2011年10月24日

第33話「ヒーローだァァッ!!」感想その1

今回はレジェンド回でダイレンジャー篇です。
ダイレンジャーは6月公開の「199ヒーロー大決戦」映画の中でリュウレンジャー天火星・亮が登場して、
ゴーカイジャーに既に「大いなる力」を渡しています。
しかも亮の場合はビジョンだけ登場のアカレンジャー海城剛たちとは違って生身での動きやセリフもあったので、
あれでダイレンジャー篇は消化された扱いなのかとも思っていたのですが、
しっかりレジェンド回をやることになりました。

まぁスーパー戦隊シリーズはアクション面を非常に重視しており、
この35作記念作品の「ゴーカイジャー」でも歴代戦隊のアクションに非常にこだわった作りをしていますので、
歴代でアクション最高戦隊であるダイレンジャーのレジェンド回を
「199ヒーロー大決戦」映画のようなダイレンジャーアクションをフィーチャーしない形で終えるのは不自然に思い、
アクション重視のレジェンド回をやるのではないか(というか、やってほしい)と思っていたのですが、
案の定というか期待通りというか、いや期待以上の結果となった次第です。

そしてよく考えれば「199ヒーロー大決戦」映画の場合、
あそこで登場してゴーカイジャーに「大いなる力」を渡したスーパー戦隊のうち、
むしろ、ちゃんと生身の動きやセリフのあった戦隊の方がTV本編の方に登場する傾向があるようです。
ボウケンジャーがそうであったし、今回のダイレンジャー、そして近々登場が間違いないゴーオンジャーも同様です。
そもそも同じような扱いで映画に登場したシンケンジャー、デカレンジャーは
あの時点で既にTV本編でレジェンド回消化済でしたから、
その2戦隊と同格扱いということは、ボウケン、ダイレン、ゴーオンはTV本編でも然るべき扱いだと
解釈すべきであったわけです。

そもそも、オリジナル役者さんがしっかり動けて喋れて、その戦隊がゴーカイジャーの世界観に馴染むからこそ、
生身で動きもセリフもあったわけです。
映画にちゃんと出たからもう出番が無いのではなく、
むしろ、だからこそ再登場の可能性が高かったのだといえるでしょう。
さて、そうなると映画の方に元デンジブルー青梅大五郎役で大葉健二氏が出演したデンジマンも
TV本編で改めてレジェンド回をやる可能性があることになりますが、
さて、これはいくらなんでも古すぎるのでどうなのかよく分かりません。

で、今回のダイレンジャー篇ですが、「ゴーカイジャー」におけるレジェンド回の基本原則通り、
あくまでゴーカイジャーの物語の中の1エピソードとなっています。
しかも今回は3クール目の通常回で続いている、スーパー戦隊シリーズ定番エピソードシリーズでもあります。
なぜ定番エピソードでレジェンド回が出来るのかというと、
今回がスーパー戦隊シリーズ定番エピソードシリーズ
「入れ替わり篇」「ヒロイン七変化篇」「新装備登場篇」に続く第4弾「変身不能篇」だからです。

レジェンド回というのはゴーカイジャーの物語があくまでメインになっているとはいえ、
ゴーカイジャーとは異なる立場にあるレジェンドゲストが登場する以上、
そのレジェンドゲスト絡みのストーリーとゴーカイジャーのストーリーを絡ませる複合ストーリーとなり、
どうしてもいわゆる典型的な定番エピソードとは違う特殊で独特なエピソードとなります。

しかし、「変身不能篇」とは「変身出来なくなったヒーローを描くエピソード」であり、
ゴーカイジャー側では伊狩鎧が変身出来なくなった状況が描かれますが、
レジェンドゲストである亮もこの「ゴーカイジャー」という物語の基本設定上
「変身出来なくなったヒーロー」そのものであり、
今回のエピソードにおいてはこの2人は最初から立場が一致しているのです。
だから通常のレジェンド回のように、もともとは無関係に見える2つのストーリーの交差点を見出すというような
作業を経る必要が無く、2人が出会った瞬間から、鎧メインの「変身不能篇」という
定番エピソードのストーリー一本で突っ走ることが出来るというわけです。

そのスーパー戦隊シリーズにおける定番エピソードとしての「変身不能篇」というのは、
どういう構成になっているのか?
単に何らかの理由で戦隊メンバーの誰かが変身出来なくなる状況というのはどの作品でもしばしばあります。
しかし、そういう状況が描写されるエピソードが全て「変身不能篇」というわけではありません。
「変身不能篇」というのは、あくまで変身不能という状況がドラマの中核となっていて、
変身が出来ないという状況によって戦隊メンバーがそれまで気が付かなかった、
あるいは忘れてしまっていた何か大切なことに気付くエピソードのことを指します。

「無くしてみて初めて気付くこと」という言い回しはよくあります。
親が亡くなって初めて親の有難味が分かったりするというやつで、
それまで当たり前のように存在した物が無くなって、初めてその真の価値に気付くものです。
それと同じで、「変身不能篇」においては、それまで当たり前に変身して戦うことが出来ていたのが、
突然、変身して戦えなくなるわけですから、
そこで気付く大切なことというのは、「変身してヒーローとして戦うことの意味」ということになります。
そうではなく変化球で何か別のことに気付く「変身不能篇」もありますが、
今回はまさに直球で、この典型的な王道の、「変身ヒーローとして戦う意味」に気付くための
「変身不能篇」となっています。

しかし、今回はただの「変身不能篇」でないところが素晴らしいところです。
「変身不能篇」でありながら同時に「生身アクション篇」でもあるのです。
生身アクションというものは変身不能状況においては必然的に起こり得るものですが、
そういう消極的な生身アクションの場合「生身アクション篇」とは言いません。
真の「生身アクション篇」というのは、あえて生身で戦うことによって
「生身でも戦える」ということを示すエピソードです。

それは単に腕っぷしが強いことを示すという意味ではなく、
「本来は生身では勝ち目が無い敵にも生身で立ち向かい戦ってしまう心の強さ」を
積極的に示すことがテーマとなっているのです。
だから変身不能でない状況でも「生身アクション篇」は成立します。
むしろ「変身不能篇」ではどうしても生身アクションが消極的なものに見えやすいので、
真の「生身アクション篇」として成立させるのが難しいといえます。

どうして「変身不能篇」では生身アクションが消極的に見えやすいのかというと、
それは「変身不能篇」の構造的問題によるものです。
「変身不能篇」というのは「変身して戦えること」の価値や意味を再確認するという物語構造となっているため、
「変身しなくても戦える」「変身せずに戦うことに意味がある」というテーマを内包する
生身アクションを肯定的に描いてしまうと、「変身して戦えること」の価値が希薄に見えてしまいます。
だから「変身不能篇」における生身アクションは「変身できないことによる辛さ」を象徴するような
否定的ニュアンスで、やられ描写や、戦うことが出来ないで耐え忍ぶ描写などが多くなるものです。
バッタバッタと敵を倒してしまってはマズいのです。

いや、まぁ今回もそれなりに生身アクションの結果、ピンチにもなります。
逆にあくまで純粋なる「変身不能篇」でありながら生身で大活躍してしまっているような例もあります。
だからアクションシーンで優勢や劣勢かというのは相手次第ということもあって、そんなに大した問題ではなく、
本質的に重要なのは「生身で戦う」ということを肯定的に描いているか、否定的に描いているのかです。
たとえ実際のアクションではピンチの連続だったとしても「生身で戦うシーン」が肯定的に描かれていれば、
その後で「変身して戦うことの価値に気付くシーン」を描くと、どうにも繋がりが悪くなってしまいます。
だから「変身不能篇」で生身アクションを肯定的に描くのは、
「変身不能篇」としてのストーリーを貫徹させる障害となってしまう。
よって、「変身不能篇」でありながら「生身アクション篇」でもあるエピソードを綺麗にまとめるのは困難なのです。

ところが今回のエピソードにおいては「変身不能篇」でありながら、
生身アクションが極めて肯定的に描かれています。
そういう意味では完全に見事な「生身アクション篇」です。
しかし、それでいて「変身不能篇」としても見事にまとまっています。
どうしてこんなことが可能なのかというと、
これは「ゴーカイジャー」という物語の1エピソードだからこそ可能になったのだといえます。
いや、より正確に言うと「ゴーカイジャー」のレジェンド回だからこそ
こういう「変身不能篇」と「生身アクション篇」の同時成立という芸当が可能になったのです。

それはどういうことかというと、
要するに今回のエピソードには鎧と亮という2人の「変身不能になったヒーロー」が登場し、
ものすごく大雑把に言うと、「変身不能篇」担当が鎧で、「生身アクション篇」担当が亮だからなのです。
ただ、これは分かりやすくするために大雑把に表現しすぎており、
実際のストーリー展開は鎧中心に「変身不能篇」「生身アクション篇」が混ざり合っています。

変身不能になって落ち込む鎧に対して、同じく変身出来ない先輩ヒーローである亮が
「変身出来なくてもヒーローとして戦える」という考え方を示し、
鎧がそれによって「変身ヒーロー」ではない自分のヒーローとして戦う意味を発見します。
ここまでの流れでは、最初は「変身不能篇」の展開であったものが、
亮と鎧の出逢いから一転して「生身アクション篇」の展開になり、
ここで一旦、なんと「変身ヒーロー」という概念は否定されます。

ところがその直後、鎧が変身能力を取り戻します。
しかしその直前に鎧の中で「変身ヒーロー」という概念が否定されているので、
普通はここですんなり繋がらないところです。
しかし、ここで亮が鎧に向かって、変身してヒーローとして戦うよう促すのです。

一旦、ヒーローであるということにおいて変身することには大きな意味は無いということに気付いた鎧が、
それでも変身して戦うよう求められたのです。
それはつまり、以前のように「権利」として変身能力を見るのではなく、
ある種の「宿命」として変身能力を背負うよう促されたことを意味します。
ヒーローとしての務めを果たす気持ちさえあれば、
変身能力など無くても誰でもヒーローにはなれる権利はあるのです。
つまり変身能力を与えられることで人はヒーローになるのではない。

しかし、ある特定の者は変身能力を与えられる。
ならば、それはヒーローになる権利ではなく、
むしろヒーローとしてのより多くの務めを果たすために負わされた宿命と考えなければならない。
その宿命を背負うように亮は鎧に促したのです。

しかも亮自身は自分の変身能力を鎧たちゴーカイジャーに預けているのです。
つまり鎧は変身して戦うように亮から言われることで、亮の宿命をも同時に背負うこととなり、
同時にそれは全てのレジェンド戦士の「変身ヒーローとしての宿命」をも、
鎧およびゴーカイジャーが背負うことも意味するのです。

このように、「変身不能篇」の真ん中に「生身アクション篇」を挿入して、
一旦「変身能力はヒーローの必要条件ではない」とすることによって、
むしろ再び鎧が手にした変身能力に以前とは比べものにならない
重い宿命的な意味合いを持たせることに成功し、熱い魂の継承劇を成立させているのです。
そして、この成功は亮という
「変身能力を無くしてもヒーローとしての務めを果たし続けヒーローであり続ける先輩戦士」の存在が
あってこそなのです。

この「ヒーローとしての務め」というのが、今回は「人々を守りたいと思う気持ちを持つこと」であり、
これが今回のエピソードのテーマであり、
鎧のヒーローとしてのテーマであり、同時にダイレンジャーという戦隊のテーマでもあり、
これらのテーマが一致することによって、今回はレジェンド回として見事に成立しているわけです。

このように、確かに、同じように変身不能のヒーローである
ゴーカイジャー側のキャラとレジェンド側のキャラを1人ずつ絡めて
「変身不能篇」と「生身アクション篇」を同時にこなしつつ、
「レジェンド回」として熱く重厚にヒーローとしてのテーマの継承を描くという手法は見事です。

ただ、この今回のヒーローとしてのテーマに相当する「人々を守りたいと思う気持ち」は
あまりにも当たり前すぎる普遍的概念で、
このテーマを担うべき登場人物が、今回、ゴーカイジャー側が鎧でなくても成立しそうであり、
レジェンド側も亮でなくても成立しそうに思えます。
つまり、鎧と亮がメインである必然性が無いように見えるのです。
しかし、今回のエピソードは、ちゃんと鎧にしても亮にしても、彼らをメインとして扱う必然性はあるのです。

まず鎧は、そもそも3クール目に入ってからの個人主役エピソードが
途中でオーレンジャー篇を挟みながらですが、マーベラス、アイム、ジョー、ハカセという順に続いており、
今回は順番的にルカか鎧のどちらかとなるという事情もあります。
しかしこれはまぁどうでもいいでしょう。
順番的に鎧であったとしても、もっと鎧に合う内容のエピソードがあるならそっちをやればいいだけの話であって、
今回の鎧の順番のエピソードでわざわざこういうエピソードにした必然性はどっちにしても説明せねばならず、
それはつまり、このエピソードのメインが鎧である必然性を説明することと同義だからです。

となると、大きな必然性としてアクション面の必然性があります。
今回のエピソードは生身アクションでヒーローとしてしっかり戦っている描写がドラマの中核となります。
これがなんだか眠たいアクションになっていると、ドラマの根幹が崩れてしまいます。
だから生身アクションが映えるキャラをメインにしなければいけません。
そういう意味で、ゴーカイジャー6人の中で生身アクションのレベルが最も高い池田純矢くんの演じる鎧が
今回のゴーカイジャー側のメインを務める必然性があるということです。
そして同様に、レジェンド側も極めて生身アクションのレベルが高い和田圭市氏の演じる亮が
登場する必然性があるということになります。

確かに池田くんと和田氏の生身アクションは素晴らしく、
結果的にこのエピソードの完成度を高めるのに絶大なる効果を上げていると言っていいでしょう。
しかし、ゴーカイジャーの他のメンバーも池田くんほどではないが、かなりアクションのレベルは高く、
また、歴代レジェンド戦士のオリジナル役者でもアクションに長けた人は和田氏の他にもいます。
それにスーパー戦隊シリーズの制作スタッフはアクションをカッコ良く見せることに関しては
最高峰の実力を持つ集団です。
演者がそこそこのレベルのアクションさえこなせば、
後は何とでもしてハイレベルの生身アクションの映像を仕上げることは可能です。
だから、アクション面だけでは鎧と亮が今回のメインである必然性は説明出来ません。
そこにはやはりドラマ面での必然性がちゃんとあるのです。

まず鎧ですが、今回のエピソードは大前提として、
ゴーカイジャー側のメインキャラが変身不能になることで落ち込んで自分を見失わなければいけないのですが、
ゴーカイジャー6人の中でそんなことになりそうなのは鎧だけというのは、
鎧が今回メインとなる大きな必然性です。

マーベラス達、宇宙から来た5人の方は、ハカセを除いては、
全員それなりに変身能力を得る前から自分の信念に基づいて戦ってきた実績がありますから、
変身能力が無くなったぐらいで自分を見失うほど取り乱したりする描写に説得力がありません。
そしてハカセの場合は逆にマーベラス達のように自ら戦おうという意識が無く、
もともと仲間のために戦っている人間なので、変身出来なくなっても困ることは困るでしょうが、
自分を見失うほど取り乱すことはないでしょう。
だから変身能力を失うことによって自分のヒーローとしての存在意義まで見失ってひどく取り乱す
マーベラス一味のキャラといえば、鎧しかありえないでしょう。

鎧はもともと「変身ヒーロー」であるスーパー戦隊の戦士たちに憧れて、
その戦士たちと同じように変身能力を得たことがきっかけとなってマーベラス一味に加入した男です。
言い換えると、変身能力が無かった頃は戦おうとはしておらず、
変身能力を得た途端、急に積極的にヒーローとして活動しようとし始めた男です。
このように、変身能力の無かった頃から戦っていたマーベラス達4人や、
変身応力を得た後も戦う意思は希薄だったハカセとは、鎧は全然違います。
鎧にとっては「変身能力を得る=ヒーローとして戦える」なのです。

どうしてこんなに極端な思考なのかというと、
それは鎧が「ゴーカイジャー」物語世界における地球という特殊な環境で戦隊ファンであったことが原因でしょう。
つまり、この現実世界のようにスーパー戦隊シリーズがTV番組として放送されている世界ではなく、
現実にずっとおよそ35年間、歴代戦隊が実在して地球を守り続けてきた世界なのです。
だから地球を侵略する恐ろしい敵と戦うのは変身ヒーローである戦隊ヒーローだと相場が決まっている
世界ということです。そういう環境に慣れきった世界の住人なのです。
そして戦隊ヒーローたちの戦いは詳細には知られていないので、
彼らが生身でも時には戦っていたということは知られておらず、
戦隊ヒーローといえば常に変身して戦うものだと思われている世界なのです。

鎧はそういうヒーローに強烈に憧れて育ってきた男ですから、
「変身ヒーローだけが侵略者と戦うことが出来る」という固定観念を持っており、
自分も変身能力を得てから急に張り切って憧れのヒーローのように戦おうとしたわけです。
そういう鎧が変身能力を突然失った場合のショックというのは、
地球育ちではないマーベラスには理解不能であろうし、
現実社会育ちの視聴者にもそのショックの大きさは想像を超えているであろうし、
ヒーローの実態を知っているレジェンド戦士たちから見ても、いささか面喰うほどのものとなるでしょう。
そういう鎧だからこそ、今回のエピソードのメインが務まるのです。

そうした鎧をメインとした今回のエピソードでヒーローの持つべきテーマとして提示されるのが
「人々を守りたいという気持ち」であり、これは非常に単純明快に、直球で提示されているテーマなのですが、
この一見、ヒーローとして当たり前すぎるテーマがドラマのテーマとして成立しているのはどうしてなのかというと、
鎧がこの当たり前すぎるテーマに関する認識が希薄なキャラだからです。
言い換えれば、鎧が「人々を守りたい気持ち」というのが希薄なキャラだから、
今回は鎧の成長エピソードとして、これがヒーローのテーマとして提示されることになっているのです。

しかし、鎧のような「正義のヒーローに憧れる男」が
「人々を守りたい気持ち」が希薄というのは意外な印象があります。
だが、これも鎧が「ゴーカイジャー」物語世界の地球人であるという特殊条件を考慮に入れなければいけません。
つまり、鎧にとってはスーパー戦隊のヒーロー達というのは、
あくまで「悪を倒して地球の平和を守った正義のヒーローたち」という華やかなイメージの存在なのであって、
彼ら戦士たちの細かな心情については、TVドラマの放送を見ていたわけではないので分からないのです。
だから、ヒーローが本当は正義とか地球の平和とか、そういう大それたことばかりではなくて、
身近な大切な人達を守ろうとして戦っていたとか、そういう細かい人情の機微は分かっていないのです。

鎧自身はもちろん優しい人間であり、人々を守りたいという気持ちはあるのですが、
自分も憧れのスーパー戦士の仲間入りをしたという気負いのために、
公式イメージ的な立派な「正義のヒーロー」になろうという意識が強すぎて、
足元の地道な初心を忘れてしまっている状態にあるわけです。
だから、むしろゴーカイジャーの一員になった後の鎧の方が、
「人々を守りたい気持ち」などの地味なヒロイズムを少し見失ってしまっているといえます。

その欠陥が今回は変身出来なくなってヒーローでなくなるという焦りの中で増幅し、
鎧の中で自分の理想とする公式的なご立派なヒーローであろうとする気持ちが肥大化してしまい、
本当に大切な地味なヒロイズムが置き去りになってしまうのです。
今回は鎧がその大切な気持ちに気付くことがテーマであり、
それはゴーカイジャーという戦隊がヒーローとして成長するために
このタイミングで必要な1つのステップなのだといえます。
だから、今回、鎧をメインにしてこのようなエピソードをやる必然性はしっかり有ります。

問題は、その大切な気持ちを鎧に教える役割を担うのが亮であることの方です。
ヒーローにとって最も大切なことは、正義の力を振るって悪を倒すことではなく、
ただ純粋に人々の平和な暮らしを守ることであり、
ヒーローの戦う力は人々を守るために使われるべきものであるということを
鎧に示唆するのが亮の今回のエピソードにおける役割となっています。

が、これは一見、亮でなくても、レジェンド戦士の誰でも言えそうな内容であり、
今回のこの役割は亮以外の誰でも務まりそうにも見えます。
つまり、今回のレジェンドゲストが亮であるドラマ的な必然性は無く、
今回がダイレンジャー篇であるドラマ的な必然性も無いように見えるのです。

つまりレジェンド回の法則として、
そのエピソードにおけるゴーカイジャー側のテーマとレジェンド側のテーマが一致しなければいけないのですが、
今回のゴーカイジャー側のテーマが鎧が気付く
「ヒーローの戦う力は人々を守るために使われるべきものである」ということであるのならば、
それを気付かせる今回のレジェンドゲストである亮の所属戦隊であるダイレンジャーのテーマが
それと同じものでなければならない。
しかし、「ヒーローの戦う力は人々を守るために使われるべきものである」というテーマはあまりにも普遍的すぎて、
別にダイレンジャーでなくても、どの戦隊でも代替可能に見えます。
だから今回はダイレンジャー篇である必然性が無いように見えて、
ちゃんとしたレジェンド回として成立していないようにも見えてしまいます。

確かにダイレンジャーという戦隊は、メガレンジャー以降の、戦隊のテーマが明確な時期よりも前の時期の戦隊で、
戦隊としてのテーマは曖昧に描かれていました。

1993年度作品でスーパー戦隊シリーズ第17作「五星戦隊ダイレンジャー」という作品は、
よく言われるのは、アクションが歴代最高、ノリと勢いと熱さが素晴らしく、ストーリーは破綻している、
というような評価です。
だから戦隊としてのテーマは確かに曖昧でした。
シンプルに正義のヒーローが拳法アクションで戦うという作品で、
総合的には歴代でも特筆すべき魅力溢れる素晴らしい作品だとは思うのですが、
戦隊としてテーマが特に無いというのは事実でしょう。
なんといってもダイレンジャーのメンバーが単に嘉挧という道士(司令官キャラ)に言われるまま
戦っていただけというのが、彼らの戦隊としてのテーマを希薄なものにしています。
特にこれといったテーマの無い戦隊であるゆえに、
「人々を守るために戦う」というような、どの戦隊でも当てはまりそうなテーマである
今回のエピソードの担当レジェンド戦隊として使われているような印象すらあります。

しかし、実はそうではなく、
実はダイレンジャーという戦隊ほど、
今回の「ヒーローの戦う力は人々を守るために使われるべきものである」というテーマと
ドンピシャで一致するテーマを持った戦隊は無いのです。
だから、今回のエピソードのレジェンドゲストがダイレンジャーの亮であるドラマ的な必然性はしっかり有るのです。

しかし、ついさっきダイレンジャーという戦隊にはテーマは無いと言ったばかりですので、
これはなんだかおかしな話です。
いや、つまり、「ダイレンジャー」という作品においては
ダイレンジャーという戦隊はテーマがあるようには描かれていなかったのですが、
実は「ダイレンジャー」という作品自体はかなりテーマ性が濃い作品だったのです。

「ダイレンジャー」の頃はまだ「ゴレンジャー」「ジャッカー電撃隊」がシリーズに含まれていなかったので、
「ダイレンジャー」は当時はシリーズ15周年記念作品として作られていました。
つまり「ライブマン」に続く、2作目の記念作品です。
それゆえ非常に凝った作り方をされており、
「ライブマン」が異色作であったのと同様、「ダイレンジャー」もかなりの異色作であり、
おそらく作品の有するテーマの異様さではシリーズでは一番でしょう。

