふうに、
いつものように再現率が高いです。

そして変身後「超獣戦隊!ライブマン!」で5人でビシッとポーズを決めます。
ん?なんかポーズとか並びとか、オリジナルとは違うような気がしますが・・・?
オリジナルのライブマンの決めポーズって、
確か女性戦士のブルードルフィンはくねっとした女性っぽいポーズで、
一方ではイエローライオンとブラックバイソンはものすごい大股開きポーズだったので、
今回はジョーがブルードルフィン、ルカがイエローライオン、アイムがブラックバイソンだから、
それぞれオリジナルポーズのままでは見栄えが良くないから根本的にポーズを全員変えたのかもしれません。

まぁ今回なんかはあれだけイエローライオン大原丈とジョーがガッツリ熱く絡んだのだから、
ジョーがイエローライオンで、ルカがブルードルフィンでいいだろうという意見もあるかもしれません。
しかし、あくまで色優先の豪快チェンジを固守する制作陣の姿勢は見上げたものだと思います。
ドラマ内容に合わせて豪快チェンジを弄りだすとキリがなくなり、
しまいには誰が何にチェンジしたのか分からなくなってしまうからです。

この多段変身システムをやると決めた時に、
おそらく基本的にゴーカイジャー側の色に合わせて多段変身戦士を割り振って、
それは絶対に固定にすると決めたのだと思います。
やはり見ている子供が誰が今、何に変身しているのか、
短いそれぞれの戦闘シーンですぐ分かるようにするのが最優先されますからね。

そして5人のライブマンに変身したマーベラス達とザイエンの戦いが始まり、
最初は5人がザイエンを取り囲んで普通に肉弾戦をします。
これでザイエンをフクロにした挙句、吹っ飛ばしますが、ザイエンは目から破壊光線を出して反撃。
これを避けて前に出たマーベラス達は5人それぞれのライブマンの個人武器を手にします。

まずザイエンに向かって突っ込んだのは、
ハンドガン型のイエローライオン専用個人武器ライオンバズーカを手にしたルカと、
アーチェリーの弓矢型のブルードルフィン専用個人武器ドルフィンアローを手にしたジョーでした。
対抗して突っ込んできたザイエンの背後にジョーが回り込み、
ライオンバズーカとドルフィンアローでザイエンを両側から挟撃してダメージを与えます。

そして続いては槍型のブラックバイソン専用個人武器バイソンロッドを構えたアイムの前に
ハカセが飛び込んできて、バイソンロッドで上に押し出された瞬間、
ブーメラン型のグリーンサイ専用個人武器サイカッターをザイエン目がけて投げつけ、
サイカッターが旋回しながら何度もザイエンを斬り刻み、
更にアイムのバイソンロッドの放つバイソンスパークの光線がザイエンに炸裂した後、
ハカセは飛び降りてきて旋回してきたサイカッターを掴み、
そのままザイエンに突っ込んでサイカッターでザイエンを斬り裂きます。

これで怯んで後退したザイエンのところに
剣型のレッドファルコン専用個人武器ファルコンセイバーを振るってマーベラスが飛び込んできて、
片手握りで2回斬り、背を向けたマーベラスに反撃しようとするザイエンを
更に狙い澄ましたようにもう1回振り向きざまに斬り、
更にダメ押しで剣にエネルギーを溜めて両手握りでファルコンブレイクで斬り下ろします。

これでザイエンは無様に転がり、半ばグロッキー状態となります。
その頃にはゴールドモードになっていた鎧もレジェンドリームで3体のスゴーミンを撃破し、
ノーマルモードに戻り、6人揃ってザイエンを追い詰め、
マーベラス達5人もゴーカイジャーの姿に戻ります。

追い込まれたザイエンはヨロヨロと起き上がりながら
「おのれ・・・海賊などという下等な存在に・・・この私が・・・!」と悔しがります。
あくまでザイエンにとってはザンギャック帝国に逆らう海賊というものは下等な存在であり、
ザンギャックによる支配こそが理想状態なのでしょう。
そして、その歪んだ正義の名のもとに邪悪な改造手術による悲劇を
宇宙に撒き散らしてきたのがザイエンの本質です。