ただ、「ライブマン」が作品のテーマの異色性がそのまま戦隊のテーマの異色性に反映されて、
内容的には極めて名作でありながら人気が低迷してしまった反省を踏まえてなのか、
「ダイレンジャー」の場合、作品のテーマの異色性が戦隊のテーマに影響を及ぼさないように、
その作品の異色性を一手に引き受けるキャラとして嘉挧というキャラを設定し、
嘉挧は肝心のことは全部秘密にしたまま、ダイレンジャーのメンバーはただひたすら嘉挧の言う通りに
やたら元気にハイテンションに戦うのみという存在として、明朗快活な作風を維持したのでした。

おかげで「ダイレンジャー」は人気作となりましたが、
ダイレンジャーのメンバーは勢いと熱さが先行するキャラとなり、戦隊として特にテーマも無く、
そして作品のテーマの異色性を嘉挧一人に押し付けたためにストーリーは破綻していったのでした。
まぁ作劇方法が複線方式だったことも原因ですが。

そして最後には嘉挧が衝撃的な秘密を明らかとして、物語は完全に破綻して終了しました。
が、これは実は破綻ではなくて、ようやく作品のテーマをダイレンジャーのメンバーが知ることとなり、
ここからダイレンジャーという戦隊が本来持つべきであったテーマを持てるようになった瞬間であったのです。
が、ドラマ内容的には、ここから戦いが続けられる状況ではなくなっており、物語は終了するしかなかった。

というか、厳密には終了しないから余計に性質が悪いのですが、
とにかく、終盤直前までのストーリーと終盤のまとめ方との乖離が凄いので
実質的にはストーリーは破綻していると言わざるを得ませんが、
終盤の展開が本来あるべき作品のテーマに忠実な「ダイレンジャー」のストーリーであったといえます。
まぁガッツリそれでやってたら、さぞ不人気作品になっただろうとは思いますが。

で、この「ダイレンジャー」本編終盤に突然ダイレンジャーが持つことになったテーマが、
今回のレジェンド回に繋がっているのです。
そういう意味で、「ヒーローの戦う力は人々を守るために使われるべきものである」という
今回の鎧のテーマはダイレンジャーという戦隊のテーマと一致し、
今回はダイレンジャー篇のレジェンド回としてしっかりとした必然性をもって成立することになっているのです。

しかも、この「ヒーローの戦う力は人々を守るために使われるべきものである」という
ダイレンジャーのテーマが「ダイレンジャー」本編の終盤の展開の中で
「変身不能」と「生身アクション」でシリーズ史上非常に有名なエピソードとも密接に関わっており、
「ダイレンジャー」の終盤のそこのあたりのエピソードの脚本を書いたのが、
実は「ゴーカイジャー」のメインライターの荒川稔久氏なのです。
だから、今回のエピソードは、むしろダイレンジャー篇以外は考えられないほどの
強固な必然性があったのだといえます。

今回の脚本は「ゴーカイジャー」では初登場のサブライター石橋大助氏ですが、
石橋氏は荒川氏の後輩筋であり、
荒川氏が十分に把握しているダイレンジャーという戦隊の真のテーマを荒川氏から聞いて熟知した上で
変身不能と生身アクションに絡めた今回のエピソードの脚本を仕上げておられるのではないかと思います。
今回の石橋氏の脚本は非常に単純明快で燃える話で、非常に良いと思います。
それにしてもここのところの一連のエピソード、やたらとメインライターの荒川氏の姿が見えませんが、
これはやはり、このあたりの脚本が書かれた時期に、
荒川氏はそろそろ冬映画の脚本を執筆しておられたのかもしれません。
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 23:57 | Comment(0) | 第33話「ヒーローだァァッ!!」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

第33話「ヒーローだァァッ!!」感想その2

では本編ですが、まず冒頭はゴーカイガレオンのいつもの船室で鎧がマーベラス達5人に向かって
「ええ、皆さん!ご心配をおかけしました!!」と深々と頭を下げている場面からです。
「ええ、怪我はですね、この通り、も〜うバッチリです!」と身体をシャキシャキ動かしている鎧の右腕には、
前回のラストシーンでは腕を吊っていた三角巾がもう無くなっています。
前々回にバスコに折られたように見えた右腕ですが、完治したようです。
ということは2週間で治ったわけで、実はそんな大した怪我ではなかったのか、
驚異の回復力なのか分かりませんが、まぁ特撮ではよくあることです。

とにかく治ったようで何よりですが、えらく鎧が皆にヘーコラしてるのは、
前回、怪我をしているのに無理して豪獣神に乗り込んで巨大戦に乱入した後、
おそらく5人にこっぴどく叱られて変身禁止の絶対安静を言い渡されていたからでしょう。
それで鎧は5人に心配をかけたことを詫びた上で完治報告をしているようです。

ただ、無茶をして心配かけてしまったことだけではなく、
怪我を治している間、戦えなかったことが鎧は一番辛かったようです。
鎧は「ご迷惑をおかけした分、しっかり挽回します!」ジョーに向かってビシッと敬礼し、
テーブルで前回改造して壊してしまった自分のゴーカイガンを治しているハカセにも
「すいませんでした!」と勢いよく詫びます。
そしてルカとアイムにも「ご迷惑をおかけしました!」と頭を下げて謝ります。

「・・・迷惑だなんて・・・そんなこと思っていません」と逆に恐縮するアイムに向かって、
鎧は「いいえ!それじゃ俺の気が済まないんです!」と、やたらと元気に低姿勢です。
鎧は自分が怪我している間、仲間の戦力になれなかったことを申し訳なく思っているようですが、
別に誰も迷惑には思っていません。
前回の戦いの時も誰ひとり、鎧が怪我で戦えないことを非難などしていませんし、
マーベラス達は本当は内心迷惑に思っていてそれを鎧に隠すような連中ではありません。

だから別に鎧はそんなに皆の役に立てなかったことを気に病む必要は無いはずなのですが、
それでも気が済まないからといってひたすら低姿勢の鎧は、
指をパチンと鳴らして「まずは・・・お掃除ぃっ!!」と笑顔でモップを持って、船室の床をピカピカに磨き始めます。
要するに怪我が治ったので自由に思いっきり身体を動かしたいだけのようにも見えます。

ルカもそう思ったようで「張り切っちゃって・・・」と呆れたように言い、
マーベラスは「ま、別にいいじゃねぇか・・・」と、よく分からんが床が綺麗になって喜びます。
アイムも「鎧さんらしいです」と微笑ましく見つめ、
ジョーはマイペースに鎧の掃除を避けながらトレーニングをします。
そんな中、黙々とゴーカイガンの修理をしていたハカセは「よし・・・できた〜!」と作業を完了させます。
それを見て鎧はやたらハイテンションに
「もう出来たんですか!?さすがドンさん!」とハカセにじゃれ付き、元気がはちきれんばかりです。

一方、宇宙空間のギガントホースでは司令官ワルズ・ギルがテーブルの前に座って指令室で食事中。
というか、なんでこんな場所で食事?・・・と思ったら、どうもワルズ・ギルは食欲が無い様子で
「食べたくない!」と駄々をこねています。
ワルズ・ギルが食事を摂らないというので心配してダマラス達が豪勢な食事を用意して指令室に持ってきて
ワルズ・ギルに食わせようとしている様子です。

テーブルいっぱいにやたらと豪華で美味しそうな食事が並べられていますが、
それでもワルズ・ギルは食べたくないようです。
ダマラスは「しかし殿下!何か一口だけでも・・・」と言い、
インサーンも「御身体がもちませんわ・・・」と心配そうにワルズ・ギルにすり寄りますが、
ワルズ・ギルは突然ブチ切れて立ち上がり
「え〜い!うるさいうるさいうるさ〜い!お前らに俺の気持ちが分かるか!?
いつになったら地球を制圧出来るんだぁっ!?」と喚き散らします。

ワルズ・ギルは別に身体の何処かが病気なのではなく、
地球征服作戦が失敗続きで気が滅入って食欲が無くなっているだけであるようです。
これはやはりコント臭がしてきたと思ったら、
そこにバリゾーグが登場して「ご安心を、ワルズ・ギル様・・・新たな行動隊長を呼び寄せました」と言い、
「ザキュラにございます」と、マンガみたいなデザインの怪人を紹介したので、
今回はもう絶対まともな作戦じゃないということは分かりました。

そのザキュラという怪人、ぬいぐるみのような丸っこい胴体全体が大きな顔になっている、
なんともファンシーなデザインで「このボクちんにお任せぇ〜っ!!」とか言ってます。
そして「見ててねぇ〜!」と悪戯っ子のような口調でその胴体の大きな口を開け、
ワルズ・ギルの前のテーブルに置かれた豪勢な食事を全部吸い込んでしまいました。

「どんなもんだい!」と自慢げなザキュラですが、この能力って何の役に立つのか?と思ったところ、
バリゾーグは「ザキュラの無限胃袋に地球上の全ての食料を吸い込んでしまえば、
地球人はいとも簡単に降伏するでしょう」と、アホな作戦内容を説明します。
なんでそんな回りくどいことするんだよ?・・・とは誰もツッコミは入れません。
「よし!それはいい!」とワルズ・ギルは手を叩いて絶賛する始末。

しかしワルズ・ギル、地球征服に活路(?)を見出して安心したためか、
急に空腹になったようで腹の虫が鳴り始め、
「ん?・・・いかん!ザキュラ!さっきの食事を返せ!」と無茶な命令を下します。
「ほええ!?」とザキュラが驚くと、ワルズ・ギルは「・・・せめてメロンだけでも・・・」と、
何故か急に手を合わせて弱気に哀願。
しかしザキュラは「出来ませぇん!イシシシシシ!」と意地悪そうに笑うのでした。

ここでOPテーマとなります。今回のOPナレーションはレジェンド回バージョン。
そしてCM明け。「ヒーローだァァッ!!」という今回のサブタイトルが出て、
今回はダイレンジャー篇だと分かります。
1993年度のシリーズ第17作「五星戦隊ダイレンジャー」は
サブタイトルに一貫したフォーマットはありませんでしたが、
このフリーダムさは間違いなくダイレンジャーです。

「ダイレンジャー」は異様にハイテンションの変なサブタイトルがやたらと多くて、
第1話が「転身だァァッ」、第2話が「気力だァァッ!!」という感じになっています。
ちなみにこの2つはそのまんま「ダイレンジャー」OPテーマの歌い出しの歌詞になっています。
ただ、この絶叫調がフォーマットになっているわけでもなく、
「イヨッ結婚ぢゃ」「嫌な嫌な嫌な奴」「総登場だぎゃ!!」「感動!!君も泣け」とか、
もうワケの分からんサブタイトルが目白押しです。

それでも序盤はこの絶叫調が割と多く、
最終2話も「最終決戦だァッ」「行くぞォォッ」で締められているところを見ると、
この絶叫調が最も「ダイレンジャー」らしいサブタイトルなのでしょう。
そして「ヒーローだァァッ!!」という今回のサブタイトルの意味は、
まさに今回のエピソード内容が「ヒーロー」の在り方を確認する内容であることを意味している、
まさにダイレンジャーらしい直球のサブタイトルとなっています。

さて本編が再開し、ルカとハカセと鎧の3人がスーパーに買い出しに来ています。
「今日は何にしますかねぇ!?」と鎧は相変わらず元気が有り余っている様子ではしゃいでおり、
ルカが「鎧の全快祝いってことで、鎧の好きなもんにしたら?」と言うと、
「いいんですかぁっ!?・・・ええっと、じゃあ俺、中華がいいです!」と大喜びで、
3人はマーボ豆腐がいいとか酢豚がいいとかワイワイ言いながらスーパーで食材を物色しています。

すると、棚に陳列してある食材がいきなり飛んでいき、
変な怪人が「ごっちゃんでぇす!」と、それを吸い込んでしまったのでした。
「ザンギャック!?」と鎧たちが驚いて見たその怪人はザキュラでした。
さっそく地球の食料を全部食べ尽くしてしまう作戦を実行し始めたところ、
毎度のごとく、いきなりゴーカイジャーと鉢合わせしてしまったようです。

「地球の食べ物、ぜ〜んぶ食い尽くしてやるもんね!と愉快そうに逃げていくザキュラを、
3人は豪快チェンジして追いかけます。
スーパーの中での変身シーンはなかなかシュールです。

スーパーの外でザキュラに追いついた3人を見て、
ザキュラは「たったの3人?ボクちんの敵じゃないねぇ!」と舐めて逆に襲い掛かってきます。
こうして戦闘開始となりますが、ファンシーな外見や間抜けな能力の割にザキュラはそこそこ強く、
3人は苦戦してしまいます。
倒れた3人に向かってザキュラが嘲笑いながら「トドメだ!」と攻撃を繰り出そうとした時、
そこにザンギャック反応を受けて駆け付けたマーベラス、ジョー、アイムが変身姿で飛び込んできて
ザキュラをゴーカイガンで撃って退け、
「とっとと倒すぞ!」とマーベラスは面倒くさいので早く終わらす気満々です。

ザキュラは「あ!増えたか!」と、6人に増えたゴーカイジャーを見て焦ります。
1対6ではさすがに分が悪いと思ったようですが、
鎧はさっそく「じゃあ、ここはガオレンジャーでいきましょう!」と
ガオシルバーのレンジャーキーを出してゴーカイセルラーに入れ、マーベラス達もそれに応じて、
6人でガオレンジャーに豪快チェンジすることとなりました。
マーベラスがガオレッドに、ジョーがガオブルーに、ルカがガオイエローに、
ハカセがガオブラックに、アイムがガオホワイトに、鎧がガオシルバーに変身します。

ガオレンジャーへのガオシルバーも含めた6人一斉変身はこれが初めてのことです。
これで、鎧とゴーカイセルラーの加入後に6人同時変身が可能になったにもかかわらず、
この時点でまだ6人同時変身をしていない戦隊は、
ジュウレンジャー、デカレンジャー、マジレンジャーの3戦隊となります。

また、鎧がゴーカイセルラーのボタンに配されている16戦士のうち未だ変身していない追加戦士は、
これであとはマジシャインだけとなります。
まぁゴーオンゴールドとゴーオンシルバーへのそれぞれ単体変身もまだですが、
合体戦士のゴーオンウイングスへの変身で変身ボタンは使用済であり、
ゴーカイセルラーの変身ボタンを未だに鎧が使っていないのはマジシャインだけです。

さて、このガオレンジャーに変身して以降の戦闘シーンのBGMは
劇中挿入曲「豪快全開ダッシュ!!」のインストバージョンですね。
実は「ゴーカイジャー」という作品はサントラに良い曲がいっぱいあるのですが、
何せ2話に1話はレジェンド回で、そこでは戦闘シーンの良いところでは
レジェンド戦隊の関連の曲がかかることが多く、
なかなか「ゴーカイジャー」オリジナルの挿入曲を上手く使う機会が作れないようで、
この燃える名曲、あの第11話の生身アクションの時以来の使用となりました。

この場面、ガオレンジャーのアクションはマーベラス達5人は武器は使わず
肉弾戦で爪を使った攻撃を繰り出すアニマルアクションで、
この波状攻撃で怯んだザキュラに対して、
鎧がガオハスラーロッドを最初はスナイパーモードにして銃撃しながらザキュラに突っ込んで、
サーベルモードに切り替えて「復活した俺の姿!見ててくださ〜い!!牙吠!!」と
何やら猛烈にアピールしながらザキュラを斬りまくります。

そうして鎧の大活躍でザキュラを吹っ飛ばすと、
「よぉ〜し!!完全復活〜!!」と鎧は拳を高々と突き上げてガッツポーズをとり、
マーベラス達の方に振り返って大喜びします。
久しぶりに戦って怪人をやっつけたのがよほど嬉しいようですが、
まだザキュラを倒したわけでもないのに、鎧は少し浮かれすぎです。

マーベラス達もあまりに鎧のテンションが高いので呆れて見ていますが、
その鎧の背後では起き上がったザキュラが「おのれぇ〜・・・これでも喰らえ〜!」と言いながら、
自分の下腹というか、顎というか、そのあたりの膨らみを何度もポンポン自分で叩きます。
すると、その叩いた辺りが何度かモチのように膨らんだかと思うと、
ザキュラの口から大量の食べ物が凄い勢いで飛び出してきたのでした。
ザキュラが自分で叩いた部位が無限胃袋のある位置であるようで、そこに食べた食料は溜まっているようです。
それを一定の力で何度か叩くと溜めてあった食料が飛び出す仕組みになっているようです。
しかし、だったらさっきワルズ・ギルの食料も意地悪しないで戻してやればよかったのに。

とにかくここではザキュラはこの猛烈な勢いで飛び出した食料を
ゴーカイジャーにぶつけてやろうとして吐き出したようです。
というか、さっきは目から破壊光線とか出していたのだから、
こんな変な攻撃せずに普通に破壊光線とか出せばいいのですが、
ザキュラはあんまり深く考えて行動していないようです。

当然、マーベラス達はこんな攻撃は難なく避けます。
だが、鎧だけは浮かれまくってザキュラに背を向けていたのでザキュラの吐き出した果物などの直撃を受けて、
食料と一緒に吹っ飛ばされてしまいました。
積んであるダンボール箱の山に突っ込んだ鎧はショックで生身まで変身解除してしまい、
しかも懐からゴーカイセルラーを落っことしてしまいました。

箱の山の中から慌てて這い出してきた鎧が
ゴーカイセルラーが果物などの中に紛れて転がっているのに気付いた瞬間、
ザキュラは「おお〜っともったいない!もう一度〜っ!!」と言って大きな口を開き、
散らばった食料を吸い込みます。
だったら最初から吐き出さずに目から光線でも出してればいいのに、と思いますが、
ホントに何も考えてない怪人であるようです。

しかし、このザキュラの吸い取る力によって、
食料と一緒に転がっていたゴーカイセルラーまでも吸い込まれてザキュラに呑みこまれてしまったのでした。
鎧は唖然としてそれを見て、大慌てしますが、
ザキュラ自身は自分がゴーカイセルラーを呑みこんだことは気付いていないようで、
「あ〜!食った食った!ここはひとまず退散〜!バイバ〜イ!」と呑気にケタケタ笑いながら逃げていきます。

マーベラス達は鎧がやられているのでそっちに気が取られている隙にザキュラを取り逃がしてしまいますが、
鎧が慌ててダンボール箱に足をとられて転びながら
「ああ!待って!返して!俺のゴーカイセルラー!!」と叫ぶのを聞いて、
「ええ!?ゴーカイセルラー!?」と驚きます。
どうして鎧のゴーカイセルラーをあの怪人が持っているのか、
吸い込まれる瞬間を見ていなかった5人には何のことやらさっぱり分からなかったのでした。

ザキュラが鎧のゴーカイセルラーをそれとは知らず呑み込んでしまったということを鎧から聞いたマーベラス達は、
ひとまず鎧を連れてガレオンに戻り、ゴーカイセルラーを探すことにしました。
ハカセがゴーカイセルラーの出す信号を探って位置を特定するために計器のコンソールを操作している間、
鎧はハカセのモバイレーツを借りて自分のゴーカイセルラーを呼び出します。
もしザキュラのお腹から外にセルラーが出ていて、誰かの手に拾われていたら、
呼び出せば誰かが出てくれるかもしれないと思ったのでした。
あるいはもしザキュラの腹の中のままだったとしても、呼び出し音が鳴れば、
ザキュラが腹の中に異物が入っていることに気付いて吐き出してくれる可能性もあります。

「頼む・・・繋がってくれぇ・・・」と鎧はセルラーを呼び出そうとしてモバイレーツを操作して、
祈るようにモバイレーツを耳にあてますが、そこから聞こえてきたのはセルラーの呼び出し音ではなく、
「ゴーカイセルラー留守番電話サービスです、おかけになったセルラーは・・・」という関智一の声でした。

これは大爆笑。
ゴーカイセルラーにこんな電話サービスがあったとは・・・
確かゴーカイセルラーは仲代壬琴たちが作ったはずなんだが、壬琴はこんなものまで作ってたのか?
まぁ、このあたりは関ボイスで留守電サービスまでやってしまう遊び心ということで
いちいちツッコむのは野暮でしょう。
ともかくセルラーは電波の届かない場所にあるか、お客様のご都合で使用できなくなっているのでしょう。

「・・・ダメか・・・」と落胆してモバイレーツを切る鎧を見て、
ルカは「あいつのお腹の中までは電波は届かないってわけか・・・?」と考え込みます。
ゴーカイセルラーにモバイレーツの電波が届かないということは、
まだゴーカイセルラーはザキュラのお腹の中ということです。

鎧がガックリして差し出すモバイレーツを受け取りながら、
ハカセも「位置情報も・・・追えないみたい・・・」と残念そうに鎧に伝えます。
やはり電波の届かないザキュラの胃袋の中にある限り、
ガレオンの機器でゴーカイセルラーの位置は割り出せないようです。
鎧は「そんな・・・」とショックを受けてよろめき、床に座り込んでしまい
「俺の・・・ゴーカイセルラー・・・このまま無くしたりしたら、変身出来ないよ・・・!」と膝を抱えて落ち込みます。

しかしハカセは「大丈夫だって!僕たちで取り戻してみせるからさ!」と笑顔で鎧を励まします。
ジョーも「要はアイツを倒せばいいってだけの話だ・・・」と、全く慌てた様子はありません。
電波が届かないということは逆にゴーカイセルラーの在り処が
ザキュラの腹の中だと特定出来ているのと同じことです。
そしてザキュラは地球の食べ物を全部食い尽くすと言っていた。
ということは、また食べ物を吸い込むために何処かのスーパーや食い物屋に現れて暴れるに決まっている。
そのザンギャック反応のある現場に急行してザキュラを倒して腹の中からセルラーを取り出せばいいだけのことです。

そもそも地球の食べ物を全部ザキュラに食われるのを指を咥えて見ているつもりは
もともとマーベラス一味にはありません。
だからどっちにしてもザキュラは倒す。
その時にゴーカイセルラーも戻ってくる。シンプルな話でした。

「ほんの少しの辛抱です!」とアイムも鎧を諌めるように言います。
あの程度の怪人、そう遠くないうちに倒せるはずですから、鎧は少し待てばいいだけなのです。
それなのに床にへたり込んで落ち込むとは、少しだらしないとアイムは思いました。
マーベラスも「そういうこった!・・・ま、お前はしばらく休んでろ!」と事もなげに言います。
とにかくセルラーが戻るまでは鎧は変身出来ないわけだから、
ザキュラを倒すのは自分達5人でやるしかない。
だから鎧は大人しく待っていればいいのだとマーベラスは軽い気持ちで言ったのでした。

しかし鎧はマーベラス達の言葉もあまり耳に入っていない様子で、
下を向いたまま「・・・せっかく怪我も治ったのに・・・変身出来ないなんて・・・」とブツブツうわ言のように呟いて、
フラリと立ち上がると、皆に背を向けて船室を出て行こうとします。

皆が鎧のために怪人を倒そうと言ってくれているのに、礼も言わずに立ち去ろうとするとは、
いつもの鎧では考えられない失礼な態度です。
明らかに鎧の様子がおかしいと思ったルカは「・・・鎧!」と呼び止めます。
一同も、鎧がどうも変だと気付き、黙って鎧に注目します。
しかし、ルカの呼びかけに一瞬立ち止まった鎧は、振り向きもせず、
「・・・独りにさせてください・・・」と小さな声で言うと、そのまま船室を出て行ってしまったのでした。

その鎧の言動から、マーベラスは鎧がゴーカイセルラーを無くしたことだけでなく、
「変身出来ない」ということに大きなショックを受けていることに気付きました。
ゴーカイセルラー自体はおそらく遠くないうちに取り戻すことは出来るはずです。
いや、そう仲間を信じて待ってもらうしかない。
それぐらいの平常心も保つことが出来ないというのは、
よほど鎧がゴーカイセルラーがこのまま戻ってこなくて変身出来なくなることを恐れているということです。
まぁ気持ちは分からないでもないが、仲間を信じて待つ余裕さえ無くすとは、
つまり仲間の絆よりも鎧にとっては自分が変身出来るかどうかの方が大事ということです。
そう考えるとマーベラスは少し面白くない気持ちになりました。

だいたい、鎧が怪我が治って大はしゃぎしていたのも、
単に自分がまた変身出来るようになったことを嬉しがっていたように思えてきます。
また、戦いの最中に必要以上にはしゃぎ回っていたのも、
怪我が治って変身して戦えることが嬉しかったからであり、
結局はそのために油断が生じてこのようなことになったのだとマーベラスは思いました。
まぁそういう済んだ細かい話はどうでもよかったが、
とにかく鎧が仲間との関係よりも自分が変身出来るかどうかの方を優先している態度は
マーベラスには少し気に入らなかったのでした。

一方、船室から出て行った鎧はそのままガレオンを降りて地上をうろついていました。
何か意味があって歩いているわけではないのですが、
とにかく鎧はガレオンで何もしないで待っているという状態はもう耐えきれないので、外に出たかったのです。
怪我をしていた2週間の間も、鎧は皆の役に立てなくて申し訳ないという気持ちはもちろんありましたが、
それ以上に、自分だけが変身出来ないでガレオンに留守番しているという状況が
惨めな気分になって辛かったのです。

それでも怪我を治せばまた変身して戦えるんだと自分に言い聞かせて、
辛い気持ちを耐えて、そして遂に怪我が治って、
また思いっきり変身してゴーカイシルバーとして戦えるんだと歓喜したのも束の間、
ゴーカイセルラーを無くしてしまって、また変身出来なくなってしまった。
しかも今度は怪我と違って待っていれば元に戻るというわけにはいかない。
もしかしたら、ずっとこのまま変身出来ず、二度とゴーカイシルバーになることは出来ず、
元のただの一般人の伊狩鎧に戻ってしまうのではないかと思うと、
鎧は辛くて惨めで堪らない気分になってしまうのでした。

とにかくゴーカイセルラーさえ取り戻せば何とかなる。何とかしないと・・・と鎧は焦って考えながら
フラフラと街中を歩いていました。
「はぁ〜・・・俺のゴーカイセルラー・・・どうすればいいんだ・・・?」と呟いて頭を掻き毟って、
鎧は駆け出そうとします。
そこに突然駆け出した鎧に驚いて急ブレーキをかけた自転車がよけきれずに鎧にぶつかってしまいました。

道端で自転車は転倒し、鎧も地面に倒れ込みます。
自転車は中華料理屋の出前の自転車のようで、出前用の岡持ちには「赤龍軒」と書いてあります。
自転車に乗っていた男は「おい!君!大丈夫か!?」と慌てて鎧に駆け寄って助け起こし、
鎧は「ああ、大丈夫です・・・」とすぐに起き上がりました。
幸い、大した怪我はしていないようです。

しかし鎧は何となしに、心配そうに覗き込んでくる自転車の男の顔を見て、
あまりの驚きに息が止まりそうになります。
その男の顔は、鎧が知るあまり多くはない素顔のレジェンド戦士のうちの1人に酷似していたからです。
「も・・・もしかして貴方は、五星戦隊ダイレンジャーのリュウレンジャー、天火星・亮さんでは!?」と
物凄い勢いで尋ねる鎧に、その男はあまりの鎧の勢いにたじろぎながら
「そ・・・そうだけど・・・なんで!?」と逆にどうして自分の名前をこの見たこともない若者が知っているのか
驚いて思わず尋ね返しますが、ハッとして自分がその若者を自転車で轢いてしまったことを想い出し
「・・・そんなことより怪我してないか!?」と慌てて聞きます。

この出前の男、確かに元ダイレンジャーの赤の戦士である元リュウレンジャー、天火星・亮です。
鎧に元リュウレンジャーではないかと尋ねられた後、それを肯定した瞬間、
例の変身後マスクのオーバーラップ演出もちゃんとなされています。

「五星戦隊ダイレンジャー」は今から18年前の作品で、
この作品中の設定では亮は横浜の中華料理屋「山海閣」で働くコック見習いの23歳の若者でした。
となると、現在は41歳+レジェンド大戦後の数年分で、まぁ40歳代前半というところでしょう。
亮は「ゴーカイジャー」の物語には今回が初登場ではなく、
6月公開の「199ヒーロー大決戦」映画でも既に登場しており、
その時も亮は出前の自転車に乗って登場し、
元デカピンクのウメコの運転するミニパトに轢かれそうになったサラリーマンを助けるために飛び込んできています。

どうも交通事故絡みで登場するのがお約束になっているような感じですが、
この時にも出前の岡持ちには「赤龍軒」と書かれており、
現在は「山海閣」で働いているのではなく、独立して中華料理屋を経営していることが示唆されていました。
何故「赤龍軒」という屋号だけで亮の店だと推定できるのかというと、
「赤龍軒」というのは、亮の得意拳法である「赤龍拳」をもじった屋号だと分かるからです。

その亮を演じておられるのは、もちろんオリジナルキャストの和田圭市氏で、
現在43歳で、「ダイレンジャー」当時と比べれば落ち着いた雰囲気となっており、
いかにも中華料理屋の気のいい中年店主っぽい雰囲気がハマっていますが、
よく見ると見事な体格で、全身からヒーローのオーラが滲み出ています。
普段はこのヒーローのオーラを身に収めてニコニコした気のいい店主をやっているという感じが伝わってきており、
これが後でヒーローオーラが全開になった時とのギャップが素晴らしいです。

ところで、鎧はどうして亮の顔を知っていたのか?
一応はダイレンジャーは正体は不明の秘密戦隊だったはずですが、まぁかなりアバウトな戦隊だったので、
戦隊ファンの間では少なくともレジェンド大戦以降は変身前の素顔も知られていたのかもしれません。
まぁそのあたりはどうでもいいですが、ここで注目すべきは、
亮が自分が元リュウレンジャーであるということを結構どうでもいいことのように扱っていることです。
そんなことよりも目の前に倒れている鎧のことを心配することを遥かに優先しているのです。
これは、もともと亮というのが優しい男であるということもありますが、
亮のヒーロー観にも関係しているといえるでしょう。

さて、鎧は目の前の男が思った通り、元リュウレンジャーだったのだと分かると、
すっかり舞い上がってしまい、亮に怪我の心配をされると慌てて立ち上がり
「こんなん・・・こんなもん全然、ほら全然大丈夫ですよ!この通り!」とシャキシャキ動いて
様々なポージングをします。
そして、「はは!なんたって俺!ゴーカイシルバーですから!!」と、ポーズを決めながら
誇らしげにヒーローとして名乗るのでした。

亮は「ゴーカイシルバー!?」と、若者の口から出た意外な言葉に驚きます。
亮は「199ヒーロー大決戦」映画の時に、ゴーカイジャーの戦い方を何らかの方法で観て、
そこにダイレンジャーと通じ合う精神を認めて「大いなる力」を託しました。
だから宇宙海賊の戦隊ゴーカイジャーのことは知っています。
しかし、その時「ゴーカイシルバー」という戦士は確かいなかったはずだと思い、一瞬戸惑いました。

しかし、笑顔で「はい!」と答える鎧の顔を見ながら少し考えた亮は、
そういえば最近、ゴーカイジャーに1人、地球人が仲間に加わって6人になったという噂を聞いたことを想い出し、
それがつまり「ゴーカイシルバー」というやつなのかもしれないと思い、
「もしかして・・・君が宇宙海賊の仲間になったっていう地球人!?」と鎧に尋ねます。

しかし、鎧は「199ヒーロー大決戦」映画の時点では
既に仲代壬琴らからゴーカイシルバーのレンジャーキーとゴーカイセルラー、
そしてアバレンジャーなど3戦隊の大いなる力を受け取っており、
そうした壬琴らの動きを亮は把握していなかったようです。
やはりレジェンド戦士同士の横の連絡は希薄なのでしょう。

しかし鎧は亮が噂程度に聞いていたことを口にしただけで、
レジェンド戦士の先輩が自分のことを知ってくれていたことに猛烈に感激し、
「はい!伊狩鎧です!!」と感極まって亮の右手をギュッと握りしめて身体をくっつけて目をウルウルさせます。
亮はたじろぎながらも、さすがに近すぎて暑苦しいと思って、鎧の手を左手でポンポン叩いて、離すように促します。

すると鎧はハッと我に返り、
感激の余り、ついゴーカイシルバーなどと張り切って自己紹介してしまったが、
もしかしたらもうゴーカイシルバーにはなれないという現実を一気に思い出して、
気分が急に重くなり、手を離して亮に背を向けてトボトボしながら
「・・・今は・・・その・・・変身出来ないんですけど・・・」と小声でボソボソ言うのでした。
亮は鎧のテンションのあまりに激しい上下に驚きつつも、何かよほどの事情があるのだろうと思うのでした。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 23:25 | Comment(0) | 第33話「ヒーローだァァッ!!」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

第33話「ヒーローだァァッ!!」感想その3

たまたま道端でゴーカイシルバーの伊狩鎧と出会った元リュウレンジャーの天火星・亮は、
変身出来ないと言って異常に元気の無い鎧の様子を見かねて、近所の自分の店「赤龍軒」に連れていきました。
赤龍軒は、商店街の中にある、ごく普通の小さい中華料理屋でした。
20年ほど前、ゴーマとの戦いの傍ら、横浜の中華料理屋の山海閣でコック見習いをしていた亮が、
ゴーマとの戦いが終わった後もコックを続けてコツコツと貯めたお金で念願の自分の店を手に入れたのでしょう。
屋号の由来はもちろん亮の得意拳法の「赤龍拳」です。

赤龍軒の店内のテーブルに鎧を座らせて、亮は鎧から事情を聞きました。
普通の地球人だった鎧が夢の中でアバレキラーに出会って
ゴーカイセルラーとレンジャーキーを渡されてゴーカイシルバーとなり、ゴーカイジャーの仲間入りをしたこと、
そしてさっき戦いの最中にザンギャックの怪人にゴーカイセルラーを呑み込まれてしまって
変身出来なくなってしまったことということを、鎧は亮に説明しました。

鎧の話を聞いて、亮は「そうか・・・ザンギャックにゴーカイセルラーを・・・」と、気の毒そうに言います。
亮にもかつて、事情は違うものの、戦いの最中に突然変身(転身)出来なくなって
大きなショックを受けた経験はあるだけに、鎧の心の痛みは理解出来たのです。
しかし、「はい・・・凄いショックで・・・」とテーブルの前に座って意気消沈する鎧に対して亮は軽く笑うと、
「とりあえず、元気出せ!」と励まし、テーブルに今作った一人前の餃子を置き、
「ほら!俺が作った餃子!世界一を目指している餃子だ!」と明るく鎧に餃子を食べるよう勧めます。

亮は自分の実体験から、鎧のショックは理解出来るものの、
同時に自分の実体験から、それがヒーローにとって本質的な問題ではなく、
鎧がヒーローの心を見失わない限り、自ずと解決する問題であることも分かっています。
それが分かっているから、レジェンド大戦以降、再び変身能力を失った今も、亮は前向きに暮らしており、
他のレジェンド戦士もそれは同様であることも亮は分かっています。
皆、真のヒーローだから、変身能力を失ったからといって、
それが本質的な問題でないことはちゃんと分かっているのです。

だから亮は鎧もゴーカイシルバーというヒーローとして戦っている以上、
そういうことは分かっているはずだと思っています。
ただ単に、ついさっきの出来事でもあり、現役で戦っている戦士でもあるので、
一時的ショックが大きすぎたのだろうと気遣い、とにかく前向きな気持ちになれるように、
美味しい餃子でも食わせてやろうとしているのです。
それだけ亮は自分の餃子の味には自信があります。

今回はどうも全編、「食」がテーマとなっているエピソードのようで、やたら食べ物絡みのシーンが多いのですが、
この亮の餃子というのは「ダイレンジャー」本編の時から既に亮絡みで登場している由緒正しい小道具で、
「ダイレンジャー」本編では亮の夢は「世界一の餃子を作ること」でした。

「199ヒーロー大決戦」映画でも亮はリストラされて生きる希望を無くして死のうとしていたサラリーマンを
ウメコや青梅と一緒に助けて、そのサラリーマンに自分の餃子を
「世界一を目指している餃子」といって食わせており、
しっかり「ダイレンジャー」本編の設定を引き継いでいたのは昔の戦隊ファンには嬉しいサービスでした。

しかし、あのシーンは単なるサービスシーンだったわけではなく、
ちゃんとあの映画の中で意味のあるシーンであったのです。
あれは第一義的には「自分もこうして夢を目指しているのだから、君も夢や希望を失ってはいけない」
という意味が込められていたのです。

ただ、そこでサラリーマンは亮の言う通りに夢や希望を捨てないことが意味のあることだと
完全に納得したわけではありませんでした。
サラリーマンが亮(やウメコや青梅)の言葉の正しさを悟ったのは、
亮たちと別れた後、映画の終盤になってからです。

黒十字王の巨大化した黒十字城の猛威の前にゴーカイジャーとゴセイジャーが追い詰められ、
地球の最後が近づいた時、多くの人々がそれでも諦めずに2戦隊に声援を送り続け、
亮たちの説得で自殺を思いとどまっていた例のサラリーマンも
元レジェンド戦士の亮たちの励ましの言葉と、目の前で必死で戦う2戦隊の姿とが重なって、
思わず2戦隊に声援を送ります。
すると、そうした人々の想いと励起状態にあるレンジャーキーとが共鳴して、
その人々の持っていたスーパー戦隊のロボ玩具が、そこに込められた持ち主の想いによって巨大化変身して
本物の巨大ロボとなって黒十字城に立ち向かうという奇跡が生じました。

この時、このサラリーマンの持っていた、彼の子供の頃の夢や希望が込められていたバリブルーンの玩具も
巨大化して黒十字王を倒す力となっており、
それを見たサラリーマンは「どんな状況になっても夢や希望を捨てなければ、きっといい事がある」と実感して、
亮たちの言葉の正しさを完全に納得し、逆境でも希望を捨てずに頑張って生きていこうと決意するのです。

「199ヒーロー大決戦」映画というのは、結局、そういう「夢と希望」がテーマとなっている物語であり、
このサラリーマンは裏の主役のような存在であり、
ある意味、ゴーカイジャーの代理で亮たちと絡んだようなものです。
すなわち、この映画でゴーカイジャーに「大いなる力」を渡した11のレジェンド戦隊は
ゴーカイジャーの持つどういうテーマを自分達と一致するものと見なしたのかというと、
光の中のビジョンで登場したレジェンド戦士たちは色んなことを言っていましたが、
要するにこの映画のテーマが「夢と希望」である以上、
ゴーカイジャーの中にある、どんな逆境でも挫けない「夢と希望」にレジェンド戦士たちは共感したのです。

レジェンド戦隊の代表として直接ゴーカイジャーと絡んで「VS映画」的に派手に共闘しながら、
ゴーカイジャーの中に「夢と希望」を見出していく役割を担ったのがゴセイジャーだったわけですが、
アクション面では申し分ない働きをしたゴセイジャーは実はテーマ的にはかなり弱い戦隊であり、
この「夢と希望」というテーマをゴセイジャー自身の物語として体現させるのが難しいという問題があります。
そこで別のレジェンドゲストに「夢と希望」をテーマとした物語を担わせてゴーカイジャーと絡めるべきなのですが、
そうなるとゴーカイジャーに関するストーリーが複雑になりすぎてしまうので、
レジェンドゲストの亮や青梅やウメコらはゴーカイジャーの代わりに、
ゴーカイジャーに仮託出来る別キャラのリストラサラリーマンと絡ませて、
そこでレジェンド戦隊の「夢と希望」に関する物語を描き、
それが最終的に巨大戦の奇跡で1本のストーリーとなる構成としたのでしょう。

この映画の初期の脚本では、このサラリーマンと亮たちの絡みのシーンがもっと長かったようですから、
そういった構想であったと思われます。
ところが映画の全体の尺が長くなりすぎたため、このサラリーマンのパートは大幅に削られることとなり、
結果的に亮たちのシーンの描写はどうも中途半端なものになってしまったのだと思います。
それでも、このシーンによって、この映画が「夢と希望」がテーマであること、
亮のダイレンジャーをはじめとする11戦隊のテーマが「夢と希望」であり、
彼らがゴーカイジャーに同様の「夢と希望」を見出したことは十分に伝わりました。
また、亮たちの励ましとゴーカイジャー達の頑張りによって心を動かされたサラリーマンが
バリブルーンの奇跡を通じて「夢と希望」の大切さを悟り、
亮たちの言葉の正しさに思い至るというドラマの流れも十分に表現出来ています。

ただ、尺を詰めた結果の亮たちとサラリーマンのパートの描写不足の影響で、
亮の描写が少し微妙なものとなってしまったといえます。
まず、サラリーマンが亮たちの言葉では「夢と希望」の大切さを納得出来ておらず、
バリブルーンの奇跡があって初めて「夢と希望」の大切さを納得していることからして、
亮たちの言葉に説得力があまり無いという点が挙げられます。

まぁドラマの展開上、亮たちの言葉で簡単にサラリーマンが悟ってしまうのではなく、
終盤の奇跡によって「夢と希望」の大切さに気付くという方が盛り上がるわけですから、
この作り方で正解なのですが、
それにしても、サラリーマンには気付かない亮たちの言葉の持つ説得力を観客には分かるようにするとか、
そういうフォローは本来あるべきなのですが、
そのあたりが尺の都合でカットされたためか、
普通に観客が見ても、亮たちの言葉自体にはあまり説得力がありません。

青梅は単に「夢や希望を捨ててはいけない」と一般論を言っているだけであるし、
ウメコは「逆境でも自分達も頑張って来た」と言うだけです。
ただ、この2人の言葉はこの時点では一般論すぎて説得力はあまり無いですが、
最終的にはバリブルーンの奇跡によって、しっかりフォローされて説得力を与えられているので問題は無いのです。

問題は亮だけです。
亮は自分の「夢と希望」の象徴である餃子を持ち出してサラリーマンに食わせたりしているので、
3人の中では最も言動が具体的なので、一見すると亮の言葉が最も説得力があるように見えますが、
実際は全く逆で、むしろこの餃子のせいで観客にはある重要な部分での説得力が見えなくなってしまっており、
バリブルーンの奇跡でもその説得力不足が払拭されずに終わってしまっているのです。

どういうことかというと、まず、このサラリーマンを3人が説得するシーンでは、
大前提としてサラリーマンは3人が元レジェンド戦士だということは知っています。
そして3人が変身能力を失って戦えないという逆境にあることも知っています。
悪の組織を倒しても倒しても次々に別の悪の組織が現れてキリが無く、
遂にはザンギャックという最強の敵が現れて、それを何とか撃退したものの
代償として変身能力を失ってしまい、
今またザンギャックが侵略してきても地球を守るために戦うことが出来ないという逆境にあるという、
そういう3人の状況は、サラリーマンは3人から聞いて知っているのが前提です。

その上で3人が「夢や希望は捨ててはいけない」と言うからこそ、
自殺寸前だったサラリーマンを死ぬことは思いとどまらせるだけの説得力は発揮したわけです。
ただ、それでもサラリーマンは自分の身の上と元レジェンド戦士の身の上とを完全に重ねて捉えることは出来ない。
だから死ぬことは思いとどまったものの、自分程度のつまらない一般人の「夢と希望」と、
元レジェンド戦士の3人の「夢と希望」は違うのだという想いは消えていないわけです。
ところが、そこに自分の「夢と希望」が詰まったバリブルーンが奇跡によって巨大化して、
まるでレジェンド戦士たちと同じように地球を守ったのです。
それゆえ、サラリーマンは自分の「夢と希望」が
元レジェンド戦士の3人の「夢と希望」とピッタリ重なると思うことが出来たわけです。

ただ、サラリーマンは地球を守って戦うヒーローとして今後生きていくことが出来るわけではない。
地道な一般生活の中で自分の出来ることをやっていく、その中で「夢と希望」を見出していかないといけない。
また何か困ったことがあったらバリブルーンを巨大化させて解決するとか、そういうわけにはいかないのです。
あんなものは1回限りの奇跡に過ぎない。
しかし、その1回限りの奇跡のお蔭でサラリーマンは亮たちと自分を一緒だと思うことが出来たのであり、
それによって、亮たちに言われた言葉を自分の今後の人生の指針とすることが出来たのです。

すなわち、青梅の「夢や希望は捨てない」、
ウメコの「逆境でも頑張る」ということ、
そして亮の「世界一の餃子を作ることを目指す」という3人の言葉を
サラリーマンは自分の人生の指針として頑張っていくことが出来たのです。
これは何もサラリーマンが餃子屋に転職するという意味ではなく、
つまりは「地道な生活の中での積み重ねによって達成できる大きな夢を持つ」というような
意味と考えればいいでしょう。

つまり、亮たち3人はヒーローとしてサラリーマンに説教しているわけではなく、
同じ一般人目線でサラリーマンを諭しているのです。
しかしサラリーマンは元ヒーローと自分の間に一線を引いているので
その3人の言葉はサラリーマンの心に完全には届かない。
そこにサラリーマンとヒーローの間の垣根を取り払う奇跡が起きて、
その結果、3人の言葉がサラリーマンの心に素直に入ってくるようになって、
サラリーマンは3人の言葉から一般人として生きていく指針を得るのです。

この話の流れは「199ヒーロー大決戦」映画の中での流れとしては非常によく出来ており、
これはこれで良いのですが、
問題は青梅、ウメコ、亮の3人があまりに一般人寄りに描かれてしまっていることです。
まるで3人が変身能力を失った逆境の中で、もはやヒーローではなく一般人になってしまったかのようです。

それでも青梅とウメコは一般人目線の言葉はあくまで言葉の上だけであり、
サラリーマンに向けて言っただけのことと思うことは出来るから良いのですが、
亮の場合、もともと本当に「世界一の餃子を作ることが夢である」という設定があるものだから、
まるで変身能力を失ったものだから完全に餃子一筋になってしまったかのように見えるのです。

それはもちろん悪いことではありません。
世界一の餃子はもともとの亮の夢であるし、美味しい餃子を人々に提供することは素晴らしいことです。
また、このサラリーマンにとっては変なヒーローのお題目よりもよほど励みにも指針にもなる
貴重な生きる見本となるでしょう。

しかし、そんな餃子一筋となった亮はもはやヒーローであることは諦めてしまったのだろうか、
と観客目線としては少し寂しい気持ちになったことは、映画を観に行った1人として正直言わせてもらいます。
餃子一筋の亮は、確かに一般サラリーマンには何らかの示唆は与えることは出来るでしょうけれど、
現役ヒーローであるゴーカイジャーにヒーローとして何かを語ることは出来るのだろうか?
という危惧を抱きました。
実際、映画の中でも亮はゴーカイジャーとの絡みも無く、
ビジョンとして現れて「大いなる力」を渡した時も黙って頷いただけでした。