ジョーはゴーカイサーベル1本を握って「俺の手で終わらせる・・・!」と言って前へ出ます。
加勢しようとして「ジョーさん!」と鎧が続こうとしますが、
マーベラスが鎧の襟を引っ張って引き止めます。
他の3人も全く加勢する様子もなく、ジョー1人にトドメをつけさせることで想いは一致しているようです。
このあたり、以前からのジョーの剣の師匠(シド=バリゾーグ)へのこだわりをいくらか見て知っていた4人は、
ジョーにザイエンを倒させてやりたいと自然に思えたのでしょう。

といっても、これはシドの仇討ちではない。
仲間達に見守られながら、ザイエンが放ってくる火炎弾を
ゴーカイサーベルで一振り、一振りと薙ぎ払いながらゆっくりザイエンに近づいていき、
ほどよい距離で立ち止まったジョーは(見ていてください・・・シド先輩・・・!)と心の中で唱えると、
瞑目して、例の必殺剣を振るう、ありし日のシドの姿を脳裏に想い浮かべる。
そのイメージをしっかり心に焼き付けたジョーはカッと目を開くと、
「あああああ!!」と気合いを込めつつ、大きく満月をなぞるように円弧状に回してきた剣を
身体の前面で一瞬タメを作って、そこから鋭く縦、横に十字に空を斬って放った衝撃波で
ザイエンを十字に斬り、更に十字型に斬った空間をきりもみ状の衝撃波にしてザイエンに炸裂させて
ザイエンを粉砕し、大爆発させて倒したのでした。

この場面、ジョーはシドの必殺剣でザイエンを倒したわけですが、
これは仇討ちではなく、シドが本来ならやるはずであったことを代わりにやったということなのです。
もし志半ばでシドが殺されなければ、
ザイエンのようなザンギャックの手先となって宇宙に悲劇をまき散らすような邪悪な敵は、
シドがこの必殺剣で倒すはずであった。
そのせっかく見つけた正義の道を歩むことも出来ず、
悪の道から一歩脱したばかりのところでザイエンに改造されてしまったシドはさぞ無念だったことだろう。
その無念を少しだけでも晴らすため、シドの志を受け継いだ自分がシドの代わりに彼の必殺剣でザイエンを倒す。
それがシドの魂の望むことを少しは叶えて、シドの魂を少しは慰める道ではないかとジョーは思ったのでした。

このジョーの放った必殺剣を、遠く宇宙空間に浮かぶギガントホースの指令室のモニターで、
バリゾーグがじっと見つめていました。
無表情なバリゾーグなので、どういう感慨でこのジョーの姿を見ているのかは分かりません。
いや、そもそも感情というものが無いはずなので、
何も感じておらず、ただ機械的に見ているだけなのかもしれません。

しかし、以前に第12話でジョーがこの技をバリゾーグ本人に向けて放った時は
全く興味を示さなかったはずのバリゾーグが、今はこの技に注目しているように見えます。
バリゾーグは確かに剣の腕以外は全て記憶は消去されていますが、
剣の腕は生前のシドのままということは、剣に関する記憶は残っているということです。
第12話の時にジョーがこの必殺剣をバリゾーグに放ったのも、
剣に関する記憶はあるはずだから、剣の技で驚かせれば記憶が戻るきっかけになるかもしれないと思ったからでした。

しかし、あの時は必殺剣を喰らわせてもバリゾーグは全く動じなかった。
だからジョーは諦めたのです。
しかし今回、バリゾーグは自分が喰らったわけでもないのに
ジョーの放った自分の必殺剣を見て、注目しているように見える。
これはいったいどういうことなのか?

つまり、第12話の時に放ったジョーのこの必殺剣は、所詮はサル真似であって、
シドの技の形を真似ただけのものに過ぎなかったということでしょう。
そして今回のジョーの放った必殺剣は、生前のシドの技そのものだった。
だから生前の技の記憶だけは残っているバリゾーグは、今回のジョーの技を見て反応したのです。

では、第12話の時と今回と、同じ技なのに何処が違っていたのか?
それはジョーが今回は、生前のシドの本当に目指していた正義を知ったからです。
形だけでなく、真の意味で魂をも受け継いだ剣だったから、
今回の必殺剣は、生前のシドの剣そのものになったのです。

ならば、この剣を再びバリゾーグに喰らわせれば、
もしかしたらシドに記憶が復活するきっかけになるのかもしれない。
しかし、大原丈が設計図を解析した結果、バリゾーグからシドが復活することはないとも言う。
だから、このあたりはまだ今後どうなるのかは不明です。