ハッキリ言って、少し寂しかったです。
サラリーマンのパートを構成する「元レジェンド戦士」の1人としての亮のキャラは完璧でしたが、
その一方で、ヒーローとしての亮はもう「ゴーカイジャー」で見ることは無いのだろうか?とも思いました。
つまり、亮が「世界一の餃子を作る」という夢一筋であるかのように描かれたことによって、
まるで変身能力を失ったために餃子一筋に逃避したかのような印象を残してしまい、
亮のヒーローとしての説得力が弱くなってしまったのです。

しかし、そうではなかったのです。実際は亮の「世界一の餃子を作る」という「夢と希望」には
しっかりヒーローとしてのテーマが込められていたのです。
だからこそ、自分の「夢と希望」でヒーロー的な奇跡を起こしたサラリーマンが、
そのままヒーロー的な夢想に走らずに、
亮の餃子の「夢と希望」にヒーロー的なテーマが含まれていることが分かっているからこそ、
亮の示唆する地道な「夢と希望」に自分を重ね合せることが出来たのです。

つまり、亮の「世界一の餃子を作りたい」という「夢と希望」をはじめとして、
青梅もウメコも、サラリーマンも、他の声援を送った人々も、
他のレジェンド戦士たちも、ゴーカイジャーもゴセイジャーも含めた全員の「夢と希望」というものに
ヒーローとしても一般人としても通用する重要な「あるテーマ」が込められていたからこそ、
あの映画の中の数々の奇跡が起こったのであり、
ゴーカイジャーは「大いなる力」をゲットし、
サラリーマンと亮たちの心は通じ合ったのです。
その「あるテーマ」があの映画の真の主題であったといえるでしょう。

亮とウメコと青梅に関しても、そのテーマを明確にした形でのフォローが
あの映画の中で本来は必要だったはずなのですが、
この3人とサラリーマンのパートを大幅カットした影響で、フォロー不足のまま終わってしまったのです。
ですから、今回の第33話がダイレンジャー篇となっていて、亮が再登場するというのは、
その「199ヒーロー大決戦」映画でやり残していた3人に対するフォローを、
亮を代表としてやってしまおうという意図があるのだと思います。
つまり、あの映画で語りきれなかった部分が今回のエピソードでは語られることになるわけです。

そういうわけで、今回も亮は餃子を出してきて、
一般人でありながら奇跡によってヒーローとなり、
そしてまたアクシデントで一般人に戻ってしまった男(つまり、あのサラリーマンと似たところのある設定)
である伊狩鎧に「世界一を目指している餃子だ」と、
あの映画でサラリーマンに向かって言ったのと同じように勧めるシーンが描かれることとなります。
今回のエピソードでは、この餃子に込められた亮の真のテーマが語られるわけです。
しかし、あの映画ではサラリーマンは餃子を食べましたが、
ひとまず、この場面では、鎧は餃子には興味は示さず、自分のことを語り始めます。

鎧にとっては「変身出来なくなる」ということは大変なことで、それをあんまり軽く流してほしくないのです。
マーベラス達もあまり大したことのように扱ってくれなかった。
それはつまり、マーベラス達が地球人ではないから、
ずっとスーパー戦隊に憧れて、ようやくヒーローになって変身して戦えるようになった
自分の気持ちが分からないからだと鎧は思いました。
その点、亮ならば自分がいかにヒーローに憧れていて、そのため変身出来なくなったことに
大きなショックを受けていることを分かってくれるはずだと鎧は期待していました。

それなのに、その心情を思いっきりぶちまけようと思った矢先に、
いきなり元気を出せと言われても、鎧としては困ってしまいます。
だから、せっかく出された餃子を無視して、
鎧は「俺・・・小さい頃から、亮さん達スーパー戦隊の皆さんに憧れてて・・・
だから、ゴーカイセルラーを貰った時はすっごい嬉しかったんです・・・
これで俺もスーパー戦隊の一員に・・・ヒーローになれるって・・・!」と、訥々と、
しかし目を輝かせて熱く語るのでした。

亮は向い合せた席で黙って鎧の話を聞きながら、
鎧がスーパー戦隊の熱烈なファンだったから、自分の顔を知っていたのだと気付きました。
そう思うと何やら亮は照れ臭くなりました。
自分はそんな他人から憧れられるような大層な英雄などではないと知っているからです。
しかし同時に、目を輝かせてヒーローへの憧れや、ヒーローになれた興奮を語る鎧を見て、
亮は懐かしさも覚えました。
自分もダイレンジャーになった頃はこんな感じで正義のために戦うヒーローになった誇りで
高揚していたものだと思い、亮は何やら面映ゆい想いがして、少し俯いて黙って軽く苦笑します。

ところが、ここで鎧の声が急に沈んだ調子になり「だけど・・・」と呟きます。
亮は不審に思って「だけど?」とオウム返しで問いかけます。
すると、鎧は「ゴーカイシルバーに変身出来なかったら、もうヒーローでも何でもないじゃないですか・・・
それが、悲しくて・・・」と、一番言いたかったことを言います。
つまり、ヒーローになれた喜びを鎧が語っていたのは、
ヒーローでなくなってしまった今の状況の辛さを強調するための前フリだったわけです。

マーベラス達に訥々とスーパー戦隊への憧れを語ったところで理解などしてもらえない。
でも、当のレジェンド戦士の亮ならば、憧れのスーパー戦士になって、
その資格をアクシデントで突然奪われたという自分の悲しさはきっと理解してくれて、
同情してくれるはずだと鎧は期待していました。

ところが、亮は表情を曇らせると、困った顔で横を向いて
「・・・それは、ちょっと違うんじゃないかな・・・?」と言います。
亮は鎧の言っていることが全部間違っているとは思ってはいません。
確かにヒーローに憧れ、ヒーローになれたことを喜んでいた鎧が、
ヒーローでなくなったら、それは悲しいことでしょう。それは間違っているとは思いません。
だが亮は、変身出来ないからヒーローでないという鎧の考え方はおかしいのではないかと思ったのです。

ヒーローにとって一番大切なことは変身出来るかどうかではない。
一番大切なことは他にあり、それを忘れない限り、
たとえ変身出来なくてもヒーローであり続けることは出来るのです。
精神論で言っているのではなく、亮は実体験に基づいて、
そのヒーローにとっての一番大切なことを知っています。
そして、それはヒーローなら皆、分かっていることだと思っていました。

ところが鎧が「変身出来なければヒーローではない」と言ったので、さすがに少し驚いてしまったのでした。
鎧が変身出来ないことを嘆いたり、ヒーローでなくなることを恐れること自体は別に問題はありません。
しかし、「変身出来なければヒーローでない」と、この両者を繋げることは亮には看過出来ません。
それはつまり、鎧がヒーローの一番大切なことを忘れているということだからです。
さすがに亮も鎧がその一番大切なことを知らないとは思いませんでした。
もし鎧がヒーローの一番大切なことを知らないような者ならば、
そもそもアバレキラーが鎧に変身能力を授けるわけがないからです。
何故かはわからないが、鎧はその一番大切なことを忘れてしまっている。
おそらく突然、変身出来なくなってしまったショックがあまりに大きすぎたのだろうと亮は思いました。

しかし鎧は、亮のそうした気持ちは分かりません。
いや、亮が考える通り、鎧はヒーローの一番大切なことは分かっている男です。
だからこそアバレキラー仲代壬琴は鎧にゴーカイセルラーや「大いなる力」までも託したのです。
そして、今の鎧がその大切なことを見失ってしまっているのは、
変身出来なくなったショックが大きすぎるからです。
それは裏返せば、あまりにもスーパー戦隊への憧れが強くて、
ヒーローになれたことに対してあまりにも喜びが大きすぎたので、
ヒーローでなくなることへの恐れが強すぎるのです。

それはヒーローであることに大きな誇りを持っているということであり、
ヒーローとして決して道を踏み外さないという安心感にも通じるのですが、
逆にこういう予期せぬアクシデントで少しでも自分のヒーロー性が損なわれると
過剰反応してしまうという欠点も内包しているといえます。
本当は変身出来なくなったからといってヒーローでなくなるなどということはない。
ヒーローの一番大切なことを分かっている鎧ならばそんなことは冷静に考えれば分かるはずです。
しかし、あまりに完璧にヒーロー像を自分に求めすぎる余り、
鎧は変身出来なくなったというアクシデントでパニックに陥り、冷静な思考力を失っているのです。

ただ、それにしても憧れのレジェンド戦士の亮に「違うんじゃないか?」と言われたら、
自分は間違っていたのではないかと思って少しは冷静になってもよさそうなものですが、
鎧はそのようには思えませんでした。
それには別の原因があります。
それは、鎧が亮たちレジェンド戦士たちの戦いの実態をよく知らないということです。

亮の実体験は非常に明確にその「一番大切なこと」を浮き彫りにした事例ですが、
現実には亮の場合だけでなく、どのレジェンド戦隊のどの戦士においても、
変身出来るかどうかよりも大切なことがヒーローにあることは実体験の中で皆、学んでいくものです。
それは鎧も実は同様なのです。
だから鎧は「一番大切なこと」を本当は知っているのです。

ところが鎧の場合、もともとが熱烈すぎるスーパー戦隊ファンであることが問題なのです。
よく考えたらゴーカイジャーも含めた全35戦隊の戦士の中で
「スーパー戦隊ファン」がスーパー戦隊の戦士になった事例というのは、鎧が初めてです。
だから鎧というのは非常に特異な存在といっていいでしょう。
亮にもマーベラス達にも鎧の心情がイマイチ掴み切れていないのは、この鎧の特異性が原因となってのことです。

この「ゴーカイジャー」物語世界の一般人や戦隊ファンは、スーパー戦隊の戦いの公式記録は知っているが、
素顔の戦士たちの心情までは把握していない。
あくまで一般人が知っているのは
「スーパー戦隊の戦士たちは変身して戦い悪の組織を倒して地球を救った正義のヒーローである」という
公式的な定義であり、
鎧のような熱烈な戦隊ファンというのは、その公式見解的なヒーロー像に強烈な憧れを抱いていたのです。

だから亮が戦いの中で実体験によって
「変身することよりも他にヒーローにとって一番大切なことがある」という実感を
持っているということには、鎧は気付きません。
それは実は鎧自身がヒーローとして戦う中で亮と同じように実体験で実感していることであるはずなのに、
鎧の場合、もともと熱烈な戦隊ファンであるため、そのマニア的な頭でっかちの知識が邪魔をして、
どうしても亮のことを公式的な「変身してこそヒーロー」というヒーロー像で見てしまい、
亮の戦いの中で得たリアルな「変身より大切なことがある」という実感に想いを馳せることが出来ていないのです。

だから鎧は亮に「それは違うんじゃないか?」と言われた時、
亮が何か自分の知らない変身すること以上の大切なことを知っているのではないかとは考えず、
逆に、「変身出来なければヒーローじゃない」という自分の言葉があまりに真実を突き過ぎていて
亮を不機嫌にさせてしまったのではないかと考えてしまいました。

鎧はひたすら自分を憐れんで、自分に同情してもらいたくて、甘えて自分のことばかり喋っていましたが、
亮に意外にも冷たい言葉を返されてしまって、驚くと同時にハッとしたのです。
亮自身が「変身出来なくなったヒーロー」なのです。
その亮を目の前にして「変身出来なかったらヒーローでもなんでもない」などと言ってしまった。
その自分の発言の無神経さに気付いて鎧は焦り、目を泳がせました。
そんな失礼なことを言われたら、そりゃあ亮が怒って当然だと思ったのです。
つまり、鎧は亮が冷たく「それは違うんじゃないか?」と反論したのは、
「変身できなかったらヒーローでもなんでもない」という失礼な自分の発言を
「そんな言い方はないんじゃないか?」と非難していると解釈したのでした。

鎧は無神経で失礼な発言をした以上、非は完全に自分にあると思いました。
このままでは怒られると思い、早く謝罪しようと思いました。
しかし、何故か謝りたくないという想いが湧きあがってきます。
この店を見て、出された餃子を見た時から心の中に生じていたかすかな違和感が増幅してきて
確かに失礼な言い方ではあったが、でも本当のことじゃないかという想いが湧きあがってくるのです。
それで謝罪の言葉も出てこず、かといってもうこれ以上失礼な発言を続ける気にもなれず、鎧は黙り込みます。

そこにいきなり鎧の背後で店の扉が開いて、
「亮ちゃん!明日のバザーなんだけど・・・」と言って、誰かが入ってきました。
鎧が慌てて振り向いて見ると、近所の人達という感じの3人組でした。
その3人を見て「やぁ〜マスター」と笑顔で亮が立ち上がり、
鎧に「・・・ここの商店街の人たちだ・・・すぐ終わるから、ちょっと待っててくれるか?」と言います。
商店街の3人組は亮に何か話があるようです。
そこですかさず鎧は「ああ、いや、いいです!・・・俺、もう行きますから!」と言って立ち上がります。
気まずいムードになったと思い込んだ鎧は、これを良い機会にこの場から逃げ出すことにしたのでした。
そうして「・・・お邪魔しました」と、頭を下げてそそくさと店を出ていったのでした。

こうして亮の真意を理解出来ないまま、鎧は赤龍軒をあとにして独りで街をふらつき、
夜になってガレオンへ戻っていったのですが、
夕暮れの街を歩きながら、
鎧はどうしてあんな失礼なことを言ったのに自分は亮に謝らなかったのだろうかと、悔やみました。
しかし悔やみながら同時に、その取り返しのつかない自分の間違った行為を弁護したくなる気持ちも湧いてきます。
さっきも湧き上がってきた妙な気分です。

自分は間違ってなどいない。
だって、自分の言ったことは本当のことだからだ。
変身出来なければヒーローでないのは事実だ。
実際、レジェンド大戦で変身出来なくなった亮は、もう戦うことなど忘れたように
「世界一の餃子を作る」などと言いながら、小さい中華料理屋の中年店主に収まって、
商店街の冴えない人達とバザーの相談なんかしている。
このザンギャックが侵略してきている時に呑気すぎる。
だから自分がゴーカイセルラーを無くしたと言っても大したことではないように笑って餃子なんか勧めるんだと、
鎧は腹が立ってきました。

亮はそんな自分のもうヒーローの心を忘れただらしない状態について
「変身出来なければヒーローでもなんでもない」と図星を突かれたから腹を立てているだけなのだと
鎧は思いました。
そして、そんな亮に比べれば、変身出来なくなって苦しんで焦っている自分の方がまだマシだと思いましたが、
同時に、鎧はいずれは自分もこのまま変身出来ない状態が続けば、
あんな亮のようにヒーローの心を忘れた腑抜けのようになってしまうのではないかとゾッとしました。

そうした様々な複雑な心情がドロドロと鎧の心中で渦巻き、
ガレオンを飛び出した時よりもかえって余計に暗く沈んだ状態となって、
鎧はガレオンに帰り着くことになったのでした。

翌朝、ガレオンのいつもの広い船室では、鎧を除く5人が食後の紅茶を飲んでいます。
朝食を食べるなりまた夢遊病者のように外に出て行ってしまった鎧のことを心配して、
ハカセが「すごい落ち込みようだね・・・鎧・・・」と皆に言います。
ハカセには変身出来ないだけであそこまで激しく落ち込む鎧のことがどうもよく分からないのです。
しかも何故か昨日よりも今日は更に落ち込んでいるのですから、不思議でした。

アイムは考え込んで「ゴーカイシルバーに、それだけ誇りを持っていらしたのでしょう・・・」と言います。
アイムにも鎧の気持ちは全く共感できるところはありませんでしたが、
これだけ皆が鎧の変身出来ないことで苦しむ気持ちに共感出来ないということは、
鎧だけの特殊な条件のせいで、あそこまで鎧が落ち込んでいるのだろうということは想像出来ました。

それはつまり鎧が地球人であるということに関係している。
アイムたちにとってゴーカイジャーであるということは単に戦うための装備であり、夢を叶えるための道具でした。
だが、鎧たち地球人にとっては、この五色と銀色の色分けされたチーム戦士の装束というのは
誇りある地球を守る正義の戦士の装束であるようなのです。
だから、そのスーパー戦隊というものに地球人には独特の思い入れがあるものらしい。
しかもその中でも鎧がそのスーパー戦隊の熱烈なファンであり、強烈な思い入れがあったらしい。
だからその1人になれたことに強い誇りを持っていたのだろう。
それゆえ、それに変身出来なくなる可能性が少しでもあることにひどくナーバスになってしまうのであろうと
アイムは推理しました。

ルカもまぁだいたいそんなところだろうと思い、
そう考えると鎧も気の毒だと思い、
とにかく早くゴーカイセルラーを取り戻して鎧を安心させてやろうと改めて心に決め
「ま、今日こそ取り返そ!」と気合を入れます。
ジョーもルカに同感で、鎧のためにも、それに地球の人々のためにも、早くあの怪人を退治しようと思い、
椅子に座っているマーベラスの方をチラリと見ると、何故かマーベラスが浮かない顔なので、
不審に思い「・・・どうした?」と尋ねます。
しかしマーベラスは不機嫌そうに「いや・・・別に!」と言います。

マーベラスもあの怪人をブッ倒してセルラーを取り戻すこと自体には全く異論は無いので、
皆のやる気に水を注すようなことは言いたくないから我慢しているのですが、
本当は内心、鎧にはムカムカしていました。
鎧が変身出来なくてウジウジしているから、
他の仲間たちまで鎧が可哀想だからセルラーを取り戻してやろうみたいなことを言い出してますが、
マーベラスはそのこともムカついていました。

別に鎧をまた変身出来るようにしてやろうとか、ヒーローにしてやろうとか、
そんなことはマーベラスにはどうでもいいのです。
単に仲間がぶちのめされて大事な宝物を奪われたのだから、
その敵討ちをして奪われた宝物を奪い返すのは、海賊の仲間なら当然のことなのです。
自分達はそういう仲間として当たり前のことをやろうとしているだけであり、
鎧も仲間のことを信頼している態度を見せるのが礼儀というものなのです。
それなのに鎧は自分が変身出来ないことしか頭に無いような態度を続けています。
その仲間をナメた態度がマーベラスには許せませんでした。

鎧は変身出来なくなったらゴーカイシルバーでなくなってヒーローでなくなってしまうと思っているようですが、
マーベラスはヒーローがどういうものかはよく分かりませんが、
とにかく鎧が仮に変身出来なくなってもマーベラス一味の仲間であることは変わりないと思っています。

そもそもマーベラスは鎧が変身出来るから仲間にしたわけではない。
それどころか、最初、変身出来るというだけで勝手に仲間になったつもりで押しかけてきた鎧から
変身アイテムを取り上げて、鎧を変身出来ない状態にして一旦追い出したのです。
その上で変身出来ない鎧が見せた気概を評価して仲間に加え、その上で変身アイテムを返してやっただけです。
マーベラスが評価して仲間にしたのは変身できる鎧ではなく、
変身できなくてもマーベラスが目を見張るような気概を見せてくれる鎧だったのです。

だから仮にこのまま変身出来なかったとしても鎧は仲間なのであり、
鎧が仲間である限り、必ずあの怪人にオトシマエはつけて、ゴーカイセルラーは奪い返す。
マーベラスは最初からそういう肚積もりでした。
ところが鎧はひたすら自分が変身出来ないこと、ヒーローでなくなることばかり心配している。
仲間がいる限り大丈夫だと思うこともない。
そういう鎧を見ると、マーベラスは、鎧にはマーベラス一味の仲間であることよりも
自分がヒーローであることの方が大事なのかと思えてきます。
それはあまりにも仲間をナメていると思えたし、鎧を仲間に選んだ自分がナメられているようにも思えました。

いや、まぁ鎧がヒーローに憧れるのは勝手だし、
そのヒーローとやらがマーベラス一味の仲間であることよりもそんなに価値があるというのなら
勝手にそれを崇めていればいいが、
それにしてもマーベラスには、その今の鎧が必死になってしがみつこうとしているヒーローというヤツが、
マーベラスが仲間にしたいと思った、変身出来ないのに怪人に立ち向かっていた無鉄砲で誇大妄想な鎧に比べて、
とてもそんなに魅力的なもののようには思えなかったのでした。
それがヒーローだというのなら、ヒーローなど願い下げだとマーベラスは思いました。

俺が仲間にした鎧は、変身は出来なかったが、そんなヒーローなんかよりももっと上等なヤツだった。
今の鎧はあの時とは違う。
そんなつまらないヒーローなんかを目指して、それにすらなれないようなヤツは
マーベラス一味の仲間には要らない。
マーベラスはそう思いました。

その時、ナビィが突然飛び上がって「出たよ!ザンギャックが!出た〜!」と、
ザンギャック反応を感知して騒ぎます。
きっとさっきの怪人(ザキュラ)です。
鎧のことはムカつくが、とにかく仲間のオトシマエをとるために行くしかない。
マーベラスは厳しい顔で「行くぞ!」と号令をかけます。

やはりザンギャック反応のあった場所に現れていたのはザキュラで、
「このナス、ぜ〜んぶいただきまぁす!焼きナスもマーボナスも出来ないよぉ!」と言って、
畑のナスを全部大きな口を開けて吸い込んでしまいます。
なんだかこのザキュラという怪人、見かけも子供ウケしそうですが、セリフもやたら子供向けな感じです。

さて、そこにマーベラス達5人は変身して駆けつけます。
畑で走るゴーカイジャー・・・なんともシュールです。
5人は畑でザキュラを追いかけますが、
ザキュラは「お前らの相手してるほどヒマじゃないんだよっと!」と言って姿を消して逃げてしまいます。

その後、またザキュラは今度は魚屋に出現し、店の魚を全部吸い込んで
「ああ〜食った食った!魚はやっぱり生が一番!でもオイラ、フグだけは食えねぇんだよなぁ」と言って
去っていきます。確かに店にはトラフグだけは残っています。
これは、視聴者の子供たちへの「フグはそのまま食べたら危険」というメッセージなのか?
ここにもジョーとルカが駆けつけますがタッチの差でまた逃げられます。

そして続いてザキュラはパン屋に出現し、店のパンを全部食べてしまい
「パンパカパ〜ン!ごっちそうさまぁ!」と言って去っていくところにハカセとアイムが懸けつけますが、
これも間一髪逃げられます。
てゆーか、こんなペースで地球の食べ物を全部食べ尽くすのって何年かかるんだ?

そして回転寿司屋にもザキュラが出現したようで、回っている寿司の皿がみんな空になっていて、
客はみんな呆然としていますが、既にザキュラは姿を消して逃げています。
そこに近所をたまたま通りかかったのか、鎧が騒ぎを聞きつけてやって来て、
空の皿が回っているのを見て「そんな・・・ここも・・・」と呆然とします。

そこに変身姿のマーベラスも駆け込んできます。
回転寿司屋にゴーカイレッド・・・これもまたなんともシュールですが、
一足遅かったと気付き悔しがるマーベラスを見て、鎧は「マーベラスさん・・・」と愕然とします。
自分が勝手にガレオンを抜け出してブラブラしている間、
自分のために皆、走り回ってくれていると分かったからです。

「・・・遅かったか・・・!」とボヤきながら変身を解除したマーベラスに向かって
鎧は「すいません・・・俺なんかのために・・・ありがとうございます」と深々と頭を下げます。
鎧は自分のことしか考えず、
仲間が自分のために一生懸命になってくれていることを忘れていた自分を心から恥じました。
仲間にこんなに迷惑をかけて何の役にも立てない自分のために仲間は走り回ってくれている。
それが鎧は申し訳なかったのでした。

鎧に頭を下げられたマーベラスは、鎧のあまりに身勝手な態度にムカついていた気持ちは多少は改善されました。
が、相変わらず鎧が自分を卑下したような物言いをするのが気に入らない。
変身出来ないぐらいでどうしてそんなに自分をクズみたいに言うのか、マーベラスには納得できませんでした。
仲間同士なんだから助け合うのが当たり前であって、そんなに深々と頭なんか下げなくてもいいんだと思い、
マーベラスは少しイラッとしながら鎧の方に振り向くと
「礼なんかいい・・・それよりお前・・・」と何か言いかけます。

お前、そんなに変身ばかりこだわってるけど、仲間になった時の初心を忘れてるんじゃないのか?と
言ってやりたかったのですが、そこにモバイレーツが鳴ります。
マーベラスが通話に出ると、またザキュラが別の場所に出現したとの報せです。
「ああ、今行く」と応えるとマーベラスはモバイレーツを畳んでしまい、
鎧に「・・・まぁいい!・・・話は後だ」と言って、急いで駆け出します。
とにかく今は鎧への説教よりもザキュラを見つけて倒すことが優先です。

マーベラスが必死に駆け出していくのを見送って、回転寿司屋の中を見て、
鎧は「今の俺には・・・何も出来ない・・・」と、こんな時に何の役にも立てない自分をますます責めます。
変身を出来ない自分は、マーベラス達に苦労をかけるばかりでなく、
街の人々が怪人の猛威に晒されてもどうすることも出来ない。
もう自分はヒーローでもなんでもない。
まさに昨日、亮に向かって言った言葉のままです。
昨日、亮のことを腑抜けになったと自分は思ったが、実際、今の自分は焦っているだけのことで、
実質的には何も出来ていないという点では、亮と何ら変わりないではないかと思い、鎧は愕然とします。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 23:50 | Comment(0) | 第33話「ヒーローだァァッ!!」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

第33話「ヒーローだァァッ!!」感想その4

鎧はマーベラスと回転寿司屋で別れた後、とぼとぼと歩いて近くの公園の池のほとりにやって来ました。
鎧はすっかり変身できないばかりにヒーローとして何の役にも立たない自分に無力感を感じていました。
しかし、マーベラス達は鎧のためにゴーカイセルラーを取り戻そうとして奔走してくれているわけで、
いずれはゴーカイセルラーを取り戻してくれる可能性は高い状況なのです。
そのことはさっきも鎧は自分の目で見て把握しているはずなのです。
ならばもう少し期待感や焦燥感が湧きあがってきても良いはずなのですが、
鎧は何故か無力感や虚脱感を覚えてしまいます。

鎧は変身出来なくなったことによって、
自分の中からヒーローとしての気持ちが消えてしまったように思えたのです。
変身出来なければ戦えない。戦えなければヒーローではない。だから自分はヒーローではない。
そういう想いが自分の心を委縮させて、怪人の被害に遭った人々を見ても、戦う気力が湧いてこないのです。

いや、ゴーカイセルラーが戻ってきて変身出来るようになれば、また戦えるようになって、
自分はヒーローとしての気持ちは取り戻せるはずです。それで万事解決するはずなのです。だから問題は無い。
そう自分に言い聞かせようとする鎧でしたが、
今こうして無力感にとらわれてしまった自分が、たとえ変身出来るようになったとしても、
本当に再びヒーローの気持ちを取り戻せるのだろうかと疑問に思いました。
こんな無力感にとらわれたのは初めてでした。
一旦変身出来なくなったことで、自分はもうダメになってしまったのかもしれないと鎧は思いました。

さっき鎧がマーベラスに申し訳ない気持ちになったのは、
単に自分のために皆が奔走してくれていることに感謝してではなく、
皆が必死になってゴーカイセルラーを取り戻してくれたとしても、
もう自分は以前のゴーカイシルバーには戻れないのではないかという危惧があり、
そんなダメな自分のためにマーベラス達を奔走させていることが心苦しかったからでした。
そんな自分が情けなく、なんとか心を奮い立たせようとするのですが、
なかなか気力が湧いてこなくて、鎧は苦悩しながら池の水面を見つめます。

そうした鎧の耳に喧騒の音が聞こえてきて、ふとそちらを見ると、
鎧から見て左手の方の池のほとりで、人々が集まって屋台の準備をする作業が行われています。
その時、鎧の背後で「あれ?鎧くん?」という声がしました。
鎧の後ろ姿を見て、誰か鎧のことを知っている人間が声をかけてきたようです。
鎧が振り返ると、そこにはハッピを着て段ボール箱を抱えた亮が階段を下りてきて、
鎧の存在を確認して「おう!」と軽く手を振っています。
「亮さん!?」と、鎧は意外な場所で亮に会って驚きの声を上げるのでした。

亮は昨日、鎧がいきなり青い顔をして帰っていったので心配しており、
たまたま出会った鎧をその屋台の会場に連れていきました。
亮が持っていた荷物はその屋台で使う材料や道具であったのです。
その会場には亮と同じ「亀尾商店街」と書かれた青いハッピを着た人々が多くの屋台の準備をしており、
「亀尾商店街」と書かれた幟も立っていました。

亮の屋台の傍らでその様子を眺めて「バザー・・・ですか」と鎧は言います。
そういえば昨日、赤龍軒に訪ねてきたご近所の3人の人たちが
明日のバザーがどうとか言っていたことを鎧は思い出したのでした。
亮は「ああ、ここに皆を集めてね!うちの商店街の恒例行事なんだ!」と応えながら、
自分の屋台の準備をてきぱきと進め、
振り向いた鎧に向けて「俺は、言うまでもなく・・・餃子!」と明るく言って、
手にした餃子の材料を掲げて示します。

なお、この「亀尾商店街」の「亀尾」は
「ダイレンジャー」に出てきた超気伝獣ダイムゲンの人間態の青年
「亀夫」へのオマージュによるネーミングでしょう。

亮のバザーの屋台で出す品が餃子であるのは、赤龍軒が中華料理屋であり、
亮が世界一の餃子作りを目指す餃子職人である以上、まぁ当然のことなのですが、
あくまで餃子作りにこだわる亮を見て、鎧は思わずイラッとして「・・・また餃子って・・・」と呆れたように呟きます。
こうしている今もこの近所でザキュラの被害が出ているというのに、亮はヒーローとして戦おうともせず、
餃子を作ることしか頭に無いようだと鎧は思いました。
やはり変身能力を失って亮はヒーローの気持ちを失ってしまったのだと鎧は失望して、
自分もこのままではいずれ同じようになる、いや、既にもう同じなのではないかと思うと怖くなってきました。
だから鎧は亮が餃子を作っている姿を、自分が腑抜けていく姿を見るようで不愉快に感じ、
「これが亮さんの今出来る精一杯のことなんですか!?」と声を荒げてつっかかってしまいます。

いきなり目上の相手にキレて声を荒げるなど、逆に一喝されても仕方ないほどの無礼ですが、
亮は鎧が変身出来なくなったショックでヒーローの一番大切なことを忘れてしまっている、
普通ではない状態であることは分かっていますから、頭ごなしに叱ったりはしません。
何事も無かったかのように同じペースで餃子の餡を皮で包む作業を続けながら
「何をイライラしてる?変身出来ないのがそんなに辛いのか?」と問い返しました。

鎧は図星を突かれて一瞬怯みます。
確かに今自分が亮を非難しているのは、亮の情けない姿を見て、自分を見ているような気がして辛いからです。
つまりは変身出来ない自分がもうヒーローとしてダメになってしまうのかと不安で、
それで亮に突っかかっている。八つ当たりというわけです。
なんとも情けない男だと鎧は自分でも思いました。
でも、それは亮には言われたくないとも思いました。

鎧は自分がこんなみっともなく苦しんでいるのは、
まだヒーローとしての気持ちを失いたくないと足掻いているからなのであって、
亮がそんなに涼しい顔をして餃子を作っていられるのは、
もう完全にヒーローの気持ちを無くしてしまったからなのであり、
それならまだ自分の方がマシと思ったのでした。
それで鎧は思わず開き直ってブチ切れて
「・・・ええ・・・辛いですよ・・・死ぬほど!・・・呑気に餃子なんか作ってる、あなたと違って!!」と大声で怒鳴り返します。

これはもう亮に瞬殺されても文句を言えないレベルの暴言ですが、
亮は変わらず冷静に同じペースで餃子の餡を皮で包む作業を続けながら、
「言ったろ?・・・俺は腕を磨いてこの餃子を世界一の餃子にしたいんだ」と穏やかに言います。
鎧はここまで言われてもまだ餃子の話しかしない亮に心底ガッカリして悔しげに俯きます。

しかし、確かに鎧にここまでの暴言を吐かれて、それでも亮が餃子の話をするというのは、
視聴者から見ても不自然ではあります。
こうなると亮が鎧に対して餃子にこだわる態度を示すことは何か深い意味があるのではないかと、
何となく分かってきます。
案の定、亮は出来上がった1つの餃子を手に乗せたまま、
「世界一の餃子なら、食べた人はみんな美味しいって笑顔になる・・・
世界一の餃子は世界一多くの笑顔を作れるって思うからね!」と語るのでした。

つまり、亮が世界一の餃子を作りたい理由は、
餃子職人としての名声を高めたいとか、商売繁盛で大儲けしたいとか、そういう理由なのではなく、
世界の人々を笑顔にしたいからなのです。
要するに、亮は自分のために餃子を作っているのではなく、他の人々のために餃子を作っている。

しかし鎧は、亮の餃子作りに賭ける姿勢はそれで分かったが、
どうして亮がいきなりそんな話を自分にするのかが分からない。
確かに自分の名声のためではなく人々の笑顔のために餃子を作るという考え方は
餃子職人としては素晴らしいとは鎧も思います。
しかし、今、鎧が亮に問うているのは餃子職人としての亮の姿勢ではなく、ヒーローとしての亮の姿勢です。

いや、ヒーローとしての亮の考え方を問いかける形で、
本質的には鎧自身にヒーローとして、どうあるべきかを問いかけているようなものです。
変身出来なくなったヒーローである亮が本当はどう考えているのか、それを知ることによって、
同じ境遇である自分がこれからどうしていけばいいのか、それを知りたくて
鎧は無意識のうちに亮に突っかかっているのです。

ところが亮から返ってくるのは餃子職人としての考え方だけです。
何か話が噛み合っていないような気がして、鎧はイライラしながら憮然とした顔で
「・・・何が言いたいんです・・・?」と言い返しました。
すると亮は真っ直ぐ鎧の顔を見て「・・・忘れてるんじゃないのか?・・・一番大切なこと・・・」と穏やかに、
しかし重みのある口調で言うのでした。

それを聞いて鎧はハッと気づきました。
餃子の話は何かの例え話であって、
亮は自分に何かヒーローとして大切なことを伝えようとしているのではないかと思ったのです。
しかし、鎧には亮の言おうとしていることが何なのか分かりませんでした。

亮の言葉をそのまま受け取れば、世界の人々を笑顔にすることが一番大切なことということになります。
しかし、それは確かに大切ですけど、あくまで目的です。
その目的を達成するための手段はそれぞれであり、
例えば餃子職人ならば、美味しい餃子を作ることがその手段に相当します。
そしてヒーローは変身して戦って悪を倒して世界を救うということが、
世界の人々を笑顔にする手段である存在です。
だから、ヒーローと餃子職人とでは同じ目的を達成するにも手段が全然違うのであり、
ヒーローの話で餃子職人の話を喩えに出されても、鎧にはピンとこないで、困惑した表情を浮かべます。

その時、突然、亮の屋台に並べられていた出来上がった餃子が浮き上がって飛んでいきました。
あっと驚いて鎧と亮が餃子を見ると、他の屋台の食べ物も同じように飛び去っていくのが見えました。
そして、それらの飛び去った食べ物は、全部1ヵ所に集まっていきます。
そこにはザキュラがゴーミンやスゴーミン達を引き連れて、何時の間にか現れており、
吸い寄せた食べ物を全部呑み込むと「へへ〜んだ!」と、すっかりいい気になっています。
なんとザキュラは今度はよりによって、このバザー会場の食べ物を平らげに来たようです。

鎧と亮は屋台から飛び出して「ザンギャック!」と怒鳴りますが、
ザキュラは鎧がゴーカイジャーの一員であることもよく覚えていないようで、
一般人が吠えている程度と思って全く相手にせず、
「ごちそうさま〜!ゴーミン!やっちゃえ!やっちゃえ!」と号令をかけて、
バザーの準備をしている商店街の人々にゴーミン達をけしかけて叩きのめし始めます。
屋台を守っている人数が結構多いので、食べ物を全部吸い取る邪魔になると思って、
全員を叩きのめしてやろうと思っているようです。

ここで商店街の人々がゴーミン達にいたぶられる場面となりますが、
昨日の赤龍軒の場面で亮を訪ねてきた商店街の3人組も
ここで盛大にゴーミンにやっつけられるアクションを披露します。
この3人は実は超有名なスーツアクターで、新堀和男氏、神尾直子氏、ショッカーO野氏の御三方です。
新堀氏はスーパー戦隊シリーズ初期のレッド戦士を演じた初代ミスターレッドであり、
神尾氏はベテランのスーツアクトレスで、夫はゴーカイレッドのスーツアクターの福沢博文氏です。
また、O野氏は元スタントマンのマルチタレント・プロデューサーで有名な方です。
この3人が亀尾商店街の人たちとして出演しているというのは、
前述の「亀夫」というキャラ名へのオマージュであると同時に、
「カメオ出演」にももじっていると思われます。
ここは3人とも見事というか余裕というか、やられアクションをしっかり披露してくださっています。

さて、こうして商店街の人々がゴーミン達に痛めつけられているのを目の前にして、鎧は悔しがって俯きます。
いつもの自分ならゴーカイシルバーに変身出来るから、ヒーローとしてザンギャックと戦って、
この人達を救うことが出来る。
でも今の自分は変身出来ないのでヒーローとして戦えない。
だから人々が痛めつけられているのを目の前にしながら何も出来ない。
そういうヒーローでない無力な自分が鎧は堪らなく悔しいのでした。

そうして下を向いてしまった鎧を横に立った亮が苦しそうな顔で見つめます。
亮もまた、この状況を前にして自分の無力に苦しんでいるかのように見えます。
そして、亮がゴーミンに襲われる商店街の人々の方に視線を移した時、
鎧がいきなり顔を上げて、飛び出していき、ゴーミンと商店街の人たちの間に割って入り、
ゴーミンを追い払って「逃げて!」と叫んで商店街の人たちを逃がそうとしたのでした。

鎧はヒーローでなくなった自分の無力感をとことんまで味わった結果、
もうこれ以上の無力感は味わいたくなくなったのでした。
変身出来ない今の自分ではヒーローとしてザンギャックを倒して人々を救うことは出来ないかもしれないけど、
それでも人々の悲鳴を聞きながら俯いて突っ立っているだけの自分はもう、1人の人間として嫌だったのです。
勝てなくっても構わないから、1人でもこの場から逃がすために、
ヒーローとしてではなく1人の人間として何かをしたいと、鎧は思ったのでした。

そうして戦い始めた鎧の姿を見て、亮はフッと笑うと、
猛然と鎧とゴーミンの戦っている場に飛び込んできて、
「ハイーッ!」と掛け声を発しながら凄まじいキレのある蹴りや突きを繰り出して、
そのあたりにいたゴーミンをあっという間に薙ぎ倒していきます。

鎧はその亮の動きを見て「亮さん・・・!」と驚き、唖然とします。
てっきり亮はもう変身出来なくなってからヒーローとして戦う気持ちを失ってしまっていて、
だからこの状況でも戦えないのだろうと鎧は思っていたのです。
ところがいきなり飛び込んできた亮の動きには全く迷いが無い。
切羽詰って仕方なく戦っているというような感じではない。
いや、そもそもこの身体のキレは、餃子のことしか考えていない商店街のオヤジでは到底不可能なものでした。
日頃からしっかり鍛錬していないと、この動きは出来ない。

つまり、亮は決して腑抜けてなどいなかったのです。
日々の生活の中でしっかり戦える準備はしていたのです。
つまり戦う心は失っていなかった。
鎧は自分が亮のことを誤解していたと悟りましたが、
しかし、それでも亮が変身できないこともまた事実です。
変身出来なくなってヒーローでなくなって数年も経つ亮が、何のためにそんなに鍛錬を重ねていたのだろうかと、
鎧は不思議に思いました。

いや、戦う心を忘れて腑抜けになったと思っていた亮に憤慨していた鎧が、
逆に亮が鍛錬していたことを不審に思うというのも勝手な話ではありますが、
鎧自身が変身出来なくなってヒーローでなくなってたった1日でここまで心が折れてしまっているわけですから、
変身出来なくなってヒーローでなくなって数年も経つ亮が鍛錬をしっかり続けて、
今こうして見事な動きを見せることが出来ることが心底驚きであり、不思議だったのでした。

亮の方は昨日の赤龍軒やさっきまでの屋台の場面では、割とぼやっとした顔付きの、
いかにも中華料理屋の主人という感じの風貌であったのですが、
ゴーミンと戦い始めて以降は何だか顔付きも少し変わって
まるで20年前そのもののような精悍な顔つきになり、ヒーローのオーラが漂ってきています。

そして周囲のゴーミンに睨みをきかせつつ、鎧に向かって
「それからもう1つ・・・転身できなくなった俺は、世界を救うことは出来ないかもしれない・・・」と言い、
そこに襲い掛かってきたゴーミンを軽くあしらって一撃で倒し、
「・・・だが、目の前の敵を見逃すほど、俺は年はとっちゃいないぜ?」と言いながら、
ハッピを高々と脱ぎ捨てて動きやすい恰好になると、
なんとここで「リュウレンジャー!天火星!亮!」と、
生身でのリュウレンジャーの複雑な名乗りポーズを披露します。
そして手を高々と天に突き上げてから、「天に輝く!五つ星!五星戦隊!ダイレンジャー!!」と、
全体名乗りの部分まで1人でやりきってしまったのでした。

ダイレンジャーの各戦士の名乗りポーズというのは中国拳法の動きを採り入れた
シリーズ歴代で最も難易度の高いものでした。
名乗りシーンというのは変身シーンの直後にあるものですから、
当然、変身後スーツの中に入っているスーツアクター、すなわちアクションの専門家によって演じられます。
普通の戦隊の名乗りポーズは、まぁ少し練習すれば素面の役者でも可能ですが、
このダイレンジャーの名乗りポーズは、素人目に見てもスーツアクターだから可能なのだろうと分かるものです。
実際、本編放送時も「子供が真似できない」と一部で不評で、
その結果、次作以降は難しすぎる名乗りポーズはタブーとなったぐらいです。
つまり「ダイレンジャーの名乗りポーズは難しい」というのが世間的評価であったのです。

ところが、「ダイレンジャー」の最終盤の第47話において、
和田氏をはじめとするダイレンジャーの(キバレンジャーのコウを除く)5人の戦士の素面役者5人は、
素面のまま、つまり変身前の姿のまま、この超難易度の名乗りシーンを演じるという快挙を成し遂げたのです。
スーパー戦隊シリーズではこの第17作の「ダイレンジャー」より前は、
名乗りシーンを素面役者が素面のままで演じるという演出は存在しませんでした。
いや、実は素面役者が終盤にスーツの中に入って名乗りシーンやアクションシーンを演じるという
恒例行事というのは存在していたので、素面役者が終盤に名乗りをするという習慣自体は存在していました。

しかしそれを変身しない姿でやるというのは前代未聞でした。
というか、変身もしないで名乗りをするという場面の必然性自体が普通は無い。
名乗りというのは戦士の名を名乗るのであって、変身してこそ戦士だからです。
例えば、変身(転身)しない亮はあくまでただの亮であって、リュウレンジャーではありません。
だから、亮の姿のままでリュウレンジャーの名乗りをする意味など無い。
だから「素面名乗り」という演出の必然性はもともと存在せず、
シリーズにおいても当然、この時まで「素面名乗り」などという妙な演出は存在しませんでした。

しかし、「ダイレンジャー」においては終盤の特殊な展開の結果、
この素面名乗りと、それに続いて変身を前提としない生身アクションのシーンが自然に成立することとなり、
この名乗りの異常に難易度が高い動きを素面役者が見事に成功させ、
更に生身アクションのレベルも異様に高かった(これはいつものことだったが)ので、
これが一種のシリーズにおける伝説の名シーンとなり、
これ以降、シリーズ各作品において、終盤に素面名乗りを行うのが半ば恒例行事化することとなったのでした。

それでも、未だにこの最初のダイレンジャーの素面名乗りが歴代最高峰の素面名乗りと言われています。
それぐらい素晴らしい完成度であり、
それゆえ「素面名乗り」という本来は必要の無い演出が恒例行事化するほどになったと言われています。
その18年前の最初の素面名乗りのリードをとった和田圭市氏によって、
今回、同じリュウレンジャーの素面名乗りが見事に、当時と変わらない見事な動きで再現されたのです。

ただ、この「素面名乗り」というものですが、
最初の「ダイレンジャー」47話の伝説の素面名乗りが素晴らしかったのが恒例行事化の原因と言われていますが、
では何故、この時の素面名乗りが素晴らしかったのかというと、単に動きが素晴らしかったからではありません。
むしろ、このシーン全体のテンションが異常に高かったから、動きが素晴らしくなったのだといえます。

まぁ「ダイレンジャー」という作品は基本的にテンションが高いのですが、
この終盤の45話から最終50話までのテンションの高さはちょっと異常です。
この時期というのは年が明けて怒涛のクライマックスに突入する、
シリーズのどの作品でも異様にテンションの上がる時期なのですが、
通常の作品はそれでも、単に絶体絶命の絶望的な状況からの大逆転が描かれるのがパターンで、
作品の世界観自体は起伏がやたら激しくなるだけのことで、基本的な構図に変化はありません。

ところが、この終盤のクライマックスの時期に
作品の世界観そのものが突如ひっくり返ってしまったようなトンデモない作品がシリーズでは3つあります。
これは単に意味不明に破綻したというのではなく、本当に設定がひっくり返ってしまっており、
それはグダグダになっておかしくなった場合とは根本的に異なり、
かなり勢いのある成功作でなければ生じない現象ですから、
トンデモないといっても別に貶しているわけではありません。
むしろテンションの高さが並はずれていると言っていいでしょう。

その3作品というのは「シンケンジャー」「タイムレンジャー」「ダイレンジャー」です。
ただ「シンケンジャー」と「タイムレンジャー」はそれでも一旦ひっくり返した後、
ちゃんと綺麗にまとめて終わりました。
ところが「ダイレンジャー」だけはひっくり返ったまま終わってしまったのです。
それでいて最後までテンションが下がることはありません。
というより、テンションが上がり過ぎて、綺麗にまとめるどころではなかったのだといえます。
そういう高すぎるテンションの終盤の展開の中での素面名乗りだったからこそ伝説となり、
その後の恒例行事化に繋がったのだといえます。
単にアクションの出来が良かったから伝説になったわけではないのです。

その「ダイレンジャー」終盤の怒涛の展開を生み出したのは、
もともとの「ダイレンジャー」という作品の持つシリーズにおいて他に例の無い特殊な世界観が原因だといえます。
それは東洋哲学的な陰陽思想に基づいた世界観です。