不気味な沈黙でモニターを見るバリゾーグの傍らでは
ワルズ・ギルが「ザイエン!?・・・ああ、そんなバカな・・・」と作戦失敗を嘆き、
インサーンは少し愉快そうに「フッフ・・・最後はやっぱり私の出番ね・・・」と言いつつ、
巨大化銃を地球上のザイエンの死体目がけて発射します。
鬱陶しいライバルのザイエンが死んでインサーンは愉快なのでしょう。
ザイエンは無様に死んで、自分の巨大化銃で復活巨大化させられる。
それはつまり、自分の開発した技術がザイエンを征服、凌駕した証のようにインサーンには感じられたのでした。

いや、実際、凌駕しているのかもしれません。
バリゾーグのついさっきの不可解なジョーの剣への注目が
ザイエンの改造手術の何らかのミスによるものだとしたなら、
以前からインサーンはバリゾーグの同様の症状に気付いていたフシがあるからです。

いや、そもそも今回、不思議だったのは、
何故、制作サイドはザイエンとインサーンの確執など描いたのかです。
もともとはインサーンがシドをバリゾーグを改造したのかと思っていたら、
今回、シドを改造した下手人としてザイエンという科学者が登場して、
今回1回限りでジョーに倒されて退場した。
それは今回のエピソードを作る上で必要なキャラだったのだということで納得は出来るが、
別にそのザイエンとインサーンをわざわざライバル関係に描く必要があったとは思えません。

もしかしたら、何か別の意味があってザイエンとインサーンはライバルだとしておく必要があるのかもしれない。
それはおそらくバリゾーグの今後に関わることではないかとも思えます。
例えばザイエンと同等の天才であるインサーンならば
バリゾーグをシドに戻すことが出来るのではないでしょうか?
インサーンがバリゾーグの記憶のことを妙に気にする描写は前半にあったのは、その伏線なのではないでしょうか?

そしてインサーンといえば1つ気になることがあります。
それはインサーンが今まさにザイエンに向けて放った巨大化銃のことです。
今回、大原丈は「バリゾーグを元に戻すことは出来ない」とは言いました。
しかし、バリゾーグをシドに戻すのではなく、バリゾーグからシドが復活するとしたら話は別なのかもしれません。

何が言いたいのかというと、インサーンの巨大化銃は前回のダイヤールの例を見ても分かるように、
死んだ怪人を復活させて巨大化させることは出来るが、
その怪人が生前に施された改造部位は復活させることが出来ないのです。
だから、もしバリゾーグが死んで、バリゾーグの遺体をこの巨大化銃で撃てば、
改造された機械の身体が復活せずに、改造前のシドの身体だけが復活するのではないでしょうか?
巨大化に関しては調節すれば巨大化はしないようには出来るかもしれないし、
ジェラシットなどは巨大化銃で撃たれて巨大化してからまた元に大きさにも戻っています。
まぁあの時ジェラシットは生きたまま巨大化銃で撃たれたのでまた違うケースなのかもしれませんが、
とにかく、インサーンの開発した復活巨大化のシステムにバリゾーグをシドに戻すヒントがあるのかもしれない・・・

・・・と妄想してしまいました。
これはあくまで妄想です。
それに、物語としてはこのままバリゾーグはバリゾーグのままで、
ジョーはシドの魂の望みだけ受け継いで戦っていくという形でも綺麗にまとまるとは思います。
しかし、バリゾーグが意味深にモニター越しにジョーの剣を見つめるカットなどが入ると、
何かあるのではないかと勘繰って、つい妄想したくなってしまうのです。

さて、巨大化銃でザイエンとスゴーミン3体が復活巨大化し、
それを見てジョーは「もう一度叩き斬ってやる!!」と気迫を漲らせます。
ゴーカイジャーはゴーカイオーと豪獣レックスでザイエン達と対決することになります。
このシーン、夕日をバックにした幻想的で渋いシーンとなっています。

ザイエンは「この私の辞書に敗北の文字は無い!」と何やら気取ったセリフを吐きますが、
これは確か、「ライブマン」本編での大教授ビアスのよく似たようなセリフのオマージュです。
これに対してジョーが「ならば今から刻み込む!」と、
今回はもうとにかく、ジョーがとことんカッコいいです。