すなわち、正義と悪というのはもとは1つの太極から生じた二極であって、表裏一体の存在であり、
どちらかが生き残り、どちらかが滅ぶということはない、
互いに永遠に争い合いながら永遠に生きていくのが宿命であり、勝負がつくことはない、
全ては虚しい戦いである、というような世界観です。

こうした思想のもとに作られた「ダイレンジャー」の物語世界の設定は、下記の通りです。

8000年前に生まれた古代帝国であるダオス帝国では気力という特殊能力を持つダイ族と、
妖力という特殊能力を持つゴーマ族が、特殊能力を持たないシュラ族を支配しており、
帝国を我が物にしようとするゴーマ族がダイ族を攻撃し、
5000年近い戦いの結果、ダイ族とゴーマ族は姿を消して、シュラ族の子孫が現在の人類となったのでした。
この現代の人類社会に突如ゴーマ族が復活して地球を支配しようとして動きだし、
これに対抗するためダイ族の道士・嘉挧がダイ族の血を引く気力の強い若者たちを集めて
ゴーマの侵略に対抗させるべく編成したのがダイレンジャーであったのです。

ただ、ここで初期設定からして、
正義のダイ族と悪のゴーマ族というのはもともと同じダオス帝国を共同統治していた同士であり、
考え方の相容れないダイ族とゴーマ族が争い合いながら適度にバランスをとって
5000年もの間、ダオス帝国を維持して、シュラ族、つまり特殊な戦う能力を持たない一般の人々を
守護してきたのだといえます。
その戦いがエスカレートして、遂にバランスを崩壊させた結果、破局が訪れ、
ダイ族もゴーマ族も共に姿を消す羽目となったのでした。
どちらか一方だけが滅びるということはないのですが、
そのバランスを崩すまで戦いをエスカレートさせるようなことがあれば、
大宇宙の意思の介入によって、正義と悪は双方ともに滅ぼされるのです。

そして現代、悪のゴーマ族が復活すれば、それに対抗して正義のダイ族も復活するのが宿命であり、
それゆえダイレンジャーは結成されました。
普通の戦隊ならば、正義のダイレンジャーは悪のゴーマを倒さなければなりません。
しかし、この「ダイレンジャー」の世界観では、
ダイレンジャーに求められていることはゴーマを滅ぼすことではなく、
ゴーマと争い合いながらバランスが崩壊しないように折り合いをつけていくことなのです。

ただ、そうした大宇宙の法則は、現代に甦ったダイレンジャー側もゴーマ側もハッキリとは把握していませんから、
当初は双方ともに相手を滅ぼすために全力で戦います。
ダイレンジャーの指揮官である道士・嘉挧はある程度はそうした正義と悪のバランスについては
知っていたようですが、それでも実際にバランスが崩れた場合に何が起きるのかまでは分かっておらず、
状況次第ではゴーマを滅ぼすことも視野に入れていたのだと思われます。
そういうわけで嘉挧はダイレンジャーのメンバーには正義と悪のバランスの話はしておらず、
当然、亮をはじめダイレンジャーのメンバーは正義の力で悪を倒すヒーローの自覚をもって
ゴーマと懸命に戦っていました。

ところがダイレンジャーとゴーマの戦いがエスカレートして、その規模が一線を超えた時、
大宇宙の意思の代弁者である大神龍という巨大な龍が地球に降り立ち、
圧倒的な力でダイレンジャーとゴーマを攻撃し、停戦協定を結ばせたのでした。
おそらくかつてダオス帝国を滅ぼしてダイ族とゴーマ族を壊滅させたのも、
当時のダイ族とゴーマ族は気付いていなかったが、大神龍だったのでしょう。

大神龍は争う者は善悪関係無く滅ぼすので、こうしてダイレンジャーとゴーマは戦うことが出来なくなります。
しかしゴーマの中の好戦勢力が何度も停戦協定を破りダイレンジャーを攻撃し、
ダイレンジャーも当然それに反撃し、そのたびに大神龍が襲来して双方を攻撃するという
ややこしい状況となっていきます。
これではダオス帝国の破局の二の舞になると悟った嘉挧は、ゴーマと戦うことを止めることを決意し、
ゴーマに戻ることを決めます。

実は嘉挧はゴーマの穏健派の幹部で、地球征服に反対して強硬派に追い出された身であり、
強硬派に実権を握られたゴーマの企みを阻止するためにダイ族に移ってダイレンジャーを組織していたのです。
しかし大神龍の襲来によってゴーマ内で穏健派が復権して地球征服を止めることが出来る可能性が生じたので、
嘉挧は自分がゴーマに戻ってゴーマの実権を握るべく、ゴーマの支配層と交渉し、
嘉挧がゴーマに戻れる代償に、停戦の証としてダイレンジャーを解散するということになりました。

ただゴーマ内部に強硬派の勢力は根強く、ゴーマを穏健派主導で動かそうとする嘉挧には
危険は待ち構えていることは明らかで、
そのことを亮たちが知れば、ゴーマ強硬派と戦い始める危険があり、
そうなるとゴーマ支配層との約束が台無しになると恐れた嘉挧は、
亮たちには一切事情を説明せずに自分がゴーマの幹部だと明かした上で
ダイレンジャーを解散して、亮たちの変身アイテムのオーラチェンジャーまで奪ってしまいました。

もともと亮たちは嘉挧の唱える「地球を救う正義の戦い」に賛同して、
嘉挧から与えられたオーラチェンジャーを使って転身して正義のヒーローであるダイレンジャーとなり、
嘉挧の命ずるまま戦っていましたから、
この嘉挧の背信によって自分達の正義のための戦いは無価値だったと思い、
転身出来なくなった自分達はもはやダイレンジャーではないと、ヒーローとしての自分達を否定して、
無気力状態となって各自バラバラに元の一般生活に戻って腑抜けのようになってしまいました。
まさにゴーカイセルラーを無くしてヒーローとしての自分を見失ってしまった今の鎧と同じです。

しかし亮たちは転身出来なくても、ヒーローでなくても、
それでも自分は確かにダイレンジャーであったのであり、
仲間たちはやはり仲間であり、そして嘉挧もやはり大切な人なのだと思い、
この中途半端なままダイレンジャーのことや嘉挧のことを忘れることなど出来ず、
嘉挧が妙な塔を設置していたビルの屋上が気になって5人は自然に再びそこに集まり
独自にダイレンジャーを再結成しました。

そこにゴーマ強硬派のザイドスが塔を破壊しに現れて、
その塔が、ゴーマ宮でまさに今行われている王位を賭けての嘉挧と強硬派の頭目のシャダムとの決闘における
嘉挧のパワーの源となっているので、それを破壊しに来たことを亮たちに伝えました。

嘉挧が自分達に心配かけまいと全てを背負い込んで戦っていることを知った5人は
嘉挧を守るために、転身出来なくても、ヒーローでなくても、ダイレンジャーとして戦おうと決意し、
塔を守るために生身のままザイドスに立ち向かいます。
この時に転身出来なくても自分達はダイレンジャーなのだということを示すために、
生身のままでいつもの転身後の名乗りをあえてやったのが、
伝説の47話のシリーズ初の素面名乗りだったというわけです。

そして、圧倒的戦力差にボロボロになりながらも、
ひたすら嘉挧を守るためにザイドスに立ち向かう亮たちのもとに、
嘉挧に奪われたはずのオーラチェンジャーが勝手に舞い戻ってきて、5人は転身しザイドスを倒します。
しかし一瞬のスキを突かれて塔は破壊され、嘉挧は力を失い決闘で敗死してしまいました。

このザイドスの引き起こした戦いによって再び停戦協定は破られ、
これを察知した大神龍はゴーマ宮を攻撃し始め、
そんな中、亮たちは悪の新皇帝となったシャダムを倒して嘉挧の仇を討つためにゴーマ宮に攻め込み、
最終決戦が始まります。

ところが先に倒したザイドスをはじめゴーマの幹部や前皇帝までが泥人形となって崩れ去り、
全てはシャダムが黒幕となって操っていたことが判明し、
そこに死んだはずの嘉挧の幻影が現れて、
「正義と悪は表裏一体でありお互いが争い合いながら永遠に生きていく。永遠に勝負はつかない。
愚かな戦いを止めてゴーマ宮から立ち去れ」と亮たちを諭します。

すると何故か亮たちの転身が解けてしまい、シャダムも元の姿に戻り、
ゴーマ宮は大神龍によって崩壊し、
亮は仲間たちを脱出させた後、1人残ってシャダムと決着をつけようとしますが、
シャダムもまた泥人形となって崩れ去り、亮は何が何やら分からないまま戦いは終わりました。
そしてゴーマはそのまま姿を消し、必然的にダイレンジャーも解散することとなったのでした。

ここで一旦、ダイレンジャーの物語は終わり、
その時系列の続き、およそ20年後に「ゴーカイジャー」の「199ヒーロー大決戦」映画における亮のドラマがあり、
そして今回のダイレンジャー篇の亮のドラマがあります。

この「ダイレンジャー」終盤で起きた不思議な出来事を解釈すると、
嘉挧を守るために戦おうとした亮たちはオーラチェンジャーに選ばれ、
復讐のためにゴーマを倒そうとした亮たちはオーラチェンジャーに拒まれたということになります。
そしてシャダムをはじめゴーマを動かしていた者達も、
何者かに作られて操られて悪を演じさせられていた傀儡人形に過ぎなかったのであり、
その役割を超えて悪の勝利を目指したためにその何者かに見放されて泥人形となって朽ちたのだといえます。
そして、正義と悪の戦いが激しくなると飛来して双方を滅ぼそうとする大神龍。
それらの現象は嘉挧の幻影が言っていた
「正義と悪は表裏一体でありお互いが争い合いながら永遠に生きていく。永遠に勝負はつかない」
という謎の言葉に繋がっていきます。

亮は当然、恩師の嘉挧の残した謎の言葉の意味を知ろうとして、嘉挧の師である虞翻のもとを訪ねて、
その言葉の意味を質問したはずです。
そして3000年前のダオス帝国の滅亡を経験しているほどの古株のダイ族の虞翻は、
ダオス帝国の真実を亮に語って聞かせたのだろうと思われます。

すなわち、特殊な戦う力を持つ者である正義のダイ族と悪のゴーマ族は
本来は相争い合いながら共存してバランスを保ち、
そのバランスによる安定のもと、特殊な力を持たないシュラ族、つまり一般の人々を守護していくのが、
特殊な戦う力を持つ者として与えられた宿命なのだという話です。
そして、かつてその本来の宿命を忘れて、互いを滅ぼすことに夢中となったダイ族とゴーマ族は、
双方ともに滅びることになった。
つまり、正義のヒーローの特別な戦う力も、悪の怪人の特別な戦う力も、
本来は悪を倒すためや、正義を倒すために使うべきものではなく、
人々の暮らしを守るために使うものなのです。

悪の力が人々の暮らしを守るというのも妙な話のようにも聞こえますが、
人間という存在が本来、陰陽両面から成立しており、
人間の心の半分も悪で成り立っているという思想に立てば、
悪の力もほどほどであればむしろ暮らしの役に立つといえます。
毒も容量を加減すれば薬になるわけですから、適度な悪はむしろ有用というのが東洋思想です。
そして過ぎたる正義はむしろ害悪にもなるというのも東洋思想で、大事なのは陰陽のバランスなのです。

本来のバランスをとって人々の暮らしを守るという宿命を忘れて、
そのために与えられた特別な力を間違った目的、つまり正義の貫徹、悪の貫徹に使おうとしたために、
その度が過ぎた瞬間、ダイ族とゴーマ族は大宇宙の意思によって滅ぼされたのでした。
そして現代、ゴーマが復活し、ダイレンジャーが招集されたのも、
陰陽のバランスをとるために大宇宙の意思が泥人形にゴーマを演じさせ、
また同時に嘉挧という人間を動かした結果だったのでしょう。

嘉挧はダイレンジャーを戦わせて正義と悪のバランスを維持しようとしたのだが、
大神龍の出現によって、ゴーマの暴走のせいで正義と悪のバランスが崩壊寸前にまで至っていることを悟り、
自分がゴーマ皇帝になることによって和平を実現しようとしてダイレンジャーを解散したのです。

それは嘉挧がダイレンジャーというヒーローの力は悪を倒すためではなく、
人々の暮らしを守るために使われるべきだと思っていたからです。
そして、それは大宇宙の意思に通じていた。
だから、その嘉挧の目指していることを知り、
嘉挧を守り、ひいては人々の平和な暮らしを守ろうとして生身で戦おうとした亮たちを
大宇宙の意思はヒーローと認め、ダイレンジャーとして変身して戦う力を復活させたのです。

そして大宇宙の意思は、嘉挧を殺してあくまで悪を貫徹して正義を滅ぼそうとした
シャダムおよび彼に操られたゴーマを見限り、泥人形に戻した。
そしてダイレンジャーはその役目を終えたのだと、ダオス帝国の真実を知った亮はそう解釈したのでした。

そして、そこから亮が学んだことは、
ダイレンジャーというヒーローの本質は、変身して強大な力で悪を倒すことではなく、
人々の平和な暮らしを守りたいという大宇宙の意思に従うことであったのだということでした。
人々を守りたいという想いがヒーローにとって一番大切なことであり、与えられた真の宿命なのであり、
その宿命に従う限り、ヒーローとして戦う力が失われることはない。
逆にその宿命を忘れて己のエゴのために戦うようになれば、ヒーローとして戦う力は失われてしまう。
そういうことを亮は、ゴーマとの最終決戦の実体験をふまえて実感したのでした。

ただ、1つどうしても分からなかったのが、
「お互いが争い合いながら永遠に生きていく」という嘉挧の言葉でした。
それはつまり正義と悪の戦いは永遠に続いていくという意味ですが、
しかしゴーマは泥人形となって滅び、ダイレンジャーも解散した。
確かに決着はつかなかったが、とにかく戦いは終わったのです。
だから亮にはしばらく嘉挧のこの言葉の意味が分かりませんでした。

しかし、ゴーマとの戦いが終わり、再び世界一の餃子職人を目指す生活を再開した亮は、
しばらくして再び世界に不穏な空気が満ちてきていることに気付きました。
それは悪の妖怪の跋扈によるもので、
もしその悪の勢力の極端な伸長が人々の生活を脅かすというのなら、
自分達ダイレンジャーが再び正義の力でバランスをとらねばならないと亮は思いました。

しかし、よく見ると、妖怪の悪の動きに対抗して正義の力でバランスをとっている者達の存在があることに
亮は気付きました。
それはカクレンジャーという、ダイレンジャーによく似たヒーローのチームでありました。
それを見て、亮は嘉挧のあの言葉の意味が分かったような気がしたのです。
正義と悪の戦いはこうやって永遠に続いていくのであり、
今度は自分達に変わってヒーローの宿命を負っているのがカクレンジャーなのだと理解できたのでした。

そして妖怪軍団が滅びるとカクレンジャーも姿を消し、
その後も新たな悪の侵略者が現れると新たな正義のヒーロー戦隊が
ヒーローの宿命を負って現れるということが繰り返されていくのを亮は観察し続けていきました。
正義と悪の戦いはこうして永遠に続いていく宿命となっており、
ゴーマが滅びても別の悪がまた繰り返し現れる。
それがこの世界の真実の姿だと悟った亮たちは、
一旦正義の戦士として宿命を受けた身として、
いつ自分たちに正義の側で戦う宿命が巡ってくるか分からない以上、鍛錬を怠るわけにはいきませんでした。

しかし、その宿命は毎回新たな悪が現れるたびに亮たちとは別の新たな戦士たちに下されていきました。
今回も、また今回も戦う宿命は巡ってこない。
そうした生活の中で自分達はどうやって生きていけばいいのか、亮たちは考えました。
そして、変身して戦わなくてもヒーローである以上は、
あの生身でザイドスと戦った時のように大宇宙の意思に従うべきであろうと思いました。
それはつまり自分の宿命に従い人々の平和な暮らしを守るために生きるということであり、
そうしている以上、たとえ戦う順番が回ってきていなくても
ヒーローとして戦う力は自分から離れることはないと、亮たちは考えたのです。

そうして亮たちダイレンジャーの面々は、日々の暮らしの中で人々の平和な暮らしに貢献して生きながら、
戦いの日に備えて鍛錬を重ねていくことにしました。
亮の世界一の餃子を作る夢も、単なる職人としての目標を超えて、
世界一美味しい餃子で世界の人々を笑顔にすることもまた、
ヒーローの宿命を負った者の目指すべき道だという考え方に基づくものとなりました。

もちろん現実にはまだ亮の餃子は世界一にまでは至っていません。
極論を言えば世界一の栄冠まで本当に達成することは前提とはしていません。
例えば餃子世界一決定戦に出場して優勝するとか、そういう自身の名誉を求めているわけではないのです。
「世界一」というのは「果てしない目標」というものを言い換えた言葉です。
果てしない目標に向かって永遠に研鑽していくことが大切なのです。
何故ならヒーローの戦いは永遠に続いていくからです。
ヒーローにとって一番大切なことは名誉や達成や勝利ではなく、
果てしない戦いの中で常に人々の笑顔を守りたいという気持ちを持ち続けることなのです。
それが本当のヒーローの宿命です。

だから亮はどれだけ腕を上げても「世界一を目指している餃子」を作り続け、
「世界一の笑顔」を実現するための研鑽を続け、決してその研鑽の道が終わることはない。
そのようにして亮はヒーローの生き方を体現しているのです。
だから、亮の餃子にはヒーローの一番大切なもの「人々を守りたいという気持ち」が込められており、
それは亮の「夢」であり「希望」の象徴なのです。

「199ヒーロー大決戦」映画で、人生に挫けたサラリーマンが元デンジブルーの青梅大五郎、
元デカピンクのウメコ、そして亮と出会います。
「昔は夢も希望もあったが、今はもう人生に夢も希望も無い」というサラリーマンに向かって、
3人は「今まで自分達もどれだけ悪を倒してもまた新たな悪が現れてきた。
でも今よりほんの少しでも未来を美しくしたいという気持ちを忘れたくないと思って頑張っている」と言います。
つまり「ほんの少しでも未来を美しくしたい」というのが3人の夢であり希望なのです。
これはつまり、亮たちダイレンジャーが辿り着いた「人々の平和な暮らしを守りたい」という想いと同じことです。
つまり歴代レジェンド戦隊は結局は皆、同じ「ヒーローとしての宿命」に辿り着いているわけです。

そして実際に「199ヒーロー大決戦」映画の中でこの3人のレジェンド戦士のやっていることといえば、
青梅は保育園の子供たちにアンパンを配って回ることであり、
ウメコは普通に婦警として街の犯罪を減らす努力をしています。
そして亮は「夢や希望を捨てたら人間はおしまいだ」と言ってサラリーマンに餃子を差し出して食わせて、
「俺はこの餃子を一生かけて美味くしていく」と言っているのです。

サラリーマンは思いのほか亮の餃子が美味しかったので少し元気になり、
元レジェンド戦士の3人が勝利の光の見えない果てしない悪との戦いの中でも、
そして遂に戦う力までも失った逆境の中でもなお、
人々の笑顔を守ることを希望として、ささやかに、しかし粘り強く頑張っており、
その努力を一生続けていくつもりであることを知ります。
そして、それが彼らヒーローにとって一番大切なことなのだということにサラリーマンは気付きます。

しかしサラリーマンは自分はヒーローではなく、自分にはそんな夢や希望はもう無いと思い、
まだ完全には立ち直っていませんでした。
しかし3人と出会ったことでスーパー戦隊のヒーローの本当の心を知ったサラリーマンは、
その後、強大な悪の権化である黒十字城がスーパー戦隊の抹殺と地球の破滅を目論んで
ゴーカイジャーとゴセイジャーを追い詰める中、この2戦隊が懸命に戦う姿を見て、
思わず2戦隊に声援を送ります。

青梅やウメコや亮がどうして戦う力を失っても自分の日常業務を通しての地道な世界への貢献に甘んじて、
戦えないことで絶望しないで済んでいるのか?
それは果てしない悪との戦いのサイクルの中で、
今は自分達が正義の力で戦う宿命を負う順番ではないことが分かっているからです。
今、その宿命を負っているのがゴーカイジャーであることを理解しているので、
とりあえずゴーカイジャーに任せようと思うことが出来るのです。

ウメコのデカレンジャーはこの時点で既にゴーカイジャーに「大いなる力」を託していましたし、
青梅と亮はゴーカイジャーの戦いを見て、
彼ら海賊がヒーローの一番大切なことである「人々を守りたいという夢や希望」を
自分達と同じように持っていることに気付き、「大いなる力」を渡しました。

サラリーマンがゴーカイジャーが戦っているのを見たのはその後です。
サラリーマンは3人が言っていた悪との果てしない戦いの歴史の中で今現在、
彼らレジェンド戦士たちの「人々を守りたい」という想いを継いで戦う宿命を負っているのが
ゴーカイジャーなのだと感じ、声援を送りました。

すると、その想いが彼の持っていたバリブルーンの古い玩具に込められていた、
彼自身の子供の頃の夢と希望であった「世界の人々を守りたい」という想いと共鳴し、
そしてそれが励起したレンジャーキーのパワーと結びついて巨大なバリブルーンを出現させて、
それがゴーカイオーと合体してゴレンゴーカイオーとなり黒十字城を倒したのでした。
その光景を見たサラリーマンは、自分にも子供の頃の夢や希望であった「人々を守りたい」という想いが残っており、
それは亮たち元レジェンド戦士たちと同じであり、
ならば自分も彼らと同じように粘り強く世の人々のために生きていける、
つまり昔持っていた夢と希望を実現していけるのではないかと思うことが出来たのでした。

この「199ヒーロー大決戦」に登場したサラリーマンは、
彼のヒーローとしての心が玩具を依り代として実体化したバリブルーンが
黒十字城を倒す決め手になったりして、実質的にヒーローとして機能しているキャラです。
結局、変身して戦う力があっても無くても、
ヒーローとして一番大切なこと「人々を守りたい気持ち」を理解している人は皆、
ヒーローになれる可能性はあるというのがこの映画の趣旨といえます。

そして、このサラリーマンがヒーローであるとするなら、
亮たちはヒーローを1人立ち直らせて、ヒーローとして力を発揮させたのだといえます。
そもそもどうして3人はこのサラリーマンにここまで構ったのか?
それは亮たちが世の中の人は皆、人々の笑顔を願う前向きな気持ちを持つ限り
ヒーローになり得るのだということを知っており、
世の人々は皆、自分のようにヒーローになり得る仲間なのだから、
誰かがヒーローの前向きな気持ちを無くしていたら、
ヒーローの宿命を負った先輩として、構ってあげたくなり、立ち直らせてやりたくなるからなのでしょう。

亮が鎧のことを構うのも同じことなのです。
鎧もまたこの映画のサラリーマンと同じように一般人であったが、
ヒーローの一番大切なことを理解していたからこそ、ヒーローとして戦う力を与えられたのです。
しかも映画のサラリーマンのようにあくまで一般人のまま、そのヒーローの心が奇跡を起こした者ではなく、
鎧の場合は果てしない正義と悪の戦いの連環の中で、
今回の戦いにおける正義の戦う力を振るうヒーローの宿命を背負ったゴーカイジャーの一員として
選ばれた者なのです。亮から見ればまさに後輩です。

亮はかつて自分達が正義のヒーローの宿命を誤解して、
その戦う力を自らのエゴのために使ってしまうという失敗を犯した経験上、
後輩である同じ正義の宿命を負った戦士たちが同じ過ちを犯さないよう、
先輩として見守っていこうと思ってきました。
だから今回、亮はまさにその先輩の務めを果たして、鎧のことを心配しているわけです。