ザイエンは「かかれスゴーミン!」とスゴーミンを前に出して
ゴーカイオーや豪獣レックス目がけて砲撃させます。
この弾幕でザイエンに近づけないゴーカイオーと豪獣レックスは立ち往生してしまい、
マーベラスは「鬱陶しい!」とイライラします。
ハカセが「まずはスゴーミンを片付けないと・・・」とぼやいていると、ハカセのバックルが急に光を発します。
見てみると、ゴーカイオーのコクピットにいる5人全員のバックルが光り音を発しており、
そこからレンジャーキーが光を発して飛び出してきます。
ルカがそれを掴むと、イエローライオンのレンジャーキーでした。

「うそ?ライブマンの大いなる力?」とルカは驚きます。
バリゾーグ量産計画の方に途中から気を取られて、
今回は全員ライブマン探しの方は中途半端に放り出したままだったはずだからです。
光るブラックバイソンのレンジャーキーを見てアイムも不思議に思いましたが、
ハッと何かに気付いたように「ジョーさん!あの人もしかして・・・?」とジョーの方を向きます。
ザンギャックとの戦いに平気で飛び込んできたり、ザンギャックの計画を見破ったりした、
あの謎の科学者、大原丈がもしかしてライブマンの元戦士だったのではないかと思いついたのでした。

ジョーはもちろんこの「大いなる力」が大原丈からの贈り物だということは分かっていますから
「ああ!」とアイムに応え、手にしたブルードルフィンのレンジャーキーを見つめて
「・・・助かるぜ、大原丈!」と言います。
シドの魂だけでも救うために、シドの志を継いで、
宇宙にザンギャックによる悲劇が繰り返されないよう戦うという自分の正義の心は、
まだその目標をほとんど達成など出来ていない。
いや、ザンギャックを倒すことまで本当に出来る自信も無い。
しかし自分の出来る限り、自分がザンギャックを倒すつもりではある。まだそうした志だけなのです。

それは大原丈の長い年月、友の魂を救うために積み重ねてきた正義の戦いに比べられるようなものではない。
まだ自分はライブマンの「大いなる力」を受け取れる資格は無い。
いずれもう少しすればそれを受け取れる資格を得ることが出来るかもしれない。
そのように思って、まずは自分のなすべきことをやろうと思い大原研究室を後にしてきたジョーだったのですが、
大原丈はジョーの志を信頼して、ライブマンの「大いなる力」を託してくれたのです。
そのことをジョーは有り難いと思ったのでした。

そしてマーベラスが「いくぞ!」と号令をかけ、
「レンジャーキー!セット!」と5人全員がライブマンのレンジャーキーをコクピットに挿し回すと、
ゴーカイオーの5つのハッチから隼、ライオン、イルカ、サイ、牛の紋章が飛び出して、
それが合体して光の中で「スーパーライブロボ!!」という掛け声と共に
ゴーカイオーが別の巨大ロボに豪快チェンジ、つまり変身します。

1人だけ豪獣レックスのコクピットにいたのでライブマンのレンジャーキーの件を了解していなかった鎧は、
突然ゴーカイオーが別のロボに変身したのを見て
「うわぁ〜!?あれは戦隊史上初めてロボット同士が合体した、ス〜パ〜ライブロボ!!」と、
ものすごい説明セリフを喚きながら驚きまくります。
鎧の言う通り、この「ライブマンの大いなる力」としてゴーカイオーが突然変身した巨大ロボは
スーパーライブロボといって、
ライブマンの初期3戦士搭乗の1号ロボのライブロボと
追加2戦士搭乗の2号ロボのライブボクサーがスーパー合体して出来上がった、
スーパー戦隊シリーズ史上初のスーパー合体ロボです。

ゴーカイオーのハッチからパーツが出る形でもなくエネルギー体が飛び出す形でもなく、
本編登場の巨大ロボにゴーカイオーがそのまま変身するというのは
今まで使用された「大いなる力」としては新しいパターンです。
このスーパーライブロボ、ほとんど直立不動状態で前進していくのは、
ミニチュアの関係か何なのかよく分かりませんが、
とにかくスゴーミンの砲撃をかいくぐって突っ込み、
胸部から必殺光線スーパービッグバーストを放ち、これでスゴーミンを全滅させます。