そもそも今回、鎧が変身出来なくなったのは、
直接的にはザキュラにゴーカイセルラーを呑み込まれてしまったからですが、
そうなったのは鎧が浮かれまくって隙だらけの戦い方をしたからです。
どうして鎧が浮かれていたのかというと、
怪我が治って変身してヒーローとして戦えるのが久々なので嬉しかったからです。
つまり鎧はゴーカイシルバーとして変身して戦う力を自分の「悪を倒す正義のヒーロー」としての名誉欲や
自己満足感のために使ったのであり、一番大切な「人々を守りたいという気持ち」に集中出来ていなかった。
その結果、変身能力を失って、ゴーカイシルバーではなくなってしまったのです。
つまり、かつて嘉挧にオーラチェンジャーを取り上げられてダイレンジャーではなくなった亮たちと同じです。

ならば、鎧が再びゴーカイシルバーになるためには、単にゴーカイセルラーが返ってくればいいというものではない。
それは変身能力を失うほどに堕落したゴーカイシルバーに戻るだけのことであって、
そんな程度の心構えで形だけゴーカイシルバーに戻ったところで、
再び大きな失敗をして、ゴーカイシルバーの資格はおろか命まで落としかねないでしょう。

鎧が戻るべきは一番大切な気持ちを見失っていなかった頃のゴーカイシルバーであり、
そこに戻るためには、ゴーカイセルラーが戻ってくる前に、
まずはヒーローとして一番大切な気持ちを取り戻していないといけない。
亮たちがかつてオーラチェンジャーが無くてもダイレンジャーとして一番大切な気持ちを取り戻して、
生身でも人々のため戦おうとした時と同じ気持ちを、鎧も持たねばならない。
そうすれば、あの時、オーラチェンジャーが飛んで戻ってきたように、
自ずとゴーカイセルラーも戻ってくるはずです。

亮はそのように思って、鎧に自分のヒーローとして一番大切にしている気持ち
「世界一の餃子を作って世界一の笑顔をたくさん作るため、腕を磨き続ける」ということを説きました。
そうして鎧自身がヒーローとなった時に持っていたはずの一番大切な気持ちを想い出すよう促したのです。
それはもちろん「人々を守りたいという気持ち」です。
亮は鎧がそれをきっと想い出すはずだと信じていたのです。
だから、ザキュラ率いるゴーミン部隊がバザーを襲ってきた時、
亮は鎧が人々を守るために飛びだすのを一瞬待ってしまったのです。

本当は亮も飛び出したかったのだが、
亮はまず当然、鎧が飛び出すものだと思っていた。
ところが鎧が下を向いて躊躇しているものだから亮も困惑してしまったのです。
現在の正義と悪の戦いにおいて正義のヒーローとしての戦う宿命を負っているのは亮ではなく鎧なのです。
ですから、ここは鎧がたとえ変身出来なくても人々を守るために飛び出さないといけない。
餃子の話をしても、まだ鎧に迷いがあるということは亮も少し予想外で、
ここで鎧が大切な気持ちに目覚めるのを待つか、それとも、鎧はもう諦めて自分が戦うか、
一瞬、亮も躊躇しました。
そうして亮が躊躇している間に、遂に鎧が飛び出していって人々を守ろうとして戦い始めたので、
亮はホッとして、心置きなく戦い始めたのでした。

そして、まだ鎧が迷っていたことを知った亮は、
更にダメ押しで鎧にヒーローの一番大切な気持ちが何なのかを教えるため、
「転身出来なくなった俺は確かに世界を救うことは出来ないかもしれないが、
目の前の敵を見逃すほど年はとってない」と言って、
自分が20年前にヒーローの一番大切な気持ちが何だったのかハッキリ知った時に、
その証として披露した生身での名乗りポーズを、20年ぶりに再び披露して鎧に見せることにしたのでした。

そして押し寄せてくるゴーミン集団に「いくぞぉぉっ!!」と突っ込んでいき、
「タァッ!!」「イヤッハァーッ!!」「ハイーッ!!」と激しい気合いを発しながら
ゴーミン達を叩きのめしていく亮の姿を見て、鎧は呆然としていました。
鎧は亮が意外なほどに鍛錬していて、意外なほどに戦えていることに驚いていましたが、
それは鎧が勝手に亮のことを腑抜けていると思い込んでいたからであって、
元ヒーローならばこれぐらいの動きが出来るのはそんなにおかしいことではありません。
それに強いといっても、所詮は生身での強さであって、
ゴーミンには通用してもスゴーミンやザキュラには通用しない。

だから、この場で変身能力の無い亮が戦っても勝ち目は無いのです。
それでも目の前で人々が痛めつけられるのを黙って見てはいられないから亮は戦っているのだろうと、
鎧は思いました。
実際、亮は「変身出来なくなった自分は世界を救うことは出来ないが、
目の前の敵を見逃すことは出来ない」と言っています。
だから、亮が勝ち目が薄いのは承知の上で人々を守るために生身で無茶をしているのは間違いない。
そして、それは鎧も同じ気持ちでした。

ところが、ここで鎧にとって全く予想外であったのは、
いきなり亮が生身のままでリュウレンジャーの名乗りポーズを披露して
リュウレンジャー、そしてダイレンジャー全体の名乗りまで上げたことでした。

もちろん鎧は有名なリュウレンジャーの名乗りポーズは知っていましたが、
「ゴーカイジャー」の物語世界は「ダイレンジャー」47話が放送されているような世界ではありませんから、
鎧は亮たちが素面名乗りをしたことがあるとは知りません。
同様に他の戦隊の数々の素面名乗りの事実も知りません。
鎧の認識では、名乗りポーズというのは当然、変身後の戦う姿になってから行うものであって、
素面で行うものではありませんでした。
だから鎧はいきなり亮が、ここで一見全く意味の無い素面名乗りを行うのを見て、心底驚きましたが、
同時に、その亮の名乗りはあまりに堂々としていて、
鎧の目には亮は間違いなくリュウレンジャーに見えたのでした。

それはつまり、亮が1人の人間として、あるいは元ヒーローの生身の拳法家としてではなく、
あくまでリュウレンジャーとしてこの戦いに臨んでいるということです。
しかし、実際は亮はリュウレンジャーに変身しているわけではなく、
鎧同様、人々を守るためにあえて勝ち目の薄い無茶な戦いをしているだけです。
それでも亮があえて挿入する必要の無い名乗りをここで挟んだということは、
あえて自分はリュウレンジャーとしてこの無茶な戦いに臨んでいるのだということを
見せようとしているということになります。もちろん鎧に見せるためです。

つまり亮は、リュウレンジャー、すなわちヒーローとは、
変身出来なくても人々を守るために勝ち目の薄い無茶な戦いをするものだと言いたいのです。
しかし亮がそういう考え方をするということが鎧には意外でした。
亮は世界一の餃子を作りたいだけの餃子職人になってしまっていたと思っていたからです。

しかし、そこで鎧は気付きました。
餃子、餃子と散々自分はバカにしていたが、世界一の餃子というのが実際どれほど大変かということです。
おそらく本当に亮の餃子が世界一ならば、あんな小さな店の店主ではないでしょう。
実際は世界一には全く及ばない味であり、食べた人が全員笑顔になるわけでもないのでしょう。
それでも亮は世界一を目指して、自分の餃子で世界一の笑顔をたくさん作る日を夢見て腕を磨いていくのです。
それは終わりの無い、果てしない戦いであり、おそらく亮の目標が達成されることはないでしょう。
というか、そもそもどうやって餃子の世界一など決めるというのか?

だから亮は本当に世界一の称号を手に入れようとしているわけではない。
ゴールの無い、勝利の無い戦いを続けたいだけなのです。
何故か?
それは「世界の人々を笑顔にしたい」という想いを生涯、持ち続けるためです。
そして、亮はそれこそが「一番大切なこと」だと言っているのだと、鎧はようやく気付きました。

そして、その精神で亮は今、リュウレンジャーとして戦っている。
変身して強大な力で勝利することが一番大切なのではない。
亮は勝利を目指して戦っているわけではない。
勝者の称号、英雄の称号が欲しいわけではない。
ただひたすら「人々を守りたい」という気持ちを失いたくないから亮は、いやリュウレンジャーは戦うのです。
ヒーローとはそういうものであり、ヒーローにとっての一番大切なことは、そういうことなのです。

そして、鎧は亮のさっき言っていた「忘れてるんじゃないのか?一番大切なこと」という言葉を想い返します。
亮はその「一番大切なこと」を鎧が忘れているのではないか?と問いかけていたのです。

鎧はずっとさっきまで、変身出来なければヒーローではないと思っていました。
つまり、鎧にとってはヒーローにとっての一番大切なことは「変身できること」でした。
変身してスーパー戦隊の戦士の方々のように悪を倒して正義の勝利を実現するためにヒーローになりたいと
思っていたのです。
しかし、当のスーパー戦士の亮はそんな考え方ではなく、亮は鎧も本当は自分と同じはずだと言うのです。

「・・・俺がヒーローになりたかったのは・・・変身出来るから・・・?」と鎧は自分の認識を疑い始め、
自分の記憶を改めて辿りました。
自分が「人々を守りたい」という気持ちをかつて大切にしていた記憶を必死で探ります。

すると、まずトラックに轢かれそうになっていた少女を身を挺して庇った記憶が甦ってきます。
あの時、別に自分は変身も出来なかったし、何かに勝とうとか何かを達成しようとしていたわけでもない。
勝利の見込みも無い。むしろ危うく死ぬところだった。
それでも飛び込んでいったのは、ただ純粋にあの少女を守りたいと思ったからだった。
そして、その記憶が鎧にとってゴーカイシルバーの原点でした。

あの直後、不思議な夢の中で出会ったアバレキラーは
「自分の危険を顧みず誰かを守る、そういう無茶の出来ることにときめいた」と言って、
ゴーカイセルラーとゴーカイシルバーのレンジャーキーをくれて「一番のヒーローになれ」と言ってくれたのです。

どうしてアバレキラーは変身アイテムを渡してくれたのか?
自分が戦隊ファンで変身ヒーローになりたがっていたからか?
いや、そうではない。
危険を顧みず少女を守ろうとした自分を「誰かを守りたい」という気持ちを持った者だと判断し、
そういう人間こそヒーローに相応しいと判断したからだと鎧は気付きました。

そして更に鎧は工事現場で生身でザンギャック怪人と戦った時のことを想い出しました。
あの時はマーベラスにゴーカイセルラーとレンジャーキーを取り上げられていたことを忘れて
突っ込んでしまったのだが、変身出来ないことに気付いて逃げる余裕はあった。
でも、工事の人達を守りたい一心で生身で戦ったのです。
ちょうど今と同じ状況だと鎧は思い出しました。
しかし、あの時も全く勝ち目の無い戦いだった。
工事の人達を守るという目標自体、達成出来る可能性は低かった。
それなのにどうして自分は無茶な戦いをしたのか?

それは、あの時、自分はマーベラス一味の仲間として認めてもらえる
「何か」を示さなければいけない立場であったからです。
そしてまた、アバレキラーの言ってくれた「一番のヒーローになれ」という言葉を裏切りたくなかった。
それらの答えが「工事の人達を守ろうとする気持ちを諦めない」ということだったのです。
ゴーカイジャーの一員となり一番のヒーローになるということは、
勝ち目は薄くてもその場の人達を守るために逃げないことだと思ったのです。

どうしてそれが答えだと思ったのかは分かりませんが、
鎧はとにかくその時そう考えて無茶は承知で生身でザンギャックに部隊に立ち向かった。
そしてその結果、マーベラス一味の仲間入りを認められて、ゴーカイセルラーを返してもらい、
再びゴーカイシルバーに変身出来るようになった。
そう、あの時もまた、鎧にとってはゴーカイシルバーとしての原点であったのです。

それらの記憶に思い至って愕然としている鎧に向かって、
周囲のゴーミンを蹴散らした亮が「鎧くん!!」と大きな声で呼びかけます。
鎧はハッとして亮の傍に駆け寄り、「思い出しました!一番大切なこと・・・」と言います。
そして、真っ直ぐ鎧の方に向き合って話を聞く亮に向かって鎧は
「俺がヒーローになりたかったのは・・・皆を守りたかったからです!・・・
変身出来るとか、出来ないとか、そんなの関係ない!!」と叩きつけるように叫ぶのでした。

鎧は自分がヒーローとして一番大切にしていたことが、
変身ヒーローやスーパー戦隊の名声や栄誉などではなく、
どんな逆境でも「人々を守りたい気持ち」を持ち続けることであったことをようやく想い出したのでした。
亮はそれが自分をはじめ歴代スーパー戦隊の戦士たちと同じである気持ちを確信し、
鎧の顔を見て力強く頷くのでした。

そして鎧は、自分がこのヒーローとして一番大切なことに最初に気付いた時、
すなわち、あの工事現場の戦いの時、その決意を自分に刻み込むために、
亮がさっきやったような素面名乗りをやっていたことを想い出しました。
あの時は素面名乗りが亮のようなレジェンド戦士たちにどういう意味がある行為なのか分かっていませんでしたので、
自分だけの一時だけの思いつきの行為だと思っていた鎧ですが、
こうして亮の素面名乗りを見て、そこにレジェンド戦士の一番大切なことへの覚悟が込められていると知り、
改めて自分も素面名乗りをして覚悟を再度、今度は二度と忘れないように自分に刻み付けようと思いました。

あの時はまだゴーカイジャーへの加入を認めてもらっていなかったので
「〜の予定」とかいう余計なフレーズが入っていましたが、今回は正式な素面名乗りです。
鎧は一歩前へ出て、ザキュラ達の方を睨みつけると、
「ザンギャック!!俺が海賊戦隊6人目の男!伊狩鎧!!」と叫び、
そして、鋭く右腕を前で折り曲げて突き出してから、
「またの名を・・・ゴオオオオオカイ!シルバアアアアッ!!」と、いつもの変身後の名乗りポーズよりも複雑な、
拳法の動きを採り入れたようなダイナミックな名乗りポーズを披露したのでした。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 22:25 | Comment(2) | 第33話「ヒーローだァァッ!!」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月29日

第33話「ヒーローだァァッ!!」感想その5

ザンギャック部隊を前に立て続けに素面名乗りを披露した亮と鎧に対して、
行動隊長のザキュラは彼らがスーパー戦隊の戦士だということはよく分かっていませんから、
単に一般人が粋がって何か吼えているだけだと思い、「やれぇ!」とゴーミン達をけしかけます。

こうして亮と鎧が生身アクションでゴーミン達と戦う場面となり、
ここで亮はなんとなんと、シシレンジャー大五の獅子拳やテンマレンジャー将児の天馬拳を披露します。
動きのコピーだけでなく、大五の「ヤァ〜ッ!!」、将児の「ヤッハーッ!!」という
それぞれのキャラ独特の掛け声までコピーして披露するのですから芸が細かい。
そして、その獅子拳の動きにシシレンジャーの変身後スーツでの同じアクションポーズ姿がオーバーラップし、
天馬拳の動きにテンマレンジャーの変身後スーツでの同じアクションポーズ姿がオーバーラップします。
そして当然、亮自身の得意拳法である赤龍拳の型も披露し、
ここにも再びリュウレンジャーの変身後スーツでの同じアクションポーズ姿がオーバーラップします。
ちなみに亮のキャラ独特の掛け声は先ほどから多用されている「ハイーッ!!」というやつです。

このダイレンジャーの生身アクションシーンの優遇っぷりは、
「ダイレンジャー」という作品がシリーズにおけるアクション随一の作品とされるからというより、
ここはもう純粋に和田氏のアクションの素晴らしさに対するリスペクトによるものでしょう。
ここの演出は、まさに「ゴーカイジャー」という尺が常にキツキツの作品において最も忌避される
「必然性の無さ」の極みといえます。

今回のエピソードにおいて、リュウレンジャーはともかく、
ここでシシレンジャーやテンマレンジャーを出す必然性は全く無い。
だから、ここでは余計なことをしているのです。
実際は和田氏はこのシーンの撮影時にはキリンレンジャー知の麒麟拳や、
ホウオウレンジャー・リンの鳳凰拳も同様にコピーして披露しておられたそうですが、
さすがにその2つは編集時にカットされてしまったようです。

それはつまり、それは和田氏のアドリブであり、
本来制作陣がこのエピソードに求めていた必然性のある要素ではないのです。
だから本当なら獅子拳も天馬拳もカットされて当然のはずです。
ところが、それでも、本来は不要なはずなのに、獅子拳と天馬拳の場面は残り、
しかもスーツアクションのオーバーラップ演出まで追加されている。
これは、和田氏のアクションがあまりに素晴らしいことに制作陣も敬意を表さざるを得なかったからでしょう。

しかし、それだけではない。アクションだけがリスペクトの理由ではなかったはずです。
それはやはり和田氏の「ダイレンジャー」という作品、
そしてダイレンジャーの共演者仲間への強い思い入れへの敬意でしょう。
「ダイレンジャー」という作品は、シリーズで初めて「戦隊メンバー全員が主役」という設定の作品で、
それゆえか非常にメンバーを演じた役者さん達の結束力が強く、
誰か1人だけでダイレンジャーを代表するという発想にならないのでしょう。

だから今回の亮の素面名乗りが単なるリュウレンジャーの名乗りではなく、ダイレンジャーの全体名乗りまでやり、
そしてこうしたアクションシーンでの技のコピーによる「全員出演」にこだわったのではないかと思われます。
そうした和田氏の熱意が「ゴーカイジャー」制作陣にも、
同じスーパー戦隊シリーズを愛する者同士の共感を呼び、こうしたシーンが成立したのだと思います。

一方、鎧の方も、というか池田くんの方も、相変わらずバック転からの回し蹴りなど、
第18話の工事現場での自らの生身アクションを自らオマージュするかのような、
いかにも鎧らしい素晴らしいアクションを披露し、
ゴーミン達を蹴散らすとザキュラ目がけて突進します。
亮もゴーミンを片付けると鎧と一緒にザキュラ目がけて突っ込みます。
遂に2人は生身のままゴーミンを全部片付けてしまったのです。

しかし、突っ込んでくる2人に対抗させるべく、ザキュラはスゴーミン3人を自分の前に壁のように立たせます。
そこに向かって鎧と亮の2人は躊躇なく突っ込んでいき、
高々とジャンプして「ハイーッ!!」と叫び、ライダーキックのような飛び蹴り、
しかしこれがスゴーミンの屈強な腕に弾き返されて、2人は吹っ飛ばされます。

それでも2人は立ち上がり「まだまだぁ!!」と再び突っ込み、スゴーミン3人を相手に戦いを挑み、
亮がスゴーミンを食い止めて「いけぇ〜っ!!」と指示をすると、
「はいっ!!」と応じた鎧は遂にスゴーミンの壁を突破して「うおおおお!!」とザキュラに向けて突っ込みます。
第18話の生身アクションではスゴーミン相手に全く歯が立たなかった鎧ですが、
ここは亮のサポートもあるとはいえ、遂にスゴーミンにも勝ってしまったのでした。

そして果敢にザキュラに向けて攻撃を繰り出しますが、
さすがに行動隊長クラスに生身のパンチやキックの攻撃は全く効かず、
腕を掴まれて捩じられ、倒された鎧はザキュラに踏みつけられて大ピンチとなります。
そこに、なんと生身でスゴーミン3人を退けた亮が、鎧を助けるため突っ込んできて、
ジャンプして突きをザキュラに叩き込もうとします。
しかしザキュラが放った電撃を浴びて、亮は突きを叩き込むことは出来ずに逆に吹っ飛ばされてしまい、
絶叫を上げて地面を転がります。
ここの和田氏のやられアクションは素晴らしい。アクション俳優の貫録のやられっぷりです。

そしてザキュラは「よくも邪魔しやがってぇ!!」と鎧を放り上げて落ちてきたところを触手で弾いて、
亮の倒れている方に向けて弾き飛ばします。
ここも最後の吹っ飛んで地面に叩きつけられる部分は池田くんが生で演じており、
さすが和田氏の前で手は抜けないとばかりの気合いの入ったやられアクションを披露してくれます。

倒れたまま呻いて立ち上がれない亮と鎧に向けて、
ザキュラは「よし!トドメだ!!」とスゴーミン3人に砲撃を浴びせて2人を殺そうとします。
健闘はしたものの、やはり絶体絶命の状況となってしまった2人、
もはやダメかと思われた瞬間、
2人を撃とうとしたスゴーミンが逆に何者かに銃弾をハチの巣のように浴びせられて後退してしまったので、
ザキュラは驚き、スゴーミン達と折り重なるように倒れてしまいます。

そこに現れたのは横一列に並んでゴーカイガンをぶっ放しながら歩いてくるマーベラス達5人でした。
まぁ考えてみればマーベラス達はこの近辺で
ザキュラやその配下が暴れた時に発するザンギャック反応を追跡して走り回っていたわけですから、
これだけ長い間、鎧と亮を相手にザンギャック部隊が暴れていれば、
余裕でこの場にやって来るのは火を見るよりも明らかでした。
しかし、これまでのところはザキュラに間一髪逃げられてばかりだったマーベラス達は、
こうして鎧と亮が生身で戦って時間を稼いでくれたおかげで、
遂にザキュラを追い込むことが出来たのだとも言えます。

クルクルッとゴーカイガンを回して肩に担いだマーベラスは
「・・・まったく地球人ってヤツは・・・どいつもこいつもムチャクチャな奴だな!」と呆れたように言いながら、
倒れている鎧と亮の横を通って前に出ます。
ハカセとアイムは鎧と亮を助け起こし、
鎧は「マーベラスさん!」、亮は「ゴーカイジャー・・・」と言います。
2人ともマーベラス達が間一髪のところで現れたのかと思ったようです。

しかしマーベラスは「うちの見習いが世話になったなぁ・・・」と、亮の方に少し振り向いて言います。
以前に明石暁と会った時には彼と黒十字王との戦いの際のレンジャーキー空間で出会っていたことを
すぐに想いだせなかったマーベラスですから、
今回もあの時同じようにレンジャーキー空間で顔を見ただけの亮のことを
一瞥しただけで想いだせるはずもなく、
マーベラスが先ほどからの亮の素面名乗りあたりからこの戦いを見ていたことが分かります。

そんなに前から見ていたのにどうして早く乱入しなかったのかというと、
なんとなく悪態をつきながらマーベラスの顔が嬉しそうであったことから推察できるように、
マーベラスはどういう事情なのかはよく分からないながらも
鎧がマーベラスが仲間入りを認めた時の、変身出来なくても、どんな劣勢でも、
怪人相手に果敢に戦う気概のある鎧に戻っていることが嬉しくて、つい見入ってしまっていたのでした。
そして、鎧を立ち直らせてくれたのが、
どうやらこの元ダイレンジャーの男であることを理解したマーベラスは
ぶっきらぼうながら、誠意をもって礼を言ったのでした。

これに対して、立ち上がった亮は「気にすんな!これも先輩の務めってやつだ・・・」と、
同じく隣で立ち上がった鎧の方を見ながら笑顔で応えます。
亮としては礼を言われる筋合いのことではない。
果てしなく続く正義と悪の戦いの中で、かつて正義の戦士として戦う宿命を負った男が、
今その同じ宿命を引き継いで背負うことになった後輩のことを見守るのは当然の務めであったのです。