まぁ今回のドラマの流れからするとスーパーライブロボでザイエンも倒してトドメを刺したいところですが、
「ゴーカイジャー」はあくまで玩具販促番組ですから、そこらへんはちゃんと仕事はしないといけません。
スーパーライブロボはゴーカイオーに姿を戻し、「おのれぇ!」と悔しがるザイエンに相対します。
そういえばジョーは「叩き斬ってやる」と言っていたわけで、
スーパーライブロボは剣を使うロボではないので叩き斬ってザイエンを倒すことが出来ない。
だからゴーカイオーに戻ったともいえます。

ならばゴーカイオーのままか、
あるいがシンケンゴーカイオーやガオゴーカイオーでトドメというのが良いような気もします。
が、やはりここは販促優先です。
「ザイエン!残るは貴様だけだ!」と言いつつジョーたちが挿したレンジャーキーは
ハリケンジャーのレンジャーキーで、ここで空気読めない感じで風雷丸が召喚されて、
いつもの口上を述べてゴーカイオーに合体し、ハリケンゴーカイオーとなります。
そして豪獣レックスも豪獣神にチェンジし、
「こうなれば・・・!」とヤケクソで突っ込んでくるザイエンを
ハリケンゴーカイオーと豪獣神が夕日を浴びながらボコボコにします。

確かにハリケンゴーカイオーも手に巨大な手裏剣を持っていて、それでザイエンを斬りまくっているので、
ジョーの「叩き斬ってやる」というのは、ここで実行されているとは言えます。
そして更にジョーが操舵輪を回して「シュリケンチェーン!!」と、
巨大手裏剣が鎖鎌のようにザイエンに振り下ろされて、
さらにゴーカイ無限手裏剣で無数の手裏剣に斬り刻まれ、ザイエンはもうボロボロです。

そしてジョーが「今度こそ貴様の最期だ!」と言い、
5人がハリケンジャーのレンジャーキーを挿し回し、「いくぞ!ゴーカイ風雷アタック!!」と、
風雷丸を分離し、風雷丸は「どんどん増えます!必殺奥義、乱れ桜〜!」といつもの口上で分身して、
手裏剣を構えてザイエンに突っ込んでいく。
さらに豪獣神もトリプルドリルドリームを発動、
ザイエンはゴーカイ風雷アタックと豪獣トリプルドリルドリームの同時攻撃を受け
「バカな・・・この私が・・・!」と断末魔の声を残して爆発して果てたのでした。

今回のエピローグは、静かなエピローグです。
戦いが終わったその夜、満月に照らされた夜空を航行するゴーカイガレオンの見張り台に1人で昇ったジョーは、
眼下を流れていく夜景を眺めながら「シド先輩・・・俺・・・もう少し足掻いてみます・・・」と呟く。
そして左手を持ち上げてその掌をじっと見つめて
「あなたの魂だけでも・・・救えるように・・・!」と言いながら、その掌をぐっと握りしめるのでした。

シドを殺したザイエンは倒したが、それでシドの魂の望んでいたことを成し遂げたわけではない。
この宇宙でザンギャックによる過ちや悲劇が繰り返されないことがシドの望みでした。
その悲劇の連鎖を二度と起こらないように断ち切るためにはザンギャック帝国を倒さねばならない。
それをやってみせると、さっきの戦いでジョーは宣言はした。
しかし、それはあくまで志であり、
必ずザンギャック帝国を倒して宇宙の正義を実現することが出来る自信はジョーにはありませんでした。

だから、とにかく今の自分に出来ることは「足掻くこと」だとジョーは思った。
大原丈のように苦しんで足掻いて、せめて友の魂だけでも救おうとして一歩一歩、正義の道を進んでいくこと、
それしか今の自分には出来ないのだと想い、
自分の小さな掌を、そこにシドの魂があるかのようにぎゅっと握りしめて、
小さく、しかし、しっかりとジョーは決意を固めたのでした。

そのガレオンの航行する地球を、何を想ってなのか、それとも何も想っていないのか分からないが、
バリゾーグがギガントホースの艦橋から黙って見つめる。
そしてジョーも強い決意の視線で夜空を見つめるのでした。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 23:48 | Comment(0) | 第30話「友の魂だけでも」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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