当然、亮から見ればマーベラス達5人も同じ意味での後輩ですが、
マーベラス達のことは黒十字王との戦いの際の彼らを見て、
亮はマーベラス達が「人々を守りたいという気持ち」というヒーローの一番大切な要素を、
「自分の守りたい物を守りたい」という形で一番大切にしており、
彼らが地球や地球の人々を守りたいと思うようになっていることを見てとって信頼しています。

「あとは私達にお任せください!」とアイムがレンジャーキーを取出し、
5人は「豪快チェンジ!!」と、ゴーカイジャーに変身します。
そして、スゴーミン達と共によろめきつつ起き上がってきたザキュラを見ながら、
素早く更なる豪快チェンジをしながら「行くぞ!」とダッシュして、
走りながらゲキレンジャーに変身します。
そして高速移動で一気にスゴーミン3人を弾き飛ばしつつ、一気にザキュラに肉薄します。

ゲキレンジャーへの豪快チェンジは前回に続き2回連続で、
そういう意味では不自然な優遇っぷりのように見えますが、
前回は噛ませ犬扱いであったので今回は名誉挽回のために登場という意味もあるのでしょう。
また、ダイレンジャー回なので拳法戦隊繋がりということもあるのでしょう。

しかしアクション的な必然性はちゃんとあります。
まず、さっきから追い詰めようとするとザキュラに姿を消されて逃げられてばかりだった5人は、
まずはザキュラが姿を消す術を使うヒマも与えないほどのスピードでザキュラの懐に入るため、
身体能力に優れた獣の力を持つゲキレンジャーの高速移動能力を使ったのです。
しかしスピードだけならゲキレンジャー以外にも優れた戦隊はあります。
ゲキレンジャーをチョイスした真の理由はここから示されるのです。

「あいつのお腹を狙うよ!」と言って、ゲキイエローの姿のルカは、
ゲキチョッパーの姿のアイムと共に、執拗にザキュラの下腹部、無限胃袋のある辺りに
突きや肘打ちを連続して叩き込みます。
続いてゲキブルーの姿のジョーと、ゲキバイオレットの姿のハカセも
ザキュラの下腹部ばかりを狙って、蹴りの連射を叩き込みます。

つまり、5人は最初のザキュラとの戦いの際に、
ザキュラが自分の下腹部の胃袋のあたりを何度も叩いて胃の中の食物を吐き出して攻撃してきたのを覚えていて、
下腹部を軽めの攻撃で何度も叩けば、
ザキュラの胃袋から食物と一緒にゴーカイセルラーも飛び出してくるだろうと読んでいるのです。
そのために打撃系の攻撃の特に巧みな戦隊であるゲキレンジャーがチョイスされたのです。

一方、ザキュラは自分がゴーカイセルラーを呑み込んでいるという自覚も無いので、
どうしてゴーカイジャーが自分の腹に軽い攻撃を繰り返してくるのかよく分からないまま、吐き気を催してきます。
そして、トドメとばかりにゲキレッドの姿のマーベラスがザキュラの腹に突きと肘を叩き込んだ後、
両掌をザキュラの腹に当て、そのマーベラスの背にルカとジョーが掌を当て、
ルカとジョーの背にハカセとアイムが掌を当てます。
その態勢で「激気注入!!」と、やや力をセーブした激気を全員がマーベラスの掌に集束して
胃袋上部に叩き込むと、遂にザキュラは耐えきれず、
胃の中の食物を全部、猛烈な勢いで吐き出してしまったのでした。

その放物線を描いて舞い上がった吐瀉物の中に、ゴーカイセルラーが混じっており、
飛んできたゴーカイセルラーは戦いを見守っていた鎧の手の中に飛び込んできたのでした。
鎧は驚きつつゴーカイセルラーを受け止め、
「ああ!・・・おかえり俺のゴーカイセルラー!」と、感極まって叫びます。
ゴーカイセルラーが戻ってきて嬉しいという気持ちはもちろんありましたが、
それ以上に鎧はゴーカイセルラーに謝って泣き出したい気分でした。

ゴーカイセルラーを無くしたことで亮と出会い、亮の言葉や戦いに触れることによって、
鎧は自分がゴーカイセルラーを手に入れてゴーカイシルバーとなった経緯を改めて想い出したのです。
そして、その経緯の中で、アバレキラーに代表されるレジェンド戦士の方々や、
マーベラス一味の仲間たちから、どれほど自分の「人々を守りたいという気概」が認められて、
期待されたからこそゴーカイセルラーが与えられていたのかということが鎧は分かったのでした。

それなのに、自分は何時の間にかそのヒーローに一番大切な気持ちを忘れて、
自分がヒーローとして活躍してスーパー戦隊の一員という名声を得ることばかりに夢中になってしまっていた。
ゴーカイセルラーに込められた、多くの人達の想いを自分は裏切ってしまっていたのです。
だから自分には再びゴーカイセルラーを手にしてゴーカイシルバーに変身する資格などは無い。
ヒーローの資格も無い。だからゴーカイシルバーは自分の手から離れていったのだと、
鎧はさっき戦いながら思っていました。

自分は失っていたヒーローの一番大切な気持ちをようやく想い出したばかりであり、
また少しずつゴーカイシルバーに相応しいヒーローになれるように一歩一歩、
亮が果てしなく餃子を作り続けるように自分も果てしないヒーローの道を歩んでいこう。
そう思っていた矢先にゴーカイセルラーが自分の手の中に飛び込んできたのです。
もう会えないと思っていた家族に会えたかのような嬉しさがある反面、
鎧はまずはゴーカイセルラーやゴーカイシルバー、そこに込められた多くの人々の想いに
懺悔し、償いたい気分でした。

そこに背後に立つ亮から
「守るんだろ!?みんなを・・・ゴーカイシルバーとして!・・・ヒーローとして!!」という一喝が飛んできて、
鎧の背に突き刺さったのでした。

それを聞いて鎧はハッとします。
確かにさっき鎧は「みんなを守りたいからヒーローになりたかった」と言いました。
その鎧の想いをヒーローの一番大切な想いだと認めて、
皆が鎧に授けたのがゴーカイシルバーというヒーローの力なのです。
その大切な「みんなを守りたい」という想いに再び気付いた鎧に、
こうして再びゴーカイシルバーの力は舞い戻ってきて授けられた。
ならば、自分はゴーカイシルバーの力でみんなを守るために戦う宿命からもう逃れることは出来ないのだと
鎧は気付いたのでした。

いや、人々を守るために戦うのならば、今の鎧でも、亮でも、変身出来なくても戦うことは出来る。
しかし、さっき亮は「転身出来なくなった俺は地球を救うことは出来ない」と言いました。
ならば、変身して戦えるゴーカイシルバーの力を与えられた鎧は
より多くの人々を守り、ひいては地球を救う宿命から逃れることは出来ない。
かつてその宿命を背負っていた者である亮が、果てしない戦いの中で鎧をその宿命を引き継ぐべき者と認め、
その宿命を引き受けるよう檄を飛ばしてきているのです。
鎧にその宿命から逃れられるはずもありません。
ゴーカイシルバーというヒーローに鎧が懺悔や償いをするというのなら、
ゴーカイシルバーの宿命を果たしていくことで償っていくしかないのです。

鎧は亮の檄に背中を押されるようにキッと前を向きます。
ヒーローは果てしない戦いの中で何かを守り救っていく宿命を負う者であり、
変身能力など強大な力を与えられたヒーローはより大きな何かを守り救わねばならない。
そのことが分かった上でアバレキラーはゴーカイシルバー伊狩鎧に向かって
「一番のヒーローになれ」と言った。

それを想いながら、鎧は目の前で戦うマーベラス達の姿を見て、
既に自分がその「一番のヒーロー」の背負うべき宿命の解答を得ていたことに気付きました。
それは、マーベラス一味に入った時に誓った
「ザンギャックを倒し、宇宙全体を平和にする」ということ、
すなわち「宇宙を救う」ということがゴーカイシルバーの背負うべき宿命でした。

鎧は1人、力強く頷くと、ゴーカイセルラーにゴーカイシルバーのレンジャーキーを挿入し、
「豪快チェンジ!!」と掛け声をかけて、ゴーカイシルバーに変身し、
ゴーカイスピアを手にして大きく跳び上がってザキュラの前に着地しながら斬りおろし、
更にゴーカイスピアを振るってザキュラを吹っ飛ばします。
そこにゴーカイジャーの姿となってやってきたマーベラス達に向かって鎧は
「皆さん!ありがとうございます!」とゴーカイセルラーを取り戻してくれたことに感謝の言葉を述べ、
「改めまして!ゴオオオオオカイ!シルバアアアアッ!!」と、いつもの変身後名乗りをします。
それを受け、6人全員で「海賊戦隊!ゴーカイジャー!!」と名乗りを上げるゴーカイジャーの姿を見て、
亮は満足そうに笑みを浮かべるのでした。

遂に6人揃ったゴーカイジャーに対してザキュラは「お前らなんかに負けるかぁっ!!」と、
新手のゴーミン達にバズーカを撃たせて攻撃してきますが、
ここでゴーカイジャーは爆炎の中でダイレンジャーに豪快チェンジします。

今回はダイレンジャー篇ですから、ここは当然、「ダイレンジャー」のOPテーマのインストバージョンが流れます。
一方、変身エフェクトの方は、いつもの豪快チェンジのように
モバイレーツからダイレンジャーとキバレンジャーの紋章が飛び出してくるだけで、
他のレジェンド回の当該戦隊変身エフェクトに比べて地味な印象ですが、
これは別に手を抜いているわけではなく、
そもそも「ダイレンジャー」本編の変身エフェクトもこんなもんなのです。
だから結構オリジナルに近いといえます。
ダイレンジャーの場合、変身後の名乗りシーンが強烈なインパクトなので
変身エフェクトは割とシンプルだったのでした。

ここで各自の変身ですが、一応書きますと、
マーベラスがリュウレンジャーに、ジョーがテンマレンジャーに、ルカがキリンレンジャーに、
ハカセがシシレンジャーに、アイムがホウオウレンジャーに、鎧がキバレンジャーに変身します。
ちなみにダイレンジャーは戦士名に色名が入っていないので分かりにくいですが、
鎧を除くゴーカイジャーの各自は完全に自分のパーソナルカラーと一致した変身をしています。
鎧の場合だけ自分のパーソナルカラーは銀色ですが、変身したキバレンジャーは白の戦士です。

その鎧が右手を高々と上げて「天に輝く!五つ星!」と音頭をとって、
それから全員で「五星戦隊!ダイレンジャー!!」と、全体名乗りは再現します。
ダイレンジャーの場合、「全員が主役」というコンセプトなので、
この全体名乗りの最初の音頭を各エピソードの主役キャラがとるというのが特徴で、
今回もそのフォーマットを踏襲して、今回の主役である鎧が音頭をとるわけです。

しかし、この全体名乗りですが、ハカセのシシレンジャーが相変わらずコミカルな動きをして、
せっかくのカッコいいシーンが台無し・・・いや、面白いからいいんですが。
それにしてもオリジナルのシシレンジャーはダイレンジャー随一の二枚目キャラなので、違和感が凄い。
またもや渋いキャラがハカセ、というか竹内さんの犠牲になってしまったようです。

この「オリジナルキャラがどうであれハカセにあくまでコミカルなアクションをさせる」という演出方針は、
多分嫌いな人もいると思いますが、私個人としては賛成です。
好きか嫌いかでいうと、確かに思い入れのあるキャラの場合は不愉快になることも無いではないのですが、
あくまでこの作品が今の子供たちを対象として、あくまでゴーカイジャーを活躍を見せるための作品である以上、
ハカセのキャラを活かそうとする演出が正解なのだと思うのです。
ハカセ以外のキャラもちゃんとキャラの特徴を出しているという点では同じなのですが、
ハカセだけが違和感が目立ってしまっているのは、
それだけハカセというキャラが歴代戦士の中に埋没しない独特のものだということであり、
それは制作陣としては誇るべきところだと思います。

ここで戦闘開始となり、ダイレンジャーに変身したマーベラス達とゴーミン達の戦いの場面となります。
ここでは個人武器を使ったアクションが披露されます。
マーベラスはリュウレンジャーの個人武器である赤龍双龍剣という二振りの剣を振るっての二刀流アクションですが、
ここは身のこなしが亮のものよりかなりマーベラス風になっています。

そしてジョーはテンマレンジャーの個人武器である天馬両節棍というヌンチャクではなく、
共通装備の剣スターソードを使った剣術アクションを披露します。
これは普段のジョーの西洋剣術風ではなくかなり中華武術風の動きですが、
それでもあくまで剣にこだわるあたりジョーらしさが表現されているといえます。

続いてハカセはもうこれはオリジナルのシシレンジャーの面影は全く無いコミカルアクションです。
シシレンジャーの個人武器は獅子棍棒という棍なのですが、
ここではハカセは緑色のロープでゴーミン達を縛り上げてピコピコハンマーで殴っていくという、
全くのオリジナルアクションを披露します。

一方、ヒロイン2人の方は割とオリジナルに近い動きで、
まずルカはキリンレンジャーの個人武器である麒麟九節鞭というムチ状の武器を振り回しますが、
キリンレンジャーの知のキャラもルカのキャラも共にかなり個性的なので、
ここは完全にルカのアクションとなっています。
片やアイムの方は槍鳳凰というホウオウレンジャーの個人武器の短槍を流麗に振り回すアクションは
オリジナルのホウオウレンジャーに酷似しています。

こうして見てみると、今回のレジェンド回ダイレンジャーアクションは、
全体的にはどうも他のレジェンド回の時よりも
ひときわオリジナルから遠いものをあえて志向しているように思えます。

そもそもダイレンジャーのオリジナルのアクションは、この個人武器アクションはあまり使われず、
むしろ素手の拳法アクションや、奇想天外な気力技アクションの方がメインでした。
だから、ここではどうもオリジナルとは違うものを見せようとしているように思います。
何故オリジナルと違うものを志向するのかというと、
むしろそれがダイレンジャーのアクションに対するリスペクトの徴なのかもしれません。

これはシンケンジャー篇やデカレンジャー篇の時にも感じたことですが、
ダイレンジャーなら拳法アクション、シンケンジャーなら剣術アクション、
そしてデカレンジャーならガンアクションなど、
1つのジャンルで最高峰に達してしまった戦隊のアクションは、
あえてその同じ方向性では勝負しないようにしているっぽいのです。

それはオリジナルを「超えることが出来ない」から、というよりは、
「超えてはいけない」という意識が存在するように思います。
いや、もっと厳密に言えば、オリジナルを超えようという対抗意識が勝ちすぎるというのが、
「ゴーカイジャー」という作品のアクションのコンセプトではないとして戒められているのだと思います。
単にコピーするだけという安易な道よりも、
オマージュしながらゴーカイジャーのアクションを作ることにこだわっているのでしょう。

鎧のキバレンジャーは「いくぜ白虎神剣!」と叫んで、
キバレンジャーの個人武器である白虎神剣を振り回してゴーミン達を倒していき
「ギンギンにいくぜ!!よっしゃあ!!」と決めます。
そこにマーベラス達5人がやって来て、今度はダイレンロッドを出します。
これは5人各自の共通装備の長い棍で、
先端にヤイバーという各自バラバラの形のアタッチメントがついています。
本編でもこのダイレンロッドを使ったアクションは多用され、
長ものを振り回すアクション特有の派手で流麗な動きで視聴者を魅了しました。

が、ここはあっさり目で、5人がダイレンロッドを振りかざしながら
スゴーミン達とザキュラのところに突っ込んでいって、一撃をお見舞いしていくという簡単な演出となります。
バックが夕景というのがダイレンジャーっぽいとは言えますが。

そして、鎧は「吼新星!乱れやまびこ!!」と叫んでザキュラに白虎神剣の一閃をお見舞いします。
しかし、この技は本来は破壊音波で敵を攻撃する技であり、
ここではそれとは異なり、単なる剣技のようになっています。
このあたりも、あえてオリジナルから遠いものを志向している印象です。

ここで鎧はゴーカイシルバーの姿に戻り「一気に決めましょう!!」と、ゴールドモードにチェンジして、
豪快レジェンドリームでスゴーミン3人を一気に撃破します。
そして同じくゴーカイジャーの姿に戻っていた5人も、マーベラスの「こっちも決めるぜ!!」という号令のもと、
ゴーカイバックルを開きます。
すると、そこから飛び出した5色の5つの光が空中で集まり、ゴーカイガレオンバスターになったのでした。

これはつまり、前回完成したゴーカイガレオンバスターがレンジャーキー同様、
カーギーロードを通って現れたということです。
今までもゴーカイガンやゴーカイサーベルが突然出現していましたが、
あれも要するにゴーカイバックルから取り出していたのであり、
ガレオンの武器庫もカーギーロードでゴーカイバックルに繋げてあるのでしょう。
こうして出現させたゴーカイガレオンバスターを発射し、マーベラス達はザキュラを倒したのでした。

ギガントホースでその模様を見ていたワルズ・ギルはまた指令室で食事中でした。
今度はすっかり食欲が出て、たっぷりの料理をテーブルいっぱいに乗せて、
さぁ食べようかとしていた矢先、ザキュラが倒される映像がモニターで映し出され、
手にしていたナイフとフォークを落としたワルズ・ギルは、
また急に食欲も無くなるほどの怒りに襲われて
「うおおおお!!」と叫んでテーブルの上の料理を全部床にぶちまけ、「インサーン!!」と怒号を発します。
それに「お任せください」と応えてインサーンは巨大化銃を発射し、
ザキュラとスゴーミン3人は復活巨大化して暴れ始めます。

これにゴーカイオーと豪獣神で立ち向かうゴーカイジャーでしたが、
ここで意外にスゴーミン達が良い働きをして、ゴーカイオーと豪獣神の動きを封じて、
ザキュラがゴーカイオーと豪獣神をメッタ打ちします。
それを見上げて亮が「ゴーカイジャー!!ダイレンジャーの大いなる力を使うんだ!!」と叫ぶと、
ゴーカイオーのコクピット内で5人のゴーカイバックルからダイレンジャーのレンジャーキーが飛び出してきて
例の如く光を発し、それを握り取ったマーベラス達は「分かった!」とコクピットにそれらを挿入、
するとゴーカイオーの胸部から気力の炎が出現し、
「豪快豪獣気力ボンバー!!」という掛け声のもと、その炎が発射されて豪獣神を包み込み、
更にゴーカイオーもその中に入り、気力の炎を纏った豪獣神とゴーカイオーが
スゴーミン達目がけて猛烈な勢いで突っ込み、一気にスゴーミン3人を倒します。

そして最後に残ったザキュラに対して、
いつも通り、ハリケンゴーカイオーにチェンジしてから、ゴーカイ風雷アタックでトドメを刺します。
ザキュラは分身して襲い掛かってくる風雷丸を全部口を開けて吸い込みますが、
結局、内部から無数の風雷丸の持つ手裏剣でお腹を破られて、爆発して果てたのでした。

エピローグは戦いが終わった後、
無事開催したバザー会場の一角で、テーブルを囲んでいるマーベラス一味に
亮が「お待ち!」と自分の屋台の餃子を差し入れするシーンです。
「いただきまぁす!」と大喜びのマーベラス一味に亮は
「ささ、たくさん食べてくれよ!」と大皿に山盛りの餃子を勧めます。

飢えていたのか、さっそく餃子にむしゃぶりつく一同ですが、
反応は上々で、ルカは一口食べてすぐに「う〜ん!すっごく美味しい!」と感激し、
マーベラスも口いっぱいに餃子を頬張りながら「ああ!気に入った!」と偉そうに褒めます。
そしてジョーは「・・・美味いっ!」と何故か亮を見つめてマジ褒め。よほどジョーの口に合ったようです。
しかし最近ちょっとジョーがおもしろすぎます。

それにしてもグルメのマーベラス一味をここまで感動させるとは、
さすがに世界一を目指しているだけあって、亮の餃子はかなり美味しいようです。
皆の反応に亮が鼻高々になって「そりゃあ、うちの餃子は・・・」と言いかけたところ、
亮の横で鎧が立ち上がって「世界一!・・・ですよね?フフッ!」と、
亮の言おうとしたことを先回りして言ってしまいます。

やや調子に乗り過ぎの鎧に対して亮の肘打ちの制裁が軽く入って「あいてっ!」と痛がる鎧に向かって、
急にシリアスになって亮は「いつまでも忘れるな・・・一番大切なことを・・・みんなを守りたいっていう想いを!」と、
鎧の目を見て言い、鎧も真面目な顔になって亮の目を見つめ、「・・・はい!」と力強く頷くのでした。
しかし、戦いの場面でこういう感じの熱い2人の遣り取りは既に十分に堪能した視聴者としては、
ここの遣り取りはやや蛇足の印象・・・と思ったら、
亮は鎧が頷くと、笑顔で鎧の肩を叩き、「・・・で、いいのか?食べなくても・・・無くなっちまうぞ?」と、
テーブルの方を指さします。

すると、なんとテーブルの上に乗った大皿の中の餃子は亮と鎧がマジ話をしている間に
マーベラス一味の5人によって食い散らかされて、もう2個しか残っていません。
その2個も、「ちょっとぉ!皆さん!俺の分、残しといてくださいよぉ!」と慌てて鎧が叫ぶ間に
ルカとハカセに食われてしまい、全部無くなってしまいます。
亮が鎧にいきなりマジな話をしたのは、その間に皿の餃子が食い尽くされていくのを見越して、
鎧に餃子を喰わせないという、ちょっとした意地悪をして、からかうためであったのでした。
まぁ「ダイレンジャー」という作品は基本は熱い作品ですが、ユルいところはやたらユルい作品だったので、
今回のやたら熱いエピソード、こういうエピローグもアリでしょう。

なお、これで今回の「ゴーカイジャー」のダイレンジャー篇は終わりですが、
実は「ダイレンジャー」の物語は、他のシリーズ作品とは違って、
このダイレンジャー篇が最終回の後日談ではありません。
「ダイレンジャー」の最終回は、先述のゴーマが滅びてダイレンジャーが解散したところで
ラストシーンではないのです。

ダイレンジャー解散の約20年後に今回の「ゴーカイジャー」のダイレンジャー篇のエピソードがあり、
その更に30年後の出来事が「ダイレンジャー」最終回の最終パートで描かれています。
つまり、「ダイレンジャー」の物語の最終盤は、
最終回の最終パート前のダイレンジャー解散から、
一旦「ゴーカイジャー」の劇場版映画「199ヒーロー大決戦」、そして「ゴーカイジャー」第33話を経て、それから再び「ダイレンジャー」最終回の最終パートに戻るわけです。

その「ゴーカイジャー」第33話の30年後の場面、何が描かれているかというと、
ダイレンジャー解散50周年の同窓会に集まった70歳代になった亮たち、元ダイレンジャーの戦士5人は、
突然ゴーマが復活したことを知り、暴れるゴーマ怪人を見に行くと、
そこに亮たち5人の孫(亮たちそっくり)が現れてオーラチェンジャーでダイレンジャーに転身し、
ゴーマと戦い始めるのを見るのです。
つまり、再びダイレンジャーがゴーマの侵攻に対して立ち向かう宿命を負う日がやってくるのです。
そして、その時、亮は50年前の嘉挧の
「お互いが争い合いながら永遠に生きていく」という言葉の真の意味を悟ることになるのです。 にほんブログ村 テレビブログ 特撮へ
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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 22:16 | Comment(0) | 第33話「ヒーローだァァッ!!」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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